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活動のジャンル > 「子育て」 のブログ記事一覧

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ファミリーサポートセンター

■ファミリーサポートセンターとは
ファミリーサポートセンターは、地域で子育ての支援を受けたい人と行いたい人が会員となり、助け合う会員組織です。設立運営は市区町村が行います。
平成14年の調査ですが、提供会員(支援を行いたい人)は40〜50歳代の女性が圧倒的に多く、活動理由としては「子どもが好き」「子育て経験を生かしたい」「持っている資格を生かしたい」「育児の支援をしたい」「収入になる」などが挙げられます。
またその半数の人は仕事を持っていて、ほとんどがフルタイム以外の仕事で、自由な時間をやりくりし複数の仕事や地域活動に積極的に関わっている、ということです。
(女性労働協会・平成14年度ファミリーサポートセンター活動状況調査報告結果報告書より)

ここでは私が活動しているファミリーサポートセンターを紹介します。
○多摩市ファミリーサポートセンター
2004年6月、多摩市ファミリーサポートセンター事業の委託が公募になり、前回掲載の「たすけあいの会ぽれぽれ」が3年間で在宅支援活動12,000時間等の実績が買われ受託しました。

代表の山田さんのお話です。
2000年ごろから「ぽれぽれ」の子育て支援が年々激増し、行政に厚生労働省の事業だった(当時)ファミリーサポートセンター事業に早く取り組むように働きかけをしました。お金がかかる子育て世代に負担の少ないファミリーサポートのサービスがぴったりだと考えたからです。加えて、希薄になった隣近所との関係や子育ての密室化等、子育てしにくい現代に、地域相互援助活動で子育て支援の輪を広げることはとても重要です。
「子育てのお手伝いをして欲しい人(利用会員)」と「子育てのお手伝いをしたい人(提供会員)」をマッチングするのがセンターの大きな役割です。会員組織なので、会員募集説明会から、提供会員養成講習会、会員相互の交流会、フォローアップ研修会等も担っています。2006年12月末で、利用会員396名、提供会員159名、両方会員31名、計586名の登録です。保育園等のお迎えとその後の預かりや保育園等への送りの活動を中心に、月平均330件ほどの活動が行われています。ご自分の子育て経験を活かして、地域ではつらつと行動してくださる方たちに支えられています。

下記サイトで検索できます。
活動する場合は各センターにより違いがありますのでご留意ください。
(山崎礼子)


■ 女性労働協会(各自治体のファミリーサポートセンターの情報が得られます)
http://www.jaaww.or.jp/index.html
※介護についてのサポートもありますが、各センターにより違いますので問い合わせてください。

■多摩市ファミリーサポートセンター
  (多摩市の例ですが会員登録の方法、謝礼金など詳しい情報はこちらから)
http://famisapo.tama.jp

2007-01-14 11:13:26 この記事のURLまちぐるみで子育てを応援

NPO法人たすけあいの会ぽれぽれ

2007年を迎え、新たな気持ちで心躍る今日この頃、今週は、のんびるリポーター山崎礼子さんの「NPO法人たすけあいの会ぽれぽれ」の記事をご紹介します。

山崎さんは、子育てが一段落した際、「自分が住んでいる地域で何か関わってみたいと思い一大決心(?)」をされ、NPO法人たすけあいの会ぽれぽれの活動に参加するようになりました。
以来、たくさんの地元の子どもさんたちとかかわってらっしゃいますが、その支えとなったのがご自身の「子育て経験」とのこと。
また、継続する秘訣として「無理をしない」ことをあげています。

「私たち一人ひとりの力はほんのちょっぴりですが、それがたくさん集まると結構大きな力になります」と結んでいますが、それぞれの人生経験を糧に、社会貢献できる場がきっとたくさんあるのだと思います。

「自ら行動を起こすこと」は最も重要かもしれません。自分自身ではなかなか気づかない部分もあると思いますが、このような団体とも、主体性をもって地域をみるときっと出会えるはずです。

「何か自分にできること」をヒントに、今年は行動を起こしてみてはいかがでしょうか。

2007-01-11 02:20:47 この記事のURL今週の注目記事

NPO法人たすけあいの会ぽれぽれ

のんびるちゃん
今年ものんびるリポーターとして頑張ります。どうぞよろしくお願いいたします。
2007年年頭に当たり私の活動している「ぽれぽれ」出の活動を通し、その様子をお伝えします。

■子育て経験を生かして
私が「ぽれぽれ」を知ったのは確か生協(マイコープ)を通してだったと記憶しています。
下の子が10歳を過ぎ少し心の余裕が出来た時、自分が住んでいる地域で何か関わってみたいと思い一大決心(?)で説明会に出向きました。
初めての活動は4人のお子さんのお宅でした。前任者の人がずっと付っきりでいろいろ教えてくれたので迷うことなく仕事ができました。私が初めてということで配慮してくれたのだと思います。
関わったお子さんは20人以上になるでしょうか。一人ひとり、ケースバイケースなのである程度の気配りは必要ですが、その心のよりどころはなんと言っても自分の「子育て経験」です。
小さなおてて、小さなあんよ・・・。それを見るだけでも愛おしく思ったかつての自分に出会い、そのときのエネルギーが蘇ってくるのです。
その後は私の都合に合わせ活動を続けています。この活動を継続する秘訣のひとつは「無理をしない」ということ。まず自分の生活を優先し、スケジュールを立てます。もちろん予定通りに行かないこともありますが、日々の生活とはそういうもの、と思い活動しています。
子育て支援だけではありません。部屋のお掃除だけ、入院時の患者さんの着替えのお洗濯、など生活の中での「ほんの少しのお手伝い」もあります。

■これからも・・・
私がこうして活動を続けられるのは、何といっても理解ある「ぽれぽれ」のスタッフの皆さんのおかげだと思います。私は思い込むと突っ走るタイプなので、失敗した時は「よくあることよ」と勇気付けてくれ、時には適切なアドバイスをしてくれたりと、とても頼りになります。
また地域の中での活動なので、関わったご家族に街でバッタリ!なんていうこともあります。あちらから声を掛けてくださることもあり、そんな時は‘近所のオバちゃん’に変身。
なんだかとても嬉しくなり、こんな私でも人様のお役に立てるんだ!と勇気づけられます。

私たち一人ひとりの力はほんのちょっぴりですが、それがたくさん集まると結構大きな力になります。子どもから手が離れ、地域の中で何か役立ちたいけど「何も出来ない」と思っている方、大丈夫です。子育ての経験があればそれでOK。その経験を活かし、若い子育て世代をサポートしてみませんか。

(山崎礼子)

2007-01-07 13:54:21 この記事のURLまちぐるみで子育てを応援

子育て中のお母さんを支援します

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「のんびる」の取材で、こどもミニデイサービス[まーぶる]を覗いてきました。

東急田園都市線市が尾駅から広い坂道を少し上がると、トールペイントで描かれた可愛い案内の看板があります。NPO法人 ワーカーズコレクティブ「パレット」の3つの子育て支援の中のひとつである「まーぶる」はここを右に入ったすぐのところにあります。

こんなところがあったらいいな・・
子供に何か問題があると、すぐに親の育て方が云々されますが、「親が一生懸命でも、育てにくいお子さんもいますから、疲れすぎてしまう前に、お子さんを私たちにちょっと預けてお母さんはリフレッシュなさるといいんですけどね・・・」と代表の山田さん。子供を預けられないで、追い込まれてしまうお母さんを心配しておられる。ここはお母さんが働いていても、働いていなくても、お子さんに障害があってもなくても、夫婦だけで出かけたい時も、身内の看護に病院に行きたいときも、理由はなんであれ、「こんなところがあったらいいな」という若いお母さんたちの思いを受け、子育てを支援しています。営利主義ではなく、子供を大切に、気持ちのこもった保育がなされています。

子供は未来の社会を担う大切な存在
「ま−ぶる」は2000年の発足以来、親と子の集いの広場「ぴよぴよ」、学童保育「いるかクラブ」を順次設立してきましたが、2006年11月から青葉区の委託事業として青葉区地域展開型子育て支援拠点をスタートさせ、親子の広場、相談、情報提供、人材育成、ネットワーク事業が始まりました。

子供は個人の宝であるとともに、未来の社会を任せる大切な存在。国や自治体がもっともっとこのような子育て支援のネットワークを広め、子ども達たちを地域でも、国でも大切に育てていくことを考えるべき時がとうに来ていますが、横浜市では少しずつこのような取り組みが始まっています。

安心して子供を預けて、お母さんも元気になってください
子育てに関する情報が氾濫するなか、自分の子育てにも自信がないのに、知らない他人に預ける時は、もっと不安になるお母さん達も多いはず。「お母さんがお子さんを預けるのにドキドキしていると、お子さんは泣きます。でもお母さんが安心して預けると、お子さんは泣き止みますよ。お母さんの心をお子さんはそのまま感じ取るんです」と山田さん。最初は目を合わせて話すことのできなかったお母さんも、スタッフとコミュニケーションができるようになると、表情も明るくなって元気になられ、同時に子供も落ち着いてくる。そうなると、次には仕事や社会活動へと新しいステップを踏み出していくお母さんもいらっしゃるとのこと。

2007-01-05 16:57:35 この記事のURL身近な国際協力に参加しよう

障がいのあるこどもの学校選択

憲法第26条に、全ての国民は「教育を受ける権利」があること、「保護する子女に普通教育を受けさせる義務」を負うことが規定されています。
これは、こどもはみんな「普通教育を受けられる」ということなのです。でも、何らかの障がいがある場合、誰もが公平にもっているはずの「教育を受ける権利」に、大きな壁が立ちはだかることがあるのです。
2006年12月9日、水戸市福祉ボランティア会館に於いて開催された、「NPO法人 水戸共に育つ会」主催のフォーラム、「第1回みとともフォーラム 障がいのある子の学校選択」にお邪魔して、パネラーの方の報告を聞いてきました。


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人と違ってもいい。
みんなと同じでなくてもいい。
みんな認め合って
支え合って
助け合って
一緒に生きていける社会が
いちばんだと思うのです。

水戸共に育つ会は、障がいがあるなしでわけられることなく、
子ども達がみな同じ教室で学んだり、
一緒に活動するための支援事業をしています。
障がいがある子のみが支援をうけるというのではない。
その子から学んでいることが、
生涯を通じて、とても大切なことであると考えています。
そして、知らず知らずのうちに、私たちも育っていると感じているのです。
共に育ってみませんか? 
<「水戸共に育つ会」パンフレットより>


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写真中央は、「水戸共に育つ会」の現在の代表、大内千裕さん。
「水戸共に育つ会」は、2002年に、前代表である谷中愛子さんがボランティアサークルとして設立され、2004年にNPO法人化して後、大内さんが代表となられました。
この日の参加者は50人前後。皆さん、熱心に、代表の話やパネラーの報告に聴き入っていました。

パネラーの報告
Fさんの報告:長男(知的障害)の学習権を得るまで
<2004>
・9月
某小学校の校長から長男を「受け入れてもいい」ととれることを言われ、その学区への引越しを決める。同時期、総研で親の承諾なしに長男の知能テストをされ、養護適と判断される。

・12月
某小学校の校長と面談した際、「学校のレベルが下がる、○○養護があいてるよ」と言われる。人権を全く無視した校長の発言を、市会議員に訴え、議員が校長に確認すると「言ってない」を繰り返すばかり。こちらから、ボイスレコーダーを公表すると言うと一転認めるが、その後他の保護者数名に、「Fさんは議員を使って学校にはいろうとしている」と就学相談の内容を漏らす始末。

<2005>
・1月
長男の就学先をF小学校に変え引っ越しを決める。学校教育課にF小学校に入学希望と伝えると「引越しなんか認めない」「学校を決めるのは学校教育課だ」と怒鳴り付けられる。

・3月23日 
F小学校の校長が教育長に「M君を受け入れます」と言って下さったおかげで長男の入学が決まる。

・4月
母親とNPO法人「水戸共に育つ会」から派遣されたボランティア、学校側のスクールボランティアとでローテーションを組み、長男の学校生活をサポート。

<2006>
・4月
長男、2年生に進級。障害のある1年生が4人入学してきたためボランティアが大幅に足りなくなる。ボランティア募集のビラ5.000枚を地域に配り、30人のボランティアを確保したが、全員、1年生に付くことになる。

・9月
埼玉の「障害者の教育権を実現する会」に相談し、登校から下校まで補助員の配置を求めて要望書を教育長に提出。

・10月
行政交渉2回目で、この11月から長男に週29時間の補助員配置が決まる。

Sさんの報告:就学相談の状況
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<本人6歳の現在>
痰の吸引、栄養剤の注入など、医療行為が必要なため、現在母親が付き添って幼稚園へ通っている。

<経緯>
就学への行動は、2005年11月、養護学校の見学から始まる。
2006年5月、学区の小学校へ、入学を希望しているので、本人に会ってほしいと電話。本人の姉が在学中なので、フリー参観時に特別支援学級の様子を前から見学していた。

6月に、特別支援学級の担任と面接。
7月、学校教育課に電話、面接、教育委員会から子どもの様子を見に、幼稚園に来園と続く。
8月、就学相談。
9月、養護学校体験入学。
10月、学校教育課より電話があり、就学時の健康診断の前に、学区の小学校の先生との面会を提案される。
小学校を訪問し面会。教頭先生と面接。学校教育課係長も同席。
中旬には、養護学校授業見学。
同じ時期に就学時の検診。
10月末、現況確認のため学校教育課に電話。31日には2回目の養護学校体験入学。
11月になって、バリアフリーの学校開放見学。学校教育課より経過報告電話。
11月20日には、養護学校開放見学。自立訓練見学である。

幼稚園に通い始めた娘の様子を見ていると、それまで何でも恐がってやらなかった娘が、友達がやることを自分もやってみたり、気管切開をして声が出ないのに大きな口を開けてみんなと一緒に歌を歌うなど、「この子にこんな力があったんだ!」と知らされた。
適切な訓練も受けたいが、学校でも友達の刺激をいっぱい受けたいとの気持ちで来年4月の就学に向け活動中である。

<最後に>
沢山の人の理解、協力を得てここまで来た。誰からも強制されること無く、純粋に本人のためにどの選択が一番いいのかを考えて過ごしている。
             

2006-12-29 21:54:39 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

■♪もーいくつねると〜

■年の瀬によせて
・忘年会
昨日、ご近所のシニア世代の皆さんとともに恒例の「オバちゃんたちの忘年会」を開きました。各人一品手料理を持ち寄り、料理上手の人が多いので若輩者の私はいつも感心してしまいます。娘もこの日だけはいそいそと母に付き合ってくれ、これらのご馳走の恩恵に与ります。しかし息子は4年前、中学生になったとたん「冗談じゃねえ!」と誘いに乗らなくなりました。

さて「忘年会」の起源は、鎌倉時代に連歌を詠み合う行事「年忘れ」が由来と言われています。ただ、現在の忘年会とは異なり、貴族や武士などが行う厳かな会だったようです。
 江戸時代になると、庶民が「一年の労をねぎらい、杯を酌み交わす」といった、現在に近い形の忘年会が存在していました。一方、武士階級は年末ではなく、年始に「新年会」を開いていたとも言われています。
 現在のように、行事として慣例化したのは明治時代に入ってからで、政府の官僚や学生を中心に忘年会がにぎやかに開かれていたという記録があります。
 「忘年会」という名前が文献に始めて出てくるのは、夏目漱石が明治後期に書いた「我輩は猫である」ということです。文中では特に注釈もなく「忘年会」という言葉が使われているため、この頃には忘年会もかなり普及していたと思われるということです。  (キリンニュースより)

・正月の遊び
これはもう定番の「凧揚げ」「独楽回し」「羽根突き」、「双六」「福笑い」「カルタ」などですね。わが娘のお気に入りは「のんたんカルタ」でした。飽きずに何度も何度も、付きあう方がたいへんでしたが・・・。
私が最近知ったことは、わが故郷福岡の三池がわが国の「カルタ」の発祥の地とされていることです。三池といえば炭坑、「♪月が出た出た〜」の炭坑節ですが、これは意外なことでした。

カルタについての詳しい情報がこちらです。
・カルタの話
http://www.omuta.fukuoka.med.or.jp/city/karuta2.htm
・三池カルタ記念館
http://www.kyu-teikyo.ac.jp/cityinfo/cartax/index.html

カルタの中に「小倉百人一首」がありますが、娘が学童クラブに通っていた頃、この百首を覚えることがはやっていました。10歳前後の子どもの記憶力はものすごいですね、娘もさすがに百首は覚え続けてはいませんが、かなり記憶に残っているようです。

・「小倉百人一首」
http://contest2.thinkquest.jp/tqj2003/60413/index2.html

2006-12-24 15:00:02 この記事のURLまちぐるみで子育てを応援

読み聞かせNO.3

shougakkou

地域の小学校で読み聞かせサークルの活動の様子です。時々集まり情報交換します。



■朝のひととき
2001年、わが子の在籍する小学校で10人ほどの仲間とともに「読み聞かせサークル」を立ち上げました。その後入れ替わりはありましたが、現在も12,3人で継続しています。
読み聞かせの時間は朝子どもたちが登校し、先生が教室に来るまで、午前8時25分から15分ほどの時間です。この時間帯は私たち主婦は家事に追われる時間ですが、そこはぐっと我慢、掃除洗濯を放り投げ学校へ行きます。
毎週金曜日、今週は1年生、来週は2年生と一学年ごとに訪問しています。子どもの数が減り2クラスなので、毎週金曜日はどこかの学年で2人の保護者が読み聞かせをしている、ということになります。

■全校一斉読み聞かせの時間
一年に一度、年末には全学年一斉読み聞かせをします。この時間は全校で子どもたちが本の世界に入っていきます。しーんとして、本を読んでいるお母さんの声があちこちの教室から聞こえてきます。なんだかとってもすてきな、宝もののような時間です。
今回私は1年生担当、絵本「とのさまサンタ」を読みました。
1年生の子どもたちの反応はとにかくストレート。教室に入るや否や「誰のお母さん?」の質問に始まり、「あっ、これ知ってる!」「見えないよー!」と読み始めるまで賑やかです。
そして読み始めると、即絵本の世界へと入ってきます。素直に反応してくれるので読み手としても達成感がありますね。
これが5,6年生になると様子が違ってきます。そうなんです、反応がないんです。まあこの年頃になると集団の中での自分の在り方を意識するので、一人ではしゃぎまわることはしなくはなりますが・・・。でもねえ、もうちょっと何とか言ってくれい、と思うのですよ、ハイ。

2006-12-16 23:50:19 この記事のURLまちぐるみで子育てを応援

絵本の読み聞かせNO.2

■  読み聞かせ 絵本  学童期

我が家では、生活の中で絵本を読み聞かせる時間はほとんどが寝る前でした。
午睡の時はまだ私も一日のエネルギーは半分残っているので平気でしたが、夜の就寝時は時々つらいものがありました。
「このまま寝入ることができたらどんなに幸せだろう・・・。もういや、こんな生活!」なんてブチブチ言いながらも続けていましたが、子どもたちが成長し、親の干渉を煩わしく思うようになってからはそんな機会はなくなりました。今思えばそれは母として至福の時間だったのですね。

うえの子のお気に入りだった本のひとつに「とけいの本」があります。
大人には当たり前の時計の表示も小さな子どもにとってはチンプンカンプンでしょう。十進法で数の数え方をおぼえていたのに「十が六つ集まったら大きな一になる」というややこしい時間の数え方に出会うのです。
この本は大きな針と小さな針の関係がとてもわかりやすく、読みながら時計の読み方を覚えられました。(1)はどんぐりぼうやが、(2)はおばけちゃんが出てきます。
ちなみに、わが子は(2)のおばけのぼうやをこわがって、しばらくこちらは読めませんでしたが・・・。
(とけいの本http://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=252 )

学童期になると絵に頼らずに本を読み聞かせることができるようになります。もちろん絵本も大好き。でも複雑なストーリー展開でも理解できるようになるので、読み手も一緒に楽しめていいですよ。
私のお気に入りだったのは「おしいれのぼうけん」です。これは絵本というより挿絵のたくさんある本、といった感じですが、読み手も絵を楽しみながら読めます。(この「ねずみばあさん」が私のお気に入りでした)
(おしいれのぼうけんhttp://www.ehonnav i.net/ehon00.asp?no=442 )
(山崎礼子)

2006-12-10 15:00:00 この記事のURLまちぐるみで子育てを応援

絵本の読み聞かせ

■読み聞かせ 絵本  幼児期

私は職業柄、よく本の読み方について質問されます。
一番多いのは「こどもにどういうふうに読んであげたらいいの?」という実に基本的、且つ漠然とした質問です。
答えはひとつ「好きに読めばいい!」のだ。
本から受け取るメッセージは一人ひとり違います。ですから自分が感じたことをそのまま相手に伝えたい気持ちがあれば、どんな人でもちゃんと読めます!
一番大事なのは伝えたい気持ちです。次に「何を」伝えたいかです。技術的な問題は余り気にしなくてよろしい・・・でもないか。ならばまず基本です。
赤ちゃんは相手がどのような状態であれば注目するか。以前TV番組で実験か行われていましたが、一番静かに聞いていたのは狂言師の語り口です。豊かな表情、抑揚のあるゆっくりとした語り口。しかも相手の目から感情を読み取ります。幼児への読み聞かせもこの点への留意が必要でしょう。
音量はまあ、うるさくない程度。声の質、顔(口腔内のつくり)によって聞きやすいか否かは左右されますが、私は余りこだわりません。

我が家の場合、初めての絵本は字のない絵本でした。
小さめで紙が厚く、小さな子が自分でページがめくられるような工夫がされています。
何度も何度もせがまれ、私のほうが先に夢の国へ行くことがたびたびありました。
少し大きくなると「のんたん」シリーズや、五味太郎の仕掛け絵絵本「きんぎょがにげた」「きいろいのはちょうちょ」、加古里子の「だるまちゃんシリーズ」かながわえりこ、おおむらゆりこの「ぐりとぐら」シリーズなどを読んでいました。ときにはエンドレス状態で。
下の子が好んだのは図鑑です。ただ図鑑は重くて寝転がって持つには不向きです。怪獣図鑑でカタカナの怪獣の名前知りたさに、ひらがなよりもカタカナを先に覚えたおまけつきです。
本は心の栄養剤。読み聞かせてやれる時期は数年です。親であることを大いに楽しみましょう!
(山崎礼子)

2006-12-03 11:54:39 この記事のURLまちぐるみで子育てを応援

昔ながらの遊び

こどもの頃は、こんなに豊かに遊べたなあ、と今週の山崎礼子さんの「こどものあそび」を読むとしみじみ思い出します。

みんな自然と集まって、おねえちゃんもちっちゃな妹もみんな揃って、大きな声で歌いながら、「かごめかごめ」とか「はないちもんめ」といった歌声が、確かにあちこちで響き渡っていたような気がします。

たまに遊びに来てくれるおばあちゃん。おかあさんよりずっと器用に2つ3つ4つとなにやら楽しげに歌いながら、お手玉を片手で軽々と操っていたっけ。

「こういう遊び歌が地方によって少しづつ違うのは、口伝えによるからでしょうね」。そうなんですね。だからこそ、同じような幼少の記憶がある人間には、なんだか懐かしく、優しい気持ちになるのかもしれません。

こんな遊びを通じて、情緒豊かな、のびのびとした人格が形成されるのでしょう。子どもの世代にも孫の世代にも、「西郷さん」の歌がずっと歌い継がれてほしいもの。

ということは、まずはこんなこども時代を過ごした大人たちが、今のこどもたちに歌い聞かせてあげなくてはいけませんね。

2006-11-28 22:47:19 この記事のURL今週の注目記事

こどものあそび

■てあそび歌
私の子どもの頃の遊びといえば、大勢の時は歌いながらの「かごめかごめ」「はないちもんめ」「だるまさんがころんだ」など。道具を使うのは、ゴムとび、なわとび、マリつき、石けり、缶けりなど。体ひとつでは、馬とび、かくれんぼ、おにごっこ、など、そして、雨の降る日には部屋で手遊びをしていました。
団塊の世代のお兄ちゃん、お姉ちゃんたちが大勢いたので「金魚の○ン○」よろしくわれわれちび軍団は、邪険にされながらも必死でついて回りました。その時の遊び歌は、みな大きな子が歌っていたのを聞き覚えたものです。
わけも分からず歌っていた歌の最たるものはこの手遊び歌です。♪〜いちかけ にかけ さんかけて ですが、地方によって少しづつ言葉は違うようです。これを歌いながら「せっせっせーのよいよいよい」と手遊びをしていました。この歌が明治10年、西南戦争で城山で自決した西郷隆盛の娘さんのお墓参りを歌ったものと理解したのは、大人になってからでした。
こちらに歌入りでの画像があります。
http://www.tbs.co.jp/warabe/kgs19.html

もうひとつ、手遊びといえば「お手玉」です。これも姉がやっているのを見よう見まねで覚えました。
こちらに「おさらい」という歌がありますが、これに似たような歌を歌っていました。これはだんだんお手玉が増えていくので、小さな手の私には不利な遊びでした。
http://www.city.koka.shiga.jp/sec/shogai/mi-child/dennsy6.html

最近では、高齢者の介護の現場で昔の手遊び歌が使われていると聞きます。60〜70歳代のご婦人は昔の手遊びをよく知っています。身近にそんな方がいたらぜひ教えてもらうといいですよ。きっと素敵な時間が持てると思います。
こういう遊び歌が地方によって少しづつ違うのは、口伝えによるからでしょうね。デジタル時代ではそんな悠長な伝わり方はないのでしょうが・・・。

2006-11-26 15:00:00 この記事のURLまちぐるみで子育てを応援

取材報告NO.2 NPO法人ウィッシュ・プロジェクト

■NPO法人ウィッシュ・プロジェクト
のんびるレポーターとして初めての取材先です。(今年7月取材)
代表の村上朋子さんはカウンセラーとして個人のカウンセリングルームをお持ちでしたが、お仲間とともにウィッシュ・プロジェクトを設立されました。
「のんびる」準備号ですでに紹介したのですが(12月号でも掲載)ウィッシュプロジェクトでは、引きこもりの人たちの自立支援としてハウスクリーニング事業を立ち上げています。社会へ出て仕事に就きたいけれど、人間関係を築きにくい彼らには「自立」という二文字はとても高いハードルだ、との事でした。
今年4月から本格的に事業を開始し、ハウスクリーニング、エアコンクリーニング、家事代行を行っています。現在は理事の森岡さんがほとんど一人で活動しています。作業現場へも同行し換気扇の掃除の様子を取材しましたが、とても丁寧な仕事ぶりが印象的でした。

◇設立趣旨
‘地域共同体の再生に関心を持つすべての人々と、カウンセラー、ネットワークワーカー、障碍者支援に取り組む人々など、ソーシャルサポートに関わるさまざまな分野の専門家が手を結ぶことで、利用者と地域社会の出会いの場を持続的に提供し、心身ともにバリアフリーな社会を実現するため、特定非営利法人ウィッシュ・プロジェクトを設立します。’

活動内容は下記になっています。
・相談事業・・・カウンセリング。
        不登校、ひきこもり、人間関係、摂食障害、アダルトチルドレン、ドメスティックバイオレンス、など。(親の会、心の勉強会)
・自立支援事業・・家事援助、ハウスクリーニング、エアコンクリーニング
・その他・・・・「居場所」の運営。事務所を開放し、会員へ自由にコミニュケーションのできる場の提供。

2006-10-22 21:27:23 この記事のURLまちぐるみで子育てを応援

愛情がつまってる!取材報告NO.1保育園種まく人

tanedoll今週は、のんびるリポーター山崎礼子さんによる、取材報告NO.1保育園種まく人をご紹介いたします。

NPO法人 保育園「種まく人」で紹介しているように、「種まく人」は乳幼児から思春期まで、安心・安全・信頼され・愛されて育つ権利を保障していく保育園を目指すNPO法人です。今回の記事は山崎さんが実際に保育の現場を取材したものです。

年齢がばらばらな8名の子供たちを、発達に合わせて応対している様子が具体的によくわかります。子育て中のおかあさんにも参考になるかもしれませんね。

記事中の「子供たちにとって快適な生活の場というのは建物の大きさ、設備の新旧などではなく、どれだけ愛され信頼される関係が保障された場であるか、という事ではないでしょうか。」という一文に深く心を打たれます。専門家というだけでなく、「愛情」がまずありきなのですね。

NPO法人 保育園「種まく人」の記事もぜひ合わせてご覧ください。

2006-10-20 16:25:17 この記事のURL今週の注目記事

取材報告NO.1保育園種まく人

保育園「種まく人」取材リポート  10月6日(金)

台風崩れの大雨で、‘水も滴るイイオンナ’状態の私。保育園「種まく人」の保育の様子を取材させていただきました。場所は京王線多摩境駅から徒歩2分、マンションの一角にあります。
この日の子供たちは0歳2名、1歳2名、2歳4名の8名。保育室は3LDKのフローリングの2部屋を遊びに、たたみ部屋を寝室にしています。9時半ごろに伺ったのですが、もう昼食作りが始まっていました。
代表の川上さんは調理師免許をお持ちなのでご自分であれこれ工夫して作っているとの事。一般家庭の台所なので、まるでお母さんが料理しているみたいでした。時々子供たちが良い匂いの台所を覗き、お昼を心待ちにしています。

2006-10-16 08:47:38 この記事のURLまちぐるみで子育てを応援

陶芸作家 中村 勇の世界<自宅ギャラリーとパソコンで合成絵本を>

【陶芸作家 中村 勇の世界<我が誇り 息子よ>】で登場していただきました勇さんの母、真春さんと、父、中村氏の、勇さんの作品をより生かすための創意工夫をご紹介します。
それから、只今、中村勇さんが入選された展覧会が、埼玉県立近代美術館で開催されています! 展覧会のホームページはこちらです


真春さんは、勇さんの陶芸作品が多くなるに従い、「この作品たちをどのようにしていったらいいだろう・・・」と思案するようになります。

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勇さんは、年に何回か開催する個展や展覧会のために作品を作られ、その時は多くの人の前に公開されますが、普段は家に陳列しておくことになります。
「それではもったいない。観たい人がいつでも観れるようにして。」という声も友人や知人の間でおこります。
そこで真春さんが考えたのが、自宅ギャラリーです。
(【陶芸作家 中村 勇の世界<我が誇り 息子よ>】参照)

玄関を入ったすぐの部屋に、勇さんの動物陶芸を並べ、観たい人にいつでも観てもらえるようにしました。
勇さんの生き物たちへの愛情と、作品を創ることへの情熱のこもった作品は、瑞々しい生命力が迸って、そこに在るだけで不思議な力を湛えていますが、ここのギャラリーは、それだけでないファンタジック雰囲気を醸しているのです。
生き物たちの陶芸ですから、それだけでファンタジックでもありますが、他に理由があるのです。
それは、大きな丸太を半分に切ったものを陳列の台に据えるなど、真春さんの創意工夫と、中村氏の木工作品と、妹さんが創る人形が同居して、ギャラリーは、温かな『家族の世界』になっていることです。

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2006-10-14 12:15:34 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

陶芸作家 中村 勇の世界<我が誇り 息子よ>

真春さんは、動物陶芸作家の中村勇の作品を何よりも愛していらっしゃいます。それは、作品そものが、息子、中村勇の命だと思うからです。

いらっしゃい!
ギャラリーの玄関に訪れる人を出迎えるために並んでいる動物たちと水槽の生き物たち。(写真をクリックすると大きく見れます)
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ようこそ!
玄関を入ると、真春さんと猫ちゃんがお出迎え
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2006-10-01 16:54:46 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

NPO法人 保育園[種まく人」

多摩ニュータウンの西方、京王線多摩境駅近く、マンションの一室を借りて友人の川上さんは「種まく人」とネーミングした小さな小さな保育所を設立しました。
少子・高齢化・核家族化の中、出産や子育てが難しい時代になっています。「種まく人」は‘乳幼児から思春期まで、安心・安全・信頼され・愛されて育つ権利を保障していく保育園作り’をめざしています。

この人形は「種まき人形」と名付けられ、古いセーターを再利用していろいろな人の手によって作られています。
このように、どこでもお座りできるようにデザインされ、大きさも小さな子どもの手に程よい大きさになっています。
この「種まき人形」は保育園ではもちろん、保育園主催のイベント会場でも
一体450円で販売され、保育園の運営資金に充てられています。
現在この人形や手作り遊具を作ってくださるボランティアを募っています。直接保育園にお申し出いただければ嬉しいです。

2006-09-25 01:55:46 この記事のURLまちぐるみで子育てを応援

NPO法人あっとほーむ

〜保育園・学童へのお迎えと夜間保育〜

NPO法人あっとほーむ

横浜市・港北ニュータウンの住宅街で、子育て支援をしているNPO法人

代表の小栗さんに、活動を始めたきっかけを尋ねると、「自分が欲しいなと思うものは、きっと社会にも必要なものだと思った。」という答えがかえってきた。

2006-09-22 11:39:14 この記事のURLコミュニティビジネスでまちを元気に!

NGO未来の子どもネットワーク<青木悦さんの講演>

2006年9月16日
NGO未来の子どもネットワーク 第1回思春期子育て講座 
講師:教育ジャーナリスト 青木悦さん 
演題:「ホンネを言えない子どもたち」


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こどもたちはしんどい思いをしている
青木さんが、”こどもたちの今”に関心を持つようになったのは、横浜で起きた、野宿をしている人たち(ホームレスと言われている人たち)を、こどもが集団で襲い、三人の死者が出た事件からだそうです。
「今のこどもは大変なところにいる。私たちはそこに気づかなくてはいけない。」と、青木さんは淡々とした口調で語りはじめました。
淡々とはいってもその中に、こどもに尋常でない熱意をもって向かい合っている人の確かな視点を感じ、聴き始めてすぐに居住まいを正しました。

「沢山のこどもに会ってきました。そこでいつもいつも感じるのは、”こどもが一番、辛いしんどい思いをしている”ことです。それは、”こどもはどこにも本音が言えない。本音を言えるこどもはどこにもいない”ということなのです。親と友達に一番気をつかっている。身近なはずの人間に気をつかって、本音を言えない。これは本当にしんどいことですよ。」

親に言えない
「私が何度も会って、やっといじめにあってることを話をしてくれた子が、”自分がいじめにあってることを、親にだけは言わないでくれ”と言うのですよ。この子は、遺書を書き、それでナイフをくるみ、ガムテープをまいて、ポケットにしのばせていた。”カッとなってナイフを取り出した時、ガムテープをほどいている間に気持ちが平静さを取り戻すかもしれないから。これは、使うためじゃなくて、ぼくのお守りなんだ”と言ったんですよ。」

「なぜ親に言わないで、と言うと思いますか? 親をガッカリさせたり、心配をかけるのがいやなんです。親は、自分がいじめられてると知ったらガッカリする、と思っているんです。・・・この話を聞いた人が、”親思いで優しいんですね”と言いました。そういうことではないと思うんです。私は、こどもは嫌なことや頭にきた時は、親に泣き叫んでいいはずだ、と思うんです。それをしないで気を遣う、と言うのは、本当にしんどいでしょう。こどもにそうさせてはいけない。・・・そうさせてしまうのはなぜか?」

親がつくる幻のこども
青木さんは、講演を聴く人にそう問い、その後、最も言いたかったことを言いきられました。
「おとなが、親が、その子その子のありのままを見て理解しないで、自分で作り上げたこども像を、自分の子にあてはめて、合わないと落胆したり失望したりするからです。つまり、親、おとなは、”幻のこども像”を最も大事にして、そこから実際のこどもを見るのです。当然、幻のこども像から見たら、実際の子は欠点だらけや弱く見える。そこでガッカリしたり、自分の子はダメダと決めつける。・・・こどもは、親が抱いている幻のこども像や期待に合わせようと懸命に努力する。・・・それが積み重なっていけば、いつか爆発するのは当然です。」

青木さんのお話は、実際に向かい合い、その子が吐露した思いや言葉にどこまでも沿おうとする中から出ているのが伝わり、聴いていて、こどもたちの切実な目の色や苦渋にあえぐ表情が見えてくるような気がしました。
そしてそのこどもの苦渋は、そのまま親の苦渋であることを察することができます。
この日、参加していた若い母親たちも、その実感があったのでしょう。お話の後の質問や意見の交換は、それぞれが抱えている問題を出し合い、それがまたそれぞれの気づきにまでなっていったと感じました。

2006-09-20 23:38:28 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

子育て支援研修(2)

前回に引き続きの研修。
子育て支援サービスの利用者は、健常者ばかりではない。身体に障害を持ったお母さんはもちろん、精神に障害のあるお母さんの支援もある。
今回は「精神疾患への理解と支援」について


精神疾患としてあげられているもの
■統合失調症〜幻覚(幻聴・幻視)、妄想・不安、焦燥、興奮・思考滅裂・昏迷(意識障害)また見た目では分からないが、意欲の低下、自発性低下(人を避ける)、感 情平板化、意思疎通の困難、人格の解体、思考の解体など
  
    ・経過〜前兆期、急性期、消耗期、回復期

外出しなくなる。徘徊。眠れない。簡単な整頓や身の回事ができなくなる。                    
きつい表情、生気の無い暗い顔、弛緩した顔。唐突、飛び飛びの内容の話。                                                  

 ・生活上の問題〜根気が続かない。新しい内容の理解、習得が遅い。全体の判断が上手
 くできない。臨機応変にできない。融通が利かない、など。

・接し方〜穏やかさ分かりやすさがあり、過剰な感情表出がない事。
     指示や質問は分かりやすく、答えやすいものを。
一度にたくさんの指示を出さない。わからない事には「わからない」と簡潔に答える。箇条書きのメモなどは確認し安く安心できる。


■うつ病〜主な症状、抑うつ気分。興味と喜びの喪失。易疲労性。(少なくとも二つ)。集中力、注意力の減退。自己評価や自信の低下。罪責間と無価値感。悲観的。睡眠障害。食欲不振、など。

治療としては抗うつ剤の投与、精神治療、環境調整、家族への心理教育など。 薬の投与などで治ったように見えても、生活リズムの変化、疲労、悩みなどの
ストレス要因により再発しやすい。再発についての教育、自己管理が必要。
     

「レスキューファンタジー(援助する事への幻想)」・・・相手が成長するための援助ではなく、援助する事によって優越感を持つ。

以前、保育士の友人から発達障害の子ども達には適切な言葉掛けが大切だと指摘された事がある。
子どもの発達障害においては、それぞれの事例によって適切な言葉掛けが必要である、つまり障害によっては全く理解できない言葉がある。
精神障害者への援助でも同様に自立を妨げないように心掛けなければならない。
寛容になりすぎる、退行(依存心)を「親しみ」と受け取ってしまう、不安から必要の無い援助をする、など思い当たる事例もある。

自治体として情報の共有化、ネットワーク化がますます必要になってくると思うが、支援者の研修も不可欠だろう。
       山崎礼子

2006-09-18 23:58:02 この記事のURLまちぐるみで子育てを応援


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