1995年1月17日のあの朝のことを、地震に合わないところで暮らしていた皆さんは、どのように思い出しますか?
私は、二階の自分の寝室で目覚めると、いつものようにFMラジオのスイッチを入れました。すると、クラッシック音楽が流れてくるはずのラジオが、「○○町の△△さん、□□さんに連絡をして下さい」というようなことを次々と言っているのです。私はてっきりドラマの放送をやっているのだと思いました。BGMも何もなく○○町の△△さんとひたすら呼びかけているそこに、張り詰めて緊迫した空気が漂っているのを感じ、『朝っぱからなんだかすごいドラマを流しているなぁ』と苦笑すらしました。
それから、いつも聴いていたFM音楽に直そうとラジオをいじりました。何かの拍子に設定が動いたのだと思ったのです。
でも、番組設定はいつもの通りになっていました。
この時、はじめて、『なにかおかしい・・・』と感じ、テレビを観るために階下に急ぎました。
そして、神戸の惨状を知ったのです。8時ごろだったと思います。
私はその後、あまりの現実に押しつぶされ、自失の感覚でいたという気がします。テレビを観るのも怖かったです。直視することなどできませんでした。
私は四国の出身ですから、親戚や昔の友人知人の多くが関西方面に住んでいましたが、その人たちのために力になることもできませんでした。
地震の日からしばらく経って、兵庫にいる従姉妹に、どうしていいかわからず見舞いを送るだけで、復興や生活の役に立てないことを詫びましたら、従姉妹がこう言ったのです。
「何言うとるん。当たり前や、そんなこと。うちら、当事者になってしもたから、生きなあかん、立ち直らなあかんと、やらないけんことを必死にやっとるけど、立場が違うたら何もできんよ。役に立たんでごめん、なんか言われたら困るよ」
この「シロのいた町」を読んだ時、従姉妹の言葉を思い出しました。
『当事者になってしもたから、生きなあかん、立ち直らなあかんと、やらないけんことを必死にやっとる』
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では、「とらやよしみ作:崖の上の家」「高浜直子作:とうがらしの花」「古本博子作:シロのいた町」をご紹介しましょう。
崖の上の家 とらやよしみ
『美和子は、ことしの四月に、横浜から神戸のこの小学校にかわってきたのです。ことばづかいがおかしいといって、わらいのたねにされているのです。
「やみそうもないなぁ そうや。きょうはうちがおくっていったるわ」
たたきつけるようにふる雨をみながら、加代がいうと、美和子はびっくりしたかおをしました。
「ほんとにいいの?」
「ええよ、家はどこや?」
「一の谷町、とおいのよ」
「わかった。一の谷のかっせんがあったとことやろ。むかし、みなもとのよしつねが馬でかけおりたという崖の上か?」
「そうよ、そうよ」
美和子は、うれしそうににっこりしました。
(略)
「二かいからも、リビングからのけしきもいいけど、わたしの部屋からのながめがいちばんなのよ」
美和子はとくいそうにいいました。この部屋だけ南むきにはりだしてたててあるので、左のほうから右のほうまで、海岸が一直線にみえるのです。』
地震の日、加代はお父さん、お母さんとも無事でした。近所の人たちも、家のつぶれた人はいますがみんな無事でした。
だが加代は、美和子が死んだことを知ります。美和子は、けしきが一望できた南にはりだした部屋もろとも崖下に落ちたのです。
ここの展開が、文学的なサスペンスの深みをたたえて書かれています。真実におこったことを知る読者は、その臨場感がたまらなく辛く息が苦しくなります。
でも、作者は、これを描ききることが、『やらないけん』ことだったのでしょう。
とうがらしの花 高浜直子
新聞配達をしていたお母さんが、配達の途中で地震に合い死んでしまったぼくと、お父さんと、まわりの人の物語です。
お父さんは、お母さんが死んだ後、新聞配達を受け継ぎますが、それも果たせないほど力をおとしています。ぼくが、そのお父さんの代わりに配達をするのです。
その配達をする中で、ぼくは、お母さんがどのように生きていたか知ります。
お母さんは、とうがらしを庭で育てていましたが、それは、岩本さんという名前の韓国人のおばあさんが作るダイコンキムチに使うためでした。おじいさんは正夫という名前です。二人は、お母さんが死んだあと、新聞配達をするぼくを力づけてくれ、お母さんの話をしながらダイコンキムチを包んでくれました。
でも、お父さんは、「韓国人の作ったもの食べられるか!」と怒ってキムチを投げます。お父さんは、靴を作る工場を持っていたのですが、韓国の人のために倒産に追い込まれていたのです。
この後、ぼくは、親戚の家に引き取られます。
でも、ぼくは、『父さんは、母さんのところに行きたいのじゃないか・・・』と心配になり、遠い道を駆けて家に戻ります。
その途中、岩本さんのおじいさんの家の前を通り、ぼくは、岩本さんの家に、靴を作る機械があって、それが手入れをされ、今も使えることを知ります。
つぶれたもとの家の前で、しょんぼりとうずくまっている父さん。
ぼくは、「母さん、悲しむで!」と思わず叫ぶ。
"父さんの顔は震度十の顔だ"
ぼくは、父さんの手を引っ張って、岩本さんの家に連れていく。手入れのされた機械を見て、背筋が伸びる父さん。
『「どこの国にもわるいやつはおるが、めいわくかけたのう。わしはなんやしらんが、あんたが気にいった。これ一台では、仕事はできんけど、中心になる機械や思うとる。なんとかやってみなんか」
「・・・・・・・・・」
「国がどこやなんて、いうてる時とちがう。身近な人から、たちなおってもらわな。それに、わしはここがすきなんや。生まれはちがうけど、わしがこの国を選んだとおもうとる」
「・・・・・わたしで・・・・・いいんですね」
父さんは、おじいさんのごつごつした手を両手でにぎりしめた。肩がふるえている。』
こうして父さんの顔の震度十は消えるのです。
庭には、ぼくが植えたとうがらしの白い花が、いちめんに咲いていました。
シロのいた町 古本博子
『懐中電灯の明かりが、あたりを照らす。
机の上に本箱が倒れかかり、本が、スタンドが、時計が投げ出されている。
明かりが窓をよぎった。
「み、道がある。そこに道があるよ!」
「ええっ」
一階がつぶれたんだ!
母ちゃんが、窓にしがみついて悲鳴をあげた。
「父ちゃんが、仕事場にいる! 父ちゃん、父ちゃーん!」
狂ったように、母ちゃんが叫んだ。
ぼくの家はパン屋で、一階が店、店の奥がパンを焼く仕事場になっている。
「悠、着るもの持って、外に出なさいっ」
母ちゃんとぼくは、窓をこじあけ、屋根を伝って道路に下りた。
「父ちゃん、父ちゃん」
どんなに呼んでも、返事はなかった。
平成七年一月十七日、阪神大震災の朝が、うっすらと明けようとしていた。
(略)
こわれてしまった町は、目印を失って、見知らぬ町のようだ。
歩いている人もいるのだが、大声をだす人はいない。あたりは不思議に静かだった。
倒れかかった家の戸口をのぞいて、男の人が声をかけた。
「じいさん、はよ避難してや。そんなとこにおったら、余震でつぶされるで」
「ほっといてくれ。ここがわしの家や」
「なるべく早う、市役所の南館へ行ってな」
返事はなかった。
ぼくも中をのぞいてみた。
奥の方は、屋根が落ちているらしい。おじいさんが一人、戸口のそばにすわっていた。
「お前をおいて、どこにも行きゃあせんよ。心配するなや・・・」
おじいさんは、白い犬の背中をなでていた。ぶしょうひげが白く光る、やせたおじいさんだった。
犬は苦しそうに腹をなみうあたせている。
「あっ! シロだ! ここがおまえの家やったんか?」』
この後、ぼくはいろいろな人に助けられ、励まされます。そして父ちゃんも、足に怪我をしていますが助かります。
でも、シロは、ウオーン、ウオーンと最後の声を振り絞るようにないて息をひきとります。
おじいさんの嘆きは深く、避難所にも行きません。
「シロがな、ゆうべもあそこからのぞいておった(略)」
おじいさんは、シロから離れられないのです。
ぼくは、毎日、おじいさんのところに行きます。
そして十日ほどたって、西山公園に仮説風呂ができ、お風呂に入れることになります。みんな大喜びでした。
ぼくも順番を待ってお風呂に入ります。
そこに、シロのおじいさんがいたのです。おじいさんは、ぼくが毎日心配するのに心を動かされ、避難所に移る決心をしたのです。
「シロはな、どこにおっても、ついてきよる」と言って。
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前半の作品紹介は
http://secondleague.net/user/001/001/1167.html#more
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<著者紹介>
とらやよしみ
1935年・兵庫県に生まれる。神戸市・兵庫県関連団体編集の童話集・絵本に共著10冊・但馬の自然や風習を書いた作品が多い。日本海新聞に「春来峠」50回連載。「こうべ」同人。神戸市在住。
高浜直子
1937年、和歌山県に生まれる。「こうべ」同人。日本児童文学者協会、日本ペンクラブ会員。絵本「ありがとうニャァニャァ」(岩崎書店)では大震災と正面から向き合う。ほかに「お月さんの手品」(小学館)などがある。
古本博子
1934年、愛媛県で生まれる。日本児童文学者協会会員、「こうべ」同人。作品には「赤い花束」と共著に「やっちゃんの鳥つかみ」「大イノシシ車にのる」「ひろしのプレゼント」などがある。
<画家紹介>
太田一希
兵庫県に生まれる。大阪芸術大学工芸学科卒業。平成19年よりあしぶえ同人誌の挿絵を担当し始め、60号記念に刊行された「あしぶえがきこえる?」の表紙と挿絵を担当。
<編者紹介>
村上のぶ子
岡山県に生まれる。日本児童文芸家協会評議員、同関西支部長。あしぶえ出版社長。主な著書に詩集「ここは小人の国」童話「花おばあさんと星のもじ」共に日本文芸アカデミー賞のシルバー賞、ゴールド賞を受賞。共著「子どものための少年詩集」全国学校図書館協議会選定図書などがある。
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シロのいた町
2007年12月5日 第一刷発行
編者・村上のぶ子
発行者・村上延子
発行所・あしぶえ出版
http://www.Ashibue.co.jp/
(佐々木和恵)