pagetop

リポーターブログトップ > 記事詳細

寂しい食卓

2006-08-27 05:47:14

「食卓」という言葉を聞いて
 思い浮かぶのは・・?
 月並みだが、やはり「一家団欒」とか「笑顔」
 といったものではないだろうか。
 しかし今、家族になにが起きているのか?

円地文子著の「食卓のない家」という小説をご存知だろうか。
ずいぶん前に読んだので、細かなところは覚えていないのだが、
過激派の闘争でリンチ殺人事件を起こした息子と、
父、家族が出会う一家離散の危機、
親と子の関係とは?を描いた作品である。(と記憶している)
そこで当時一番印象的だったのは小説の内容も然る事ながら、
食卓=家庭そのものと捉えられていることだった。
 
今、「食卓の無い家」が増えてしまったように思えてならない。
家庭のホテル化ー各々が別々の物を勝手に食べる「食事」
無言で、一人で、食べる食事ほど
寂しいものは無いと思う。

8月22日付け朝日新聞の紙面によれば、
小学生の描く「食卓」の絵を見ると
笑顔、会話が減っているのではという結果が出たという。
家族が人マークだったり、顔がかかれていない、人がいない‥
一緒に食卓を囲んではいても
そこにお互いの関わりの無い「食卓」が増えてしまったのであろうか。

 我が家の子供が小さかった頃の食卓は
 3人の子供が先を争って話したがるのを
 交通整理に忙しく、大騒ぎだったなあと覚えている。
 
食事のときほど、日常の家族のコミュニケーションが
自然に取れる場所は無いだろう。
今大人に求められているのは
子や孫に家族で囲む食事の楽しさを伝えること。
「同じ釜の飯を食う」ことの楽しさ、大切さを伝えることであろうと思う。
食事は毎日の家族の「イベント」だと思う。
さあ、大人の出番だ!
(浅越 美枝)

この記事のURLコメント(0)

名前
メール
URL
コメント

▲このページの上へ戻る