■夏休みとは
夏休み(なつやすみ)は、教育機関や企業などで夏の間、授業や業務を休みにする長期休暇のことである。学校での正式名称は「夏季休業」。
日本の教育機関の場合、その目的は校舎などに冷房設備が無い場合が多く、梅雨明けから秋の長雨間の太平洋高気圧支配下での授業が暑熱のために困難であるため、その間を休業とするためとされる。 そして、その期間に期待される教育効果の主たるものは、普段学校では体験することの出来ないことへの児童・生徒の挑戦とされる。
(ウィキペディアより)
夏のお出かけスポット海水浴場。そして、最近聞かれなくなった「臨海学校」。懐かしい響きにその歴史を追ってみました。
■臨海学校

(写真はH.15年練馬区の小学校写真より)
小学校の夏の校外活動の中で、最大のイベントだった「臨海学校」。東京都や埼玉県の小・中学校では昭和20年代から40年代半ばにかけて臨海学校が盛んだった。
明治の半ば頃、東京高等師範の夏季水泳部寄宿舎が館山に建設されると、追々この地域に臨海学校が開設された。明治36年には東京高等師範附属中学校が富浦町を、39年には早稲田尋常中学校が保田海岸を訪れている。
昭和40年頃ピークを迎えた臨海学校の開校数は、40年代半ばになると減少に転じた。44年6月、厚生省が全国の主要海水浴場の水質状況を発表。。また、海の汚れ以外にも、往復の交通ラッシュや泳げない先生の増加などが臨海学校の障害となってきた。泳げない先生の増加の背景には、女性教諭の増加があった。当時の女性教諭にはカナヅチが多く、講習会を盛んに開いてもやっと泳げる程度で生徒の安全を確保するには心もとなかった。
翌45年には、中央区、目黒区、港区、豊島区、練馬区などが学校によっては臨海学校を中止し、林間学校に力を入れたり、学校プールでの体力づくりをすることになった。
(まぼろしチャンネルより)

■遠泳大会(錦江湾にて)
先日TV放送で鹿児島県松原小学校での遠泳大会の様子を放映していました。
松原小での錦江湾横断遠泳は,桜島の小池からこの磯浜までの約4Km(実泳5Km前後)に挑戦します。 この遠泳は,大正15年に始まり、それから数回実施後,戦争等の影響で中断しました。
昭和41年,創立90周年を機会に伝統を受け継ぎ,心身共に強くたくましい子どもを育てたいという願いから復活され、「海に挑み未来に挑む」を合い言葉に毎年実施している松原の伝統行事である、ということです。
全く泳げない子を根気よく指導するコーチ、海みに出るための厳しい検定試験、支える家族、大会をサポートする地域の大人たち。そしてなによりすてきだった泳ぎきった子どもの笑顔。
桜島というダイナミックな自然をバックにした地域一体の取り組み。夏ならではの、この土地ならではの、都会では考えられない地域ぐるみの伝統行事です。
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遠泳大会の様子(2005年撮影の写真)松原小HPより