pagetop

リポーターブログトップ > カテゴリー記事一覧

認知症になってからの入れ歯作り<我が家の場合>

2007-09-16 13:49:08

あくまで我が家の場合ですが、認知症になると、何かと健康な時と違う状態になります。医療を受ける場合もそうです。例えば、先生の質問に、どうしてこんなことを答えるのか、とびっくりするような内容の返事を、いかにも本当のように答えたり、治療を頑固に拒否したり、薬を飲まなかったり、ちょっとしたことですが結構あります。

さて、我が家の夫ですが、今年になって歯がポロポロ欠けてきて、食べるにも困るようになりました。
ある時期まで、かかりつけの歯科の先生は、「食事を柔らかいものにして、口中をきれいにしていれば、このままでいいでしょう」と言われていたのでそうしていましたが、この夏、ついに実の柔らかな果物さえ摩り下ろさなくてはならなくなり、本人はそれが不満で、食べる時間が楽しくないのがわかるようになりました。

そこで、思い切って入れ歯を作ろうと決め、まず私だけが歯科に行って先生に相談しました。この時先生は、「歯の根元は残っているから、それを抜くのは大学病院まで行くようになるかもしれませんね。とにかく一度診てみましょう」と言われました。

そして予約した日に、夫をともない歯科に行ったのですが、この時、前日に脳神経科まで行き、主治医の先生に相談し、服用している薬のことを含んだ診断書を書いていただき持って行きました。
夫は脳梗塞、脳出血をやっていますので、血液関係の薬を飲んでおり、そうしたことが抜歯にどのように影響するか、診断書が必要と思ったのでした。

それを見ていただいた上で、いつもの先生が抜歯もして下さることになりました。大学病院まで行かなくてよくなり、ほっとしました。夫のような認知症の人は、環境はできるだけ変えない方が落ち着くからです。

いよいよ、入れ歯のための診療がはじまりました。

この記事のURLコメント(0) │リポーターの雑記

認知症に関する私考 そのひとつ

2007-07-01 12:50:09

私は、夫が認知症ということもあり、普段から認知症に関する情報に注目してきました。特に、『認知症は回復する』『認知症は予防ができる』という情報には心が動きます。
雑誌や新聞、書物、テレビ番組などで、「認知症は回復する/予防ができる」と伝えられるものは、真摯な情熱と緻密な研究や体験の上で発表されていると理解できることが多く、大変説得力があり敬意を感じますし、かつ認知症の家族を介護する者にとったら希望です。
ですからこれまで、私は、このブログで、その説を絶対とする認識に近寄って、知り得た情報を紹介してきました。

ところが最近、「認知症って予防ができる? できない?」と考え始めたのです。それは、『予防はできない』とする説を明確に打ち出したある介護専門家の文を読んだことがきっかけで、「認知症に限って言えば、一概に、できる、できない、と言い切れるものはないかもしれない。説が正しくても、それだけが正しいと決め付けてしまったり、その枠内からだけの人間観になると、できるもできないも、かえってそれは間違いという要素になるかもしれない。人間の頭(脳)というのは本当に複雑で、一人一人の経験も経緯も多様で、その一人一人の人格たるや、まさに神のみぞ知るとしか言えない深いものがある。それをもってしても、『こうだ』と一つに断定できないかもしれない。幅をもった考え、認識が必要かもしれない」と思うようになったのです。
この思いは、夫は「要介護4」と認定されるようになって数年になりますが、その夫と暮らしていく中での実感でもあるのです。「脳はただならぬもの! 己の手の内でわかったつもりになってはならないゾ」と。

そこで、この「パルシステムセカンドリーグの公式ブログ『のんびる』自分も幸せにする福祉活動」では、今後、肩の力をぬいて、認知症の問題に限らず、価値観を多面的に持ち、自由にさまざまな情報を紹介する記事を書いていこうと思います。

リポーターの独言の独言
というわけで、今後ますます多様な記事を書いていきたいと思います。それがどなたかに役立つ結果になれば嬉しい限りです。
皆様、ぜひ応援して下さい。

(佐々木和恵)

この記事のURLコメント(2) │リポーターの雑記

情報とうまくつきあう

2007-05-07 08:13:55

ある雑誌に、「みんなにこれはいい介護の本だから参考にして、と薦められ、その本の通りにしているんだけどうまくいかない」という悩みの投書があったのを読んで、「うん、うん、そうだよね!」と思わず声に出してしまいました。
こういうことって、子育て中にもよくありますよね。
”夜泣きをする”、”すぐ癇癪をおこす”などなどに悩んでどうしたらいいかと子育ての本を読み、それに書いてある通りにしてみようと試みる。・・・でもその通りにはならなくて、かえって自分が悪いという気持ばっかりが膨らんでなお苦しんでしまう。

私は夫の介護をするようになって、一時期、おむつの取り替え方やベッドのシーツを病人が寝ていてもきれいに敷き替える方法などを学ぶ講習会によく出ました。おかげさまでラクラクとそれらが出来るようになりました。
また書物などを読んで、認知症の薬嫌いの夫に薬を飲ませるには、ゼリーにくるむと抵抗なく飲んでくれることや、入浴の際湯船から出る時に浮力を使って立つようにすることや、音楽はかってクラシックが好きだった場合でも、むしろ童謡のように歌えるものを選んで流すといいなどを覚えました。
本当に情報さまさまです。

でも、介護される側、する側の精神に関わることは、情報に振り回されるとかえって当事者を苦しめる結果になりますね。
心というのは、千人いれば千違う。当事者の千人の周りには千以上の違う人の心がついてくる。当然、バイブルのように言われる本でさえも、全員にあてはまるわけではありません。
一人の介護される人、一人の介護する私・・・を一番救うのは、知識やいいとされる万人の言葉にとらわれない、”普段の惰性でやっていること”、”いいかげんにやってきたこと”かもしれませんよ。
外から見て、”だらしなく見えたり”、”あんな介護をして”などの視線を感じても、自分流にやっていくのが介護される人にも幸せな場合もあるかも。少なくとも誰にもいいと言われる情報の通りにやろうとして、出来なくてイライラするよりはね。

でも、このことは前にも書いたことがありますが、本やテレビ番組を観たり講習を受けたり、人からの情報を受け入れて、いろいろな方法や事例を知っておくことはいいですね。
それらに振り回されるのではなく、頼りにするということです。
咄嗟の時に、”知っている量が多い”と、無意識にそれを引き出せますからね。
我が家の場合は、夫は最近、足がより弱くなってきましたから、常に怪我の危険性と隣り合わせ、という状態になってきています。それで私は、さまざまな事例を読んだり観たりして頭に叩き込んでいます。
知っておくと、目の前の事態を見て先を読み予防をすることが出来ますし、また事が起こった時も慌てず対処ができます。

それでも、認知症という症状は危険がいっぱいですね。
この前、スーパーのエレベーターを待っていて、人が多かったので次を待ちましょうと言ったのに、夫は閉まりかけた扉に頭をつっこんでしまったのです。私は勿論、中のお客さんもびっくりして悲鳴をあげた人がいたほどでした。扉は夫の首にさわると開いたのでどうということはなかったんですけど、こんな事例は私の情報リストになかったのでほんとびっくりしました。(笑)

(佐々木和恵)

この記事のURLコメント(0) │リポーターの雑記

楽しみをもつ

2007-03-26 01:20:42

「認知症の予防」についていくつか書物を読んでみますと、「認知症を引き起こす脳血管性の病気の原因となりやすい、高血圧、肥満、糖尿病などの生活習慣病に気をつける」「楽しいと思うことを続ける」の二つが要点になっていますね。
ということは、認知症になってしまった者にとっても、この二点は、症状を悪化させないために必要なこと、と言えるかもしれません。
そこで認知症の夫を介護している私は、特に、夫が「楽しいと感じることを持つ」ことを大事にしています。


反応なし
この「楽しいと感じること」は、健康な時ならそれぞれが日々の生活の中で、スポーツ、映画鑑賞、美味しいものを食べに行くなどなど特に意識しなくても自然に身についているものですが、認知症という病気になると、そうしたことへの関心がなくなってしまうのです。
夫の場合、以前は、図書館に通って本を読むことや、自宅でクラシック音楽を聴くことや、パソコンで将棋や囲碁をやるなどが楽しいことでしたが、認知症になって、そうしたことをするのが億劫そうになり、やがて全く関心をもたなくなってしまったのです。

きっかけはソフトクリーム
「このままではいけない。何か楽しみをもたなくては・・・。」
書物を読むまでもなく、私はこう思ったのです。
最初は、あれこれ夫の好きな傾向の娯楽の本(歴史小説など)をすすめたり、観光スポットを回ったり、一日中モーツアルトを流していたりしましたが、本人は無反応でした。
そうしたある日、スーパーマーケットに買い物に行った折、歩きつかれた夫がロビーのベンチに座って動かないので、仕方なくソフトクリームを買ってきて、「私はもう少し買い物があるので、終わるまでここでアイスを食べながら待っていて。」と言ったのです。すると夫は、とても嬉しそうにしたんですね。それ以来、スーパーに行くとアイスクリームを食べる、ということが夫の楽しみになったのです。
私は、こうしたささやかな楽しみでいいのだ、と思いました。そして、こんな小さな楽しみを折につけ見つけていこうと心がけるようになりました。

いい湯だな
現在の夫の一番の楽しみは「朝風呂」です。
夫は夜尿がひどく、夜間にトイレに誘導して排尿しても、朝に必ずもらしてしまいます。それで起床した時、お湯でぬらしたタオルで清拭していたのですが、ある時、起きたらそのまま入浴にしたらなんともいえずゆったりとした様子になりました。以後、朝風呂が夫の一番の楽しみの時間となったのです。

この記事のURLコメント(0) │リポーターの雑記

専門書や手引書の効用

2007-01-23 07:24:09

夫の介護をするようになって、介護の講習会に出たり、専門書や手引書のようなものを熱心に読むことが多くなりました。そのおかげで、下着や紙パンツの取替え方、本人が楽にベッドから降りたり、横になったりする方法など学び、それなりに上手になりました。
私の夫は要介護4の認知症なのですが、その夫が入院中に、病院の看護士さんの手を借りなくても、80キロ近い体重の身体をころころころがすようにして寝具や寝巻きやおむつを易々と取替えたり、車椅子に移し変えて院内をどこでも一緒に行きました。これらはコツを習得すると、必要以上の力を使わずに、ヒョイヒョイとできるものなのです。私にとって本当に専門書サマサマ、手引書サマサマです。

最近は、専門書や手引書は、こうした実用書とした役割りだけではないものも感じています。
専門書、手引書から得た実際的な知識や方法を知っていくことで、何かことがおこっても、それに対応できる落ち着きというかおろおろしないものが自分の中に培われていくんですね。知識を応用できる余裕と言ってもいいかもしれません。
高齢者や認知症の介護は、いつ思わぬ事態がおこるかもしれない、という危機をはらんでいる部分があります。
例えば、私の夫の場合で言いますと、昨日まで入浴を普通にできていたのが、急に浴室の中でどうバランスをとっていいかわからなくなったように、お湯に身体が浮き、顔が沈んでいく、ということがありました。
一瞬驚きましたが、あわてて力任せに腕などひっぱっては、本人がパニックに陥りかえって危険度が高くなるのではないかと、夫の足を軽く押さえつつ、夫の後頭部に手をあててすっと上にしますと、浮力で身体が正常の座した形に戻り、何事もなかったようにこの日の入浴は終わりました。
これは、お風呂で何か起こったら浮力を利用してことなきを得る、という内容のものを記憶していたからだろうと思います。
実際、それ以前に、湯船からでられなくなった夫を出すのに大騒ぎしたことがあるのですが、あの時なども、冷静に浮力を利用することを心がければあんなに騒ぐことにはならなかった、と後に思ったものです。

というわけで、今日の独言は、介護中はなかなか本や手引書を読むヒマも余力もないものですが、テレビでも新聞でも介護についてのものはチラとでも見ておくと、『知識はのちのち自分を助けてくれることがある』です。大いに読み、観ることを心がけましょう♪

(佐々木和恵)

この記事のURLコメント(0) │リポーターの雑記

▲このページの上へ戻る