皆様、明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い致します。
さて、今年の記事初めは、平野佳美さん著の「傾聴 猫又日記」のご紹介です。
この本は、当ブログの
「ボランティアの人々」に登場していただいた、山崎かおるさんとその仲間の方々が開かれた「ねこんさーと」の受付においてありました。
表紙の黒猫の絵に心ひかれて手にとると、どなたかが、「この本は、”傾聴ボランティア”の著者が書かれた本よ」というようなことを言われ、私は、心の中で、「そうなのか、有名な方なんだ」と思いました。そして、「傾聴ボランティアをしている、猫の好きな方の、心温まる本なんだ・・・」とつぶやきました。まったく私は、何も知らないのでした。
その後、私は気が重くて読まないまま放っていました。
「猫の好きな人の、心優しい猫との暮らしのエッセイは心温まって素敵だろうけれども・・・どうもなぁ」と逡巡するものがあったのです。い、いえ、だからってそういう本が嫌いなわけではありません。好きな方です。・・・ただ、時々、そういう本を前に、自分がいかにも異端者に感じることがあって、そういう気持ちに陥りたくない時は遠ざけておきたいのです。
なぜそんな気持ちになるかと言いますと、私の家は、誰かわからぬ人に、犬や猫がよく捨てにこられ、我が家は猫の家犬の庭になっていて、日によっては、世話や食事が楽しいや優しいを通り越して、捨てにくる人への腹立ちから苦痛で悲しくてならなくなり、そういう時は、幸せな猫と飼い主の話を読むと、自分が、ひとりぽっちの異国人になったように感じるのです。
ボヤキは横においといて、話を戻しますが、昨年の12月も押し迫った日、都心に出る用事がありました。この日、電車のなかで読む本を何かもって行こうと、机の上を見ますと、視線を横に向けているはずの黒猫が、私の方に目玉をむけて、「もってけ」と言ったのです。「ハイ!」と私は、「傾聴 猫又日記」をバックに入れました。
読み始めてすぐに、興奮で居住まいを正しました。
間違いなくこの本は、「猫の好きな人の、心優しい猫との暮らしのエッセイは心温まって素敵だろうけれども」の本でした。・・・でも違うのでした。そう、この本は、歩き疲れて山道に迷った彷徨い人がいきあった、『白い野バラのような本』だったのです。
<人生という道を歩きつかれた人が、山で迷い、もうだめだ、と思った時、一輪の白い野バラが咲いているのに合う。手をさし伸ばすと、指にとげがささり血が流れる。疲れた人は、そのとげと自分の指から流れる血のゆえに、心に深い安心感を覚えるのだ。そしてそこで死んだように眠る。目覚めたあと、その人は己の身体と心の全部に生命が蘇っているのを知り、行く先を決めて歩き出す>
こんな紹介で恐縮ですが、あとは自分の魂で確かめて下さい。
あとがきだけは明かしておきましょう。
『猫又(股)は猫の妖怪、化け猫のことです。日本の伝説の生き物で、年取った飼い猫が変化して妖怪になるのです。ひとの言葉を理解し、ひとの言葉をはなします。ハイジとフィーネは猫又です。
わたしは今年の七月から七十代です。人又です。教員を定年退職して十年目になります。人生のゴールが目前の晩年になりました。
前回出版した「傾聴ボランティア」では六十代前半の生活を記録しました。
「傾聴猫又日記」は六十代後半の生活の記録です。放送大学での勉強、音楽界など楽しい毎日でした。若い頃には予想もしなかった充実した日々でした。早稲田大学エクステーションも単位満了で修了しました。
早稲田での勉強と交遊、西鶴の勉強を中心に書きました。出版した後の人間関係の変化なども書きました。
六十代の重大なできごとは猫を四匹引き連れて小平市に転居したこと。木太郎と木ジロウを動物霊園に送り、ナナジロウを家族にしたこと。それから出版です。
ハイジは十七歳です。人間に換算すると八十四歳です。いつまで一緒にいられるのかと、抱きしめて涙ぐんでいます。猫又は死なないと言われていますが、無理でしょう。
・ ・・生老病死は避けられない・・・
死は近付いています。楽しいことはいつまでも続かない。体力の衰えを感じつつ、「死」をテーマに七十代を暮らしたいと思います。』
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平野佳美(ひらのよしみ)
1937年群馬県太田市生まれ。
1996年3月まで、東京都区内の小学校勤務。
傾聴猫又日記ーたそがれの春は文学と音楽とー
2007年8月23日 初版第一刷発行
発行 株式会社 けやき出版
〒190-0023 東京都立川市柴崎町3-9-6 高野ビル
TEL 042-525-9909 FAX 042-524-7736
1300円
http://www.keyaki-s.co.jp/
リポーターの独言
私は今年の二月で六十六歳になります。いつか、近いうちに、きっと、この平野さんに会うでしょう。そのとき、この人の前に出て恥ずかしくないように生きていたいです。
そうです、自分の魂をゆえなく縛りつけようとするものに蝕まれない生き方です。
(佐々木和恵)