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介護の現場から<ホームヘルパーYさんの書簡>

2007-06-12 23:01:38

当ブログの5月25日の記事、「石山先生の『蛙通信』〜筑波総合福祉専門学校介護福祉科1年生への問い」(http://secondleague.net/user/001/001/618.html)は、学生に”「おむつをするようになったら人間おしまいだ」「他人に下の世話を受けるくらいなら死んだほうがましだ」という老人の呟きに、あなたはどう思いますか?”と質問をしているのですが、この記事に対して、ホームヘルパーのYさんから、貴重な体験を綴った書簡をいただきました。

Yさんの文章力もあって、妻を介護する一人の男性の「おむつ」に対する意識が、情念の生々しさをもって、悲劇とも喜劇ともつかぬ光景とともに目前に迫って来る感じがして、思わず息をのんでしまいました。「現実」とはかくも凄まじいものなんですね。
当事者の切実さは、倫理や道徳で裁定できるもんじゃないほどなのだということを感じます。「尊厳」と言う言葉もかすんでしまったほどです。
そこで、Yさんにお願いして原文のまま掲載させていただきました。
********Yさんの書簡ここから↓*********

佐々木さん、実のところ、私は普段ホームヘルパーとして働いている側面もあるため、佐々木さんのブログの「オムツをつけるようになったら人間おしまいだ」というキーワードが出てきたブログを読み、このブログのおこす波紋の行方を興味深くみていたので・・・(略)
ホームヘルパーの立場からしますと、そういう「人間の尊厳」と介護の現場の両立の間に溝がある気がしていたものですから。

先日、私は仕事の中で、私の担当する利用者の旦那さんに頼まれて、使用済み紙おむつを大量に不法投棄することに加担させられました。「不法投棄」と言うと大げさな言い方ですが、私に言わせると、やはり「不法投棄」です。その人は「俺の土地なんだから、かまわねえ!」と言うけれど。でもそこは(捨てた場所は)堀と言うか水路です。そこを流れている水はすぐそばのS湖につながることは明白です。S湖の水はK県民の水がめなのです。

何でそんなことになったかというと・・・つまるところ、その人のプライドのせいだ、と私は感じています。その人は妻が紙おむつを使っているところを世間に知られたくないのです。だから、人に見られないように、自分の土地だと主張する場所に捨てるのです。今までは旦那さんが自分で放棄していました。

ケアマネージャーさんが、その人の妻の介護認定で2年前に初めてその家を訪問したときのこと。「忘れられないよ、あの靴底の感触!雨の日だったのよ。畑の向こうにいる旦那さんに話をするために畑を歩いていったんだけど、ぬれた紙おむつがそこいらに散らばっていて、それを踏んで歩かなくちゃいけなかったのよ。グチャグチャと・・・。耕作放棄地に紙おむつばら撒いてさ・・・紙おむつって分解されないんだよ!スゴイ光景だったよ!」と、あとになってそのケアマネージャーさんから聞きました。
その頃は旦那さんは自分で自分の耕作しなくなった土地に紙おむつを捨てていた。・・・妻の恥を埋葬していたつもりだったのでしょう。。

ところが、その旦那さんも、持病のリューマチと、去年の暮れにかかった帯状疱疹とですっかり弱り、妻の使用した紙おむつをなかなか自分で処分できなくなったのです。
庭に積み上げられ異臭を放ちハエも群がる紙おむつを見て、私たちヘルパーが何度も「市のごみ収集車が来る場所にもっていかせてください」と頼みました。でも旦那さんはかたくなに拒否してきました。よろよろな体で、畑に紙おむつを捨てに行きました。やがて、その気力も限界に来て、ある日とうとう、ヘルパーに「捨ててきてくれ」と依頼したのです。その日のヘルパーがたまたま私だったのです。

一輪車に山と乗せて2回、水路に、といっても家から10メートルほどの距離ですが・・・捨てに行きました。水路にはすでに捨てられた紙オムツが一山できていました。畑に紙おむつが一面にばら撒かれ、捨て場所がなくなったので、水路に捨てることにしたのでしょう。

自然に分解されない紙おむつなんかを捨てることに気がとがめました。が、私はそのとき考えていた一番のことは、予期せぬ仕事を頼まれいつもより時間がかかった、次の利用者さんに入る時間が遅れてしまう。次の利用者さんにどう言い訳をしよう、ということです。
旦那さんの依頼を拒否できない、というより、旦那さんと言い合っている時間がない。庭の紙おむつの山はほおって置けない。旦那さんが動けないのはわかっている。だからすばやく捨てに行きました。
紙おむつを水路に捨てる行動で、環境汚染に加担させられたと、心底後味が悪い思いがしました。

この旦那さんは、奥さんのシーツや衣類も外に干すことを嫌がります。廊下に干し、ヘルパーがせめて日光をガラス越しに入れようとカーテンを開けておくと、それも嫌がります。近所の人、来訪者に、妻がこんなに毎日大量の洗濯物を出すことを知られたくないのです。

これは極端な事例ですが、「プライドっていうものもなあ・・・」と時折考えるのです。病院や施設でなく自宅で終末を迎えたい、というすべての人の願うことの実現の、いわば裏側を・・・。

そんなことがあったものですから、佐々木さんのブログの投げかけに、「・・・そうねえ。人の尊厳のサイドからすれば、わかるけど・・・でも・・・。じゃあ、自分で排便がコントロールできなくなったとき、オムツをあてる以外に何かいい方法があるだろうか・・・それがあれば、ヘルパーも助かるような方法が・・・」などと考え込んでしまったのでした。

********Yさんの書簡ここまで↑*********

もうひとつ、現実の迫力を紹介しましょう。
「コムスン事件に思う」の記事へのideさんのコメントにありましたブログです。ひょうひょうとした書き方に漂う「現場の真実」、スパーッと伝わってきます。
http://plaza.rakuten.co.jp/wellbeing/diary/200706080000/

リポーターの独言
切実な思いにとらわれた当事者のその言動の前に、建前など本当に無力ですね。妻のおむつを恥と思わないで、と言いたいけれど、でもこの男性を誰も責められないと思いました。
ちなみに私ですが、夫がおむつを使わざるを得なくなった時、ぜんぜん何の抵抗も感じませんでした。必要なものを必要な時に使うのは当然、という認識です。ただおむつは徐々に使わない方向にもっていこうとは思いました。
・・・でも現在、紙パンツをはずせません。脳出血の後のリハビリをかねて、町の公民館が開いていた英会話教室に一緒に通っていたのですが、そこでジャバーとおもらしをしてしまい、以後本人が紙パンツに頼るようになったのです。その後要介護度も進んでいくので結局ずうっと紙パンツを使っています。・・・はずす努力をすべきかなぁ〜。

(佐々木和恵)

この記事のURLコメント(2)

Posted by 佐々木和恵 at 2007-06-24 00:41:24

Yさん、こんばんは。コメント嬉しいです!
この記事の元をいただいてとても感謝してるんです。出来たらYさんの実名を出し、Yさんのブログにもリンクをはりたかったのですが、そうするとこのおむつの方の目にとまる可能性があるから、Yさんとさせていただいたのですが。
このご夫妻のおむつのことは切なかったです。ご自分達の力で社会的に恵まれた地位を築いてこられた方なんですね。何らかの解放の日を迎えられるといいですね。自分のプライドの根源に関わることから自由になれないのが人間ですが、最終的に受けいれることで何でもなくなるような気がします。

そういえば私は自分がする夫の介護と、このブログのことでいっぱいで、世界の介護の実態には考えもしなかったのですが、言われてみると関心が起こりますね。Yさんぜひ調べて書いて下さい。面白そうですね。


紙おむつからいろいろな問題が見えて来て、あらためて我が家の場合のことも考えました。

Posted by ホームヘルパーY at 2007-06-23 15:20:53

この度私の拙い介護体験記をブログでご紹介下さり感謝しております。「おむつをつけるようになったら人間おしまいだ」というワードでの問題提起に触発され、ついつい日頃の思いの丈を述べたくなり、佐々木さんに送ったのでした。この例のご夫婦はお金には裕福な家。旦那さんは昔社長をしておりました。奥さんも社長夫人の品格と優しさを兼ね備えた人です。2人とも体さえこんなに悪くならなければ、今までの経歴にふさわしい老後を送れたのに・・・と、本人たちが一番口惜しい思いをしておられるはず。お子さんがないため、世代間の交流または衝突を経験してこず、今風な社会システムに対応できない面がありました。それで、ゴミは自家処理でなく、自治体に依頼して処理してもらうなどの社会モラルも薄いのかもしれません。
思えば、赤ちゃんでも、高齢者でも、紙おむつが登場する前は皆布オムツを使っていました。布の方が人の感覚からすれば、着ていると同じ感覚で、違和感ないのかも知れません。付着した便等はトイレに流し、ゴミとなることはないですもの。でも、洗濯する介護者の負担が大きいですものね。でもやはり考えると、紙おむつって、ぜいたく品ですよね。世界中で、排便のコントロールできなくなった高齢者がどのように対処しているのか・・・。多分紙おむつをふんだんに使えるのは日本を始めとする先進国だけのような気がするのですが・・・。なんか、自分の体験の狭い世界から広く世界の介護実態の模様を、(特に私の関心は、オムツの実態に特化して)知りたくなりました。学ぶことは日頃の憂さを取り去ってくれますね。ではお礼まで。

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