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活動のジャンル > 「福祉」 のブログ記事一覧

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続・虹の谷ダンス教室in山梨

5月22日に取材見学させていただいた「NPO法人虹の谷」の「ダンス教室」の続きです。
安田洋次君(仮名)は中学一年生。自閉症です。虹の谷のダンス教室に通ってくるようになったのは1年前。自分で踊ることは出来ないけれど「雰囲気だけでも味わわせてあげたい」とお母さんが連れてきました。
虹の谷スタッフの田中さんらが洋次君の背後に立って介助しながらダンスの輪に。
始めた頃は全く動かず、洋次君の手を上に上げたりする動作を介助したスタッフは洋次君の手の重さに、「ダンス教室のあとはぐったり疲れた」そうです。でもお母さんと洋次君は毎月第4火曜日、1時間のこのダンス教室に通い続けました。そして1年が経過し・・・。
最近、洋次君のお母さんが言いました。「洋次、すごく楽しいらしいです!」と。
知らない私などから見れば、表情の変化に乏しい洋次君の顔。でも毎日洋次君を見ているお母さんには、ダンス教室をすごく楽しんでいる洋次君の表情が見えるのです。

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洋次君(仮名)も踊りの輪の中に

田中さんも最近洋次君の手の重さがあまり感じられなくなってきたことに気づきました。洋次君の中に、自分で手を上げ下げしようという意思が出てきたのです。
お母さんが洋次君の変化に気づいたことの中でも一番大きな発見は「私の目を見て笑うようになった」ということです。それは「人とコンタクトが取れるようになった」ことを意味します。

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ペアで踊るダンスでは人と人の関係性が体得される。

22日に「虹の谷」の早川代表から伺った「ダンス教室」の目的、「自分をコントロールできる」「人と人との関係性を作る」のうち、洋次君の上に現れた変化は間違いなく「人との関係性を作る」ことだったのです。
一年で、12回、12時間で、こうした変化が現れるなんて!

田中さんは更に、「このダンス教室は、洋次君にとって『受け入れられている』と感じられる雰囲気があったことも、影響したのでしょう」と考察します。確かにダンスの最中、洋次君が突然奇声を上げても、誰もいやな顔をしません。子供たちは皆、踊ることに夢中だし、見守るお母さんたちもゆったりとした表情で座っています。

ダンスの指導をする野村慶子先生は、ご自身が片方の耳に聴覚障害がある、ということを明るい目をくりくりさせてごく当たり前のようにおっしゃいました。
先生の中に健常者に対するときと障がい者に対するときとの構えの違いはないのが感じられました。

6月3日、この日は虹の谷の「ファーム教室」を取材する予定でした。が、私の方に急用が出来、取材できませんでした。でも、その夜、ダンス教室で子供たちの介助をされていた田中さんからお話を伺うことが出来ました。

「ファーム教室」でも、障害を持った子供たちが周囲の人との関係性の中で成長していっていることがわかりました。そのお話は「のんびる8月号」に書きますので、ここでは割愛させていただきます。

田中さんは甲府市で活動している「若葉教室」の主催者でもあります。「若葉教室」にも障がいのある子供たちが通ってきて自己表現力や創造性を身につける訓練を受けます。またお母さんからの相談や心のケアもしています。「虹の谷」の組織体の中に含まれているのではありませんが、「若葉教室」に通っていた子が大きくなって「虹の谷」に通うようになったり、深いつながりを持っています。

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音楽療法で子供たちの自己コントロールを試みる田中さん。使う楽器は「ライヤー」。「子供たちにはピアノの音は強すぎるのです。ライヤーの響きが子供たちに浸透していきやすいと思います」と田中さん。

「虹の谷」を「ダンス教室」を皮切りに取材し始めて、「若葉教室」に出会ったり、障害のある子供たちの自立支援のネットが張られているのを知ったことはうれしい発見でした。「虹の谷」が今後更に活躍の場を広げていくことを期待しつつ、今回の報告といたします。(山本豊美)

2007-06-11 00:14:25 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

コムスン事件に思う

「訪問介護大手のコムスンが全国8カ所の介護事業所で、雇用していないホームヘルパーなどが実在しているように見せ介護事業所の指定を不正に受けていた問題で、厚生労働省が2007年6月6日、コムスンの介護施設の新規開設や更新を認めないように都道府県に通知した」ことがきっかけで、コムスンの実態、ひいては介護の世界がおかれている危うい実状が国民に知らされましたね。

このことをわざわざここに取り上げましたのは、この事件を断じたり、評したりするためではありません。
コムスンから表出した現実は、実際に家族を介護している一人として、また介護に関するブログを書く立場にいる一人として、とても身近な重要な問題と感じ、自分の考えを述べておきたいと思ったからです。

2007-06-09 16:27:11 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

虹の谷のダンス教室in山梨

以前新聞の社説で読んだのですが、現代日本では国中で、踊りが大流行だとか・・。多分社説を書いた人の周囲の女性たちが多く踊りに夢中なのを見て一言書いてみようかな・・・という気になったのでしょう。よさこいソーラン、ハワイアンダンス、ヒップポップダンス、社交ダンス、フォークダンス、日本舞踊等等、その社説には「踊り」の中に十派一からげにしてしまっていました。何かしらの踊りを習っている人の人口がこんなに多いのだということで。「日本人はこんなに踊り好きな国民だったのか!?」と今更ながら驚いている口調でした。
この社説の筆者は今、踊り(ダンス)をしていないのかな?・・・それは残念。実はかくいう私も、踊りを習っていないのです。でも、最近取材で見たダンス教室で、心底思ったのです。「ああ、ダンスっていいなあ。人は皆体のどこかに踊りたい要求をもっているんだなあ」と。

5月22日に山梨県甲府市にあるダンス教室の取材に行ってきました。NPO法人「虹の谷」が開催しているダンス教室です。集まってきたのは障がいのある子供たちとその保護者の方々。午後5時、ダンス教室に子供たちの元気な挨拶の声が響き渡っています。
甲府市内の閑静な住宅地の一角にあるダンス教室「遊舞苑」

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外観は普通のお家です。
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午後5時からのクラス小学生・中学生。この日は女子4名男子1名の参加がありました。

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まずは20分間体のストレッチから。十分体がほぐれたところで、テープの音楽に合わせてダンスが始まりました。

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テレビアニメのテーマソング、SMAPの「世界に一つだけの花」、「松ケンサンバ」、ワルツ、マンボの順で45分。

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子供たちの顔はすっかり上気しています。

NPO法人「虹の谷」代表の早川さんのお話・・・・・・
障がいを持った子供たちにダンスを教える狙いは、子供たちがここでフォービート、エイトビートなどいろいろなリズムを学び、スローテンポ、アップテンポなどの曲に合わせて踊れるようになることです。リズムに合わせて踊ることで、子供たちは自己コントロールを身につけることが出来ます。先生の振りを真似すること、踊りの輪の中の自分の立ち位置を学ぶことで、集団性とか協調性を学ぶことが出来ます。
ワルツではペアーを作って踊りますね。そこで相手との関係性を築くのです。子供たちとワルツを踊るのは、今のところお母さんが大半ですが本当はお年寄り世代が孫の世代と組んで踊る、なんて光景がいいですねえ・・・。

小学生のクラスの子供たちと入れ替わりに入ってきたの若者たち。午後6時から高校生・社会人のクラスが始まりました。
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ディスコのような激しい音楽に合わせて踊ります。ラテン名曲「カミニート」も最新の早いリズムでうたわれる歌で、先生の選曲センスが光ってます。「松ケンサンバ」「世界で一つだけの花」はここでも。みなこの歌が好きなんですね。

子供たちのダンスを指導するのは野村慶子先生。
野村先生は、12歳の時からダンスを習い始め、社交ダンス、タップダンスなどさまざまなジャンルのダンスを学んだダンサー。ボールルームダンサーとして競技大会に出場した経験も豊富。子供たちのミュージカルなどの振り付けも手がけるマルチなダンサーだ。6年前に山梨県富士吉田市にダンス教室を開き、そこに障がいを持った子供たちが通ってくるようになったのが始まりでここの教室を持つことになった。「来年私のダンス生活20周年なので、ここの教室の生徒さんたちも含めた生徒さん皆で楽しいダンスパーティーを開くことを計画中なんです」とにこやかに話されました。

2つの教室を通じて子供たちの表現力の多様さに驚きました。「虹の谷」では他に「絵画教室」「造形教室」「音楽教室」「ファーム教室」「クッキング教室」などを開催しています。障がいのある子供たちの創造性を支援し、自立を助ける活動をしばらく追って見たいと思います。次回の「ファーム教室」リポートをお楽しみに。(山本豊美)

2007-05-30 04:39:28 この記事のURL農業・地場産業の助っ人になろう!From山梨

介護の現場から<八千代町保健師の飯島絹枝さんがいく!>

茨城県結城郡八千代町の社会福祉課の保健師、飯島絹枝さんは、毎日、介護保険を受けていらっしゃる高齢者、認知症の方々とそのご家族に会って、それぞれの健康状態や症状を聞いたり、状態を見たり、相談を受けたりされています。その飯島さんに、介護に関する役に立つお話を伺ってきました。

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飯島さんはこの写真の通り、笑顔の素敵な若々しい方ですが、保健師として23年のキャリアを誇る頼れるベテランです。
実際、向かい合ってお話していると、何ともいえない安心感を覚えます。優しい眼差しとてきぱきとした口調に、的確な洞察性、深い包容力が滲んでいるからでしょう。(写真をクリックして下さい。画像が大きくなります)

2007-05-30 00:23:23 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

情報とうまくつきあう

今週は、介護する側の経験から発信した、のんびるリポーター佐々木和恵さんの「情報とうまくつきあう」を紹介しましょう。

介護の現場には、困難なことも多々あることでしょう。書かれているとおり、子育てと相通じるのかもしれません。介護する側の思い通りには毎日が進んでいきません。めげてしまうことの方がむしろ多いかもしれません。そんな毎日に「情報」は大きな助けとなります。時間をかけて蓄積され、情報は共有されます。

ノウハウ的な情報は、その蓄積によりハードルが少しずつ低くなっていくのだと思います。一方、情報に振り回され、返ってつらくなることもあると指摘されています。

家族の介護が我が身にかかってくると、親戚や隣人の目がどうしても気になるものです。けれども「心というのは、千人いれば千違う。当事者の千人の周りには千以上の違う人の心がついてくる。当然、バイブルのように言われる本でさえも、全員にあてはまるわけではありません」とあるように、自分流におおらかに構えることの大切さを再発見させてくれます。何より自らの経験を、こうして明解にユーモラスに語ってくれる人は、そうそういないかもしれません。

同じような経験で毎日が少しつらい気持ちでいる方が、一人でも多く、この佐々木さんのメッセージを受けとめ、ポジティブに楽しく過ごしていただければと願います。
                           [バックナンバーへ

2007-05-16 01:32:28 この記事のURL今週の注目記事

情報とうまくつきあう

ある雑誌に、「みんなにこれはいい介護の本だから参考にして、と薦められ、その本の通りにしているんだけどうまくいかない」という悩みの投書があったのを読んで、「うん、うん、そうだよね!」と思わず声に出してしまいました。
こういうことって、子育て中にもよくありますよね。
”夜泣きをする”、”すぐ癇癪をおこす”などなどに悩んでどうしたらいいかと子育ての本を読み、それに書いてある通りにしてみようと試みる。・・・でもその通りにはならなくて、かえって自分が悪いという気持ばっかりが膨らんでなお苦しんでしまう。

私は夫の介護をするようになって、一時期、おむつの取り替え方やベッドのシーツを病人が寝ていてもきれいに敷き替える方法などを学ぶ講習会によく出ました。おかげさまでラクラクとそれらが出来るようになりました。
また書物などを読んで、認知症の薬嫌いの夫に薬を飲ませるには、ゼリーにくるむと抵抗なく飲んでくれることや、入浴の際湯船から出る時に浮力を使って立つようにすることや、音楽はかってクラシックが好きだった場合でも、むしろ童謡のように歌えるものを選んで流すといいなどを覚えました。
本当に情報さまさまです。

でも、介護される側、する側の精神に関わることは、情報に振り回されるとかえって当事者を苦しめる結果になりますね。
心というのは、千人いれば千違う。当事者の千人の周りには千以上の違う人の心がついてくる。当然、バイブルのように言われる本でさえも、全員にあてはまるわけではありません。
一人の介護される人、一人の介護する私・・・を一番救うのは、知識やいいとされる万人の言葉にとらわれない、”普段の惰性でやっていること”、”いいかげんにやってきたこと”かもしれませんよ。
外から見て、”だらしなく見えたり”、”あんな介護をして”などの視線を感じても、自分流にやっていくのが介護される人にも幸せな場合もあるかも。少なくとも誰にもいいと言われる情報の通りにやろうとして、出来なくてイライラするよりはね。

でも、このことは前にも書いたことがありますが、本やテレビ番組を観たり講習を受けたり、人からの情報を受け入れて、いろいろな方法や事例を知っておくことはいいですね。
それらに振り回されるのではなく、頼りにするということです。
咄嗟の時に、”知っている量が多い”と、無意識にそれを引き出せますからね。
我が家の場合は、夫は最近、足がより弱くなってきましたから、常に怪我の危険性と隣り合わせ、という状態になってきています。それで私は、さまざまな事例を読んだり観たりして頭に叩き込んでいます。
知っておくと、目の前の事態を見て先を読み予防をすることが出来ますし、また事が起こった時も慌てず対処ができます。

それでも、認知症という症状は危険がいっぱいですね。
この前、スーパーのエレベーターを待っていて、人が多かったので次を待ちましょうと言ったのに、夫は閉まりかけた扉に頭をつっこんでしまったのです。私は勿論、中のお客さんもびっくりして悲鳴をあげた人がいたほどでした。扉は夫の首にさわると開いたのでどうということはなかったんですけど、こんな事例は私の情報リストになかったのでほんとびっくりしました。(笑)

(佐々木和恵)

2007-05-07 08:13:55 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

リンク集<教育の現場・地域・団体>

■学校関係
+壬生高校の福祉活動
http://www.mibu-h.ed.jp/html/welfare.html

+綾部市立東綾中学校
地域社会と結びついた福祉体験活動
http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/houshi/jirei/03062401/007/008.pdf#search='%E7%A6%8F%E7%A5%89%E6%B4%BB%E5%8B%95'

+瑞穂市立南小学校
http://www.mirai.ne.jp/~sunan/

■地域
+東海村社会福祉協議会
http://www.t-shakyo.or.jp/plan.htm

+茨城県児童館連絡協議会
http://www.kodomonosiro.jp/04jidou/kenji.htm

+茨城県高齢者保健福祉計画
http://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/hoken/kofuku/chyouju/plan21/sinkeikaku.htm

+高齢者福祉活動寄金(新宿区)
http://www.city.shinjuku.tokyo.jp/division/340900kenko/kikin.htm

■団体
+生協 とちぎコープ福祉活動
http://www.tochigi-coop.or.jp/ever/katudou/index.htm

+カリタスジャパン社会福祉活動ネットワーク
http://www.caritas.jp/socialnet/index.html

2007-05-07 06:59:15 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

獣医先生の願い<動物にも命があるんだよ。それを感じてもらいたい>

茨城県結城市の『ゆうき動物病院』の安藤先生は、小学校のうさぎやモルモットたち、動物の病気を治す先生です。「うさぎが元気がないんです。」「モルモットが何も食べない。」などの連絡があると、急いで学校に行って診察をし治療をします。
でも、安藤先生の仕事はそれだけではありません。「学校の生徒たちに、生き物の飼い方の指導をし、動物にも命があることを伝える。」という大事な仕事があるのです。


どう教えていくか難しい
茨城県では、学校の生き物の健康を管理する『学校獣医制度』があって、各小学校には、獣医師がついて、学校の生き物の健康を守ったり、生徒に飼い方の指導をしています。そうすることを通して、こどもの心に、優しさや親切心、自分より弱い立場のもの、力のないものをいたわる気持が、自然に育まれることを願うのです。
安藤先生はそうした獣医先生の一人なのです。
「私は、まず動物にも命があるんだよ、ということを、生徒にわかってほしい。それを感じることから、命そのものもみんなも大事にしていくことになっていくと思うんです。」と安藤先生はまず言われました。
「動物にも命がある、命は大切にしようということは、言葉で言うのは簡単に言えますが、実際にわかるように伝えるのは難しいのでは?」と訊きますと、「そうなんですよ。」と、安藤先生は大きく頷きました。
「でも、いい方法があるんですよ。」とにっこりと続けました。
「私が担当している小学校はうさぎやモルモットを飼っているのですが、その動物を、生徒たちに抱かせるのです。そうすると、うさぎもモルモットも体温があって温かい。心臓がとくとくとくとく動いているでしょ。・・・生徒は、それを感じると、『あ』としばらくそのまま黙っている。・・・もうこの瞬間、この温かさ、心臓の鼓動は、自分と同じ命なんだ、ということがわかったんですね。わかったら、その生き物を大事に思う。命を大事に思うんです。」
この時の安藤先生の顔は、本当に嬉しそうでした。

でも、問題もある
それは、鳥インフルエンザ等の病気のことです。動物から人に感染する病気のことが新聞やテレビで報道されると、保護者から、「こどもに生き物の世話はさせないでほしい。」という要望が出るのです。
「お父さんやお母さんの心配はもっともなのですが、実際は、本当に感染する病気はそんなにないのです。また、噛まれないようにする、排泄物を素手でさわらないなど、正しく世話をすればまず心配はない。かえって過度に警戒して、徹底的に生き物を嫌うことを植えつける方が、人格形成の上でよくない影響を与えると思うんですよ。生き物の習性を知り、この生き物にはどう接したらいいか、こういうことはしてはいけないなどを学んで、生き物とは親近感を持つ接し方をしていった方がいいと思います。アレルギーの生徒は動物にさわらせない、そばに寄らせないようにしますが、生き物が悪いと意味づけるようにはしませんね。命を大切にするということは、自分を大切にすることに繋がり、それはそのまま他者を大切にすることですからね。いつでも、自分より小さな、あるいは弱い生き物を守る気持を感じていたいですね。」

悩みもあります
安藤先生の悩みは、「学校の先生が、前述の考えを理解してくれなくて、動物の世話もいいかげんに済ましてそれでいいと思っている人がいる。かと思うと、先生がつきっきりで、生徒がさわろうとすると、汚いとか危ないとか言って物のように扱ってしまうこともある。」ことと、「文部省は、動物の命を大事にする、という通達をしてくるのに、治療費などの補助の予算をとってくれない。命のあるものは病気や怪我をすることもあるのですから、大事にする教育を考えているなら、治療費等を考えた予算をとるのは当然でしょう。」ということだそうです。
「こんな風に土台があやふやで、愛情持った正しい管理が行き渡らないから、うさぎは増え放題だったり、病気で次々死に、死んだうさぎがそのまま放置してある、ということもあるんですよ。生き物にも生徒にもこんな状態はいいわけないでしょう。」
穏やかな安藤先生がちょっと強い口調になりました。

ほのぼのと嬉しい
「動物とこどもとの関わりは、大人の考えや思惑などがありますから、動物にさわってみたくてもさわれなくて、結局、動物の体温や鼓動を体感できないまま過ぎてしまうこどももいるわけですが、病気が治ったうさぎがまた元気に小屋の中を歩いているのを見て、ぱあっと顔が輝きます。そういう様子を見ると、「こどもは本来は動物、生き物を受けいれるんだな、好きなんだな、と感じるんですね。この喜びは、ほのぼのといつまでも続くんですよ。」と安藤先生は幸せそうな顔になりました。

2007-04-23 04:12:40 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

寄せられたコメント集 20007年4月〜

カラスの女房さんより 2007/04/23(獣医先生の願い<動物にも命があるんだよ。それを感じてもらいたい>)
安藤先生の写真いいですね。とても素敵な男性ですね。なんだか物語「ドリトル先生」を思い出します。安藤先生は動物の言葉を聞き分けられそう。私の小学生の頃、よく校舎の屋根のひさしにツバメが巣をつくりました。巣の中にいたツバメの雛が巣から落ちたりすることもありました。そうしたとき、一番夢中になってその雛を手でさすったり、巣に戻してあげようとしたのは、普段先生に一番注意される回数の多いガキ大将の男の子でした。動物に接する仕方で、その人の(その子の)隠されていたやさしさがわかりますよね。


しましまさんより2007/4/20(メール)(介護の現場から<退職後、ヘルパーの道に>)
『母の従弟夫婦2組は80歳代でも元気なのですが、子どもたちにこれ以上負担をかけたくないと、ホーム入所を自ら申し込んだと聞きました。一組(妻の鬱症状重く夫が介護中)は息子が勤務医している所の施設に入所申し込みをしたということです。のんびるの記事を拝読すると尽力されている方々の存在に自身を問わなければならないことばかりですがとても力づけられます。』

いでさんより2007/4/19(介護の現場から<退職後、ヘルパーの道に>)
おー、中村さんだ。
あれこれ思うと押しつぶされそうな現場で素晴らしいセカンドワークですよね。頑固なのに肩に力が入って無いようで。

学生時代の友人が認知症になったお父さんをみています。財閥の娘ながら家庭環境が複雑で(小説のような)実母とは3歳の時に別れ、以来、父、祖母、叔母と暮らしてきた人です。誇り高き祖母の死後、彼女は結婚し、継母が腹違いの弟妹を連れて再婚。今はその弟が財産を継ぎ、社長です。彼女が成城の瀟洒な家で棟続きの家に居る父親を継母とみています。前置きが長くなりましたが、朝食後、直ぐに「お腹が空いた」という父親に彼女は「もうすぐお昼だからね」となだめるそうです。これは“あしらう”のと違うと思いました。学生時代、華やかな風貌で男女の羨望の的だった彼女が落ち着いた大人の姿に私は圧倒されました。

ちいととさんより2007/4/8(笈川小百合さんの絵<野の星 天の花>)
「笈川さんの絵と詩に慰められる人はいるはず。何とかしてこの本の存在を知ってほしい」と、私はずっと思っていました。
(略)
子どもや家族を失って悲しみの中にある方々は、日本だけでなく外国にもいらっしゃると思いますし、そうでなくても笈川さんの絵のやさしさや、あたたかさは人を癒すものをもっていると思います。

カラスの女房さんより

ところで、三好春樹さんてそんなに人を変える力のある方なのですか!?・・・やっぱり。

福祉関係に従事している私たちの仲間にも三好春樹さんのお話を聞いた事のある人が何人かいて、口をそろえて「三好春樹さんの話には感動するよォ!」と言います。
笑いをいっぱいちりばめたお話をするのですってね!

昔ヘルパー2級資格取得講座を受けたとき、一人だけ、女性の方で、篠原先生という、まるで落語を話しているような面白い話をされた講師がいました。
講座の終了式で、受講生一人一人が、「講座を受けての感想を述べよ!」と言われた折、述べられた感想のほとんどが「篠原先生の講座は面白かった」「現場に出ても篠原先生のことを忘れないで頑張りたい」でした。他の先生の名前が受講生の口からのぼることはありませんでした。
かくも、笑いは人の心に親近感や思い出を残すもの、元気を呼び起こすものなのですね。
三好春樹さんが売れっ子なのも、裏を返せば、今までの福祉専門家がつまらない、人間性乏しい人ばかりだったということです。
三好春樹さんや私たちの篠原先生に続くような福祉世界のお笑い芸人をどんどん世に送り出して行きたいです。あ、別に私は福祉芸能関係のプロダクションやっているんじゃないんですけどね。へへ。

2007-04-22 07:22:05 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

介護の現場から<退職後、ヘルパーの道に>

セカンドリーグをヘルパーとして生きる選択をした中村さんの本音は、率直で簡潔に語られ、その篤実で硬派なお人柄とともに魅力的でかつ楽しいものでした。

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いやぁ、えらい道に来てしまったな、と
中村さんは、ある会社の重要なポスト(ビルなどを造る技術者)でばりばり仕事に打ち込む、企業戦士と称される一人でした。
「仕事はがんがんやってましたが、決して順調ばかりではなく、ま、山もあれば谷もある、という中を生き抜いて定年が来たわけですが、その後、なんかやった方がいいな、と。それで福祉の専門学校に通って、一級の介護士の資格をとったんですが、深く考えずにそうしたんですよ。」と中村さんはおかしそうに言います。
「それである介護施設に最初は送迎車の運転手として入ったんですよ。そのうちヘルパーもやるようになり、一年半近く経ったところですかね。・・・いやぁ、えらい道に来てしまったな・・・と。」と続けました。

えらいことと言うのは・・・
「うーん、何といいますかね、施設には高齢者や認知症の人が来られるわけでしょ。その人たちに、敬意の気持や親身に思うものは当然あるのですが、人によったら、話しのやりとりもうまく合わなくなっていることもあるわけですから、結果的に、接し方が『接する』というより、『あしらう』という感じになってしまうことがあるんですよ。
例えば、施設に来ると同時に、『家に帰る』と言い出して、どんなに何時になったら帰りますからね、と言っても、十五分おきくらいに、『もう帰る』と繰り返す人がいるのですが、ぼくは、そのたびにまじめに、『何時になったら帰れますよ。』と対応しようとするんです。けど、その対応では、その人を落ち着かせるようにはならないことがある。かえって不安感を起こさせると感じることがあるんです。そんな時、言いくるめるようにしたり、ごまかしたりした方が、その人が落ち着くんですね。・・・落ち着いたからそれでいいかというと、自分の気持はそうではないんですね。人をあしらったやり方をしてしまったな、こうしていいのかな、と反省とも悩みともつかない思いがわく。・・・こういうことをひとつとっても、介護をするというのは難しいしわからない。えらいところに来てしまった、と思っちゃうわけですよ。」

つらいことは
「一生懸命、言葉にして話してもらったことが何言ってるかわからなくて、充分応えてあげられないことがあることですね。」と中村さんは表情を曇らせました。
高齢者の人も認知症の人も、うっかりすると怪我につながることがあるので目が放せず、抱きかかえるなどのこともあります。そうした気苦労や身体的な重労働はつらいとは感じない、といいます。その人の訴えたいことを、わからないからいい加減にしていると、見る間にその人は無表情に頑なな沈黙の人になってしまうのだそうです。
「そうさせてしまうのは我々ですからね。何度も繰り返すというのは不安感がそうさせるということもあるから、それをこっちがわからなかったり、察してあげられなかったというのは、本当につらいですね。」
中村さんはこうも言います。
「午前中は機嫌が悪くてすぐ怒ったり、暴力がでそうになる人がいる。午後は落ち着くんですが。・・・単純に眠いこともあるだろうが、そうではなく、何かを訴えていると感じるんですよ。」

嬉しく感じることは
「辛いの反対ですね。誰かの感情や言葉を受け止めようとして、それがぴったりあい、その人が嬉しそうな表情になっているのを見ると、本当に嬉しい。」

退職後のヘルパーの活動は
「50代、60代まで会社勤務をしてきた人は、それだけの経験を積んでいるから、高齢者や認知症の人をお世話するのはいいと思いますね。若い人には若い人のよさはあるけれど、セカンドリーグを迎えた人のキャリア、体験は、人を落ち着かせる強さ、優しさに通ずるものがあると思うんですよ。」と中村さんは明言しました。
知識の豊富さひとつとっても、高齢者、認知症の人の人生に響くものがあるはず。そういう有形無形のものを介護の道で役立てて欲しいというのです。
「心がけることは、これは自分に言い聞かせて、悩みながらも頑張っていることだけど、基本はやっぱり、いつも敬意をもって、真面目な態度で、高齢者、認知症の人に向き合う、ということですね。結果的に言いくるめたり、あしらったりする対応になったとしても、敬意と誠意を忘れなければ、単なるあしらいにはならないはず。」と中村さんは真剣な表情でこう締めました。

中村夫人は夫の転進をこう見る
私としましては、最初介護の仕事を夫がしている事に違和感がありました。
技術者としてビルなどを作る男に惚れていた部分があります。
個人としては自分の夫がする事に抵抗もありましたが、福祉の視点から社会を見る時、中村の様に長い事しっかり社会の先端で仕事をしてそれを全うして来た人間が、福祉の世界に入れば何か変える事が出来るのではないかと思いました。

2007-04-19 02:32:04 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

エンディングノートのススメ

■エンディングノートとは
 自分の身辺整理のため、また介護が必要になった時のため自分の希望を記しておくためのノート。
 急に脳梗塞などで倒れたら自分の意思は伝えられにくいので、健康なうちにそれらを書き留めておくようにすると、家族も本人の意思が理解できる。

 これを書くということは、今までの自分の生きてきた足跡を見つめ直し、これからどのように生きるか、を見つめる作業でもある。
 【例】 自分の生きてきた足跡(自分史)、家族へのメッセージ、介護が必要になった時の希望、終末医療の希望(延命治療など)、葬儀や埋葬方法の希望、資産状況の明記、友人関係など

  最近は書店やインターネットでも販売されている。決まった書式はない。(ノートに書きとめておくだけでも良い。)
 1冊1,000〜3,000円ほど。出版元により内容はさまざまなので好みのものを選ぶと良い。

エンディングノートを知ったのは、成年後見制度の普及活動をしているNPO法人「シニアメイトサービス」を取材した時です。
「成年後見を結ぶ時に役立つので皆さんにお薦めしています」とシニアメイトサービス代表の藤崎さんは話してくださいました。

この1月、私と同年輩の友人が突然に亡くなりました。本当に突然でした。子どもさんは独立し、ご主人との2人暮らし。突然奥様を亡くし、ご主人様はさぞ大変だったろうと思います。
その時思い浮かんだのがこのエンディングノートです。介護が必要になった時ばかりではなく、こういう場合のためにも何がしかのメモは残しておくべきだとつくづく思いました。

‘これを書くということは、今までの自分の生きてきた足跡を見つめ直し、これからどのように生きるかを見つめる作業でもある’とあります。
ちょっと立ち止まり、自らの人生に思いを馳せてみてはいかがでしょう。

エンディングノートには決まった書式はありません。自分が必要と思ったことを書き込んでかまわないのです。
下記のサイトはエンディングノートについての記事です。また実物の一例もありますのでどうぞご覧ください。 

「隠れたベストセラー、エンディングノート」
(日本マーケティング協会「マーケティングホライズン 
2005年7月号」より)


※エンディングノートの一例
 http://www.jfaa.org/04/04-ind.htm

2007-04-09 22:41:13 この記事のURLまちぐるみで子育てを応援

リンク集<アットランダムに個人ブログ>

福祉・介護に関する個人サイト・ブログのリンク集です。「参考になるなぁ」「元気をもらった」「楽しい!」「思わず笑ったヨ」「身につまされる・・・」などなどなどいろいろなサイトやブログを紹介していきます。

■要介護5の母と暮らす
http://ameblo.jp/kenta126/
要介護2→脳梗塞の再発で要介護5になった母。介護する私と母の愛猫トラとの日々を綴ります。日本の医療、介護制度にも言いたいこといっぱい!

■ホームヘルパー奮闘日記
http://blog.so-net.ne.jp/home_helper/
訪問介護員の日常&趣味(オタク)&愚痴のBLOG

■介護職のサイト「けあとも」 
http://www.caretomo.com/
介護の現場で働く方、過去に働かれていた方を対象としたホームページです。介護現場ならではの悩み・相談・知識・情報などを、同じ介護の現場で働く方と共有していただくことが目的です。

■HelperTown Blog 
http://www.helpertown.net/mt/
介護福祉のブログを結ぶネットワーク。福祉の今を遠慮なく語るほろ酔い介護福祉論

■若年性アルツハイマー 介護日記
http://suriburi.blog37.fc2.com/
若年性アルツハイマーになった妻の介護日記 妻は53歳。 9年前にパニック障害その後鬱病になり今は若年性アルツハイマーに

■車いす、フルスロットル
http://blog.livedoor.jp/shibakio/
頚髄損傷者の日常、詩や現代川柳、エッセイ 車椅子生活で感じたことや昔のエピソード

■在宅介護の日記
http://blog.goo.ne.jp/ko-bako1/
母は81歳。 74歳で脳内出血で倒れて右半身麻痺になりました。介護生活7年目の日常です。

■法人事務局長のブログ
http://blog.livedoor.jp/kyf2/
福岡県で知的障害者&高齢者の施設を運営。 職場での出来事や感じたこと、福祉情報などを徒然なるままに書いています。

■イカス!極楽介助天国!
http://blog.goo.ne.jp/zerry35/
オットと脳幹出血後遺症のハハとの日常。 イカス!極楽介助人を目指して日々精進。いや、なかなか・・・。

■ジージのKAIGO
http://blog.goo.ne.jp/momiji1021/
要介護5のジージの在宅介護記録。 ジージは2006.12.5に亡くなりました。今、介護をもっともっと考えます。

■ぱんだママの魔法と感動の子育て
http://plaza.rakuten.co.jp/panda7/
日本初車イスのおもちゃ作成&Bコンサート 色んなことに前向きに取り組むパンダ親子。楽しく生きる魔法伝授(*´ー`*)

■福祉屋 あおいのブログ
http://team2003.blog12.fc2.com/
自閉症支援リストバンド限定発売中。 支援が必要な方の側でがんばる「あなた」を応援します。

■お局のブログ
http://plaza.rakuten.co.jp/diverninarou/
仕事に恋にと悩み多きお局です。 お気に入りの白衣からジャージへの変換中。そして・・・恋愛ごっこから。。。

■このまま負けるかぁ!ババジジ奮闘応援記
http://old-age.net/aged/
団塊世代が大量に世に放たれ自由を手にした 自由な生きがいを求めて、ジジババの立場から取り巻く環境を真剣に真正面から捉える。

■たみぞう的日常
http://tamizoism.blog.shinobi.jp/
認知症[要介護度4]の祖母の介護を中心に、日々の出来事をのらりくらりと。

■miya blog
http://blog.so-net.ne.jp/miyata/
突然妻の介護生活を始めなくてはならなくなった中年親父の日々徒然です。

■さわらび通信
http://blog.so-net.ne.jp/sawarabi/
妻の介護をしながら働くサラリーマンの奮闘記&日々の出来事などをつづる通信。食にも興味あり。

■桜丘 * Cafe
http://plaza.rakuten.co.jp/chiikihukusi/
何気なくさり気なく淡々と、お母様をお見舞いされた日のことが描かれている介護日記。

(佐々木和恵)

2007-04-07 22:49:59 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

CSA農業〜フェアなトレード

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〜安全な食物は金持ちの口だけに入る?〜
質の良いものが、お金のある人にしか手に入らないのは、農産物に限ったことではないのですが、農産物の場合は人の健康に関わることですから、食物の安全にお金を使えるかどうかではなく、誰でも安全な食物を取り入れたいですよね。
特に農産物の場合、農家の方にとっても、質の良い農産物を作っても、価格の面で競争に勝てないため、一般的には、労力とは割に合わない、アンフェアなトレードで我慢を余儀なくされています。

農作業に参加しながら質の良い野菜を手にいれるというフェアなトレードをめざすリアルCSAシステムにおいても、実際に農作業に参加できるのは、働かなくてもよい方、経済的に余裕のある方だけ。フルタイムで働いている方には無理、ということになりかねません。それは、「安全な食物は金持ちの口にだけはいるの?」と言われることと矛盾しなくなってしまいます。でもそれは、ちょっと違います。

アメリカ、カリフォルニア州のCSAの場合、この問題に関しては、会員の方が何かの都合で引き取れない野菜があると、教会(たぶんキリスト教)を通して、ホームレスの人々に回わされたり、経済的に貧しい地域の人々へ配られるといったシステムになっているとのことです。(1月の国際地産地消会議でのアメリカCSA協会会長のお話から)
また、CSA会議では、有機が金持ちのだけのものという意識を変えるために、CSAを広めようという考え方があり、収入の低い人には安く売り、お金のない人には作業をしてもらって対価として農産物を与えるという方法を広めているとのことです。(カリフォルニア州でCSAを学んで来られた人のお話から)

2007-03-27 12:26:59 この記事のURL身近な国際協力に参加しよう

楽しみをもつ

「認知症の予防」についていくつか書物を読んでみますと、「認知症を引き起こす脳血管性の病気の原因となりやすい、高血圧、肥満、糖尿病などの生活習慣病に気をつける」「楽しいと思うことを続ける」の二つが要点になっていますね。
ということは、認知症になってしまった者にとっても、この二点は、症状を悪化させないために必要なこと、と言えるかもしれません。
そこで認知症の夫を介護している私は、特に、夫が「楽しいと感じることを持つ」ことを大事にしています。


反応なし
この「楽しいと感じること」は、健康な時ならそれぞれが日々の生活の中で、スポーツ、映画鑑賞、美味しいものを食べに行くなどなど特に意識しなくても自然に身についているものですが、認知症という病気になると、そうしたことへの関心がなくなってしまうのです。
夫の場合、以前は、図書館に通って本を読むことや、自宅でクラシック音楽を聴くことや、パソコンで将棋や囲碁をやるなどが楽しいことでしたが、認知症になって、そうしたことをするのが億劫そうになり、やがて全く関心をもたなくなってしまったのです。

きっかけはソフトクリーム
「このままではいけない。何か楽しみをもたなくては・・・。」
書物を読むまでもなく、私はこう思ったのです。
最初は、あれこれ夫の好きな傾向の娯楽の本(歴史小説など)をすすめたり、観光スポットを回ったり、一日中モーツアルトを流していたりしましたが、本人は無反応でした。
そうしたある日、スーパーマーケットに買い物に行った折、歩きつかれた夫がロビーのベンチに座って動かないので、仕方なくソフトクリームを買ってきて、「私はもう少し買い物があるので、終わるまでここでアイスを食べながら待っていて。」と言ったのです。すると夫は、とても嬉しそうにしたんですね。それ以来、スーパーに行くとアイスクリームを食べる、ということが夫の楽しみになったのです。
私は、こうしたささやかな楽しみでいいのだ、と思いました。そして、こんな小さな楽しみを折につけ見つけていこうと心がけるようになりました。

いい湯だな
現在の夫の一番の楽しみは「朝風呂」です。
夫は夜尿がひどく、夜間にトイレに誘導して排尿しても、朝に必ずもらしてしまいます。それで起床した時、お湯でぬらしたタオルで清拭していたのですが、ある時、起きたらそのまま入浴にしたらなんともいえずゆったりとした様子になりました。以後、朝風呂が夫の一番の楽しみの時間となったのです。

2007-03-26 01:20:42 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

紙芝居 「わたしのお兄さん」井出裕子作・絵

「わたしのお兄さん」は、紙芝居作家であり実演者でもある井出裕子さんが、障がいのあったお兄さんとの思い出を描いた紙芝居です。

わたしのおにいさん 脚本・絵 井出裕子

1
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ここに私が赤ん坊の頃、今から50年以上前の
古い写真があります。

私には4歳年上のお兄さんが居ました。
何枚かある、お兄さんと一緒に写った写真を見てみましょう。


2
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これは私とお兄さんが一緒に写っている最初の写真です。

近所のおじさんが映してくれたました。
そっくりかえっていてるのが私、
嬉しそうにしてるのが私のお兄さんです。

何故、ズボンを二枚はいているのか、というと
お兄さんは足が不自由で直ぐ転ぶからです。
ころぶとすぐどろんこになるから、
お母さんが
汚れてもいいのを上から履かせてたのです。

言葉も不自由でした。何度も覚えさせられ、自分の名前を
お兄さん「ががしまかじと(ナガシマカズト) 」
住所を
お兄さん「きたくたばたろぴゃあよんじーさんばんち(北区田端643番地)」と言えました。
でも、本当に迷子になったときは
泣いてばかりで役に立たなかったそうです。


3
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ご飯の時も良くむせました。
お兄さん「はっくしょーん」
ひろこ「あーきたないなあ。
    唾がとんじゃってこっちにきたじゃない。」


お兄さん「鼻出た、鼻出た」
お母さんが鼻紙で鼻を押さえてあげるとちーんとかみます。
一人で歩けない、鼻もかめない、
うんちしてもお尻の拭けない
何にも一人で出来ないお兄さんに
私はいつも威張っていました。
そしてみんなが「ボク」と呼ぶので
私も「ボク」と呼んでいました。


4
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だからある時、お母さんから
お母さん「ひろこはボクの妹なんだよ。」って言われたとき

ひろこ「裏のおばちゃんが
    『何でも出来てひろちゃんのほうが
    ボクよりお姉ちゃんだ』
     って言ったもの。」  
    「えーん、えーん」(大声で)
お兄さんは自分がお兄さんだと言われて凄く嬉しそうでした。
それ以来、私が我が儘を言うと
お兄さん「ひろちゃん、駄目よ。
     ひろちゃん、マママ」
と兄貴風を吹かせました。、
マママとは我が儘と言っているつもりです。


5
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これは私が幼稚園に入ったとき
友だちのお父さんに写して貰った写真です。
バラの垣根の前で
お兄さんも一緒に笑っています。
実は7歳になっても
お兄さんはどこの学校へも入れてもらえませんでした。
そのころは自分のことが一人でできない子は
養護学校も入れませんでした。
2年遅れて少しだけ小学校へ行きましたが、
みんなに付いていけないので、すぐ止めてしまいました。


6
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お兄さん「ぼくおおちえんに行ったよ。」
ひろこ「へー行ってませんね。」

お兄さん「ひろちゃん、べんきょうしなさい。」
ひろこ「うるさいなーもうやったもん。」

私が学校へ行くようになるとお兄さんはいつも留守番でした。
ささいなことでけんかを良くしました。
口げんかで勝てないと手が出ました。
手当たり次第に物を投げたとき
何かがガツンとお兄さんの頭にぶつかりました。
お兄さん「痛いよー、ひろちゃんやったのー」
   「お父ちゃん、帰ってきたら言いつける。」
ひろこ「ふーんだ、平気だもん。」


7
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夜帰ってきたお父さんが
お兄さんの頭を調べると切れて血が出ていました。
お父さん「見なさい、こんなに切れてるじゃないか!」
    「お母さん、赤ちん出して、
     全くなにしてたんだ。」

お兄さん「ひろちゃん悪いの。お父ちゃん、かんかんして!」
怒られたと事より
大変なことをしてしまって恐ろしくて私は泣きました。
ひろこ「ごめんなさーい。もうしません。」


お兄さんは一四歳の時、知り合い人の薦めで
保谷市にある小さな施設に入りました。


8
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あるとしの夏休みにお父さんとお兄さんと電車に乗って
千葉の海へ遊びに行きました。
お兄さん「こんちゃん、こんちゃん」
電車の中にメガネをかけた男の人を指さして言います。
次は
サングラスをかけた人を見つけ、大きな声で
お兄さん「いっこうかめん」と指を指します。
お兄さんはテレビの『月光仮面』や『とんま天狗』が好きでした。
ひろこ「あーやだやだ、はずかしい。」
そう言いながらも、お兄さんと出かけるとき
人にじろじろ見られるのはなれっこで
それほど恥ずかしくはありませんした。


9
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海では体が自由になるのかお兄さんは大喜び。
お父さんが浮き輪に風呂敷をくくりつけそこにお兄さんを乗せて
放り出して遊びました。
お兄さん「おとうちゃん、もっとやって、もっとやって!」
私に水をかけられても
お兄さん「おべたいよ(冷たい)」と
おおよろこびでした。


10
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ところが海で体が冷えたのか
帰りの電車ではお腹がゆるくなってしまいました。
行きはあんなに嬉しそうにしていたのに
帰りの電車にはつらそうでした。
ウンチが漏れて臭くなったのには困りました。
何度か途中の駅のトイレにに寄りました。

ひろこ「あーあ、ボクのせいで恥ずかしいよ。」
お父さん「そんなことを言うんじゃない。」

そのうちお父さんが免許を取って小さな車を買ったので
そのとき以来、お兄さんと電車に乗ったことは有りません。


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私が結婚して子供が産まれるとお兄さんも叔父さんに成りました。
子供達は「ボクおじさん」と呼びました。 
その後、大好きなお父ちゃんが病気で死んでしまいました。
  
私たちはずっと離れて暮らしていましたが
お兄さんが 四三歳の時、
私の家のすぐ近くに出来た療護園に入れることになりました。

お母さんも毎週面会に行けるようになりました。 
私は初めて安心しました。

園の運動会の日に家族で面会に行きました。
あんぱんが大好きなお兄さんはパン食い競争で頑張りました。
みんな「かずとー、手をつかっちゃ、反則だぞ」
お兄さん「うーん、うーん」 


12
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その日、私の家族と一緒に撮した写真です。
お兄さんと一緒に写っている写真はこれが最後です。
有る冬に、インフルエンザの高熱が元で
激しいけいれんを起こし、緊急入院しました。
それから三年間の病院のベッドで寝たままで
お兄さんは五四歳で死んでしまいました。

今は大好きなお父さんと一緒に
遠い空から私たちを見守ってくれています。
お兄さん「ひろちゃん、マママ、ダメよ。」
「ひろちゃん、勉強しなさい。」

終わり

2007-03-19 04:25:40 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

認知症<人間とロバとイヌとサル>

グリム童話の『寿命(じゅみょう)』という話をご存知でしょうか?のんびるリポーター佐々木和恵さんがこの話題を取り上げています。なかなか興味深い話ですので、今週はこの「認知症<人間とロバとイヌとサル>」をご紹介しましょう。

さまざまな解釈があると思いますが、なるほど’ロバ’の時代は確かに働くことに最も力が入る時期ですし、’イヌ’の時代は管理職になったり、こどもが成長してほっと一息するものの、何かと責任がついてまわるというような気がします。

佐々木さんは「グリムの寓話を超えた人生を、私たち自身で築いていくことができるに違いありません」と結んでいらっしゃいます。また、神様にいただいたそれぞれの寿命は、人生において断片的にくっついているのではなく、有機的につながっているのかなと感じました。だからこそ、’サル’の時期に「人を笑わせる」ことで費やすこともできるのではないでしょうか。

年を重ねることは決して「怖い」ことではないのですね。それぞれの役割に応じて自分らしく生きることが大切なんだ!、と佐々木さんの記事を通じて先人に学ぶことしきりでした。
                           [バックナンバーへ

2007-03-14 23:45:19 この記事のURL今週の注目記事

認知症<人間とロバとイヌとサル>

日本医学館発行、一宮洋介著の”高齢者のからだと病気シリーズ『認知症(痴呆)』”に、人間の痴呆を表わした例えをグリム童話の”寿命”をもって述べてあり、その皮相的な観点が面白いのでご紹介します。
<アイコンはホームページビルダーの中から拝借しました。>

グリム童話『寿命』
それは神様が動物たちの寿命を決めたときの話です。
人間、ロバ、イヌ、サルの寿命をそれぞれ三十年と神様が決めたとき、まずロバが、「神様、私は三十年間も重い荷物を運ぶ生活はしたくありません。寿命を短くしてください。」とお願いしました。
そこで神様は、ロバの寿命を十八年短くしました。
b_roba.gif

つぎにイヌが、「神様、私はワンワン吠えながらヒツジを追い、野山を走り回る暮らしを三十年間もつづけることは耐えられません。もっと短くしてください。」とお願いして、寿命を十二年短くしてもらいました。
b_inu.gif

今度はサルがやって来て、「神様、私は三十年間もキャッキャとみんなを笑わせる生活は耐えられません。寿命を短くしてください。」とお願いして、十年短くしてもらいました。
b_saru.gif

ところで人間は、「神様、私は三十年では足りません。寿命を延ばしてください。」とお願いしました。
そこで神様は、ロバの十八年、イヌの十二年、サルの十年を人間にくださいました。結局、人間はもともとの三十年に四十年を加えて七十年の寿命を得ることになりました。
b_hito.gif

2007-03-11 14:06:41 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

手話通訳・・少子化対策の国際シンポジューム

Panelers.jpg

3月5日〜7日に内閣府主催の「少子化対策を考える国際シンポジューム」が国連大学(青山)で行われました。
1970年代には出生率が落ち込んだスエーデン、フランスがその後少子化対策に成功し、現在、日本の1.26に対し、フランス1.89, スエーデン2.05です。この二国の経験を通して日本の少子化にどのように対応すべきかを考えるシンポジュームでした。海外招聘者は、フランス、スエーデンの中央政府課長〜局長級実務担当者4人で、非常に英語に堪能な人たちであったので、英語の同時通訳で会議は進められました。私は施設見学の担当だったので会議中は討論を聞く余裕がありました。今、全国民の関心事で、非常に興味深い内容でしたが、いずれ内閣府が発表すると思われますので、それに譲るとし、ここでは手話通訳の活躍に触れてみたいと思います。

2007-03-10 23:41:18 この記事のURLもっと楽しむためのバリアフリーとは

介護者の実体験から

私は別の個人のブログで、認知症の夫の様子や介護にまつわる自分の気持などを書いています。それに対して、私と同じように認知症のご家族を介護している方から、コメントをいただくことがあります。
そうしたコメントのやりとりを、介護者の実体験として記事にしました。


<私がブログに書いた記事>
■脳の損傷
さっき、夫が観ていたテレビを後ろからのぞいたら、所ジョージさんと内山理名さんが司会をして、かなり昔に、ダイナマイトの爆破現場で事故にあい、頬から脳に直径3センチの鉄材が貫通した男性が、その後、人間性がわがままな子供のように粗暴になったと、再現ドラマでやっていた。

番組が言いたかったのは、事故で脳が損傷した男性の状態ではなく、その後男性は、粗暴な振る舞いが三年間ほどでおさまり、後は穏やかになり、社会生活を営むほどに回復したというのだが、それはなぜか、ということのようだ。
彼は、事故で頭の前頭葉の部分を損傷したのだったが、その後、子供の頃の記憶にある環境で療養したそうだ。この環境は彼にとってはストレスのない環境で、そのことで、新たなニューロン(脳神経細胞)が生まれたのではないか、それで回復したのではないか、というのである。
これがもし、前頭葉でない脳幹の損傷であればこのような奇跡はおこらなかったこと、また脳の回復は、別の部分が損傷したところを補って回復するが、このように新たな脳神経細胞が生まれて回復するというのは新発見、というようなことも言っていた。(私はたまたま部分的に見ただけで、解釈が間違っているかも知れないが)
なぜ大昔に死んだ人のことがわかったかというと、この男性、ゲイジを爆破事故の時に治療した医師が、ゲイジの死後頭蓋骨を保管し、原因の解明を後世に託していた。そして最近になってどこかの何かが(?)調べたのだというのだ。

以上が番組の内容であるが、私がこの番組を観て思ったのは、ストレスばかりの環境にいて耐え続けていると、性格そのものが歪むというのは常識のように言われているが、それは、脳の細胞そのものが欠損する、ということだろうか? ということだ。ストレスがない環境にいたことで、新たな正常な細胞が生まれるのなら、逆もあるということだ。

<M氏のコメント>
佐々木さんこんにちは。お久しぶりです。体調が悪くあまりお伺いできませんでした。佐々木さんもますますきついところに踏み込んで行かれてるようで、心配です。
さて、この記事のことですが、私の今の興味にも関わっているところであります。やはり、脳障害と認知症(痴呆症)とは分けて考えるべきだろうと思います。脳障害者の行動に対する外圧的なストレスを負荷していくと認知症にいたることはじゅうぶんに考えられることです。
三好春樹という介護士は、佐々木さんと同じような疑問を出していましたね。脳の研究はずいぶん進んできて、妻の担当医に聞きますと、脳の分布的な役割分担はもうほぼわかっていると言います。だけど、脳外科医の範囲を超えるものとして、ではなぜ意識が発生するのかということについては、今もコギトの時代も変わらないのが現実のようです。
最近テレビによく出る脳学者の茂木健一郎という人が新潮社から出ている「考える人」という雑誌に仮想の系譜という連載をしていまして、それをよく読んでいました。少し毛色の変わった小林秀雄論とかモーツアルト論とか書いていました。ただ何が変わっているのかというと、意識の問題を意識として追求するのではなく、それらは脳内現象だという前提が現代的といえば言えるのですが、それ以外は対象に接するに伝統的な手法というか古典的な接近の仕方なのでかえって驚いた覚えがあります。つまり、実証的な研究の成果によって対象に到達する最短距離は示されるかもしれませんが、未だ起こりうる事象は解釈に委ねられているということです。私は今せっかく世捨て人のような生活を余儀なくされているのですから、妻と向き合いつつこの辺りを彷徨ってみようと思っております。

<私の返信>
Mさん、興味深いコメントをありがとうございました。三好春樹さんの著書は一冊だけ読んだのですが、もしかしたらこの部分もあったかもしれないのに流してしまったかも知れません。(読み返してみなくっちゃ)
私がこの、環境によってニューロンの新生、再生、欠損があるのか? ということにとらわれだしたのは、この番組を観る以前から、漠然と感じていたのですが、それは自分自身のことについてなんです。
私は反発意識が強く、何事にも自己の視点に戻って物事を見る傾向があるのですが、そこに戻るまでは、自分を無にして従おうとするところがあります。父親との関係、結婚後の夫との関係においてそうです。私は潔癖症気質なので、この傾向は強く、私は尋常でないストレスに耐え続けていたところがあり、私の言動の殆どはここに起因していると、自分で分析できるのです。
そして、さまざまなことを思い起こしては考えて見ると、脳自体が、自分の環境に対応して形を変えたのではないか、と思うようになっていたのでした。
そして今日の昼間の所ジョージさんの番組をたまたま見て、やっぱり! という思いが湧いた、ということでした。

自分のことを別にして、夫の認知症を考えてもそのことに思い当たります。夫自身の本来的な脳の働きの形についても。
こうした点を知る本を見つけられましたら、ぜひ教えて下さい。

<M氏のコメント>
佐々木さん、こんにちは。私が認知症そのものに(介護の技術とかではなく)興味を持った時に啓発されたのが読売新聞で連載する三好春樹の小さなコラムでした。ここで読むことが出来ます。
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/kaigo/kokoro/
脳の働きに対する本はそれほど読んだわけではありません。
現在は三好春樹の著作に引用される主著を全部読んでやろうと思っています。
今読んでいる本は「関係障害論」雲母書房刊です。読んだ本は「痴呆論」「ウンコ、シッコの介護学」「介護の専門性とは何か」いずれも雲母書房刊。並行して「野生の思考」レヴィ=ストロース・みすず書房刊、「新装改訂版・心的現象論序説」吉本隆明・角川文庫(いずれも三好春樹に引用されているもので、フロイト、フーコー、ポンティーとかこの辺りは膨大にふくらみそうです)を読んでいます。

それとは別に関連して、へえ、面白いなあと思ったのは「免疫の意味論」多田富雄。出版された頃読んで、これから医学や技術の進歩によって思想とかの問題は変容せざるを得ないだろうと感じたことを思い出します。この方は脳梗塞で倒れられて大変な状態になり、医療制度の改正に抗議の声を上げられていますね。世界的な免疫学者です。養老孟司「唯脳論」いずれも青土社刊。これも出版されたときに読んで、ちょっぴり驚かされた本でした。

脳の本で面白かったのは「脳の中の幽霊」V.S.ラマチャンドラン、角川21世紀叢書。脳の錯覚、腕を失った人が鏡を使って認識するという有名な話を書いた本です。医学と技術の進歩は日進月歩なのでしょうが、今の脳科学の全容を平易に説明してくれる本としては「進化しすぎた脳」副題<中高生と語る大脳生理学の最前線>池谷裕二・講談社ブルーバックスはお薦めです。最近の本です。
あと私が読んだ本といえば、「前頭葉の謎を解く」舟橋新太郎・学術選書・京都大学出版会、「脳と心の地形図」「脳と意識の地形図」いずれも原書房刊、「意識とは何か」茂木健一郎・ちくま新書、「言語の脳科学」酒井邦嘉・中公新書ぐらいです。
(略)
自分の考えがまとまってきたらぼちぼちとブログか何かにまとめていきたいとなと考えてはいるのですが・・・。

<私の返信>
Mさん、こんばんは。やっぱりMさんの読書の質と量には驚かされます。凄いですね〜!
この中から図書館で借りれるものは借りてみたいです。特に今興味があるのは、「前頭葉の謎」ですね。
茨城に引っ越してきて、筑波大学があるので、何か勉強しようと思い、心理学の聴講をして、脳のことを少し学んだのですが、当時既に夫は一回目の脳梗塞を起こしたあとだったのですが、大分回復していましたので、認知症(痴呆)と結びつけて考えることもなくさっぱり残っていません。
今頃になって惜しかったなぁと思っています。

>自分の考えがまとまってきたらぼちぼちとブログか何かにまとめていきたいとなと考えてはいるのですが・・・。

ぜひそうしていただきたいですね。Mさんのやるべきこととしてまとめておかれるべきのように思います。学者さんの机上の論理ではない、共有感、シンパシーの持てる要素は家族を介護する者として救われますし。いつか取り組まれること願っています。

<M氏のコメント>
こんばんは。
(略)
迂回して迂回して結局自分の直感にたどり着くこともあるのですが、逆に正反対だったということも多々あるので。
(略)

2007-03-05 05:15:46 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動

若年認知症「ピック病」

<「ピック病で万引き」厚労省が実態調査・・・アルツハイマーと異なる若年認知症>

これは、2007年2月26日の朝日新聞の一面トップの記事です。
私は「介護ブログ」を担当していながら、不勉強でこのピック病というものを知りませんでした。
記事によると、<「ピック病」と呼ばれる認知症になった公務員らが、症状の一つである万引きをして社会的地位を失うケースが相次いでいる。脳の前頭葉の萎縮で感情の抑制を失って事件を起こしてしまうためで、犯行時の記憶がないのが特徴。しかし、正確に病気を診断できる医療機関は少なく、厚生労働省の若年認知症の研究班も、初めてピック病の実態調査に乗り出した。専門医は、「まじめに仕事をしていた人が万引きをして『なぜ』ということがあれば、ぜひ専門の医療機関を受信してほじい」と話している。(大貫聡子、寺崎省子)>とあります。

脳の前頭葉と側頭葉の血流低下と萎縮で起きる認知症は「前頭側頭型」といわれ、うち8割が「ピック病」とされる、とのことです。
時には周囲の状況を気遣わない行動や万引きが症状としてあらわれるが、本人は善悪の判断がつかないそうです。
厚生労働省の若年認知症の研究班メンバーの宮永和夫・群馬県こころの健康センター所長によると、欧米でも万引きなどの軽犯罪がピック病の症状のひとつとして報告されている、とも続き、いくつかの実例も述べられています。

若年認知症
若年期(18〜39歳)と初老期(40〜64歳)に発症した認知症の総称で、アルツハイマー病型のほか、脳血管性、前頭側頭型などがある。「ピック病」は、1898年、精神医学者アーノルド・ピックが初めて症例を報告したことから名づけられた。ただ、画像診断技術の向上などで、正しく診断できるようになってきたのはこの10年。うつ病や統合失調症と誤診されるケースも多い。
若年認知症の患者数の調査は、旧厚生省研究班が96年に推計した2万5千〜3万7千人があるだけで、現在、ピック病を含め、10年ぶりの実態調査が進められている。(記事内のキーワード欄より)

記事の詳細は
http://www.asahi.com/national/update/0225/TKY200702250273.html

2007-02-27 16:04:27 この記事のURL自分も幸せにする福祉活動


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