認知症の高齢者が多く入院している病院の食堂のお昼時
登場人物
+明るくて、いつもハツラツとお話しをするみさこさん
+身体の左半身が麻痺している、怒りっぽいけど笑顔が素敵なけんすけさん
+むっつりとして殆どしゃべらないとみいちさん
+要介護4で、歩行も食事をとるのもおぼつかなくなっているとしおさん
+としおさんの妻のかずみさん
+ヘルパーさん
みさこさん、けんすけさん、とみいちさん、としおさんの四人が、食堂のテーブルを囲んでいる。
としおさんだけが、おかゆをこぼしながらもくもくと食べており、他の三人は何もなく、それぞれ手持ち無沙汰の感じである。
そこに、かずみさんがやってきた。
みさこさん(かずみさんを見て)「あ、きたきた〜!」
けんすけさん「あ、きたきた〜!」
とみいちさん「・・・・・・・・」(むっつりしたまま)
としおさん「・・・・・・・・」(我関せずとただもくもくとごはんを食べている)
かずみさん「こんにちは〜」(夫のとしおさんの横に来る)
かずみさん「あれ?」
(みさこさん、けんすけさん、とみいちさんの前には何もないことに気がつく)
かずみさん「みなさんは、もうお食事終わったんですか?」
みさこさん「わたしら、ごはんもらってないのよ」
かずみさん「えー!? そんなはずないでしょ? もう食べ終わったんでしょ?」
みさこさん「ううん、わたしら三人、食べてないよ〜、もらってないよ〜、ね〜」
(みさこさんは、目を丸くし真剣な口調で、けんすけさんととみいちさんに同意を求める)
けんすけさん「そうだよ、食べてないよ〜、もらってないよ〜」
とみいちさん「・・・・・・・ん」(むっつりとしたままわずかに頷く)
かずみさん(困って)「そんなはずないですよ〜、食べたの忘れちゃったんでしょ〜」
みさこさん「そんなはずあるのよ、わたしら三人、もらってないの、ね〜」
(より真剣になり、再びけんすけさんととみいちさんに同意を求める)
けんいちさん「そうだよ、そんなはずあるよ」(むかついたって顔)
とみいちさん「・・・はずある・・・・・よ」
かずみさん(ますます困って、もくもくと食事中のとしおさんの顔をのぞくように見て)「みなさんは、もう食べ終わったのよね、そうでしょ?」
としおさん(周りの声を聞いていないように、ひたすらスプーンの流動食をこぼしながら口に運んでいる)
(みさこさん、けんすけさんは、としおさんの返事を聞こうと、じいっととしおさんの方を見る。とみいちさんも、表情はむっつりと変えないが、視線はとしおさんの方に向けている。漂う緊張)
かずみさん「ね、みなさんもごはんもらったんでしょ。あなただけもらったってことないわよね」
(としおさんの口元を、いよいよじいっと見つめる三人。高まる緊張感)
としおさん(おもむろに)「もらってないよ、ぼくだけもらった」
みさこさん(勝ち誇ったようにぱあっと晴れやかな表情になり)「ホラ! ホラ!! ホラ!!!」
けんすけさん(人なつっこい笑顔になり)「ホラ! ホラ!! ホラ!!!」
とみいちさん「・・・ラ! ラ!! ラ!!!」
三人「ね〜〜〜〜〜〜!!!!!」(大仰に頷きあう)
(そこにヘルパーさん、登場)
ヘルパーさん「なぁにいってんだ?! 食べたろ!」
みさこさん「食べた? わたしら、三人とも?」
ヘルパーさん「そう、パクパクと」
みさこさん「パクパクと? ああ、食べた食べた、パクパクと!」
けんすけさん「パクパクと!」
とみちさん「・・・ク・・・ク!!!」
みさこさん、けんすけさん、とみいちさん「アーハハハ、食べた食べた、ハハハハハー」
かずみさん、ヘルパーさんも一緒に「アーハハハハハハハ」
(としおさん、我関せずとごはんを食べつづける)
笑い声が温かくひびくなか幕
リポーターの独言
夫が入院中はこういう日が何度もあり、こうやって絆ができていく温かみ、親しみを感じました。夫が退院した今も、食堂で会ったみなさんのことをよく思い出します。
いつまでもお元気でありますように、平安でありますようにと。
(佐々木和恵)