pagetop

ホーム > 「地域」 > 「山梨」 のブログ記事一覧

文字サイズ

地域 > 「山梨」 のブログ記事一覧

87件中 61〜80件表示

ブログ記事を探す

共育ちの会「あ・そ・ぼ」

「農業・地場産業の助っ人になろう!」テーマからちょっとずれた感がありますが、今回お届けするのは「共育ちの会あ・そ・ぼ」の活動です。
1月27日に行われた会の新年会を覗いてきました。
山梨県長坂町にある「あそぼ館」は、会の代表今紀子(こん のりこ)さんの家の敷地に建てられた会の拠り所。
「あ・そ・ぼ」には会員・賛助会員含めて130名の会員がいますが、この日は30名ほどの会員が集まって、朗読や紙芝居やゲームを楽しむひと時を過ごしていました。

701275.jpg

写真は「魚釣りゲーム」に夢中のみなさん。
会員はほとんどが長坂町や隣の大泉町に住んでいる人々です。
日頃から地域の小学校や公的施設で朗読や紙芝居を行っている人たちが参加していますから、この日も数名の会員による熟達した語りで「節分」についてのお話や「鶴の恩返し」などの昔話が紙芝居や本の読み聞かせで披露されました。

701274.jpg


写真は「死んだ兵士の物語」という本の読み聞かせ。
その合間にも「あそぼ館」の室内に設置された本棚から本を取り出してきて読んでいる子供もいて、自由で気楽な雰囲気の集まりだと思いました。子供たちに文化を伝えることももちろんですが、大人がお互いに研鑽しあう文字通り「共育ち」の集まりだとも感じました。

長坂町、大泉町とも、都会から移り住んできた人の多い町と聞いていますが、この会のメンバーもそうした家族が多いというお話でした。
代表の今さん自身、18年前に大泉に住むようになって、子供の通う学校で知り合ったお母さんたちと人形劇サークルを作り、ボランティアで公演活動を始めたという経歴があります。
数年後、ここ長坂町に移り住んでからも大泉のサークル仲間の結びつきは途切れず活動は広がり、4年前「共育ちの会あ・そ・ぼ」を立ち上げたのです。13年前、自宅と一緒に倉庫も建てた時、その2階を仲間の集まる、会のイベントも行える場所にしようと考えていたそうです。それが現在の「あそぼ館」になっています。
701273.jpg

写真は今さんの家の敷地の一部。左が住居。右が「あそぼ館」のある倉庫。周りは田畑。(今さんご夫婦も、ここに来た当初は手広く田畑を作っていました)
定年退職され、セカンドライフをこの八ヶ岳北麓で暮らそうと移り住んで来られた人たちは、それぞれ特技を持っているようです。ピアノを弾く、琴をかなでる、絵を描く、菜園で野菜作りをする等々。そうした人々が参加してくる会なので、イベントをすると多彩です。
農産物を持ち寄ってバザーを開いたり、ピアノコンサートを開いたり。去年5月に行われた「あ・そ・ぼ」の総会の時には琴の演奏会のアトラクションが好評だったそうです。今年の総会もいろいろ楽しい企画が計画されているようです。

山梨県も今、団塊世代を呼び込もうと一生懸命な様子。20年近く前に移り住んできた人たちが築いた「あ・そ・ぼ」のようなコミュニティの素晴らしさを今、移住を考えている人たちに知って欲しいなと思いました。 (山本豊美)

2007-01-28 21:10:46 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

山梨の北西部の歴史を知る

1月20日(土)、山梨県北杜市埋蔵文化財センターを訪問してきました。「NPO茅ヶ岳歴史文化研究所」略称「かやぶん」の取材をするためです。「かやぶん」スタッフで北杜市埋蔵文化財センター学芸員の内海美佳(うちうみ みか)さんにお話を伺いました。
012105.jpg

写真は内海美佳さんです。
12月16日に迎春飾りを作るイベントで、子供たちのお姉さんのように熱心に指導されていた内海さんですが、普段はここの学芸員として来館者の対応や文化財の保存、PR活動などに携わっておられます。

私が訪問したこの日、ここで午前中、「お神楽チャレンジ教室」がありました。訪問時刻とズレたため、今回はお伝え出来ませんが、4月の各地域での例大祭で舞いを披露する本番に向け、あと数回の練習が予定されています。伝統の舞を受け継ぐため一生懸命に練習を積む子供たちの姿を、後日お伝えしたいと思います。

内海さんにお話を伺って、「NPО茅ヶ岳歴史文化研究所」の子供向け活動が幅広いことに驚きました。主に参加する子供たちは明野(あけの)小学校に通っている明野地区の子供たちだといいますが、未来を開いていく子供たちに、明野の歴史や豊かな文化を受け継いでもらおうと、地域の人々の熱意が盛り込まれた結果、これだけのたくさんの活動メニューになったのだなと思いました。


以下ざっと並べますと、
・茶道教室
・山梨の方言を学ぼう!
・昔の遊びを体験しよう。
・遺跡のお仕事体験
・畑で種まき!
・美味しい野菜を育てよう。
・野菜収穫体験。
・ほうとう(山梨のと名物料理)つくり
・ミニチュア土器作り
・縄文人に変身だ!オリジナルTシャツ作り
・藁ぞうりつくり
・お正月飾りつくり
・囲碁教室
・食いしん坊隊
・お神楽チャレンジ教室
などなど。多いでしょう?!

これでは子供達の活動をサポートする大人も大勢必要になりますね。「かやぶん」ではボランティアで子供達の活動をサポートしてくれる大人を求めています。

ここでちょっと息抜き。「北杜市埋蔵文化財センター」の収蔵品の一部を紹介しますね。縄文土器です。土器の形や文様に、縄文人の力強さを感じませんか?

01201.jpg

012108.jpg

012103.jpg



一番下の写真は、縄文時代の住居に、土器がどのように置かれていたかを再現したものです。獣の皮などを屋根に張って雨露をしのいだテントみたいな3角錐の住居の真ん中につぼが置かれています。その周りに家族が座っていた。つぼの中には栗の実やトチの実を入れていたみたいです。

明野小学校も連携して、先生方も「かやぶん」の活動に子供たちの参加を誘ってくれているとか。囲碁教室などは参加する子供とそのお父さんが一緒に通ってくるとか・・・。いいですねえ。
学校と地域と家庭が連携して豊かな子育て環境を保持していく!

尚、子供達に人気があるイベントは、古代の食を作って食べる「食いしん坊隊」とか、「縄文人に変身だ!」のTシャツ作り、そしてミニチュア土器作りだそうです。
「お正月飾りを作ろう!」に参加したお子さんが、「お神楽チャレンジ教室」にも参加しているなど、年間を通して、いくつものイベントに参加できるのは、子供たちに生活リズムを湧かせますね。

内海さんにお話を伺った「北杜市埋蔵文化財センター」の館の窓から、雪の化粧をした南アルプスと、その下に3重4重にも連なる山々が見えました。こんな景色の良いところで、日当たりの良い広い土地で、豊かな文化伝承の環境に育つ子供たちがうらやましい。日本全国各地の村々が、こうであれば素敵だなあ。(山本豊美)

2007-01-21 22:11:24 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

全国田舎暮らしガイド

当セカンドリーグのブログの中の「コミュニティビジネスでまちを元気に!」ブログにリンクが張られていました。そのリンク中にあった全国田舎暮らしガイドを覗いてみました。するとそこに山梨県の甲州市塩山でレンタル市民農園利用者を募集している記事を見つけました。その市民農園の名前が面白い。「一葉やさい文学園」というのです。

「一葉」とは、いわずと知れた樋口一葉のことです。「たけくらべ」や「にごりえ」の作者として有名。また最近では5000円札の顔にもなりました。
24歳の若さでこの世を去った薄倖の女性として知られ、一葉の生涯を扱った戯曲・文学も多々ありますね。
その樋口一葉の両親が塩山の出身なのです。一葉自身は塩山を一度も訪れたことはないそうですけれど。でも、一葉の作品にはしばしば塩山の地名や風情が登場しているそうで、きっと彼女の両親が故郷の話をよく語って聞かせていたのでしょうね。

・・・で、「一葉やさい文学園」です。「一葉農園」にしてもおかしくないところを「一葉やさい文学園」とは!ひねりましたね。盛り込みましたね、塩山市は。
なんかそこで農業やると、知的な労働になりそう。そういえば、以前農業者を取材したとき、その農業者が「農業は実は大変知的な仕事なのですよ」とおっしゃった。その言葉を思い出しました。してみると、「一葉やさい文学園」とは物事の真髄を表した言葉なのだ、とうなづく私です。

この市民農園の利用者募集は1月31日が締め切りなので、慌てて私のブログでも紹介する気になりました。塩山市を全く初めての方、是非塩山観光協会のホームページをご覧になってください。観光案内も充実しています。今はイチゴ狩りがおすすめだそうです。

なおそこで特筆。塩山市にあるイチゴ狩り園は車椅子やベビーカーの対応可だそうです!「もっと楽しむためのバリアフリーとは!」ブログ担当の徳重リポーターに教えてあげたい!

まあ、農園の名前にしても、観光地にしても、なんでも、ちょっと他と違う個性を出すってことが大事ですよね。全国田舎暮らしガイドを見ていると、どこも、工夫して『わが町・村にいらっしゃい!』と呼びかけている必死の思いを感じ、団塊の世代の人たちには「全国の田舎に平均的に散らばっていただきたいなあ」なんて思ってしまうのですけれどもね。地域の自治体の人たちの努力、報われますように!(山本豊美)

2007-01-20 02:13:20 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

西桂町と織物の伝統

山梨県郡内地域(富士北麓・東部地域)、その1つである西桂町が今週のリポーター山本豊美さんの記事の舞台です。山本さんは地場産業の活性化をテーマの1つに掲げ、この地で江戸時代から昭和初期にかけて盛んに生産されてた『甲斐絹』という高級絹織物に関心を持っています。

残念ながら今回の調査では、目的は達成できませんでしたが、「三つ峠グリーンセンターに行く途中であったきれいなもの」を紹介してくださっています。写真も掲載されているこの「道祖神」には「ヒイチ」と呼ばれる三角形の布が飾られています。さすが織物産地とあって、写真を拝見するととてもカラフルで優雅です。

日本各地で行なわれる小正月(1月15日)の火祭りであるどんど焼きでは燃やしてしまいますが、ここではお祭りの終わったあと、各家庭の玄関に飾り、魔除けや災難除けにする風習があるとのこと。西桂町織物のネクタイや座布団カバーの柄もとてもすてきですね。こんな風に座布団カバーなどで地域の伝統を身近に家庭で楽しむことができると、毎日がきっと楽しくなりそう。

長く幻の織物となってしまった『甲斐絹』も、県や地元の方の熱心な活動で、少しずつ復活の道を歩んでいます。今年は新しい展開があるとの情報もあります。

かつての日本の産業を代表する絹織物、そして日本の象徴ともいえる富士山が贅沢に眺められるこの地域、今年は山本さん、ますます忙しくなりそうですね!

2007-01-19 00:56:26 この記事のURL今週の注目記事

山梨県西桂町の小正月

1月14日(日)快晴の中、山梨県西桂町に行ってきました。富士山からの湧き水で有名な町。西桂町役場のホームページによると、西桂町の特産品は、「バナジウムを含んだミネラルウォーターです。」それしか紹介されていません。
しかし、西桂町はかつて、甲斐絹の織物の生産地として有名でした。今でも、絹は使われていないとはいえ、織物業は続けられています。
私は今日、そこを取材するつもりで西桂町を訪れたのでした。めざすは三ツ峠グリーンセンター。
そこで西桂町の特産品が売られているとの記事を読んだから(去年の12月23日の山梨日日新聞)です。

去年11月にオープンした、西桂町小沼の交流拠点「茶論(サロン)いろは」は高齢者による手作り品などの活動がが本格化している、と新聞にありました。また、「町特産の織物を使った手工芸品の制作に取り組んでいる」とも。
(えっ!あの甲斐絹の伝統が今も息づいているの?)と鼻息荒くした私。「団塊世代の生きがい作りの場としてPRし、参加を呼びかけたい」との、石田敏江代表の言葉も紹介されていて・・・。「団塊世代に呼びかけたい」と聞いてはなおさら見過ごせない私であります。早速石田代表に突撃インタビューをッ!と意気込んで出かけたのでした。

新聞に載っていた写真は三つ峠グリーンセンターで茶論(サロン)の会員が、会で作った手作りの特産品を売っている場面。写真下の解説には「サロンで作った製品は町のイベントでも販売される」と書かれていました。
「今日は日曜だし、きっと会員が売っていて、会って話が聞けるぞ!」「それに特産品の実物も手にとって感触がわかるし・・・」とルンルン気分で三つ峠に向いました。
しかし結論から言うと、石田代表にも会えなかったし、会員が販売している現場にも出会えなかった。
三つ峠グリーンセンターの係の人に聞くと、「イベントのある時に、来て販売するのです」とのこと。なあんだ、そうだったのかあ・・・残念!
出かける前に、新聞に載っていた「茶論(サロン)いろは」のお問い合わせ先という西桂町商工会に電話したのでしたが、留守でした・・・。そこで自重すればよかった。
「商工会、やっていないんだ・・・ということは、茶論も活動していないんだ」と理解すればよかったのです。
モノを売る団体でも、日曜日は活動しないところがあるんだってことに想像を広げるべきでした・・・。
「茶論(サロン)いろは」にはまた平日にアタックすることにして、ここで、三つ峠グリーンセンターに行く途中であったきれいなものを紹介します。

011401.jpg



三つ峠グリーンセンターに行く道の途中で出会いました。国道139号線を「西桂町役場前」信号で右折し三つ峠グリーンセンターに通じる村道を車で走っていたとき、左手に見えたので、通り過ぎて車を引き返し、カメラを向けました。近所の人に聞くと「道祖神」とのこと。西桂町は織物が盛んだったので、この道祖神にも「ヒイチ」ト呼ばれる三角の布袋を吊るす習慣になったのだそうな。

01409.jpg

「どんと焼きと同じ風習ですか?」と聞くと「そ
うだね」との答え。では15日の小正月には燃やしてしまうのだろう。なんだかもったいないような気がしました。近くに燃やすときに使うだろう薪が積まれていました。
三つ峠グリーンセンターにあるショップに売られているのは「西桂町織物」のネクタイや座布団カバーなど。私は座布団カバーを買いました。一枚472円と安いです。いろんな柄がありましたが、私の選んだのはこの柄。011403.jpg

家に帰って早速座布団を入れて見ました。

011404.jpg

布は丈夫そうだし、柄は華やかだし、で我が家に明るい光をもたらしました。三つ峠グリーンセンターにあったこの同一柄の色は青色と緑色の二色でしたが、他にもいろんな柄や色があり、迷いました。大きめだから、座布団カバーとしてもクッションカバーとしてもグー。どうですか?あなたの家のインテリアにも。(山本豊美)

追伸
1月16日に山梨日日新聞に載っている記事を読みました。西桂と同じ形の道祖神を立てている様子の写真とともに。「都留市十日市場自治会は13日、『ヒイチ』と呼ばれる三角形の布やバケツ、ロープなどで飾った杉の木を立て、厄除けなどを願った。ヒイチや飾りつけは17日以降に各家庭に配られる」という文が添えられていました。
私は14日に見たとき、「どんど焼きと同じようなもの」という近所の女性の説明で、あの道祖神の飾りつけは小正月が過ぎたらすべて焼いてしまうのだろうと早飲み込みしていました。が、そうではなさそうです。
(山本豊美)

2007-01-14 20:10:12 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

瑞穂の国だから

07542.jpg

お正月も過ぎました。今年のお正月の初詣はどこに行きましたか?私は実家から歩いて20分の神社に出かけました。諏訪大社です。今年は鳥居の注連縄に興味を持ってじっくり見てきました。上の写真。
稲の茎、藁(わら)で出来ているのですよね。それにお賽銭箱の向こうの本殿にささげられているお神酒の樽。俵型です。あっ、もしかしたら米俵だったのかな、お酒にする前の。俵をわからない人、大黒様と恵比寿様の像を思い浮かべてね。大黒様が乗っかっている米俵3つ。アレが本殿にあったのです。
「ああ、こめこめこめ!」と心中つぶやきました。何でも米!稲がないとうまれない!藁(わら)も、お酒も。日本の神社は米つくりの風土と歴史から切り離しては考えられないのです。

参拝ついでに諏訪大社の宝物館を拝観しましたが、期待したほどには、稲作にまつわる宝物が無かったので、それにはがっかり。

さて本年、年頭より「農業、地場産業の助っ人になろう」視点でモノを見ていると、地域文化も今までと違って見えてきました。

山梨県上野原市秋山に「無生野の大念仏」という地域行事があります。県下でもこうした念仏踊り・伝統行事が残っているのは珍しいのです。それが行われるのは「旧暦1月16日」。「旧暦」って?今まで見過ごしてきた言葉の前に立ち止まりました。今の暦で言うといつになるのだろう。
調べてみると3月5日のことらしいです。

そういう時、新暦と旧暦を併記したカレンダーがあればいいな。富山和子さんの作る「日本の米カレンダー(旧暦入り)」というカレンダーがあるそうです。

あいにくと私は富山和子さんの、旧暦入りでない方のカレンダーを手に入れてしまった後でした。
旧暦って、日本の農事暦と同様なものだったのかな。暦について、今後農事の記事と絡めて何かとご紹介することになるかと思います、よろしく。

念仏踊りは神道でな無くて仏教と関係があるものですが、こちらも祭り紹介のホームページの写真を見ると、大きな注連縄が舞台を飾っています。祭りに注連縄は欠かせないのです!
おしまいに金子八幡神宮の注連縄の写真です。よかったら一緒にウェブ上で参拝を!

070103.jpg<

稲作頑張れ!日本の農業復興頑張れ!
(山本豊美)

2007-01-07 17:36:13 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

あけましておめでとう

200703.jpg

新年明けましておめでとうございます。写真は3日に家族で行った食事処「だるま寿し」で帰りがけ、お年玉にいただいただるまさんと海苔。嬉しかったデス。
元日に初詣した神社の参道沿いで開運だるまや、開運熊手が売られているのを見て買おうかナ・・・と迷ったのですが、「さっき神社の宝物殿拝観の際、高い拝観料払ったかんネ!」と、セコイ気持ちになって買わなかった私。3日に思いがけずお年玉いただいて、欲しかったものが手に入ったようで、幸先いいな・・・。お店の律儀さに感激です!
家に帰って、だるまさんに目を入れようと思い立ち、どういう風に目を描いたらいいかわからなくて、ネットで調べたら・・・驚き!
だるまに関するサイトがいっぱいあったから!!
だるまの玩具・飾り物・縁起物のサイトも多かったけれど、「だるま」という店名のお店のサイトも多かった。今更ながら、日本人に広く達磨が浸透しているのを感じました。
そして私のように、「達磨に目を描きいれるにはどうしたらいいの?」って思い迷う人も多いらしく、描き方を伝授したサイトもありました。
向かって右の目から入れるのが普通だそうです。そして願いが叶ったら、「大願成就」で感謝の気持ちを込めて、もう片方の目も描き入れるのだそうです。
「だるま寿し」さんからいただいた達磨は手のひらに載るサイズ。底に重しがあって「起き上がり小法師」になっています。紙を何枚も貼り合わせて作ったのでしょう、軽い。だるまの作り方って意外と手間のかかるものなのかも知れませんね。
目を入れるのは吉日に、ということで調べたら1月3日は先勝で吉日。早速片方の目を描き入れました。
07032.jpg

もちろん願いは(農業、地場産業の助っ人が増えますように!)。
皆様、本年もお健やかに。そしてこの一年、私のブログにもお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いします。(山本豊美)

2007-01-03 23:18:39 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

よい年をお迎えください

12311.jpg
2006年が終わります。「セカンドリーグ」リポーターとして、本年はいろいろな人に出会い、学びました。いろんな人にお世話になりました。ありがとうございました。
2007年はいただいた絆を大切に、さらに農・地域文化発展のため持てる力を使いたいと思います。
写真は焼き味噌です。お蕎麦やさんでこれを食べながらお酒飲む時が私の至福の時です。年越し蕎麦をいっぱい食べ、日本の食を楽しみましょう!そして良い年をお迎えください。(山本豊美)

2006-12-31 16:06:14 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

山梨の森作り

12250.jpg

「大月森つくり会」では間伐材の商品化を推進しています。写真は、笹子・森のラウンジ「大きな桐の木の下で」のログハウスの軒下に積んであった薪。売り物です。値段は聞きそびれました。自分が薪ストーブを持たないもので・・・。リポーターとして失格ですね。

薪の欲しい方、そしてベンチや椅子・コンポストなどの商品のお問い合わせは「大月森つくり会」事務局 山崎さんまで 
電話番号0554−22−1406
(近いうちホームページもつくるとのこと)

森のラウンジ「大きな桐の木の下で」は笹子の森の木を使って建てた小屋と、デッキがあります。デッキは見晴らしがよく、周囲に桜の木が植わっています。4月にはここでお花見会をするそうです。美味しい水を使ってのお茶会も計画されていました。
森のラウンジの庭では、シイタケやナメタケなどのきのこが栽培されていました。秋には紅葉を眺めながらきのこ汁パーティーなども素敵です。

「大月森つくり会」は一緒に活動できる仲間を募集中です。月に2回のペースで里山の再生に関連したいろいろな活動をしています。参加してみたい方は、上記、事務局山崎さんまでご連絡を。

12月24日に取材した「大月森つくり会」を5回に分けてお伝えしました。最後に、この笹子に関する情報をもう一つ。

「大月市」の「大月」という地名の由来が、「大きな月が見える土地であるから」との説があるとか・・・。その確証は、一年ほど前の私の体験を一つ。
季節は秋から冬に移行する頃。その夜、国道20号線を東京方面に向かって車を走らせていた私は、山梨県一宮町に入ったあたりで、前方左の上空に、すごく大きな満月が出ているのに気がつきました。「あんな大きなお月様は生れてはじめて見るわ!」と興奮しました。月を追うように前方の空を見上げ、見上げ、車を走らせました。
やがて私の車は大和村に入り、笹子トンネルに。長い長〜い笹子トンネル。そしてトンネルを抜けました。
大月市に入ったのです。そのとき!ぱっと左の夜空に真っ白な輝くまん丸がっ!見えました。月です。一宮で見た月より小さい月でした。ところが・・・色の冴え方がぜんぜん違う!それこそ、「白金の輝き」でした。あたりが森ばかりだから余計光が冴え冴えとして見えたのでしょう。
トンネルを出てしばらくは急カーブで下りが続くので、月の姿ばかり追い求めてはいられません。が、さっき一瞬、目に飛び込んだ月の残像は消えませんでした。
「・・・なるほど・・・だからこの土地を大月と呼んだのか!」と一人で合点した私です。大きさでは一宮町で見た月に負けるが、存在感というか、詩に歌いたいような風情のある、いかにも月月しい月!それが大月の月なのです。

笹子峠で見る事の出来る「白金の月」をドライブ中の一瞬に限らないで、心行くまで味わいたい。
そんな贅沢な希望が、この「笹子・森のラウンジ」のデッキでなら叶う!きっと叶うに違いない!と思って熱くなった私。2007年秋が楽しみです。(山本豊美)

2006-12-25 19:49:21 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

山梨の森作り

12249.jpg

写真は「大月森つくり会」の看板です。これは伐採作業をした裏山の林道沿いに立っていました。とても素朴な素直な感じの看板なのに林道沿いではあまり目にする人はいないのでは・・・?と残念。
「大月森つくり会」の河西悦子代表は「来年度は国道20号からよく見えるところに看板を立てようと思っています」と豊富を述べていました。写真では読みづらいのでここに看板に書かれていた文を(読めた文を)そのまま紹介します。

笹子・森のラウンジ
「大きな桐の木の下で」


21世紀。水は命!森は源!川は絆!
大月森つくり会「百年の森プロジェクト」では(社)日本緑化機構 緑の募金を活用し、緑のボランティアの参加を得て、森への思い育む広場を造りました。
緑の募金は全国のローソン各店舗を通じて多くの方々の寄付金から成り立っています。
大月笹子は大切な水源の里。この地から新しい出会い、美しい未来が広がりますように。
2003年○月○日植樹祭を記念して。
大月森つくり会「百年の森プロジェクト」

以上、看板に歌われている文でした。(山本豊美)

2006-12-25 19:15:54 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

山梨の森作り

12251.jpg 「大月森つくり会」は大月市笹子町にフィールドを持っています。大月短期大学の学生さんや、上野原市にある帝京科学大学の学生さんらが、森つくりに加わっています。あと、「桂川・相模川流域協議会」に加わっているので、その会員らが参加しています。

12月24日に樹の伐採を行いました。
森つくりのイベントに取材して感じたことは、まず、

油断は禁物その一:私は今回取材なのでヘルメットを被りませんでした。実際樹を切る作業に加わるのではないので。でも、見ていて思いました。伐採の周りにいるだけにしてもヘルメットは必要です。というのは、チェーンソーで木を切っていると、たくさんの木の粉が飛ぶからです。かなり低い位置で伐っていても、足元ばかりか、頭上まで木屑は飛んできます。半日うろうろしていれば髪の毛は木の粉まみれ。それに、木の上の方から、蓑虫とか、万が一には、蛇とかが落ちてくるのに備えて。

油断は禁物その二:チェーンソーで切ると早いけど、切れた枝が思いがけない方向に跳ねます、。私の知った人で、父上が、伐った木の枝が跳ねて目に突き刺さり、それが元で死んでしまった、という人がいます。そこまで行かなくても、枝が跳ねて思いがけぬ怪我をした人は少なくないと思います。今回、チェーンソーを写真に撮ろうと近づいたら、木っ端が顔に飛んできて、ぞっとしました。アレが目に飛び込む危険性多いにあったのですもの。
里に近くて、平坦な場所での作業だから、とつい見くびってしまうのですが、山の奥深い急傾斜地であろうと、平坦な里地であろうと、木を切る作業に危険は同じ。

油断は禁物その三:チェーンソーを使っている人は、その音と振動に神経が集中しているため、背後に人が回ったことに気づかないことが多い。木を切り終えると、チェーンソーの歯が稼動したまま、木から引き抜いて自分の体の後方へ振り回したりする。決してチェーンソーを持った人の背後に回ってはいけない。

一〜三まで油断は禁物の事項でした。
取材者という立場で一歩離れた自分も含めて、たった8人で森にいたのですが、それでも、木を切っていない人は、ついチェーンソーの伐採作業の周りに近寄っていくので、自身危ないと思う場面に何度か出会いました。これ以上の人数だと、危険性がさらに増すように思います。

森では、自分の周りの他の人が、今何をしているのかを把握していないといけません。木の枝を運んで行こうと持ち上げた木の枝が、案外大きくて、隠れたところに小枝をつけていて、その枝が近くに立っている人の頭を直撃したなんてこともあるのです。
「周りに関心が無く、自分勝手な人には、山の作業は出来ない!」と感じました。

山の作業は相手(木)をよく観察し、相手(木)の出方に思いがけない出方もあると油断無く身構える、ことが肝要です。そして仕事するチームの一人一人の動きを常に把握していること。
すなわち、人に気を配る、こと。それが自分を守る。また、仲間を守るのです。人間教育に最適だと思いました。

昔、引きこもりの子供を治すために親が自分の子を「戸塚ヨットスクール」に預け、結果殺してしまった事件があったな・・・と思い出しました。海に一人投げ出されれば、生きようという本能が目覚めて、一生懸命になる、とか、ヨットの操縦は一人では出来ないから、集団の中での協調精神も出来るとか言われましたね。でも海は底なしですよね。うまく行けば究極の刺激になるけど、失敗すれば溺れ死ぬ。

その点、山は地面の上です。泳げなくても溺れ死ぬ心配はありません。逃げて帰れます。何を言いたいかというと、自分を鍛えなおしたかったら、山の方がいいのではないの?という話。(山本豊美)

2006-12-24 23:51:00 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

山梨の森作り

12245.jpg

「大月森つくりの会」では、間伐材を生かす道をいろいろ探っています。椅子、ベンチ、生ごみ堆肥を作るコンポストボックス。コンポストはこのブログでも以前紹介しました「2006年 桂川・相模川流域シンポジウム」に展示されていました。今年は6個試作したということです。
ボックスの大きさは家族数や、庭あるいはベランダの規模に合わせて、大・中・小の3種類があります。試作品を今モニター活用中で、その成果を踏まえ、来年度は商品化を目指しています。
また、今回は伐りませんでしたが、桐の木を伐採した時には、桐のテーブルを作ろうという計画も検討されていました。桐材のテーブルは大変軽くて持ち上げるとき、中高年の腰に優しいです。
また、桐のテーブルの表面にうってつけの塗料も見出したとのことで、製品化が楽しみです。(山本豊美)

2006-12-24 20:41:53 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

山梨の森作り

12241.jpg12月24日「大月森つくり会」で植樹の下準備、間伐作業がありました。場所は山梨県大月市笹子の本陣、天野さんの家の裏山。JR中央本線の「笹子駅」から徒歩10分ぐらいのところ。15メートルぐらいのところにjrの線路が走っています。つまり、平地に近い場所です。今までの私の経験では、森の木の伐採がこんなに家並に近いところで行われたのは珍しい例です。
クリスマスイブということもあって、本日の参加者はいつもより少なくて7名。神奈川県からの参加者が2名、大月市内からの参加者が5名でした。
15本立っていた木のうち、5本が切り倒されました。「切り倒された」という言い方は木の側に感情移入している言い方ですね。人の側から言えば整地した、というか森の育成のために日当たり良くした、ということになります。伐採対象は樹齢40年ぐらいの杉の木とヒノキの木。倒した木は枝をはらって丸太にしました。間伐材の生かし方についてあれこれ意見交換しながら作業が進められました。この木が家の建築材に使われたり、家具などに使われたなら、木にとっても晴れがましいセカンドステージとなるでしょうに、どうも今の日本の現状では、そういうステージに立つにはコスト面で折り合いがつかず、山に打ち捨てられたままにされるのが一般的なようです。
でも木の悲鳴を聞かずとも、今まですっくと立って広々と枝を広げていた木が今こうして地面に横たわって、切り口の年輪を見せているのを見ていると、何とかこの木の命を別の形で生かし続けてあげられないものか・・・と考えてしまいます。葉のついた小枝も触ってみると、この青々とした生気のみなぎっているうちに、加工できないものかしら・・・などと惜しみの気持ちが湧きます。人の腕ぐらいの太さの枝なら、等間隔に切って薪にするのに・・・。(山本豊美)

2006-12-24 19:04:25 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

お正月飾りを作る・その2

12162.jpg
もう「迎春飾り」を準備されている方も多いと思います。私も玄関飾りを購入しました。12月16日に明野町で「茅ヶ岳歴史文化研究所」の主催した「お正月飾りつくり」教室を見に行くまで、私は日本で売られている正月用玄関飾りは藁(ワラ)で出来ていると当たり前のこととして思い込んでいました(写真はその教室で作ったお正月飾りの見本。稲藁で出来ています)。


今の農業は稲を刈り取るとき、ほとんど機械で行うので、藁束を作りません。藁は粉砕されて田んぼにまかれているような光景が一般的ですね。ですから、「茅ヶ岳・・・」で藁を使ってお正月飾りを作る企画のためには、その趣旨に賛同した農家が、機械を使わず手で刈り取って、干した藁束を用意してくれてあり、それを使うのだなと思っていました。
実際、聞いてみると、藁を提供したのは、今回のお正月飾りつくりの講師をされていた五味さんでした。
「茅ヶ岳・・・」では11月18日に「わらでぞうりを作ってみよう!」という教室も開催していますから、この時も五味さんの提供の藁を使ったのだと思います。
明野町は見渡すと田んぼも多く、五味さんのような篤農家が多い感じです。ちなみに都会から新たに入植した農家も多いと聞きます。
一枚の田んぼの広さはさして大きくないので、機械を使うけれども、手で刈り取る部分もあるだろうと想像します。つまり、藁を残して活用しようとすれば軽く応じられる風土であると見ました。

「お正月飾りつくり」の見学を終え、家に戻った私は、フト、我が家に買ってあった迎春飾りを手にとって見ました。すると「おやっ?」と、なんか変に思いました。昼間、「茅ヶ岳・・・」で見てきた藁と違うのです。注連縄(しめなわ)の色が緑色なのです。「これは藁じゃあないっ!」と思わず小さく叫びました。あわてて、包装の裏を見ると材質に「乾燥した水草」と書かれていました。そうだ、葦のような・・・あの、お盆に仏壇に葦ズ(ヨシズ)を飾る、あの色ではありませんか!!
慌てて、これを注文したカタログを見ると、「中国製」と書かれていました。私は毎年、この時期このカタログで迎春飾りを買っていたのですが、一度も、その材質について日本製の稲藁で出来ていることを疑ったことはありませんでした。一体いつから中国製の、それも水草に、取って代わったののでしょう・・・。しばし、声も出ませんでした。

日本人の、お正月を象徴する迎春飾りに稲藁(いなわら)が使われていなかったとは!トホホな感じとはこのこと。同時に、カタログにある「手作りのため、サイズ・形状等が多少異なる場合があります」とのことわり書きを目にして今度はしんみり。・・・そうか、中国の人が、懸命に手でヨリをかけて注連縄を作ってくれたんだな・・・と。
日本の農文化は今や中国の人が、材質は違うけれども方法は受け継いで行ってくれるのだな・・・と思いました。

・・・で、ここで昼間の五味さんの顔を思い出し、今の時代、農家が藁を残して活用出来るようにする稲刈りの農法だって簡単なものではない。機械でやればすむことをワザワザ手で刈るのは、誰だって大変なのだから・・・と思いました。だから、稲藁で作られた迎春飾りが消えていくのです。
改めて五味さんのような農家や、「茅ヶ岳歴史文化研究所」の人たちのやろうとしていることの意味の大きさを思いました。(山本豊美)

2006-12-17 19:21:07 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

わらでお正月飾りを作ろう

12161.jpg

12月16日(土)「わらでお正月飾りを作ろう」というイベントがありました。NPO法人「茅ヶ岳歴史文化研究所」の主催です。このグループは山梨県北杜市明野町(ほくとしあけのちょう)に住んでいる人たちが中心になって、茅ヶ岳山麓の文化財の保存を目的に02年9月設立されました。今回のイベント開催場所は明野町歴史民俗資料館内で行われました。
参加者は子供7名大人(講師・指導員を含め)13名の計20名。午前中10時〜12時の2時間で、ワラ束から注連飾り完成までの工程をこなしました。
見学させていただき、強く印象に残ったことは、「縄をなう」という日本の農村文化が日本人の日常に広くあったのに、失われつつあるということの意味の大きさ。「手にヨリをかける」という日本語自体、無くなるのでは?との危惧さえ抱きました。
「ヨリ」とは、漢字で書くと「縒り」と書くのでしょうね。2本以上の棒状のものを手のひらでこすり合わせて絡ませながら1本にしていくこと。紙を使って「コヨリ」を作るとかいう行為も、私たちの日常では必要が無くなったのか、まず、していません。まして、ワラを使ってヨリをかけ縄を作る行為など、ワラを身近にしない生活ではなおさらする機会がなくなりました。

今回私が学んだことは、「注連飾り」の基本はこの「縄ない」の動作から成り立っているということ。講師の五味さんの手と子供の手では大きさが倍ぐらい違います。ワラ数本を両手のひらに挟み込み、手のひらをこすり合わせて「縄ない」をしていく作業では大きい手の方が有利には違いない。五味さんは根っからの農業者だ。体に「縄ない」が刷り込まれている。そう思いつつ見ていました。
けれど、それにしても・・・自分の手のひらの用い方に戸惑う子供たちの様子は私には予想外でした。「今の子供たちは、指先の感覚は研ぎ澄まされているかも知れません。でも手のひらの感覚は鈍ってます!」と断定したくなる。手のひらをこすり合わせる動作を日常やっていないのだなあ。今の子供たちは、粘度遊びなんかも私たちの子供の頃よりずっとやらないのではないかしら。お母さんの手伝いでお団子をこねて丸めることなんかも、昔のほうがやったでしょうね。
子供たちのそんな状況を想定していたのか、指導にあたる大人たちは丁寧に根気強く「縄ない」を教えています。「茅ヶ岳歴史文化研究所」の人たちの熱意と粘りづよさに感動を覚えたひと時でした。事前に見学のお願いをした私に、「茅ヶ岳・・・」の筒井さんは「小さなイベントですけれどどうぞ」とお返事をくださいました。が、目のあたりにして、いやどうしてどうして、大変重要なイベントであった、日本のこれからに、大きな投げかけを見せていただいた、と思いました。
昔、世界的に知られていた「日本人の手先の器用さ」が今や失われつつあるのでは?という問いかけ。そしてそれは農文化から遠ざかったからではないか?ということを考えた一日でした。(山本豊美)

2006-12-17 01:36:56 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

飲み水の源流域を見て!

12101.jpg

今年10月28日〜29日に行われた「全国源流シンポジウム」。開催地の小菅村はとっても要注目!大学と村とのコラボ(連携)が活発なんです。東京農業大学や東京学芸大学との。「多摩川源流大学」は小菅村と東京農業大学とが連携。「多摩川エコモーション」は学芸大学の活動の一環で小菅村と学芸大学ととが連携して「小菅分室」を持っている。少し詳しく説明しましょう。
多摩川源流大学・・・08年開校。自然体験、学習に単位認定。源流域の自然体験や文化学習などを通し、森林再生や地域活性化をはかる。

毎日新聞11月6日付け記事から紹介・・・・・・・・・・・・・・・・
「源流大学:廃校拠点に農林業、文化を学ぶ」(東京農大、山梨で開校)
多摩川源流域の山梨県小菅村の廃校を拠点に、源流域特有の自然や農林業、文化について学ぶ「源流大学」を東京農業大学(世田谷区)が開校した。面積の95%を森林が占める同村は過疎化も進み、産業の衰退が著しい。村も研究に全面協力し、地域再生に期待を込める。
文部科学省の「現代的教育ニーズ取り組み支援プログラム」の一環で、期間は3年。
カリキュラムは
・森林の保全や管理、適正利用。
・急峻で狭隘な厳しい自然条件下での循環型農業の再構築。
・源流ならではの自然景観や文化景観の再生。
・伝統芸能や祭り、民芸品などの源流文化体験。
の4コース。
当面は地域環境科学部の単位認定科目とする。
小菅村の森林は東京都が3分の1を管理しているが、残る私有林は担い手不足で荒廃が進んでおり、小菅村は01年から農大とともに森林再生に取り組んできた。
廣瀬文夫村長は「源流大学で食や文化についても研究してもらい、過疎化の進む村を活性化したい」と話している。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上毎日新聞記事より


学芸大学の「多摩川エコモーション」の小菅分室・・・「自然文化誌研究会」といって環境学習や自然と共存する生活文化の継承に取り組む。2004年4月から出発。上の写真は、10月9日に行われた「きのこ狩り」のイベントの夜のキャンプの光景。渓流沿いのキャンプ場。見上げた夜空のお月様がまた、よ〜くみえたんだわあ。

東京農大も学芸大学も入って小菅村は頼もしい助っ人に恵まれたと感じます。東京都民の飲み水の源である森を有する小菅村。もっともっと目が注がれていいのです。

源流シンポジウムの報告は「小菅村エコセラピー研究所」のホームページでも見られます。(山本豊美)

2006-12-10 19:13:46 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

来年のカレンダー

来年のカレンダー。もう購入されましたか? 方々から届くもので間に合っているよ、と言う方もいらっしゃいますよね。私も以前はカレンダーにこだわりを持っていませんでした。でもあるときフト、「カレンダーは家の中にあって毎日何となく目に入るものだから好きな絵柄のものを飾りたいな」と思うようになり、ここ数年は毎度、暮れ近くなると購入しています。
「富山和子がつくる 日本の米カレンダー」というものです。この度も、生協を通じて購入しました。このカレンダーに載っている日本の農の風景の写真が好きです。
今年11月のカレンダーの写真は愛知県豊根村の茅葺屋根の家の写真でした。写真の下の富山和子さんの解説文もまた素敵なの。ここでは紹介しませんが。
そして暦の数字の隙間にはちょっとしたメモを書くことも出来ます。
12月が来てしまい、11月のをめくらなくてはならなくなって紙に手をかけた時、自分の記したメモに目が行き手が止まりました。
11月29日の日付の下に「去年のこの日、西原(サイハラ)の紅葉が最後の美しさを見せていた」と書いてありました。ああ、そうだ、去年11月は山梨県上野原市西原地区に何回か仕事に通い、途中紅葉の美しさに感嘆の声をあげたのだった・・・紅葉に見とれて運転が危なくなったときが何度かあったっけ・・・。
そして、この日11月29日が西原での最後の仕事ではなかったか知らん・・・と、しばし感慨にふけったのでした。つまり、去年の今頃、2006年のカレンダーがすでに届いていたので、見ていて、11月のところに来たら、「来年の11月、今年のように西原へ仕事に行くだろうか・・・行けたならいいのに。また紅葉に見とれることが出来る。そうだ、書いておこう」と思い、書き記したのです。
写真の右端、茅葺屋根の農家の横に、橙色に紅葉した木が立っています。「これも美しいが、西原はさらに美しかったのだよ!」と悦に入ってメモしたのかも。

今年11月、西原へ仕事に行くことはありませんでした。でも、私の友人が干し柿つくりのイベントに参加するため11月26日小菅村に向かい、途中こんなメールをよこしてます「今バスは西原通過中。紅葉が遅くて今見ごろ!歓声上げてます」と。ああ、やはり今年の西原の紅葉も美しかったのだ!

「富山和子がつくる 日本の米カレンダー」は「水の文化研究所」が発行しています。

2007年のカレンダーの表紙に書かれている文をここに紹介します。

水田は文化と環境を守る
米と日本人とは、母と子のように太いきずなで結ばれています。
日本の文化は米作りの上に築かれ、国土の自然は農民によって支えられてきました。ところが今、農業は危機に瀕しています。
それはとりもなおさず、私たちが日本文化の土台を失うということであり、山や川など自然の環境も危うくなっているということです。
先祖たちが営々として育んできたこの美しい自然と文化を、次の世代へ送るために、どうしても農業を守りたい。
そんな願いをこめてつくったのが、このカレンダーです。

制作・販売は株式会社サン制作というところです。
〒103−0016東京都中央区日本橋小網町18−7子網ビル?03−3669−8371fax03−3669−8378HPアドレス
 http://www.ad-sun.com/komecalendar/kome_index.html
                            (山本豊美)

2006-12-06 02:39:53 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

日本の木を使おう 続き

11333.jpg

「2006年度桂川・相模川流域シンポジウム」展示コーナーに、積み木が展示されていました。spaceもやい”という山梨県上野原市を中心に活動する市民団体の展示コーナーです。

この積み木は山梨県に住む荻野雅之さんが桂川流域の森の間伐材を使って作った積み木です。一辺が3センチの3種類の積み木。自称「積み木おじさん」こと荻野さんは、日本の木に、子供も大人ももっと日常的に簡単に触れることが出来るよう、積み木を広めているのです。全国で「楽つみ木広場」を開催して歩いています。
spaceもやい”は去年10月に上野原に荻野さんと彼の研究所「木楽舎」のスタッフを招いて、「楽つみ木広場」を開催しています。そのときは荻野さん、1万5千個の積み木を持って来て、上野原市のもみじホールの床いっぱいに広げ、積み木にたっぷり触れる時間を持たせてくれました。
今年はspace“もやい”の会員が持っている荻野さんの積み木を「流域シンポジウム」で展示しただけでしたが、他の展示コーナーでの木製品の展示と相まって、目に訴えるものがありました。
会場を訪れた人々は足を止めて積み木を手にしたり、積んで造形を作ったりしていました。
え〜と、このブログ、今回「日本の木を使おう」と声を張り上げた割には、話がコンポストだの積み木だの、ちっちゃなモノの話で「なあ〜んだ」ですか??・・・すみません。
でも荻野さんの言葉にこんな言葉が・・・。

〜わたしは小さなつみ木。ヒノキの森の木から生れました。姿は3センチと小さいけれど、3種類の形のつみ木の仲間達と、小さな手が出会うと、感動が生れます。ヒノキの香りを鼻でかぐといい香りがします。肌触りもやさしく、色を塗っていない自然の素晴らしさを教えてくれます。〜

(山本豊美)

2006-12-03 20:22:18 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

日本の木を使おう

111201.jpg

11月12日に山梨県上野原市もみじホールで開催された「2006年度桂川・相模川流域シンポジウム」の内容について再度触れます。

今回のシンポジウムの提唱の一つに「国産材を使おう」という訴えがありました。主催者の「桂川・相模川流域協議会」の会員団体の展示コーナーに展示されたいくつかは、桂川流域の森から切り出された材木を使って暮らしに木を取り入れるアイデアを示したものでした。
その中で山梨県大月市を中心に活動する団体「大月森つくり会」は、間伐材を使って作られたコンポストを展示しました。
コンポストとは生ごみなどを入れて発酵させ堆肥にする容器です。
今までのコンポストのイメージはプリン型の、上に蓋がついたポリ容器というものが一般的でしたが、この度、木の箱型のコンポストの登場です。ポリ容器と違って、木は何年かすると朽ちて土に戻りますね。そこでまた新たに購入するということで、継続した消費が見込まれます。小さなものではあっても森林の間伐材が継続的に売れていく道が出来るということはうれしいことです。

<木のコンポストの使い方>
庭の一隅においてもいいし、出来るなら(広い庭あるいは畑があれば)大きな穴を掘り、コンポストを土中に入れて、そこへ生ごみや枯葉、雑草など放り込んでいっぱいになったら土をかけて埋めてしまえばいいですね。コンポストの木の隙間から堆肥の養分が土中に滲みだして周囲の土に栄養を与えるのではないかと思います。土の上に設置したものだと、出来た堆肥を箱から掬いだして土中に埋めなくてはならないもの。手間ですね。

昔、プリン型コンポストに生ごみを入れて堆肥化しようと試み、「ぼかし肥」(EM菌)などの発酵助剤をきちんと振りかけなかった為に、生ごみを腐らせた挙句、蛆虫が大量に湧いてしまったという苦い経験を持つ私としましては、展示された木のコンポストを見て、もう一度生ごみの堆肥化にチャレンジしたくなりました。この木のフィトンチッドが、生ごみの腐りを防いでくれるような気がするのです。

あと、「堆肥にするんなら、コンポストなんて使わなくたって、地面に穴を掘って生ごみを埋めればいいじゃん?」と言う素人さんに、私の経験から答えさせていただきますと、単に埋めただけでは、野良犬などが来て掘り返してしまいます。また、埋めたところを忘れて歩いて自分の足がズボッと穴にはまってしまったり・・・。
やはり一度発酵させませんとネ、堆肥は!・・・だからコンポストは必要なのではないかなあ。蓋つきの木箱のコンポストなら足ズボッの心配もないし。
 この木のコンポストについての問い合わせは「大月森つくり会」へ。fax0554−22−1406山崎さん  
(山本豊美)

2006-12-03 18:57:05 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

新そば食べる

112891.jpg11月26日東京都八王子市野猿街道沿いの「車家(くるまや)」にて蕎麦をいただきました。今年の新そばを食べたいと思いながらなかなか都合がつかなくていたのですがやっと、という感じです。「車家」は昼の時間帯はかなり混んでいます。駐車スペースは充分ある(10台は停められる)のですが、この時間帯は満車になるため、道路につながって待機している車が多い。福島から古民家を移築したというお店の店内も素晴らしい。待合所に備長炭を燃やした手あぶり火鉢があるのも心憎い。私も30歳近い息子も早速火鉢の近くに座りかがんで手を炭の上に伸ばしました。
可笑しいな。火鉢のある暮らし風景とは無縁で育った息子でも火鉢のそばに来ると何となく手を出してもみあわせるという仕草をするんですから。日本人のDNAに、炭火を囲むとどういうからだの動きをするかが刷り込まれているなあと感じた瞬間。
八王子「車家」はお店で働いている若いお弟子さん(給仕さん)たちの感じが良いので好きです。蕎麦の美味しさでは、近くの「南野シティ」にある「穂科」も負けていません。ここは駐車スペース3台ぐらい。あと、時間的に余裕があれば是非行きたいのが、立川の駅近くの「無庵」。ジャズのレコードがたくさんある壁面やモダンな空間の中で求道的な蕎麦を食べるのもおつなもの。
さらに三鷹の「桂庵」も夏一度行ったきりなので恋しい。「桂庵」は杉浦日向子さんとソ連の編著「ソバ屋で憩う」新潮文庫で読んで発見したお店。八王子の「車家」ものっていました。
ほんとに杉浦日向子さんの書いているとおりのお店だなあと感じながら実踏したのです。2006年もあとわずかになった今、「今年は杉浦日向子さんが他界されて寂しいあ・・・」と美味しい蕎麦をいただきながら心の中で合掌。(山本豊美)

2006-11-30 02:24:46 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨


▲このページの上へ戻る