日常茶飯事は大事!
日常茶飯事、ご存知のようにありふれた平凡な物事の意味に使われますが、もとは「日常の食事」の意。ともすれば瑣末なこととして蔑ろにされてきた感のあるこの「日常の食事」、これこそ今大切にしたいこと。
食卓の崩壊が危惧され始めてから10年以上、「孤食」「個食」そして「崩食」は止まることを知らずますます加速度を増してきているようです。
家族のありようの変化と密接に関係していることは否めない事実でしょう。
しかし、やはり一人で食べる食事は、どんな豪華な料理でも味気ないもの。誰かと共に囲む食卓は簡単メニューでも身も心も豊かに満たしてくれます。それは「これ、おいしいね」と言い合えるからでしょう。
「のんびる」1月号の「共食」の特集でも「食」を共にし、分かち合うことで人は助け合いつながれるし、元気に心豊かになれると説いています。
とは言え、毎日毎日のことだけに「面倒くさい」「時間がない」と感じることも。そんなときには上手に手抜きしたり家族をおだてて作ってもらって一休みしたり、気張らずのんびり続けましょう。
『「簡単・便利」が一番、お金さえ出せばなんでも手に入るから』と「食」を自ら手放してしまうのはあまりにモッタイナイ。料理ほど家事の中でクリエイティブでスリリングなものはないのですから。
同じ食材を使い同じ料理を作っても毎回全く同じに出来ないのは当たり前。食材の野菜や肉魚など、毎回それぞれの持ち味、甘味や脂質、水分などが異なるからで、工業製品ではないのだから。そして食べる人のコンディションも違ってきます。
そんな沢山の要素を意識的に無意識に考慮して作っている毎日の食事、日常茶飯。新しい発見があったり、ちょっと失敗もあったりと結構スリリングです。
おうちご飯のいいところは家族の体調や好みなどに合わせて調整できること、そして出来上がりに多少の手違いがあっても大目に見てもらえること。
大袈裟ですが、家族と自分の命を育む場所、台所を預かる責任と喜びを感じていきたい、そんな風に思っています。「あぁ、美味しかった!」の言葉を励みにして。
(浅越 美枝)