タレントの清水由貴子さんが、お父様の墓前で、車椅子のお母様を傍らにして自殺をされていたというニュースに衝撃を受けています。彼女が有名人だからということではありません。誰にも知られず、清水さんと同じような道を辿った、あるいは辿ろうとしている介護者がどれほど多くおられるだろうということを、あらためて感じたからです。
コメンテーターの落合恵子さんが、「清水さんが出していたはずのSOSを、まず国が感じ取ってほしい」と言われていましたが、私も本当にそうだ、と深く頷くものがあります。
私自身、夫の介護を10年間、軽い間を含めると20年間続けてきていますから、国や自治体の制度や施政の不備が目につきます。だいたい、国や施政の側の人たちは、当事者の要介護者と介護者(家族)の声を聞き取ろうとしているでしょうか。何の問題でも、当事者の声こそに重きをおかなくては、血の通った制度、施政にならないのではないでしょうか。
現在私が一番感じている、要介護者と家族を苦しめる大きな問題点はなにか、をひとつ書いておきたいと思います。
それは、『金』なのです。いえ、オリンピックやWBCの金メダルのことではありませぬ。『経済』です。
私は、介護の中で、自殺をしたり、殺しがあったりする要因は、介護に疲れたとか孤独とか、ということ以上に、経済的な困窮に追い詰められて、ということがあると思っています。
かくいう私自身がそうだからです。
特に入退院を繰り返すようになったこの一年半は、高額の医療費に苦しめられ続けています。
夫が入院する先々で知り合った人たちの多くも、経済的事情のもとであえいでいる、と感じます。仲良くなって本音で話し合うようになると、「介護そのものは頑張れる。経済的な悩みが辛い。家族は病人だけではないし、お金の必要な事情もほかに結構おこる」ということだとわかってきます。我が家も全くこの通りなのです。
我が家は、何事もなければ夫の年金で普通の生活をする上で困ることはないのですが、ある恒久的に多大な費用のかかる問題を抱えており(恨めしげな愚痴を付加しますと、この問題は国、県、町の無策もあっって私個人が抱える結果になったことです)、やりくりに追われる日常となっています。そういう中、夫の嚥下障害が起こりはじめ、入退院を繰り返す生活になったのです。
夫の医療費は、病院により、下着や寝具等レンタルを求められますから、毎月かかる支払いは二十万近くに及ぶこともありました。レンタルを利用しない病院でも十数万の支払いとなります。これが毎月続きます。本来贅沢を求めない暢気な私も、この現実には苦しいと感じるようになりました。
そこで、町役場に赴きました。夫の年金額が一般の収入額と認定されていますから、医療費は3割負担なのですが、この3割を、我が家の実態をあわせ見て減額の道は何かないかと、相談に行ったのです。
残念ながら取り付く島もありませんでした。
ここです、私が言いたいのは。長期にわたる医療の必要な者への経済的な救済の道(制度)を作ってほしい、ということです。
この救済の制度があれば、多くの介護者が救われると信じます。
清水由貴子さま
あなたの痛ましいご最期を引き合いに出して、このような記事を書いたことをお許しください。
心からご冥福をお祈りいたします。
(佐々木和恵)