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攻めるも守るもこの一線:シルバーリハビリ体操指導士の相馬順子さん<地域包括指導センター in 八千代町>

2007-08-30 22:38:23

前回の記事で取り上げていますが、2006年4月からスタートした『地域包括支援センター』の活動は、多くの人はまだ、それがどのような役割をもって何をしているのか、具体的にはご存じないのではないでしょうか。
厚生労働省のホームページを見ますと、『趣旨』と『業務の内容』にはこのように書いてあります。

★趣旨
地域包括支援センターは、地域住民の心身の健康の保持及び生活の安定のために必要な援助を行うことにより、地域住民の保健医療の向上及び福祉の増進を包括的に支援することを目的として、包括的支援事業等を地域において一体的に実施する役割を担う中核的機関として設置。市町村は責任主体。

★業務の内容
○包括的支援事業
介護予防ケアマネジメント
総合相談・支援
権利擁護
包括的・継続的ケアマネジメント支援

○介護予防支援業務
指定介護予防支援事業所として、要支援者のケアマネジメントを実施

地域包括支援センターの手引き(目次)
http://www.mhlw.go.jp/topics/2007/03/tp0313-1.html

地域包括支援センターについて(概要)
http://www.mhlw.go.jp/topics/2007/03/dl/tp0313-1a-01.pdf

わかりましたか? この説明ではちょっとわかりにくいですね。
そこで、茨城県八千代町で、『地域包括支援センター』の活動を実際に担っていらっしゃる相馬順子さんにお話しを伺ってみました。

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地域包括支援センター

2007-08-19 23:12:07

「地域包括支援センター」をご存知ですか? 最近よくこの言葉を見たり聞いたりしませんか?

「地域包括支援センター」は、2006年4月1日から介護保険制度が改定され、新たにスタートになった地域支援事業のひとつで、介護予防事業と各種の相談などに応じる事業を実施していく拠点となるものなのです。

この改正になった介護保険制度は、高齢者が介護を必要としないで生きられるための「予防」を重視するようになりました。
高齢者が住み慣れた町、地域で、いつまでも、尊厳のあるその人らしい生活ができるように予防対策をはじめ、高齢者の状態の変化に応じた介護や医療が受けられるようにすることが目的となっています。

市町村によって、活動のポイントの置き方や方法が多少は違うところがあるようですが、一律して、保健師、主任介護支援専門員、社会福祉士等の専門職員が、チームで高齢者を支援しています。
中には、NPO法人と連携して、介護者のサポート支援なども進めているところもあるようです。

私の住んでいる町では、認知症の予防や、健康維持のための、「高齢者の体操」や「栄養指導」などを定期的に行っています。
他に、「高齢者の暮らしや介護の相談」などをいつでも受け付けています。
問い合わせは、役所の介護福祉課や社会福祉協議会などにするといいでしょう。

厚生労働省:地域包括支援センターのホームページに詳しく出ています。
http://www.mhlw.go.jp/topics/2007/03/tp0313-1.html

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介護の現場から<ホームヘルパーYさんの書簡>

2007-06-12 23:01:38

当ブログの5月25日の記事、「石山先生の『蛙通信』〜筑波総合福祉専門学校介護福祉科1年生への問い」(http://secondleague.net/user/001/001/618.html)は、学生に”「おむつをするようになったら人間おしまいだ」「他人に下の世話を受けるくらいなら死んだほうがましだ」という老人の呟きに、あなたはどう思いますか?”と質問をしているのですが、この記事に対して、ホームヘルパーのYさんから、貴重な体験を綴った書簡をいただきました。

Yさんの文章力もあって、妻を介護する一人の男性の「おむつ」に対する意識が、情念の生々しさをもって、悲劇とも喜劇ともつかぬ光景とともに目前に迫って来る感じがして、思わず息をのんでしまいました。「現実」とはかくも凄まじいものなんですね。
当事者の切実さは、倫理や道徳で裁定できるもんじゃないほどなのだということを感じます。「尊厳」と言う言葉もかすんでしまったほどです。
そこで、Yさんにお願いして原文のまま掲載させていただきました。

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コムスン事件に思う

2007-06-09 16:27:11

「訪問介護大手のコムスンが全国8カ所の介護事業所で、雇用していないホームヘルパーなどが実在しているように見せ介護事業所の指定を不正に受けていた問題で、厚生労働省が2007年6月6日、コムスンの介護施設の新規開設や更新を認めないように都道府県に通知した」ことがきっかけで、コムスンの実態、ひいては介護の世界がおかれている危うい実状が国民に知らされましたね。

このことをわざわざここに取り上げましたのは、この事件を断じたり、評したりするためではありません。
コムスンから表出した現実は、実際に家族を介護している一人として、また介護に関するブログを書く立場にいる一人として、とても身近な重要な問題と感じ、自分の考えを述べておきたいと思ったからです。

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介護の現場から<八千代町保健師の飯島絹枝さんがいく!>

2007-05-30 00:23:23

茨城県結城郡八千代町の社会福祉課の保健師、飯島絹枝さんは、毎日、介護保険を受けていらっしゃる高齢者、認知症の方々とそのご家族に会って、それぞれの健康状態や症状を聞いたり、状態を見たり、相談を受けたりされています。その飯島さんに、介護に関する役に立つお話を伺ってきました。

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飯島さんはこの写真の通り、笑顔の素敵な若々しい方ですが、保健師として23年のキャリアを誇る頼れるベテランです。
実際、向かい合ってお話していると、何ともいえない安心感を覚えます。優しい眼差しとてきぱきとした口調に、的確な洞察性、深い包容力が滲んでいるからでしょう。(写真をクリックして下さい。画像が大きくなります)

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紙芝居 「わたしのお兄さん」井出裕子作・絵

2007-03-19 04:25:40

「わたしのお兄さん」は、紙芝居作家であり実演者でもある井出裕子さんが、障がいのあったお兄さんとの思い出を描いた紙芝居です。

わたしのおにいさん 脚本・絵 井出裕子

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ここに私が赤ん坊の頃、今から50年以上前の
古い写真があります。

私には4歳年上のお兄さんが居ました。
何枚かある、お兄さんと一緒に写った写真を見てみましょう。


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これは私とお兄さんが一緒に写っている最初の写真です。

近所のおじさんが映してくれたました。
そっくりかえっていてるのが私、
嬉しそうにしてるのが私のお兄さんです。

何故、ズボンを二枚はいているのか、というと
お兄さんは足が不自由で直ぐ転ぶからです。
ころぶとすぐどろんこになるから、
お母さんが
汚れてもいいのを上から履かせてたのです。

言葉も不自由でした。何度も覚えさせられ、自分の名前を
お兄さん「ががしまかじと(ナガシマカズト) 」
住所を
お兄さん「きたくたばたろぴゃあよんじーさんばんち(北区田端643番地)」と言えました。
でも、本当に迷子になったときは
泣いてばかりで役に立たなかったそうです。


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ご飯の時も良くむせました。
お兄さん「はっくしょーん」
ひろこ「あーきたないなあ。
    唾がとんじゃってこっちにきたじゃない。」


お兄さん「鼻出た、鼻出た」
お母さんが鼻紙で鼻を押さえてあげるとちーんとかみます。
一人で歩けない、鼻もかめない、
うんちしてもお尻の拭けない
何にも一人で出来ないお兄さんに
私はいつも威張っていました。
そしてみんなが「ボク」と呼ぶので
私も「ボク」と呼んでいました。


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だからある時、お母さんから
お母さん「ひろこはボクの妹なんだよ。」って言われたとき

ひろこ「裏のおばちゃんが
    『何でも出来てひろちゃんのほうが
    ボクよりお姉ちゃんだ』
     って言ったもの。」  
    「えーん、えーん」(大声で)
お兄さんは自分がお兄さんだと言われて凄く嬉しそうでした。
それ以来、私が我が儘を言うと
お兄さん「ひろちゃん、駄目よ。
     ひろちゃん、マママ」
と兄貴風を吹かせました。、
マママとは我が儘と言っているつもりです。


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これは私が幼稚園に入ったとき
友だちのお父さんに写して貰った写真です。
バラの垣根の前で
お兄さんも一緒に笑っています。
実は7歳になっても
お兄さんはどこの学校へも入れてもらえませんでした。
そのころは自分のことが一人でできない子は
養護学校も入れませんでした。
2年遅れて少しだけ小学校へ行きましたが、
みんなに付いていけないので、すぐ止めてしまいました。


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お兄さん「ぼくおおちえんに行ったよ。」
ひろこ「へー行ってませんね。」

お兄さん「ひろちゃん、べんきょうしなさい。」
ひろこ「うるさいなーもうやったもん。」

私が学校へ行くようになるとお兄さんはいつも留守番でした。
ささいなことでけんかを良くしました。
口げんかで勝てないと手が出ました。
手当たり次第に物を投げたとき
何かがガツンとお兄さんの頭にぶつかりました。
お兄さん「痛いよー、ひろちゃんやったのー」
   「お父ちゃん、帰ってきたら言いつける。」
ひろこ「ふーんだ、平気だもん。」


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夜帰ってきたお父さんが
お兄さんの頭を調べると切れて血が出ていました。
お父さん「見なさい、こんなに切れてるじゃないか!」
    「お母さん、赤ちん出して、
     全くなにしてたんだ。」

お兄さん「ひろちゃん悪いの。お父ちゃん、かんかんして!」
怒られたと事より
大変なことをしてしまって恐ろしくて私は泣きました。
ひろこ「ごめんなさーい。もうしません。」


お兄さんは一四歳の時、知り合い人の薦めで
保谷市にある小さな施設に入りました。


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あるとしの夏休みにお父さんとお兄さんと電車に乗って
千葉の海へ遊びに行きました。
お兄さん「こんちゃん、こんちゃん」
電車の中にメガネをかけた男の人を指さして言います。
次は
サングラスをかけた人を見つけ、大きな声で
お兄さん「いっこうかめん」と指を指します。
お兄さんはテレビの『月光仮面』や『とんま天狗』が好きでした。
ひろこ「あーやだやだ、はずかしい。」
そう言いながらも、お兄さんと出かけるとき
人にじろじろ見られるのはなれっこで
それほど恥ずかしくはありませんした。


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海では体が自由になるのかお兄さんは大喜び。
お父さんが浮き輪に風呂敷をくくりつけそこにお兄さんを乗せて
放り出して遊びました。
お兄さん「おとうちゃん、もっとやって、もっとやって!」
私に水をかけられても
お兄さん「おべたいよ(冷たい)」と
おおよろこびでした。


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ところが海で体が冷えたのか
帰りの電車ではお腹がゆるくなってしまいました。
行きはあんなに嬉しそうにしていたのに
帰りの電車にはつらそうでした。
ウンチが漏れて臭くなったのには困りました。
何度か途中の駅のトイレにに寄りました。

ひろこ「あーあ、ボクのせいで恥ずかしいよ。」
お父さん「そんなことを言うんじゃない。」

そのうちお父さんが免許を取って小さな車を買ったので
そのとき以来、お兄さんと電車に乗ったことは有りません。


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私が結婚して子供が産まれるとお兄さんも叔父さんに成りました。
子供達は「ボクおじさん」と呼びました。 
その後、大好きなお父ちゃんが病気で死んでしまいました。
  
私たちはずっと離れて暮らしていましたが
お兄さんが 四三歳の時、
私の家のすぐ近くに出来た療護園に入れることになりました。

お母さんも毎週面会に行けるようになりました。 
私は初めて安心しました。

園の運動会の日に家族で面会に行きました。
あんぱんが大好きなお兄さんはパン食い競争で頑張りました。
みんな「かずとー、手をつかっちゃ、反則だぞ」
お兄さん「うーん、うーん」 


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その日、私の家族と一緒に撮した写真です。
お兄さんと一緒に写っている写真はこれが最後です。
有る冬に、インフルエンザの高熱が元で
激しいけいれんを起こし、緊急入院しました。
それから三年間の病院のベッドで寝たままで
お兄さんは五四歳で死んでしまいました。

今は大好きなお父さんと一緒に
遠い空から私たちを見守ってくれています。
お兄さん「ひろちゃん、マママ、ダメよ。」
「ひろちゃん、勉強しなさい。」

終わり

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障害者自立支援法

2006-12-11 00:56:42

平成18年10月に、『障害者自立支援法』が施行されましたが、さまざまな意見、論議が出ています。特に、障害者の教育、各施設に携わる当事者の方々から、現実をふまえたところからの実感のこもった真摯な意見が多く出ているように感じます。
そこで、『障害者自立支援法』とはどのような法律か、考えるきっかけになればと思い、要綱、概要の一部を取り上げました。


『障害者自立支援法』が制定された理由(全国福祉協議会ホームページより)
障害保健福祉施策は、平成15年度からノーマライゼーションの理念に基づいて導入された支援費制度により、飛躍的に充実しました。
しかし、次のような問題点が指摘されていました。
1・身体障害・知的障害・精神障害といった障害種別ごとに縦割りでサービスが提供されており、施設・事業体系がわかりにくく使いにくいこと
2・サービスの提供体制が不十分な地方自治体も多く、必要とする人々すべてにサービスが行き届いていない(地方自治体間の格差が大きい)こと
3・支援費制度における国と地方自治体の費用負担のルールでは、増え続けるサービス利用のための財源を確保することが困難であること

 こうした制度上の課題を解決するとともに、障害のある人々が利用できるサービスを充実し、いっそうの推進を図るために、障害者自立支援法が制定されました。

障害者自立支援法要綱(厚生労働省ホームページより)
第一  総則
 一  目的
 この法律は、障害者基本法の基本的理念にのっとり、他の障害者及び障害児の福祉に関する法律と相まって、障害者及び障害児がその有する能力及び適性に応じ、自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう、必要な障害福祉サービスに係る給付その他の支援を行い、もって障害者及び障害児の福祉の増進を図るとともに、障害の有無にかかわらず国民が相互に人格と個性を尊重し安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与することを目的とすること。(第一条関係)

障害者自立支援法の詳細
+厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/topics/2005/02/tp0214-1a.html
+社会福祉法人 全国社会福祉協議会
http://www.shakyo.or.jp/syougai_pamplet/pamphlet_h1810.html

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団体・グループ リスト集

2006-11-24 23:38:00

訪問した『福祉・介護に関わる活動をされている個人・団体・施設』のリストです。ボランティア志望、こうした施設や指導者を探していらっしゃる方の参考になるよう、探訪記事を増やしていきます。

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ある介護の現場の事例より<病気の感染>

2006-10-17 16:00:25

私の知人が疥癬症に罹った。
疥癬症とわかるまでに、病院で、アセモだ、アレルギーだと診断され、そのたびにそれの治療薬を貰い塗りたくった。とにかく尋常でない痒さで、その苦痛たるや死んでしまいたいと思うほどであったという。

病院を回りに回って、やっと、『疥癬症』とわかり、それに合った治療をして徐々におさまったという。でも間違った治療が悪化させていたから、おさまった後も苦痛感と不安が残ってるという。

そこでこの知人は、『疥癬症とはなんぞや?』と医師に問い、書物で調べた。
リポーターの私など、(名前からすると、家を不潔にしてカビやダニが原因でおこるものかしらん?・・・我が家もヤバイぞ!)など思ったのだが、そういうことではないらしい。第一、知人は清潔好きでいつも家の内外綺麗にされている。
余談はともかく、調べた結果、『疥癬症』は、『疥癬菌』を保持している人から、『肌と肌を密着してうつる』ものだとわかったそうだ。
この知人の場合は、専門医の調査で、知人の夫氏が勤めている介護施設から感染したのだとわかったというのだ。

知人の夫氏は、介護施設で働いておられる。
彼はサラリーマンを定年退職して後、介護の勉強をし、資格を得て高齢者や認知症の人が通所する施設で働いているのだ。
知人の話によると、彼はとにかく親切なよく気のつく方で、必要とあらば、通所者の誰をも抱きかかえ、本当に骨身惜しまず働く方という。私もこの夫氏を存じ上げているので、さもありなんと思う。
こうした結果、通所者の方が持っていた菌に感染したのに違いない、と医師は感じられたようだ。

そこで思うのだが、疥癬に限らず、身体を抱きかかえるなどする場では病気の感染はおこりやすい。その防止は、施設による定期検査と、家族の意識によるだろう。
知人夫妻が言われるには、その家族の意識にいまひとつ不安を感じる、というのだ。
つまり、具合が悪いとわかっていても、高齢者や認知症の人を、施設に出してしまう家族がいるというのだ。また施設の側も、それらを承知で拒まないところがある、というのである。

「う〜む・・・。」と考え込んでいるリポーターであります。
この知人の例で言えば、知人の苦痛を考えると、まず知人が気の毒だ!疥癬を持っている人を施設に出したその家族と、よく気をつけず受け入れた施設はけしからん!と言いたいところだが、やっぱり一番気の毒に思えてならないのは、病気を持っていても、家族にその苦痛を知らせることもできず、気がついてもらえず、あるいはわかっていても知らない振りをされる、さりとて自分では病院にも行けない高齢者、認知症の方である。

介護の現場のこうした『穴』を埋めるのは、施設、家族の『心』である。
『心したい』と、やはり介護者であるリポーターは我が身を振り返ってしみじみと思うのであります。なにしろ、ノーテンキでオオザッパな介護者でありますからして・・・のみならず、時々、認知症の夫を蹴っ飛ばしてやりたくなるレイコクな介護者でありますからして・・・。

(佐々木和恵)

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永遠 一門さんの心

2006-08-14 00:34:23

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2006年8月4日、紙芝居実演者の井出裕子さんのお宅に伺った。
井出さんは、各所で福祉、環境問題、平和などをテーマにした紙芝居の実演をされている。日頃物静かな方だが、紙芝居について語る時の井出さんは熱い。特に福祉に関連したことになると、聞くものがはっと居住まいを正すような鋭意を感じることもある。
井出さんには、障害を背負った生涯をおくられたお兄さん、一門(かずと)さんがいらっしゃる。井出さんは、その一門さんの、福祉とは切っても切れなかった人生の中で、福祉に対する信頼と不信を味わってこられたのだ。
私はそのことを知るにつけ、一門さんを慈しみ育てられたお母様に会いたいと思うようになった。井出さんから時々、八十歳を越えていらっしゃるお母様の手作りの編み物、洋服、小物を見せていただき、センスや技術の素晴らしさに感歎するからだ。水彩画に至ってはこの上ない瑞々しさ優しさを湛えている。『悲しみや失意を受けながら、なおこのような綺麗な物を作ってこられたお母さんのお話しを聞きたい』と。

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