「活動のジャンル」 > 「農」 のブログ記事一覧
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山梨の森作り
12月24日「大月森つくり会」で植樹の下準備、間伐作業がありました。場所は山梨県大月市笹子の本陣、天野さんの家の裏山。JR中央本線の「笹子駅」から徒歩10分ぐらいのところ。15メートルぐらいのところにjrの線路が走っています。つまり、平地に近い場所です。今までの私の経験では、森の木の伐採がこんなに家並に近いところで行われたのは珍しい例です。クリスマスイブということもあって、本日の参加者はいつもより少なくて7名。神奈川県からの参加者が2名、大月市内からの参加者が5名でした。
15本立っていた木のうち、5本が切り倒されました。「切り倒された」という言い方は木の側に感情移入している言い方ですね。人の側から言えば整地した、というか森の育成のために日当たり良くした、ということになります。伐採対象は樹齢40年ぐらいの杉の木とヒノキの木。倒した木は枝をはらって丸太にしました。間伐材の生かし方についてあれこれ意見交換しながら作業が進められました。この木が家の建築材に使われたり、家具などに使われたなら、木にとっても晴れがましいセカンドステージとなるでしょうに、どうも今の日本の現状では、そういうステージに立つにはコスト面で折り合いがつかず、山に打ち捨てられたままにされるのが一般的なようです。
でも木の悲鳴を聞かずとも、今まですっくと立って広々と枝を広げていた木が今こうして地面に横たわって、切り口の年輪を見せているのを見ていると、何とかこの木の命を別の形で生かし続けてあげられないものか・・・と考えてしまいます。葉のついた小枝も触ってみると、この青々とした生気のみなぎっているうちに、加工できないものかしら・・・などと惜しみの気持ちが湧きます。人の腕ぐらいの太さの枝なら、等間隔に切って薪にするのに・・・。(山本豊美)
2006-12-24 19:04:25 この記事のURL 「農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨」
お正月飾りを作る・その2

もう「迎春飾り」を準備されている方も多いと思います。私も玄関飾りを購入しました。12月16日に明野町で「茅ヶ岳歴史文化研究所」の主催した「お正月飾りつくり」教室を見に行くまで、私は日本で売られている正月用玄関飾りは藁(ワラ)で出来ていると当たり前のこととして思い込んでいました(写真はその教室で作ったお正月飾りの見本。稲藁で出来ています)。
今の農業は稲を刈り取るとき、ほとんど機械で行うので、藁束を作りません。藁は粉砕されて田んぼにまかれているような光景が一般的ですね。ですから、「茅ヶ岳・・・」で藁を使ってお正月飾りを作る企画のためには、その趣旨に賛同した農家が、機械を使わず手で刈り取って、干した藁束を用意してくれてあり、それを使うのだなと思っていました。
実際、聞いてみると、藁を提供したのは、今回のお正月飾りつくりの講師をされていた五味さんでした。
「茅ヶ岳・・・」では11月18日に「わらでぞうりを作ってみよう!」という教室も開催していますから、この時も五味さんの提供の藁を使ったのだと思います。
明野町は見渡すと田んぼも多く、五味さんのような篤農家が多い感じです。ちなみに都会から新たに入植した農家も多いと聞きます。
一枚の田んぼの広さはさして大きくないので、機械を使うけれども、手で刈り取る部分もあるだろうと想像します。つまり、藁を残して活用しようとすれば軽く応じられる風土であると見ました。
「お正月飾りつくり」の見学を終え、家に戻った私は、フト、我が家に買ってあった迎春飾りを手にとって見ました。すると「おやっ?」と、なんか変に思いました。昼間、「茅ヶ岳・・・」で見てきた藁と違うのです。注連縄(しめなわ)の色が緑色なのです。「これは藁じゃあないっ!」と思わず小さく叫びました。あわてて、包装の裏を見ると材質に「乾燥した水草」と書かれていました。そうだ、葦のような・・・あの、お盆に仏壇に葦ズ(ヨシズ)を飾る、あの色ではありませんか!!
慌てて、これを注文したカタログを見ると、「中国製」と書かれていました。私は毎年、この時期このカタログで迎春飾りを買っていたのですが、一度も、その材質について日本製の稲藁で出来ていることを疑ったことはありませんでした。一体いつから中国製の、それも水草に、取って代わったののでしょう・・・。しばし、声も出ませんでした。
日本人の、お正月を象徴する迎春飾りに稲藁(いなわら)が使われていなかったとは!トホホな感じとはこのこと。同時に、カタログにある「手作りのため、サイズ・形状等が多少異なる場合があります」とのことわり書きを目にして今度はしんみり。・・・そうか、中国の人が、懸命に手でヨリをかけて注連縄を作ってくれたんだな・・・と。
日本の農文化は今や中国の人が、材質は違うけれども方法は受け継いで行ってくれるのだな・・・と思いました。
・・・で、ここで昼間の五味さんの顔を思い出し、今の時代、農家が藁を残して活用出来るようにする稲刈りの農法だって簡単なものではない。機械でやればすむことをワザワザ手で刈るのは、誰だって大変なのだから・・・と思いました。だから、稲藁で作られた迎春飾りが消えていくのです。
改めて五味さんのような農家や、「茅ヶ岳歴史文化研究所」の人たちのやろうとしていることの意味の大きさを思いました。(山本豊美)
2006-12-17 19:21:07 この記事のURL 「農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨」
わらでお正月飾りを作ろう

12月16日(土)「わらでお正月飾りを作ろう」というイベントがありました。NPO法人「茅ヶ岳歴史文化研究所」の主催です。このグループは山梨県北杜市明野町(ほくとしあけのちょう)に住んでいる人たちが中心になって、茅ヶ岳山麓の文化財の保存を目的に02年9月設立されました。今回のイベント開催場所は明野町歴史民俗資料館内で行われました。
参加者は子供7名大人(講師・指導員を含め)13名の計20名。午前中10時〜12時の2時間で、ワラ束から注連飾り完成までの工程をこなしました。
見学させていただき、強く印象に残ったことは、「縄をなう」という日本の農村文化が日本人の日常に広くあったのに、失われつつあるということの意味の大きさ。「手にヨリをかける」という日本語自体、無くなるのでは?との危惧さえ抱きました。
「ヨリ」とは、漢字で書くと「縒り」と書くのでしょうね。2本以上の棒状のものを手のひらでこすり合わせて絡ませながら1本にしていくこと。紙を使って「コヨリ」を作るとかいう行為も、私たちの日常では必要が無くなったのか、まず、していません。まして、ワラを使ってヨリをかけ縄を作る行為など、ワラを身近にしない生活ではなおさらする機会がなくなりました。
今回私が学んだことは、「注連飾り」の基本はこの「縄ない」の動作から成り立っているということ。講師の五味さんの手と子供の手では大きさが倍ぐらい違います。ワラ数本を両手のひらに挟み込み、手のひらをこすり合わせて「縄ない」をしていく作業では大きい手の方が有利には違いない。五味さんは根っからの農業者だ。体に「縄ない」が刷り込まれている。そう思いつつ見ていました。
けれど、それにしても・・・自分の手のひらの用い方に戸惑う子供たちの様子は私には予想外でした。「今の子供たちは、指先の感覚は研ぎ澄まされているかも知れません。でも手のひらの感覚は鈍ってます!」と断定したくなる。手のひらをこすり合わせる動作を日常やっていないのだなあ。今の子供たちは、粘度遊びなんかも私たちの子供の頃よりずっとやらないのではないかしら。お母さんの手伝いでお団子をこねて丸めることなんかも、昔のほうがやったでしょうね。
子供たちのそんな状況を想定していたのか、指導にあたる大人たちは丁寧に根気強く「縄ない」を教えています。「茅ヶ岳歴史文化研究所」の人たちの熱意と粘りづよさに感動を覚えたひと時でした。事前に見学のお願いをした私に、「茅ヶ岳・・・」の筒井さんは「小さなイベントですけれどどうぞ」とお返事をくださいました。が、目のあたりにして、いやどうしてどうして、大変重要なイベントであった、日本のこれからに、大きな投げかけを見せていただいた、と思いました。
昔、世界的に知られていた「日本人の手先の器用さ」が今や失われつつあるのでは?という問いかけ。そしてそれは農文化から遠ざかったからではないか?ということを考えた一日でした。(山本豊美)
2006-12-17 01:36:56 この記事のURL 「農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨」
飲み水の源流域を見て!

今年10月28日〜29日に行われた「全国源流シンポジウム」。開催地の小菅村はとっても要注目!大学と村とのコラボ(連携)が活発なんです。東京農業大学や東京学芸大学との。「多摩川源流大学」は小菅村と東京農業大学とが連携。「多摩川エコモーション」は学芸大学の活動の一環で小菅村と学芸大学ととが連携して「小菅分室」を持っている。少し詳しく説明しましょう。
多摩川源流大学・・・08年開校。自然体験、学習に単位認定。源流域の自然体験や文化学習などを通し、森林再生や地域活性化をはかる。
毎日新聞11月6日付け記事から紹介・・・・・・・・・・・・・・・・
「源流大学:廃校拠点に農林業、文化を学ぶ」(東京農大、山梨で開校)
多摩川源流域の山梨県小菅村の廃校を拠点に、源流域特有の自然や農林業、文化について学ぶ「源流大学」を東京農業大学(世田谷区)が開校した。面積の95%を森林が占める同村は過疎化も進み、産業の衰退が著しい。村も研究に全面協力し、地域再生に期待を込める。
文部科学省の「現代的教育ニーズ取り組み支援プログラム」の一環で、期間は3年。
カリキュラムは
・森林の保全や管理、適正利用。
・急峻で狭隘な厳しい自然条件下での循環型農業の再構築。
・源流ならではの自然景観や文化景観の再生。
・伝統芸能や祭り、民芸品などの源流文化体験。
の4コース。
当面は地域環境科学部の単位認定科目とする。
小菅村の森林は東京都が3分の1を管理しているが、残る私有林は担い手不足で荒廃が進んでおり、小菅村は01年から農大とともに森林再生に取り組んできた。
廣瀬文夫村長は「源流大学で食や文化についても研究してもらい、過疎化の進む村を活性化したい」と話している。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上毎日新聞記事より
学芸大学の「多摩川エコモーション」の小菅分室・・・「自然文化誌研究会」といって環境学習や自然と共存する生活文化の継承に取り組む。2004年4月から出発。上の写真は、10月9日に行われた「きのこ狩り」のイベントの夜のキャンプの光景。渓流沿いのキャンプ場。見上げた夜空のお月様がまた、よ〜くみえたんだわあ。
東京農大も学芸大学も入って小菅村は頼もしい助っ人に恵まれたと感じます。東京都民の飲み水の源である森を有する小菅村。もっともっと目が注がれていいのです。
源流シンポジウムの報告は「小菅村エコセラピー研究所」のホームページでも見られます。(山本豊美)
2006-12-10 19:13:46 この記事のURL 「農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨」
来年のカレンダー
来年のカレンダー。もう購入されましたか? 方々から届くもので間に合っているよ、と言う方もいらっしゃいますよね。私も以前はカレンダーにこだわりを持っていませんでした。でもあるときフト、「カレンダーは家の中にあって毎日何となく目に入るものだから好きな絵柄のものを飾りたいな」と思うようになり、ここ数年は毎度、暮れ近くなると購入しています。
「富山和子がつくる 日本の米カレンダー」というものです。この度も、生協を通じて購入しました。このカレンダーに載っている日本の農の風景の写真が好きです。
今年11月のカレンダーの写真は愛知県豊根村の茅葺屋根の家の写真でした。写真の下の富山和子さんの解説文もまた素敵なの。ここでは紹介しませんが。
そして暦の数字の隙間にはちょっとしたメモを書くことも出来ます。
12月が来てしまい、11月のをめくらなくてはならなくなって紙に手をかけた時、自分の記したメモに目が行き手が止まりました。
11月29日の日付の下に「去年のこの日、西原(サイハラ)の紅葉が最後の美しさを見せていた」と書いてありました。ああ、そうだ、去年11月は山梨県上野原市西原地区に何回か仕事に通い、途中紅葉の美しさに感嘆の声をあげたのだった・・・紅葉に見とれて運転が危なくなったときが何度かあったっけ・・・。
そして、この日11月29日が西原での最後の仕事ではなかったか知らん・・・と、しばし感慨にふけったのでした。つまり、去年の今頃、2006年のカレンダーがすでに届いていたので、見ていて、11月のところに来たら、「来年の11月、今年のように西原へ仕事に行くだろうか・・・行けたならいいのに。また紅葉に見とれることが出来る。そうだ、書いておこう」と思い、書き記したのです。
写真の右端、茅葺屋根の農家の横に、橙色に紅葉した木が立っています。「これも美しいが、西原はさらに美しかったのだよ!」と悦に入ってメモしたのかも。
今年11月、西原へ仕事に行くことはありませんでした。でも、私の友人が干し柿つくりのイベントに参加するため11月26日小菅村に向かい、途中こんなメールをよこしてます「今バスは西原通過中。紅葉が遅くて今見ごろ!歓声上げてます」と。ああ、やはり今年の西原の紅葉も美しかったのだ!
「富山和子がつくる 日本の米カレンダー」は「水の文化研究所」が発行しています。
2007年のカレンダーの表紙に書かれている文をここに紹介します。
水田は文化と環境を守る
米と日本人とは、母と子のように太いきずなで結ばれています。
日本の文化は米作りの上に築かれ、国土の自然は農民によって支えられてきました。ところが今、農業は危機に瀕しています。
それはとりもなおさず、私たちが日本文化の土台を失うということであり、山や川など自然の環境も危うくなっているということです。
先祖たちが営々として育んできたこの美しい自然と文化を、次の世代へ送るために、どうしても農業を守りたい。
そんな願いをこめてつくったのが、このカレンダーです。
制作・販売は株式会社サン制作というところです。
〒103−0016東京都中央区日本橋小網町18−7子網ビル?03−3669−8371fax03−3669−8378HPアドレス
http://www.ad-sun.com/komecalendar/kome_index.html
(山本豊美)
「富山和子がつくる 日本の米カレンダー」というものです。この度も、生協を通じて購入しました。このカレンダーに載っている日本の農の風景の写真が好きです。
今年11月のカレンダーの写真は愛知県豊根村の茅葺屋根の家の写真でした。写真の下の富山和子さんの解説文もまた素敵なの。ここでは紹介しませんが。
そして暦の数字の隙間にはちょっとしたメモを書くことも出来ます。
12月が来てしまい、11月のをめくらなくてはならなくなって紙に手をかけた時、自分の記したメモに目が行き手が止まりました。
11月29日の日付の下に「去年のこの日、西原(サイハラ)の紅葉が最後の美しさを見せていた」と書いてありました。ああ、そうだ、去年11月は山梨県上野原市西原地区に何回か仕事に通い、途中紅葉の美しさに感嘆の声をあげたのだった・・・紅葉に見とれて運転が危なくなったときが何度かあったっけ・・・。
そして、この日11月29日が西原での最後の仕事ではなかったか知らん・・・と、しばし感慨にふけったのでした。つまり、去年の今頃、2006年のカレンダーがすでに届いていたので、見ていて、11月のところに来たら、「来年の11月、今年のように西原へ仕事に行くだろうか・・・行けたならいいのに。また紅葉に見とれることが出来る。そうだ、書いておこう」と思い、書き記したのです。
写真の右端、茅葺屋根の農家の横に、橙色に紅葉した木が立っています。「これも美しいが、西原はさらに美しかったのだよ!」と悦に入ってメモしたのかも。
今年11月、西原へ仕事に行くことはありませんでした。でも、私の友人が干し柿つくりのイベントに参加するため11月26日小菅村に向かい、途中こんなメールをよこしてます「今バスは西原通過中。紅葉が遅くて今見ごろ!歓声上げてます」と。ああ、やはり今年の西原の紅葉も美しかったのだ!
「富山和子がつくる 日本の米カレンダー」は「水の文化研究所」が発行しています。
2007年のカレンダーの表紙に書かれている文をここに紹介します。
水田は文化と環境を守る
米と日本人とは、母と子のように太いきずなで結ばれています。
日本の文化は米作りの上に築かれ、国土の自然は農民によって支えられてきました。ところが今、農業は危機に瀕しています。
それはとりもなおさず、私たちが日本文化の土台を失うということであり、山や川など自然の環境も危うくなっているということです。
先祖たちが営々として育んできたこの美しい自然と文化を、次の世代へ送るために、どうしても農業を守りたい。
そんな願いをこめてつくったのが、このカレンダーです。
制作・販売は株式会社サン制作というところです。
〒103−0016東京都中央区日本橋小網町18−7子網ビル?03−3669−8371fax03−3669−8378HPアドレス
http://www.ad-sun.com/komecalendar/kome_index.html
(山本豊美)
2006-12-06 02:39:53 この記事のURL 「農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨」
日本の木を使おう 続き

「2006年度桂川・相模川流域シンポジウム」展示コーナーに、積み木が展示されていました。space“もやい”という山梨県上野原市を中心に活動する市民団体の展示コーナーです。
この積み木は山梨県に住む荻野雅之さんが桂川流域の森の間伐材を使って作った積み木です。一辺が3センチの3種類の積み木。自称「積み木おじさん」こと荻野さんは、日本の木に、子供も大人ももっと日常的に簡単に触れることが出来るよう、積み木を広めているのです。全国で「楽つみ木広場」を開催して歩いています。
space“もやい”は去年10月に上野原に荻野さんと彼の研究所「木楽舎」のスタッフを招いて、「楽つみ木広場」を開催しています。そのときは荻野さん、1万5千個の積み木を持って来て、上野原市のもみじホールの床いっぱいに広げ、積み木にたっぷり触れる時間を持たせてくれました。
今年はspace“もやい”の会員が持っている荻野さんの積み木を「流域シンポジウム」で展示しただけでしたが、他の展示コーナーでの木製品の展示と相まって、目に訴えるものがありました。
会場を訪れた人々は足を止めて積み木を手にしたり、積んで造形を作ったりしていました。
え〜と、このブログ、今回「日本の木を使おう」と声を張り上げた割には、話がコンポストだの積み木だの、ちっちゃなモノの話で「なあ〜んだ」ですか??・・・すみません。
でも荻野さんの言葉にこんな言葉が・・・。
〜わたしは小さなつみ木。ヒノキの森の木から生れました。姿は3センチと小さいけれど、3種類の形のつみ木の仲間達と、小さな手が出会うと、感動が生れます。ヒノキの香りを鼻でかぐといい香りがします。肌触りもやさしく、色を塗っていない自然の素晴らしさを教えてくれます。〜
(山本豊美)
2006-12-03 20:22:18 この記事のURL 「農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨」
日本の木を使おう

11月12日に山梨県上野原市もみじホールで開催された「2006年度桂川・相模川流域シンポジウム」の内容について再度触れます。
今回のシンポジウムの提唱の一つに「国産材を使おう」という訴えがありました。主催者の「桂川・相模川流域協議会」の会員団体の展示コーナーに展示されたいくつかは、桂川流域の森から切り出された材木を使って暮らしに木を取り入れるアイデアを示したものでした。
その中で山梨県大月市を中心に活動する団体「大月森つくり会」は、間伐材を使って作られたコンポストを展示しました。
コンポストとは生ごみなどを入れて発酵させ堆肥にする容器です。
今までのコンポストのイメージはプリン型の、上に蓋がついたポリ容器というものが一般的でしたが、この度、木の箱型のコンポストの登場です。ポリ容器と違って、木は何年かすると朽ちて土に戻りますね。そこでまた新たに購入するということで、継続した消費が見込まれます。小さなものではあっても森林の間伐材が継続的に売れていく道が出来るということはうれしいことです。
<木のコンポストの使い方>
庭の一隅においてもいいし、出来るなら(広い庭あるいは畑があれば)大きな穴を掘り、コンポストを土中に入れて、そこへ生ごみや枯葉、雑草など放り込んでいっぱいになったら土をかけて埋めてしまえばいいですね。コンポストの木の隙間から堆肥の養分が土中に滲みだして周囲の土に栄養を与えるのではないかと思います。土の上に設置したものだと、出来た堆肥を箱から掬いだして土中に埋めなくてはならないもの。手間ですね。
昔、プリン型コンポストに生ごみを入れて堆肥化しようと試み、「ぼかし肥」(EM菌)などの発酵助剤をきちんと振りかけなかった為に、生ごみを腐らせた挙句、蛆虫が大量に湧いてしまったという苦い経験を持つ私としましては、展示された木のコンポストを見て、もう一度生ごみの堆肥化にチャレンジしたくなりました。この木のフィトンチッドが、生ごみの腐りを防いでくれるような気がするのです。
あと、「堆肥にするんなら、コンポストなんて使わなくたって、地面に穴を掘って生ごみを埋めればいいじゃん?」と言う素人さんに、私の経験から答えさせていただきますと、単に埋めただけでは、野良犬などが来て掘り返してしまいます。また、埋めたところを忘れて歩いて自分の足がズボッと穴にはまってしまったり・・・。
やはり一度発酵させませんとネ、堆肥は!・・・だからコンポストは必要なのではないかなあ。蓋つきの木箱のコンポストなら足ズボッの心配もないし。
この木のコンポストについての問い合わせは「大月森つくり会」へ。fax0554−22−1406山崎さん
(山本豊美)
2006-12-03 18:57:05 この記事のURL 「農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨」
新そば食べる
11月26日東京都八王子市野猿街道沿いの「車家(くるまや)」にて蕎麦をいただきました。今年の新そばを食べたいと思いながらなかなか都合がつかなくていたのですがやっと、という感じです。「車家」は昼の時間帯はかなり混んでいます。駐車スペースは充分ある(10台は停められる)のですが、この時間帯は満車になるため、道路につながって待機している車が多い。福島から古民家を移築したというお店の店内も素晴らしい。待合所に備長炭を燃やした手あぶり火鉢があるのも心憎い。私も30歳近い息子も早速火鉢の近くに座りかがんで手を炭の上に伸ばしました。可笑しいな。火鉢のある暮らし風景とは無縁で育った息子でも火鉢のそばに来ると何となく手を出してもみあわせるという仕草をするんですから。日本人のDNAに、炭火を囲むとどういうからだの動きをするかが刷り込まれているなあと感じた瞬間。
八王子「車家」はお店で働いている若いお弟子さん(給仕さん)たちの感じが良いので好きです。蕎麦の美味しさでは、近くの「南野シティ」にある「穂科」も負けていません。ここは駐車スペース3台ぐらい。あと、時間的に余裕があれば是非行きたいのが、立川の駅近くの「無庵」。ジャズのレコードがたくさんある壁面やモダンな空間の中で求道的な蕎麦を食べるのもおつなもの。
さらに三鷹の「桂庵」も夏一度行ったきりなので恋しい。「桂庵」は杉浦日向子さんとソ連の編著「ソバ屋で憩う」新潮文庫で読んで発見したお店。八王子の「車家」ものっていました。
ほんとに杉浦日向子さんの書いているとおりのお店だなあと感じながら実踏したのです。2006年もあとわずかになった今、「今年は杉浦日向子さんが他界されて寂しいあ・・・」と美味しい蕎麦をいただきながら心の中で合掌。(山本豊美)
2006-11-30 02:24:46 この記事のURL 「農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨」
熱い塾

11月13日(月)山梨県須玉町にある築200年の古民家で、夜18:00から「田楽塾」が開講されました。集まってきた人たちは皆、農業に熱意を持って取り組んでいる農業者で、年代も幅広く、若い女性の姿も数名ありました。主催は「NPO法人えがお・つなげて」。来年(2007年)2月9日に、「フリーター・団塊フェア」を行う予定という「えがお・つなげて」に取材を行い、専務の藤木さんにお話を聞く中で、ここで農業者の大学みたいな集まりが定期的に開催されていることを知り、この日出かけて行き覗いてみたのでした。
講師は長坂町で幅広く農業を営むウメズさん。飾らず自然体でお話する様子は、見ていて小沢昭一氏を彷彿とさせます。小沢昭一氏が「私の昭和史」を庶民芸能史織り交ぜて話す話風に似ているナアと。小沢昭一氏に「私の農業談」をやらせたらこんなかな。いやもうちょっとウメズさんの方が土着的かな・・・やはり農業人だからして・・・などと思いつつ楽しく拝聴しました。
私は農家ではないのでそんな聞き方をしていたのですが、参加した受講生たちは、一言も聞き漏らさないぞ、とでも言うように盛んにメモを取っていました。実際、堆肥のこと、野菜の病気のことなど、農業者にとって必要欠くべからざる情報が山のように話されたのですから。
江戸時代に建てられた古民家を「えがお・つなげて」が借りて活動の拠点にしているのですが、その中でこのように車座で行われている「田楽塾」を見ていると、江戸時代に藩士が集まって勉強したという「松下村塾」とか、坂本竜馬の「海援隊」とかいった集まりとかの熱気というものはこういう雰囲気だったのではないかと思い、昔から脈々と続いている日本人の志をここに見た!という感慨を持ちました。「えがお・つなげて」の提唱するキャッチコピー「日本に帰ろう」そのまんまでした。(山本豊美)
2006-11-26 19:09:51 この記事のURL 「農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨」
大平宿には囲炉裏がある
「大平宿には囲炉裏がある」、今週はのんびるリポーターの山本豊美さんによるユニークなこの記事を紹介しましょう。大平宿は、南信州といわれる長野県飯田市にあります。江戸時代中期から昭和初期までに建造された民家は、市民の熱心な活動により保存され宿泊利用が可能です。しかしここは「民宿」ではありません。「ここは誰の世話を受けるのでもない、皆自分でやる。岩魚の串焼き何本食べようと、自分のしたいようにできる」とあるように、ここで滞在するためには、囲炉裏に火を入れ、自炊が必要です。お風呂に入るには薪もいります。不便なこともたくさんありそうです。
しかしながらこうした過ごし方を通して、私たちは多くのことを学ぶことができるようです。自然体験学習などで使われるケースも増えています。田舎らしさを演出するための「囲炉裏」ではない、本当の囲炉裏のありがたさを感じられる場所は、そうないかもしれません。
山本さんは「火を使う」ことについてしばしば述べています。確かにそれは人間が文明を築いてきた基礎なのに、文明の発達によって逆に人間は、火から遠ざかってしまっています。「農業」や「地場産業」を掘り下げている記事の所々にそんな奥深さを発見できます。そろそろ紅葉シーズンの甲信地方の情報も満載。ぜひ秋の行楽のヒントにご活用ください!

- 自分も幸せにする福祉活動
のんびるリポーター:佐々木 和恵 - コミュニティビジネスでまちを元気に!
のんびるリポーター:田中 幸枝 - シニアにとっての食育ー鎌倉の台所からー
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のんびるリポーター:成相 陽子 - 最新!高齢者福祉と医療&美容
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