16日 海の日に「カフェスロー」
http://www.cafeslow.com/cafeindex_1.htmで行われた、正木高志さんの著作「空とぶブッダ」の出版記念イベントに参加しました。
著者の正木さんは、1945年生まれで、60年代半ばからインドを遍歴、ヴェーダーンタ哲学を学び、80年に帰農。お茶を有機栽培するアンナプルナ農園を営むかたわら、地球環境問題やオルタナティブな生き方についての講演、執筆を行なっておられます。また、森林ボランティアグループ<森の声>を主宰し、地元で植林・森の再生活動を行い、ご家族と共に阿蘇で自給自足なさっておられるそうです。
トークのあと、早速この本を買って帰りの電車の中で読み始めました。いつもは電車の中では眠ってしまうのですが、本に引き込まれて眠るところではありませんでした。この本は、「木を植えると、どうしてこんなにうれしくなるのだろう?」「それは、自然という神は人間の意識の母体であり、木を植えると、どうやらこの自然の母なる意識が喜ぶからなのだ」というところから始まります。
そこから、大自然の神(God)と八百万の神々(gods)、グローバル化と地球意識、日本神話、神社、太陽信仰、山岳信仰、ちょっと仏教、ちょっとインド哲学、ちょっと手塚治虫などがパズルのようにはまり一つの方向、環境問題、原発、九条、「Walk 9」と繋がっています。とても興味深い展開でした。
正木さんは木を植えることで自然の神々を親しく(リアルに)感じるようになり、誘われるがごとく、たくさんの神社や盤座を訪れたそうです。しかし、行く先々、山々は削られ、浦は埋め立てられ、森、山、川、海に宿る神々が力なく瀕死の状態なのを目のあたりにします。神社では、神々が大切にされている気持ちのよい神社がある一方、神社にまで自然破壊が及び、鎮守の杜にはもはや神々はいない、という深刻な環境問題に出会い、神々の嘆きと悲しみを感じとります。
私たちは、自然破壊を目にしたとき、「日本人は自然を大切にする民ではなかったの?」「なぜ、どうしてこれほどまでに環境破壊が起こっているの?」とは考えますが、・・・「なぜ神々がかくも貶められたのか・・・」という考えに至ることはあまりありません。環境が破壊されると、海や川の恵みが食べられない。自然の景色が台無しになるとか、そういったことはすぐに想像できますが、神々の嘆きをリアルに想像することはできません。
正木さんは、自然を愛しながらも破壊するという精神構造の根幹を伊勢神宮に見つけました。