イレーナ・センドラーさんというポーランドの女性をご存知ですか。
私は、第二次世界大戦中、ナチスに抵抗して多くの子供を救った人、ということをうろ覚えに知っているだけでした。日本人の外交官で、第二次世界大戦中、ユダヤ人にビザを発行した杉原 千畝(すぎはら ちうね)さんのことをネットで調べた時、このイレーナさんのことを知ったのです。
【Wikipedia=
イレーナ・センドラー 杉原 千畝(写真入で紹介されています)】
そのイレーナさんが亡くなられたそうです。5月13日14時50分に配信された
産経新聞の記事でわかりました。
記事によりますと、センドラーさんは、社会奉仕家の立場を利用してゲットー内に入り、幼児たちをスーツケースに入れたり、スカートの中に隠すなどして逃すことに成功したそうです。ナチスに見つかれば、銃殺などの重罪に処せられる危険がある中、2年以上も命がけの活動を続け、子供たちを孤児院や病院、教会などに匿ったということです。
やがてゲシュタボに逮捕され、強制収容所で拷問を受けますが、「活動内容を明かすぐらいなら迷わず死を選ぶ」(生前の伝記)と、沈黙を守り通されたそうです。その後、仲間の行動で、死を免れましたが、拷問のため足や腕を骨折し、無意識状態のまま近くの森の中に捨てられました。
イレーナさんは、子供たちを救っただけではなく、戦後、親と子供が再会できるように、子供1人1人の名前などを紙に書き、リンゴの木の下に埋めておかれたと言いますから、この凄さには言い表す言葉が出てきません。
戦後は社会奉仕家として活動を再開され、イスラエルから表彰を受けたり、ノーベル平和賞候補にも挙がるなど、勇気ある行動は世界で称賛されたそうですが、死の間際のインタビューで、「私が『英雄』と呼ばれることには抵抗がある。実はその逆だ。私はほんの一握りの子供しか救えなかったことに、今も良心の呵責を感じ続けているのです」と語っておられたそうです。
ご冥福を心から祈ります。
リポーターの独言
この記事には、「他者のため、弱者のために立ち上がった人は当時、まれだった。」とありますが、私は、規模は小さくとも、誰にも知られずこのように生きた人はたくさんおられたのではないか、と思えてなりません。そう思った時、言葉にならない想いがこみあげてきました。
世界は絶望に覆われてるかのような様相を呈しているといわれていますが、そんなことはない、希望は、全ての私たちの手に在る、とそんな勇気がわいてくるのです。
(佐々木和恵)