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コムスン事件に思う

2007-06-09 16:27:11

「訪問介護大手のコムスンが全国8カ所の介護事業所で、雇用していないホームヘルパーなどが実在しているように見せ介護事業所の指定を不正に受けていた問題で、厚生労働省が2007年6月6日、コムスンの介護施設の新規開設や更新を認めないように都道府県に通知した」ことがきっかけで、コムスンの実態、ひいては介護の世界がおかれている危うい実状が国民に知らされましたね。

このことをわざわざここに取り上げましたのは、この事件を断じたり、評したりするためではありません。
コムスンから表出した現実は、実際に家族を介護している一人として、また介護に関するブログを書く立場にいる一人として、とても身近な重要な問題と感じ、自分の考えを述べておきたいと思ったからです。
私の夫は脳出血の後遺症で認知症となっているのですが、介護保険制度が発足する以前より週に二日間ほど施設に通い、日中はそこで介護を受けていました。そしてそこの施設長や職員の方々が、まもなく介護保険制度に切り替わることに、大変な責任感を持たれて、町の高齢者や認知症の人と家族の役に立とうと意気を熱くされているのを目の当たりにしました。

そういう中、介護保険制度がスタートし、介護制度を利用する高齢者や認知症の人たちは、認定を受け、その認定に従ったサービス(介護)を受けるようになりました。
夫もその一人ですから、私たちはそれに添っていくつかの施設に通ってきたのですが・・・抽象的な表現で恐縮ですが、現状に対して、中身のない封筒が愛の書簡としてそれを待つ人々のところに配達されているような、そんなおぼつかなさを感じることがあります。

それらは、「経済」が要因しているのではないかと感じます。
次第に低下していくサービス、慣れて信頼が芽生えたと思うと辞めていかれる職員の方・・・これは経済の事情に寄るのではないかと思うのです。
実際に、辞めた人の「このままでは生活が出来ない」という声を聞いたことがあります。・・・そこにコムスンが救世主のようにすら感じる輝きを放って登場しました。CMなどを通して見るコムスンは「ここには全てが揃っている」と思わせるものがありました。
<あこそなら、安心して老後も命すらもまかせられる>
そんな期待をしたくなる存在感に感じた人は少なくなかったでしょう。

そのコムスンのあっという間の凋落・・・私は責任者の記者会見を見ていて涙が滲んで来ました。
「高齢者、認知症者をくいものにした」と罵るのは簡単です。
でもそれで済むことではない、それで済ませてはいけない、と思いました。
本格的に高齢社会になるのはこれからです。
第二のコムスンを出さないために、現在ある介護の事業所が第二のコムスンにならないために、本当に高齢者、認知症の人たちと家族が安心できるために、介護制度の見直しを真剣に考えて欲しいと思いました。

事業そのものは民間や地域主体であるのはいいでしょう。でも土台作りは、国が経済をともなわせてしっかり受け持つべきではないでしょうか。経済のともなう土台・・・これは重要です。人材の育成、確保もこれなくしてはあり得ません。

人材の育成と確保は、本当に本当に大切なのです。
”人はパンのみで生きる者にあらず”は、若いうちは「こんなの単なる例えとして使われるんだ」と思いがちでしたが、年を重ねていくとこの言葉がまさに血肉と感じるほど真実のものとなってきます。ましてや、排泄や食事も自力で出来なくなっていく人たちにとって、何より必要なものは、自分を介護してくれる人の裏表のない正直な温かさでしょう。何でも話ができ、何かを頼むにしても遠慮なく気楽に言える人。自分が不機嫌になった時もしっかり受け止めてくれる人。
やっとそうなった人が辞めてしまい、自分の前から姿を消してしまう・・・家族と離れて施設に暮らす、あるいは日中は施設に通う高齢者、認知症の人にとって、これほど寂しく心細いことはないでしょう。

他の方が言われたことを例にあげるまでもなく、私自身が何年も夫が通所をして思いますのは、「介護の仕事をする人たちが、仕事の厳しさ、難しさ、求められることの多さに見合う報酬を受けるべきだ。そうして、介護技術、人間性ともに備わった人材が大切にされるべきだ」ということです。
しっかりと勉強をされ、高い意識を持ち、誰にも公正に接する人が次々やめられ、何か気に入らないことがあると認知症やその家族につんつんと横柄になる人ににこりともされない・・・こういうこともあるのです。
こうしたことが、経済だけの問題ではないこともあるでしょう、またどんなに困窮している施設であっても、こうした実状にならないところも多くあるでしょう。
ですがやはり経済のしっかりした土台作りは、全てにおいて大事な要点と思います。

<介護はボランティアで>・・・これは一見、いかにも人間の善意のもとに素晴らしい介護思想が育つかに見えますが、そうではない。
あくまで人間の善意を打ち上げて介護の土台を作ろうとするならば、それこそ人間の善意をくいものにした制度と言うべきでしょう。
私は金銭や物質に無縁の生き方をしている人間ですが、人の善意に依存したり利用したりして成り立つところに、健全な精神、思想は決して育たないと信じています。
今後、介護制度が、正当な経済の含んだ土台の上でしっかり進むことを願ってやみません。
このコムスン事件を通して思うことは、この願いに尽きます。

リポーターの独言の独言
この記事は、私個人の考えで書いたもので、この文の責任は私個人にあります。

(佐々木和恵)

この記事のURLコメント(2)

Posted by 佐々木和恵 at 2007-06-13 00:26:29

ideさん、こんばんは。コメントありがとうございます。ブログを紹介して下さりありがとうございます。この方の記事を読んで、「やっぱりなぁ〜」と思いました。どこもやっている。やらなきゃ運営ができない。という実状ではないかと、通っていれば伝わってきます。政府はこのままにしていってはダメですね。

Posted by ide at 2007-06-12 10:57:49

こんにちわ。私の良く行くコーギー犬のいるお宅のブログです。現場の方の意見です。
紙芝居で老人施設に数カ所行きますが、働いてる方々の様子が様々です。気持ちよく接していただきますが、「こっちは労働、あなた達はお気楽」と思われるのでは・・。サービスを受けている方々がニコニコしていると嬉しいです。
http://plaza.rakuten.co.jp/wellbeing/diary/200706080000/

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