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わが町のシルバー人材センター

■シルバー人材センター
http://www.zsjc.or.jp/rhx/index.jsp

いよいよ4月は新学期。
保育園や幼稚園に通い始めるお子さんをお持ちのお母さんは、これからあれもこれもと準備に追われることと思います。
私の上の娘は幼稚園、下の息子は保育園へと通いました。
入園当初の一番の手間はいろいろなものを入れる袋作り。
幼稚園では絵本袋から靴袋、お弁当袋、体操着袋、縄跳び入れ、スモック等々・・・。
保育園ではさらにパジャマ入れ。大物はお昼寝用の布団カバー掛け、敷き其々二枚。
元来針仕事の苦手な(ハッキリ言うと嫌いな)わたしには大変な大仕事でした。
そんなの買ってしまえば・・・と思いますが、小柄だった娘には全てが大きすぎ、ひと回り小さめの袋を作らなければなりませんでした。
また母親の手作りの方が喜んでくれるかも、という思いもありました。
娘がまだ赤ちゃんの時、子どもが幼稚園に通い始めると手作りしなければならないものがたくさんありますよ、というミシンの販売員の言葉に乗せられ、当時はまだ高値だったコンピューターミシンを購入。そのこともあり、必要なもの全てを手作りしました。
作業は子どもが寝た後の夜中。誰もやってくれないのだから仕方ありませんでした。
今はいろいろな既製品が出回り、かなり楽になったのではと思います。
しかし、園によっては大きさの指定されたものもあり、手作りが必要なものもあります。
こんな時、おばあちゃんがいてくれたら・・・と何度思ったことか。

シルバー人材センターのHPを覗いていたら、「手芸、ソーイング」の欄に手作りの費用がありました。ということは、ここで手作りをしてくれるということです。
利用するもしないも自由ですが、シルバー人材センターで針仕事の代行をしてくれるというのは、正直ありがたいですね。

この他にもいろいろな分野での仕事があります。
家の中のちょっとした困りごと、地域のシルバー人材センターの利用も選択肢のひとつにいかがですか。


その他、シルバー人材センターではいろいろな仕事を請け負っています。
駐輪場の管理、公共施設の管理、団地内の清掃等々。
なかには顔見知りの方もいて、作業中に子どもたちに声を掛けてくれます。
私も働いている皆さんには出来るだけお声を掛け、顔を憶えてもらっています。
地域での見守りはこのような皆さんも一役買ってくださっていると思います。
朝の駐輪場で「おはようございます!」って声を掛けてみてください。「いってらっしゃい!」と嬉しい返事が返って来ますよ。




※多摩市シルバー人材センターPRより
ベットタウンという地域性から、企業が少なく公共(市役所)からの受注比率が高い。その次はニュータウン住宅らの管理組合からの受注が多い。全体の受注内容は管理と軽作業で8割を占めている。
平成16年の多摩市での高齢化率(人口に占める60歳以上の比率)は23%。そのうち3.2%
の高齢者の方が登録。
・HPアドレス
http://www.sjc.ne.jp/tamasi-sc/index.html


■社団法人全国シルバー人材センター協会HPより
 シルバー人材センター事業のあゆみ


・シルバー人材センターの創設
 急速な高齢化が進展する中で、高齢期を有意義にしかも健康に過ごすためには、定年などで現役引退した後も、なんらかの形で働き続けたいと希望する高年齢者が増えてきたことを背景に、昭和50年(1975年)、東京都において「高齢者事業団」が設立されました。
 同事業団は、「自主・自立、共働・共助」の理念の下に、「一般雇用にはなじまないが、高年齢者がその経験と能力を生かしつつ、働くことを通じて社会に貢献し、生きがいを得ていく機会を確保する」ことを主たる目的とするものであり、同事業団の設立を契機として、全国各地域に広まっていきました。

・国の政策とシルバー人材センター
 国は、第4次雇用対策基本計画で示された基本方針(常用雇用的な就業に限らず多様な形態での就業機会が確保されるよう努める)に沿って、昭和55年(1980年)から、高年齢者に対する任意的な就業機会を提供する団体を育成する自治体に対し、国庫補助を行うこととしました。
 これを契機に、「高齢者事業団」などの名称は、「シルバー人材センター」と統一され、事業が更に拡大されました。

・シルバー人材センターの法制化とその後
 昭和61年(1986年)に施行された「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」において、定年退職者などの高年齢者の就業機会の確保のため、必要な処置を講ずるよう努めることが国及び自治体の責務として位置付けられ、シルバー人材センターは法的に認められました。
 これにより、全国各地におけるシルバー人材センターの設立は飛躍的に伸びることとなりました。さらに、同法の平成8年(1996年)度の改正により、シルバー人材センターは、新たに都道府県ごとに指定される「シルバー人材センター連合」の活動拠点として位置付けられました。
 これにより、都道府県が行う高齢社会対策と円滑な連携の下に、活動拠点が一体となってシルバー人材センター事業を効果的に展開することが可能となりました。
 また、平成10年には、シニアワークプログラム事業が、平成16年には届出制による労働者派遣事業が実施されました。
 平成17年度末では、シルバー人材センター連合加入は1,544団体、会員数は約77万人です。
(山崎礼子)

2007-03-18 16:31:36 この記事のURLまちぐるみで子育てを応援

山梨で農林業の今を見る

山梨県の農林業、地場産業を知りたいあなたに、県内の元気な活動団体を紹介します。

まずは山梨県東部から
小菅村NPO法人自然文化誌研究会

小菅村エコセラピー研究所

北都留森林組合

大月森つくり会
ここはまだホームページやブログは出来ていません。桂川・相模川流域協議会の活動と連動しているところがありますので、そちらを参照に。
桂川・相模川流域協議会

山梨県中央部には
サラダボウル

山梨県北西部には
えがおつなげて
緑のネットワーク

などがあります。(山本豊美)

2007-03-05 20:30:38 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

地域シニアグループ「アシラネ」による地域シニアライフの充実を!

『生涯現役』のキャッチフレーズのもと

高齢者・障害者等が、お互いに助け合い豊かに楽しく安心して暮らせる街づくりに寄与することを目的に、会員制の有償ボラティアNPO法人「あびこ・シニア・ライフ・ネット」が立ち上げられたのは、平成14年のことでした。佐々木敏夫理事長(73歳)は「現役を卒業して、コミューニティ・ビジネスの講座で学び、折角勉強したのだから、何かに活かそうと思ったんです。はじめは中高年者対象のパソコン支援グループを設立しました。」と回想します。平成17年にはNPO法人資格も取得しました。

Ashirane4.jpg

2007-02-25 00:15:37 この記事のURLもっと楽しむためのバリアフリーとは

コミュニティビジネス シンポジウム in 小平

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2月6日に開催されたシンポジウムに参加しました。

「コミュニティビジネス シンポジウムin 小平」
     キーワードはパートナーシップ!
       主催 NPO法人Mystyle@こだいら
      
 〜あなたにもできる、まちに優しいビジネス〜
小平市に於いて初めて開催されたコミュニティビジネスのシンポジウム。会場は廃校になった小学校跡の図書室。温かい手作りの集まりでした。
NPO法人Mystyle@こだいら・代表理事の竹内千寿恵さんはじめスタッフの方々の細やかな心配りが行き届いたシンポジウムで、参加者同士もすぐに打ち解けられるような雰囲気でした。
パネルディスカッションでは、小平市長の小林正則氏もパネリストのお一人として参加され、活発な意見交換が行われました。今後、小平市でコミュニティビジネスが市民と行政のパートナーシップで進められていく可能性を確信させる話し合いでした。
               
◆シンポジウム風景は
「NPO法人Mystyle@こだいら活動日記」をご覧下さい。
◆交流会の料理は大変おいしく、地元小平のブルーベリーワインも好評でした。会場では、竹とんぼも飛びました!!

2007-02-08 16:04:41 この記事のURLコミュニティビジネスでまちを元気に!

いのちの電話

secondleague「いのちの電話」をご存じですか?そこでのんびるリポーター徳重富士子さんの今週の記事をご紹介しましょう。

誰しも、多かれ少なかれ悩みを抱えて日々暮らしています。イギリスで始まったこの活動は、日本では1971年に東京で開設されて以来全国に広まりました。現在は24時間オープンの体制を持つところも多く存在します。今回の「千葉いのちの電話」もその一つです。

「傾聴」という言葉が気になりました。「傾聴というのは、普通の話を聴くというのとは違って、自分の殻の中でなく相手の世界を受け入れる、相手の世界に入っていく必要がある」とあります。

自分の悩みを誰かに聞いてもらうだけで、なんだか楽になった経験があるのではないでしょうか。悩みを解決する最善の方法は一人で悩まず、誰かと問題を共有することなのかもしれません。

人は一人では生きられません。何らかのつながりが欲しいのです。だからこそ相談者のみならず、相談員の方も「自分のほうがはるかに大きなものを頂いている」と感じるのかもしれません。

「ボランティア」は決して「無償」の行為という意味ではなく、与えることによって得るものもまた大きいのだと、改めて勉強になりました。

2007-02-01 00:25:02 この記事のURL今週の注目記事

社会福祉法人ぱる「いきいきタウンとだ」

『「年をとっても普段通りに、安心してその町に住み続けたい」という、高齢者の願いに応えよう』を理念として、入居者一人ひとりの人権を尊重する、全室個室・ユニットケアの住まいを用意した特養、ケアをめざす施設が、2005年4月1日にオープンしました。
JR埼京線戸田公園駅から徒歩で18分の、商店や住宅の立ち並ぶ街中にある、社会福祉法人ぱるが運営する『いきいきタウンとだ』です。


建物は、落ち着いた生活感溢れるマンションのような造りです。
この中で、『ショートスティ』『デイサービス(一般型&認知症対応型)』『ヘルパーステーション』『居宅介護支援事業所』『在宅介護支援センター』『地域交流スペース』の介護サービスが行われています。
老人ホームや介護施設というと、街中から離れて、見るからに、”収容施設”というイメージで建てられていることがありますが、ここは、建物を出るとすぐに町の人々の生活があり、普段のままの風景を目にすることが出来ます。近くに小学校、中学校もあり、子供たちの話し声、笑い声が聞こえてきます。
まさに、自宅と同じように生活ができる環境、を作り出していると言っていいでしょう。
ケアも、スタッフの「してあげるケア」ではなく、入居者、通所者一人一人に対する「暮らし支援ケア」を心がけています。

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2007-01-30 22:45:04 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

あったらいいな!を仕事にしよう

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横浜市緑区市民活動支援センターで開催されました「コミュニティビジネス入門講座」に参加しました。

テーマ 『鴨居で小さな音楽会社をたちあげて』
講 師 テリー保谷さん

 講師の保谷さんは、学生時代から音楽が好きで仲間とグループを作って演奏活動などを楽しんでこられました。定年間近に会社に残るか退職するか悩まれましたが、ず〜っと好きだった音楽を「仕事」にする道を選択し有限会社を設立しライブコーディネーターとしての活動を始められたのです。

2007-01-28 15:40:12 この記事のURLコミュニティビジネスでまちを元気に!

「のんびる」取材日記〜里山に遊ぶ〜

「越生町緑とせせらぎを守る会」取材より              ’07.1.19

秩父山系の裾野に豊かな里山に抱かれた小さな町、越生があります。埼玉のどん詰まりに歴史と文化が息付いている町。秩父連山縦走のアプローチに、早春の梅林の散策にこの町を訪れる人の数は少なくありません。春霞の梅林風景は安野光雅の絵のように、まるで水彩画のような平和な光景です。

その町に突然降って湧いた「桜の郷・彩花苑」構想。これは100万人の花見客を呼ぶ大観光地をつくる目的で、大高取山の尾根を削り谷を埋め立てて何万本もの桜を植えるという計画でした。それまでに文字通り緑とせせらぎを守る生き方や活動を行ってきた会が立ち上がり、県を相手にこの計画をストップさせる運動がはじまりました。今から6年前のことでした。

この地で農業を営み、環境運動の中心となり活動を支えてきた俵山さんに聞きました。越生町の中心にある大高取山にはきれいな湧き水の沢があり、30種近い絶滅危惧種を含む800種以上の植物が生育し、ムササビ、ニホンリス、キツネなど多くの野生生物が活発に活動していました。そこに100万人の花見客を呼ぶ大観光地を造るため大高取山の尾根を削り、谷を埋め立て何万本もの桜植えるという計画でした。会は環境調査を進め、自然環境を守るために県に計画の基本的な見直しを求める活動を行いました。住民、研究者らの調査の結果大高取山一帯が人口密集地にもかかわらず、奇跡的といえるほど豊かな自然が残された地域であることも分かりました。

この活動により県は計画の撤回を決定、以後会は継続してこの里山の動植物の調査や環境の保全活動を続けています。そして椎の北限の2種、オオタカ(天然記念物)の営巣が確認され、会は保存のためのフィールドワーク、定例観察会を行っています。「桜の郷」構想がもたらした禍福の効果といえるのでしょう。

一月、厳冬の最中とは言え里山歩きはちょうど良い運動でした。フィトンチットたっぷりの山道をいのししの堀跡や、狐、狸のけもの道を確認し、木々の芽ぐみや野鳥のさえずりを楽しんだ贅沢な時間でした。山頂での昼食にはサプライズの日本酒が振舞われ「のんびる」取材のゴージャスなプレゼントでした。

2007-01-25 14:46:51 この記事のURLセカンドリーグ!自立して生きる女のガイド

スローに働く、スローに暮らす!2

「できるかな?ジョブ・シェア」
スローワークの実現のひとつの方法として英国のジョブ・シェアを紹介します。この方式、英国では公務職場を中心に働き方の選択肢として定着しています。大学の常勤講師の英国人男性と3歳の息子と暮らす30代の日本人女性は、同僚の女性と週37時間の労働時間をシェアしています。月・火・水と木・金の週を交互に繰り返す方法です。賃金、国民の祝日も半々にシェアします。

こうした働き方が導入しやすい条件として、フルタイム労働自体が柔軟なフレックス制だということ。つまり必ず職場にいなければならない時間が決っておりそれ以外は朝の7時から夜の7時までの間、本人の判断で実労働時間が週37時間に達していればよいのです。

英国でこのような裁量労働制が実現できたのはどうしてでしょう。2年前までは労働時間が週40時間以下のEU諸国の中で、英国は週43時間労働と最も労働時間の長い国でした。週60時間以上働く労働者も多く残業手当も支給されないという状況があったのです。サッチャー政権時代に低下した公的サービスの向上を図る政権交代後のブレア政権は、1998年EUの指令を受け週48時間の労働時間規制を受け入れました。

女性の職場進出が進む中、家庭や育児との両立や長時間労働などに関する制度の変革が迫られ「育児休業制度」「ジョブ・シェア推進」などの法整備のほか、TUC(労働組合会議)も賃金からワーク・ライフ・バランスへと取り組みを広げました。さらに「労働が終わってから次の労働開始まで、最低11時間空けなければいけない」という規定はEUの指令によるもので、英国のワーク・ライフバランスも欧州全体の生活重視による規制が背景にあるのです。

この国のワーク・ライフ・バランスは残念ながら働き過ぎと失業、ワーキングプア、若者の非正社員化など適正労働とは言い難いのが実情です。老いも若きもスローワーク、スローライフが現実になる道筋が見えてくることを望みたいものです。

*「スローワークの経済学」(参考文献)「スローワークで社会を変える」(講演録)
  『くらしと教育をつなぐWe』より          (矢口 峰子)

2007-01-18 20:32:05 この記事のURLセカンドリーグ!自立して生きる女のガイド

スローに働く、スローに暮らす!「できるかな?ジョブ・シェア」

スローに働く、スローに暮らす…スローライフ、スローフードはようやく耳に馴染んできましたが働き蜂・日本人には夢のような話です。しかし、“カローシ”が国際用語になるほどの今、この国の働き方は何とかしなくてはいけないところに来ています。

過労死の中高年男性(近頃では20〜30代男性も)と仕事にありつけない若者のフリーター、ニート達。このアンバランスを正す方法として“スローワーク”の実践を紹介します。

まず、スローワークの基本として「人間には労働=働いてお金を得る他に、食事、睡眠などの“再生産の時間”そして“余暇時間”、さらに家事育児、介護などお金にならないが必要な仕事“無償労働=アンペイドワーク”の時間」があります。このバランスを欠いて長時間労働をしている現実を変えるgood ideaとは?

日本の大手企業は「大量生産、大量販売」を旨とし、猛烈なCM攻勢の続く中で過労死に至るほどの働き方があります。スローワークはその逆を行く!あまりにも当然?でありますが…。いらないものを無理に売り込む手段として工業デザインが必要とされている現実に違和感を覚え、大手企業から女性たちが起業に転身しリサーチの結果、雑穀食を売る仕事をおこしました。ほかにも激烈な競争の市場に参入するのではなく“欲しい人がいるのに手付かずだった分野を発見し必要なものを売る”という姿勢でスローワークを続ける女性たちが増えていると感じます。

また、スピードを競う働き方に馴染まない統合失調症の人たちが暮らす北海道の「べてるの家」では、体調のため「ファースト」ではなく独特のスローな労務管理メニューが創られています。現実に合せ、短時間、がんばらなくても働ける働き方を開発しました。自分の体調の急変や、それをうまく伝えられないストレスから症状の悪化をまねくなどを考慮し“三度の飯よりミーティング”を行い「スローな市場」を開発しました。通院の折りに病院への届けもの(商店の代行)や地場産業の日高コンブの袋詰めなど地域の手薄な隙間労働を請け負う方法が地域のニーズにマッチしている「スローワーク」といえます。                     (矢口 峰子)

2007-01-18 12:59:10 この記事のURLセカンドリーグ!自立して生きる女のガイド

ファミリーサポートセンター

■ファミリーサポートセンターとは
ファミリーサポートセンターは、地域で子育ての支援を受けたい人と行いたい人が会員となり、助け合う会員組織です。設立運営は市区町村が行います。
平成14年の調査ですが、提供会員(支援を行いたい人)は40〜50歳代の女性が圧倒的に多く、活動理由としては「子どもが好き」「子育て経験を生かしたい」「持っている資格を生かしたい」「育児の支援をしたい」「収入になる」などが挙げられます。
またその半数の人は仕事を持っていて、ほとんどがフルタイム以外の仕事で、自由な時間をやりくりし複数の仕事や地域活動に積極的に関わっている、ということです。
(女性労働協会・平成14年度ファミリーサポートセンター活動状況調査報告結果報告書より)

ここでは私が活動しているファミリーサポートセンターを紹介します。
○多摩市ファミリーサポートセンター
2004年6月、多摩市ファミリーサポートセンター事業の委託が公募になり、前回掲載の「たすけあいの会ぽれぽれ」が3年間で在宅支援活動12,000時間等の実績が買われ受託しました。

代表の山田さんのお話です。
2000年ごろから「ぽれぽれ」の子育て支援が年々激増し、行政に厚生労働省の事業だった(当時)ファミリーサポートセンター事業に早く取り組むように働きかけをしました。お金がかかる子育て世代に負担の少ないファミリーサポートのサービスがぴったりだと考えたからです。加えて、希薄になった隣近所との関係や子育ての密室化等、子育てしにくい現代に、地域相互援助活動で子育て支援の輪を広げることはとても重要です。
「子育てのお手伝いをして欲しい人(利用会員)」と「子育てのお手伝いをしたい人(提供会員)」をマッチングするのがセンターの大きな役割です。会員組織なので、会員募集説明会から、提供会員養成講習会、会員相互の交流会、フォローアップ研修会等も担っています。2006年12月末で、利用会員396名、提供会員159名、両方会員31名、計586名の登録です。保育園等のお迎えとその後の預かりや保育園等への送りの活動を中心に、月平均330件ほどの活動が行われています。ご自分の子育て経験を活かして、地域ではつらつと行動してくださる方たちに支えられています。

下記サイトで検索できます。
活動する場合は各センターにより違いがありますのでご留意ください。
(山崎礼子)


■ 女性労働協会(各自治体のファミリーサポートセンターの情報が得られます)
http://www.jaaww.or.jp/index.html
※介護についてのサポートもありますが、各センターにより違いますので問い合わせてください。

■多摩市ファミリーサポートセンター
  (多摩市の例ですが会員登録の方法、謝礼金など詳しい情報はこちらから)
http://famisapo.tama.jp

2007-01-14 11:13:26 この記事のURLまちぐるみで子育てを応援

NPO法人たすけあいの会ぽれぽれ

のんびるちゃん
今年ものんびるリポーターとして頑張ります。どうぞよろしくお願いいたします。
2007年年頭に当たり私の活動している「ぽれぽれ」出の活動を通し、その様子をお伝えします。

■子育て経験を生かして
私が「ぽれぽれ」を知ったのは確か生協(マイコープ)を通してだったと記憶しています。
下の子が10歳を過ぎ少し心の余裕が出来た時、自分が住んでいる地域で何か関わってみたいと思い一大決心(?)で説明会に出向きました。
初めての活動は4人のお子さんのお宅でした。前任者の人がずっと付っきりでいろいろ教えてくれたので迷うことなく仕事ができました。私が初めてということで配慮してくれたのだと思います。
関わったお子さんは20人以上になるでしょうか。一人ひとり、ケースバイケースなのである程度の気配りは必要ですが、その心のよりどころはなんと言っても自分の「子育て経験」です。
小さなおてて、小さなあんよ・・・。それを見るだけでも愛おしく思ったかつての自分に出会い、そのときのエネルギーが蘇ってくるのです。
その後は私の都合に合わせ活動を続けています。この活動を継続する秘訣のひとつは「無理をしない」ということ。まず自分の生活を優先し、スケジュールを立てます。もちろん予定通りに行かないこともありますが、日々の生活とはそういうもの、と思い活動しています。
子育て支援だけではありません。部屋のお掃除だけ、入院時の患者さんの着替えのお洗濯、など生活の中での「ほんの少しのお手伝い」もあります。

■これからも・・・
私がこうして活動を続けられるのは、何といっても理解ある「ぽれぽれ」のスタッフの皆さんのおかげだと思います。私は思い込むと突っ走るタイプなので、失敗した時は「よくあることよ」と勇気付けてくれ、時には適切なアドバイスをしてくれたりと、とても頼りになります。
また地域の中での活動なので、関わったご家族に街でバッタリ!なんていうこともあります。あちらから声を掛けてくださることもあり、そんな時は‘近所のオバちゃん’に変身。
なんだかとても嬉しくなり、こんな私でも人様のお役に立てるんだ!と勇気づけられます。

私たち一人ひとりの力はほんのちょっぴりですが、それがたくさん集まると結構大きな力になります。子どもから手が離れ、地域の中で何か役立ちたいけど「何も出来ない」と思っている方、大丈夫です。子育ての経験があればそれでOK。その経験を活かし、若い子育て世代をサポートしてみませんか。

(山崎礼子)

2007-01-07 13:54:21 この記事のURLまちぐるみで子育てを応援

山梨の森作り

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「大月森つくり会」では間伐材の商品化を推進しています。写真は、笹子・森のラウンジ「大きな桐の木の下で」のログハウスの軒下に積んであった薪。売り物です。値段は聞きそびれました。自分が薪ストーブを持たないもので・・・。リポーターとして失格ですね。

薪の欲しい方、そしてベンチや椅子・コンポストなどの商品のお問い合わせは「大月森つくり会」事務局 山崎さんまで 
電話番号0554−22−1406
(近いうちホームページもつくるとのこと)

森のラウンジ「大きな桐の木の下で」は笹子の森の木を使って建てた小屋と、デッキがあります。デッキは見晴らしがよく、周囲に桜の木が植わっています。4月にはここでお花見会をするそうです。美味しい水を使ってのお茶会も計画されていました。
森のラウンジの庭では、シイタケやナメタケなどのきのこが栽培されていました。秋には紅葉を眺めながらきのこ汁パーティーなども素敵です。

「大月森つくり会」は一緒に活動できる仲間を募集中です。月に2回のペースで里山の再生に関連したいろいろな活動をしています。参加してみたい方は、上記、事務局山崎さんまでご連絡を。

12月24日に取材した「大月森つくり会」を5回に分けてお伝えしました。最後に、この笹子に関する情報をもう一つ。

「大月市」の「大月」という地名の由来が、「大きな月が見える土地であるから」との説があるとか・・・。その確証は、一年ほど前の私の体験を一つ。
季節は秋から冬に移行する頃。その夜、国道20号線を東京方面に向かって車を走らせていた私は、山梨県一宮町に入ったあたりで、前方左の上空に、すごく大きな満月が出ているのに気がつきました。「あんな大きなお月様は生れてはじめて見るわ!」と興奮しました。月を追うように前方の空を見上げ、見上げ、車を走らせました。
やがて私の車は大和村に入り、笹子トンネルに。長い長〜い笹子トンネル。そしてトンネルを抜けました。
大月市に入ったのです。そのとき!ぱっと左の夜空に真っ白な輝くまん丸がっ!見えました。月です。一宮で見た月より小さい月でした。ところが・・・色の冴え方がぜんぜん違う!それこそ、「白金の輝き」でした。あたりが森ばかりだから余計光が冴え冴えとして見えたのでしょう。
トンネルを出てしばらくは急カーブで下りが続くので、月の姿ばかり追い求めてはいられません。が、さっき一瞬、目に飛び込んだ月の残像は消えませんでした。
「・・・なるほど・・・だからこの土地を大月と呼んだのか!」と一人で合点した私です。大きさでは一宮町で見た月に負けるが、存在感というか、詩に歌いたいような風情のある、いかにも月月しい月!それが大月の月なのです。

笹子峠で見る事の出来る「白金の月」をドライブ中の一瞬に限らないで、心行くまで味わいたい。
そんな贅沢な希望が、この「笹子・森のラウンジ」のデッキでなら叶う!きっと叶うに違いない!と思って熱くなった私。2007年秋が楽しみです。(山本豊美)

2006-12-25 19:49:21 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

山梨の森作り

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写真は「大月森つくり会」の看板です。これは伐採作業をした裏山の林道沿いに立っていました。とても素朴な素直な感じの看板なのに林道沿いではあまり目にする人はいないのでは・・・?と残念。
「大月森つくり会」の河西悦子代表は「来年度は国道20号からよく見えるところに看板を立てようと思っています」と豊富を述べていました。写真では読みづらいのでここに看板に書かれていた文を(読めた文を)そのまま紹介します。

笹子・森のラウンジ
「大きな桐の木の下で」


21世紀。水は命!森は源!川は絆!
大月森つくり会「百年の森プロジェクト」では(社)日本緑化機構 緑の募金を活用し、緑のボランティアの参加を得て、森への思い育む広場を造りました。
緑の募金は全国のローソン各店舗を通じて多くの方々の寄付金から成り立っています。
大月笹子は大切な水源の里。この地から新しい出会い、美しい未来が広がりますように。
2003年○月○日植樹祭を記念して。
大月森つくり会「百年の森プロジェクト」

以上、看板に歌われている文でした。(山本豊美)

2006-12-25 19:15:54 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

山梨の森作り

12251.jpg 「大月森つくり会」は大月市笹子町にフィールドを持っています。大月短期大学の学生さんや、上野原市にある帝京科学大学の学生さんらが、森つくりに加わっています。あと、「桂川・相模川流域協議会」に加わっているので、その会員らが参加しています。

12月24日に樹の伐採を行いました。
森つくりのイベントに取材して感じたことは、まず、

油断は禁物その一:私は今回取材なのでヘルメットを被りませんでした。実際樹を切る作業に加わるのではないので。でも、見ていて思いました。伐採の周りにいるだけにしてもヘルメットは必要です。というのは、チェーンソーで木を切っていると、たくさんの木の粉が飛ぶからです。かなり低い位置で伐っていても、足元ばかりか、頭上まで木屑は飛んできます。半日うろうろしていれば髪の毛は木の粉まみれ。それに、木の上の方から、蓑虫とか、万が一には、蛇とかが落ちてくるのに備えて。

油断は禁物その二:チェーンソーで切ると早いけど、切れた枝が思いがけない方向に跳ねます、。私の知った人で、父上が、伐った木の枝が跳ねて目に突き刺さり、それが元で死んでしまった、という人がいます。そこまで行かなくても、枝が跳ねて思いがけぬ怪我をした人は少なくないと思います。今回、チェーンソーを写真に撮ろうと近づいたら、木っ端が顔に飛んできて、ぞっとしました。アレが目に飛び込む危険性多いにあったのですもの。
里に近くて、平坦な場所での作業だから、とつい見くびってしまうのですが、山の奥深い急傾斜地であろうと、平坦な里地であろうと、木を切る作業に危険は同じ。

油断は禁物その三:チェーンソーを使っている人は、その音と振動に神経が集中しているため、背後に人が回ったことに気づかないことが多い。木を切り終えると、チェーンソーの歯が稼動したまま、木から引き抜いて自分の体の後方へ振り回したりする。決してチェーンソーを持った人の背後に回ってはいけない。

一〜三まで油断は禁物の事項でした。
取材者という立場で一歩離れた自分も含めて、たった8人で森にいたのですが、それでも、木を切っていない人は、ついチェーンソーの伐採作業の周りに近寄っていくので、自身危ないと思う場面に何度か出会いました。これ以上の人数だと、危険性がさらに増すように思います。

森では、自分の周りの他の人が、今何をしているのかを把握していないといけません。木の枝を運んで行こうと持ち上げた木の枝が、案外大きくて、隠れたところに小枝をつけていて、その枝が近くに立っている人の頭を直撃したなんてこともあるのです。
「周りに関心が無く、自分勝手な人には、山の作業は出来ない!」と感じました。

山の作業は相手(木)をよく観察し、相手(木)の出方に思いがけない出方もあると油断無く身構える、ことが肝要です。そして仕事するチームの一人一人の動きを常に把握していること。
すなわち、人に気を配る、こと。それが自分を守る。また、仲間を守るのです。人間教育に最適だと思いました。

昔、引きこもりの子供を治すために親が自分の子を「戸塚ヨットスクール」に預け、結果殺してしまった事件があったな・・・と思い出しました。海に一人投げ出されれば、生きようという本能が目覚めて、一生懸命になる、とか、ヨットの操縦は一人では出来ないから、集団の中での協調精神も出来るとか言われましたね。でも海は底なしですよね。うまく行けば究極の刺激になるけど、失敗すれば溺れ死ぬ。

その点、山は地面の上です。泳げなくても溺れ死ぬ心配はありません。逃げて帰れます。何を言いたいかというと、自分を鍛えなおしたかったら、山の方がいいのではないの?という話。(山本豊美)

2006-12-24 23:51:00 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

山梨の森作り

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「大月森つくりの会」では、間伐材を生かす道をいろいろ探っています。椅子、ベンチ、生ごみ堆肥を作るコンポストボックス。コンポストはこのブログでも以前紹介しました「2006年 桂川・相模川流域シンポジウム」に展示されていました。今年は6個試作したということです。
ボックスの大きさは家族数や、庭あるいはベランダの規模に合わせて、大・中・小の3種類があります。試作品を今モニター活用中で、その成果を踏まえ、来年度は商品化を目指しています。
また、今回は伐りませんでしたが、桐の木を伐採した時には、桐のテーブルを作ろうという計画も検討されていました。桐材のテーブルは大変軽くて持ち上げるとき、中高年の腰に優しいです。
また、桐のテーブルの表面にうってつけの塗料も見出したとのことで、製品化が楽しみです。(山本豊美)

2006-12-24 20:41:53 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

山梨の森作り

12241.jpg12月24日「大月森つくり会」で植樹の下準備、間伐作業がありました。場所は山梨県大月市笹子の本陣、天野さんの家の裏山。JR中央本線の「笹子駅」から徒歩10分ぐらいのところ。15メートルぐらいのところにjrの線路が走っています。つまり、平地に近い場所です。今までの私の経験では、森の木の伐採がこんなに家並に近いところで行われたのは珍しい例です。
クリスマスイブということもあって、本日の参加者はいつもより少なくて7名。神奈川県からの参加者が2名、大月市内からの参加者が5名でした。
15本立っていた木のうち、5本が切り倒されました。「切り倒された」という言い方は木の側に感情移入している言い方ですね。人の側から言えば整地した、というか森の育成のために日当たり良くした、ということになります。伐採対象は樹齢40年ぐらいの杉の木とヒノキの木。倒した木は枝をはらって丸太にしました。間伐材の生かし方についてあれこれ意見交換しながら作業が進められました。この木が家の建築材に使われたり、家具などに使われたなら、木にとっても晴れがましいセカンドステージとなるでしょうに、どうも今の日本の現状では、そういうステージに立つにはコスト面で折り合いがつかず、山に打ち捨てられたままにされるのが一般的なようです。
でも木の悲鳴を聞かずとも、今まですっくと立って広々と枝を広げていた木が今こうして地面に横たわって、切り口の年輪を見せているのを見ていると、何とかこの木の命を別の形で生かし続けてあげられないものか・・・と考えてしまいます。葉のついた小枝も触ってみると、この青々とした生気のみなぎっているうちに、加工できないものかしら・・・などと惜しみの気持ちが湧きます。人の腕ぐらいの太さの枝なら、等間隔に切って薪にするのに・・・。(山本豊美)

2006-12-24 19:04:25 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

『のんびる』取材から2 NPO法人 ケア・ハンズ


ブログ原稿12月3回 ユ06.12.18

『のんびる』取材から2 NPO法人 ケア・ハンズ

今回は女性たちが作り上げた「草の根NPO、ケア・ハンズ」を紹介します。
代表を勤める誠子さんと二人の友人は共に団塊世代。11年前の1995年に介護の団体を設立しました。「介護保険法」制定の5年前のことです。

誠子さんの青春時代は学園紛争の嵐が吹き荒れた時代でしたが、深く関わることなく過ごし、社会人となり結婚。子育てにひたむきに生きてきたある日「自分は何もして来なかったのでは?」という疑問が湧き「社会と接点を持ちたい」という想いに駆られました。

そこで友人二人を誘い介護ヘルパー2級の研修を受講します。その後、その団体の事務局スタッフとして来るべき「老人介護社会到来」に向けての取り組みを行なう社団法人の協会の事務局スタッフを勤めました。

誠子さんが学んだ事は「高齢者の在宅生活を支えるには公的制度だけではどうしても足りない部分がある。それを支えるのは地域の力ではないか」ということでした。そんな想いから友人達と設立したのが「NPO法人 ケア・ハンズ」です。リーダー研修受講後の1995年のことでした。

地域の高齢者、障がい者、子育て等の家庭に出向き必要とされる援助を行う「ケア・ハンズ」。この活動を始めて5年目には「介護保険法」が制定されましたが、スタッフ一同の話し合いで、制度の枠に縛られずこれまで通りの支援を続けられる方法を選びました。その年にNPO法人格を取得し、市より「生活援助派遣事業」の委託を受けました。

望まれる介護をきちんと行うために必要なスタッフの研修も独自に行う誠子さん。ある日の研修を見学させたいただき、特にこの研修に力を入れていることが感じられました。                   

スタートして11年目をむかえる「ケア・ハンズ」はその歴史もさることながら、自分達のめざす介護のヴィジョンが実に明確です。それは“利用者が望む援助”を“制度の枠に縛られずに行う”ということ。こうした活動の積み重ねによって、他業種から参入した多くの介護保険事業者の中から業務閉鎖の例が聞こえる昨今、「ケア・ハンズ」の利用者はむしろ増えているということに揺るぎない信念と歴史を感じます。

社会参加を求めての始めの一歩から長い道のりを辿って来た誠子さんとその仲間達。多くのスタッフの女の底力に最近白一点のリタイア世代の男性が加わりました。これからも地域の求めに応じ「ケア・ハンズ」は軽やかに、喜んで出かけて行くことでしょう。 (矢口 峰子)

2006-12-20 11:46:14 この記事のURLセカンドリーグ!自立して生きる女のガイド

飲み水の源流域を見て!

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今年10月28日〜29日に行われた「全国源流シンポジウム」。開催地の小菅村はとっても要注目!大学と村とのコラボ(連携)が活発なんです。東京農業大学や東京学芸大学との。「多摩川源流大学」は小菅村と東京農業大学とが連携。「多摩川エコモーション」は学芸大学の活動の一環で小菅村と学芸大学ととが連携して「小菅分室」を持っている。少し詳しく説明しましょう。
多摩川源流大学・・・08年開校。自然体験、学習に単位認定。源流域の自然体験や文化学習などを通し、森林再生や地域活性化をはかる。

毎日新聞11月6日付け記事から紹介・・・・・・・・・・・・・・・・
「源流大学:廃校拠点に農林業、文化を学ぶ」(東京農大、山梨で開校)
多摩川源流域の山梨県小菅村の廃校を拠点に、源流域特有の自然や農林業、文化について学ぶ「源流大学」を東京農業大学(世田谷区)が開校した。面積の95%を森林が占める同村は過疎化も進み、産業の衰退が著しい。村も研究に全面協力し、地域再生に期待を込める。
文部科学省の「現代的教育ニーズ取り組み支援プログラム」の一環で、期間は3年。
カリキュラムは
・森林の保全や管理、適正利用。
・急峻で狭隘な厳しい自然条件下での循環型農業の再構築。
・源流ならではの自然景観や文化景観の再生。
・伝統芸能や祭り、民芸品などの源流文化体験。
の4コース。
当面は地域環境科学部の単位認定科目とする。
小菅村の森林は東京都が3分の1を管理しているが、残る私有林は担い手不足で荒廃が進んでおり、小菅村は01年から農大とともに森林再生に取り組んできた。
廣瀬文夫村長は「源流大学で食や文化についても研究してもらい、過疎化の進む村を活性化したい」と話している。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上毎日新聞記事より


学芸大学の「多摩川エコモーション」の小菅分室・・・「自然文化誌研究会」といって環境学習や自然と共存する生活文化の継承に取り組む。2004年4月から出発。上の写真は、10月9日に行われた「きのこ狩り」のイベントの夜のキャンプの光景。渓流沿いのキャンプ場。見上げた夜空のお月様がまた、よ〜くみえたんだわあ。

東京農大も学芸大学も入って小菅村は頼もしい助っ人に恵まれたと感じます。東京都民の飲み水の源である森を有する小菅村。もっともっと目が注がれていいのです。

源流シンポジウムの報告は「小菅村エコセラピー研究所」のホームページでも見られます。(山本豊美)

2006-12-10 19:13:46 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

地域とつながる、『人財』つくりのセカンドリーグ    パルシステムの新たな挑戦!

今週は注目記事に代わり、おすすめイベントのご案内です! 来る12月9日(土)、「地域とつながる、『人財』つくりのセカンドリーグパルシステムの新たな挑戦!」と題し、シンポジウムを開催します。

今回のシンポジウムでは、パルシステムが展開するセカンドリーグ活動を公開的に討論する場を設け、地域に貢献するパルシステムの取り組みについて考えていきます。コミュニティビジネスの第一人者である、堀池喜一郎氏にご講演いただきます。また、すでに実践者であるパネラーにもご登場いただき、「今なぜコミュニティビジネスか?」をテーマに、パネルディスカッションを予定しています。

セカンドリーグ・シンポジウム
日時:2006年12月9日(土)午後1時〜5時
会場:弘済会館
お問い合わせとお申込み:パルシステム連合会セカンドリーグ準備室
e-mail:machi-jigyou@pal.or.jp  電話:03-5976-6246

詳しくは以下の案内をご参照ください。コミュニティビジネスが頭の片隅に引っかかっている方、ご来場お待ちしております!

セカンドリーグ・シンポジウム詳細

2006-12-06 17:07:41 この記事のURL今週の注目記事


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