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認知症<人間とロバとイヌとサル>

2007-03-11 14:06:41

日本医学館発行、一宮洋介著の”高齢者のからだと病気シリーズ『認知症(痴呆)』”に、人間の痴呆を表わした例えをグリム童話の”寿命”をもって述べてあり、その皮相的な観点が面白いのでご紹介します。
<アイコンはホームページビルダーの中から拝借しました。>

グリム童話『寿命』
それは神様が動物たちの寿命を決めたときの話です。
人間、ロバ、イヌ、サルの寿命をそれぞれ三十年と神様が決めたとき、まずロバが、「神様、私は三十年間も重い荷物を運ぶ生活はしたくありません。寿命を短くしてください。」とお願いしました。
そこで神様は、ロバの寿命を十八年短くしました。
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つぎにイヌが、「神様、私はワンワン吠えながらヒツジを追い、野山を走り回る暮らしを三十年間もつづけることは耐えられません。もっと短くしてください。」とお願いして、寿命を十二年短くしてもらいました。
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今度はサルがやって来て、「神様、私は三十年間もキャッキャとみんなを笑わせる生活は耐えられません。寿命を短くしてください。」とお願いして、十年短くしてもらいました。
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ところで人間は、「神様、私は三十年では足りません。寿命を延ばしてください。」とお願いしました。
そこで神様は、ロバの十八年、イヌの十二年、サルの十年を人間にくださいました。結局、人間はもともとの三十年に四十年を加えて七十年の寿命を得ることになりました。
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さて、人間は七十年の寿命を得ましたが、最初の三十年は自分の寿命ですから非常に快適に暮らすことができました。
ところが、三十年を過ぎてからの後の十八年はロバのような生活です。
四十代は働き盛りといわれますが、重い荷物を運んで一所懸命働かなくてはならない十八年を過ぎると、今度は老犬のような生活を十二年、最後はサルのような生活を十年過ごすことになりました。

著者紹介
一宮洋介
1981年 順天堂大学医学部卒業
1986年 順天堂大学院卒業(医学博士)
    順天堂大学精神医学講座助手
1987年〜88年
    英国動物生理学・遺伝学研究所(ケンブリッジ)研究員
1991年 順天堂大学専心医学講座講師
1996年 順天堂大学精神医学講座助教授
    順天堂大学浦安病院メンタルクリニック科長
2005年 順天堂大学精神医学講座臨床教授
所属学会:日本老年精神医学会、日本精神科診断学会、日本神経精神医学会、日本総合病院精神医学会、日本精神神経医学会、日本痴呆学会、日本神経病理学会、日本生物学的精神医学会、東京精神医学会

リポーターの独言
皆さんは、このお話をどのように感じられましたか。
私は、『グリム(兄弟)さんの人間観て、なんだかうら寂しいなぁ。』と思いました。でも、物質的な幸せだけを求める生き方をしていると、この寓話にあてはまる一生ということになるのかなぁ、という思いもしなくもありません。

だけど私達人間は、物質よりもっと大切なものがあることを知っています。
だから、グリムの寓話を超えた人生を、私たち自身で築いていくことができるに違いありません。・・・そう思うと、高齢になることも、もしかして痴呆になるかもしれないことも、怖れなくていいような気がしてきました♪

(佐々木和恵)

この記事のURLコメント(3)

Posted by 佐々木和恵 at 2007-03-28 10:05:04

ozaki01さん、”comment”ありがとうございます。今度はぜひご意見書いて下さいね♪

Posted by 佐々木和恵 at 2007-03-13 07:33:30

カラスの女房さま
おはようございます。含蓄深いコメントをありがとうございます!
カラスの女房さんのように理解されると、グリムさんも、「作家冥利に尽きる!」ですね、きっと。
私はサルの10年の時期に入っていて、しかも現在疲れた、疲れたと思う毎日のせいか、この寓話は、人間の晩年を哀れなものと言っているのかと、ちょっと寂しい気持がしていたのでした。
カラスの女房さんのコメントを拝見して、「そうかぁ!」と霧が晴れた気がします。
思えば、60歳過ぎたら、それまでの人生で培ったものをもって、家族や周りの人たちが幸せな気持になってくれるようになりたいですよね。若い人たちの”希望”が未来を見つめるものなら、高齢になった者の”希望”は、周りの人を笑顔にする、笑わせる、ということなのかもしれませんね!
カラスの女房さん、ほんとに素敵なコメントをありがとうございます!

Posted by カラスの女房 at 2007-03-13 06:18:31

佐々木さん、久しぶりにお邪魔します。
グリム童話の紹介、面白かったです。私の人生と引き比べて考えると、本来神様が与えて下さった分の30年間という人生は、「思い返せば恥ずかしきことの数々」(男はつらいよ の車寅二郎の名セリフ)。で、もしそこで終わったなら、過去の反省から出発する「やり直し」というか、名誉挽回というか、世間様への恩返しというか、そんなことが出来ませんです。だから、神様は、人間に、再チャレンジの時間を与えてくださったのだと納得します。
ロバの分の18年は確かに寓話どうり「働けど働けどわが暮らし楽にならざり」の人生でした。さて、犬の分の12年。「野山で吼えながら羊を追い回す」暮らし。私の年齢では、今その最中なのですが・・・。寓話のしめす意味が今ひとつ不明です。でもうなづけるところもあります。・・・そして、60歳過ぎると、サルの分の10年が始まるのですね。「キャッキャと啼いて人を笑わせる生活」ですか。私はこの部分が気に入りました。グリムさん、希望を与えてくれますね!と感じました。自分が痴呆になるかどうかは、わかりませんが、その存在が人に笑いをもたらすなんて、素敵です。出来れば、ボケぶりで人を笑わすのではなく、頭はクリアーのまま、意識して、人の笑いを取る、落語家のような存在でいたいものだとは思いますけれど。ちなみに、認知症の治療には笑いが効果的だといいますね。グリムの生きた時代でも、いえもっと昔から、人間60歳過ぎたら、若い者にほら話でも聞かせて笑わせて、世の中を明るくさせて生きるのがいいんだよ、と言っていたのかも知れませんね。グリム童話をあらためて読みたくなりました。

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