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映画 「パラダイスナウ」と「ミュンヘン」

2007-08-18 10:56:32

先回のブログで紹介しました 「JICA 地球ひろば 企画展示「見たい、聞きたい、おしえて!中東のこと」のイベントのひとつ、映画「パラダイスナウ」http://www.jica.go.jp/hiroba/event/200708.html#a04-84-01
(無料)を見てきました。

この映画の舞台はイスラエル占領地、ヨルダン川西岸地区の町ナブルス。イスラエルに対する抵抗運動が最も激しく、外国人が容易に入ることのできないこの町で、二人の若者が自爆攻撃へ向かう48時間を描いています。なぜパレスチナの若者が自爆攻撃という行動を起こすのかという複雑な状況や、今まで語られることがなかった自爆攻撃者の葛藤と選択を観る者に問いかけます。(HPより抜粋)

数々の賞に輝くこの映画は、世界中で上映され、好意的、批判的両方の意見を強く引き起こしているとのことですが、とにかく「知る」という観点からすると、ドキュメンタリーのようにリアルに感じられ、(リアルといっても実際のことは知らないわけなのですが・・・)日にちがたってからも、様々なシーンがはっきり思い出される、心に残る作品でした。

このパラダイスと同じ年に配給された、ユダヤ人監督スピルバーグによる「ミュンヘン」http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=6328も、パレスチナ側にもイスラエル側にも不満のある映画とのことですが、ミュンヘンオリンピックでパレスチナゲリラ により、イスラエル選手団11名が人質となり、全員暗殺されたことが映画制作の発端となり、その事件後が映画のストーリーとなっています。映画はサスペンス映画として仕立てられていることもあり、「パラダイスナウ」と比較する映画ではないのかもしれませんが、この二つの映画を見て感じたことを書いてみます。

「パラダイスナウ」で描かれている自爆テロリスト候補の二人は、家族思いの普通の若者です。楽しみといえば、丘の上の自動車修理工場での仕事の合間に、二人で町を見おろす丘の斜面にボーっと座って水パイプを吹かすことくらい。彼ら曰く「何の希望のない毎日」をそれでもなんとかつましく普通にくらしています。

そんなある日、志願していた自爆テロに二人が共に指名される日がやってきます。決行は2日後です。
殺風景なアジトで組織のリーダーが彼らを迎え、彼らを「英雄」であると励まし、「誇り」であると褒め称えます。そこで死に向かう儀式が行われるのですが、死体が洗われるがごとく、台の上できれいに体が洗われ、髪を短く切られ、肌に直接爆発物が腹巻きのように巻き付けられ、白のワイシャツに黒のスーツを着せられます。そして、ささやかながら、最後の晩餐がふるまわれます。爆発物は自分では解除できません。確実にテロを果たすか、意気地無しとしてアジトに戻って解除してもらうしかありません。

二人は幼いときからの無二の親友。使命を帯びたことで、それまでの人格が変わってしまうわけではありません。進んで英雄になるべく志願し、出番が回ってきたのですが、いざ実行となると、二人の間に少し確信度が異なるようです。確信を持って晴れ晴れと実行に臨む一人と、少し後ろ髪を引かれる気持ちも残るもう一人。

いよいよ実行の時がきて、二人が一緒にフェンスを越えてイスラエル側に降り立つと、少し先にハザードランプを付けて計画通りに二人を待ち受けている車が見えます。いざそこに向かおうとするとき、予定外の車が一台こちらに向かってきます。ただの通りすがりの車だったのか、何だったのか・・・この一台の車の出現による一瞬のできごとにより、二人同じだったはずの運命が思わぬ方向に向かいます。

動揺する二人はすぐに実行を取りやめ、フェンスからパレスチナ側に逃げ戻るのですが、後ろ髪を引かれていた方の若者が、相棒とはぐれてしまい、道に迷います。ようやく無事自分のよく知っている町中に戻って来られたのですが、そこは数時間前までいた自分の町とは映らず、自分の居場所はもうないかのごとく、すっかり混乱し、あちこち迷走します。意気揚々と迷いのなかった方の若者は、必死の思いで相棒を捜すのですが、その凝縮された時間のなかで、「自爆テロを決行すれば英雄になって、ここの生活よりずっと素晴らしい天国に行けるんだ」という思い込みから醒めてくるのです。彼は、道に迷った相棒を捜し出し、自爆を思いとどまらせようとしますが・・・


最後イスラエル市内を走るバスの座席に一人やり直しを決行する若者の顔が大写しになります。その目は思考停止を自らに命じているようにも映りました。もちろん巻き添えに会うだろうイスラエル人になんの罪もないのですから、非道な行為なのですが、自爆テロリストの実行までの心の葛藤とやるせなさが見るものに迫りました。

「ミュンヘン」は、史実に基づくとされているのですが、(正確な史実とは異なる点があるようです)ミュンヘンオリンピックのこの事件に激怒したイスラエル政府はその報復として、黒幕の首謀者11名を、(実行部隊のゲリラは8人の内5名が射殺され3名が逮捕された)暗殺するようにイスラエル特殊部隊モサドに命じます。5人の暗殺チームが作られ、主人公はそのチームリーダーに任命されます。この報復チームは潤沢な資金を得て、初めの頃はあきれるほどの豪華な食卓を快活に囲む場面が何度か出てきます。そこに使命に対する悲壮感はみられません。

愛国心からパレスチナゲリラを暗殺するという使命を果たしていくのですが、ある日綿密に計画された計画に思いがけない小さな出来事が起こり、一回目の作戦は一旦休止します。しかし、そこから歯車が狂い始め、暗殺の意味に疑問を持ち始めます。暗殺するのは、直接ミュンヘンオリンピックでのゲリラの黒幕とは関係のない、普通に愛国心を持つパレスチナ人だったり、理知的なパレスチナ人だったりするわけで、そのことで、自分もテロリストと同じではないかと苦悩し始めるのです。チームのメンバーが次々暗殺され、リーダーである主人公も、今度は自分も暗殺されるのではないかという恐怖に囚われ、精神的に追い込まれていきます。

リーダーは妻との間に生まれた女の子の声を聞いて涙を流す普通の人でもあります。結局、こんなことをしても誰も幸せにならないことを悟り、モサドを離れ、確実な幸せのある家族のもとに戻ります。この辺りのテロリストの心の葛藤は「パラダイス」の自爆テロリストに共通したところが描かれています。

二つの映画は、生まれつきテロリストなんていなく、テロリスト達の普通に持つ心の葛藤を描くことで、報復としてテロ行為を行っても、誰も幸せになることはなく、何も変わらないどころか、更に暴力を生むだけである、やっていることは的はずれである。ということを伝え、一方「パラダイス」を盲信することによる暴力行為から離れることも可能だということも伝えていました。 

パラダイスナウはJICA地球ひろばであと3回見られます。
9月 1日(土曜)  13時から(1回目)、16時から(2回目)
9月 2日(日曜)  13時から
定員:各回40名(先着順)
入場料:無料
詳しくはhttp://www.jica.go.jp/hiroba/event/200708.html#a04-84-01
                   (鈴木由利子)

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