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花咲くおとめ座 2
第三回 花咲くおとめ座劇場 ライブ
秋晴れの午後、創立8年の歴史を持つ「花咲くおとめ座劇場」ライブを堪能して来ました。オープニングは和太鼓のセッション「秩父屋台囃」「おとめ座八木節」で幕が開き、会場を埋める200人程のファンを高揚させてくれました。
会場がすっかりおとめ座モードに高まったところでいよいよ第一部の始まりです。まずは三味線の「津軽じょんがら節」。そして次は「売り声」、越中富山の薬売りの口上です。座員の中で最高齢のR氏は小沢昭一と幼友達という77歳。戦後闇市派と言われる世代らしく「僕は戦中派。少年時代、誰もが大きくなったら兵隊さんになる!と言っていた頃僕はガマの油売りやバナナのたたき売りになりたいと言っていた。」と自己紹介。今もってピースフルな笑顔がステキな気骨ある紳士でした。
さあ、プログラムは「飴屋踊り」そして「南京玉すだれ」と続きます。すだれがチョット言うこと聞かず開かなくてドキドキの一瞬もあったものの、一枚のすだれが太鼓橋になったり東京タワーになったりetc。「すごーい!」まさに大道芸の醍醐味でした。そして次は「正調安来節、どじょう掬い踊り」驚くほどにしなやかな踊りに会場からの拍手喝采!
秋晴れの午後、創立8年の歴史を持つ「花咲くおとめ座劇場」ライブを堪能して来ました。オープニングは和太鼓のセッション「秩父屋台囃」「おとめ座八木節」で幕が開き、会場を埋める200人程のファンを高揚させてくれました。
会場がすっかりおとめ座モードに高まったところでいよいよ第一部の始まりです。まずは三味線の「津軽じょんがら節」。そして次は「売り声」、越中富山の薬売りの口上です。座員の中で最高齢のR氏は小沢昭一と幼友達という77歳。戦後闇市派と言われる世代らしく「僕は戦中派。少年時代、誰もが大きくなったら兵隊さんになる!と言っていた頃僕はガマの油売りやバナナのたたき売りになりたいと言っていた。」と自己紹介。今もってピースフルな笑顔がステキな気骨ある紳士でした。
さあ、プログラムは「飴屋踊り」そして「南京玉すだれ」と続きます。すだれがチョット言うこと聞かず開かなくてドキドキの一瞬もあったものの、一枚のすだれが太鼓橋になったり東京タワーになったりetc。「すごーい!」まさに大道芸の醍醐味でした。そして次は「正調安来節、どじょう掬い踊り」驚くほどにしなやかな踊りに会場からの拍手喝采!
2006-10-01 18:49:17 この記事のURL 「セカンドリーグ!自立して生きる女のガイド」
花咲くおとめ座 1
”花咲くおとめ座”ってなにもの?!
行って来ました!麗しの芸人集団。
わが町の秘かな人気者一座を訪ね、日頃の憂さをすっかり解消した一日でした!
名にし負う”花咲くおとめ座”の練習日に見学をさせてもらいました。団塊世代を中心に40代から70代までのおとめ達十数人の華やかな座員構成で、古典芸能から和太鼓セッションまで、レパートリーの広さはさすがです。若き伝統芸能のプロを講師に招き、真剣な稽古…、と思いきや往年のおとめ達、誰かが間違えたといっては大笑い、それは和やかな練習風景でした!
9月には第三回発表会『花咲くおとめ座劇場』予定の他、8/26、9/2、9/16、9/28、9/30と老人介護施設の訪問はめじろ押し。
メンバーの皆さんの根っからポジテイブな人柄と、芸がどんなにか老人の心を柔らげることだろうと想像します。ちなみに出し物は、「南京玉すだれ」「獅子舞」「飴屋」「舞謡(創作)」「チンドンバンド」「和太鼓セッション」など。
<追記>おとめ座の芸と笑いに共鳴する男性メンバーもいるとのこと。
代表のお話では、沖縄の「白百合バンド」のような活動が目標とか。
(矢口 峰子)
行って来ました!麗しの芸人集団。
わが町の秘かな人気者一座を訪ね、日頃の憂さをすっかり解消した一日でした!
名にし負う”花咲くおとめ座”の練習日に見学をさせてもらいました。団塊世代を中心に40代から70代までのおとめ達十数人の華やかな座員構成で、古典芸能から和太鼓セッションまで、レパートリーの広さはさすがです。若き伝統芸能のプロを講師に招き、真剣な稽古…、と思いきや往年のおとめ達、誰かが間違えたといっては大笑い、それは和やかな練習風景でした!
9月には第三回発表会『花咲くおとめ座劇場』予定の他、8/26、9/2、9/16、9/28、9/30と老人介護施設の訪問はめじろ押し。
メンバーの皆さんの根っからポジテイブな人柄と、芸がどんなにか老人の心を柔らげることだろうと想像します。ちなみに出し物は、「南京玉すだれ」「獅子舞」「飴屋」「舞謡(創作)」「チンドンバンド」「和太鼓セッション」など。
<追記>おとめ座の芸と笑いに共鳴する男性メンバーもいるとのこと。
代表のお話では、沖縄の「白百合バンド」のような活動が目標とか。
(矢口 峰子)
2006-09-16 23:28:29 この記事のURL 「セカンドリーグ!自立して生きる女のガイド」
取材を終えて/NPO市民葬送情報センター
たおやかにしてパワフルな団塊女性達
NPO法人市民葬送情報センターを訪ねて
7月下旬『のんびる』取材のため編集部の藤倉さんと、京浜東北線蕨駅にほど近い「NP O法人市民葬送情報センター」を訪ねました。
代表の小杉さんはゆったりとして終始笑顔の団塊世代。この日がデビューの新米リポーターにとって、何とラッキーなこと!
「市民葬送情報センター」を立ち上げた経緯等については創刊準備2号の『のんびる』に譲るとして、小杉さんは肩ひじ張らず自然体。ただ目の前に現れた問題を「何とかしたい」から行動しただけといったスタンスがさわやかで魅力的。近年の葬儀のシステム化=簡単、便利なセレモニーホールのコースプランには違和感を覚える私だったが、葬儀社に意見を言う事で葬儀は変えられる、ということを小杉さん達の活動を通して知った。
今、大切な人の送り方の新たな形「家族葬」を選ぶ家族も増えているという。葬送本来の意味「死者をめぐる語りと鎮魂の場」の復権の兆しだろうか…。こうした小さな”地殻変動”の陰に小杉さん達の地道な活動があったことを知る。その1つ、葬送を学ぶ「市民葬送セミナー」は12月で23回を数える。持続することの困難もあったに違いないが更に次なるイメージを育む気配に”拓いてゆく!団塊女性”の頼もしさを見た。(矢口峰子)
NPO法人市民葬送情報センターを訪ねて
7月下旬『のんびる』取材のため編集部の藤倉さんと、京浜東北線蕨駅にほど近い「NP O法人市民葬送情報センター」を訪ねました。
代表の小杉さんはゆったりとして終始笑顔の団塊世代。この日がデビューの新米リポーターにとって、何とラッキーなこと!
「市民葬送情報センター」を立ち上げた経緯等については創刊準備2号の『のんびる』に譲るとして、小杉さんは肩ひじ張らず自然体。ただ目の前に現れた問題を「何とかしたい」から行動しただけといったスタンスがさわやかで魅力的。近年の葬儀のシステム化=簡単、便利なセレモニーホールのコースプランには違和感を覚える私だったが、葬儀社に意見を言う事で葬儀は変えられる、ということを小杉さん達の活動を通して知った。
今、大切な人の送り方の新たな形「家族葬」を選ぶ家族も増えているという。葬送本来の意味「死者をめぐる語りと鎮魂の場」の復権の兆しだろうか…。こうした小さな”地殻変動”の陰に小杉さん達の地道な活動があったことを知る。その1つ、葬送を学ぶ「市民葬送セミナー」は12月で23回を数える。持続することの困難もあったに違いないが更に次なるイメージを育む気配に”拓いてゆく!団塊女性”の頼もしさを見た。(矢口峰子)
2006-09-16 23:22:34 この記事のURL 「セカンドリーグ!自立して生きる女のガイド」
コミュニティビジネスになりにくい活動?
2006-09-10 09:12:40 この記事のURL 「コミュニティビジネスでまちを元気に!」
見沼田んぼ福祉農園

さいたま市緑区にある「見沼田んぼ福祉農園」は、障害のある人もない人もそして世代も超えてシニアと若者が、共に汗を流し語らう交流の場です。代表の猪瀬良一さんは、農業による障害者の自立をめざし、見沼田圃保全計画の具体的な提案として、埼玉県と浦和市に「見沼田んぼ福祉農園構想」を提案しました。13年後の1999年5月、埼玉県の見沼田圃公有化事業の一環として開園したのです。
2006-08-16 12:33:33 この記事のURL 「コミュニティビジネスでまちを元気に!」
永遠 一門さんの心

2006年8月4日、紙芝居実演者の井出裕子さんのお宅に伺った。
井出さんは、各所で福祉、環境問題、平和などをテーマにした紙芝居の実演をされている。日頃物静かな方だが、紙芝居について語る時の井出さんは熱い。特に福祉に関連したことになると、聞くものがはっと居住まいを正すような鋭意を感じることもある。
井出さんには、障害を背負った生涯をおくられたお兄さん、一門(かずと)さんがいらっしゃる。井出さんは、その一門さんの、福祉とは切っても切れなかった人生の中で、福祉に対する信頼と不信を味わってこられたのだ。
私はそのことを知るにつけ、一門さんを慈しみ育てられたお母様に会いたいと思うようになった。井出さんから時々、八十歳を越えていらっしゃるお母様の手作りの編み物、洋服、小物を見せていただき、センスや技術の素晴らしさに感歎するからだ。水彩画に至ってはこの上ない瑞々しさ優しさを湛えている。『悲しみや失意を受けながら、なおこのような綺麗な物を作ってこられたお母さんのお話しを聞きたい』と。
2006-08-14 00:34:23 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
自己紹介
はじめまして!
セカンドリーグ.リポーターの矢口峰子と申します。御同輩の皆様に読んでいただきコンタクトできることを楽しみにしています。まずは自己紹介を。<1950年3月30日生まれ、団塊世代のシッポ。>ベビーブーマーの私の出席番号は56番〜59番が多かったことを記憶しています。今どきの小中学校の教室と比べると200%の収容率でしたネ!
そんな時代に生い立った世代が今リタイアの時期を迎え、日本社会の地殻変動が予測されます。あの人数、あのパワーを持ってすれば老齢化社会も恐くない!そういえば我らがヒーロー泉谷しげるが20’Sにモジャモジャの長髪を振り乱して唄った「老人革命」というフォークロックがありましたね。すっかり涼やかなヘアスタイルの泉谷は更にパワーアップし、ゆるぎないナイスミドルとなりました。私達セカンドリーグ、リポーターも「更年期、あーシンド!」などと言わずカラ元気でまいります。
さて、私のブログのテーマは「自立して生きる女のガイド」です。夫と三人の娘の五人家族、大学4年生と1年生の教育が終ればいよいよ自分自身の最後のステージをどう生きるかが問われるのでしょうね。そんな時一足先にセカンドステージを準備し始めた友人たちの事なども紹介しながら自分のセカンドステージの未来図を模索してみようと思っています。御意見、アドバイスなどどうぞヨロシク!! (矢口 峰子)
セカンドリーグ.リポーターの矢口峰子と申します。御同輩の皆様に読んでいただきコンタクトできることを楽しみにしています。まずは自己紹介を。<1950年3月30日生まれ、団塊世代のシッポ。>ベビーブーマーの私の出席番号は56番〜59番が多かったことを記憶しています。今どきの小中学校の教室と比べると200%の収容率でしたネ!
そんな時代に生い立った世代が今リタイアの時期を迎え、日本社会の地殻変動が予測されます。あの人数、あのパワーを持ってすれば老齢化社会も恐くない!そういえば我らがヒーロー泉谷しげるが20’Sにモジャモジャの長髪を振り乱して唄った「老人革命」というフォークロックがありましたね。すっかり涼やかなヘアスタイルの泉谷は更にパワーアップし、ゆるぎないナイスミドルとなりました。私達セカンドリーグ、リポーターも「更年期、あーシンド!」などと言わずカラ元気でまいります。
さて、私のブログのテーマは「自立して生きる女のガイド」です。夫と三人の娘の五人家族、大学4年生と1年生の教育が終ればいよいよ自分自身の最後のステージをどう生きるかが問われるのでしょうね。そんな時一足先にセカンドステージを準備し始めた友人たちの事なども紹介しながら自分のセカンドステージの未来図を模索してみようと思っています。御意見、アドバイスなどどうぞヨロシク!! (矢口 峰子)
2006-08-02 04:03:49 この記事のURL 「セカンドリーグ!自立して生きる女のガイド」
知的障害者通所授産施設『はぐくみ園』3<森正子施設長と橋本誠一さんに聞く>
“福祉にロマンを”
これは『はぐくみ園』の森正子施設長が、高等学校の教師を経て福祉活動に身を投じられて後、日々切に感じる思いだそうです。
「ロマンというと抽象的で、福祉とは結びつかないですが?」とぶしつけに問い直しますと、「障害を負ってる人たちの限りない可能性を引き出すこと、またその人を含めた世の中がより生き易くなるために、“ロマン”を抱くことは大切なのです。」と施設長は大らかな笑顔で答えられ、傍で主任支援員の橋本誠一さんも、当然という笑顔で頷かれました。
そのお二人にお話を伺いました。
森施設長に聞く

■”はぐくむ”に寄せる思い
知的障害授産施設『はぐくみ園』『第二はぐくみ園』は、福祉法人『はぐくむ会』が運営しています。いずれも“はぐくむ”という名前ですが、私はこの言葉に、特別な思いと意味を持っているのです。
羽ぐくむ
旅人の宿りせむ野に霜降らば
わが子羽ぐくの天の鶴群(たづむら)
万葉集よりー遣唐使随員の母
この羽ぐくむは、遣唐使の随員として選ばれ、遠い唐の国まで旅立たなければならなくなった息子の無事を祈った母の歌です。
旅の途中には外敵や飢え、寒さなど辛いことがたくさんあることでしょう。為す術を知らない母としては、ただ空を飛ぶ鶴の群れにさえ、その大きな暖かい羽でかばい守ってやってほしいと祈るばかり・・・そんな心情を歌にしたものです。
育む
この育むは、生命を持つものみな、その身に、“育つ要素”を持っていることを信じ、その育ちの要素が、うまく発芽し、伸びていけるよう、周りで水をやったり、陽の当るところに出したり、肥料を施したりするのと同様に、子供の育ちを支えていく、という意味です。
最近、”羽ぐくむ”と”育む”どちらの意味も、“子育て”から少しづつ忘れられてきているような気が致します。
『はぐくむ会』『はぐくみ園』は、その大切な意味を、高齢者や障害をもつ人たちの自立を目指して、大切にしているところです。
主任支援員 橋本誠一さんに聞く

■娘が安心して生きれる環境をつくりたいんですよ
橋本さんは、この仕事に就かれた理由をこのように答えられました。
「お嬢さんが、安心して生きれる環境をつくりたいからこの仕事に?」
問い直しますと、「娘が自閉症なのですよ。」と穏やかな微笑を浮かべて再び答えられました。
橋本さんは、国立大学の理系を出られて後、ある企業の技術者として働き、その後技術サービスとして営業を受け持つサラリーマンだったといいます。やがて結婚し、娘さんに恵まれ、幸せな生活を営んでいました。文字通り順風満帆だったそうです。
娘さんが、四歳になられた頃です。「何かおかしい・・・。」と感じるようになったそうです。
娘さんの様子が、他の同年齢の子供と様子が違う。個性や性格の違い、というものと違う違和感。
思い切って病院へ行き診察を受けました。
「自閉的な傾向があります。」と診断されました。
■自閉症と診断され
しばらくは、子供さんは奥さんにまかせ、忙しいサラリーマン生活を続けます。だが次第に、自閉症の子供さんを奥さんだけにまかせておくのはよくない、奥さんの負担が大き過ぎる、と感じるようになります。
その頃、奥さんは、自閉症という言葉を聞き、高校時代の担任だった先生が、「はぐくむ」という本を出されていたのを思い出し、実家から引っ張り出して読み返すのです。そして、「まるで、うちの娘のことを書いているようだ。」とため息をつかれていたそうです。
奥さんは、「はぐくむ」を書かれた昔の担任の先生が、教師は辞められ、福祉の仕事に取り組んでおられるのを思い出し、娘さんの相談をするようになりました。
この先生が、森正子施設長です。
橋本さんも、森施設長の著書、『はぐくむ』を読むようになりました。
そして、著者の障害を持った人たちへの愛情や考え方が、ピンと心に響き惹かれるものがあり、2000年、はぐくみ園に職員の欠員ができたのを機に、会社を辞め、この仕事に飛び込んだのでした。
■妻を心配する
私は、「それまで打ち込んでこられたお仕事を辞められた時というのは、人生の転換を余儀なくされたわけで、深刻なお気持ちだったでしょう。」と訊きました。
「いえ、子供がかなり重い自閉症だと知った時の衝撃に比べたら、それほどではありませんでしたよ。」
橋本さんの表情にはこの時、少しだけ動揺が走ったように感じました。だがすぐに、穏やかな微笑を浮かべて、「まだまだ勉強中ですが、娘や障害をもった人たちが、安心して生き、暮らしていける環境をつくれるようになりたいと思っているんです。」とさっぱりとした表情で言われました。
この取材の後日に、私が、”動揺された”と感じたそれは、娘さんが自閉症とわかった当時、『妻は大丈夫か』と心配でならなかった、そのことを思い出されたのだと言います。
これは『はぐくみ園』の森正子施設長が、高等学校の教師を経て福祉活動に身を投じられて後、日々切に感じる思いだそうです。
「ロマンというと抽象的で、福祉とは結びつかないですが?」とぶしつけに問い直しますと、「障害を負ってる人たちの限りない可能性を引き出すこと、またその人を含めた世の中がより生き易くなるために、“ロマン”を抱くことは大切なのです。」と施設長は大らかな笑顔で答えられ、傍で主任支援員の橋本誠一さんも、当然という笑顔で頷かれました。
そのお二人にお話を伺いました。
森施設長に聞く

■”はぐくむ”に寄せる思い
知的障害授産施設『はぐくみ園』『第二はぐくみ園』は、福祉法人『はぐくむ会』が運営しています。いずれも“はぐくむ”という名前ですが、私はこの言葉に、特別な思いと意味を持っているのです。
羽ぐくむ
旅人の宿りせむ野に霜降らば
わが子羽ぐくの天の鶴群(たづむら)
万葉集よりー遣唐使随員の母
この羽ぐくむは、遣唐使の随員として選ばれ、遠い唐の国まで旅立たなければならなくなった息子の無事を祈った母の歌です。
旅の途中には外敵や飢え、寒さなど辛いことがたくさんあることでしょう。為す術を知らない母としては、ただ空を飛ぶ鶴の群れにさえ、その大きな暖かい羽でかばい守ってやってほしいと祈るばかり・・・そんな心情を歌にしたものです。
育む
この育むは、生命を持つものみな、その身に、“育つ要素”を持っていることを信じ、その育ちの要素が、うまく発芽し、伸びていけるよう、周りで水をやったり、陽の当るところに出したり、肥料を施したりするのと同様に、子供の育ちを支えていく、という意味です。
最近、”羽ぐくむ”と”育む”どちらの意味も、“子育て”から少しづつ忘れられてきているような気が致します。
『はぐくむ会』『はぐくみ園』は、その大切な意味を、高齢者や障害をもつ人たちの自立を目指して、大切にしているところです。
主任支援員 橋本誠一さんに聞く

■娘が安心して生きれる環境をつくりたいんですよ
橋本さんは、この仕事に就かれた理由をこのように答えられました。
「お嬢さんが、安心して生きれる環境をつくりたいからこの仕事に?」
問い直しますと、「娘が自閉症なのですよ。」と穏やかな微笑を浮かべて再び答えられました。
橋本さんは、国立大学の理系を出られて後、ある企業の技術者として働き、その後技術サービスとして営業を受け持つサラリーマンだったといいます。やがて結婚し、娘さんに恵まれ、幸せな生活を営んでいました。文字通り順風満帆だったそうです。
娘さんが、四歳になられた頃です。「何かおかしい・・・。」と感じるようになったそうです。
娘さんの様子が、他の同年齢の子供と様子が違う。個性や性格の違い、というものと違う違和感。
思い切って病院へ行き診察を受けました。
「自閉的な傾向があります。」と診断されました。
■自閉症と診断され
しばらくは、子供さんは奥さんにまかせ、忙しいサラリーマン生活を続けます。だが次第に、自閉症の子供さんを奥さんだけにまかせておくのはよくない、奥さんの負担が大き過ぎる、と感じるようになります。
その頃、奥さんは、自閉症という言葉を聞き、高校時代の担任だった先生が、「はぐくむ」という本を出されていたのを思い出し、実家から引っ張り出して読み返すのです。そして、「まるで、うちの娘のことを書いているようだ。」とため息をつかれていたそうです。
奥さんは、「はぐくむ」を書かれた昔の担任の先生が、教師は辞められ、福祉の仕事に取り組んでおられるのを思い出し、娘さんの相談をするようになりました。
この先生が、森正子施設長です。
橋本さんも、森施設長の著書、『はぐくむ』を読むようになりました。
そして、著者の障害を持った人たちへの愛情や考え方が、ピンと心に響き惹かれるものがあり、2000年、はぐくみ園に職員の欠員ができたのを機に、会社を辞め、この仕事に飛び込んだのでした。
■妻を心配する
私は、「それまで打ち込んでこられたお仕事を辞められた時というのは、人生の転換を余儀なくされたわけで、深刻なお気持ちだったでしょう。」と訊きました。
「いえ、子供がかなり重い自閉症だと知った時の衝撃に比べたら、それほどではありませんでしたよ。」
橋本さんの表情にはこの時、少しだけ動揺が走ったように感じました。だがすぐに、穏やかな微笑を浮かべて、「まだまだ勉強中ですが、娘や障害をもった人たちが、安心して生き、暮らしていける環境をつくれるようになりたいと思っているんです。」とさっぱりとした表情で言われました。
この取材の後日に、私が、”動揺された”と感じたそれは、娘さんが自閉症とわかった当時、『妻は大丈夫か』と心配でならなかった、そのことを思い出されたのだと言います。
2006-07-11 23:00:37 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
知的障害者通所授産施設社会福祉法人『はぐくみ園』<歩み・概要・活動>
はぐくみ園は、『はぐくむ会』の発足をスタートとして、通所の知的障害者授産施設『はぐくみ園』をはじめ、老人保健施設『逍遥の郷』、生活サポート『のびる』、グループホーム『はぐくみ寮』、『第二はぐくみ寮』、女性専用のグループホーム『第三はぐくみ寮』が、埼玉県の緑の町、寄居町に根付いている。
『はぐくみ園』『第二はぐくみ園』の心<パンフレットより>
緑、青空、澄んだ空気、湿った土・・・。ウグイスが鳴き、ホタルやトンボが飛び交う・・・。ぜいたくに自然をとりいれた仕事をしながら、大地に足をふんばって生きる力をはぐくみます。「おいでよ」と仲間が誘います。
炭焼きの材料を刈りに、畑のジャガイモを掘りに、木の匂いに満ちた木工室に、香り立つ製菓室に、草花の植え替えに、機織り機の前にと・・・知的ハンディのある人が、自分たちで生きていく知恵を、みんなと共に伸ばそうと、がんばっています。
『はぐくみ会』の歩み<発足から各施設ができるまで
1978年8月 はぐくむ会発足(15家族)
1980年4月 両神村に宿泊所として『はぐくみ寮』開所
1989年10月 社会福祉法人はぐくむ会認可
1989年11月 社会福祉法人登録完了
1990年5月 『はぐくみ園』開所
1992年4月 知識障害者生活ホーム『はぐくみ寮』開所(2005年4月よりグループホーム)
1992年4月 老人保健施設準備手続き開始
1995年11月 理事長森繁樹 厚生大臣賞受賞
1997年8月 さいたま川の博物館にミュージアムショップ『コパン』開店
1997年11月 老人保健施設『逍遥の郷』開所
1998年10月 生活サポート『のびる』開始
2001年4月 『第二はぐくみ園』開所
2002年10月 グループホーム『第二はぐくみ寮』開所
2003年4月 居宅介護事業『のびる』開始
2005年4月 グループホーム『第三はぐくみ寮』開所
『はぐくみ園 』『 第二はぐくみ園』の概要
設置者:社会福祉法人『はぐくむ会』
理事長:森繁樹
所在地:〒369-1234 埼玉県大里郡寄居町折原2482
TEL:048-581-8855 FAX:048-581-8861
設立認証状況:http://www.fukushi-saitama.or.jp/saitama16/shougai/shougai7/217hagukumien.htm
『はぐくみ園』(運営・問い合わせ先)
施設長:森正子
所在地;〒369-1205 埼玉県大里郡寄居町大字末野2044
TEL:048-581-8050 FAX;048-581-8850
『第二はぐくみ園』
施設長:森瑞栄
所在地;〒369-1205 埼玉県大里郡寄居町大字末野509
TEL:048-580-2211 FAX:048-580-2212
ホームページはこちら。
アクセス
・寄居駅より車で10分
・関越自動車道花園インターから車で15分

利用時間
・9:00〜16:00(休日―土、日、祝祭日)
送迎
・施設―寄居駅 無料送迎バス(寄居駅:秩父線、東武東上線、八高線が乗り入れ)
年間行事
04月 入所式
05月 ボーリング大会
06月 収穫祭
08月 サマーキャンプ
09月 園旅行(一泊)
10月 ふれあい広場
12月 クリスマス会
01月 初詣、餅つき大会
03月 生涯学習祭り
*行事は、町の人々との交流を心において計画されている。
『はぐくみ園』『第二はぐくみ園』の心<パンフレットより>
緑、青空、澄んだ空気、湿った土・・・。ウグイスが鳴き、ホタルやトンボが飛び交う・・・。ぜいたくに自然をとりいれた仕事をしながら、大地に足をふんばって生きる力をはぐくみます。「おいでよ」と仲間が誘います。
炭焼きの材料を刈りに、畑のジャガイモを掘りに、木の匂いに満ちた木工室に、香り立つ製菓室に、草花の植え替えに、機織り機の前にと・・・知的ハンディのある人が、自分たちで生きていく知恵を、みんなと共に伸ばそうと、がんばっています。
『はぐくみ会』の歩み<発足から各施設ができるまで
1978年8月 はぐくむ会発足(15家族)
1980年4月 両神村に宿泊所として『はぐくみ寮』開所
1989年10月 社会福祉法人はぐくむ会認可
1989年11月 社会福祉法人登録完了
1990年5月 『はぐくみ園』開所
1992年4月 知識障害者生活ホーム『はぐくみ寮』開所(2005年4月よりグループホーム)
1992年4月 老人保健施設準備手続き開始
1995年11月 理事長森繁樹 厚生大臣賞受賞
1997年8月 さいたま川の博物館にミュージアムショップ『コパン』開店
1997年11月 老人保健施設『逍遥の郷』開所
1998年10月 生活サポート『のびる』開始
2001年4月 『第二はぐくみ園』開所
2002年10月 グループホーム『第二はぐくみ寮』開所
2003年4月 居宅介護事業『のびる』開始
2005年4月 グループホーム『第三はぐくみ寮』開所
『はぐくみ園 』『 第二はぐくみ園』の概要
設置者:社会福祉法人『はぐくむ会』
理事長:森繁樹
所在地:〒369-1234 埼玉県大里郡寄居町折原2482
TEL:048-581-8855 FAX:048-581-8861
設立認証状況:http://www.fukushi-saitama.or.jp/saitama16/shougai/shougai7/217hagukumien.htm
『はぐくみ園』(運営・問い合わせ先)
施設長:森正子
所在地;〒369-1205 埼玉県大里郡寄居町大字末野2044
TEL:048-581-8050 FAX;048-581-8850
『第二はぐくみ園』
施設長:森瑞栄
所在地;〒369-1205 埼玉県大里郡寄居町大字末野509
TEL:048-580-2211 FAX:048-580-2212
ホームページはこちら。
アクセス
・寄居駅より車で10分
・関越自動車道花園インターから車で15分
利用時間
・9:00〜16:00(休日―土、日、祝祭日)
送迎
・施設―寄居駅 無料送迎バス(寄居駅:秩父線、東武東上線、八高線が乗り入れ)
年間行事
04月 入所式
05月 ボーリング大会
06月 収穫祭
08月 サマーキャンプ
09月 園旅行(一泊)
10月 ふれあい広場
12月 クリスマス会
01月 初詣、餅つき大会
03月 生涯学習祭り
*行事は、町の人々との交流を心において計画されている。
2006-07-11 22:21:49 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
知的障害者通所授産施設『はぐくみ園』 < 習字をみんなで楽しむ>
書道家の恵美美江子さんは、数年前に人生を共に歩んでこられたパートナーを病気で亡くされ、以後、老人ホームや障害者施設で、習字を教えたり、歌をともに歌う活動をされています。
2006年7月11日、埼玉県寄居町にある知的障害者授産施設『はぐくみ園』に、習字の稽古に行かれる恵美さんに同行させていただきました。
テーマは”川”ですよ

「今日は、”川”をテーマに、字を書きましょう。”川”って聞いて何を思い浮かべるかな? 自分が思い浮かべたことを、字にしてみましょう♪」
「えー、川?」「う〜ん。」「わかった!」などの声がとびかう。
「魚」、「水」、「釣り」と出てくる声に、「そうそう、じゃそれ書いてみようか。」「いいわね! それを頭に浮かべて書いてみて。そうすると、そういう字になるかも。」と頷いで、その人その人の筆先をのぞいていかれます。
考えあぐねている人には、隣りについて、二人だけの会話を交わします。その後、その人の筆が動いて、『海』という字が表われると、「海! いいわね〜、川と海はつながっているものね。」と恵美さんの明るい声に、その人は笑顔を見せます。
墨の色が違うでしょう?

「いつもは濃いけど今日は淡いですね。硯から墨の匂いも香るでしょ。松炯墨という香る墨なのよ。」
この日の墨の色は、淡色でした。恵美さんの説明を待たずして、「あ、墨の色がいつもより薄い!」と言った人がいます。
その声を受け止めて、恵美さんは、「そうなのよ、いつもは墨汁だかたもっと濃い黒色でしたね。色って、同じ色でも、濃いものや薄いものがあるでしょ。習字を書く墨もそうなの。書く字によって、墨の色を変えると面白いと思うの。」と話していきます。
「川は透き通っているから、薄いのが合うのか。」
「そうなのよ! そう思って今日は薄い墨にしたの。」
と恵美さんは答えます。
墨からいい匂いがすることに気づいた利用者の人もいて、そうすると、恵美さんはとても喜び、そのことでわっと明るく盛り上がっていくのです。
作業の合間に習字を楽しむ
はぐくみ園は授産施設だから、利用者の方々は、それぞれの作業があります。だから、習字がはじまる時間に間に合わない人もいます。作業が一段落して、後から参加する人もいます。遅れてきた人は、急いで椅子につき、待ちかねていたように筆を手にする人もいますが、中には、入り口で、(どうしようかなぁ。)という風情で立っている人もいます。
恵美さんは、「さぁ、いらっしゃい。待ってたのよ。」とすぐに声をかけ腕を伸ばして招きます。その人が表情を和らげて席につき、やがてその人は、”大河”という大きな字を書きました。恵美さんが、「スゴイ!」と感歎の声をあげました。
いかにも伸びやかな心地のよい時間が流れていくのを感じました。
2006年7月11日、埼玉県寄居町にある知的障害者授産施設『はぐくみ園』に、習字の稽古に行かれる恵美さんに同行させていただきました。
テーマは”川”ですよ

「今日は、”川”をテーマに、字を書きましょう。”川”って聞いて何を思い浮かべるかな? 自分が思い浮かべたことを、字にしてみましょう♪」
「えー、川?」「う〜ん。」「わかった!」などの声がとびかう。
「魚」、「水」、「釣り」と出てくる声に、「そうそう、じゃそれ書いてみようか。」「いいわね! それを頭に浮かべて書いてみて。そうすると、そういう字になるかも。」と頷いで、その人その人の筆先をのぞいていかれます。
考えあぐねている人には、隣りについて、二人だけの会話を交わします。その後、その人の筆が動いて、『海』という字が表われると、「海! いいわね〜、川と海はつながっているものね。」と恵美さんの明るい声に、その人は笑顔を見せます。
墨の色が違うでしょう?

「いつもは濃いけど今日は淡いですね。硯から墨の匂いも香るでしょ。松炯墨という香る墨なのよ。」
この日の墨の色は、淡色でした。恵美さんの説明を待たずして、「あ、墨の色がいつもより薄い!」と言った人がいます。
その声を受け止めて、恵美さんは、「そうなのよ、いつもは墨汁だかたもっと濃い黒色でしたね。色って、同じ色でも、濃いものや薄いものがあるでしょ。習字を書く墨もそうなの。書く字によって、墨の色を変えると面白いと思うの。」と話していきます。
「川は透き通っているから、薄いのが合うのか。」
「そうなのよ! そう思って今日は薄い墨にしたの。」
と恵美さんは答えます。
墨からいい匂いがすることに気づいた利用者の人もいて、そうすると、恵美さんはとても喜び、そのことでわっと明るく盛り上がっていくのです。
作業の合間に習字を楽しむ
はぐくみ園は授産施設だから、利用者の方々は、それぞれの作業があります。だから、習字がはじまる時間に間に合わない人もいます。作業が一段落して、後から参加する人もいます。遅れてきた人は、急いで椅子につき、待ちかねていたように筆を手にする人もいますが、中には、入り口で、(どうしようかなぁ。)という風情で立っている人もいます。
恵美さんは、「さぁ、いらっしゃい。待ってたのよ。」とすぐに声をかけ腕を伸ばして招きます。その人が表情を和らげて席につき、やがてその人は、”大河”という大きな字を書きました。恵美さんが、「スゴイ!」と感歎の声をあげました。
いかにも伸びやかな心地のよい時間が流れていくのを感じました。
2006-07-11 16:48:20 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
与野朗読の会<本に魅せられ 人に魅せられ>
朗読そのものは、福祉とはかけ離れたものだが、それでも私は、『与野朗読の会』と朗読を長く続けていらっしゃる根本由美子さん、板垣正義さんご夫妻に、福祉をテーマとしているここに一番目に登場していただきたいと思った。
それは表現全般にも言えることだが、”本を読む”ということは、さまざまなことを感じ、学び、遊び、体験することで、そこから深い想像力を培うからだ。
そう、本の好きな人はその培われた想像力の豊かさで、人の痛みを知り、他者を知る人が多いと私は感じているのだ。
『人の痛みを知り、他者を知る』・・・これこそ、福祉の原点ではないか。
というわけで、<与野朗読の会>と本に魅せられ、人に魅せられて、熱心に朗読活動をされる根本由美子さん板垣正義さんご夫妻をご紹介したい。

与野朗読の会
1982年夏に、根本さん、板垣さんたち五人が日本演劇教育連盟の全国大会朗読講座に参加され、その後独自に練習を始められたのが原点という。
この一年後の1983年の9月に、どのように続けていったらいいのか、東京朗読実技研に指導を仰ぎに行き、ここで巌金四郎さんと運命の出会いをされ、後、師と仰ぎ、指導を受けてこられた。
巖金四郎さん
1911年(明治44年)9月に東京都で生まれ、声優・俳優として活躍し、多くの人に影響を与えた。
明治大学商学部中退。NHK東京放送劇団、Kプロダクション、番衆プロ、プロダクション・タンクなどで、意欲的に芸能活動をする。
1994年(平成6年)12月30日に永眠。享年88歳。
『与野朗読の会』は毎年、さいたま芸術劇場で発表会を開催されている。
2006年6月17日の昨日は21回目の発表会であった。
詩三編 茨木のり子・作
ありがとうともだち 内田麟太郎・作
平家物語より「祇王」
茶色の朝 フランク・パヴロフ・作 藤本一勇・訳
へんろう宿 井伏鱒二・作
夢十夜より「第二夜」 夏目漱石・作
踊る手 藤沢周平・作
練習に練習を重ね、本番のこの日、魂をこめて、それぞれの作品が読まれた。
映画・ドラマや舞台のような動きはない。ではラジオドラマを聴くようか、と言うとそうではない。電波を通して伝わる世界にはない”息づかい”が、客席の私たちに、ひそやかにあるいは烈しくしみわたってくる。
まるで作品中の人物が立ち現れて、自分の悲しみをもって観客にすがってくるような、怒りの時は迫ってくるような、そんな臨場感と共有感を感じ、気づいたら、一緒に涙を流していたり、クスクス笑っていたりしていた。
朗読会には、ある程度の年齢以上の方が参加されているとお見受けする。
そして朗読をお聴きしていると、朗読者の深くあるいは重い人生経験が、作品の人物に肉付けや陰影になっているのを感じる。
若い時代を過ぎた人が、自分の人生体験などを重ねながら、朗読という形で別の人物になり、代弁者の役割をする。そんな説得性をも感じた。
機会があったら、根本さん、板垣さんたち朗読者の方々の、朗読に対する思いと、人生の原点などをお聴きしたいと思った。
<根本さんと板垣さんのご紹介は”続きを読む”にあります。クリック♪>
それは表現全般にも言えることだが、”本を読む”ということは、さまざまなことを感じ、学び、遊び、体験することで、そこから深い想像力を培うからだ。
そう、本の好きな人はその培われた想像力の豊かさで、人の痛みを知り、他者を知る人が多いと私は感じているのだ。
『人の痛みを知り、他者を知る』・・・これこそ、福祉の原点ではないか。
というわけで、<与野朗読の会>と本に魅せられ、人に魅せられて、熱心に朗読活動をされる根本由美子さん板垣正義さんご夫妻をご紹介したい。

与野朗読の会
1982年夏に、根本さん、板垣さんたち五人が日本演劇教育連盟の全国大会朗読講座に参加され、その後独自に練習を始められたのが原点という。
この一年後の1983年の9月に、どのように続けていったらいいのか、東京朗読実技研に指導を仰ぎに行き、ここで巌金四郎さんと運命の出会いをされ、後、師と仰ぎ、指導を受けてこられた。
巖金四郎さん
1911年(明治44年)9月に東京都で生まれ、声優・俳優として活躍し、多くの人に影響を与えた。
明治大学商学部中退。NHK東京放送劇団、Kプロダクション、番衆プロ、プロダクション・タンクなどで、意欲的に芸能活動をする。
1994年(平成6年)12月30日に永眠。享年88歳。
『与野朗読の会』は毎年、さいたま芸術劇場で発表会を開催されている。
2006年6月17日の昨日は21回目の発表会であった。
詩三編 茨木のり子・作
ありがとうともだち 内田麟太郎・作
平家物語より「祇王」
茶色の朝 フランク・パヴロフ・作 藤本一勇・訳
へんろう宿 井伏鱒二・作
夢十夜より「第二夜」 夏目漱石・作
踊る手 藤沢周平・作
練習に練習を重ね、本番のこの日、魂をこめて、それぞれの作品が読まれた。
映画・ドラマや舞台のような動きはない。ではラジオドラマを聴くようか、と言うとそうではない。電波を通して伝わる世界にはない”息づかい”が、客席の私たちに、ひそやかにあるいは烈しくしみわたってくる。
まるで作品中の人物が立ち現れて、自分の悲しみをもって観客にすがってくるような、怒りの時は迫ってくるような、そんな臨場感と共有感を感じ、気づいたら、一緒に涙を流していたり、クスクス笑っていたりしていた。
朗読会には、ある程度の年齢以上の方が参加されているとお見受けする。
そして朗読をお聴きしていると、朗読者の深くあるいは重い人生経験が、作品の人物に肉付けや陰影になっているのを感じる。
若い時代を過ぎた人が、自分の人生体験などを重ねながら、朗読という形で別の人物になり、代弁者の役割をする。そんな説得性をも感じた。
機会があったら、根本さん、板垣さんたち朗読者の方々の、朗読に対する思いと、人生の原点などをお聴きしたいと思った。
<根本さんと板垣さんのご紹介は”続きを読む”にあります。クリック♪>
2006-06-18 15:30:35 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」

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