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カウンセラー 永原伸彦さんのまなざし<修正しようとするのではなく、その人の“今”を認める>

2008-09-30 02:23:18

十数年前、私はあるボランティア活動に参加するために、研修を受けていました。研修は、一般教養、心理学などのカリキュラムが組まれており、中でも重きをおかれていたのがカウンセリングの講座で、何人もの講師の先生がいらっしゃいました。そのお一人が、永原伸彦先生でした。

どの先生の講座もそれぞれの理念のもと、私たち受講生の体験をも引き出しながら進められ、緊張感と刺激のともなう興味深い勉強でした。
特に永原先生の講座は印象的でした。ご自分の理念を教え与えることに重きをおくのではなく、受講生一人ひとりが話すことを篤実に受け止められ、受講生は、自分が理解されているという安心感、充足感を覚えたのでした。言葉を変えれば、それは、「癒された」というものであったのだろうと思います。

私は、父親の介護の手伝いをしなくてはならなくなり、まもなくそのボランティアをやめ、永原先生の教えを受けることはなくなりましたが、自分が何らかの苦悩を抱えたり、社会に理由なき無差別殺人と言われる出来事が起きた時など、『永原先生だったらどのようにとらえられるだろう・・・』とよく思いました。

今年に入ってから、数人の同世代の友人と集まる機会があり、期せずして一人の人から、普段は真面目にサラリーマン生活を送っていた息子が、突然会社をやめ、引きこもり状態になった、自殺や事件が心配だ、という話が出ました。それを機に、他の人たちからも、そのようなことが身近にあるという話が次々に明かされました。

私は、この日を機に、『身近な人間が、社会に順応できなくて苦しんでいる時、どのように対したらいいか』を永原伸彦先生に伺ってみたいという思いを強くするようになり、このたびその機会を得ました。

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介護☆同行二人<ある死>

2008-09-29 07:02:06

私の夫は、ある時期、Aというグループホームに、ディサービスを受けるため週に五日通っていました。

そこは、入所施設と通所施設の棟があり、道路に面した駐車場の横に入所施設、その奥に通所施設がありました。私が送り迎えをしていましたから、私と夫は、駐車場に車を止めると、入所施設の入り口の前を通り過ぎて、奥のディの建物に向かって歩いて行くのです。

入所施設の入り口はいつも開いていました。真冬の風が吹き荒ぶ日でもそうでした。
それは、M子さんという、60代後半か70代前半と思われる女性が、玄関の椅子に腰掛けて、外を見るためにそうなっていたのでした。

ある特に寒い日、私は思わず入り口に近寄り、「寒くありませんか?」と訊きました。するとM子さんは、にこっと笑い、廊下の方を指差されました。そこにはファンストーブがM子さんに向けて置いてあって、ふぁ〜ふぁ〜と暖かい風を送っていました。

ある時、職員さんに、「M子さんは外を見るのが好きなんですね」と言いますと、「トラックを見ているの。ホラ、道路の向こうが工場でトラックの出入りがあるでしょ。M子さんは、トラックを見ると歓声をあげて喜ぶのよ。おうちが運送やさんらしいわ」という答えでした。

それから大分経ったある時期から、入所施設の入り口は閉まるようになり、M子さんの姿を見ることはなくなりました。『M子さん、どうされたんだろう・・・』と気になりましたが、『トラックを見るより、他の何かに楽しみを持たれるようになられたんだ・・・』と勝手にそんな納得をしていました。

その後、Aグループホームの経営者の方から、「全部の施設の職員が集まって、介護についての発表会があるから、家族代表として参加して下さい」と言われました。私は、『代表というのはおこがましいけど、勉強をさせてもらうつもりで参加しよう』と思い、発表会の当日会場に出かけました。

Aグループホームはあちこちに施設があり、介護に就いている職員さんの数は多く、この日、それぞれの施設から次々に、介護の事例が発表されていきました。

M子さんが入所されている施設の職員さんの順番が来ました。
私はお話の途中から、心臓の鼓動が激しくなっていくのを覚えました。そこで話されているのはM子さんのことだ、とわかったからです。
それは、体調を崩されたM子さんは、以後、自室で寝込み、食べ物も診療も拒否しつづけて亡くなった、というものでした。

息が止まるのではないかと思うほど高まってくる心臓の鼓動を抑えながら、私は思っていました。
『M子さんは、トラックを見ていたのではなかったのだ、家族が迎えに来るのを待ち続けておられたのだ』と。

そしてある記憶をたぐっていました。M子さんをAホームで見るようになったそれより以前に、別のホームで、私はM子さんを見ていたのです。
当時、私は父親の看病で、三日間夫をそのホームにショートスティをお願いし父の病院で寝泊りし、三日経ったら帰って夫を迎えに行き自宅で三日を過ごし、また三日間ショートスティをお願いして父の病院に行く、という繰り返しの生活をしていました。

それでたびたびそのホームに行っていたのですが、そこで三度M子さんを見かけているのです。
二度は、入り口のところで男性の職員さんに抑えられ、「帰りたい、帰りたい」と声を振り絞っておられるところ。一度は、昼食時に夫をともなってホームの食堂に入っていったら、数人の入所者の方がテーブルについて食事をされていたのですが、一人の女性は、離れたベンチに一人腰掛け、見るからに頑なな表情をされていました。その方の前を、「失礼します」と言いつつ通ったのですが、にこっと笑顔になられて会釈して下さったのです。

この時のにこっとされた顔を思い出し、M子さんであったことを、私は悟ったのです。
後に親しい職員さんに訊き、M子さんが、別のホームになじめず、Aホームに来られたこと、Aホームではすんなり慣れられたが、いつも玄関の椅子に腰掛けトラックを見ておられたことを確かめました。

あの、玄関の戸口から、毎日毎日、朝から夜まで、ひたすら道路を見続けておられた時、そして、医療を受けるのも食事も拒絶され続けておられたという間、ついに命が尽きる瞬間・・・・・M子さんの思い、気持ちがどうであったかなどを想像することは冒涜であるでしょう。

だけど、凡人の私はその冒涜を犯し、どうしても浅はかな想像におちるのです。
“M子さんの、家と家族が恋しくてならなかった思い、ついに叶えられず、生につながる一切を拒絶することで、捨てられた思いを耐えておられたのだろう、その孤独、落胆、失意、寂しさはいかばかりであったろうか”と。

リポーターの独言
私はこれを書くことをずうっとためらっていました。M子さんのご家族を責めているようにとられるのではないかと思うからです。実際、これを読まれた方は、私が暗にご家族を責めている、と思われるでしょう。

でも言い訳でも何でもなく、真実、私はご家族を責める気持ちなどない。絶対にない。
ただ、哀しいのです。いいえ、M子さんの人生が哀しいというのではない。誰がM子さんの生と死を哀しいなど思うでしょう。これほどの壮絶な生死を選択できる人がほかにいるでしょうか。

では何が哀しいのか。それは、命あるものが背負った宿命がです。
死そのものは、自身の生き方、考え方、感受などで、もしかしたら、“こわくない”ものに到達し得るかもしれません。でも、生から死への“時刻”を待つ、あるいは受け入れる、この時刻を私は哀しく思えてならないのです。

この哀しみと、その時刻をひとりでのりこえて往ったM子さんへの敬意を書きたかったのです。

(佐々木和恵)

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後期高齢者医療制度って?<見直し案について考えるリンク集>

2008-09-27 11:01:07

2008年9月、麻生内閣が発足して、後期高齢者医療制度の見直しが表立ってきましたね。
この医療制度は、現在の高齢者の問題だけではなく、若い人の将来に関係する、国民全体の問題でもあり、それらを踏まえてより安心の制度になっていかなくてはならない、そのためには、国民一人一人が年齢に関係なく、自分の医療制度として関心を持ち、それぞれの視点で見て、考えて、意見を出していくことが大事と思っています。

そこで再び、後期高齢者医療制度に関するニュースのリンク集を作ることにしました。クリックをすればその記事が開きます。
皆さん、若いうちはそれほどと思わないかもしれませんが、高齢になってくると、医療の問題は、ほんと〜に切実になって来ます。(経済的な問題だけではなく、システムのことなども含めて)
ぜひこの制度に関心を持ち、見定めましょう。納得のいい制度になるように。

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紙芝居の紹介<ユーレイなんかじゃない>原作:マオアキラ/脚本:上地ちづ子/絵:長野ヒデ子

2008-09-24 10:16:51

この紙芝居は、1995年3月に、汐文社から発行された「紙芝居 障害者といっしょに (全5巻)」の中の一冊で、当時は認知症という言葉はなく「痴呆」と表現されていましたが、その痴呆がテーマとなっています。

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物語
年をとって、少しボケテきてしまったおじいちゃん。お茶碗を割ったり、なんでも忘れるたりするので、ぼくたち家族はいらいらする。夜も外でうろうろ歩いたりするようになって、ユーレイが出る、という噂が立つようになった。
ぼくは、おじいちゃんが元気だったころ、いろいろなことを教えてもらった。おじいちゃんは強くて優しくて大好きだった。だから、おじいちゃんが、ぼけてしまって悲しかった。

ある日のことだ。公園で、犬に追われた子猫が、木に登ってニャァニャァ鳴いていた。みんなどうすることもできなくて見ているだけだ。
ところが、おじいちゃんが、はしごを持ってきた。おじいちゃんは、子猫がかわいそうでならなくて、なんとか助けてやりたいと思い、一生懸命考えて、はしごを思いついたんだ。
それからみんなで子猫を助けた。

ぼくは思った。『おじいちゃんは、病気のために頭がぼけたかもしれないけれど、心はぼけていない』って。

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紙芝居 障害者といっしょに (全5巻)
発行:汐文社
セット価格:29126円
対象:小学校中・高学年・中学生向け
付録:解説指導書、カセットテープ

発行元のシリーズ解説
多くの子ども達は、障害を持った人びとと接する機会が非常に限られています。“知らない”ことから、多くの誤解や偏見がうまれてくるのもたしかです。そこで、一人でも多くの子どもたちに障害のこと、障害者のことを知ってもらうため幅広い視野からわかりやすく語りかけた紙芝居です。

リポーターの独言
実は原作は私(筆名:マオアキラ)が書いています。
私はこれを書くとき、痴呆がどういうものかわからず、自分の想像で書きました。
現在、夫が認知症になって介護をしていますが、夫や他の認知症の方々と接するにつけ、認知症は頭が壊れたようになるところはあるけれど、心は決して壊れることはない、「ユーレイなんかじゃない」で書いたことは本当だった、と感じています。喜びも悲しみも慈愛心も不安もみんな、かわることはありません。
かわるのは、まわりの人の視線や接し方です。

(佐々木和恵)

<子猫のアイコンは、「ごろんた倶楽部」から拝借しました>

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会員同士の助け合いで、暮らしの安心をはかります<特定非営利活動法人 あすかユーアイネット in 茨城県龍ヶ崎>2

2008-09-01 00:05:02

取材のためにこの会の事務所にいたのは、およそ2時間ぐらいでした。その間、私はずうっと、『なんて束縛感のない、大らかさ、自由さを感じる会だろう』と感じていました。
そして、スタッフの方々が、お互い同士で、信頼しあい、敬意を持ちあっていらっしゃる感じを受け、そのことが大変心地いいのでした。

リポーターごときがこんな言い方をしては僭越ですが、会の土台、柱たる代表ご夫妻の、人間や社会や出来事に対しての公正な視線と洞察性は、活動される人々を自由にしている、という感じを受けました。
人というのは、必要以上の裁定を受けず、心を自由に自分らしくいられれば、持っているものを最大限に発揮できますからね。この会の皆さんから、そうした伸びやかさ、温かさが伝わってくるのでした。

代表の宇井さんの夫人、宇井照子さんのお話しに感涙
このディホーム、会の事務所は、宇井さんのご自宅です。何かのために自宅を開放してしまうというのは大変なことです。
宇井さんご自身は、やりたいのですからいいですが、照子さんはそれでいいのだろうか、と気になりました。

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それで単刀直入にそのことをお訊きしました。
「現役時代の夫は仕事中心で、家庭にゆっくりいることはあまりなかったんですよ。定年退職しました時、これから二人で旅行など楽しめるかな、と思いました。ところが、こういう活動をするから、家を使いたい、と言うじゃないですか・・・」と照子さん。
「それに私は、あまり身体が丈夫ではないんです」と、照子さんは続けます。

私はここまで伺って、『奥様は、どんなにか迷惑に思われ、無理をされてこられたんだろうなぁ・・・』と緊張してきました。
ところが、照子さんは、実に清清しい優しい笑顔で、こう言われたのです。
「これをやりたい、と強く念願する者がいたら、それをさせてあげるしかないでしょう」と。
そして、現在は、ディホームの調理に関わっていらっしゃるそうです。

私は、この言葉を聞いた瞬間、心中『ウーム、只者ではない!』と唸り、なぜか涙が出そうになりました。自分の権利よりも、魂が必要としているものを尊重し、其れに従う事を選択する照子さんの大きさに感動したのでした。


夏目理一さんも、宇井さんの身近にいる只者ではないお一人
夏目さんは、あすかを立ち上げる前に参加していたボランティア団体で知り合って以後、宇井さんのよき理解者であり、活動の実際的な協力者のお一人です。

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「このあすかは、素晴らしいんだけど、特にすごいのが、会員のみんながグチや悪口におちず、互いを認め合い、敬意をもちあって活動しているところだね。ここに来るだけで癒される」
「また、宇井さんは私財を投げ打ってやってるのに、そのことを誇示せず、とにかくみんなの才能や実力が自然に輝くようにやっていく、素晴らしいですよ」
こうした視点で、会や会員の皆さんを支えていらっしゃるんですね。
ほんとに感動をたくさんいただいた2時間でした。
皆様、本当にありがとうございました。会の発展を心から祈っています。

リポーターの独言
「特定非営利活動法人 あすかユーアイネット」は「あすか」というディホームの運営もされています。「あすか」というのは、「明日花」と書きます。

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明日の花・・・会員同士で助け合えば、なんでも解決できる。明日のことを思い惑うことはない、今日も明日もその次の日も、花と咲いて生きよう、という会の想いを感じます。

(佐々木和恵)

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