★岩淵君江さん
<病を持った人の明るさ、優しさが私を強くしてくれたんです>
岩淵さんが、胃に癌が見つかったのは、四年前の2002年9月に地域の成人病検査を受けてからだという。
「それはもう凄いショックでした。一ヶ月間泣き通しでした。」
10月1日に入院し、16日に手術して、手術は成功したと告げられたが、気持ちが晴れることはなかった。
「最初に癌だと言われて以後、手術後もずうっと暗く沈んでいたんですよ。すると、夫も母も娘もみんな暗い重苦しい雰囲気になってきて、みんなが沈んでいました。」
そう話す岩淵さんの表情は、ゆったりとした穏やかな微笑が浮かんでいて、そんな暗い日々を送った人とは思えない。
「気持ちが明るくなられたきっかけは何ですか?」と私はぶしつけな質問をした。
「同室の入院患者さんの明るさに心が動かされたんです。甲状腺癌の人がいたんですよ。その人は私より深刻な状態だったのに、とても明るかったんです。他にも、膠原病の人がいて、その人が、あなたの癌は切れば直るじゃないですか、と励ましてくれたのです。それから私は立ち直ったんですね。病を持った人の明るさ、優しさが私を強くしてくれたんです。くよくよしなくなった。そしたら家の者もみんな明るさを取り戻しました。」
現在君江さんは、癌の検診を定期的に受けながら、『レディスピア・県西』の定例会に出て、同じ悩みを持つ人々と話し合ったり、互いに助言しあったりしている。また旧協和町がやっている『女性会』のボランティア活動をしている。女性会は、子育て支援の会で、運営は民間が行い、子育てに悩む若い母親の話し相手や、相談相手になっている。病院の納涼祭の手伝いなども積極的に参加している。
自分の健康のために、プールで歩くなどはかかさない。
「癌に屈してくよくよするよりも、癌とともに、人のために、自分の人生の充実のために生きていたい。」
リポーターの独言
君江さんの温かさは、『優しさが大事』などの言葉を出さないところに、自然に滲んでいる。深刻な病に向き合った人には、日々の暮らしの中ではそうした言葉は必要ないのだろう。ちょっとした眼差し、さり気ない微笑みが、言葉の何百倍も濃く私たちにしみわたってくるのだ。
★物井美和子さん
<死ぬかもしれない、という気持ち、それはこっちにおいといて>
2001年7月、血圧の検査のために軽い気持ちで病院に行き、ついでに受けた胃の検査で、”スキルス性の胃癌”と診断される。
「今の医療は、検査の結果を聞きに行くでしょ、その時にあっさりと告知するんですよね。」
物井さんは、色白の形のよい頬に苦笑を滲ませてそう語る。
「ショックでしたでしょう。」
「ええ、それまで胃の調子が悪いとか、何かの症状があったとか、ほんとにそういうことがなかったので、驚きはありました。でもね、私、思ったんですよ。直るから、告知されたんだろう、って。」
この時の物井さんの頬には苦笑はなかった。意志的な眼差しが、真っ直ぐ私に向いていた。
私は、(理知的で強い方なんだなぁ。)とこの時思った。
「手術は午前中の11時半から始まり、夜の9時までかかりました。スキルス性というのは、胃そものが硬くなることで、通常の胃癌より難しいのです。それで胃を全部取り、周りの壁をカットしたんです。」
「そんな長時間に及ぶ手術をした翌日から、もうリハビリをするんですよ。そうしなかったら、切ったところが癒着してしまうのだそうです。」
「そうした入院生活は二ヶ月かかりました。」
物井さんは、淡々と語っていく。
「この間のお気持ちはどんなでしたか。」途中で私は口を挟んだ。どんなに悶々とされただろうという気持ちがあった。
「私、くよくよしなかったですよ。家政婦さんが明るい人で、常に励まされていたこともあったのですが、あまりあれこれ悩まず、自分のやるべきことをやっていこうと、病院の先生の方針に従っていました。主人や家族の方が苦しかったかも知れないです。」
「退院後も、主治医の指示に、これを守れば治るのならと言われる通りやりました。三年間、抗がん剤を服用し、四年目になって点滴に代わったのですが、これをはじめてから、あっという間に頭髪が抜けました。ばっさりと抜けるんですよ。」
物井さんは、手振りを入れて、その状態を話していく。この時でも物井さんの表情は沈むことはない。むしろ面白い思い出話をしているようにさえ感じるほどだった。
そして、「苦しかったのは、入院の期間。はじめて家を開けたものだから、それが気になって気になって、早く家に帰りたかった。」と、ハハハハハと可笑しそうに笑うのだった。
私も思わず、「ハハハハ、そうなんですか・・・。」と声を出して笑い相槌を打った。私はこの時まで、緊張をしながら物井さんの話を聴いていたのだが、自分が笑い声をたてたことで、ふっと肩が軽くなったような感覚があった。
その隙をつくように、物井さんは手振りを入れて言われたのだ。
「そりゃ、死ぬかもしれない、という気持ち、それはこっちにおいといて・・・。」
私はこの瞬間、はっとして息をするのもはばかられる思いがした。
『死ぬかもしれない、という気持ち、それはこっちにおいといて』・・・(そうか、物井さんは、ずうっと死ぬかもしれないという気持ちを、『こっちにおいて』自分の生命を見つめ続けていらしたのだ。)・・・こう感じた時、私は不覚にも涙を滲ませてしまった。
こんな私を労わるように、物井さんは、インタビューの最後にこう言われ、爽やかな笑顔を見せて下さった。
「昔は、癌は、3年ごとが区切りとされていたようですよ。今は5年になりました。私はその5年を生き抜いたんです。そして次の5年を目指している。5年、5年がいつまでも続くように、今を大事にしたいんです。コーラスを楽しみ、ボランティアを続けていきたい。」
写真は、集まった皆さんと、『はと地蔵』を作っている物井さん。
リポーターの独言
インタビューの途中で、私は思わず涙してしまったのだが、このことを物井さんに申し訳なく悔やんでいる。こんなに凛と生きている人に、涙を見せるなど失礼ではないか、と。
それとともに、その私に物井さんが見せて下さった深い笑みに、私は不思議な安らぎと勇気を与えられ感謝をしている。
物井さんは、限りなく強い方であるが、それは深い優しさに基づいたものなのだ。
★谷田部昌子さん
<イエスの言葉・・・怖れるな、私はあなたとともにいるを支えに>
谷田部さんが、自分の触診で胸にしこりを見つけたのは、2001年7月のことである。
知っている婦人科に駆けつけると、医師は、すぐに外科に行くことを勧めた。言われる通り外科に行く。X線検査、マモグラフィ検査の結果、癌と診断される。
ここは患者と医師がともに癌に立ち向かうという理念を持っていて、信頼できる病院だと思ったが、それでももっと大きい病院の方がいいのではないかなど、複雑な逡巡があったという。
一度、大学病院に行きたいと主治医に申し出た。すると主治医は、「別の病院に行って、また検査をする。同じ痛みを繰り返したいのですか。」と言った。
谷田部さんは、真摯な態度の主治医を信頼する気持ちが深くなり、最初の病院で8月23日に入院し、26日に手術をした。
手術は成功し、癌の大きさは1センチであったという。医師は、「普通は2センチになってやっとわかるのですが、あなたはよく1センチで見つけましたね。」と感歎してくれたという。
谷田部さんは安堵し、後は回復を待つ日々だったのだが、思わぬ展開が待ち受けていた。癌が再発、それもリンパに転移していたのである。手術後八ヵ月のことである。
「エコーと細胞検査で、リンパ線に転移している癌は2センチになっていました。リンパをえぐりとりました。」
この時の衝撃は、最初に癌を告知された時より重いのではないかと私は想像したのだが、谷田部さんは澄んだ笑顔でこう言われたのである。
「それは不安も辛さもありましたよ。でも、牧師さんから、『あなたの体験していることは、人の知らないことはない』と言われ、聖書のイエス・キリストの数々の言葉を思い起こしたのです。」
谷田部さんは、クリスチャンでいらしたのだ。
「二度目の手術は4月26日でした。手術後三日目にはリハビリが始まったのですが、どのリハビリも、看護士さんや周りの人がびっくりするくらい、順調にいったんですよ。抗がん剤を打ちながらですが、気持ちが悪くなることもなかったんですよ。」
「そうですか。それは谷田部さんの精神力が素晴らしかったんでしょうか。」
私が感心してそう問うと、谷田部さんは、いたずらっ子がいたずらが見つかった時のようにクスクス笑いながら、「イエスが、”怖れるな、私はあなたとともにいる”とおっしゃっているのですもの。私はそれに従っていただけなんですよ。」と言われた。
こうして谷田部さんは、信仰に支えられ、明るさや優しさを失うことなく治療を受けていたのだが、またも思わぬ悲運に見舞われる。
それは、谷田部さんの癌細胞が増殖しやすいということがわかったのだ。谷田部さんは、癌細胞の増殖を止める治療を求めて、一時、人の言葉のままある病院に行き、そこで深刻な痛手を受けたという。後に、自分が救われたい一心で人の言うままうろたえ動き回ることを恥じ、神に祈り、道を求めたという。
「それで自然に、思いやりのある病院に出会い、現在治療中ですが、もう気持ちを騒がすことなく、自分のやるべきことをやり、ボランティアもしています。主によりたよっていれば何も怖くないのです。」
リポーターの独言
谷田部さんが取材の終わりに、「何もこわくないです。」と言われ大きな笑顔を見せて下さったのだが、その時の清明な瞳の輝きが忘れられない。
忘れられないのは、小松崎光正さん、登美子さん、岩淵君江さん、物井美和子さんも笑顔もそうである。そして、病のために一度は命の淵に立たれて、そこから立ち直られた時、こんなにも優しく明るく凛々しくなれるのか、とその感動も忘れることはないだろう。
本当に大きな勇気をいただいた。皆様、本当にありがとうございました。
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(佐々木 和恵)