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介護☆同行二人<アエイウエオアオ>
車椅子を使い始めるとたちまち歩けなくなる、と何かで聞き、安易に車椅子は使わないゾ、と決心していたのですが、今年のはじめに、夫にある事態が起こり十日間の入院をし、以後歩行が一気におぼつかなくなってしまったのです。そしてこの最近の肺炎での入院で、車椅子はなくてはならぬものとなりました。
何とも不機嫌そうな顔に見えますが、「ハイ、笑ってぇ〜」と言ったらこの表情になりましたから、本人はニッコリのつもりです♪ 「なんだか、ゴルゴダの丘にひかれていくイエスのような顔だねぇ」と言ったら、その時はほんとに可笑しそうに表情をほころばせてくれましたヨ。余談ですが、今年のはじめに入院するほどになった事態というのを暴露しちゃいましょう。
実は、私がうっかり自分のおやつの甘栗を食卓に置きっぱなしにして、それを見つけた夫が食べてしまった、らしい、のです。らしい、というのは、夜、どうも様子がおかしいと気づき、口を強引に開かせ、喉に指をつっこんで吐かせたら、甘栗がポコンと出て、はじめてこととしだいがわかったのです。その後、栗で気道が傷つき、高熱が出て病院に駆け込む仕儀となりましたから、まったく、恥ずべき至らぬ介護人です。
散歩の続きに戻りましょう。
夫は最近熱が続いていますから毎日は行けないのですが、体調のいい日は必ず田園の道を夕刻の涼風を受けながらゆっくり歩きます。
そして、表題の、<アエイウエオアオ>と一語一語はっきりと、声を出して言わせるのです。これが散歩の狙いです。
<アエイウエオアオ>というのは、皆さんお気づきでしょう。演劇など声を出す人が、カツゼツをよくする訓練のためのものです。それを夫にさせるのです。夫の場合は、カツゼツをよくする、なんて贅沢なことは露も考えておりませぬ。ひたすら喉の筋力をつけるためです。喉の筋力が強くなると、嚥下がしやすくなります。
しばらく前から、夫は食べ物を飲み込めずぷわっと噴き出したり、いつまでも口中に含んでいたりするのです。医師は胃ろうをすすめるようになり、<アエイウエオアオ>は、何としても自力で食事・栄養が摂れるようにしておきたい、至らぬ介護人が考えたささやかな抵抗のようなことと言えます。
本当は、大声で歌など唄えばいいのですが、もともとそういう趣味のない夫はどんなに説得しても、歌となると声を出しません。そこで思いついたのが<アエイウエオアオ>で・・・歌はだめで、これなら声を出して言う、というのもよくわかりませんが、とにかくこれはやるのです。そして、数日たった今、『そういえばここのところ、食べ物をすんなりと飲み込んでいるではないか!』と思えるようになりました。
たまに一休みして、こうしてトラクターの作業を眺めたりします。というわけで、<アエイウエオアオ><カケキクケコカコ><サセシスセソサソ>と、われらどうぎょうににん、せいいっぱい声を張り上げて歩いております。たまに猫がついてきたりして・・・。
(佐々木和恵)
2008-07-23 03:07:39 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
介護☆同行二人<ダイジョウブか、介護人の頭>
結果、夫は肺炎に罹っていて入院したのですが、このエントリーで書こうとしていることはそのことではありません。介護人たる私のことです。
さて、この日、廊下のベンチに腰掛けて順番を待っておりますと、ほどなく、「ささきさーん」と名前を呼ばれました。「はーい!」と夫の車椅子(普段は車椅子は使わないのですが、熱のために歩行がおぼつかなくなり)を押して、内科の診察室に入りました。
こちらに顔を向けて待っておられた先生の顔を見て、『やや、Wさん、医師もされていたんですか』と言いそうになりました。Wさんにそっくりの先生だったのです。Wさんというのは、当セカンドリーグのんびるの編集をされている、私たちリポーターの上司にあたる方です。
この時の、『やや、Wさん』と思ったことが私の頭にこびりついてしまい、以後、八日間の入院の間中、その先生はFさんと言われるのに関わらず私は一度もF先生とお呼びすることなく、『W先生』と言いつづけたのです。
一度ならず何回か、ナースステーションの窓口で、「あのう、W先生こっちにいらっしゃいます?」「だからぁ、F先生だって言ったでしょ」と看護師さんに呆れられました。
当のご本人から、「ぼく、Wじゃないよ、Fだよ」とも何度も言われました。そのつど、「は・ははぁ、失礼しました!」と平身低頭謝るのですが、次に会うと、また、「W先生」と言ってしまうのです。
しまいには、「W先生」と呼ぶと、「はい」と答えて下さるようになりました。
これ、恥ずかしながら本当の話です。
私の頭はこんな始末になってしまっているのです。いやはや、どうしよう・・・と、マジで心配です。
何ヶ月か前にも自分の頭が心配になることがあり、大きな病院に行って脳のあらゆる検査をしたのですが、特に異常はなく、「介護による疲労とストレスが原因でしょう。ま、気をつけて下さい」とあっさりしたものでした。
ご家族の介護をされている皆様、お互いのんびりやっていけるように致しましょう。(ナンテ、簡単に言われる正論ほど介護人を追い詰めるものはありませぬが、ノンビリヤロウ、ノンビリヤロウと自分にジュモンをかけてみようかな、と)
(佐々木和恵)
2008-07-21 01:50:16 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
障がいのある人も高齢者もみんな大らかに共に生きたい「NPO法人 チェリー館」
NPO法人 チェリー館の誕生
そして次第に、高齢者や障がいを持ってる人に、自分のできることをして役立ちたいと思う気持ちが強くなっていきました。すると今度は、「自分にできることって何だろう?」と考えるようになりました。行き着いたのが、『自分にできることは、食事作りだ!』でした。
「お料理が得意なんですね」
「ううん、得意というんじゃないの。食べることが好きなのよ。ハハハ」
思いつくとすぐに行動に移すのが今野さん。2002年から高齢者の人、心身に障害を持つ人への配食サービスを開始しました。
「その時お仲間は何人ぐらいいらしたんですか?」
「私ひとりだけ。最初は誰もいなかったの。一人で注文をきき、お弁当を作り、配達していった。そうやっていたら、知人が、“そういう活動ならNPO法人にしてやるといい”と教えてくれて、そこから、『高齢者、障害者の方に安く美味しいお弁当を届けたいので、一緒にやる人いませんか?』と仲間を募ったんです。通常なら、最初に仲間がいて、何かやっていて、それをNPOにしていくんでしょ。私の場合、逆だったの。ハハハ」
こうして2003年10月に、「NPO法人 チェリー館」が生まれました。
活動
現在、20名のスタッフで、ひたちなか市からの委託を受け、一日にだいたい180人分のお弁当を作り配達しています。アレルギーや腎臓に問題があるなどの申し出があると、勉強をして特別食を用意しているそうです。

お弁当を配送した時、『待ってくれている高齢者、障がいのある方と必ず3分間は会話を交わす』ことを決めているそうです。“3分なんてちょっとじゃない“と思う方がいるかも知れませんが、この3分は、20人のお宅に配送すると、1時間余分に時間がかかるということになるのです。なかなか貴重な3分です。でも今野さんたちは、待ってくれている人のために、この3分を惜しみません。必ず笑顔で会話をします。
「身体の調子はいかがですか」「元気ですか」と訊ねるだけで明るさが漂うといいます。
スタッフ紹介
そうした心遣いをもって調理や配送の仕事を担当しているスタッフの方々の声をご紹介しましょう。

後列向かって右が代表の今野さん。左は大塚さん。前列右、佐藤さん。左は山口さん。(写真をクリックして下さい)
調理を担当している佐藤良子さんは、「近所なので参加しました。食事は、お年寄りなので、細かくする、柔らかくするなど工夫をしています。卵はだめなどのアレルギーの人もいて、とても神経を使いますが、“美味しかった”と喜ばれると、苦労も吹き飛びます」。
山口千恵子さんは、「週二回、来ています。これまで社会に出て働いたことがないので、全てが勉強になります。自己流だったお料理の仕方を、先輩が、“こうやるといいよ”と教えてくれるなど、とても自分にとってもいいです。親ほど年齢の方もいて、いろいろ教えられます」。
大塚道子さんは、71歳だそうですが、とてもそうは見えません。「私はこの有償ボランティアで生活をしているので、大変なんですけど、でも、お年寄りの方の家にお弁当を配達し、少し話していくんですが、その時の一人暮らしのお年寄りの方の、私を待っていてくれた、という感じを受けると、自分の苦境は忘れられる。人の役に立てる、ということは本当に生きがいになる」。
2008-07-14 08:42:22 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
雄大な構想と哲学と実践力をもって活動をする「NPO法人 やみぞの森」(2)・・・日本の木に魅せられた人々の挑戦
その実践活動は、一般市民と森林所有者・製材者・大工技術者・設計技術者を結ぶためのセミナー、やみぞ山系の杉の普及拡大のための啓発セミナー、地元大工による地産知消(「地元で生産されたものを地元で消費する」「消費者と生産者を結び付ける」ということ)の家づくり普及セミナーなどの開催、そして森林資源の杉をはじめとする木材を正しく用いることができる伝統大工技術を継続させていく、具体的に言えば、プロの大工さんの育成、神社仏閣の、釘を使わないで建築する“つなぎ“の伝授です。
大工塾、DIY塾は年間を通して行いますが、その他のセミナー等は、6月、7月、8月に次のように開催されます。ぜひご参加下さい。
平成20年6月29日(日)
「家づくり普及セミナー」茨城町「桜の郷みなみ台」14時〜16時
平成20年7月13日(日)
大工塾・DIY塾:笠間市 9時〜15時
平成20年7月27日(日)
「木材活用啓発セミナー」及び「夏休み木とのふれあい親子教室」 水戸市茨城県開発公社ビル会議室 10時〜15時30分
平成20年8月3日(日)
「家づくり普及セミナー」 土浦市乙戸南 午後
平成20年8月10日(日)
「家づくり普及セミナー」 神栖市 鹿島セントラルホテル 午後
(詳細はTEL:029-252-8124 http://www7.ocn.ne.jp/~yamizo/)

向かって左が大工塾の皆さん 右がDIY塾の皆さん(写真をクリック)
では、その日本の木に魅せられ、雄大な構想を実際に形に顕していく人たちの言葉をご紹介しましょう。
2008-06-29 02:34:05 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
趣味が高じて開業 小さな小さな天然酵母のパン屋さん
小平市のわが家の近くに昨年9月にオープンした小さな小さなパン屋さん。
その名のとおり、3人の客が入れば身動きできなくなるほどの店です。
周辺にはいい香りが漂い、もちろん味も抜群。
常時8種と、日替わりで1〜2種を焼いています。
聞けば、定年退職後にパンづくりを趣味で始め、それが高じてこの店になったとか。
地域に生まれたそんなパン屋さんを、皆さんにご紹介します。


【吸い寄せられるような香りいっぱい】

「自分も明日の利用者」だと思って介護の仕事 [市民ユニットりぽん]
「のんびる」5月号の取材で、この団体で介護の仕事をしている方たちにお話をうかがいました。
ヘルパーになって半年の神前博さん。定年前に第二の人生は何をしようかと考え、勤めてきた製薬会社に関連のある仕事をすることに決め、介護の道へ。退職後すぐに専門学校に入ってヘルパー1級の資格を取り、この仕事に就いたそうです。
「男性が介護の仕事に入っていくのはまだ認知されていない部分もあるけれど、男には男同士の話があると思っているんですよ」と神前さん。高齢や障がいをもつ同性の利用者を訪問し、喜んでもらえることに手ごたえを感じている様子でした。
ヘルパー歴4年の内田富美子さんは、実家のおばあさんが認知症になり、どうかかわっていいのかわからず勉強のためにヘルパー2級の資格を取得。友人の勧めで、この仕事を始めました。
障がいのある方に接する経験をとおして、人が感じたり思ったりすることは共通しているんだな、と気づかされたそうです。
サービス提供責任者の介護福祉士、井上智恵さんはこの仕事を始めて10年ですが、はじめはヘルパーの資格も持っていなかったといいます。
何か仕事をしようかなと思ったときに、ご主人の認知症のお父さんを預かった経験から、介護の仕事をすることに。働きながらまずヘルパー2級、そして介護福祉士の資格も取得しました。
「自分が介護サービスの利用者になったとしたら、自宅で暮らし続けるためにはどういうサービスを受けたいのかと考えています」という井上さん。“自分も明日の利用者だ”といつも思って利用者と接しているそうです。
2008-05-15 23:31:00 この記事のURL 「こころが、ちょっとほっとする地域活用法」
物づくり好きにはうれしい「学園坂レンタルボックス」
「お店の中は、バック、ビーズアクセサリー、洋服、木工品、工芸品、編み物、装飾品と手作り作品にあふれていて、まるで玉手箱のよう」と表現されていますが、こうした手仕事を趣味とする方、たくさんいらっしゃるのではないでしょうか。手作りを楽しむことももちろんですが、それらが誰かに喜んでもらえたら、よりいっそううれしいもの。さらに自分の作品に値段がついたらきっと励みになることでしょう。
最初に発案した人はどなたなのでしょう?実はこうした「レンタルボックス」は全国に広がっています。個人の楽しみのみならず、今回の例のように、商店街の活性化の一助となるケースも増えているようです。
まさに「コミュニティビジネス」、小さな小さなビジネスかもしれませんが、つくる人もグッズに出会う人も、なんだか幸せになれそうなお話です。
ところで、「レンタルボックス」というと、「貸し倉庫」とか「貸金庫」として用いられることも多々ありますが、こうした取り組み固有の何か粋な名称ってないものでしょうか。
[バックナンバーへ]
『地域でともに働きたい』〜生きる場・であう場・つながる場〜
そんな働き方と、働く側の今の価値観ををもう一度見直そうというシンポジウムが開かれました。
『地域でともに働きたい』
〜生きる場・であう場・つながる場〜
3月23日(日)13時半〜
会場 アミューたちかわ(立川市民会館)
主催 特定非営利活動法人 市民活動サポートセンター・アンティ多摩

【地域で働く可能性を考えたい】
基調講演と進行役は、朝日新聞の編集委員である竹信三恵子さん。暮らしや労働に関わる報道や取材を通じて、人間らしい働き方や社会政策のあるべき方向を模索し続けてきました。
そんな彼女からの提案は、社会保障が確保された正社員という立場に固執する結果、長時間労働・長時間通勤という働き方に縛られているけれど、あらためてお金や幸せの価値観を見直してみたら、地域で働くというワークライフバランスの取れた方向もあるのではないか、というものでした。

地域で働く実践報告例として二人のパネラーが出席されました。
成功の秘訣は、「やること」しかない! 先輩のことば
〜もうひとつのキャリアアップ講座第12回より〜
「『「やる人』と『やりたい人』は違います。
やりたいと思っている人はできない。やる!人しかできない。」
実践に裏打ちされた高井さんの言葉には確かな重みがありました。
何かやりたいな〜と思っているだけでは先には進みません。ではどうすればいいのでしょう。高井さんの話は具体的です。まず、何とかしたいという想いはきちんと一点に集中していかなければいけません。
1. 自分の想いの棚卸しをする。(具体的にすべて書き出してみる)
2. それらの想いをグループ分けする。
3. 自分の欲望を終わらせる→終わらない欲望を見極める
(手放すことの重要性を知る)
◆ 心の底からわきあがってくるものは実現できる。
やるぞ→不可能なものが可能になる。
ここからが高井さんのすごいところです。
2008-03-13 22:45:27 この記事のURL 「コミュニティビジネスでまちを元気に!」
介護☆同行二人<ぼく、知ってたヨ>
それでいつしか、この部屋が私たち夫婦二人のくつろぐ茶の間にもなっているのです。
そのくつろぎの部屋の、電気の照明をつけたり消したりするひもが切れたのは、何月だったかは忘れましたが昨年のことです。足がおぼつかなくなっている夫がふらついた拍子に、ひもにつかまったのでした。
2008-03-08 03:07:18 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
自分の仕事を自分で作る −NGOでも、NPOでも、利益優先でもなく ---白髪染め『ヘナ』との出会い---
そのヘナが、今のように盛んに使われるようになったきっかけを作った人と言えるのが、これからご紹介する青木房恵さんです。
40代過ぎてからご主人の転勤で、都心から東京の郊外立川市に転居となった青木さんは、通勤が困難となるため、「転居先でまた就職しよう」と、それまで勤めていた広告代理店を退職。
でも、予想に反して立川市近隣では、求めるような職は見つかりません。それで、就職はあきらめ、出版社に本の企画を持ち込んだりしていました。そんな時、知り合ったシンガポール在住の方から、紹介されたのがヘナでした。
ヘナは、ミソハギ科の花木の葉っぱを乾燥させて粉末にしただけのもの。つまり、天然ハーブ、天然素材そのものです。調べてみると、古代エジプトでも髪染めに使ったという記録もありました。
運良く(!?),その頃ご自分の髪も白髪がチラホラ。それに、発がん性もあると言われた化学素材入りの白髪染めには不安もあったので、「これだ! これは売れる」と直感したそうです。
世界遺産と共生する地域ビジネス
“空気を感じながら旅をする”ひとりの若者が自転車旅行で出会った場所=知床。
「印象的だったのが ”知床の空気感 ”だった。」 そう語る藤崎達也さんは、「もうひとつのキャリアアップ講座」の今日の講師。
日野市出身の藤崎さんが知床に移住したのは1996年。前年の1995年は阪神淡路大震災やオウム事件が起きた年でした。知床における活動の端緒は、そのような社会の出来事を他人事と看過できず、自分のこととして考える藤崎さんの真摯な生き方にあるのだと思いました。
結婚、家探し・・・『 住みたいところに住もう 』とウトロへ。
いろいろな人との出会いを経て、2001年にはNPO SHINRA(特定非営利活法人 知床ナチュラリスト協会)を設立。東京からわずか3時間で行ける自然豊かな土地・知床の魅力を伝えるための活動や全国のネイチャーツアー・エコツアーの企画と発展に奔走。岩手県田野畑村の「番屋エコツーリズム」の立ち上げにも参画しました。
<SHINRAのミッション>
■スローな旅行スタイルの提案
〜60万泊 全てを連泊に〜(現在は、ほとんど知床1泊)
■知床リブランド
〜「知床旅情」「地の果て」「何もない土地」のイメージから、名実共に「世界遺産・知床国立公園」に〜
事業詳細は「NPO SHINRA」のホームページをご覧ください。頼もしいアウトドアガイドスタッフの紹介もあります。
◆ 課題を足し算で解決
「最初からミッションを意識して始めたわけではなく、見えてきた課題を足し算で解決していくうちに少しずつ拡がってきた」と穏やかに語る藤崎さん。見えてきた課題はどんなものだったのでしょうか?
2008-01-16 23:45:31 この記事のURL 「コミュニティビジネスでまちを元気に!」
できる範囲で地域貢献、が続けるコツ
NPO法人杉並アヤックスサッカークラブは、現在自分たちが使う井草森公園運動場の芝生管理を杉並区から全面受託しています。
所属する小学生から高校生までのクラブ員や地域の利用者のために、芝生のグラウンドを自分たちで管理しようと、ど素人だったコーチたちが芝生のことを学び、小さな実績を少しずつ積み重ね、区を説得し、管理業務を請け負うためにNPO法人も取得。
それまでの苦闘の4年間の苦労《起業の経緯については『のんびる』リポーター田中さんのブログで紹介》がようやく実り、200年から運動場の管理を全面受託するコミュニティビジネスが始まりました。
業者が管理していた頃は、年間ほとんど使用できなかったグラウンドを、現在は農薬も使わず、養生のため2カ月間の休場以外、週3日使用することができるようになりました。(財)日本サッカー協会・川淵三郎キャプテンが、その管理法を見学に訪れるほど手入れされた芝生です。


【農薬を使わず手入れされた芝生のグラウンド】
「スーパ学童保育 ピタゴラネスト」〜心地良い放課後のi居場所〜
女性が子育てと仕事を両立させるためには、子どもをみてもらえる存在が欠かせません。寺崎豊美さん自身もお母さんの一人です。保育園から小学校に入学すると子どもを預けられる時間が短くなってしまう現実に直面、理想の学童保育を自ら起業。放課後保育+おけいこを提供する場としての「スーパー学童保育 ピタゴラネスト」の開設です。横浜市緑区のJR横浜線「鴨居駅」から徒歩2分、ビルの2階にある清潔で快適な空間がピタゴラネストです。
( 「読書で富士登山」子どもたちが本を読むことを楽しむように工夫)
「ピタゴラネスト」の目指すもの
寺崎さんに設立・運営の理念をお聞きしました。
2007-12-12 16:40:20 この記事のURL 「コミュニティビジネスでまちを元気に!」
山からの贈り物 自然薯<人工栽培にかける「特定非営利活動法人 地域資源を活かす リ・フレッシュ」の「北茨城自然薯研究会」の活動>
自然薯は山でしか採れない野生の食品と思っていましたから、人工栽培ができ、しかも猫の額ほどの狭い庭でも栽培可能と聞いてびっくりしました。もっとびっくりしたのは、野生の自然薯は地中に深く縦に育ち、掘るのが大変だ、という認識でしたが、人工栽培は、畑に浅く溝を掘り、そこに塩化ビニールのパイプシートを斜めにおき、中にウイルスのいない種芋を植えて山土を被せれば育ち、収穫は、鍬で土をはらいパイプが見えてきたらそれを片手でひっぱるだけでいいということです。
味も滋養も野生のものに負けないといいますから、これも驚きです。
その人工栽培の自然薯、今が旬です。販売されています。珍しいものなので、お好きな方のためにチラシを紹介しておきましょう。電話での申し込みも出来ます。
2007-12-09 00:36:51 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
『美容の力』 をとおして 『福祉の向上』に貢献したい
無料送迎サービスと出前美容
藤田さんは、横浜市栄区に「福祉美容室カットクリエイト21」を平成13年に開業。高齢やハンディキャップのために、美容室へなかなか行けない人達のために送迎無料サービスと出前美容をする福祉美容室のさきがけです。
〜横浜市で開催されたコミュニティビジネス講座の質疑応答の場で〜
「ビジネスを始める人へのメッセージは?」という質問に対して3つのポイントを話されました。
1.自分にプレッシャーをかけること。こういうことをします、と宣言したことで自分を追い込む。宣言が先です。
2.段取り。夢を実現するために何をどうしたらよいのか。
3.営業に全身全霊をかける。営業は自分自身でやらなければ!
2007-11-14 23:18:59 この記事のURL 「コミュニティビジネスでまちを元気に!」
ホスピタル・クラウンのKちゃん
Kちゃんはホスピスの子どもたちの部屋の前で明るく声をかけます。
「あっ、Kちゃん!いいよ〜」 嬉しそうな声が返ってきます。
『ホスピタル・クラウンの活動〜病院に笑いを届ける道化師〜』
という講演の中で紹介された『病院に行くクラウン』というDVDのひとコマです。講師であるクラウンKの大棟耕介さんはプロのクラウンです。子ども一人ひとりのベッドの横でバルーンアートやマジックなどを披露しながら、子どもの心に寄り添います。いつしかKちゃんは子どもたちと友達になり、病室に笑い声が響きます。
2007-11-07 23:30:14 この記事のURL 「コミュニティビジネスでまちを元気に!」
介護☆同行二人<ゾンビ来たる>

■ゾンビ来たる■
私が夫を介護する生活は、「2007年の現在で8年になります」と、言っているのですが、実際は、夫が一回目の脳梗塞で倒れた1989年から始まっています。
でも、この時は夫は半年ぐらいで驚異的な回復(医師の言葉)をし、普段の生活は全部自分でこなせるほどになりましたから、仕事は退職し、形としては家で療養という生活になっていましたが、『介護生活』の実感はあまりありませんでした。
その後、1999年に今度は脳出血で倒れ、一気に認知症の症状になり、本格的な介護生活が始まったのでした。
最初に、「これは大変だ! 介護というのものは生易しくはないゾ!」と不安になったのは、夫の『不眠』でした。とにかく眠ってくれない。なんとか布団に横にして、寝息が立ち始め、「やれやれ・・・」と思ったとたんひょいと起き上がるのです。そして歩き回ろうとする。この時の表情は無表情のようでいながら妙にひたむきで、力で抑えようとしても抑えられるものではありません。
「水を飲みたい?」と関心をこちらにむけさせるとふいに落ち着くのです。ふいに落ち着く、という表現はおかしく感じられるかも知れませんが、例えば、お菓子をもらえないで泣き喚いていた幼児が、お菓子をもらったとたん、ケロリとおさまるような、そんな感じなのです。
そうして水を飲むと、また横になって眠りに入ってくれるのですが、15分ぐらいでまたひょこと起きてしまう。・・・このような状態が一晩中続くという時期が三ヶ月ぐらいありました。
この頃、私は、夫をひそかに『ゾンビ』と呼んでおりました。映画の中で、ゾンビが殺されても殺されても、ひょこと立ち上がる様を連想したからです。実際、眠りを奪われ続けて神経が疲れ果てていく私自身には、眠ったと思うとすぐに起き上がる夫はほんとにゾンビそのままに思えました。【つづく】
(佐々木和恵)
2007-10-19 09:23:34 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
知的障がい者デイホーム『はっぴー』のハッピーな家庭的雰囲気!
事務所の奥からヘルパーさんの一人が走って出てきました。「楳田さん、断水です!まったく出ません。」「あらまあ、そりゃ困ったわね、大家さんに言うわ。」これから奥の民家部分にある知的障がい者のデイサービス『はっぴー』を見せていただこうとしている矢先に断水騒ぎ。近所に住む大家さんも駆けつけて、水道局とも話していると午前中の復旧は無理ということになり、急遽、車で15分ほどの知的障がいの学童保育施設『みらくる』へ利用者とヘルパーさんは移動することになりました。『みらくる』の子供たちが養護学校から帰ってくるのは午後3時ごろなのでそれまでは空いているから利用できるのです。

20代の女性利用者3人とヘルパー3人が一緒にワゴン車に乗り込みました。一対一のケアで行き届いていると感心したら、「今日は三人とも調子がいいのですが、よく癲癇(てんかん)を起こしますので人数が必要なのです。」と楳田さん。
利用者のSさん、Hさん、Aさんは三人ともまだ10代にしか見えません。急に遠足みたいになって大はしゃぎ。

「後から追いかけますね。いってらっしゃい!」と送り出してから、無人になった『はっぴー』の施設を見せていただきました。

居間にソファがあって、ダイニングキッチンがあってと民家をそのまま利用しています。家庭にいるのと同じ雰囲気です。定員5名として人数も最小限にとどめています。家庭的な雰囲気を大切にしたいという楳田さんの意向が覗えます。同じ敷地内の別棟に倉庫を改修して作業所が出来ています。小さな織り機が数台設置してありました。ここで、利用者たちは織物をしたり、編み物などの手芸をします。

出来上がったブックカバーや手提げ袋などの作品はすぐにも買いたいような立派なできばえ。バザーでよく売れるとのこと。

楳田さんの車に乗せてもらって大島事業所の『みらくる』へ移動しました。『みらくる』はひたちなか市街地に近い住宅街の中にありました。こちらも民家をそのまま使っています。玄関に入ると小学生たちの楽しそうな写真がたくさんはってあります。“住民”の年代の違いが感じられました。

いた、いた!『はっぴー』のメンバーが楽しそうにお弁当を広げています。体の大きなSさんは、毎食ダイエット日記をつけているとか。今日は急な断水騒ぎで、みんなコンビニでお弁当を買ってきたのですが、Sさんはお弁当選びもカロリーに気をつけているとのことです。Hさんは詩人で素敵な感性の詩を書くと言うので、読みたいな、と言ったらペンネームのサイン入りの詩集をプレゼントとしてくれました。
バレンタインデー
バレンタインは
女のこにとっていちばん
とくべつな日
すてきな男の子のために
手づくりのチョコレートを
つくった
かわいいラッピング
うまくわたせるかな
うけとってくれるかな
うけとってくれなかったら
どうしよう
小さなこいのものがたり
Hさんがお気に入りの詩です。他にも、とてもいい詩がたくさん載っています。Hさんが手書きで書くと、Sさんが最近習ったパソコンできれいに打って印刷し、詩集にするというすごい連携で、この二人は切っても切り離せないほど意気投合しているそうです。もうひとりのAさんは静かでほとんどものを言いませんが、二人の話を聞きながら楽しそうに笑っています。そして三人のヘルパーさんはお母さんやお姉さんのように見守っています。いや正確には一人はお兄さんの満仲(まんなか)さんです。「彼は教員資格を持っているのです。」という楳田さんの言葉通り、指導振りは温かい先生のふう。Sさんにパソコンを教えるのも満仲さんのこと。この六人のかもし出す雰囲気はデイホームというより、普通の家庭で普通に過ごす家族です。一昔前の温かい家庭はこんなだったなと思わせられます。あまり人数を多くしないと言う楳田さんの方針が理解できました。
『はっぴー』のみなさんにさよならを言ったときは、何か別れがたい気持ちでした。Sさんが「メールの打ち方を習ったらだすからね。」と言う言葉を当てにして、楽しみにして待っていることにしましょう。
(写真は『はっぴー』関係者の皆様のご了解をいただいて掲載させていただいております。)
(徳重 富士子)
<デイホームのボランティア募集>
デイホームのボランティアで特に夕方16:00-17:30の利用者の送りにアテンドできる方。
NPO法人 生活支援ネットワーク こもれび 津田事業所
所在地: ひたちなか市津田2031-797(〒312-0032)
Tel/Fax: 029-273-8897
HP: http://www.npo-komorebi.jp/
E-mail : komorebi@support.email.ne.jp
2007-10-08 01:00:27 この記事のURL 「もっと楽しむためのバリアフリーとは」
“地域の足になります!”
JR常磐線勝田駅で降りて、車で街中を抜けるとまもなく畑と人家の混在する農村地区。その中で車が20台ほど入る駐車場が目にとまりました。その脇の店舗兼住宅の入り口の看板に「生活支援ネットワーク こもれび」とあります。ここがNPO法人生活支援ネットワーク『こもれび』です。
店舗部分を改造して事務所としている部屋でちょうどミーティングが終わるところ。「こもれび」代表の楳田さん(30代)がこれからそれぞれの出勤場所へ向かうヘルパーさんたちに業務内容の確認をしています。てきぱきと指示を終えた楳田さん、「じゃ、ご苦労様です。行ってらっしゃい!」と笑顔でみんなを送り出しました。
楳田さんは、福祉系の大学卒業後、高齢者向けの公的福祉施設の常勤の介護職員として働いていましたが、働いているうちに、「なんかへんだな、ちょっと違う気がする。」という疑問がわいてきたといいます。志を同じくする仲間6人と話し合い、自分たちの考えている福祉活動をしようと、平成13年(2001年)に現在の大島事業所となっている民家を借り上げて知的障がい児の学童保育活動「みらくる」を始めました。その後、学童保育だけでなく、家に引きこもって外に出る機会のない大人の知的障がい者のデイサービスをするデイホーム「はっぴー」を平成16年に現在の津田事業所につくり、そのほかにも高齢者の在宅介護、家事・子育て支援、通院・買い物等の移送サービスと、次々に活動を広げていきました。
「『住み慣れた地域の中で、自分らしく、あたりまえの生き方をしたい。』と願うすべての人が自らの力で生活することへの支援を行いたいのです。単に『物』を提供するだけでなく、相手の『心』に届けることのできるものが何かを念頭におきながら、顔の見える、心が通じ合う、笑顔いっぱいのまちづくりを目指しています。」という楳田さんの言葉が活動への思いすべてを語っています。
もともと、日立製作所の城下町といわれ、人口の85%は何らかの形で日立関連の仕事をしていますが、地方都市にありがちなシャッター街がこのひたちなか市にも出現しています。そのため、市民の中から、自分たちの力で町づくりをしようという機運が生まれてきました。代表の楳田さんも町づくりを自分たちの手でという気持ちで、お年寄り、知的障がい児(者)、子育て支援と地域に暮らす人がみんな笑顔で暮らせるようにとがんばっているのです。
楳田さんたちが活動しているうちに利用者の中からさまざまな声が聞こえてきました。もっとも強い要望の一つがお年寄りが病院へ行ったり、買い物に行くのに足(交通機関)がないから何とかしてもらえないだろうかというものでした。都会と違ってたよれる公共交通機関がないので市民たちはみんな自分の車を使って移動しています。しかし、運転できない高齢者は、非常に不自由な思いをしなければなりません。そこで楳田さんは考えました、高齢者の足になろうと。
最初の三ヶ月間は、一般車を使ってまったくの無償で活動しました。でも、利用者が何か形でお返ししたいという精神的な負担が大きくなっているのを知りました。かつて障害児の親御さんがヘルパーの資格を取って「子供がお世話になっている分を、これで少しはお返しできる。」と晴れ晴れとした笑顔で語っていたことがあったそうです。与えるばかりの立場と与えられる(やってもらう)ばかりの立場では、対等にはなれないと「利用者から教えられて」(楳田さん)有償に切り替えました。「こもれび」には公用車として5台の軽タイプ車がありますが(一台だけは自力で購入、後は日本財団や24時間テレビの寄付)これだけでは要望にこたえるには不十分です。
千葉県流山市の「流山ユー・アイネット」の先例もあったりして、陸運局から「福祉有償運送許可」を取って一般車(白ナンバー)を使っての移送サービスが可能になりました。

楳田さんが、「山本さんをご紹介します。まもなく移送サービスに出かけますけど、その前に。」と言って、60代の男性に引き合わせてくれました。山本さんもご他聞に漏れず“城下町”のお城日立に勤務していましたが、定年前から土・日の講習会で学んでヘルパー二級の資格を取り退職後5年前から「こもれび」で居宅介護、デイサービス等にヘルパーとして従事、今はデイサービスの施設長としての重責を担っています。と同時に移送事業が始まってからはドライバーとしても引っ張りだこ。利用者は顔なじみになった山本さんを指名し、病院に買い物にと忙しい毎日を過ごしています。奥様は山本さんが資格を取る前からヘルパーとして活躍していたので、「今自分が同じ仕事をするようになってから、大変さが理解できるようになりました。」と言います。鳥取出身の山本さんは、土地の人間でないことで初めはお年寄りとの間に距離を感じていましたが、車を運転しながら勝田の昔の話や世間話をしているうちに、次第にここが自分の生まれ育った土地のような愛着を感じ始めたそうです。と同時にお年寄りとの間の垣根も取れて、利用者は顔なじみになった山本さんを指名し始めました。今では女性を含めて7人のドライバーが皆、山本さんのようにお年寄りから、息子や娘、孫のように“可愛がられて”大忙しの毎日です。

そこに電話が入ります。「承知しました。すぐお迎えに行きますよ。」と山本さんは立ち上がります。利用者さんが病院の診察が終わったから迎えに来てほしいとの連絡でした。「いってらっしゃい!」
(徳重 富士子)
(現在、「のんびる」10月号で紹介中)
<お出かけサービスドライバー募集>
移送サービスのドライバー(有償:距離と時間による)。普通運転免許証。病院、買い物などの際に車で送り迎え。運転講習をします。(費用はこもれび負担)
連絡先:NPO法人 生活支援ネットワーク こもれび 津田事業所
所在地: ひたちなか市津田2031-797(〒312-0032)
Tel/Fax: 029-273-8897
HP: http://www.npo-komorebi.jp/
E-mail : komorebi@support.email.ne.jp
2007-10-08 00:35:04 この記事のURL 「もっと楽しむためのバリアフリーとは」

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