海外の生徒さん達が自分達で書いた達筆な習字を掲げて楽しそうに映っている写真を見ていると、「海外日本語学習支援協会」
http://www.geocities.jp/jsa_japan/のスタッフの方が協会のことを紹介してくださいました。写真はこの協会のベテランスタッフの方。お二人とも日本語教師として何カ国も回っておられるそうです。
「海外には『日本へ行って日本語を学びたい』と願ってこつこつ日本語を学んでいる人たちが大勢いますが、先生も不足していますし、いい教科書や教材もないのが現状なんです。そういった海外の現状の中で日本語を学んでいる人たちのために何か役に立ちたい、という思いからこの「海外日本語学習支援協会」が設立されました」とのことです。
ここが作っている日本語の教材「ちょっと日本語」300円 がよく売れていました。大学の授業(ゼミ?)でも使われているとのことでした。中は入門のあいさつのから始まっていますが、字も大きく、書き込み式になったワークブックでたくさんスペースがあり、海外で日本語に取り組みはじめる人にとってはやる気のおこる使いやすい教材だなと思いました。
これから海外に行き日本語を教えようとする方には、「海外日本語学習支援協会」の頼りがいのある経験豊富なスタッフの方たちが、日本語教授法などに関して強い味方になって下さりそうです。
日本砂漠緑化実践協会
http://www.sabakuryokuka.org/1-1.htmlの「故遠山正瑛初代会長と砂漠緑化の実績」と題したカルチャースクールワークショップに参加しました。故遠山氏の実績はNHKの番組プロジェクトXでも取り上げられた方で御存知の方も多くいらっしゃると思いますが、私は初めて知りました。このワークショップはプロジェクトXを少し見てからの説明でした。説明スタッフの方も実際に現地で植林をなさっている方々だったこともあり、とても面白く30分でしたが充実していました。
遠山氏の足跡はこちらのサイトの写真がよくわかります。
http://www.yamanashi-nponet.jp/~desert/inochi.html
遠山氏は1972年鳥取大学教授を65歳で退官し、これからの人生何をしようと思っていたとき、どうしても行きたかった場所がありました。中国のゴビ砂漠です。1979年中国西域学術調査団に参加し、砂嵐により毎年東京都分の面積が砂漠化し、百万人の人々が土地を追われる過酷な砂漠地域を視察しました。遠山氏はかつて食糧難を救うため、すでに鳥取砂丘で農業を成功させていました。「人生をかけるだけのやりがいがある目標ができた!」と、翌年「中国沙漠開発日本協力隊」を組織しました。
1995年88歳で100万本のポプラの植樹を成功させるまでには、苗木が羊に食べられてしまう、灼熱の下で砂地は掘っても掘っても崩れる、洪水、放牧をする周辺の中国人農民には「木を見ていても食えない」といって理解してもらない等々、大きな挫折が何度もありましたが、そのたびに「とにかく植えよう、やり続けることだ」と言い続け、2001年には目標の300万本に到達しました。
かつては2〜3軒の放牧民しかいなかった砂漠地帯は今では成長したポプラの森が広がる緑地となり、オオワシ、キツネなども来るようになり、民日中友好の場所として観光地にもなりました。3階建てのホテルまでが建つまでになっているとのことです。
現在も遠山氏の意志をついで植林を続けている「日本砂漠緑化実践協会」は、全国に企業のグループや、地域でのグループ、大学生のグループによる植樹隊があり、(説明して下さったのは「三島緑の会」の方でした)毎年中国に渡り植林を続けているとのことです。また、全国から有志を募って協会本隊がいくこともあるそうです。
一回の渡航で一人60本を目安に2泊3日か、3泊4日で植え、その後に中国観光というツアーもあるそうです。現地の水やりはボランティアが滞在しているとのこと。また、下枝を切らないと、少ない水を奪い合うことになるので余分な枝を剪定するのも大切な作業だそうです。
中国までは行けないけれど植林には参加したいという方は、150円で2本の木が植えられますので、募金に協力することもできます。募金のページはこちらです。
http://volunteer.yahoo.co.jp/donation/detail/568001/
帰り際に「パラダイスナウ」のポスターの貼ってあるパレスチナ食品ブースでパレスチナビールを買いました。写真を撮っていると、「買わずに撮っちゃダメヨ」と言われましたので、「ビールも買ったし、映画も見ましたよ!」と言うと、うれしそうに「いい映画だったろう?」とご機嫌な顔になりました。
6日のみ午後から5時間ほどの参加でしたが、若い人も年配も活躍しているのを見て元気をもらい、充実した一日でした。