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夏休みと青少年

2007-08-27 10:00:00

政府広報ポスター■夏休み・非行問題

(政府広報オンラインより)
○夏休みの期間は子どもが非行に走りやすい時期だといわれます。政府は、毎年7月を「青少年の非行問題に取り組む全国強調月間」と定め、少年の非行防止を呼びかけています。

○まだまだ多い問題行動
平成18年の飲酒、喫煙、深夜はいかいなどの不良行為少年の補導人員は、平成9年から10年間で2倍近くに増えています。特に、そのうちの約半数を占める深夜はいかいは、10年間で約2.8倍となりました。
子どもたちが夜遅くまで出歩くことは、様々な非行行為の入口となるばかりでなく、子どもが犯罪の被害に遭うきっかけともなります。

○少年サポートセンターを中心とした街頭補導活動
各都道府県警察において、全国192か所(平成19年4月1日現在)に設置されている少年サポートセンターを中心として、少年警察ボランティア、学校関係者等との協力による街頭補導活動に取り組んでいます。 夏休み期間中の時期は、少年が家出、深夜はいかい等の不良行為等に走りやすいため、こうした活動を強化します。
(政府広報オンラインより)

あと1週間で夏休みも終わり。なぜだかホッとするお母さん?宿題に負われる子どもたち・・・。どんな夏休みだったのでしょうか。楽しい夏休みですが、青少年にとっては誘惑の多い時期でもあります。

平成19年青少年白書 第三章第3節「少年非行対策等社会的不適応への対応」として、「地域における多様な活動機会や場所づくり」を挙げています。
また夜の繁華街を徘徊する子どもたちに声をかけて歩く、“夜回り”先生こと水谷修先生は、ある取材インタビューでこう話しています。
「メール相談の約95%が女の子。10代〜20代が多く、95%のうち約85%が、リストカットやOD(オーバードーズ:処方薬の過剰摂取)、自殺願望、「居場所がない」「死にたい」と苦しむ子どもたちです。」
夜の繁華街

ここで目に付くのは「居場所」という言葉です。

■「居場所」とは
(財団法人横浜市青少年育成協会発行『ボランティア横浜』2006.3月号掲載)より
今、「子どもと若者の居場所がない」 という声をよく耳にします。 自分の部屋、家族、あるいは大切な人といる時間――。 あなたにとっての居場所は?と聞かれたら、多くの人が 「心も身体も安心できる空間」 を思い浮かべるのではないでしょうか。 居場所とは 「ありのままの自分でいることのできる空間や人間関係」 だと言えそうです。
 では、「子どもと若者の居場所」 とは、どんな意味を持つのでしょうか。

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夏、海と子どもたち

2007-08-20 13:47:52

■夏休みとは
夏休み(なつやすみ)は、教育機関や企業などで夏の間、授業や業務を休みにする長期休暇のことである。学校での正式名称は「夏季休業」。

日本の教育機関の場合、その目的は校舎などに冷房設備が無い場合が多く、梅雨明けから秋の長雨間の太平洋高気圧支配下での授業が暑熱のために困難であるため、その間を休業とするためとされる。 そして、その期間に期待される教育効果の主たるものは、普段学校では体験することの出来ないことへの児童・生徒の挑戦とされる。
(ウィキペディアより)

夏のお出かけスポット海水浴場。そして、最近聞かれなくなった「臨海学校」。懐かしい響きにその歴史を追ってみました。

■臨海学校
臨海学校(写真はH.15年練馬区の小学校写真より)  
小学校の夏の校外活動の中で、最大のイベントだった「臨海学校」。東京都や埼玉県の小・中学校では昭和20年代から40年代半ばにかけて臨海学校が盛んだった。
明治の半ば頃、東京高等師範の夏季水泳部寄宿舎が館山に建設されると、追々この地域に臨海学校が開設された。明治36年には東京高等師範附属中学校が富浦町を、39年には早稲田尋常中学校が保田海岸を訪れている。
 昭和40年頃ピークを迎えた臨海学校の開校数は、40年代半ばになると減少に転じた。44年6月、厚生省が全国の主要海水浴場の水質状況を発表。。また、海の汚れ以外にも、往復の交通ラッシュや泳げない先生の増加などが臨海学校の障害となってきた。泳げない先生の増加の背景には、女性教諭の増加があった。当時の女性教諭にはカナヅチが多く、講習会を盛んに開いてもやっと泳げる程度で生徒の安全を確保するには心もとなかった。
 翌45年には、中央区、目黒区、港区、豊島区、練馬区などが学校によっては臨海学校を中止し、林間学校に力を入れたり、学校プールでの体力づくりをすることになった。
(まぼろしチャンネルより)

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お盆あれこれ

2007-08-15 17:11:53

私の小さい頃、お盆といえばお墓参りを思い出します。巷のお盆休みは今日で最後というところが多いのではないでしょうか。今回はお盆について検索してみました。少々長くなりましたがおつきあいください。

きゅうり馬
■お盆とは?
お盆は毎年七月十三日から十六日まで4日間行われます。正日は十五日です。「地獄の釜の蓋が開く日」とか「先祖(亡くなった近親者)の霊が帰ってくる日」などといわれ、精霊を供養する期間とされています。
お盆は本来は盂蘭盆(うらぼん)といいます。梵語の《ウランバナ》を漢字に音訳したもので、盂蘭とは苦悩を救うの意、盆とは器のことです。すなわち百味百果と称する様々な供え物を盆器に盛り上げて先祖や死者の霊を家々に迎え入れ、ご馳走して慰める(供養する)仏教行事です。
起源は仏説盂蘭盆経にあり、釈迦の十大弟子である目蓮(もくれん)が、死んで地獄に落ちた母を、釈迦の教えに従って七月十五日(自恣じし=仏僧が互いに懺悔しあい解悟する行=の最後の日)に仏僧たちにたくさんの食べ物を施し、供養したことによって救うことができた、という言い伝えに典拠しています。盂蘭盆の習慣は、日本人の死後観や祖先崇拝の民間信仰の中心的な行事として古くから行われてきました。(始まりは推古天皇の時代604年、すなわち日本の国が仏教を受け入れたときから)

■お盆はなぜ7月、8月とわかれているか
東京で七月に盆の行事を済ませ、八月に帰省してまた八月盆に加わる、という立場の方も少なくありません。なぜお盆は地域で七月と八月に別れているのでしょうか。
お盆は七月十五日を正日とする行事で、それを新暦にあてはめるか、旧暦に従うかということの違いですが、伝統的に新暦七月十五日にやるのは、東京の、二十三区内の、そのまたせまい地域に限られています。もっともこれは今から二十年くらい前までのことで、東京圏の広がりに伴って七月派の輪は最近では近郊県まで広がりつつありますが。しかしながら大都市といえども東京以外は、大阪でも京都でも名古屋でもお盆は全国的に八月です。
わが国が新暦(西洋暦)に移行したのは、明治五年の改暦断行によりますが、いくら当時の外国列強に伍してゆくための近代化とはいえ、なんのまえぶれもなく発表されたことで当時の国内の混乱は大変なものだったようです。政府は新暦を徹底させるために暦(カレンダー)の作成権を官が独占し(私暦の禁止)、旧暦の併載を認めず、旧暦というものを国民に忘れさせようと努めました。これに即座に従わざるをえなかったのが政府の目が利くお膝元の東京都心部で、正月も盆も当初から一ヵ月早めて新暦に移されました。
(和菓子の喜屋HPより)

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ラジオ体操

2007-08-06 20:00:00

■夏休み・ラジオ体操

子どもたちの夏休みも中盤になりました。夏休みで思い出すことのひとつにラジオ体操がありますね。
最近ではわが地域でも夏休みに限らず、近くの公園で有志の皆さんが集まりラジオ体操をやっています。多摩市保健・医療計画部会(けんこう多摩手箱プラン作業委員会)会議要点録に、ラジオ体操についての記述があります。
「ラジオ体操を定期的に毎日、雨の日以外できれば、その中から色々な知り合いができる。すばらしい方がいることを知る。そこからコミュニケーションを広げていける。」
「中高年期は、自分の好むスポーツ無理のないスポーツ(中略)高齢期では、ラジオ体操に来て友達を作ってもらうこと。」
というように、地域での仲間作りのツールとしてこのラジオ体操をあげています。

以下の情報はウィキペディアで検索したラジオ体操についてのものです。
■ラジオ体操の起源
学童の夏季休暇中は、全国で早朝に町内会や自治会が主催するラジオ体操の会が催されている。日本の夏の風物詩の一つ。ラジオ体操

ラジオ体操自体は、1928年に当時の逓信省(現在の日本郵政公社)簡易保険局が制定したのが始まりで、同年11月1日に天皇の御大典記念事業の一環として放送を開始した。正式名称は国民保健体操。1925年3月にアメリカのメトロポリタン生命保険会社が、健康増進・衛生思想の啓蒙を図るために考案され、広告放送として放送されていた(世界初の)ラジオ体操がもととなった。
・ラジオ体操第一
1951年制定。同年5月6日放送開始。一般的にはラジオ体操といえば第一のことを指すことが多い。事務職向けの体操と言われている。 (作曲:服部正)
・ラジオ体操第二
1952年制定。同年6月16日放送開始。 ややテンポの速いメロディで、第一より運動量が多い。 主に小学校高学年〜高等学校で使われている。作業などを行なう現業向けの体操と言われている。(作曲:團伊玖磨)
・ ラジオ体操第三
1939年に制定されたもの(同年12月1日放送開始。1946年4月13日をもって放送中止(1945年8月15〜22日の間も放送中止))と、1946年(同年4月14日放送開始。翌年8月31日をもって放送中止)に制定されたものがある。現在では利用されていない。

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