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映画上映会へのお誘い 「それでも生きる子供たちへ」

2008-01-27 21:22:54

日にちが迫っていますが、映画上映と対談イベントのお知らせです。

ベトナム、ラオス、カンボジアなどの国々で厳しい状況下で生きる子どもたちの教育・文化支援を行っているエファジャパンは設立3周年を記念して映画「それでも生きる子供たちへ」の上映会と上映会後に対談(エファジャパン理事長のイーデス・ハンソンさんと、国際子ども権利センター代表理事の甲斐田万智子さん)を行います。

◆日時 2008年2月2日(土)13:30〜17:15
◆第一部◆上映会 映画「それでも生きる子供たちへ」
◆第二部◆対談 イーデス・ハンソン×甲斐田万智子
◆参加費◆一般:1,500円 エファジャパン会員:1,300円 学生:1,000円
※前売り:1,200円(学生:1,000円)チケットぴあにて12/10より発売(Pコード 553-382)
◆会場◆ シネマ・ジャック&ベティ(上映会・対談 共)
横浜市中区若葉台3−51
(京浜急行線 黄金町駅より徒歩3分)

上映する映画「それでも生きる子供たちへ」は、ジョン・ウーやスパイク・リーといった映画界の巨匠たちが、両親の別離、ストリートチルドレン、HIV胎内感染、少年兵士など、7つの国の子供たちの現実を、7つの国の監督たちがドラマチックに描いたオムニバスストーリーです。

この映画の発端は2002年、イタリアの有名な女優マリア・グラッツィア・クチノッタ、キアラ・ティレシとその友人で、イタリアパートを監督したステファノ・ヴィネルッソが、世界中の子供たちの窮状を救うための映画を作ろうと立ち上がったことが始まりで、イタリア外務省の協力、国連の二つの機関、ユニセフ、WFP 国際連合世界食糧計画の参加も、企画の実現に大きな役割を果たしたとのことです。(HPから抜粋)

7つの作品の内、作品に対する監督の思いをいくつかHPから抜粋転載します。

「アメリカのイエスの子ら」 監督は常にアフリカ系アメリカ人を取り巻く社会の現実を見せる作品を撮り続け、日本でも人気の高いスパイク・リー監督。
「HIVに感染している子供たちは、両親が事実を一切話してくれなかったらどうなるかを想像してみた。そして、彼らが自分の病気を知ったら、彼らの生活はどうなるのか・・・・。これは、地球規模の問題なんだ! 世界中の子供たちのことがとても心配だったが、何も具体的なことができなかった僕にとってこの企画を持ち掛けられた時はとても光栄に思い、嬉しかったよ」とコメントしています。

「タンザ」  アルジェリア生まれのメディ・カレフ監督は、この作品について「この映画のように、毎日戦いつづけている子供たちがいるということを、世界の人々に知ってもらいたい。彼らの多くが親を虐殺され、自分自身のアイデンティティを求めている。ヨーロッパの何不自由ない子供とは全く違うんだ。彼らは、戦争へ行くことが誇らしく、喜ばしく、手榴弾や銃をもらうことがプレゼントだと思っているんだ。そんな世界に心が痛むよ。だから僕はこの映画を通して、そこで生きる子供たちのことを語る機会を持ててとても嬉しかった」と語っています。

「ビルーとジョアン」
監督は、スラム社会の映像化への知識が深く、映画『シティ・オブ・ゴッド』の共同監督を務めたカティア・ルンド監督。「世間が意識しないか、あるいは普通は哀れむような生活を、新たな視点で見ることを、この映画で伝えたい」とコメントしています。

「ブルー・ジプシー」
サラエボ生まれのエミール・クストリッツァ監督は、この作品について次のようにコメントしています。「僕の祖国のように問題の多い国では世間から存在を忘れられた子供たちが多くいるが、そんな子供たちを浮き彫りにしたいと告げられたとき、この企画に参加できることを光栄に感じた。

子供たちのことを考えているうちに 彼らにとっての自由は、僕たちが考えている自由と反対の意味を持つということを知ったよ。彼らは金を使い果たしたときや冬の寒い季節には、軽犯罪を犯すことで刑務所に戻ろうとするからだ。僕は自由よりも刑務所を好む社会的レベルの人があまりに多いことに驚き、これがきっかけで、『ブルー・ジプシー』という映画を、自分なりのやり方で作るべきだと思うようになったんだ」

他の作品の詳しい紹介は映画の公式ページをご覧下さい。

                       (鈴木由利子)

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ダグラス・スミスさんのお話しから−2

2008-01-18 16:05:52

前回の「100人の村の未来を語ろう」〜ダグラス・スミスさんのお話しから〜のつづきです。

ダグラスさんは、「100人村」の読んだ方の反応は3つあるとおっしゃいます。
1.「ひどいところに生まれなくてよかったね〜!」という自己満足で終わる。
2.「ショックを受ける」そこから「何かしなくては、生き方を変えなくては」と、考える過程が始まる。
3.「自分たちの貧しさが豊かな国の中でたくさん読まれてベストセラーになっていることを、貧しい国の貧しい人たちが知ったらどう思うだろう?」といった疑問をもつ。

この文は、どうして世界がこういう状況になったか、どうしてこの状況が維持されているのか、どうすれば解決につながるかには一切ふれず、その部分は読者に任されています。

どうして世界がこういう状況になったかを考える時、「貧しいのは、経済発展が遅れているからよ」「豊かなのは産業革命が早く始まったからだ」と考えてしまうおそれがありますが、そもそもこの考え方がいつ始まったかというと、画期的なシナリオがあったのです。

1949年1月21日、アメリカ大統領トルーマン氏が演説の中で、初めて「underdeveloped countries」という言葉を使い、「未開発国家」という新しい定義が付けられたことから始まりました。これを境に、学問的に「発展経済学」が爆発的に力を持っていくことになったそうです。それまでは”underdeveloped”と言えば、カメラのフィルムについてしか使用されなかったそうです。(現像されていないという意味)。

近年「発展途上国」「後進国」という言葉を使うと、「開発されていないから遅れている」ということになり、それがそのまま、その国の定義に使われてしまっていますが、もとを辿るとこの演説で起きたパラダイムの転換にあったわけです。

世界を把握する言葉として、第二次世界大戦前までは、「植民者」と「植民地」が使われていました。その解決策は植民者からの独立でした。大戦後、世界の分け方が前述の演説を境に経済中心の言葉になり、「先進国」と「後進国」に代わり、「貧しいのは、植民地で搾取されているから」ではなく、「開発が遅れているから」となってきましたが、言葉を換えても、行われていることは同じです。搾取の状況は変わっていません。

植民地主義からグローバリゼーションに代わりました。結果として貧富の差は縮まっていません。グローバリゼーションで新たな貧困が生まれ、「貧困の近代化」という矛盾が起きています。例えば経済発展によって作られた町の構造は高層ビルの近くにはスラムがあり、そこにはビルの掃除などで働く人々が暮らしています。

5000語くらいの言語が存在する多様な社会が「発展」「開発」という言葉を使うことによって、「ヨーロッパのもつ経済制度を持っているか」、「ヨーロッパのもつ経済制度を持っていないか」と単純に2つに分けられているのが現状です。しかも「持っている」ほうが少数派なのです。「開発」という言葉は思考を停止させるとダグラスさんはおっしゃいます。

「経済発展に頼らない豊かさとは何だろう?」すでに多くの方が頭を悩ませている難問ですが、ダグラスさんは、少なくとも、このようなことを悩む人を増やす教育がなされ、こういうことを公に議論する人が増え、たくさんの人が議論するようにならないと、答えは見えてこない、とおっしゃいます。

これを考える時、自分と結びつけて身近にあることから考えていくことができます。例えば100ショップでは時計が100円で売られています。作った人にはおそらく5〜7円、なぜ?と考えるのです。

またフェアトレード運動は、まだ小さな小さな種ではあるけれど、消費者が「できるだけ安いモノを買う」という、経済構造を破り、労働に見合う、正当な値段を第3者が決めるという、資本主義以前のヨーロッパ中世の考えかたを取り入れています。この運動に参加することは、経済だけではなく、プラス「倫理」を基本にすえる動きに参加することになります。

以上 ダグラス・スミスさんのお話しからでした。
ダグラスさんのお話しの後、席の近い人同士がグループになり、「自分達に出来ることは何か?」といったことを話し合う短い時間がもたれました。「とりあえず、夜更かしをやめて、電気の消費を控えることにします!」とおっしゃった方がいました。「そうだな・・ウチも全員宵っ張りだし・・・」大きなことでなくても、身近なことから何かを始める感性と考える力を養いたい感じました。     (鈴木由利子)

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「100人の村の未来を語ろう」〜ダグラス・スミスさんのお話しから〜

2008-01-16 13:13:56

開発教育協会/DEAR 25周年記念フォーラム「100人の村の未来を語ろう」〜ダグラス・スミスさんを迎えて〜に参加して伺ったお話を報告します。ダグラスさんの軽妙な日本で語られるちょっとラジカルなお話しを、「地球ひろば」に集まった多くの若者が熱心に聞いていました。

すでに多くの方が御存知の「世界がもし100人の村だったら・・・・」で始まる文は、もとはアメリカの環境学の教授が1990年、「村の現状報告」と題した小文の中で、世界をひとつの村にたとえ、人種、経済、政治体制、宗教などの差異に関する比率はそのままに、人口だけを1000人に縮小して説明したものだそうです。それがネットを介して伝えられる内に、100人に人数が減り、また部分的に削除されたり、逆に加筆されたりして伝えられ、2001年ころには世界中にひろまったとのことです。日本では最初に中野裕弓さんが日本語にし、その後池田香代子さんとダグラス・スミスさんが共同で翻訳し、本として出版されました。出版社によるオフィシャルサイトはこちらから見られます。
また、動画(NPO法人オアシスは中野さんの翻訳版)もこちらから見られます。

ダグラスさんのお話しは、日本語に翻訳するにあたって、「だから日本に生まれて良かったね!」という自己満足にならないような本にするための池田さんとのやりとりの裏話から始まり、徐々に「開発」に関するお話しに入り、最後は、この文には語られていない、「では私たちに出来ることは何か?」というところで締めくくられました。

まずこの文がネットを介してチェーンメールのように世界中に広まった理由は、私たちが一般的に100万以上の数字は把握できないので、世界を説明するとき「〜億」として説明するのではなく、100人にすると理解しやすい数字だったことがあげられます。しかし世界の言語は5000以上あると言われていますし、世界をたった100人にして把握するということは、所詮大雑把なメッセージでしかありません。しかしそれでも、マスコミの伝える世界観がいかに現実とは異なるかということは伝わります。

世界をコントロールしているのが誰かと見てみると、白人は30人、キリスト教徒も30人、アジア・アフリカ人は70人、全世界の富の59%を自分のものにしているのが全てアメリカ人で6人。つまり世界を支配している白人が、実際は少数派なのであり、マスコミの伝える世界感とは異なることが分かります。

ダグラスさんは、「この100人村の文を読んでショックを受けること自体が本当はショックなのであり、私たちの受けている教育がいかに幻想を教えているかということです」とおしゃいます。私も初めて読んだ時はショックでしたし、仕事でこの「100人村のコピー」を教材に使いましたら、「ええ!?」それから、しんみり・・・というのが読んだ方のおおかたの反応でした。そしてダグラスさんは、「『だから日本に生まれてきてよかった〜!!』では何もならない」とおっしゃいます。

ダグラスさんのお話し、次回に続きます。     (鈴木由利子)

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なぜ今海外協力?

2008-01-04 19:57:00

前回はボランティアを始めるに当たってのポイントをシャプラニール=市民による海外協力の会事務局長坂口さんに窺いましたが、では「なぜ今海外協力でのボランティアなのか?」についても窺いました。

「情報のグローバル化」「経済のグローバル化」・・・よく耳にする言葉ですが、海外協力活動に関しては、これまで「遠いところで起きていること」といったハードルのような壁がありましたが、それが近年あっさり崩れ、途上国との距離感はグンと縮まりました。情報のグローバル化による携帯電話の普及です。

例えばバングラデシュの農村を例にとると、ほんの数年前までは、農村と都会、都会と日本という情報経路で、農村との直接情報の入手は困難でした。しかし近年農村地帯は有線電話の時代を経ることなく、いきなり携帯電話の時代に入ったわけです。有線電話から携帯電話へのシフトに苦心することもなく、初めての電話が携帯電話なのです。

時差を除けば国内で話をするのと変わらない感覚で、日本と途上国の農村が直接個人同士でリアルタイムに連絡を取り合うことができるようになり、ユヌス氏のグラミン銀行からの融資で農村でも携帯電話を使った起業が始まっています。

経済のグローバル化は、途上国との関係に限らず、特定の国が風邪をひくと、他の国々が広く感染することは、実際近年のアメリカの低所得者向け住宅ローンの問題が、日本の株式にも影響を及ぼすなど世界的に波及していることからもわかります。

このように狭くなった地球の中で、これまで見えていなかった問題が見えてくるようにもなりました。例えばバングラデシュも日本の同じ社会問題を抱えていることが見えてきます。バングラデシュの農村の主は町に出て働くようになり、農村には子どもと母親だけが残り、コミュニティ崩壊の危機となっています。日本でもコミュニティが果たしてきた役割が崩壊し、地域での人間関係が薄っぺらになっていることが、子どもの成長過程に影響を与えているなど様々な問題に波及しています。現在両国ともコミュニティの再構築が課題となっています。

また共通点だけではなく、これまでの「援助のあり方」がズレていたことも分かってきます。マスコミで報道される途上国といえば、悲惨な状況ばかりがクローズアップされがちで、「可愛そう」と思って募金をした方が大勢いらっしゃると思います。途上国=貧しく気の毒な国という見方ができ上がっていました。しかし、実際の交流が増えてくるにつれ、そうではない、日本では失われた「モノに頼らない豊かさ」が途上国には有り、そこからこちらが学ぶべきことが多くあることも分かってきました。

また、金持ちに見られる外国人が途上国の現地に入ることで、現地で受け継がれてきた権力構造が崩れてしまったり、相手国のニーズの調査をすることなしに「不要なモノを施した」など様々な失敗の積み重ねから学んだことから、海外協力のあり方もこれまでの、「援助側」が「施す」といった上下関係の姿勢から「相手国と同じ目線で、共に学び合う」というように変化してきています。援助国が主役になるのではなく、援助国は「黒衣」に徹し、相手国を尊重し、同じ目線で付き合うことが国際協力の成功に結びつくというように変わってきています。これは日本国内での援助の仕方にも通じるところです。

一昔前までは情報不足でちょっと敷居が高かった海外協力活動もその気になればいくらでも情報を入手できる時代になり、どこかの団体に参加することも、自分で何か始めることも可能な時代になっています。
一応豊かな日本国内では接することの難しい「貧しいけれど、少しも惨めではない、生きる力のある子ども達」にも出会え、私たちは自分たちの暮らしを見つめ直したり、生き方を軌道修正したり、学びを得ることで「自分が変わることができます」。

それは国内での経験よりインパクトが強い分、気づきが大きく、「互いに学び合い」、「支え合う」、「与え合う」、「生かし合う」ということが実体験として得られる。それが国際協力活動に参加することの素晴らしいところです。
以上、シャプラニール=市民による海外協力の会事務局長坂口さんに窺いました。
                         (鈴木 由利子)

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ボランティア 事始め

2008-01-02 11:05:50

あけましておめでとうございます。
今年はどんな年になるのでしょうか・・・「今の瞬間の中に未来がある」といったことを最近よく耳にします。なるほど・・・。ということは、今何かを決意し、何かに踏み出せば未来はそのような方向に向かって行くということですね。今年は何かボランティアを始めてみようと考えておられる方も多くいらっしゃると思います。

昨年暮れ、シャプラニール=市民による海外協力の会の事務局長坂口さんに、ボランティア活動を始めるに当たってのポイントなどを窺いました。

その1.まずは「チョイボラのすすめ」
どのNGO・NPOも団体によって活動内容も方法も雰囲気も全然ちがうため、できるだけたくさんの団体に実際に参加して信頼できる団体を探して見極めることが大切。「1回限りのボランティアでもだれも咎めたりしません」とのこと。まず地域の国際交流団体に行き、情報を集めることから始めるのもよいかもしれません。団体との「お見合い」、「お味見」を繰り返すことが重要だそうです。若い方は「お見合い」の練習??? シニアの方で「お見合い」が少なかった方はこの際もう一度チャレンジ???

その2.「理想に燃えないで!」
「あまり理想を描いて参加しないほうがいいですよ」とのこと。善意、チャリティ、正義といったキレイ事、絵空ごとで入ると、夢やぶれてうちひしがれて去るということにもなりかねない。「実際よくあるんですよ」とのこと。人間同士が集まっているのだからいろいろ問題があるのは当たり前。失敗もたくさんある。燃えさかったままでは出かけない方がよいかもしれません。

その3.「one step ずつ、最初は一から」
チョイボラをしてみてここにしようと決まっても「、少しずつ上がって行く方が良いです」とのこと。チョイボラから会員に、徐徐に参加の時間を増やし、経験を重ねてから役員に・・というステップを踏んだほうが、団体の中の人間関係がスムーズにいくからとのことです。いきなり「僕の机はあそこがいい」と言われてもね・・・とのこと。

では、信頼できる団体を見極めるポイントは?

1.情報が公開されているかどうか
2.組織が透明であるかどうか
3.民主的に意志決定がなされているかどうか
4.特定の財源に依存していないかどうか
5.ミッションを理解しているかどうか

自分に合った団体かどうかのポイントは?

1.ミッションが自分のしたいことと合っているか
2.年齢層はどれくらいか
3.宗教が関係しているかどうか
4.これが一番大切:実感・共感がもてるかどうか。
これまでテレビなどで海外の悲惨な状況が映し出され募金をしたけれど、そのお金がどう使われたのか、どのように改善されたか、いまひとつ実感がない・・・私もそうですが、そういう方がたくさんおられると思います。自分が関わることで、実際の状況ももっとリアルに身近に理解でき、共感することができますが、そのように感じられる活動をしている団体を見つけることが大切とのことです。

次回は「なぜいま国際協力なのか?」坂口さんのお話しの続きです。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。             

                         (鈴木由利子)

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