この本は、表題にあります通り、1995年1月17日5時46分に起きた大地震にまつわる童話集です。書かれたのは、この震災を体験された作家の方々です。
本を発行された「あしぶえ出版」の村上延子さんも、被災され、がれきの中から必死に立ち上がられたそうです。
あとがきに、「震災のことを決して忘れないためにも刊行に踏み切りました。震災で亡くなられた人は六千人を越え、その中にはたくさんの子供達も含まれていることは、心が痛みます」と記しておられます。
収められている作品は七作ですが、このエントリーでは、「かねこかずこ作:ありがとう、ユキ」「戸沢たか子作:りょうくんの青い傘」「エイ子 ワダ作:今」「畑中弘子作:桜ふぶき」をご紹介します。
ありがとう、ユキ かねこかずこ
香菜は地震にあいますが、お母さんとお父さんに守られ無事に公園に避難します。
『ほとんどの人が、パジャマの上にセーターやジャンパーをはおっているだけだ。
香菜たちも、パジャマに綿入れはんてんというすがただった。タンスや本棚、テレビがたおれ、割れたガラスのちらばったへやのなかでは、きのうの夜着ていたはんてんを見つけるのがやっとだった。
東の方の空が、赤い。
火事? どこが焼けているのだろう。だが、消防車のサイレンの音がしない。パトロールカーも、救急車の音さえも。』
こうして香菜たちは、おそろしさと寒さにふるえていましたが、パン屋のおじさん、おばさんが来てパンを配ってくれます。パン屋の子供で香菜と同じクラスの大気くんも来ます。
それで少し気持ちが落ち着くのですが、そこでふいに思い出すのです。
「ユキ、ユキがいないっ」
ユキは飼い犬でした。急いで家に帰ってみると、ユキが壊れた家の中で、香菜のランドセルを守って無事にいたのです。
ですが・・・・・・・。
りょうくんの青い傘 戸沢たか子
『あの朝、ぼくはまだ夢の中だった。
ところがとつぜん、ぼくの体はものすごい力を受けて、ふっとばされた。気がつくとぼくは机の下にすべりこんでいた。しかも、机の上には大きなタンスが、ななめになってのっかってたのだ』
この後、ぼくは、バイクにのって地震の直後の町に出ます。
ぼくは小学校の先生なのです。みんな無事でいてくれよ、と心の中で言いながら学校に急ぐのです。そして、外目には立っているけれど、内は壊れて危険になっている校舎に着き、子供や避難してくる人々の安全のために活動します。
受け持った生徒たちは、怪我をしたりょうくんひとりをのぞいてみんな無事でした。
ぼく(先生)は、「みんな、生きとってよかったなあ。ありがとう」となみだをこぼすのです。
やがて、校舎は取りこわされることが決まりました。
ぼくは、教室にお別れをいいたいと思います。そして放送当番で学校に泊まることになります。
この夜のことです。
廊下をこどもが走りすぎたのです。その子は、怪我をして大阪の病院に入院しているりょうくんだったのです。りょうくんは、「ない、ない、ぼくの傘、トーマスの傘」と言いながら走っているのです。
ぼくが、「トーマスの傘はさがしてあげるから、心配しないで早く帰りなさい」と言うと、そこにはもう姿がないのです。背すじが冷たくなるぼく。
そしてぼくは、傘を持って・・・・・。
今 エイ子 ワダ
大震災の時、生まれたばかりだったわたしは、実際にはあの日の恐ろしさを覚えていません。でも、一月十七日が来るたびに母さん、父さんが地震のことを話すので体験したように怖いと感じるのです。
わたしの周りには、大震災で心に傷を負ったままの人が多い。
お姉ちゃんもそうです。お姉ちゃんは、あの日の時は小学二年生でした。今でも震度一の地震でも怯えます。
それだけではありません。
ある日、お姉ちゃんは、花束を持って空き地に行きました。そこは、震災で亡くなったすみれちゃんの家のあったところでした。
お姉ちゃんは、地震の前に転校してきたすみれちゃんと友達になりかけていたのです。
あの日、一緒に文房具を買おうと約束して別れました。でも、すみれちゃんは地震で亡くなり、その約束は果たせないままになったのです。
お姉ちゃんは、そのことが悲しみとともに胸につかえていたのです。
だけど、お姉ちゃんは、次第に、心の中ですみれちゃんに何でも話すようになります。
そして、すみれちゃんがいた家の跡に花束を捧げた時、お姉ちゃんはこう感じるのです。
『「今ね、すみれちゃんがそこにいて、「来てくれてありがとう」って言った。それでわかったん。すみれちゃんが死んだときは、ただのとなりの席の子やったけど、今は違う。ともだちやって。そしたらね、すみれちゃんも、「わたしたち、ともだちよね」って言うたの。わたしも「うん」ってうなずいたん』
ほかにもこの作品には、まだ深い傷が癒えないままのおばさんも登場します。
桜ふぶき 畑中弘子
この作品の語り部は、一本の桜の木です。
桜はあの日から何日間も続いた地獄のような惨状と人々の恐怖や悲しみを、じいっと見つめてきました。
中学生ぐらいの男の子(ちいにいちゃん)と女の子(まいちゃん)も見続けています。
ちいにいちゃんは、兄が家の下敷きになりました。
『「あの・・・・・。大きいにいちゃん、みつかった?」
「ああ、みつかった。どろだらけの顔しとったわ」
なんということでしょう。この少年のお兄さんは家の下敷きになって、やっと昨日の夕方、救出されたというのです。
「そいでな、目からいっぱいなみだをながしてたんや。おれ、にいちゃんの顔ふいたったんや」
「ふうん・・・・・。うちもな」
女の子は天をむくと、急に元気な声をはりあげました。
「うちかて、おとうさんがまだみつからへんのや」』
こうした会話を聞きながら、桜の木は何も慰めることもできない自分が苦しいのでした。
そして自分にできることは、みんなに花びらを降らせてあげることだと思うのです。
やがて桜は、ちいにいちゃんとまいちゃんの別れも目の当たりにします。
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後半の作品の紹介は
http://secondleague.net/user/001/001/1204.html#more
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<著者紹介>
かねこかずこ
1946年、兵庫県で生まれる。「ペンキやさんの青い空」(文化出版局)でカネボウミセス童話大賞。「補欠の逆転ホームラン」「ぼくらの空きカン回収作戦」(文研出版)ほか。(花)同人。
戸沢たか子
1929年、兵庫県神戸市で生まれ在住。「こうべ」同人。児文協会会員・地震後千日めに震災童話集「月夜のピアノ」を出版。他に共著・夢はいろいろ(国土社)・心があったかくなる話(ポプラ社)・兵庫の童話など。
エイ子 ワダ
1948年神戸市生まれ。共著に「にんじゃごっこ」「大あたりへの8634141」「ぼく」など。「あっ」で共石創作童話最優秀賞、「おふくろさんのふくろ」で小さな童話今江祥智賞受賞。(花)同人。
畑中弘子
1943年、奈良県で生まれる。神戸市在住。北区で震災を経験。日本児童文学者協会・文芸家協会会員。作品に「わらいっ子」(講談社)、絵本「鬼の助」(てらいんく)などがある。
<画家紹介>
太田一希
兵庫県に生まれる。大阪芸術大学工芸学科卒業。平成19年よりあしぶえ同人誌の挿絵を担当し始め、60号記念に刊行された「あしぶえがきこえる?」の表紙と挿絵を担当。
<編者紹介>
村上のぶ子
岡山県に生まれる。日本児童文芸家協会評議員、同関西支部長。あしぶえ出版社長。主な著書に詩集「ここは小人の国」童話「花おばあさんと星のもじ」共に日本文芸アカデミー賞のシルバー賞、ゴールド賞を受賞。共著「子どものための少年詩集」全国学校図書館協議会選定図書などがある。
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シロのいた町
2007年12月5日 第一刷発行
編者・村上のぶ子
発行者・村上延子
発行所・あしぶえ出版
http://www.Ashibue.co.jp/
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リポーターの独言
どの作品も、筋立ての面白い物語になっています。その物語から、それぞれの登場人物を通して、震災で受けた強い感情が、さまざまな形でにじみ、あるいはほとばしり、読者は思わず息を止めてしまいそうになります。
でも、どの作者も、伝えたいことの一番は、震災の恐怖や怒りや悲しみではなく、それを乗り越えて生きる人間の姿と、震災の傷は今も深く、孤独死など悲劇は続いていますから、それらを深いところで受け止めて、それでもなお一人一人が元気に前に出ようとすることへの共感なのだと思いました。
これはすばらしい指標でもあり、私は、共感とともに敬意の念を抱きながらこの本を読みました。
本を贈呈して下さったのは、エイ子 ワダさんです。大分前ですが、当時入っていた同人誌の仲間のお一人です。十三年前の地震の後、私は関西方面に住んでいる友人たちのことが案じられてなりませんでした。そして、二月の末から三月にかけて、せめて何かお送りしたいと思い、水俣の甘夏を何人かの方に送りました。甘夏のビタミンCが疲れをちょっとでも癒すのではないかと、そんなささやかな思いでした。
たったこれだけのことを、エイ子さんは、十三年も経った今も忘れないでいて下さるのです。
私は、エイ子さんのその篤い豊かなお気持ちから、どれだけ元気をいただいたか知れません。この場をお借りしまして、心よりお礼を申し上げます。
エイ子 ワダさん、ありがとうございます。エイ子さんとこの本を書かれた皆様がますますご活躍されますこと、被災された皆様へのお見舞いを心から申し上げたく思います。
(佐々木和恵)