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介護☆同行二人<ある死>

2008-09-29 07:02:06

私の夫は、ある時期、Aというグループホームに、ディサービスを受けるため週に五日通っていました。

そこは、入所施設と通所施設の棟があり、道路に面した駐車場の横に入所施設、その奥に通所施設がありました。私が送り迎えをしていましたから、私と夫は、駐車場に車を止めると、入所施設の入り口の前を通り過ぎて、奥のディの建物に向かって歩いて行くのです。

入所施設の入り口はいつも開いていました。真冬の風が吹き荒ぶ日でもそうでした。
それは、M子さんという、60代後半か70代前半と思われる女性が、玄関の椅子に腰掛けて、外を見るためにそうなっていたのでした。

ある特に寒い日、私は思わず入り口に近寄り、「寒くありませんか?」と訊きました。するとM子さんは、にこっと笑い、廊下の方を指差されました。そこにはファンストーブがM子さんに向けて置いてあって、ふぁ〜ふぁ〜と暖かい風を送っていました。

ある時、職員さんに、「M子さんは外を見るのが好きなんですね」と言いますと、「トラックを見ているの。ホラ、道路の向こうが工場でトラックの出入りがあるでしょ。M子さんは、トラックを見ると歓声をあげて喜ぶのよ。おうちが運送やさんらしいわ」という答えでした。

それから大分経ったある時期から、入所施設の入り口は閉まるようになり、M子さんの姿を見ることはなくなりました。『M子さん、どうされたんだろう・・・』と気になりましたが、『トラックを見るより、他の何かに楽しみを持たれるようになられたんだ・・・』と勝手にそんな納得をしていました。

その後、Aグループホームの経営者の方から、「全部の施設の職員が集まって、介護についての発表会があるから、家族代表として参加して下さい」と言われました。私は、『代表というのはおこがましいけど、勉強をさせてもらうつもりで参加しよう』と思い、発表会の当日会場に出かけました。

Aグループホームはあちこちに施設があり、介護に就いている職員さんの数は多く、この日、それぞれの施設から次々に、介護の事例が発表されていきました。

M子さんが入所されている施設の職員さんの順番が来ました。
私はお話の途中から、心臓の鼓動が激しくなっていくのを覚えました。そこで話されているのはM子さんのことだ、とわかったからです。
それは、体調を崩されたM子さんは、以後、自室で寝込み、食べ物も診療も拒否しつづけて亡くなった、というものでした。

息が止まるのではないかと思うほど高まってくる心臓の鼓動を抑えながら、私は思っていました。
『M子さんは、トラックを見ていたのではなかったのだ、家族が迎えに来るのを待ち続けておられたのだ』と。

そしてある記憶をたぐっていました。M子さんをAホームで見るようになったそれより以前に、別のホームで、私はM子さんを見ていたのです。
当時、私は父親の看病で、三日間夫をそのホームにショートスティをお願いし父の病院で寝泊りし、三日経ったら帰って夫を迎えに行き自宅で三日を過ごし、また三日間ショートスティをお願いして父の病院に行く、という繰り返しの生活をしていました。

それでたびたびそのホームに行っていたのですが、そこで三度M子さんを見かけているのです。
二度は、入り口のところで男性の職員さんに抑えられ、「帰りたい、帰りたい」と声を振り絞っておられるところ。一度は、昼食時に夫をともなってホームの食堂に入っていったら、数人の入所者の方がテーブルについて食事をされていたのですが、一人の女性は、離れたベンチに一人腰掛け、見るからに頑なな表情をされていました。その方の前を、「失礼します」と言いつつ通ったのですが、にこっと笑顔になられて会釈して下さったのです。

この時のにこっとされた顔を思い出し、M子さんであったことを、私は悟ったのです。
後に親しい職員さんに訊き、M子さんが、別のホームになじめず、Aホームに来られたこと、Aホームではすんなり慣れられたが、いつも玄関の椅子に腰掛けトラックを見ておられたことを確かめました。

あの、玄関の戸口から、毎日毎日、朝から夜まで、ひたすら道路を見続けておられた時、そして、医療を受けるのも食事も拒絶され続けておられたという間、ついに命が尽きる瞬間・・・・・M子さんの思い、気持ちがどうであったかなどを想像することは冒涜であるでしょう。

だけど、凡人の私はその冒涜を犯し、どうしても浅はかな想像におちるのです。
“M子さんの、家と家族が恋しくてならなかった思い、ついに叶えられず、生につながる一切を拒絶することで、捨てられた思いを耐えておられたのだろう、その孤独、落胆、失意、寂しさはいかばかりであったろうか”と。

リポーターの独言
私はこれを書くことをずうっとためらっていました。M子さんのご家族を責めているようにとられるのではないかと思うからです。実際、これを読まれた方は、私が暗にご家族を責めている、と思われるでしょう。

でも言い訳でも何でもなく、真実、私はご家族を責める気持ちなどない。絶対にない。
ただ、哀しいのです。いいえ、M子さんの人生が哀しいというのではない。誰がM子さんの生と死を哀しいなど思うでしょう。これほどの壮絶な生死を選択できる人がほかにいるでしょうか。

では何が哀しいのか。それは、命あるものが背負った宿命がです。
死そのものは、自身の生き方、考え方、感受などで、もしかしたら、“こわくない”ものに到達し得るかもしれません。でも、生から死への“時刻”を待つ、あるいは受け入れる、この時刻を私は哀しく思えてならないのです。

この哀しみと、その時刻をひとりでのりこえて往ったM子さんへの敬意を書きたかったのです。

(佐々木和恵)

この記事のURLコメント(2)

Posted by 佐々木和恵 at 2008-09-29 14:14:06

紫すみれさん、コメントをありがとうございます。

>日常生活から隔離された場にいる事がついつい疎遠にさせてしまう

親や介護の問題でなくても、こういうことになりますよね。私も夫の介護以外のことでよく自覚します。

>家族と施設、入居者と家族の心をつなぐような仕組みができればと思っています。

ほんとにそうですね。介護制度の抜けているところは、この点と、介護者のサポートだと思います。それぞれの施設の意識で、制度にはない形でこうした点が密にされているところもあるかもしれませんが、この二点が忘れられていけば、どんな無機質的な世界になっていくかと気になってならないです。

Posted by 紫すみれ at 2008-09-29 11:07:56

長期入院中の母の事を思いながら、このブログを読ませていただきました。私自身、病院という日常生活から隔離された場にいる事がついつい疎遠にさせてしまうという現実に、時に苦しみます。家族と施設、入居者と家族の心をつなぐような仕組みができればと思っています。

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