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介護の現場から<退職後、ヘルパーの道に>

2007-04-19 02:32:04

セカンドリーグをヘルパーとして生きる選択をした中村さんの本音は、率直で簡潔に語られ、その篤実で硬派なお人柄とともに魅力的でかつ楽しいものでした。

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いやぁ、えらい道に来てしまったな、と
中村さんは、ある会社の重要なポスト(ビルなどを造る技術者)でばりばり仕事に打ち込む、企業戦士と称される一人でした。
「仕事はがんがんやってましたが、決して順調ばかりではなく、ま、山もあれば谷もある、という中を生き抜いて定年が来たわけですが、その後、なんかやった方がいいな、と。それで福祉の専門学校に通って、一級の介護士の資格をとったんですが、深く考えずにそうしたんですよ。」と中村さんはおかしそうに言います。
「それである介護施設に最初は送迎車の運転手として入ったんですよ。そのうちヘルパーもやるようになり、一年半近く経ったところですかね。・・・いやぁ、えらい道に来てしまったな・・・と。」と続けました。

えらいことと言うのは・・・
「うーん、何といいますかね、施設には高齢者や認知症の人が来られるわけでしょ。その人たちに、敬意の気持や親身に思うものは当然あるのですが、人によったら、話しのやりとりもうまく合わなくなっていることもあるわけですから、結果的に、接し方が『接する』というより、『あしらう』という感じになってしまうことがあるんですよ。
例えば、施設に来ると同時に、『家に帰る』と言い出して、どんなに何時になったら帰りますからね、と言っても、十五分おきくらいに、『もう帰る』と繰り返す人がいるのですが、ぼくは、そのたびにまじめに、『何時になったら帰れますよ。』と対応しようとするんです。けど、その対応では、その人を落ち着かせるようにはならないことがある。かえって不安感を起こさせると感じることがあるんです。そんな時、言いくるめるようにしたり、ごまかしたりした方が、その人が落ち着くんですね。・・・落ち着いたからそれでいいかというと、自分の気持はそうではないんですね。人をあしらったやり方をしてしまったな、こうしていいのかな、と反省とも悩みともつかない思いがわく。・・・こういうことをひとつとっても、介護をするというのは難しいしわからない。えらいところに来てしまった、と思っちゃうわけですよ。」

つらいことは
「一生懸命、言葉にして話してもらったことが何言ってるかわからなくて、充分応えてあげられないことがあることですね。」と中村さんは表情を曇らせました。
高齢者の人も認知症の人も、うっかりすると怪我につながることがあるので目が放せず、抱きかかえるなどのこともあります。そうした気苦労や身体的な重労働はつらいとは感じない、といいます。その人の訴えたいことを、わからないからいい加減にしていると、見る間にその人は無表情に頑なな沈黙の人になってしまうのだそうです。
「そうさせてしまうのは我々ですからね。何度も繰り返すというのは不安感がそうさせるということもあるから、それをこっちがわからなかったり、察してあげられなかったというのは、本当につらいですね。」
中村さんはこうも言います。
「午前中は機嫌が悪くてすぐ怒ったり、暴力がでそうになる人がいる。午後は落ち着くんですが。・・・単純に眠いこともあるだろうが、そうではなく、何かを訴えていると感じるんですよ。」

嬉しく感じることは
「辛いの反対ですね。誰かの感情や言葉を受け止めようとして、それがぴったりあい、その人が嬉しそうな表情になっているのを見ると、本当に嬉しい。」

退職後のヘルパーの活動は
「50代、60代まで会社勤務をしてきた人は、それだけの経験を積んでいるから、高齢者や認知症の人をお世話するのはいいと思いますね。若い人には若い人のよさはあるけれど、セカンドリーグを迎えた人のキャリア、体験は、人を落ち着かせる強さ、優しさに通ずるものがあると思うんですよ。」と中村さんは明言しました。
知識の豊富さひとつとっても、高齢者、認知症の人の人生に響くものがあるはず。そういう有形無形のものを介護の道で役立てて欲しいというのです。
「心がけることは、これは自分に言い聞かせて、悩みながらも頑張っていることだけど、基本はやっぱり、いつも敬意をもって、真面目な態度で、高齢者、認知症の人に向き合う、ということですね。結果的に言いくるめたり、あしらったりする対応になったとしても、敬意と誠意を忘れなければ、単なるあしらいにはならないはず。」と中村さんは真剣な表情でこう締めました。

中村夫人は夫の転進をこう見る
私としましては、最初介護の仕事を夫がしている事に違和感がありました。
技術者としてビルなどを作る男に惚れていた部分があります。
個人としては自分の夫がする事に抵抗もありましたが、福祉の視点から社会を見る時、中村の様に長い事しっかり社会の先端で仕事をしてそれを全うして来た人間が、福祉の世界に入れば何か変える事が出来るのではないかと思いました。
リポーターの独言
中村さんは、「自分が、高齢者や認知症の人をあしらうような接し方をすることに慣れてしまうのは嫌だ。」とお話の中に何度も言われました。
この言葉の意味するものは、いかに『あしらう』ようにやっていかなくてはならないことがある、ということではないでしょうか。そしてそのことに、不誠実をしていると苦しまれることがあるのではないでしょうか。
でも私は、こういう中村さんの篤実さ、頑固さに通じる不器用さは大事なことなのだと、深く感じ入り、私も家族を介護する一人ですので、介護に関わる基本を教えられた気がしました。
また中村さんのお話を通して、介護施設で働く方々が、自分の意思を言葉で伝えられなかったり、時には想像外の行動をする高齢者や認知症の人たちに、家族以上の愛情や親身さをもって接しておられることをひしひしと感じました。

中村さんに関して感じたのは、中村さんは非常に真面目に介護にあたっていらっしゃるのですが、人を緊張させる硬さは感じられない、ということでした。むしろ、この方に介護される人はリラックスして自分らしくいられるのではないか、と思いました。そういう自由さを醸していらっしゃるのでした。
・・・ここが、キャリアを積んでセカンドリーグを迎えた方の豊かさ、とでも言うのでしょうか。これから定年退職を迎える方々にも大いに期待したいものです。
お話を伺った一時間、とてもいい時間でした。

(佐々木和恵)

この記事のURLコメント(2)

Posted by 佐々木和恵 at 2007-04-19 10:39:34

いでさん、親身なコメントをありがとうございます。ほんと、中村さんの頑固さは、逆に自由につながっている感じがありますね。この方に介護される人はリラックスして自分らしくいられるのではないか、と思いました。

お友達の姿が想像できる気がします。

>朝食後、直ぐに「お腹が空いた」という父親に彼女は「もうすぐお昼だからね」となだめるそうです。これは“あしらう”のと違うと思いました。

そうですね。私も”優しさ””抱く”という感じを受けます。
あしらうことと、優しさの違いはありますね。
それを、無意識につかいわけていく幅の広さ、人間としての度量を感じますね。
いいコメントをありがとうございました。
このこと、別記事にあげて考えてみたいです。

Posted by いで at 2007-04-19 09:41:49

おー、中村さんだ。
あれこれ思うと押しつぶされそうな現場で素晴らしいセカンドワークですよね。頑固なのに肩に力が入って無いようで。

学生時代の友人が認知症になったお父さんをみています。財閥の娘ながら家庭環境が複雑で(小説のような)実母とは3歳の時に別れ、以来、父、祖母、叔母と暮らしてきた人です。誇り高き祖母の死後、彼女は結婚し、継母が腹違いの弟妹を連れて再婚。今はその弟が財産を継ぎ、社長です。彼女が成城の瀟洒な家で棟続きの家に居る父親を継母とみています。前置きが長くなりましたが、朝食後、直ぐに「お腹が空いた」という父親に彼女は「もうすぐお昼だからね」となだめるそうです。これは“あしらう”のと違うと思いました。学生時代、華やかな風貌で男女の羨望の的だった彼女が落ち着いた大人の姿に私は圧倒されました。

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