横浜国際協力フェスタ 報告 2
特定非営利活動法人 難民支援協会主催、日本在住の難民の方の話を聞く会に参加して
母国コンゴ民主共和国から逃れて1999年に日本に来た難民(男性)のお話から〜
私たちはコンゴと聞いても、正確な位置が分かる人はたくさんはいないのではないでしょうか。コンゴはコンゴ民主共和国と隣接するコンゴ共和国とに分かれています。コンゴ民主共和国は11カ国に囲まれ、アフリカの中央に位置し、金、ウラン、鉄など自然資源の豊かな国です。しかし内戦によりインフラが破壊され、経済は壊滅状態となり世界最貧国の一つとなりました。
まず男性が母国をのがれた時の国情・背景を語ってくださいました。少し補足して記します。
独裁政治を30年間続けたモブツ政権崩壊後に、崩壊に追い込んだコンゴ・ザイール解放民主勢力連合議長であったカビラ氏が大統領に就任。しかしツチ族系が政権を握るルワンダなどの影響力が強まることを恐れ、1998年8月政権や軍部の東部を中心としたツチ族系排除がはじまり、虐殺・略奪などが起こり、内戦に発展。
この方は同居していた叔母がツチ族の方と結婚していたため、命を狙われる危険を感じ、日本人と結婚して日本で暮らしていた親戚の人を頼って短期滞在ビザ(3ヶ月)で来日。ビザを更新し6ヶ月滞在していた間は難民申請をしなかったとのこと。その後難民認定申請をしました。
申請期間中は医療保険に入れず、病気になっても医者にかかれない。収容されて、強制送還になるのではないかという極度に不安な日々が続きました。申請はしたけれど、その扱いがどうなっているのか、どこまで進んでいるのか等の情報は一切もらえず、また、励まし合う人もなく孤独な中で、ただ毎日待ち続け無為に過ごすのがとても辛かったとのこと。住む家も保証人が必要だからこれも至難なこと、失望して自殺を考えるようになったこともあったとのことでした。
難民支援協会の支援もあって、一年半後、難民認定はされませんでしたが、在留特別許可が得られました。これにより、国民健康保険に入ることができと就労が許可されます。この許可がおりたことで妻を呼び寄せ、現在まで7年日本で暮らしています。
もし、難民認定されても、国からの支援はほとんどありません。申請中に語学教育や就労支援がないので、認定され就労許可が下りたからといってすぐに希望する仕事を見つけることができません。現在はある企業で働い ていて税金も払っておられるそうです。
日本は国連難民高等弁務官事務所(UNCR)にはたくさんお金を出す貢献の割に、経済的先進国の中では受け入れ数が少ないとのこと。
ちなみに母国で同居していた叔母夫婦はバチカン大使館に一時保護され(位の上の人はバチカンの保護が受けられたとのこと)カナダに難民として渡ったとのこと。
日本の文化は自分たちにとっては全く別世界のものであり、今でも苦労することがあるとのこと。自分たちはアフリカにいる時、日本がハイテクの国だという認識はあったが、日本人には「ライオンや象を近くに見るのですか?」と言われたりして、びっくりしたことがあるそうです。氏がライオンも象も初めて見たのはロンドンの動物園だったとのこと。
氏の語って下さった背景を参考までにもう少し遡って記します。(Wikipedia百科事典より)
1965年11月、モブツ商務・雇用・貿易相がクーデターで実権掌握。1995年までの30年間モブツ大統領の独裁政治が続いた。1971年に国名をザイール共和国(Republic of Zaire)に。1990年4月、民主化要求の高まりを受け議会は11月に複数政党制への道を開く憲法修正案を可決が、モブツ大統領が、3選を禁止した憲法条項を無視し辞任を拒否。1996年4月、東部のツチ族系ムレンゲ人の追放を決議し政府軍が攻撃。これに対し、ルワンダ、ウガンダ、ブルンジなどの支援を受けた武装組織コンゴ・ザイール民主化同盟(AFDL)が反撃し、1997年5月にキンシャサを制圧。モブツ政権は崩壊し、AFDLのローラン・カビラ議長が大統領に就任、国名をコンゴ民主共和国とコンゴに戻した。カビラ大統領も司法権を除く全権を自身に付与することを発表するなど、強権支配体制を敷いた。同大統領は、ツチ族系が政権を握るルワンダなどの影響力が強まることを恐れ、政権や軍部のツチ族系の排除を始めたために、1998年8月に東部を中心として内戦に発展。国内のダイヤモンドやコバルトなどの豊富な鉱産資源に関する利権も絡み、反政府勢力を主にウガンダとルワンダが、政府軍を主にジンバブエ、ナミビア、アンゴラが支援。戦闘などで住民20万人以上が死亡し、紛争に伴う食糧・医薬品不足などでさらに150万人が死亡したとされる。
ルワンダで起きたフツ族によるツチ族の虐殺を扱った、映画「
ホテル ルワンダ」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%80で描かれたおぞましい蛮行が氏のお話中、私の頭の中を巡っていました。あのような状況から逃げ出して来る人を拒めるのでしょか?
私たちにできること
難民支援協会では様々な支援を呼びかけています。方法も様々です。
緊急支援をする:他団体・企業と連携して食糧支援や物品提供など工夫しながら金銭以外の支援も行っていますが、医療費、交通費、住居費などは金銭でしか解決できません。是非カンパを!
サポーターになる:1口 5000円 (1年)
他様々な形で協力できるボランティアがあります。詳しくは
難民支援協会HPで
http://www.refugee.or.jp/