渋谷 シネマ・アンジェリカ
http://www.gojyu.com/で放映されているジブリ美術館推薦の「アズールとアスマール」
http://www.ghibli-museum.jp/azur/を見ました。とても気高く気品のあるアニメ映画でした。まず美術背景の一枚一枚が、美術的作品のようで目を奪われます。それだけでも十分楽しめました。
物語は、伝説に語られている、囚われの身である「ジンの妖精」を救い出す冒険物語ですが、物語が語るのは単純な童話ではありません。二人の異なる人種の主人公アズールとアスマールを中心に、二つの異なるものの「対比」がふんだんに仕組まれています。青い目で母のいない領主の息子のアズールと、黒い目で父のいない他国者の貧しい乳母の子のアスマール、異父兄弟のように仲良く暮らしていた二人でしたが・・・物語はHP
http://www.ghibli-museum.jp/azur/に美しい絵と一緒に楽しむことができます。
オスロ監督は、インタビューのなかで、作品のアイデアがどのように生まれたかについて、「国や人種の違いによってお互いが憎み合い―そのように育てられたわけですが―争ってしまう人々がいる。片や、それぞれ人種の違いや周囲の反対にかかわらず、互いに尊敬し仲良くできる個人がいる。そこに一番関心があります。国どうしの戦争ではなく、人々の根深い憎しみが日常的にあり、古い人間と新しい人間との確執、また西洋と中東の間に起こる争いなどが私のテーマでした! 厳しい現実をおとぎ話の形で表現するのです。争いの元には、嘆かわしくまた腹立たしいことに、人工的に作り上げられた誤解があります」と語っておられます。(HPより抜粋)
ジンの妖精を救い出すには、偏見と憎しみを越えて互いが互いをみとめ、「自分」を主張するのではなく、共に力を合わせることができなければなりませんでした。仕組まれた「対比」が最後には、一つになるということが豊かな描写の中に何重にも織り込まれ、監督のユーモアと気高さに触れる作品でした。
少し前に見た日本のアニメ映画「鉄コン筋クリート」
http://www.tekkon.net/は、「アズール」とはまったく趣の異なる作品で、美術的というより、完成度の高いアニメ描写ですが、ここにも異質な2つの統合というテーマがありました。「鉄コン筋クリート」の舞台は、大阪辺りの架空の町、宝町です。そのなんともレトロで雑多な町の見事な描写にもまず目を奪われます。
物語は、宝町の地元ヤクザと警察、それと外資のような企業が暗躍し、宝町を大きなレジャータウンにしようとする計画が秘密裏に進められている中、自分の宝町を守るべく(自分の都合だけで守る)派手なアクションと暴力シーンを繰り広げる札付きのワル、「クロ」と、その「クロ」と精神的なつながりをもつ純真な「シロ」の物語です。宝町を自由に飛びまわるストリートチルドレンらしき二人はまた、カラスと白い鳩でもあります。
暴力シーンもあり、低学年用の映画ではありませんが、光と陰、善と悪といった哲学的、観念的な事柄、クロとシロを切り離すという単純なオトナの発想が何の解決にもならないことが見事な描写で支えられ、教訓的にはならず、展開のおもしろさを伴ってわかりやすく伝わりました。個人の中でのシロとクロの統合という見方もありますが、平和な暮らしを取り戻すには、個人同士の「クロ」と「シロ」とが別々のものではなく、互いに支え合うものであり、二つが一つになって別の大きな力になる、というメッセージにもとれました。
そんなことを考えていると、ポール・マッカートニーとスティーヴィー・ワンダーの80年代の曲、「エボニー・アンド・アイボリー」がテレビで流れてきました。ピアノの黒鍵(Ebony)(黒人)と白鍵(Ivory)(白人)が一つのハーモニーを奏でると歌った曲。
二つのアニメ映画は、「エボニーとアイボリー」が発表された80年代より、社会はもっと複雑になり、何重にもなってからまった糸をほぐしていくには、これらの映画のテーマがしめすような知恵が必要なのでは・・・
「アズールとアスマール」はこの夏休み、お子さんや、お孫さんをつれてご覧になるのにお勧めの映画でした。 (鈴木由利子)