pagetop

ホーム > 「地域」 > 「茨城」 のブログ記事一覧

文字サイズ

地域 > 「茨城」 のブログ記事一覧

80件中 61〜80件表示

ブログ記事を探す

回想法を知っていますか?

人間は日々年を取ります。また人生はとてつもなく長い時間です。
年とともに、記憶力が衰えることは、わりと早い時期から認識するケースもあるのではないでしょうか。そこで今週は、佐々木和恵さんの「回想法を知ってますか?」をご紹介しましょう。

以前シニアのためのパソコン講座のお手伝いをするときに、シニアの方々の物事の受け止め方のメカニズムについて、最初に伺ったことがあります。たとえば、<アップル>という言葉を聞いたとき、年を重ね経験を積めば積むほど、「アップル」という言葉に対する引き出しがたくさんできている。だから「アップル」という語に対してさまざまな<アップル>を意味する事柄が引き出しから出されてくる。それゆえに反応が遅くなってしまう...、確かそんな内容でした。

老化ゆえの記憶力の減退は、個人差はあるものの避けることはできない現象です。しかし「のっぴきならない思い出」というものを誰しも持っていて、それはそう簡単には忘れられないものです。回想法はある種、人そのものと一体化しているようなそんな「思い出」を引き出すことによって、高齢者の認知症予防につながるのかもしれません。

佐々木さんは写真を紹介する中で、「手作りの竹製作品 懐かしい匂いがします」と記述されています。嗅覚や触覚も駆使しながらのこういった作業は、五感を総動員させ、効果を倍増しているのかもしれないと感じました。

「回想法」はこれからますます需要が広がっていくような気がします。

2007-02-09 00:01:55 この記事のURL今週の注目記事

回想法を知っていますか?

「NPO法人龍ケ崎市回想法センター」を主宰されている心療回想士の赤嶺愛子さんを、回想法の一端である伝承遊びの講座と、産業能率大学講師で行動科学博士の小林幹児さんの回想法講演を開催された日にお訪ねしました。

kaisou_b_take.jpg
<参加者の方が、竹で昔ながらの方法で、花活けを作っていらっしゃるところ>

kaisou_b_taketenzi.jpg
<手作りの竹製作品 懐かしい匂いがします>

kaisou_b_syugou.jpg
中央の女性が赤嶺さん 向かって左隣りの方がお母様のふくさん 右が小林幹児さん 他の方は参加された皆様>

kaisou_b_hataori.jpg
<機織機の前で、係りの方から説明を聴く>

kaisou_b_huku3.jpg
<お母様のふくさんと参加者の方と話をする赤嶺さん ふくさんは、認知症要介護4から1に回復された>

私は、この時まで、「回想法」ということを全く知りませんでした。取材をするために資料を読みましたが、「お年寄りや認知症の人から昔話を聞いたり、お話ししあったりすることだろうか」という漠然とした理解でした。
そうした頼りない意識で、赤嶺さんと小林さんのお話を伺ったのですが、昔話を聞いたり、話し合うというところに生じる情緒で終わるものではない、例えば、病気などで通常でなくなった人間の脳を、記憶や感情がもつれた糸玉のようになっているとすると、それをするするとほどいていく手助けをするといえるような、高度で奥の深い学問であることを感じました。
また、脳血管性の障害とそうでないものの症状は別のもので、効果も違うなど、学術的な細分化の上の実績も積まれているようです。
それで、浅学な自分がこの説明をどのように書けばいいかと思案していましたところ、赤嶺さんが、ホームページに掲載されている、ご自分の体験を交えた回想法の説明文を寄せて下さいました。その玉稿を原文のまま公開させていただきます。

2007-02-01 20:03:23 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

国際養子縁組事情

国際養子縁組事情について
和泉短期大学で児童福祉を教えておられる平田美智子さんにお尋ねしました。

このところ海外のセレブ達の肌の色の違う子どもの養子縁組が話題となっていますが、セレブとまでいかなくても、私のアメリカの友人にも実の子(男の子)が生まれたとき、同時にインドからひとりの男の乳幼児を養子に受け入れ、二人目の実子が生まれたとき、再びアジアから養子を受け入れた人がいます。一人目の時、一人を育てるより養子をとって二人同時に育てた方が互いによい影響を持つと信じていることに当時の私は驚きましたが、二人目の実子が生まれた時に二人目を受け入れた理由が、インドの養子が二対一となってはかわいそうだからとのこと。これにも驚きました。彼女は一人目の時が当時27歳くらいで、弁護士をして、夫とは国際結婚で、もともと国境などあまり気にしていない人でした。私が当時アメリカの彼女を訪れた時、二人の子供を育てることに特に気負った様子もなく、家事も他人に任せずテキトーにこなしているようでした。アジアの貧しい地域から養子に出る子は出生の時点から病弱だったり、栄養が行き届いていなかったため、知能の発達が遅れ気味という場合がよくあるとのこと。彼女のインド生まれの養子も病弱だと言っていましたが、兄弟仲が良くてうれしいと言っていました。

日本においては、積極的に海外養子を受け入れやすくしている状況にはないということで、海外からの子を養子にするというケースはあまりなく、日本人の子を海外に養子に出すというのも実態はよくわからないが、アメリカの移民局の調査ではおよそ年間40人〜50人がアメリカに養子に出されているのではないかとのこと。そこで、養子縁組がさかんなお隣、韓国の事情について平田さんに話を伺いました。

2007-02-01 11:17:55 この記事のURL身近な国際協力に参加しよう

障がいのあるこどもの学校選択

憲法第26条に、全ての国民は「教育を受ける権利」があること、「保護する子女に普通教育を受けさせる義務」を負うことが規定されています。
これは、こどもはみんな「普通教育を受けられる」ということなのです。でも、何らかの障がいがある場合、誰もが公平にもっているはずの「教育を受ける権利」に、大きな壁が立ちはだかることがあるのです。
2006年12月9日、水戸市福祉ボランティア会館に於いて開催された、「NPO法人 水戸共に育つ会」主催のフォーラム、「第1回みとともフォーラム 障がいのある子の学校選択」にお邪魔して、パネラーの方の報告を聞いてきました。


mito_hosi.jpg
人と違ってもいい。
みんなと同じでなくてもいい。
みんな認め合って
支え合って
助け合って
一緒に生きていける社会が
いちばんだと思うのです。

水戸共に育つ会は、障がいがあるなしでわけられることなく、
子ども達がみな同じ教室で学んだり、
一緒に活動するための支援事業をしています。
障がいがある子のみが支援をうけるというのではない。
その子から学んでいることが、
生涯を通じて、とても大切なことであると考えています。
そして、知らず知らずのうちに、私たちも育っていると感じているのです。
共に育ってみませんか? 
<「水戸共に育つ会」パンフレットより>


mito_ooutisan.jpg
写真中央は、「水戸共に育つ会」の現在の代表、大内千裕さん。
「水戸共に育つ会」は、2002年に、前代表である谷中愛子さんがボランティアサークルとして設立され、2004年にNPO法人化して後、大内さんが代表となられました。
この日の参加者は50人前後。皆さん、熱心に、代表の話やパネラーの報告に聴き入っていました。

パネラーの報告
Fさんの報告:長男(知的障害)の学習権を得るまで
<2004>
・9月
某小学校の校長から長男を「受け入れてもいい」ととれることを言われ、その学区への引越しを決める。同時期、総研で親の承諾なしに長男の知能テストをされ、養護適と判断される。

・12月
某小学校の校長と面談した際、「学校のレベルが下がる、○○養護があいてるよ」と言われる。人権を全く無視した校長の発言を、市会議員に訴え、議員が校長に確認すると「言ってない」を繰り返すばかり。こちらから、ボイスレコーダーを公表すると言うと一転認めるが、その後他の保護者数名に、「Fさんは議員を使って学校にはいろうとしている」と就学相談の内容を漏らす始末。

<2005>
・1月
長男の就学先をF小学校に変え引っ越しを決める。学校教育課にF小学校に入学希望と伝えると「引越しなんか認めない」「学校を決めるのは学校教育課だ」と怒鳴り付けられる。

・3月23日 
F小学校の校長が教育長に「M君を受け入れます」と言って下さったおかげで長男の入学が決まる。

・4月
母親とNPO法人「水戸共に育つ会」から派遣されたボランティア、学校側のスクールボランティアとでローテーションを組み、長男の学校生活をサポート。

<2006>
・4月
長男、2年生に進級。障害のある1年生が4人入学してきたためボランティアが大幅に足りなくなる。ボランティア募集のビラ5.000枚を地域に配り、30人のボランティアを確保したが、全員、1年生に付くことになる。

・9月
埼玉の「障害者の教育権を実現する会」に相談し、登校から下校まで補助員の配置を求めて要望書を教育長に提出。

・10月
行政交渉2回目で、この11月から長男に週29時間の補助員配置が決まる。

Sさんの報告:就学相談の状況
mito_huruhasi_s.jpg

<本人6歳の現在>
痰の吸引、栄養剤の注入など、医療行為が必要なため、現在母親が付き添って幼稚園へ通っている。

<経緯>
就学への行動は、2005年11月、養護学校の見学から始まる。
2006年5月、学区の小学校へ、入学を希望しているので、本人に会ってほしいと電話。本人の姉が在学中なので、フリー参観時に特別支援学級の様子を前から見学していた。

6月に、特別支援学級の担任と面接。
7月、学校教育課に電話、面接、教育委員会から子どもの様子を見に、幼稚園に来園と続く。
8月、就学相談。
9月、養護学校体験入学。
10月、学校教育課より電話があり、就学時の健康診断の前に、学区の小学校の先生との面会を提案される。
小学校を訪問し面会。教頭先生と面接。学校教育課係長も同席。
中旬には、養護学校授業見学。
同じ時期に就学時の検診。
10月末、現況確認のため学校教育課に電話。31日には2回目の養護学校体験入学。
11月になって、バリアフリーの学校開放見学。学校教育課より経過報告電話。
11月20日には、養護学校開放見学。自立訓練見学である。

幼稚園に通い始めた娘の様子を見ていると、それまで何でも恐がってやらなかった娘が、友達がやることを自分もやってみたり、気管切開をして声が出ないのに大きな口を開けてみんなと一緒に歌を歌うなど、「この子にこんな力があったんだ!」と知らされた。
適切な訓練も受けたいが、学校でも友達の刺激をいっぱい受けたいとの気持ちで来年4月の就学に向け活動中である。

<最後に>
沢山の人の理解、協力を得てここまで来た。誰からも強制されること無く、純粋に本人のためにどの選択が一番いいのかを考えて過ごしている。
             

2006-12-29 21:54:39 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

まちの駅「たまり場」たろう<地域たすけあい研修会 in 筑西>

誰もがココロの奥に持ち合わせる「思いやり」と「支えあい」 それをカタチにしたら・・・ぬくもりある人情横丁のできあがり! さぁ、学びましょう!県西地区初めての研修会です。(参考資料より抜粋)

高齢者もこどもも男も女も障がい者も、互いがそれぞれの個性や特徴や能力や嗜好や考え方などを理解し合い、認め合って生き、それがまた地域の活性化につながることを願って、筑西市の小松崎登美子さんは、夫の光正さんと、”まちの駅「たまり場」たろう”を主宰し、「下館地域在宅介護を支える会」「レディスピア・県西」「ほっとひと息ステーション」「たろう案山子の会」「もったいない倶楽部」の支え合い活動をしています。<参照:当ブログの”まちの駅「たまり場」たろう”過去記事>

登美子さんは、”「みんなが最後まで尊厳をもって生きられるように」という理念のもと、「それぞれの人が自分を大切にし、互いの個性やプライバシーを尊重しながら、困ったときはお互いさまと自然にふれあい助け合う、そんな生き生きとした温かい地域社会づくり、新しいふれあい社会づくり」を目標としてさまざまな試みや実際の活動を続けている「財団法人 さわやか福祉財団(理事長:堀田力氏)」”のインストラクターでもあります。
さわやか財団の理念、目標、実際の活動は、登美子さんの願い、想いと深く一致し、自らの学びも含めてインストラクター活動にも打ち込んでいるのです。

nonblog_tomikoaisatu.jpg
そして、たまり場たろうに集まる人々と、さわやか財団のインストラクターの方々の連帯と助け合いのもと、2006年11月26日(日)、近隣の地域を越えて大勢の人の参加を得、研修会を開きました。
会は活気と希望に満ちたものとなりました。

2006-12-04 12:26:52 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

流域シンポジウム

11120.jpg
11月12日山梨県上野原市もみじホールに於いて「’06年流域シンポジウム」が開催されました。主催は「桂川・相模川流域協議会」。桂川とその下流である相模川の流れる山梨・神奈川両県の市民・企業・行政が作っている団体です。「流域シンポジウム」は、流域の環境保全を図る為に年に一度山梨県内と神奈川県内各所を交代で開催しています。今回が9回目。。私は今までに4回、このシンポジウムに参加していますが、今回が一番感動しました。冒頭の写真は、舞台に映写された「流域に散乱している不法投棄の現状」を撮ったもの。こうした「きれいな自然。大事な飲み水の水源。なのに心ない人がこうして環境を汚している現状がある」「行政の力だけでは解決できない。一生懸命ボランティアで美化に勤める人もいる一方で、汚す人も跡を絶たない。困っている」という問題提起はずっとこの会の基調でした。
今回もシンポの後半で行われた、山梨県の桂川流域の市町村からの報告は大方このようなものでした。が、今回のシンポは冒頭から、相模川の河口(海への出口)からはじまって、水源の山中湖まで航空写真映像で川をさかのぼっていく、という面白い発表があり、最初から人を引き込むに十分でした。こうしたCG画面で問題提起し、パネルディスカッションの生の出演者の声と顔を絡ませながらアナウンサーが問題の解決へと絞っていく、という手法はNHKの報道特集番組(私はもっぱら環境問題特集を見ますが)でおなじみのもので、今のところ到達している一番の「問題把握のわかりやすさ」に配慮された手法だと思います。それをこの会で展開できた、それにまずは拍手を送りたい。このブログで再現できず残念です。でもいずれはトライしてみたいですね。(^ー^)(山本豊美)

2006-11-13 05:56:17 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

くらし協同館なかよし<干し芋作りの元祖、ビバ! 石田さんご一家>

このブログと、『のんびる』の10月準備号、11月創刊号に登場していただいている、ひたちなか市にある「くらし協同館なかよし」が篤い信頼を寄せておられる、地元農家、石田さんご一家をご紹介します。
石田さんは、「くらし協同館なかよし」に新鮮な野菜を提供するという形で、地域のまちおこし、福祉にも貢献されています。


生産者としての石田さんは、どの野菜も丁寧に手をかけて作っていますが、とりわけさつま芋作りには並々ならぬ愛情がこもっています。
それにはふかーいわけがあるのです。
石田さんは、干し芋作りの達人なのです。石田さんの作った干し芋は、他の誰も真似の出来ない甘さと柔らかさがあると誉れ高いのです。
それもそのはず。石田さんの曽祖父の石田由松さんは、90年前、はるばる静岡まで研修に行き、干し芋の作り方を習得して来ると、まちに伝えた人なのです。そう! 石田さんは、茨城県の干し芋りの本家本元、元祖なのです。

では、今年の冬に、甘くて柔らかな干し芋になる玉豊という芋の収穫の様子をご紹介しましょう。

2006-11-06 00:16:17 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

くらし協同館なかよし<惣菜チームの活躍>

7月12日の記事に登場していただきました、地域の暮らしに根付き、住民の人たちにとって、なくてはならぬ存在になっている『くらし協同館なかよし』。今回、『惣菜チーム』の活躍をご紹介します。

nonbir_kurasikanban1.jpg
茨城県ひかちなか市東中根本郷台団地にある『くらし協同館なかよし』の前身は、生協の店舗。当時、買い物客で賑わい、顔見知り同士がおしゃべりを楽しむ憩いの場の役割を果たしていたそうです。
ところが、2004年に閉鎖となってしまいました。住民、特に高齢者の方々は、買い物に行くのに坂の多い道を歩いて遠くの店まで行かなければならなくなりました。またおしゃべり仲間と会うこともなくなり、なんだか団地全体が火が消えたように寂しくなったといいます。

「このままではいけない! 団地に活気を取り戻そう! お年寄りの人たちが、自分で買い物に出られるようにしよう!」と立ち上がったのが、塚越教子さんと生協時代の仲間たち。そして、空き家になっていた生協の店舗を借りて作ったのが、『くらし協同館なかよし』というわけです。<詳細は、『のんびる』10月準備号と、11月創刊号をご覧下さい>

さて、今回の主役惣菜チームは、生協店舗があった頃に誕生しました。
店で売られる野菜や魚の一部は、不要な部分やその日に売れなかった物は捨てられます。それを、「まだ新鮮なのに捨てるなんてもったいないなぁ、何か活用できないかなぁ・・・。」と何人もの人が思っていたそうです。
それで、「惣菜にしたらどうだろう。家庭料理なら主婦をやってる私たちにも作れる。それを販売してみよう!」と何人かで話し合って決めたのです。
生協に申し出て許可が出ると、保健所に通って、食品販売の許可をとるための勉強をし資格をとる。そうしてついに、惣菜チームが誕生したのです。

nonbir_souzai.jpg

「今は、協同館で働く人はみんな同じ時間給だけど、惣菜チームは最初は出来高制だったの。それで時間給にすると100円ぐらいにしかならなかった。」
「採算をとるために、いろいろ工夫をしたわね。自分の家の庭で野菜を作って、それを使ったり・・・。」
「そういう苦労がまた楽しかった。やりがいがあった。」
この日の調理が終わって、このように話をして下さった皆さん。

nonbiru_tyouri_hutari.jpg

nonbir_tyouri_hutari2.jpg

そこに、チーフの中村さんが、見事な舞茸を見せて下さいました。
「うちの庭に植菌をして出来た舞茸よ! 今日はこれで舞茸ご飯を作り、喫茶のメニューにしたの。」

nonbir_nakamurasan.jpg

2006-10-30 00:12:15 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

まちの駅「たまり場」たろう<06'_11_26イベントチラシ>

当ブログの7月13日、8月12日に登場していただいています『まちの駅「たまり場」たろう』に集まる皆さんが実行委員になり、来る11月26日に、『財団法人 さわやか福祉財団』主催のイベント、『地域たすけあい研修会in筑西(ちくせい)』を開きます。

そのチラシが出来ました。
『地域たすけあい研修会in筑西(ちくせい)』開催の日が近づいて来たということですね。
分科会はとてもユニークな内容で、また講演会もまちづくりの方法など具体的なお話が聞けそうです。
前向きに人生を生き抜きたいと思う高齢者の方は勿論、まだまだ自分は若いと思っている方も、何も考えずその日その日が来ればいい、と思ってる方もぜひ参加してみましょう。
ピリリ!と頭とハートに何かがささってくるかも知れませんよ。

nonbir_tarou_tirasi1.jpg

nonbir_tarou_tirasi2.jpg

実行委員の皆さま
nonbir_tarou_zikkou.jpg

DATA
責任主体      財団法人さわやか福祉財団
理事長       堀田力
所在地       〒105-0011 東京都港区芝公園2−6−8 日本女子会館7階
財団法人さわやか福祉財団
TEL 03(5470)7751 FAX 03(5470)7755
創設      1995年 さわやか福祉財団設立
研修会担当   地域たすけあい研修会 in 筑西(ちくせい)実行委員会
実行委員長   小松崎登美子(たまり場たろう主宰)
所在地     たまり場たろう 〒308-0021 茨城県筑西市甲67
        自宅 〒308-0857 茨城県筑西市小川1444−28
        TEL/FAX 0296-28-0136
        携帯 090-1797-3045
        E-mail s.sasaerukai@dream.com
研修会会場   筑西市立しもだて地域交流センター(しもだて美術館・アルテリオ)
所在地     308-0081 茨城県筑西市丙372
        TEL 0296-23-1616 FAX 0296-23-1603


リポーターの独言
現代は、テレビ、ラジオ、ネットなど、家にいても外の世界のことを知る手段はいくらでもあります。
でも、ただぼんやりとそれらを観て、聞いているだけでは、自分の、『明日という未知の日』の道しるべを知ることにはならないかも知れません。
そういう意味で、『地域たすけあい研修会in筑西(ちくせい)』は、「そうか、こういう生き方があったか!」と前が開けるかも、と思うリポーターです。

詳細は雑誌、『のんびる』の創刊号をご覧下さい。

(佐々木和恵)

2006-10-22 23:36:26 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

ある介護の現場の事例より<病気の感染>

私の知人が疥癬症に罹った。
疥癬症とわかるまでに、病院で、アセモだ、アレルギーだと診断され、そのたびにそれの治療薬を貰い塗りたくった。とにかく尋常でない痒さで、その苦痛たるや死んでしまいたいと思うほどであったという。

病院を回りに回って、やっと、『疥癬症』とわかり、それに合った治療をして徐々におさまったという。でも間違った治療が悪化させていたから、おさまった後も苦痛感と不安が残ってるという。

そこでこの知人は、『疥癬症とはなんぞや?』と医師に問い、書物で調べた。
リポーターの私など、(名前からすると、家を不潔にしてカビやダニが原因でおこるものかしらん?・・・我が家もヤバイぞ!)など思ったのだが、そういうことではないらしい。第一、知人は清潔好きでいつも家の内外綺麗にされている。
余談はともかく、調べた結果、『疥癬症』は、『疥癬菌』を保持している人から、『肌と肌を密着してうつる』ものだとわかったそうだ。
この知人の場合は、専門医の調査で、知人の夫氏が勤めている介護施設から感染したのだとわかったというのだ。

知人の夫氏は、介護施設で働いておられる。
彼はサラリーマンを定年退職して後、介護の勉強をし、資格を得て高齢者や認知症の人が通所する施設で働いているのだ。
知人の話によると、彼はとにかく親切なよく気のつく方で、必要とあらば、通所者の誰をも抱きかかえ、本当に骨身惜しまず働く方という。私もこの夫氏を存じ上げているので、さもありなんと思う。
こうした結果、通所者の方が持っていた菌に感染したのに違いない、と医師は感じられたようだ。

そこで思うのだが、疥癬に限らず、身体を抱きかかえるなどする場では病気の感染はおこりやすい。その防止は、施設による定期検査と、家族の意識によるだろう。
知人夫妻が言われるには、その家族の意識にいまひとつ不安を感じる、というのだ。
つまり、具合が悪いとわかっていても、高齢者や認知症の人を、施設に出してしまう家族がいるというのだ。また施設の側も、それらを承知で拒まないところがある、というのである。

「う〜む・・・。」と考え込んでいるリポーターであります。
この知人の例で言えば、知人の苦痛を考えると、まず知人が気の毒だ!疥癬を持っている人を施設に出したその家族と、よく気をつけず受け入れた施設はけしからん!と言いたいところだが、やっぱり一番気の毒に思えてならないのは、病気を持っていても、家族にその苦痛を知らせることもできず、気がついてもらえず、あるいはわかっていても知らない振りをされる、さりとて自分では病院にも行けない高齢者、認知症の方である。

介護の現場のこうした『穴』を埋めるのは、施設、家族の『心』である。
『心したい』と、やはり介護者であるリポーターは我が身を振り返ってしみじみと思うのであります。なにしろ、ノーテンキでオオザッパな介護者でありますからして・・・のみならず、時々、認知症の夫を蹴っ飛ばしてやりたくなるレイコクな介護者でありますからして・・・。

(佐々木和恵)

2006-10-17 16:00:25 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

NPO法人 ファミリーサポートしあわせ<四年かかりました>

9月のある日、『地域たすけあい研修会in 筑西』というイベントを開くための実行委員会を取材で訪ねました。地域の中で、介護や福祉の活動に携わる活動をされている方々が、活発に会の準備のための話し合いをされていました。そこで出会ったのが、今回ご紹介します堀江友子さんと杉山房子さん。

堀江さんは、皆さんの言葉に終始優しい微笑を浮かべて頷かれ、杉山さんは、闊達に前向きの意見を述べておられました。
『どのような活動をされている方だろう?』
名刺をいただくと、『NPO法人ファミリーサポートしあわせ』とありました。
nonbir_blog_horisugi.jpg

2006-10-09 02:26:11 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

陶芸作家 中村 勇の世界<我が誇り 息子よ>

真春さんは、動物陶芸作家の中村勇の作品を何よりも愛していらっしゃいます。それは、作品そものが、息子、中村勇の命だと思うからです。

いらっしゃい!
ギャラリーの玄関に訪れる人を出迎えるために並んでいる動物たちと水槽の生き物たち。(写真をクリックすると大きく見れます)
isamu_genkan1.jpg

isamu_genkan_suisou.jpg

ようこそ!
玄関を入ると、真春さんと猫ちゃんがお出迎え
isamu_maharu.jpg

2006-10-01 16:54:46 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

NGO未来の子どもネットワーク<青木悦さんの講演>

2006年9月16日
NGO未来の子どもネットワーク 第1回思春期子育て講座 
講師:教育ジャーナリスト 青木悦さん 
演題:「ホンネを言えない子どもたち」


blog_aoki1.jpg

こどもたちはしんどい思いをしている
青木さんが、”こどもたちの今”に関心を持つようになったのは、横浜で起きた、野宿をしている人たち(ホームレスと言われている人たち)を、こどもが集団で襲い、三人の死者が出た事件からだそうです。
「今のこどもは大変なところにいる。私たちはそこに気づかなくてはいけない。」と、青木さんは淡々とした口調で語りはじめました。
淡々とはいってもその中に、こどもに尋常でない熱意をもって向かい合っている人の確かな視点を感じ、聴き始めてすぐに居住まいを正しました。

「沢山のこどもに会ってきました。そこでいつもいつも感じるのは、”こどもが一番、辛いしんどい思いをしている”ことです。それは、”こどもはどこにも本音が言えない。本音を言えるこどもはどこにもいない”ということなのです。親と友達に一番気をつかっている。身近なはずの人間に気をつかって、本音を言えない。これは本当にしんどいことですよ。」

親に言えない
「私が何度も会って、やっといじめにあってることを話をしてくれた子が、”自分がいじめにあってることを、親にだけは言わないでくれ”と言うのですよ。この子は、遺書を書き、それでナイフをくるみ、ガムテープをまいて、ポケットにしのばせていた。”カッとなってナイフを取り出した時、ガムテープをほどいている間に気持ちが平静さを取り戻すかもしれないから。これは、使うためじゃなくて、ぼくのお守りなんだ”と言ったんですよ。」

「なぜ親に言わないで、と言うと思いますか? 親をガッカリさせたり、心配をかけるのがいやなんです。親は、自分がいじめられてると知ったらガッカリする、と思っているんです。・・・この話を聞いた人が、”親思いで優しいんですね”と言いました。そういうことではないと思うんです。私は、こどもは嫌なことや頭にきた時は、親に泣き叫んでいいはずだ、と思うんです。それをしないで気を遣う、と言うのは、本当にしんどいでしょう。こどもにそうさせてはいけない。・・・そうさせてしまうのはなぜか?」

親がつくる幻のこども
青木さんは、講演を聴く人にそう問い、その後、最も言いたかったことを言いきられました。
「おとなが、親が、その子その子のありのままを見て理解しないで、自分で作り上げたこども像を、自分の子にあてはめて、合わないと落胆したり失望したりするからです。つまり、親、おとなは、”幻のこども像”を最も大事にして、そこから実際のこどもを見るのです。当然、幻のこども像から見たら、実際の子は欠点だらけや弱く見える。そこでガッカリしたり、自分の子はダメダと決めつける。・・・こどもは、親が抱いている幻のこども像や期待に合わせようと懸命に努力する。・・・それが積み重なっていけば、いつか爆発するのは当然です。」

青木さんのお話は、実際に向かい合い、その子が吐露した思いや言葉にどこまでも沿おうとする中から出ているのが伝わり、聴いていて、こどもたちの切実な目の色や苦渋にあえぐ表情が見えてくるような気がしました。
そしてそのこどもの苦渋は、そのまま親の苦渋であることを察することができます。
この日、参加していた若い母親たちも、その実感があったのでしょう。お話の後の質問や意見の交換は、それぞれが抱えている問題を出し合い、それがまたそれぞれの気づきにまでなっていったと感じました。

2006-09-20 23:38:28 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

NGO未来の子どもネットワーク<こどもはみんな、ひとりひとりちがう>

”特定非営利活動法人 NGO未来の子どもネットワーク”、『思春期子育て講座』を開催。<代表 笠井広子さん>

”NGO未来の子どもネットワーク”は、2000年に多発した「17才」の連続少年事件をきっかけに、「社会の中の子どもたち」におとなは何ができるか、社会の中で子どもたちの権利はなぜ守られないのか、という思いのもとに発足され、2004年に設立認証を得ました。
定款に記載された目的によると、『この法人は,全てのこどもたちに対して,未来に平和を願うため,こどもが安心して暮らせるように,社会の基盤となる子どもの権利条約を守るための啓蒙,啓発に努め,こどもの権利保障の拡大と福祉の増進,子どもの社会参画の推進に寄与することを目的とする。』となっています。

2006-08-31 08:52:48 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

まちの駅「たまり場」たろう<昭和ノスタルジー>

グループ『たまり場たろう』の主宰者、小松崎光正さん・登美子さんが、”昭和ノスタルジー”という展示会を開催されている。8月12日にお訪ねしてみた。

地域に暮らす普通の市民が昭和の思い出あふれる何気ない品々を持ち寄り、世代を超えて「生きる」充実感を再認識! 顔の見える手作り企画展です。<昭和ノスタルジー ポスターより>

2006-08-12 23:49:55 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

まちの駅「たまり場」たろう<癌とともに>

まちの駅「たまり場・たろう」に集まる人々≪レディスピア・県西≫

『レディスピア・県西』は、癌を体験した人たちのグループである。癌は現在では、早期発見をすれば直ると言われているが、まだまだ怖い病気のひとつである。その癌にかかってなおボランティア活動をされている三人の方々にお話を伺った。

2006-07-13 03:03:03 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

まちの駅「たまり場」たろう<小松崎光正さんと登美子さん>

まちの駅「たまり場」たろうは、茨城県筑西市(旧下館市)にある、二階建て民家の小さな駅である。
駅と言っても、電車やバスが発着するわけではない。
福祉や助け合いの活動をしている人たちが集まる駅である。言うなれば、『思いやり、助け合いの心が行き来する駅』なのだ。


■駅長は小松崎光正さん 助役は登美子さん

nobir_hato_komatuzakihusai.jpg

駅長の光正さんは、15年前の1991年、44歳の時、食事中に急に身体の力が抜け、救急車で病院に運ばれた。脳出血だった。九割がた危ないと言われたほどの重症であったが、幸い命は取り留める。だが、仕事復帰には至らなかった。
助役、妻の登美子さんは、懸命に夫の介護に尽くすが、光正さんの脳出血から5年後の1996年に、自らも腎臓癌に倒れる。しかも、自分の手術が終わって退院すると、休んでいる間もなく光正さんを支える生活に戻ったのであるが、なんと、お母さんが骨折し自立ができない状態になってしまった。登美子さんは、抗がん剤を打ちながら、光正さんとお母さんの二人を介護するという、壮絶な生活を余儀なくされたのである。

2006-07-13 02:25:49 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

くらし協同館なかよし <塚越さんと協同館>

暮らしの中心の場
nonbir_kurasikanban1.jpg

2006年7月12日、<くらし協同館なかよし>を訪ねた。
大型団地の中にある<くらし協同館なかよし>は、高齢者の方々も自分でお買い物に来られる、まさに<暮らしの中心の場>と呼ぶに相応しい細やかな配慮が行き届いた生活空間である。この協同館と、代表の塚越さんのことは、『のんびる創刊号』で詳細をお伝えするので、ここでは店内の様子を紹介するのみにとどめようと思う。

2006-07-12 00:31:33 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

自己紹介

<福祉>を担当します佐々木和恵です。
ご意見や感想、また情報などをコメント欄にお寄せいただけましたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願い致します。

私は1942年に愛媛県で生まれました。子供の頃から生き物と小さな子供が好きで、専門学校保育科を卒業した後、幼稚園に勤め、結婚後、マオアキラという筆名で、童話・児童文学作家として執筆活動をはじめました。
1991年に出版しました『風のむらから さわこ』をはじめ、『光る夏ーたつひこ』『ムシの方舟』『さくらのもりのものがたり』『しろじょうさんの八月』などを書いてきました。
「子供(人間)は個々の特性を尊ばれることが大事」「地球は生き物も人間もともに生きる星」という思いを、生きてきた中で自然に強く感じるようになり、これが終生のテーマとなっています。
家族は現在認知症となった夫と猫たち犬たちです。長男、次男は社会人となり独立しています。
住まいは茨城県某所の森の横。森は私の思索と憩いの場、夫の散歩道、猫の遊び場、犬の駆ける場と、私たちにかけがえのない存在になっています。
趣味はネット活動と時たまの水泳です。
座右の銘として、いつも、「洞察」を挙げています。
人、物事、出来事に対して、いかに言葉を巧みに連ねても、それが自分の体験や知識や世事などの範疇で裁定したものであっては、何も見ていないのと同じだと痛感するからです。

(佐々木 和恵)

2006-02-01 04:21:08 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動


▲このページの上へ戻る