「活動のジャンル」 > 「福祉」 のブログ記事一覧
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知的障がい者通所授産施設『はぐくみ園』<炭焼き>
特に、園が力を入れているのは「炭焼き」です。園と利用者の財政を担う重要な作業のひとつであるということと、炭焼きの工法を伝えていきたいという理念があるからです。
また炭のひとつの長所として、環境にやさしいというところがあります。
炭焼きの工程から森林浴と同じ効果を得ますし、間伐材や、整備のため切られて産廃となるものを、燃料やその他のものに再生します。
そこで、写真を中心に、「炭焼き」の工程をご紹介します。
<炭を作る!>
「うちの園の場合は、くぬぎやにれを使います。」と炭焼き担当の支援員の半田さん。

竹炭にする孟宗竹。これを切りそろえて使います。

園で一番使うのはこの真竹。既に切りそろえられています。

利用者の方が、切った真竹を揃えているところ。こうやって7枚づつ重ねてきちんと揃えます。間に隙間があると、窯の中で燃え過ぎてしまい灰になるのだそうです。

「これで完璧です!」

炭焼き窯は二つ並んであります。それぞれ竹、木が火ととともに入って堅く閉じられた扉の中で、炭となって外に出る日を待っているのです。

窯の扉は鉄の上に粘土で塗り固められます。その時使った水です。

こうやって一ヶ月間、竹と木は、窯の中で炭への熟成の時を経て再び陽光溢れる外の世界に出てきます。
11月7日、その日を迎えました。ここからの写真は、はぐくみ園の支援員の方が撮影されたものです。
2006-11-20 14:20:30 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
歩行訓練士<清水美知子さんの視座>

清水美知子。歩行訓練士である。弱視や視覚障がい者の生活の場で、実際の手助けをしたり、講演活動を各地でしている。
「社会に出ようという時、いろいろな職種を想定に入れて取捨選択していったら、この仕事が残った。」
エンパワーメントの功罪
「障がい者は、長年、行政側から一方的にお仕着せを与えられていた。国が面倒見るから、言われた通りにしていればいい、と。
ところが10年前頃から急にかわった。これからは何事も自分でやりなさい。補助の一割は自分で出しなさい。・・・これまでやるな、生活は面倒見る、と言われて何も教えられず出来なかった人が、突然、何もかも、やりたければ自分でやれ、と言われて出来ますか? みんな戸惑い迷います。
・・・ここで生じる摩擦や不備を、行政側が、『こちらのやり方が至らなかった。』と自らの不備を認めてくれればいい。そうすれば、当事者は心が楽になリ、ストレスも深刻にはならない。なのに、行政は、認めないんですよね。だから、障がい者は、いきなり、歩くために必要な杖をとられて放り出されたような追い詰められた切羽詰った感じにいる。こんな土台に、自分で立つ、なんて出来るはずないですよ・・・。」
清水美知子さんは、よけいなことは言いません。いきなり、このエンパワーメントの核心に迫ってきました。でも、とても静かな穏やかな口調です。風で称すると、”そよ風”がそよぐような優しさが漂っています。
だから尚のこと、聴く方の私は、居住まいを正すものがありました。
エンパワーメント・・・自分で能力をつけ、その能力で生きる。・・・この論理を知ると、思わず、「そうよね!」と頷きたくなります。
論理を知りたい方は、『エンパワーメント』でネット検索にかけてみて下さい。さまざまな活動に用いられています。
根本から、一段一段階段をあがるようにして活用していけば、いい結果が得られる、これからの自立の時代に必要な方法論をもったものだと私は思いました。
ですが、正論こそ、根本の実践をないがしろにしていけば、かえって、苦しむ当事者を追い詰める、ことになるものです。
清水美知子さんの視座には、こうしたことへのアンチテーゼが確としてあるのだと、そのことに居住まいを正されたのです。
それでは、もう少し、清水さんのお話を聴いていきましょう。
2006-11-13 12:40:25 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
手作り紙芝居コンクール もうすぐ「はじまり、はじまり〜」

のんびるの取材で,紙芝居文化推進協議会理事の江森さんに紙芝居の興味深いお話を伺いました。
紙芝居文化推進協議会は、神奈川県立図書館が20年続けてきた「手づくり紙芝居コンクール」をひと区切りするのを機に、7年前、市民・企業・書店が加わり発足しました。事務局は県立図書館内。「手づくり紙芝居コンクール」の実施を柱に、紙芝居学校の開催、横浜イセザキ座での紙芝居の実演、情報誌「紙芝居ネットワーク」を発行する他、公園や商店街等で実演されています。
年に一回の紙芝居の祭り 「手づくり紙芝居コンクール」
主催:紙芝居文化推進協議会
共催:神奈川県青少年センター
今年は全国とラオスから176作品の応募。一次、二次選考を通過した入賞作が(一般の部6作品とジュニアの部の7作品)この日、音響、ライトがセットされた本格的な舞台で作者により実演され、審査員により最優秀賞をはじめいくつかの賞が贈られます。
日時:11月25日(土曜日)と26日(日曜日
25日−11:00〜16:00
場所:神奈川県立図書館新館1F 多目的ホール
全応募作品の展示と紙芝居クリニック
26日− 場所:神奈川県立青少年センター 2F (県立図書館隣)
11:15〜ジュニアの部の実演
13:00〜一般の部の実演
14:05〜アトラクション 声優、紙芝居実演家の右手和子氏の公演
15:00〜審査発表・表彰式
審査員は紙芝居作家、画家、有隣堂、童心社、新聞社、
視聴覚連盟会長、演じ手
16:00〜閉会
17:00〜懇親会
*会員でなくともどなたでも入場できます
問い合わせ:紙芝居文化推進協議会(神奈川県立図書館視聴覚部業務課内)電話:045-263-5906
近辺の地図はこちらからhttp://www.klnet.pref.kanagawa.jp/riyou/knrt_access.htm
「毎年毎年、一点一点にドラマがあるんですよ」と江森さん。今年のドラマは平塚市の聾学校6年生11人の応募と、毎年応募してくれるラオスの方からの作品。
2006-11-08 15:34:19 この記事のURL 「身近な国際協力に参加しよう」
デイサービスサラでであった人々
ここに毎日通ってくる「やまざきとみこさん」という女性が居ます。とっても優しいまなざしが印象的な方です。
転んで骨折して入院、要介護4の状態でここへ病院から直行したそうです。テーブルを伝い歩きしてリハビリにつとめたとか、そのときはここに居る人たち皆で手拍子で応援、その甲斐もあって今は要支援です。「ここは極楽、楽しくて、楽しくて・・・時間のたつのが早いの。」そんなとみこさんが裂き織りをはじめ、今は「レストランサラ」で春と秋展示即売を行っていてとても好評だとか。制作中の作品を見せていただいたのですが、とてもきれいな色合いの優しい雰囲気の織物です。
「私のお母さんがこの織物をしていて、いつかやってみたかったの」と楽しそうに語るとみこさん。そしてとみこさんは積極的にスタッフや利用者と交わります。この日も、利用者のおしゃべりの相手をしなくては、とスタッフに早変わり。生き生きとした表情で皆とお話しています。
私たちが先入観で考えているより、高齢の人たちのアクティヴなこと!認知症があっても、とみこさんにとってここでの社会参加が、毎日の大きな励みになるのでしょう。高齢になっても障碍を持っても、人は生き生きと人と関わりながら暮らせることが一番の幸せ、そして人の能力はいつでも「遅すぎる」事は無く、活かせるのだと再認識させられました。
(浅越 美枝)
2006-11-05 15:00:38 この記事のURL 「シニアにとっての食育ー鎌倉の台所からー」
ある介護の現場の事例より<病気の感染>
疥癬症とわかるまでに、病院で、アセモだ、アレルギーだと診断され、そのたびにそれの治療薬を貰い塗りたくった。とにかく尋常でない痒さで、その苦痛たるや死んでしまいたいと思うほどであったという。
病院を回りに回って、やっと、『疥癬症』とわかり、それに合った治療をして徐々におさまったという。でも間違った治療が悪化させていたから、おさまった後も苦痛感と不安が残ってるという。
そこでこの知人は、『疥癬症とはなんぞや?』と医師に問い、書物で調べた。
リポーターの私など、(名前からすると、家を不潔にしてカビやダニが原因でおこるものかしらん?・・・我が家もヤバイぞ!)など思ったのだが、そういうことではないらしい。第一、知人は清潔好きでいつも家の内外綺麗にされている。
余談はともかく、調べた結果、『疥癬症』は、『疥癬菌』を保持している人から、『肌と肌を密着してうつる』ものだとわかったそうだ。
この知人の場合は、専門医の調査で、知人の夫氏が勤めている介護施設から感染したのだとわかったというのだ。
知人の夫氏は、介護施設で働いておられる。
彼はサラリーマンを定年退職して後、介護の勉強をし、資格を得て高齢者や認知症の人が通所する施設で働いているのだ。
知人の話によると、彼はとにかく親切なよく気のつく方で、必要とあらば、通所者の誰をも抱きかかえ、本当に骨身惜しまず働く方という。私もこの夫氏を存じ上げているので、さもありなんと思う。
こうした結果、通所者の方が持っていた菌に感染したのに違いない、と医師は感じられたようだ。
そこで思うのだが、疥癬に限らず、身体を抱きかかえるなどする場では病気の感染はおこりやすい。その防止は、施設による定期検査と、家族の意識によるだろう。
知人夫妻が言われるには、その家族の意識にいまひとつ不安を感じる、というのだ。
つまり、具合が悪いとわかっていても、高齢者や認知症の人を、施設に出してしまう家族がいるというのだ。また施設の側も、それらを承知で拒まないところがある、というのである。
「う〜む・・・。」と考え込んでいるリポーターであります。
この知人の例で言えば、知人の苦痛を考えると、まず知人が気の毒だ!疥癬を持っている人を施設に出したその家族と、よく気をつけず受け入れた施設はけしからん!と言いたいところだが、やっぱり一番気の毒に思えてならないのは、病気を持っていても、家族にその苦痛を知らせることもできず、気がついてもらえず、あるいはわかっていても知らない振りをされる、さりとて自分では病院にも行けない高齢者、認知症の方である。
介護の現場のこうした『穴』を埋めるのは、施設、家族の『心』である。
『心したい』と、やはり介護者であるリポーターは我が身を振り返ってしみじみと思うのであります。なにしろ、ノーテンキでオオザッパな介護者でありますからして・・・のみならず、時々、認知症の夫を蹴っ飛ばしてやりたくなるレイコクな介護者でありますからして・・・。
(佐々木和恵)
2006-10-17 16:00:25 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
NPO法人 ファミリーサポートしあわせ<四年かかりました>
堀江さんは、皆さんの言葉に終始優しい微笑を浮かべて頷かれ、杉山さんは、闊達に前向きの意見を述べておられました。
『どのような活動をされている方だろう?』
名刺をいただくと、『NPO法人ファミリーサポートしあわせ』とありました。

2006-10-09 02:26:11 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
福祉移送サービス 同行取材
プロのドライバーが設立し、誰もが使いやすい「ユニバーサルタクシー」の街を目指している「NPO法人サイドワークス ネキスト」の主な活動は福祉移送サービスです。
障碍者や高齢者の病院送迎や福祉施設への送迎です。利用者が車に乗り込むのを待っている普通のタクシーとは違い、「Door to Door、Bed to Bed」 のサービスを行っているネキストさんは、乗車下車のお世話を運転手さんが行っています。そんな福祉移送の現場に、私も同行させてもらいました。
2006-10-04 13:40:20 この記事のURL 「コミュニティビジネスでまちを元気に!」
NPO法人 保育園[種まく人」
少子・高齢化・核家族化の中、出産や子育てが難しい時代になっています。「種まく人」は‘乳幼児から思春期まで、安心・安全・信頼され・愛されて育つ権利を保障していく保育園作り’をめざしています。
この人形は「種まき人形」と名付けられ、古いセーターを再利用していろいろな人の手によって作られています。
このように、どこでもお座りできるようにデザインされ、大きさも小さな子どもの手に程よい大きさになっています。
この「種まき人形」は保育園ではもちろん、保育園主催のイベント会場でも
一体450円で販売され、保育園の運営資金に充てられています。
現在この人形や手作り遊具を作ってくださるボランティアを募っています。直接保育園にお申し出いただければ嬉しいです。
2006-09-25 01:55:46 この記事のURL 「まちぐるみで子育てを応援」
書物紹介<医師 黒岩卓夫:大地の子と地域医療>

本の内容
医療に関する難しい専門的なお話だろうかと思ったのですが、読み始めるとすぐにその面白さに惹きこまれてしまいました。
文学青年のような芸術性、冒険家の持つロマン性を秘めた視線を含めつつ、医師としての理念、理想、情熱を根底に持って医療に打ち込まれた自らの足跡を書かれているのです。しかも、『少年の純朴さ』、そう少年そのものの溌剌とした精神がほとばしっている痛快さすら感じるのです。
と書くと、娯楽的な本なのか、と思われるかもしれませんが、そういう意味ではありません。
黒岩先生は戦争中、ご家族とともに満州開拓団の一員として満州に行かれており、戦後、妹さんと弟さんは満州開拓団から逃げ出し避難する途中、病と飢えで亡くなり、長姉さんのご一家は、北朝鮮で、夫、子供三人(一人死亡)と孫三人、計七人が1975年以降行方不明であるということです。
「大地の子」とタイトルにつけられたのは、ドラマで有名になった山崎豊子作の大地の子の陸一心と同じコースを辿って開拓団から逃げてこられたからなのです。
先生は、下のように記述されています。
『私は日本に帰り成長したが、私の心境からしたら「日本の子」にはなりきれなかった。なぜなら、満州開拓団30万人は、祖国日本に切り捨てられた棄民となったからだ』と。
ここからだけでも、この本がどのような重さをもった本かわかるでしょう。
そうなのです。この本は、戦後の悲惨な日本とご自分たちの姿を書いておられるのです。
それでも尚、面白い、痛快だと書いたのは、黒岩先生の、苦難や権力に屈しない反骨精神と、洞察したことを明快に表す潔さを称したのです。
人間性
敗戦後、日本に帰国され、医師となられ医療の道を歩んでこられたのですが、医療への情熱、理想の追求の魂もまた痛快と言うに相応しい輝きを放っておられるのです。それから、人間に対する視線の温かみ、豊かさ、自由さのようなものを感じ、読んでいるとなんとも言えない深い安心感のようなものを感じるのです。
例えば、越後で歌や三味線を弾きお金を貰って生きる盲目の女性たちは瞽女と呼ばれて、瞽女は悲しい負の存在のように伝えられていることが多いですが、黒岩医師は、このように記述されています。
「瞽女は、各地の情報のメッセンジャーであり、農村の女性たちへの癒しの受け手でもあった。」と。瞽女は、行く先々で、当時ただ忍従の中に働いていた農婦たちのグチなどを黙って聞いてあげたのだといいます。
そこで黒岩先生は、『旅芸人であった越後瞽女たちは、訪問ケアの原点ではないか』と書いておられるのです。
こうした視点の広さ、深さに感銘を受けるのです。
2006-09-22 04:47:35 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
永遠 一門さんの心

2006年8月4日、紙芝居実演者の井出裕子さんのお宅に伺った。
井出さんは、各所で福祉、環境問題、平和などをテーマにした紙芝居の実演をされている。日頃物静かな方だが、紙芝居について語る時の井出さんは熱い。特に福祉に関連したことになると、聞くものがはっと居住まいを正すような鋭意を感じることもある。
井出さんには、障害を背負った生涯をおくられたお兄さん、一門(かずと)さんがいらっしゃる。井出さんは、その一門さんの、福祉とは切っても切れなかった人生の中で、福祉に対する信頼と不信を味わってこられたのだ。
私はそのことを知るにつけ、一門さんを慈しみ育てられたお母様に会いたいと思うようになった。井出さんから時々、八十歳を越えていらっしゃるお母様の手作りの編み物、洋服、小物を見せていただき、センスや技術の素晴らしさに感歎するからだ。水彩画に至ってはこの上ない瑞々しさ優しさを湛えている。『悲しみや失意を受けながら、なおこのような綺麗な物を作ってこられたお母さんのお話しを聞きたい』と。
2006-08-14 00:34:23 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
〜団塊世代の新たな足跡1〜
はじめの一歩
今を遡ること2年半、2003年の暮れも押し詰まった日、私と友人は伊豆高原に向かう電車に揺られていた。作品展を終え、生命の洗濯とばかり旧知の友の経営するペンションに一泊の”小さな旅”の始まりである。
同行の友人は一人娘の扶養義務を終え一足早く「終の棲処」を考え始めていた。その頃、著名な女性の大学教授やフェミニズムの先駆者等が発起人となり、グループリビングの先駆けケア付マンションがオープンしたばかりだった。その『ともだち村』を見学したいという友人と修善寺を訪れた。
その頃の私は高校生、大学生を抱え、まだ自分の”終の棲処”を考える時期に至ってはいなかった。けれど漠然とながら娘三人の誰かと暮らす老後もイメージできなかった。その意味では私も同様”グループリビング予備軍”と言えるかもしれないし、見学は望むところであった。
小春日和の朝、ペンションの女主人の車で伊豆山中の『ともだち村』に到着。見学の後、体験宿泊の友人を残して帰路に着く。遅れて帰宅した友人からスタッフの一人に知人がいたことを聴く。
2006-08-03 22:54:21 この記事のURL 「セカンドリーグ!自立して生きる女のガイド」
全国で初めて「タクシー事業免許を持ったNPO法人」
全国で初めて「タクシー事業免許を持ったNPO法人」
理事長の山本さんが、タクシー乗務員の経験と人脈を活かし移送サービスのボランティアグループを立ち上げたのは、平成7年でした。
平成11年に、NPO法人化。平成13年には一般乗用旅客自動車運送事業「患者等輸送事業」の免許を受け、全国で初めて「タクシー事業免許を持ったNPO法人」となりました。
2006-07-17 21:32:16 この記事のURL 「コミュニティビジネスでまちを元気に!」
まちの駅「たまり場」たろう<癌とともに>
『レディスピア・県西』は、癌を体験した人たちのグループである。癌は現在では、早期発見をすれば直ると言われているが、まだまだ怖い病気のひとつである。その癌にかかってなおボランティア活動をされている三人の方々にお話を伺った。
2006-07-13 03:03:03 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
知的障害者通所授産施設『はぐくみ園』3<森正子施設長と橋本誠一さんに聞く>
これは『はぐくみ園』の森正子施設長が、高等学校の教師を経て福祉活動に身を投じられて後、日々切に感じる思いだそうです。
「ロマンというと抽象的で、福祉とは結びつかないですが?」とぶしつけに問い直しますと、「障害を負ってる人たちの限りない可能性を引き出すこと、またその人を含めた世の中がより生き易くなるために、“ロマン”を抱くことは大切なのです。」と施設長は大らかな笑顔で答えられ、傍で主任支援員の橋本誠一さんも、当然という笑顔で頷かれました。
そのお二人にお話を伺いました。
森施設長に聞く

■”はぐくむ”に寄せる思い
知的障害授産施設『はぐくみ園』『第二はぐくみ園』は、福祉法人『はぐくむ会』が運営しています。いずれも“はぐくむ”という名前ですが、私はこの言葉に、特別な思いと意味を持っているのです。
羽ぐくむ
旅人の宿りせむ野に霜降らば
わが子羽ぐくの天の鶴群(たづむら)
万葉集よりー遣唐使随員の母
この羽ぐくむは、遣唐使の随員として選ばれ、遠い唐の国まで旅立たなければならなくなった息子の無事を祈った母の歌です。
旅の途中には外敵や飢え、寒さなど辛いことがたくさんあることでしょう。為す術を知らない母としては、ただ空を飛ぶ鶴の群れにさえ、その大きな暖かい羽でかばい守ってやってほしいと祈るばかり・・・そんな心情を歌にしたものです。
育む
この育むは、生命を持つものみな、その身に、“育つ要素”を持っていることを信じ、その育ちの要素が、うまく発芽し、伸びていけるよう、周りで水をやったり、陽の当るところに出したり、肥料を施したりするのと同様に、子供の育ちを支えていく、という意味です。
最近、”羽ぐくむ”と”育む”どちらの意味も、“子育て”から少しづつ忘れられてきているような気が致します。
『はぐくむ会』『はぐくみ園』は、その大切な意味を、高齢者や障害をもつ人たちの自立を目指して、大切にしているところです。
主任支援員 橋本誠一さんに聞く

■娘が安心して生きれる環境をつくりたいんですよ
橋本さんは、この仕事に就かれた理由をこのように答えられました。
「お嬢さんが、安心して生きれる環境をつくりたいからこの仕事に?」
問い直しますと、「娘が自閉症なのですよ。」と穏やかな微笑を浮かべて再び答えられました。
橋本さんは、国立大学の理系を出られて後、ある企業の技術者として働き、その後技術サービスとして営業を受け持つサラリーマンだったといいます。やがて結婚し、娘さんに恵まれ、幸せな生活を営んでいました。文字通り順風満帆だったそうです。
娘さんが、四歳になられた頃です。「何かおかしい・・・。」と感じるようになったそうです。
娘さんの様子が、他の同年齢の子供と様子が違う。個性や性格の違い、というものと違う違和感。
思い切って病院へ行き診察を受けました。
「自閉的な傾向があります。」と診断されました。
■自閉症と診断され
しばらくは、子供さんは奥さんにまかせ、忙しいサラリーマン生活を続けます。だが次第に、自閉症の子供さんを奥さんだけにまかせておくのはよくない、奥さんの負担が大き過ぎる、と感じるようになります。
その頃、奥さんは、自閉症という言葉を聞き、高校時代の担任だった先生が、「はぐくむ」という本を出されていたのを思い出し、実家から引っ張り出して読み返すのです。そして、「まるで、うちの娘のことを書いているようだ。」とため息をつかれていたそうです。
奥さんは、「はぐくむ」を書かれた昔の担任の先生が、教師は辞められ、福祉の仕事に取り組んでおられるのを思い出し、娘さんの相談をするようになりました。
この先生が、森正子施設長です。
橋本さんも、森施設長の著書、『はぐくむ』を読むようになりました。
そして、著者の障害を持った人たちへの愛情や考え方が、ピンと心に響き惹かれるものがあり、2000年、はぐくみ園に職員の欠員ができたのを機に、会社を辞め、この仕事に飛び込んだのでした。
■妻を心配する
私は、「それまで打ち込んでこられたお仕事を辞められた時というのは、人生の転換を余儀なくされたわけで、深刻なお気持ちだったでしょう。」と訊きました。
「いえ、子供がかなり重い自閉症だと知った時の衝撃に比べたら、それほどではありませんでしたよ。」
橋本さんの表情にはこの時、少しだけ動揺が走ったように感じました。だがすぐに、穏やかな微笑を浮かべて、「まだまだ勉強中ですが、娘や障害をもった人たちが、安心して生き、暮らしていける環境をつくれるようになりたいと思っているんです。」とさっぱりとした表情で言われました。
この取材の後日に、私が、”動揺された”と感じたそれは、娘さんが自閉症とわかった当時、『妻は大丈夫か』と心配でならなかった、そのことを思い出されたのだと言います。
2006-07-11 23:00:37 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
知的障害者通所授産施設社会福祉法人『はぐくみ園』<歩み・概要・活動>
『はぐくみ園』『第二はぐくみ園』の心<パンフレットより>
緑、青空、澄んだ空気、湿った土・・・。ウグイスが鳴き、ホタルやトンボが飛び交う・・・。ぜいたくに自然をとりいれた仕事をしながら、大地に足をふんばって生きる力をはぐくみます。「おいでよ」と仲間が誘います。
炭焼きの材料を刈りに、畑のジャガイモを掘りに、木の匂いに満ちた木工室に、香り立つ製菓室に、草花の植え替えに、機織り機の前にと・・・知的ハンディのある人が、自分たちで生きていく知恵を、みんなと共に伸ばそうと、がんばっています。
『はぐくみ会』の歩み<発足から各施設ができるまで
1978年8月 はぐくむ会発足(15家族)
1980年4月 両神村に宿泊所として『はぐくみ寮』開所
1989年10月 社会福祉法人はぐくむ会認可
1989年11月 社会福祉法人登録完了
1990年5月 『はぐくみ園』開所
1992年4月 知識障害者生活ホーム『はぐくみ寮』開所(2005年4月よりグループホーム)
1992年4月 老人保健施設準備手続き開始
1995年11月 理事長森繁樹 厚生大臣賞受賞
1997年8月 さいたま川の博物館にミュージアムショップ『コパン』開店
1997年11月 老人保健施設『逍遥の郷』開所
1998年10月 生活サポート『のびる』開始
2001年4月 『第二はぐくみ園』開所
2002年10月 グループホーム『第二はぐくみ寮』開所
2003年4月 居宅介護事業『のびる』開始
2005年4月 グループホーム『第三はぐくみ寮』開所
『はぐくみ園 』『 第二はぐくみ園』の概要
設置者:社会福祉法人『はぐくむ会』
理事長:森繁樹
所在地:〒369-1234 埼玉県大里郡寄居町折原2482
TEL:048-581-8855 FAX:048-581-8861
設立認証状況:http://www.fukushi-saitama.or.jp/saitama16/shougai/shougai7/217hagukumien.htm
『はぐくみ園』(運営・問い合わせ先)
施設長:森正子
所在地;〒369-1205 埼玉県大里郡寄居町大字末野2044
TEL:048-581-8050 FAX;048-581-8850
『第二はぐくみ園』
施設長:森瑞栄
所在地;〒369-1205 埼玉県大里郡寄居町大字末野509
TEL:048-580-2211 FAX:048-580-2212
ホームページはこちら。
アクセス
・寄居駅より車で10分
・関越自動車道花園インターから車で15分
利用時間
・9:00〜16:00(休日―土、日、祝祭日)
送迎
・施設―寄居駅 無料送迎バス(寄居駅:秩父線、東武東上線、八高線が乗り入れ)
年間行事
04月 入所式
05月 ボーリング大会
06月 収穫祭
08月 サマーキャンプ
09月 園旅行(一泊)
10月 ふれあい広場
12月 クリスマス会
01月 初詣、餅つき大会
03月 生涯学習祭り
*行事は、町の人々との交流を心において計画されている。
2006-07-11 22:21:49 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
与野朗読の会<本に魅せられ 人に魅せられ>
それは表現全般にも言えることだが、”本を読む”ということは、さまざまなことを感じ、学び、遊び、体験することで、そこから深い想像力を培うからだ。
そう、本の好きな人はその培われた想像力の豊かさで、人の痛みを知り、他者を知る人が多いと私は感じているのだ。
『人の痛みを知り、他者を知る』・・・これこそ、福祉の原点ではないか。
というわけで、<与野朗読の会>と本に魅せられ、人に魅せられて、熱心に朗読活動をされる根本由美子さん板垣正義さんご夫妻をご紹介したい。

与野朗読の会
1982年夏に、根本さん、板垣さんたち五人が日本演劇教育連盟の全国大会朗読講座に参加され、その後独自に練習を始められたのが原点という。
この一年後の1983年の9月に、どのように続けていったらいいのか、東京朗読実技研に指導を仰ぎに行き、ここで巌金四郎さんと運命の出会いをされ、後、師と仰ぎ、指導を受けてこられた。
巖金四郎さん
1911年(明治44年)9月に東京都で生まれ、声優・俳優として活躍し、多くの人に影響を与えた。
明治大学商学部中退。NHK東京放送劇団、Kプロダクション、番衆プロ、プロダクション・タンクなどで、意欲的に芸能活動をする。
1994年(平成6年)12月30日に永眠。享年88歳。
『与野朗読の会』は毎年、さいたま芸術劇場で発表会を開催されている。
2006年6月17日の昨日は21回目の発表会であった。
詩三編 茨木のり子・作
ありがとうともだち 内田麟太郎・作
平家物語より「祇王」
茶色の朝 フランク・パヴロフ・作 藤本一勇・訳
へんろう宿 井伏鱒二・作
夢十夜より「第二夜」 夏目漱石・作
踊る手 藤沢周平・作
練習に練習を重ね、本番のこの日、魂をこめて、それぞれの作品が読まれた。
映画・ドラマや舞台のような動きはない。ではラジオドラマを聴くようか、と言うとそうではない。電波を通して伝わる世界にはない”息づかい”が、客席の私たちに、ひそやかにあるいは烈しくしみわたってくる。
まるで作品中の人物が立ち現れて、自分の悲しみをもって観客にすがってくるような、怒りの時は迫ってくるような、そんな臨場感と共有感を感じ、気づいたら、一緒に涙を流していたり、クスクス笑っていたりしていた。
朗読会には、ある程度の年齢以上の方が参加されているとお見受けする。
そして朗読をお聴きしていると、朗読者の深くあるいは重い人生経験が、作品の人物に肉付けや陰影になっているのを感じる。
若い時代を過ぎた人が、自分の人生体験などを重ねながら、朗読という形で別の人物になり、代弁者の役割をする。そんな説得性をも感じた。
機会があったら、根本さん、板垣さんたち朗読者の方々の、朗読に対する思いと、人生の原点などをお聴きしたいと思った。
<根本さんと板垣さんのご紹介は”続きを読む”にあります。クリック♪>
2006-06-18 15:30:35 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
リンク集<公的機関及び団体・個人>
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■団体
+はぐくみえん(埼玉)
+アスペ・エルデの会
+あじさいの会(埼玉)
+NPO法人龍ケ崎市回想法センター(茨城)
+介護者サポート・ネットワークセンター・アラジン(東京)
+社会福祉法人ぱる(埼玉)
+水戸共に育つ会(茨城)
+与野朗読の会(風信帖)(埼玉)
■個人
+視覚障害者のオリエンテーションとモビリティ(埼玉)
(佐々木 和恵)
2006-06-01 03:51:24 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
寄せられたコメント集 2006年9月〜2007年3月
こんにちは。三好さんの本がここで紹介されていたとは、ついうっかりでした。この本は読んでません。が、読もうと思って積んでいた本は、ほぼ読み終わりました。いやはや、驚きました。私が繰り返し答がでない自問をしていたことがほぼ網羅されていました。いるんですね、こういう人が。あんまり感動したので生まれて初めてのファンレターを、つい書いてしまいました(^^ゞ
ノエルさんより 2007/3/20(紙芝居「私ののお兄さん」作・絵 井出裕子)
『井出さんのお話読みました〜。
涙出ちゃいました(会社なのに)』
いでさんより 2007/03/17(介護者の実体験から)
おはようございます。今『脳障害を居きる人びと』中村尚樹著(草思社)を読んでいます。脳梗塞や交通事故などで脳に損傷を受けた人達が体は動かなくとも、実は脳はクリアで家族や介護の人がわずかなサインを見つけ、それによって様々な自立を獲得していくと、いうような内容です。
それを読んで行くうちに鼻からしか栄養を摂れないとされていた兄にこっそりコーヒー牛乳やアイスを口に入れるともぐもぐごっくんしたのを思い出しました。あのとき、この本を読んでいれば、もっと違った方に行けたのでは、と思います。でも、この本にもあるけど、快方に向かってもすっかり元の人に成るわけではなく、新たな困難がいっぱいなようです。一日の22時間も介助が必要だったり、要求を満たしていくのは大変です。
兄の初めの入院先にいらした元校長先生(会議中に倒れた)。傍から見ると全く無反応に見えました。奥さんが言われるのには「息子が校歌を聴かせたら、反応したのよ」と。家族の欲目かと思いましたが、そうではなかったのですね。もっといいリハビリを受けられれば、良かったのに。あんな非人間的な病院を「気に入ってるの」と言っておられたのだから、仕方ないですけど。
本人も家族も闘いだなあと、読んでいます。
カラスの女房さんより 2007/03/13(認知症<人間とロバとイヌとサル>)
グリム童話の紹介、面白かったです。私の人生と引き比べて考えると、本来神様が与えて下さった分の30年間という人生は、「思い返せば恥ずかしきことの数々」(男はつらいよ の車寅二郎の名セリフ)。で、もしそこで終わったなら、過去の反省から出発する「やり直し」というか、名誉挽回というか、世間様への恩返しというか、そんなことが出来ませんです。だから、神様は、人間に、再チャレンジの時間を与えてくださったのだと納得します。
ロバの分の18年は確かに寓話どうり「働けど働けどわが暮らし楽にならざり」の人生でした。さて、犬の分の12年。「野山で吼えながら羊を追い回す」暮らし。私の年齢では、今その最中なのですが・・・。寓話のしめす意味が今ひとつ不明です。でもうなづけるところもあります。・・・そして、60歳過ぎると、サルの分の10年が始まるのですね。「キャッキャと啼いて人を笑わせる生活」ですか。私はこの部分が気に入りました。グリムさん、希望を与えてくれますね!と感じました。自分が痴呆になるかどうかは、わかりませんが、その存在が人に笑いをもたらすなんて、素敵です。出来れば、ボケぶりで人を笑わすのではなく、頭はクリアーのまま、意識して、人の笑いを取る、落語家のような存在でいたいものだとは思いますけれど。ちなみに、認知症の治療には笑いが効果的だといいますね。グリムの生きた時代でも、いえもっと昔から、人間60歳過ぎたら、若い者にほら話でも聞かせて笑わせて、世の中を明るくさせて生きるのがいいんだよ、と言っていたのかも知れませんね。グリム童話をあらためて読みたくなりました。
ankonanoさんより 2007/02/13(回想法を知っていますか?)
回想法!
4月号がとっても楽しみになりました!
「デイサービスを始めたいね」という知人がいます。とうとう昨年グループで一軒家を借りていました。
気持ちがあり行動力もある人たちと、提供してくださる人がつながる場があるといいですね♪
いでさんより 2007/01/16(老人介護 常識の誤り 三好春樹著)
佐々木さん、三好先生は追っかけが居るほど、人気者ですよ。「老人介護に紙芝居を」の著者遠山氏は何度も一緒に講演して廻ってます。いつでも遠山氏をご紹介します。彼は練馬の老人ケア施設の職員でレクにはいつも紙芝居をしているそうです。『オムツはずし学会』にも紙芝居の友人達が紙芝居で講演しています。
ideさんより 2007/01/10 11:34:38(介護者をサポートする)
佐々木さん、久しぶりに更新されていて嬉しいです。介護者(身近な)が疲れ果て、周りから好き勝手なことを言われるほど、辛いことはないでしょうね。理事長さんと事務局長さんのお顔を見ただけで優しさが伝わりました。
最近傾聴ボランティアということを聞きますね。私は記憶力が変に良いところがあって人の話を聞くと忘れられなくなるんです。なので、傾聴すると重たく成りすぎて駄目だな、と思っていました。なかなか参加できませんが近くにこういう講座があったら、行ってみたいと思いました。
ideさんより 2006/11/28(老人介護 常識の誤り 三好春樹著)
今はフリーペーパーとかお金を出さなくても手に入る雑誌が有るので、是非頑張って読者が増え、また喜ばれる雑誌にしていってください。
12月5日の「飛び出せ定年」に滋賀県で紙芝居を作って活動されているご夫妻が出るそうです。遠方でなかなか取材には行けないでしょうが定年後の行き方として何か参考になると思います。
ankonanoさんより 2006/11/26(知的障がい者通所授産施設『はぐくみ園』<炭焼き>)
ぷ〜んと炭の香りが漂ってきました!
祈りのこもった炭、
利益がしっかりあがりますように☆彡
ideさんより 2006/11/15(歩行訓練士<清水美知子さんの視座>)
こんにちわ。どうやって清水さんと出会ったか、謎が解けました。一見、男性にも見えたあの「挫折感」のかただったのですね。どんな内容だったのか全く知らず、小さな自己満足の状態だった私は「どうしたんだろう?」と思っただけでした。12月1日に中学で反省会が有りますが、参加されないでしょうか?是非、お話を伺いたいです。
カラスの女房さんより 2006/11/09(書物紹介<医師 黒岩卓夫:大地の子と地域医療>)
はじめまして。黒岩先生の本のご紹介読んで、一言言わずに入られなくなってカキコします。去年の1月22日・23日と新潟の黒岩先生の地域医療と地域福祉の現場を見て回ってきました。仲間と地元に介護施設をNPOで立ち上げようとしていたので、勉強に行ったのです。黒岩先生の講演も聞きましたし、夜は黒岩先生やその奥様の秩子(ちづこ)様と親しく交流会も持っていただきました。雪ぶかい中、古民家を改装したデイサービスセンターを見学させていただき、いまだにあのぬくもりのある建物の中での家族的な介護の印象は鮮明です。黒岩先生のご本も買って読みました。私の中で、また仲間の中で黒岩先生のお仕事が大きな指針となったちょうどその頃、パルシステムが「キナリ」の紙面で黒岩先生を取り上げ、以降、薬のカタログにもアドバイザーとして登場されるようになり、お陰で組合員の私は黒岩先生といつもつながっているような気持ちを持つことが出来るのはほんとに幸せです。あれから私たちの方はいろいろあって、福祉事業のNPO設立は遠のいてしまいました。でも夢は捨てていません。黒岩先生がまいた種を私たちはしっかり胸で暖めています。いつか地元にまいて育てるつもりです。
さくらさんより 2006/10/25(紙芝居ボランティア あじさいの会<溌剌 中学生に指導>)
井出さんに教えていただき、おじゃましました。
井出さんの活動すばらしいですね〜!
絵本もいいですが、紙芝居もいいですね!
ankonanoさんより 2006/10/15(NPO法人 ファミリーサポートしあわせ<四年かかりました>)
4年かかった、というお話が、実感として胸にきました。私も今はあれこれ充電の時期かな〜
のんびるも情報収集の頼りになる一つです♪
ideさんより 2006/10/18(陶芸作家 中村 勇の世界<我が誇り 息子よ>)
こんにちわ。母は息子(私の兄)、一門の事、なかなか上手く話せなかったですが、佐々木さんに取材して頂いて、有る意味、心の整理が出来たと思います。兄くらいの障害でも現在の社会状況なら施設に預けなくても通学、作業所などへ行けたかもしれません。それでも、このままで良いのだろうか?と、きっと悩み、迷ったはずです。
真春さんが勇さんの生きる道を探して、作品を愛していることは本当に心打たれます。多くの方を励ます力が有ると思います。
真春さんより 2006/10/14(永遠 一門さんの心)
何度も読み始めましたが、何時も途中で辛くなりようやく最後まで読みました。
特に「親が死んでも物乞いも出来ない〜」に涙がこぼれて読めませんでした。今私は親亡き後どのように暮らしたら息子が少しでも人間ら死く暮らせるのか考えています。
Nさんとも話し会いながら3通りくらいのケースを考えていますが、今、週2回行って居る所は、職員の方が理解しようと努力をされていてとても感謝しています、息子も働く事が良いことだと思っていて
「今日も頑張った」と少し誇らしげに帰ってきます。
し〜まさんより 2006/10/11(永遠 一門さんの心)
一門さまのお母様のお気持ちが友人のお母様と重なり胸にこみ上げ書かずにおられず・・・・。
お母様が高齢の為、私の友人が知的障害者施設に入所して数年経ちました。
時折、彼女に会いたくなり行くことがあり、?密室化しがちな施設になることを危惧して、?将来的に他人の私が資格ナシでは面会もさせてもらえないかもしれないと思い、視覚・全身性・精神・知的のガイドヘルパー4資格(各々数日間の座学&実習)を取得しました。
先日、怪我をし自室を見舞うと、食事を摂る際に痛いので食べさせてと言うと「甘えるな」と職員に叩かれたと言い、次回訪れた時に再度、彼女から聴くつもりですが、それにより、お母様の了解をとってから、文書や口頭で伝えていくつもりです。
心理負担大きくにも家族や当人は行動できにくく、常々、施設を密室化させず時に外部の風を入れることの必要性有りと他人が面会に行くことの大切さを感じ、構造的な問題に私が気がついたことをチエック、申し入れしていこうと思っているところでした。
これからも貴「リポーターブログ」を訪れたく思います。
8月14日の記事を今日読み、自分事で申し訳ありませんが書き込みたくなりました。
しーママさんより 2006/10/02(陶芸作家 中村 勇の世界<我が誇り 息子よ>)
佐々木さん、はじめまして。
真春さんの友人、しーママと申します。
私の娘(高校2年生)も勇さんと全く同じですので、真春さんは私の大先輩でもあり、いつもいろいろな意味で勉強させていただいております。
今回、真春さんからご紹介いただきましてブログを拝見しましたが、真春さんや勇さんのすばらしい人生に心から感動するとともに、真春さんを見つめる佐々木さんの温かいまなざしにも、私は大きく心を打たれました。
真春さんの言われようとすること、私にはよくわかります。我々親は、子どもがうまく生きられないことがかわいそうでならないものなんですが、そう思っているうちは子どもの特性を、子ども自身の人生を受け入れることができないんですよね。子どもには子どもの運命があり、特性があり、それは何をもってしても変えられない。いや、変えてはならないんだ。なぜならそれは、彼らの誇りであり、尊い使命なのだから。
それを悟ったとき、私も我が使命を自覚しました。自らの気持ちを表現することが苦手な彼らに代わって、私が少しでも情報発信をし、彼らへの理解や協力や支援を社会に求めていこうと。それは社会にとっても大事で、とても有益なことなのだと確信し。。。
勇さんは陶芸との出会いで、ご自分の生きる道を見つけられたと思います。我が娘の生きる道がどこにあるのかはわかりませんが、私も希望を持ち続け、娘を誇りとし、堂々と人生を歩んでまいりたいと思います。
佐々木さん、真春さん、本当にありがとうございました。
真春さんより 2006/10/01(陶芸作家 中村 勇の世界<我が誇り 息子よ>)
ありがとうございます。なんだか胸が一杯で
コメントできません、何度も読ませて頂いてもう一度考えてみます。
ありがとう1Isamuも喜びます
いでさんより 2006/10/03(メール)
『のんびる』の掲げているテーマが私には気に入りました。高尚な内容も無くてはなりませんが、分かりやすい内容を期待します。
ankonanoさんより 2006/09/27(NGO未来の子どもネットワーク<青木悦さんの講演>)
青木悦さんのお話だったのですね。
5年前、私たちの小学校にも来ていただきました。
校長先生も私たちも一緒に どっと涙・なみだ・・・
本をあらかじめ読んでいましたので
内容は大体分かっていたのですが
直接お話を聞くと、たくさんのことを考えるいい機会になりました。
ご自身の経験からにじむものが みんなの心にストレートに伝わって、
参加された保護者、先生がた、区役所の方々から
「本当にいい会でした」と言われました〜
今回、この会に参加されたかたも
きっと何かを持ち帰られたことでしょう。
いま再びこの記事を拝見し,
当時の自分を思い出しました。
ありがとうございます。
2006-02-14 10:25:10 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」
自己紹介
ご意見や感想、また情報などをコメント欄にお寄せいただけましたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願い致します。
私は1942年に愛媛県で生まれました。子供の頃から生き物と小さな子供が好きで、専門学校保育科を卒業した後、幼稚園に勤め、結婚後、マオアキラという筆名で、童話・児童文学作家として執筆活動をはじめました。
1991年に出版しました『風のむらから さわこ』をはじめ、『光る夏ーたつひこ』『ムシの方舟』『さくらのもりのものがたり』『しろじょうさんの八月』などを書いてきました。
「子供(人間)は個々の特性を尊ばれることが大事」「地球は生き物も人間もともに生きる星」という思いを、生きてきた中で自然に強く感じるようになり、これが終生のテーマとなっています。
家族は現在認知症となった夫と猫たち犬たちです。長男、次男は社会人となり独立しています。
住まいは茨城県某所の森の横。森は私の思索と憩いの場、夫の散歩道、猫の遊び場、犬の駆ける場と、私たちにかけがえのない存在になっています。
趣味はネット活動と時たまの水泳です。
座右の銘として、いつも、「洞察」を挙げています。
人、物事、出来事に対して、いかに言葉を巧みに連ねても、それが自分の体験や知識や世事などの範疇で裁定したものであっては、何も見ていないのと同じだと痛感するからです。
(佐々木 和恵)
2006-02-01 04:21:08 この記事のURL 「自分も幸せにする福祉活動」

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