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<身近な動物との「共生」について、小学校の飼育係の生徒たちと話し合う> 茨城県結城市

2008-02-29 01:08:40

春のようにあたたかな二月のある日、茨城県結城市の結城小学校に行きました。
結城市は、茨城県の西の方にある鎌倉時代からの城下町で、その面影を残しながら、新しい家並みも広がる、新旧が調和した落ち着いた清潔な印象のまちです。
特産品の結城紬(常陸紬)は、国の重要無形文化財にもなっています。

結城小学校は、そうした格調あるまちのなかほどに、桜の木に囲まれるようにしてありました。
お訪ねたした目的は、当ブログにも登場していただいています、ゆうき動物病院の院長先生で、大学の先生もされています安藤先生のご紹介で、五年生、六年生の動物飼育係の生徒たちと動物について話し合うためでした。
私は、紙芝居を抱えて、「身近な動物(ペット)との共生について話し合いができたらいいな」と、ドキドキしながら訪ねたのでした。

では、その様子を写真を交えながらご紹介しましょう。

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本の紹介 阪神淡路大震災短編童話入選作品集<シロのいた町>2

2008-02-24 21:34:00

1995年1月17日のあの朝のことを、地震に合わないところで暮らしていた皆さんは、どのように思い出しますか?

私は、二階の自分の寝室で目覚めると、いつものようにFMラジオのスイッチを入れました。すると、クラッシック音楽が流れてくるはずのラジオが、「○○町の△△さん、□□さんに連絡をして下さい」というようなことを次々と言っているのです。私はてっきりドラマの放送をやっているのだと思いました。BGMも何もなく○○町の△△さんとひたすら呼びかけているそこに、張り詰めて緊迫した空気が漂っているのを感じ、『朝っぱからなんだかすごいドラマを流しているなぁ』と苦笑すらしました。
それから、いつも聴いていたFM音楽に直そうとラジオをいじりました。何かの拍子に設定が動いたのだと思ったのです。
でも、番組設定はいつもの通りになっていました。
この時、はじめて、『なにかおかしい・・・』と感じ、テレビを観るために階下に急ぎました。
そして、神戸の惨状を知ったのです。8時ごろだったと思います。

私はその後、あまりの現実に押しつぶされ、自失の感覚でいたという気がします。テレビを観るのも怖かったです。直視することなどできませんでした。
私は四国の出身ですから、親戚や昔の友人知人の多くが関西方面に住んでいましたが、その人たちのために力になることもできませんでした。
地震の日からしばらく経って、兵庫にいる従姉妹に、どうしていいかわからず見舞いを送るだけで、復興や生活の役に立てないことを詫びましたら、従姉妹がこう言ったのです。
「何言うとるん。当たり前や、そんなこと。うちら、当事者になってしもたから、生きなあかん、立ち直らなあかんと、やらないけんことを必死にやっとるけど、立場が違うたら何もできんよ。役に立たんでごめん、なんか言われたら困るよ」

この「シロのいた町」を読んだ時、従姉妹の言葉を思い出しました。
『当事者になってしもたから、生きなあかん、立ち直らなあかんと、やらないけんことを必死にやっとる』

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では、「とらやよしみ作:崖の上の家」「高浜直子作:とうがらしの花」「古本博子作:シロのいた町」をご紹介しましょう。

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本の紹介 阪神淡路大震災短編童話入選作品集<シロのいた町>1

2008-02-11 05:00:16

この本は、表題にあります通り、1995年1月17日5時46分に起きた大地震にまつわる童話集です。書かれたのは、この震災を体験された作家の方々です。
本を発行された「あしぶえ出版」の村上延子さんも、被災され、がれきの中から必死に立ち上がられたそうです。
あとがきに、「震災のことを決して忘れないためにも刊行に踏み切りました。震災で亡くなられた人は六千人を越え、その中にはたくさんの子供達も含まれていることは、心が痛みます」と記しておられます。

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収められている作品は七作ですが、このエントリーでは、「かねこかずこ作:ありがとう、ユキ」「戸沢たか子作:りょうくんの青い傘」「エイ子  ワダ作:今」「畑中弘子作:桜ふぶき」をご紹介します。

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介護☆同行二人< おーい、おーい>

2008-02-06 00:53:20

これまでの<介護☆同行二人 我が家の場合>に書きました通り、夫は二度の脳梗塞、一度の脳内出血をおこしていますから、入院は長く、またディサービスなど介護施設に通うことも何年も続いています。
その間、喜びにつながる人との出会いや親切や温かさをいっぱい体験しましたが、それに輪をかけて体験したのは悲しみに近いものでした。病気、というもの自体が悲しみになりますから、それは当然といえば当然かも知れませんね。

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