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紙芝居の紹介<ユーレイなんかじゃない>原作:マオアキラ/脚本:上地ちづ子/絵:長野ヒデ子

2008-09-24 10:16:51

この紙芝居は、1995年3月に、汐文社から発行された「紙芝居 障害者といっしょに (全5巻)」の中の一冊で、当時は認知症という言葉はなく「痴呆」と表現されていましたが、その痴呆がテーマとなっています。

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物語
年をとって、少しボケテきてしまったおじいちゃん。お茶碗を割ったり、なんでも忘れるたりするので、ぼくたち家族はいらいらする。夜も外でうろうろ歩いたりするようになって、ユーレイが出る、という噂が立つようになった。
ぼくは、おじいちゃんが元気だったころ、いろいろなことを教えてもらった。おじいちゃんは強くて優しくて大好きだった。だから、おじいちゃんが、ぼけてしまって悲しかった。

ある日のことだ。公園で、犬に追われた子猫が、木に登ってニャァニャァ鳴いていた。みんなどうすることもできなくて見ているだけだ。
ところが、おじいちゃんが、はしごを持ってきた。おじいちゃんは、子猫がかわいそうでならなくて、なんとか助けてやりたいと思い、一生懸命考えて、はしごを思いついたんだ。
それからみんなで子猫を助けた。

ぼくは思った。『おじいちゃんは、病気のために頭がぼけたかもしれないけれど、心はぼけていない』って。

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紙芝居 障害者といっしょに (全5巻)
発行:汐文社
セット価格:29126円
対象:小学校中・高学年・中学生向け
付録:解説指導書、カセットテープ

発行元のシリーズ解説
多くの子ども達は、障害を持った人びとと接する機会が非常に限られています。“知らない”ことから、多くの誤解や偏見がうまれてくるのもたしかです。そこで、一人でも多くの子どもたちに障害のこと、障害者のことを知ってもらうため幅広い視野からわかりやすく語りかけた紙芝居です。

リポーターの独言
実は原作は私(筆名:マオアキラ)が書いています。
私はこれを書くとき、痴呆がどういうものかわからず、自分の想像で書きました。
現在、夫が認知症になって介護をしていますが、夫や他の認知症の方々と接するにつけ、認知症は頭が壊れたようになるところはあるけれど、心は決して壊れることはない、「ユーレイなんかじゃない」で書いたことは本当だった、と感じています。喜びも悲しみも慈愛心も不安もみんな、かわることはありません。
かわるのは、まわりの人の視線や接し方です。

(佐々木和恵)

<子猫のアイコンは、「ごろんた倶楽部」から拝借しました>

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元気な亀さん物語<幼児から高齢者までー共生ケアの源流>瀧本信吉 著

2008-08-31 23:37:10

何かに強烈に共感したり感動することを、「雷に打たれたよう」と表現しますが、まさにこの本は“雷様”です。いえ、本が雷様なのではなく、日本に民間福祉が根付いていない頃、その必要性を感じた夫婦が、制度に頼らず二人三脚で真の地域福祉を求めて歩いた・・・この夫婦こそが“雷様”なのです。

福祉や教育や医療の場にありがちな修飾語はいっさいない。今、目の前で自分の手を必要としている人がいたら、その人が高齢者であれ赤ちゃんであれ障害者であれ、ひたすらその人の手をつかみ、ともに生きようとしてきた夫婦。

この本は、夫の瀧本信吉さんが、施設を作ろうと思われたきっかけから、ひたすら手を差し伸べているうちに、次々と必要な施設やグループを立ち上げることになった顛末、そして、そこに集まってこられたたくさんの人々のことを書いたものです。

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いきいき生きるには歯の健康から

2008-08-23 12:47:58

身体の健康状態は、何か感じると気にするけれど、歯に関しては、あんまり気にしない、という人は多いのではないでしょうか。私などその典型のようなズボラさです。

その私が、歯は健康の源のひとつ、を思い知るようになったのは、認知症が進んできた夫が食べ物をよく噛めなくなってきてからです。というより、噛む意欲をなくしてきた、といえます。よく噛まないで飲み込むということは、誤嚥と肺炎につながります。実際に夫は、誤嚥性肺炎で病院に救急搬送ということも起こりました。

入れ歯があるから噛むことは問題ない、かというとそうではありません。認知症の状態によっては、入れ歯そのものを受け付けなくなり、噛む努力をしなくなってしまうのです。

噛む、食べる、ということは、いわば本能で出来ることだと思っていたのですが、いえいえ、認知症のような症状は、赤ちゃんでもやろうとする本能そのものを奪っていく面があるのです。
介護者というのは、それを意識し、高齢者や認知症者が、少しでも自分でやろうとする力を保てるように、日頃の口腔ケアへの心配り、励ましが必要なのですね。
私はつくづく、もっと早くからそういうことに留意しておけばよかっ・・・・・と悔やんでいます。

そこで、読者の皆様の参考になればと、かかりつけの歯科医院からお借りした、『いきいき生きる』をご紹介しようと思います。

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この本は、2000年スタートした介護保険制度にあわせて発行されており、人間の生の根源は食べることにあり、食べること=歯の健康、という理念のもとで作られています。

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第二次大戦中、ユダヤ人の子供2500人を救ったポーランド人女性、イレーナ・センドラーさん死去

2008-05-14 21:31:36

イレーナ・センドラーさんというポーランドの女性をご存知ですか。
私は、第二次世界大戦中、ナチスに抵抗して多くの子供を救った人、ということをうろ覚えに知っているだけでした。日本人の外交官で、第二次世界大戦中、ユダヤ人にビザを発行した杉原 千畝(すぎはら ちうね)さんのことをネットで調べた時、このイレーナさんのことを知ったのです。
【Wikipedia=イレーナ・センドラー 杉原 千畝(写真入で紹介されています)】

そのイレーナさんが亡くなられたそうです。5月13日14時50分に配信された産経新聞の記事でわかりました。

記事によりますと、センドラーさんは、社会奉仕家の立場を利用してゲットー内に入り、幼児たちをスーツケースに入れたり、スカートの中に隠すなどして逃すことに成功したそうです。ナチスに見つかれば、銃殺などの重罪に処せられる危険がある中、2年以上も命がけの活動を続け、子供たちを孤児院や病院、教会などに匿ったということです。

やがてゲシュタボに逮捕され、強制収容所で拷問を受けますが、「活動内容を明かすぐらいなら迷わず死を選ぶ」(生前の伝記)と、沈黙を守り通されたそうです。その後、仲間の行動で、死を免れましたが、拷問のため足や腕を骨折し、無意識状態のまま近くの森の中に捨てられました。

イレーナさんは、子供たちを救っただけではなく、戦後、親と子供が再会できるように、子供1人1人の名前などを紙に書き、リンゴの木の下に埋めておかれたと言いますから、この凄さには言い表す言葉が出てきません。

戦後は社会奉仕家として活動を再開され、イスラエルから表彰を受けたり、ノーベル平和賞候補にも挙がるなど、勇気ある行動は世界で称賛されたそうですが、死の間際のインタビューで、「私が『英雄』と呼ばれることには抵抗がある。実はその逆だ。私はほんの一握りの子供しか救えなかったことに、今も良心の呵責を感じ続けているのです」と語っておられたそうです。

ご冥福を心から祈ります。


リポーターの独言
この記事には、「他者のため、弱者のために立ち上がった人は当時、まれだった。」とありますが、私は、規模は小さくとも、誰にも知られずこのように生きた人はたくさんおられたのではないか、と思えてなりません。そう思った時、言葉にならない想いがこみあげてきました。
世界は絶望に覆われてるかのような様相を呈しているといわれていますが、そんなことはない、希望は、全ての私たちの手に在る、とそんな勇気がわいてくるのです。

(佐々木和恵)

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本の紹介 阪神淡路大震災短編童話入選作品集<シロのいた町>2

2008-02-24 21:34:00

1995年1月17日のあの朝のことを、地震に合わないところで暮らしていた皆さんは、どのように思い出しますか?

私は、二階の自分の寝室で目覚めると、いつものようにFMラジオのスイッチを入れました。すると、クラッシック音楽が流れてくるはずのラジオが、「○○町の△△さん、□□さんに連絡をして下さい」というようなことを次々と言っているのです。私はてっきりドラマの放送をやっているのだと思いました。BGMも何もなく○○町の△△さんとひたすら呼びかけているそこに、張り詰めて緊迫した空気が漂っているのを感じ、『朝っぱからなんだかすごいドラマを流しているなぁ』と苦笑すらしました。
それから、いつも聴いていたFM音楽に直そうとラジオをいじりました。何かの拍子に設定が動いたのだと思ったのです。
でも、番組設定はいつもの通りになっていました。
この時、はじめて、『なにかおかしい・・・』と感じ、テレビを観るために階下に急ぎました。
そして、神戸の惨状を知ったのです。8時ごろだったと思います。

私はその後、あまりの現実に押しつぶされ、自失の感覚でいたという気がします。テレビを観るのも怖かったです。直視することなどできませんでした。
私は四国の出身ですから、親戚や昔の友人知人の多くが関西方面に住んでいましたが、その人たちのために力になることもできませんでした。
地震の日からしばらく経って、兵庫にいる従姉妹に、どうしていいかわからず見舞いを送るだけで、復興や生活の役に立てないことを詫びましたら、従姉妹がこう言ったのです。
「何言うとるん。当たり前や、そんなこと。うちら、当事者になってしもたから、生きなあかん、立ち直らなあかんと、やらないけんことを必死にやっとるけど、立場が違うたら何もできんよ。役に立たんでごめん、なんか言われたら困るよ」

この「シロのいた町」を読んだ時、従姉妹の言葉を思い出しました。
『当事者になってしもたから、生きなあかん、立ち直らなあかんと、やらないけんことを必死にやっとる』

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では、「とらやよしみ作:崖の上の家」「高浜直子作:とうがらしの花」「古本博子作:シロのいた町」をご紹介しましょう。

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本の紹介 阪神淡路大震災短編童話入選作品集<シロのいた町>1

2008-02-11 05:00:16

この本は、表題にあります通り、1995年1月17日5時46分に起きた大地震にまつわる童話集です。書かれたのは、この震災を体験された作家の方々です。
本を発行された「あしぶえ出版」の村上延子さんも、被災され、がれきの中から必死に立ち上がられたそうです。
あとがきに、「震災のことを決して忘れないためにも刊行に踏み切りました。震災で亡くなられた人は六千人を越え、その中にはたくさんの子供達も含まれていることは、心が痛みます」と記しておられます。

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収められている作品は七作ですが、このエントリーでは、「かねこかずこ作:ありがとう、ユキ」「戸沢たか子作:りょうくんの青い傘」「エイ子  ワダ作:今」「畑中弘子作:桜ふぶき」をご紹介します。

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<闇の子供たち>映画と本の書評から

2008-01-31 15:12:29

映画<闇の子供たち>
一般公開は春(2008年)のようです。現在は、東南アジア・タイ王国首都バンコクで撮影中とか。

原作 梁石日(ヤン・ソギル)「血と骨」の作家です。
監督 阪本順治
出演 江口洋介・宮崎あおい・妻夫木聡・佐藤浩市・鈴木砂羽 他
(この情報は、日本映画監督協会のホームページより)

社会学博士で評論家でラジオのコメンテーターもされている宮台真司さんが、ご自身のブログMIYADAI.com Blog に、映画「闇の子供たち」を熱く語っておられます。
↓が宮台真司さんのブログURLです。他の映画の紹介に続いていますから、ちょっと見にくいですが探してみて下さい。
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=607

書評<闇の子供たち>
「本の言霊」というサイトに書いてある書評です。筋も丁寧に書かれていますので、内容がよくわかります。
http://www.shitamachi.net/wa/kodama/001.htm

書評の一部を転載しておきます。
――――――ここから転載――――――――
みなさんは国際児童年を覚えていますか。
世界のすべての子供たちの福祉の向上と人権が保障されることを目指し、国連で批准されました。もちろん日本も批准しています。
しかし、今でも多くの子供たちは強制労働や戦争、貧困、そして幼児売春によって苦しめられています。
日本人がアジアのある国で幼児買春をした罪で強制送還された事件は記憶に新しいところです。
今回紹介する「闇の子供たち」はタイの幼児売春の実態を余すところ無く書いています。
 舞台はチェンマイから約130キロ離れた北部山岳地帯から始まります。
主人公は8歳のセンラーと10歳のヤイルーンの姉妹です。日本にいれば遊び盛りの年齢ですが、すでに姉は8歳のときに売られて、売春宿で働かされています。妹も約3万6千円で売られていきます。父親は娘と別れを惜しむというよりは、あたかも農協に出荷する野菜のように売買の交渉をします。それが何か特別なことではなくて、村では当たり前なのです。
 需要と供給の関係から、児童売春にも世界各地にお客がいます。もちろん日本にも。
そのお客を喜ばすために、プロとして徹底的に仕込まれます。時には子供同士のセックスショーもやらされながら、あるいは、ホルモン薬を注射しながら。そして、そういう子供たちを本国に連れて帰り、手元において楽しみたいという大人もいるのです。
表向きは養子縁組ですが、まさしく性の奴隷です。実態は生き地獄。子供たちに救いは無いのでしょうか。
もちろん、現地の社会福祉センターの働きも描かれています。所長や日本人ボランティアの目覚しい活動に応援したくなります。しかし子供を売ることが当たり前になっている社会では、どうすることもできないのです。
やがて、当然のように子供たちは病に倒れていきます。
姉のヤイルーンはエイズに罹り、置屋を追い出されます。生きたままゴミ袋に入れられて、ゴミ捨て場に捨てられます。彼女はゴミ袋を破り、ゴミ捨て場の腐った食べ物を口いっぱいにほおばって、故郷に向かって歩き始めます。行きかう人は穢れたものでも見るように彼女に近づくことはありません。蟻や蜘蛛やゴキブリ等を食べながら、時には木の皮さえも口にして、やっとの思いで村に帰ります。そこで会えた父親から「人間か?」とナタを振りかざされるのです。そして村で檻に入れられてしまいます。もちろん手当てはしてもらえません。「あんた!あんた!ヤイルーンが蟻に食べられてる!」母親の叫び。父親はガソリンをまいて、娘を焼き殺してしまいます。
――――――転載ここまで――――――――

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今年の記事初めは、平野佳美さん著の「傾聴 猫又日記」

2008-01-04 09:03:14

皆様、明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い致します。

さて、今年の記事初めは、平野佳美さん著の「傾聴 猫又日記」のご紹介です。
この本は、当ブログの「ボランティアの人々」に登場していただいた、山崎かおるさんとその仲間の方々が開かれた「ねこんさーと」の受付においてありました。

表紙の黒猫の絵に心ひかれて手にとると、どなたかが、「この本は、”傾聴ボランティア”の著者が書かれた本よ」というようなことを言われ、私は、心の中で、「そうなのか、有名な方なんだ」と思いました。そして、「傾聴ボランティアをしている、猫の好きな方の、心温まる本なんだ・・・」とつぶやきました。まったく私は、何も知らないのでした。

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アルツハイマー病を知ろう:絵本<おもいではチョコレートのにおい バーバラ・マクガイア作>

2007-11-14 15:52:21

『真夜中、ぼくとおじいちゃんは、美味しいチョコレートケーキを焼いて、月明かりの庭で花をつんだ。
ぼくはあの夜のことをきっと忘れない・・・。


原作は、子どもたちにアルツハイマー病に対する理解を深めてもらおうと、アールアイシー出版グループがオーストラリア・アルツハイマー協会との共同で制作した絵本です。
前半は、アルツハイマーになり、まもなく病院に入ることになっているおじいちゃんと、おじいちゃんが大好きなベン少年の心の交歓が、叙情豊な美しい月夜の風景のもとで描かれています。

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書物<北欧のエネルギー デモクラシー:飯田哲也 著>

2007-11-14 01:55:45

『1999年11月30日、ついにバルセベック原発が閉鎖された。1980年に行われた原発国民投票から19年という長い期間をかけて。スウェーデン社会が高く掲げてきた「脱原発」という理念を、現実のものとする日がようやくやってきた。大きな技術的なトラブルもなく、平常に運転されていたバルセベック原発を閉鎖した今回の「政治的決断」の意味は大きい。ここ数年の間に、ドイツ、ベルギー、スペインなどの欧州各国で相次いで始まった脱原発への政治的な決断と、それに呼応するかのような自然エネルギーへと傾斜しつつある大胆なエネルギー政策の変化の先頭に立つものといえよう。(略)』(「はじめに」より)

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「北欧のエネルギーデモクラシー」飯田哲也氏の講座を受講する

2007-10-05 05:34:39

風力発電をはじめとする自然エネルギーを提唱されている、特定非営利活動法人 環境エネルギー政策研究所の飯田哲也氏の講演を一度聴きたいと思っていたところ、日本ペンクラブの環境委員会が、10月1日に講座を開催すると知り駆けつけ受講してきました。

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向かって右が飯田哲也氏 左は環境委員会委員長の中村敦夫氏

飯田氏は、原子力推進側とそれを規制する側の両方を経てこられた経歴の方だけに、地球温暖化の危機、今後の地球の未来は風力発電をはじめとする自然エネルギーにかかっているというお話は、スウェーデン、デンマークと日本のエネルギー政策を比較するなど具体的で説得力のあるものでした。

「地球温暖化」への意識や不安は、今年(2007年)はじめに公開された、アメリカの副大統領だったゴア氏の映画『不都合な真実』(ふつごうなしんじつ、原題: An Inconvenient Truth/http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E9%83%BD%E5%90%88%E3%81%AA%E7%9C%9F%E5%AE%9F)で、私たち一般国民の間で一気に高まりましたが、いつの間にか自分に関係のない遠い話のような感じになってしまっている気がします。

実際は一人一人に関係があるし、すぐ近くに来ていることなのですね。
とにかく、地球温暖化は、CO2排出のペースがこのまま続くと、20年以内に北極の氷が溶けるスピードがなんと4倍に加速され、2040年には北極のすべての氷が溶けてしまうこともあり得る、というのです。
そうなれば、まず罪のない自然、生き物たちが苦しみ、滅びていき、それから人類が逃げる場所もなくなるまま追い詰められていく・・・。
CO2を排出しているのは、私たち人間です。直々に自分に関係のあることなのです。しかもそれは、私たちの今後の生活のしかたや意識に、早まるか、救いの可能性があるかがかかっているのです。

飯田氏のお話から、そうした現実がひしひしと伝わってきました。それらのまとめをここに書けたらいいのですが、私の浅学な知識では自信がありません。
ぜひ、飯田氏の著書、「北欧のエネルギーデモクラシー」を読まれて下さい。
http://www.shinhyoron.co.jp/books/newb/0477-6.htm
そしてそれぞれの理解でこの問題を考えてみて下さい。

私自身は、以前から原子力エネルギーに頼る方向でいいのか、と思っていましたが、かといって、では、他の方策なら全ていい、と言うことにも躊躇するものがあります。例えば、風力発電を考えた場合、これにしていく場合におこる自然環境や生き物の生存権、場所の破壊、という新たな問題が起こるだろうと思うからです。

地球の未来、人類の未来という大きな問題に比したら、一定の場所の自然や生き物の生存権、場所の破壊などは小さい問題だ、という声も聞くのですが、私は、大きな問題と小さな問題の比例で、簡単に小さな問題と決めた方を切捨ててしまうやり方の繰り返しは、結局は弱肉強食につながる、別の形で人類を蝕む大きな問題と思えてなりません。

近い将来、地球温暖化をくいとめる方策の中で、原子力エネルギーと自然エネルギーが問われると思いますが、その時、とことんまで他の生物の生存も考慮、意識においた方法が選択されることを願ってやみません。

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本の紹介<うつ病脱出 インタビュー法 −心療回想法のすすめー>小林 幹児著

2007-09-14 08:57:15

当ブログで二度ご登場いただきました(2007/2/19回想法は楽しい学問・2007/7/2本の紹介:おしゃべり心療回想法)、心療回想法の小林幹児先生の、「インタビュー形式」でうつ病を克服する方法が書かれた新刊が出ました。

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「インタビュー形式」ということは、「インタビューする人」と「インタビューされる人」がいるということ、つまり、この本は、「うつに苦しむ人」ではなく、「うつ病になった人をサポートをする」人のために書かれた本であり、「心療回想法(子供の頃の楽しかったり、安心感のあった頃の記憶を場面ごと引き出す)に基づいたインタビューで、うつの人を苦しみから救う」方法が書いてあるのです。

だからと言って、家族や友達など身近な人がうつ病のようだからと、この本のインタビューを試みれば全部のうつ病が治る、ということではありません。
専門医の診断と治療はまず尊重しなくてはいけません。
著者の小林幹児氏は、本書の冒頭に、このように書いておられます。
『うつ病は、軽症から重症まで幅広い病気です。本書は、うつ病になりかかっている人などの初期の軽いうつ病への対策として書いています。重症になってしまった場合は、専門家などの治療を受けて、軽症になってきたところでこの「心療回想法」をはじめてください。』

またこの本を推薦されている、財団法人 大原総合病院 副院長で医学博士の森谷浩史氏は、『複雑化する現代社会・・・。ますます孤立化する人間関係・・・。うつは決して特別な病気ではありません。しかし、その処方箋はあなた自身の記憶の中にあります。記憶の中の楽しい思い出があなた自身をうつから守ってくれるのです。
小林博士が以前から提唱している心療回想法は、どこでも、だれでもスタートできる心のストレッチ体操です。
本書は博士が一般読者向けに平易に書き下ろした入門書です。』と書いておられます。

以上のことをきちんと認識して、この本を必要に思う方は、ぜひ読んでみてください。
うつに苦しんでいる人、心を閉ざしている人に接するのは、特別なことのように思いがちですが、この「うつ病脱出 インタビュー法 〜心療回想法のすすめ〜」を読むと、誰に対しても自分らしく自然に接することができるような落ち着いた気持になります。
それは、本書が、うつの症状やうつの人へのアドバイス等、全てが分り易く具体的に書かれていて、特にうつの人に接した時の問いかけ(インタビュー)の内容が、日常的で、自然で、簡潔で、清潔なのです。そして、インタビューの項目が100まで書かれてあり、これだけはやってはいけない注意事項もきちんと明記されています。
これらは、問いかけ(インタビュー)をする人にも、受ける人にも、心の負担を感じさせない、と感じました。
きっと、うつに苦しむ人、その人をサポートしたいご家族や友人、どちらをもの力になってくれるでしょう。

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紙芝居の革命児、遠山昭雄さん監修の本<はじめよう老人ケアに紙芝居>

2007-07-05 16:00:43

突然ですが、私は三好春樹さんを「介護の風雲児」と思っております。
そして、その風雲児が主宰・編集をされている雑誌、「月刊ブリコラージュ」の中で紙芝居人として登場し、社会に紙芝居の面白さと介護の世界に紙芝居が輝きを放つことを知らしめ、2006年5月にはブリコラージュの編集部からの依頼で、「はじめよう老人ケアに紙芝居」という本を、著者・監修を受け持って作った遠山昭雄さんを、「紙芝居の革命児」と言っております。
なぜそう思うかというところから、本の紹介を致しましょう。

yume_tooyamahon.jpgクリックすると画像が大きくなります。

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本の紹介<おしゃべり心療回想法:小林幹児著>

2007-07-02 04:43:50

2007年2月19日に「回想法は楽しい『学問』」のタイトルでご紹介しました認知症予防に早くから取り組んでいらっしゃる、小林幹児さんの新刊が出版されました。
おしゃべり心療回想法
発行所:論創社
初版発行:2007年6月25日

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笈川小百合さんの絵<野の星 天の花>

2007-04-07 23:06:35

笈川小百合さんを知っていますか?
私は今日、あるブログを通して、笈川さんにはじめて会いました。正確には、笈川さんの絵と詩にです。
その瞬間、私は、「この絵と詩を待っている人に会わしてあげなくてはいけない!」と思ってしまうほど心を揺さぶられました。


そのブログは、「夢見る団塊主婦」といい、『ひとり娘を亡くした母親が、天国にいる子どもたちの姿を描いた「野の星天の花」という1冊の本を著しました。そして、この7月、彼女もまた娘のいる天国へと旅立って行きました。』とはじまっていました。
四枚だけ、ここにその絵と詩をおかせていただきました。
あとは、「夢見る団塊主婦」さんのギャラリーで「笈川小百合さんの絵」をゆっくりと観せていただいて下さい。
http://blog.so-net.ne.jp/chiitoto/archive/c5364525

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認知症<人間とロバとイヌとサル>

2007-03-11 14:06:41

日本医学館発行、一宮洋介著の”高齢者のからだと病気シリーズ『認知症(痴呆)』”に、人間の痴呆を表わした例えをグリム童話の”寿命”をもって述べてあり、その皮相的な観点が面白いのでご紹介します。
<アイコンはホームページビルダーの中から拝借しました。>

グリム童話『寿命』
それは神様が動物たちの寿命を決めたときの話です。
人間、ロバ、イヌ、サルの寿命をそれぞれ三十年と神様が決めたとき、まずロバが、「神様、私は三十年間も重い荷物を運ぶ生活はしたくありません。寿命を短くしてください。」とお願いしました。
そこで神様は、ロバの寿命を十八年短くしました。
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つぎにイヌが、「神様、私はワンワン吠えながらヒツジを追い、野山を走り回る暮らしを三十年間もつづけることは耐えられません。もっと短くしてください。」とお願いして、寿命を十二年短くしてもらいました。
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今度はサルがやって来て、「神様、私は三十年間もキャッキャとみんなを笑わせる生活は耐えられません。寿命を短くしてください。」とお願いして、十年短くしてもらいました。
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ところで人間は、「神様、私は三十年では足りません。寿命を延ばしてください。」とお願いしました。
そこで神様は、ロバの十八年、イヌの十二年、サルの十年を人間にくださいました。結局、人間はもともとの三十年に四十年を加えて七十年の寿命を得ることになりました。
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若年認知症「ピック病」

2007-02-27 16:04:27

<「ピック病で万引き」厚労省が実態調査・・・アルツハイマーと異なる若年認知症>

これは、2007年2月26日の朝日新聞の一面トップの記事です。
私は「介護ブログ」を担当していながら、不勉強でこのピック病というものを知りませんでした。
記事によると、<「ピック病」と呼ばれる認知症になった公務員らが、症状の一つである万引きをして社会的地位を失うケースが相次いでいる。脳の前頭葉の萎縮で感情の抑制を失って事件を起こしてしまうためで、犯行時の記憶がないのが特徴。しかし、正確に病気を診断できる医療機関は少なく、厚生労働省の若年認知症の研究班も、初めてピック病の実態調査に乗り出した。専門医は、「まじめに仕事をしていた人が万引きをして『なぜ』ということがあれば、ぜひ専門の医療機関を受信してほじい」と話している。(大貫聡子、寺崎省子)>とあります。

脳の前頭葉と側頭葉の血流低下と萎縮で起きる認知症は「前頭側頭型」といわれ、うち8割が「ピック病」とされる、とのことです。
時には周囲の状況を気遣わない行動や万引きが症状としてあらわれるが、本人は善悪の判断がつかないそうです。
厚生労働省の若年認知症の研究班メンバーの宮永和夫・群馬県こころの健康センター所長によると、欧米でも万引きなどの軽犯罪がピック病の症状のひとつとして報告されている、とも続き、いくつかの実例も述べられています。

若年認知症
若年期(18〜39歳)と初老期(40〜64歳)に発症した認知症の総称で、アルツハイマー病型のほか、脳血管性、前頭側頭型などがある。「ピック病」は、1898年、精神医学者アーノルド・ピックが初めて症例を報告したことから名づけられた。ただ、画像診断技術の向上などで、正しく診断できるようになってきたのはこの10年。うつ病や統合失調症と誤診されるケースも多い。
若年認知症の患者数の調査は、旧厚生省研究班が96年に推計した2万5千〜3万7千人があるだけで、現在、ピック病を含め、10年ぶりの実態調査が進められている。(記事内のキーワード欄より)

記事の詳細は
http://www.asahi.com/national/update/0225/TKY200702250273.html

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NHKスペシャル「脳は何歳でも鍛えられる」

2007-02-26 00:25:21

この番組は、アルツハイマーや脳卒中で認知症になった人が、ある学習で生きる意欲を取り戻していく様子を追っています。

学習とは、「花」「川」などと書いたカードを、認知症の人に見せ、声を出して読んでもらうこと。「5+1=」「2+6=」と書いたカードを見せて、答えてもらうものです。

こうした学習が、認知症の人の脳を鍛えることになり、その人自身が生きる意欲を取り戻す、と主張するのは東北大学教授で脳科学者の川島隆太氏

脳の中のどこを鍛えるのか? それは、頭の前頭部にある前頭前野。前頭前野は脳の司令塔。この司令塔は、複雑な計算などより、簡単な計算や音読をする時に活発に活動することが、光ポトグラフィ測定でわかったというのです。ということは、認知症の人に、簡単な計算、音読を学習してもらうと、前頭前野が活動をはじめ、欠損して認知症になった脳が鍛えられ、活性することになる、ということのようです。

福岡県大川市にある社会福祉法人「永寿会」。ここに入所されている、アルツハイマーや脳卒中で認知症になった人に、音読や計算の学習がされます。

石橋ヤエノさん(105歳)の場合
ヤエノさんは、重度の認知症でずうっと車椅子の生活でした。3年前から、音読と計算の訓練を始めました。川島教授が撮影されたという訓練をはじめる前のビデオで観るヤエノさんは、無表情でいかにも頑なな様子でした。
それが、訓練を開始して三ヵ月後のヤエノさんは、介護士さんに両脇を支えられて、歩行の練習をされているのです。驚いたのはその表情の明るさと、自分の歩行を手伝ってくれた人に、明確に、「ありがとうございました。」と嬉しそうに挨拶をされていることでした。

ほかにも、視聴者は、不安を感じると悲観的になり、「死なせて下さい。」と言い続けるキヲさん(97歳)、夫の死と認知症が重なり、誰とも目を合わそうとせず、見るからに無気力になったフミヨさん(77歳)、施設の中でみんながする体操などにも決して加わろうとしなかった春子さん(83歳)が、スタッフの温かい親身な語りかけとともに促される音読と計算をやっていく中で、次第に変化がおこってくることの目撃者になります。

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「いま、戦争と平和を考える」 日本ペンクラブのシンポジウムより

2007-02-14 08:41:18

2月6日、日本プレスセンターで、「社団法人 日本ペンクラブ」主催の「いま、戦争と平和を考える」というシンポジウムが開催されましたので行ってきました。のんびるブログの私の担当は、「福祉」「介護」ですから、「戦争と平和」を取り上げるのはどうかと思ったのですが、何事も平和あってのことです。「平和」のテーマは全てに通じます。・・・というわけで、今回はそのシンポジウムの様子をリポートします。

まず、国際ペン事務局長ジョアン・リーダム=アッカーマンさんと日本ペンクラブ会長井上ひさしさんの対談です。
テーマは、戦争と平和を考えるという主軸にしたがって、ペンを持つものとして、自分は何ができるか、何をしたか、何をしていくか、というものでした。

ジョアン・リーダム=アッカーマンさんは、体験を交えたさまざまな話をされましたが、特に主点とされているのは、「真実のストーリーでなくてはならない。真実のストーリーとは、イデオロギーやプロパガンダのためではなく、自分の魂が真実感じたこと、見たことでそれを表さなくてはならない。」という発言に顕れていることではないかと思いました。
人権問題で世界を駆け自分の目と心を通して人や物事を見通し、数々のノンフィクションを発表されているだけに、お話しぶりや身のこなしは優雅で美しく穏やかながら、その言葉には研ぎ澄まされた説得性があり、聴衆の方々は共感ととともに感動と直接的な刺激を受けられたようでした。

井上ひさしさんは、夕張の崩壊をこう書きたい、というプロットを明かされながら、アイロニーをこめたウソ作りのような仕立ての中から、真実を浮かび上がらせたいのだ、ということを力説され大きな拍手がわきました。


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ジョアン・リーダム=アッカーマンさんのプロフィール
作家・ジャーナリスト。国際ペン事務局長兼副会長。国際ペン獄中作家委員長、国際ペン財団の理事を歴任。
正確な情報と地球規模的視野に定評のあるクリスチャン・サイエンス・モニター紙の元レポーター。
ノンフィクションの著作により多くの賞を受賞。雑誌や定期刊行物に、小説、随筆を発表。代表作に、”Tha Dark Path to the River(川への暗い道)”、”No Marble Angels(大理石の天使はいない)”。
Human Rights Watch(アメリカの人権擁護団体)理事なども兼任。人権問題を専門とする。(シンポジウム当日のプログラムより)

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老人介護 常識の誤り  三好春樹著

2007-01-14 15:10:12

詩人の谷川俊太郎さんが、本の帯に、この著者を、『(略)現場で工夫し行動し発信するトリックスターだ、そしてなによりも老人と介護者の真の味方だ。』と絶賛していらっしゃいます。
これを見て、手に取らない介護者などあまりいないでしょう。何たって介護者は頼りになる味方が欲しいのですから・・・。


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序章で、介護の時代と言われるようになった現在、介護の専門職を養成する学校が続々と新設され、ケアマネージャーの試験には、看護士や理学療養士、医師までが受験に殺到した、どうしてこんなに介護が注目され、介護に関わる人が必要とされるようになったのか? と問い、医師、看護士を中心とした医療・看護の専門家によっては、現代の老人と家族が抱えている問題を解決できなかった、と答えています。

これだけではなく、この本は、これまで医療の専門職が、寝たきりと呆けを作り上げてきた、そして医療の発達が、<元気>と<病気>の間の人を増やしてきた、とかなりシビアな現実論を展開しています。

こうした医療と介護の実状をふまえ、1章で介護の定義のこと、2章、3章で寝たきりの原因、痴呆の原因を探っています。
4章、5章、6章で、介護という生活を主体にする、という意識の転換を主張しています。

意識の転換、発想の転換は、全体を通して、この本の中心になるものでもあります。
例えば、2章の中で、寝たきりの人を、建前で作る、というものがあります。どういうことかというと、寝たきりになればいろいろなサービスが受けられるが、不自由な手足であっても、頑張って歩いていると、殆ど援助が受けられないのです。そこで優秀な保健婦さんや訪問看護士は、”寝たきり”を作るのです。
これを、三好先生は、「えらい!」と褒めます。「これが制度の不備を埋める知恵」と。
まさに、介護者の味方、ですね!

また、高齢者の排泄のさせ方をことこまかに書いておられる章があるのですが、内容そのものは、ある程度介護の経験のある者なら誰でもわかっていることですが、書き方がユニークなんですね。介護者と一緒に走っているような臨場感を湛えているんです。だから読んでいて、自分ひとりが頑張っているのではなくて、こうして一緒に頑張ってくれる人がいる、という気にさせられるのです。そう、谷川さんが、『トリックスター』と評されるのはここでしょう。

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書物紹介<医師 黒岩卓夫:大地の子と地域医療>

2006-09-22 04:47:35

『大地の子と地域医療』は、黒岩卓夫医師が、第13回若月賞を受賞された折りに開かれた記念講演のお話しを、自らまとめられたものです。

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本の内容
医療に関する難しい専門的なお話だろうかと思ったのですが、読み始めるとすぐにその面白さに惹きこまれてしまいました。
文学青年のような芸術性、冒険家の持つロマン性を秘めた視線を含めつつ、医師としての理念、理想、情熱を根底に持って医療に打ち込まれた自らの足跡を書かれているのです。しかも、『少年の純朴さ』、そう少年そのものの溌剌とした精神がほとばしっている痛快さすら感じるのです。
と書くと、娯楽的な本なのか、と思われるかもしれませんが、そういう意味ではありません。

黒岩先生は戦争中、ご家族とともに満州開拓団の一員として満州に行かれており、戦後、妹さんと弟さんは満州開拓団から逃げ出し避難する途中、病と飢えで亡くなり、長姉さんのご一家は、北朝鮮で、夫、子供三人(一人死亡)と孫三人、計七人が1975年以降行方不明であるということです。
「大地の子」とタイトルにつけられたのは、ドラマで有名になった山崎豊子作の大地の子の陸一心と同じコースを辿って開拓団から逃げてこられたからなのです。

先生は、下のように記述されています。
『私は日本に帰り成長したが、私の心境からしたら「日本の子」にはなりきれなかった。なぜなら、満州開拓団30万人は、祖国日本に切り捨てられた棄民となったからだ』と。

ここからだけでも、この本がどのような重さをもった本かわかるでしょう。
そうなのです。この本は、戦後の悲惨な日本とご自分たちの姿を書いておられるのです。
それでも尚、面白い、痛快だと書いたのは、黒岩先生の、苦難や権力に屈しない反骨精神と、洞察したことを明快に表す潔さを称したのです。

人間性
敗戦後、日本に帰国され、医師となられ医療の道を歩んでこられたのですが、医療への情熱、理想の追求の魂もまた痛快と言うに相応しい輝きを放っておられるのです。それから、人間に対する視線の温かみ、豊かさ、自由さのようなものを感じ、読んでいるとなんとも言えない深い安心感のようなものを感じるのです。

例えば、越後で歌や三味線を弾きお金を貰って生きる盲目の女性たちは瞽女と呼ばれて、瞽女は悲しい負の存在のように伝えられていることが多いですが、黒岩医師は、このように記述されています。
「瞽女は、各地の情報のメッセンジャーであり、農村の女性たちへの癒しの受け手でもあった。」と。瞽女は、行く先々で、当時ただ忍従の中に働いていた農婦たちのグチなどを黙って聞いてあげたのだといいます。
そこで黒岩先生は、『旅芸人であった越後瞽女たちは、訪問ケアの原点ではないか』と書いておられるのです。
こうした視点の広さ、深さに感銘を受けるのです。

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NGO未来の子どもネットワーク<青木悦さんの講演>

2006-09-20 23:38:28

2006年9月16日
NGO未来の子どもネットワーク 第1回思春期子育て講座 
講師:教育ジャーナリスト 青木悦さん 
演題:「ホンネを言えない子どもたち」


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こどもたちはしんどい思いをしている
青木さんが、”こどもたちの今”に関心を持つようになったのは、横浜で起きた、野宿をしている人たち(ホームレスと言われている人たち)を、こどもが集団で襲い、三人の死者が出た事件からだそうです。
「今のこどもは大変なところにいる。私たちはそこに気づかなくてはいけない。」と、青木さんは淡々とした口調で語りはじめました。
淡々とはいってもその中に、こどもに尋常でない熱意をもって向かい合っている人の確かな視点を感じ、聴き始めてすぐに居住まいを正しました。

「沢山のこどもに会ってきました。そこでいつもいつも感じるのは、”こどもが一番、辛いしんどい思いをしている”ことです。それは、”こどもはどこにも本音が言えない。本音を言えるこどもはどこにもいない”ということなのです。親と友達に一番気をつかっている。身近なはずの人間に気をつかって、本音を言えない。これは本当にしんどいことですよ。」

親に言えない
「私が何度も会って、やっといじめにあってることを話をしてくれた子が、”自分がいじめにあってることを、親にだけは言わないでくれ”と言うのですよ。この子は、遺書を書き、それでナイフをくるみ、ガムテープをまいて、ポケットにしのばせていた。”カッとなってナイフを取り出した時、ガムテープをほどいている間に気持ちが平静さを取り戻すかもしれないから。これは、使うためじゃなくて、ぼくのお守りなんだ”と言ったんですよ。」

「なぜ親に言わないで、と言うと思いますか? 親をガッカリさせたり、心配をかけるのがいやなんです。親は、自分がいじめられてると知ったらガッカリする、と思っているんです。・・・この話を聞いた人が、”親思いで優しいんですね”と言いました。そういうことではないと思うんです。私は、こどもは嫌なことや頭にきた時は、親に泣き叫んでいいはずだ、と思うんです。それをしないで気を遣う、と言うのは、本当にしんどいでしょう。こどもにそうさせてはいけない。・・・そうさせてしまうのはなぜか?」

親がつくる幻のこども
青木さんは、講演を聴く人にそう問い、その後、最も言いたかったことを言いきられました。
「おとなが、親が、その子その子のありのままを見て理解しないで、自分で作り上げたこども像を、自分の子にあてはめて、合わないと落胆したり失望したりするからです。つまり、親、おとなは、”幻のこども像”を最も大事にして、そこから実際のこどもを見るのです。当然、幻のこども像から見たら、実際の子は欠点だらけや弱く見える。そこでガッカリしたり、自分の子はダメダと決めつける。・・・こどもは、親が抱いている幻のこども像や期待に合わせようと懸命に努力する。・・・それが積み重なっていけば、いつか爆発するのは当然です。」

青木さんのお話は、実際に向かい合い、その子が吐露した思いや言葉にどこまでも沿おうとする中から出ているのが伝わり、聴いていて、こどもたちの切実な目の色や苦渋にあえぐ表情が見えてくるような気がしました。
そしてそのこどもの苦渋は、そのまま親の苦渋であることを察することができます。
この日、参加していた若い母親たちも、その実感があったのでしょう。お話の後の質問や意見の交換は、それぞれが抱えている問題を出し合い、それがまたそれぞれの気づきにまでなっていったと感じました。

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