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桜桃忌に
2009-06-20 08:58:54
6月19日は桜桃忌。作家太宰治の命日です。今年は太宰治の生誕100年という年なので、新聞などで盛んに取り上げられていました。
この日は朝から気持ちよい晴天。たまたま仕事が休みだった私は三鷹行きを思い立ちました。三鷹の南口駅前にある「三鷹市美術ギャラリー」で「ラウル・デュフィ展」を開催中。かねてよりこの展覧会に足を運びたかったのです。
・・・しかし、この日に三鷹へ行くということは三鷹の禅林寺で行われている「桜桃忌」を意識せざるを得ません。はたして平常心で三鷹の街を歩けるでしょうか・・・。喪服を着た人の列が三鷹駅から禅林寺まで蟻の列のように続いているのを嫌でも目にしてしまうのではないかしら・・・。など、いろいろな妄想を抱きながら三鷹駅に向かった私。
三鷹駅南口に降り立つと、意外や、まったく普段どおりの静かでのどかな街の光景。あたりを見回しても墓参者らしき人(喪服を着た人)は見当たりません。
5分ほど歩いて、蕎麦屋「桂庵」に入り昼食。ここは2年ぶりかな。でもちっとも変わっていない。味も、店主の誠実な対応も。このお店は杉浦日向子さんとソ連の共著「ソバ屋で憩う」で知ったお店。杉浦さんが生前、とある文化講演会で江戸文化について話した時の講演の内容を思い出しつつ、江戸っ子に敬意を表し、蕎麦を食す前にお酒をいただきました。
・・・お酒を飲んでいる最中ふっと、お酒を愛した太宰治のことが頭に浮かびました。「そうだ、ここまで来た以上、太宰のお墓参りに行かないでは済まされない。行こう!」と立ちあがりました。蕎麦屋を出た足で禅林寺へ。
禅林寺は三鷹駅南口から徒歩10分ほどのところにありました。駅からこんなに近いのに広々とした敷地を持っているのに感心しました。

寺の地所の入り口から山門をのぞむ。私の背後で人声が。「ああっ、人が多いわね!」「そうね。いつもと全然違う!」と。その声の主(女性)たちも寺の墓地に入って行きました。

後になってネットで「禅林寺」を検索しましたら、ホームページがあり、そこに、駅が欲しかった地元住民のために禅林寺の敷地の一部を寄贈してそこを駅にした、というようなことが書かれていましたから、駅から近いのも納得。三鷹駅と禅林寺は切り離せない関係だったわけです。
特に太宰治のファンでもない私が観光ついでにあつかましく墓参なんて、見咎められて追い返されるかな・・・などと恐る恐る、寺の墓所の方に足を進めたのでしたが、そんな心配は無用でした。行列もなく、整理する人もいませんでした。

この山門で受付でもあるのかなあ・・・などと恐る恐るだったのですが、何にもなくて多少拍子抜けの感。

太宰の墓の周りには、カメラを手にした人々がじっと黙って立っていました。
墓参の人、観光客、お互いにカメラで撮影する、される・・・。墓参者お互いに知り合わず、繋がらない関係。こうした墓参は私にとり、初めての体験でした。

太宰治の名前が彫られた窪みにサクランボが埋め込まれています。昔はこんなことしたのかしら・・・。お墓を冒涜?と、はじめチラと抵抗感持った私ですが、「太宰ならきっと許すなぁ」と思いなおしました。それにあとから来てサクランボを一粒埋めた若い女性、太宰のことを心から悼んでいる顔でしたもの。

広い禅林寺の庭の植栽も美しい草木でいっぱい。桜桃忌の季節はアジサイの盛りでもありました。
太宰治の墓の横には奥さんの美知子さんのお墓も立っていました。
三鷹の玉川上水にて入水自殺した太宰の心中相手は奥さんとは別の人と知っていただけに、ここ三鷹に奥さんのお墓が立っているのは意外な気がしました。でも、「奥さんなのだから、太宰の墓の隣にお墓を立てるのは当然よね」とも思ったり・・・。
見ているうち、あるエピソードを思い出しました。
2年前、私は山梨県上野原市に住んでおり、当時は訪問介護の仕事に就いていました。その仕事で、とある家に訪問した時の話。
そのご主人は数年前に奥さんに先立たれていました。彼の訪問介護に伺った私に、よく奥さんの思い出話などを聞かせてくださいました。
その話によると、彼の奥さんは昔、都留高等女学校に通い、そこで、石原という先生に教わったことがあるそうです。石原先生は大変熱心に女生徒たちを導いてくれましたが、「漢字の書き順」には特に厳格でした。「間違えると厳しく叱られた」と、当時のことを奥さんは回想してご主人に話したそうです。「・・・妻が教わったその厳しい先生というのが、後に太宰治の妻になった人でね」と、ご主人が続けたのには、私もびっくり。
そういえば太宰の作品にも山梨県甲府市のある家で、女性とお見合いのような出会いをしたことをあらわしたものがあった・・・と思い出しました。
作家太宰治のことは、彼のデカダンな生き方がとかく引き合いに出されますが、古典文学への傾倒(彼の勉強量がすごかったこと)や、奥さんを始めとする彼を取り巻く人々の教養のレベルの高さなども、太宰作品を生み出す上でなくてはならなかった要素だと思います。
彼の生き方より、彼の生み出した作品の肥やしとなった人々や古典作品に興味が持たれて良い頃ではないでしょうか・・・。
忘れかけていたエピソードを、今回の墓参で思い出し、そんなことを思いました。
太宰治生誕100年で太宰ブームが起こっていることをきっかけに、太宰作品を通して、日本の古典や、太宰の生きた時代の日本の社会状況などに目を向ける人たちがいっぱい出てくると良いと思った私の「桜桃忌」でした。
そうして、私は禅林寺を出、三鷹の街を歩き回り、三鷹市美術ギャラリーで「ラウル・デュフィ展」を観るという当初の目的も達成し、くたくたに疲れる足を引きずって魅力いっぱいの三鷹の街をあとにしたのでした。
(山本豊美)
この日は朝から気持ちよい晴天。たまたま仕事が休みだった私は三鷹行きを思い立ちました。三鷹の南口駅前にある「三鷹市美術ギャラリー」で「ラウル・デュフィ展」を開催中。かねてよりこの展覧会に足を運びたかったのです。
・・・しかし、この日に三鷹へ行くということは三鷹の禅林寺で行われている「桜桃忌」を意識せざるを得ません。はたして平常心で三鷹の街を歩けるでしょうか・・・。喪服を着た人の列が三鷹駅から禅林寺まで蟻の列のように続いているのを嫌でも目にしてしまうのではないかしら・・・。など、いろいろな妄想を抱きながら三鷹駅に向かった私。
三鷹駅南口に降り立つと、意外や、まったく普段どおりの静かでのどかな街の光景。あたりを見回しても墓参者らしき人(喪服を着た人)は見当たりません。
5分ほど歩いて、蕎麦屋「桂庵」に入り昼食。ここは2年ぶりかな。でもちっとも変わっていない。味も、店主の誠実な対応も。このお店は杉浦日向子さんとソ連の共著「ソバ屋で憩う」で知ったお店。杉浦さんが生前、とある文化講演会で江戸文化について話した時の講演の内容を思い出しつつ、江戸っ子に敬意を表し、蕎麦を食す前にお酒をいただきました。
・・・お酒を飲んでいる最中ふっと、お酒を愛した太宰治のことが頭に浮かびました。「そうだ、ここまで来た以上、太宰のお墓参りに行かないでは済まされない。行こう!」と立ちあがりました。蕎麦屋を出た足で禅林寺へ。
禅林寺は三鷹駅南口から徒歩10分ほどのところにありました。駅からこんなに近いのに広々とした敷地を持っているのに感心しました。

寺の地所の入り口から山門をのぞむ。私の背後で人声が。「ああっ、人が多いわね!」「そうね。いつもと全然違う!」と。その声の主(女性)たちも寺の墓地に入って行きました。

後になってネットで「禅林寺」を検索しましたら、ホームページがあり、そこに、駅が欲しかった地元住民のために禅林寺の敷地の一部を寄贈してそこを駅にした、というようなことが書かれていましたから、駅から近いのも納得。三鷹駅と禅林寺は切り離せない関係だったわけです。
特に太宰治のファンでもない私が観光ついでにあつかましく墓参なんて、見咎められて追い返されるかな・・・などと恐る恐る、寺の墓所の方に足を進めたのでしたが、そんな心配は無用でした。行列もなく、整理する人もいませんでした。

この山門で受付でもあるのかなあ・・・などと恐る恐るだったのですが、何にもなくて多少拍子抜けの感。

太宰の墓の周りには、カメラを手にした人々がじっと黙って立っていました。
墓参の人、観光客、お互いにカメラで撮影する、される・・・。墓参者お互いに知り合わず、繋がらない関係。こうした墓参は私にとり、初めての体験でした。

太宰治の名前が彫られた窪みにサクランボが埋め込まれています。昔はこんなことしたのかしら・・・。お墓を冒涜?と、はじめチラと抵抗感持った私ですが、「太宰ならきっと許すなぁ」と思いなおしました。それにあとから来てサクランボを一粒埋めた若い女性、太宰のことを心から悼んでいる顔でしたもの。

広い禅林寺の庭の植栽も美しい草木でいっぱい。桜桃忌の季節はアジサイの盛りでもありました。
太宰治の墓の横には奥さんの美知子さんのお墓も立っていました。
三鷹の玉川上水にて入水自殺した太宰の心中相手は奥さんとは別の人と知っていただけに、ここ三鷹に奥さんのお墓が立っているのは意外な気がしました。でも、「奥さんなのだから、太宰の墓の隣にお墓を立てるのは当然よね」とも思ったり・・・。
見ているうち、あるエピソードを思い出しました。
2年前、私は山梨県上野原市に住んでおり、当時は訪問介護の仕事に就いていました。その仕事で、とある家に訪問した時の話。
そのご主人は数年前に奥さんに先立たれていました。彼の訪問介護に伺った私に、よく奥さんの思い出話などを聞かせてくださいました。
その話によると、彼の奥さんは昔、都留高等女学校に通い、そこで、石原という先生に教わったことがあるそうです。石原先生は大変熱心に女生徒たちを導いてくれましたが、「漢字の書き順」には特に厳格でした。「間違えると厳しく叱られた」と、当時のことを奥さんは回想してご主人に話したそうです。「・・・妻が教わったその厳しい先生というのが、後に太宰治の妻になった人でね」と、ご主人が続けたのには、私もびっくり。
そういえば太宰の作品にも山梨県甲府市のある家で、女性とお見合いのような出会いをしたことをあらわしたものがあった・・・と思い出しました。
作家太宰治のことは、彼のデカダンな生き方がとかく引き合いに出されますが、古典文学への傾倒(彼の勉強量がすごかったこと)や、奥さんを始めとする彼を取り巻く人々の教養のレベルの高さなども、太宰作品を生み出す上でなくてはならなかった要素だと思います。
彼の生き方より、彼の生み出した作品の肥やしとなった人々や古典作品に興味が持たれて良い頃ではないでしょうか・・・。
忘れかけていたエピソードを、今回の墓参で思い出し、そんなことを思いました。
太宰治生誕100年で太宰ブームが起こっていることをきっかけに、太宰作品を通して、日本の古典や、太宰の生きた時代の日本の社会状況などに目を向ける人たちがいっぱい出てくると良いと思った私の「桜桃忌」でした。
そうして、私は禅林寺を出、三鷹の街を歩き回り、三鷹市美術ギャラリーで「ラウル・デュフィ展」を観るという当初の目的も達成し、くたくたに疲れる足を引きずって魅力いっぱいの三鷹の街をあとにしたのでした。
(山本豊美)
共に生きる未来へ
2009-06-15 00:23:21
「食と農は人の心の育ち合いに不可欠なもの」。5月22日(金)に山梨県北杜市長坂町で開催された、「共育ちの会あ・そ・ぼ」の第6回総会&「共に生きるトーク・交流会」に参加してみての私の感想です。
私は2年前、情報誌「のんびる」の関係で「共育ちの会あ・そ・ぼ」の活動を取材しました。そのとき、この会のなんとも知れない「居心地のよさ」が心にのこり、時々会の皆に会いたくなるのです。

共育ちの会あ・そ・ぼの代表 今紀子(こん のりこ)さん。この人の持つやわらかさ、おおらかさも会の重要な要素です。
しかし、遠方ということもあり、なかなか訪問できません。ただ、年一度の総会の日だけは、参加するようにしてきました。
総会の中で行われる活動報告から会の元気な様子を知り、それによって何だか自分の元気もチャージ出来た気持ちになるのです。
この日の総会も「きっと感動を味わえる!」と期待して出かけたのですが、結果は、期待以上の感動をお土産に、帰路をたどることになったのでした。

いつもながら幅広い世代と多彩な人びとが集う総会。
私はこのブログを借りて、「農業・地場産業の助っ人になろう!」を提唱して、出会ったことについて報告したり思いをいろいろつぶやいてきました。そうしながら最近たどり着いたことは、「食と農への基本姿勢が自分と同じ人には、その人の体を流れる水も自分と同じ水源を持っているように感じられる」という思いです。同じ泉を心に秘めているような気がするのです。
「共育ちの会あ・そ・ぼ」の活動のテーマは「地域で共生しあおう!」というものですから、一見、私の追及しているテーマとは異なります。しかし、会員の人たちの中に流れている水脈が、「食と農」について考える時の私の中の水脈と一致するような気がします。
何故って、まず、「共育ちの会あ・そ・ぼ」総会の折、参加者に用意されるお弁当(もちろん食べたい人が購入するのです)が、実に美味しい!そこから。
「あ・そ・ぼ」の会員が、当日朝から、自分の家の畑やら、近所の産直市場で調達したものを持ち寄って、手によりをかけて作ったお弁当。蕗だの筍だの山の旬の食材がいっぱい。味付けも私好み。
実のところ、私の「あ・そ・ぼ」の総会参加の動機の半分は、このお弁当にあると言っても良いくらい。
こんなに私を感動させるお弁当を作り出す手は、手の中を流れる水は、私のと源泉は同じです、きっと。
「食」の面での、「あ・そ・ぼ」の会員の基本姿勢がわかったところで次に「農」の面ではどうでしょう?見てみましょう。
今までは「あ・そ・ぼ」会員の中に農業と真摯に取り組む人が何人かいるなあ・・・程度に認識していた私。今回の総会を見聞きして、はっと気付いたことがあります。
「あ・そ・ぼ」の会員は「共に育ちあう」場の一つに、「畑」あるいは「農地」を大切なものとして組み入れていたのです。
以下に、今回知ったこと〜「農と関係した共育ちの場面」〜を並べてみましょう。
1、会の活動の主軸の一つ、「養護施設の子ども達をサポートする活動」で、「子ども達とするガーデニング」があります。
内容)会員が養護施設を訪問し、施設の一角に作られた畑で、施設の子ども達がガーデニングするのをサポートしています。
2、「里子たちと共に生きる」を実践している佐藤幸雄さんは、農業を営む。「食べるものは自分で作っていこうよ」という生活。一緒に農地で汗を流し自然を相手に模索する中で、里子との触れ合いも深めていった。

30年前に都会から北杜市に移住してきて農業を営む佐藤さん。現在妻と実子2人、里子3人の家族。
3、「あ・そ・ぼ」から派生した「不登校の子ども達の居場所『ひなたぼっこ』」が、居場所として最近借りた家は畑付きです。「古民家を一軒丸ごと貸してくれる人がいて・・・しかも庭付き、畑付きなんです!」と嬉しそうに報告された「ひなたぼっこ」の事務局西岡美紀恵さん。

西岡さんも畑作りがどれほど子ども達の心を健やかにするか、養護施設訪問の豊富な体験から知っています。

3人のコメンテーターと会場からの意見交換も濃密で、時間がまだまだ欲しい夜でした。
以上のように、「共育ちの会あ・そ・ぼ」が今回の総会で、どれほど土地と深く結びついているかがわかり、「今まで私は、この会のほんの表面しか見ていなかったのだなあ」とつくづく。
これからは総会でお弁当食べて、皆の報告に感動するだけじゃなくって、会が根を張っていく長坂の土地に肉薄してリポートしますから、お楽しみに。(山本豊美)
私は2年前、情報誌「のんびる」の関係で「共育ちの会あ・そ・ぼ」の活動を取材しました。そのとき、この会のなんとも知れない「居心地のよさ」が心にのこり、時々会の皆に会いたくなるのです。

共育ちの会あ・そ・ぼの代表 今紀子(こん のりこ)さん。この人の持つやわらかさ、おおらかさも会の重要な要素です。
しかし、遠方ということもあり、なかなか訪問できません。ただ、年一度の総会の日だけは、参加するようにしてきました。
総会の中で行われる活動報告から会の元気な様子を知り、それによって何だか自分の元気もチャージ出来た気持ちになるのです。
この日の総会も「きっと感動を味わえる!」と期待して出かけたのですが、結果は、期待以上の感動をお土産に、帰路をたどることになったのでした。

いつもながら幅広い世代と多彩な人びとが集う総会。
私はこのブログを借りて、「農業・地場産業の助っ人になろう!」を提唱して、出会ったことについて報告したり思いをいろいろつぶやいてきました。そうしながら最近たどり着いたことは、「食と農への基本姿勢が自分と同じ人には、その人の体を流れる水も自分と同じ水源を持っているように感じられる」という思いです。同じ泉を心に秘めているような気がするのです。
「共育ちの会あ・そ・ぼ」の活動のテーマは「地域で共生しあおう!」というものですから、一見、私の追及しているテーマとは異なります。しかし、会員の人たちの中に流れている水脈が、「食と農」について考える時の私の中の水脈と一致するような気がします。
何故って、まず、「共育ちの会あ・そ・ぼ」総会の折、参加者に用意されるお弁当(もちろん食べたい人が購入するのです)が、実に美味しい!そこから。
「あ・そ・ぼ」の会員が、当日朝から、自分の家の畑やら、近所の産直市場で調達したものを持ち寄って、手によりをかけて作ったお弁当。蕗だの筍だの山の旬の食材がいっぱい。味付けも私好み。
実のところ、私の「あ・そ・ぼ」の総会参加の動機の半分は、このお弁当にあると言っても良いくらい。
こんなに私を感動させるお弁当を作り出す手は、手の中を流れる水は、私のと源泉は同じです、きっと。
「食」の面での、「あ・そ・ぼ」の会員の基本姿勢がわかったところで次に「農」の面ではどうでしょう?見てみましょう。
今までは「あ・そ・ぼ」会員の中に農業と真摯に取り組む人が何人かいるなあ・・・程度に認識していた私。今回の総会を見聞きして、はっと気付いたことがあります。
「あ・そ・ぼ」の会員は「共に育ちあう」場の一つに、「畑」あるいは「農地」を大切なものとして組み入れていたのです。
以下に、今回知ったこと〜「農と関係した共育ちの場面」〜を並べてみましょう。
1、会の活動の主軸の一つ、「養護施設の子ども達をサポートする活動」で、「子ども達とするガーデニング」があります。
内容)会員が養護施設を訪問し、施設の一角に作られた畑で、施設の子ども達がガーデニングするのをサポートしています。
2、「里子たちと共に生きる」を実践している佐藤幸雄さんは、農業を営む。「食べるものは自分で作っていこうよ」という生活。一緒に農地で汗を流し自然を相手に模索する中で、里子との触れ合いも深めていった。

30年前に都会から北杜市に移住してきて農業を営む佐藤さん。現在妻と実子2人、里子3人の家族。
3、「あ・そ・ぼ」から派生した「不登校の子ども達の居場所『ひなたぼっこ』」が、居場所として最近借りた家は畑付きです。「古民家を一軒丸ごと貸してくれる人がいて・・・しかも庭付き、畑付きなんです!」と嬉しそうに報告された「ひなたぼっこ」の事務局西岡美紀恵さん。

西岡さんも畑作りがどれほど子ども達の心を健やかにするか、養護施設訪問の豊富な体験から知っています。

3人のコメンテーターと会場からの意見交換も濃密で、時間がまだまだ欲しい夜でした。
以上のように、「共育ちの会あ・そ・ぼ」が今回の総会で、どれほど土地と深く結びついているかがわかり、「今まで私は、この会のほんの表面しか見ていなかったのだなあ」とつくづく。
これからは総会でお弁当食べて、皆の報告に感動するだけじゃなくって、会が根を張っていく長坂の土地に肉薄してリポートしますから、お楽しみに。(山本豊美)
食が真ん中にある
2009-06-04 04:12:56
「食が真ん中にある」。私が今一番フィットしている言葉です。5月26日付け朝日新聞のコラム、精進料理人 棚橋俊夫さんの「いただきます」にあった言葉です。棚橋さんのコラム「いただきます」は読むたびに共感を覚えるのですが、この回のはことに「その通り!」と感じ入って何度も読み返しました。
全文すべて良いことが書かれているので、ここに引用して紹介します。
見出し
社員は会社の宝
本文
ある大会社の担当者に「社員が元気ないんです。うつ病や成人病も増えています。どうしたらよいでしょう」と相談されました。答えは簡単明快、「畑と食です」。過重労働や責任問題などで、ストレスはかさむばかりです。食事や睡眠もままならぬ様子。これが先進国の大会社の実態ですから、いかに皆無理をしているかがわかります。「おたくの社員食堂はおいしいですか」と聞くと、「恥ずかしながら・・・」と困った顔で口を濁しました。
以前から気になっていましたが、会社にとって社員とは何でしょう。社員ひとりひとりの健康こそ、会社の宝だと思います。
米サンフランシスコの刑務所の囚人たちが、畑仕事で野菜と触れ合い、それらを食することで穏やかになり、健康になった、というルポルタージュを読んだことがあります。犯罪に至るまで、野菜など口にしたことがなく、すさんだ生活をしていた彼らが、野菜の力で癒され、社会復帰できたのです。
食生活は人生に大きく影響します。ある年齢を過ぎると「食べることが何より楽しみになる」とだれもが異口同音に言います。食が、人生の、職場の、地域の、そして国の真ん中にあるようにできないのでしょうか。
野菜や果物にあふれた社員食堂で体をきれいにし、週末には家族そろって会社が契約した畑で農作業。こんな毎日を暮らせたら、心から感謝して快活に働けるはずです。野菜によって社員が育てられます。
どうです?夢のある言葉だと思いませんか。
この棚橋さんのコラムが私の胸に深く落ちたのは、私がここに書かれたのと似た経験をしたからです。
私が2年前までパートで勤めていた高齢者福祉施設は、社員食堂の食事が粗末なものでした。私は正社員ではありませんでした(その会社の経営する一事業所の登録ホームヘルパーでした)から、その社員食堂で食事を取るということがなかったので、私自身がその食事を口にしていたわけではありません。
正社員でホームヘルパーをしている人が言っていたのです。「お昼は社員食堂の方で作ったお弁当を持たせてくれるのだけど、不味くてとても食べられたものではないから、それは食べないで(捨てて)、コンビニでお弁当やおむすびを買って食べる。会社に払う食費とコンビニ弁当代と、二重に食費がかかって苦しい」と。
実は、その事業所は以前は別の場所にあって、正社員にだけお弁当を取っていたのです。その頃は事業所が私の家の近くにあったため、訪問介護の仕事の合間に、つまり昼時、よく立ち寄りました。すると丁度、正社員の食事時と重なりました。私もよく一緒のテーブルで、持参したコンビニ弁当を食べたことがあります。
すると、社員の一人が、(前出の人ではなく、他の社員でしたが)私に「私は今、食欲がないから」と言って、自分のお弁当を「食べてくれ」というのです。私は正社員に対しては、また先輩に対しては、何でも素直に対応するようにしていたので、すすめてくれるものを無下に断ることもできずに、自分の持参したお弁当は持ち帰ることにして、そのお弁当を喜んでいるふりをしていただきました。しかし、お世辞にも美味しい物ではありません。「このお弁当が安価なのは、スーパーなどの輸入食材の売れ残り野菜を使って、化学調味料で適当に味付けして作ったんだろうな・・・」などと、自然と想像してしまう程のものなのです。
その正社員が何故こう度々私に、そのお弁当を押し付けるのか、理由がわかるような気がしました。
その後、その介護事業所は経営不振に陥ったため、その土地から撤退し、母体の会社の建物の中に移転しました。それで、正社員のヘルパーさんたちはお弁当業者からお弁当を取るのをやめ、その会社の社員食堂のお弁当を持ち歩くようになったのです。しかるに、前述のように、「とても食えた物ではないから捨てて、コンビニ弁当を買っている」というような声が聞こえるようになったのです。
いろいろあって今、私は別の老人介護施設で働いています。ここは、食事内容が素晴らしい。私のようなパートも社員食堂で正社員と一緒に食事することができます。今の私は以前勤めていた事業所にいたときと打って変わって仕事に誇りを持ってやる気をもっています。
ほんとに、棚橋さんのコラムの通り。「社員は会社の宝」という心は食に反映されるのです。
「食が、人生の、職場の、地域の、そして国の真ん中にあるように・・・」についてこれから折に触れて私も考えていきたいと思います。(山本豊美)
全文すべて良いことが書かれているので、ここに引用して紹介します。
見出し
社員は会社の宝
本文
ある大会社の担当者に「社員が元気ないんです。うつ病や成人病も増えています。どうしたらよいでしょう」と相談されました。答えは簡単明快、「畑と食です」。過重労働や責任問題などで、ストレスはかさむばかりです。食事や睡眠もままならぬ様子。これが先進国の大会社の実態ですから、いかに皆無理をしているかがわかります。「おたくの社員食堂はおいしいですか」と聞くと、「恥ずかしながら・・・」と困った顔で口を濁しました。
以前から気になっていましたが、会社にとって社員とは何でしょう。社員ひとりひとりの健康こそ、会社の宝だと思います。
米サンフランシスコの刑務所の囚人たちが、畑仕事で野菜と触れ合い、それらを食することで穏やかになり、健康になった、というルポルタージュを読んだことがあります。犯罪に至るまで、野菜など口にしたことがなく、すさんだ生活をしていた彼らが、野菜の力で癒され、社会復帰できたのです。
食生活は人生に大きく影響します。ある年齢を過ぎると「食べることが何より楽しみになる」とだれもが異口同音に言います。食が、人生の、職場の、地域の、そして国の真ん中にあるようにできないのでしょうか。
野菜や果物にあふれた社員食堂で体をきれいにし、週末には家族そろって会社が契約した畑で農作業。こんな毎日を暮らせたら、心から感謝して快活に働けるはずです。野菜によって社員が育てられます。
どうです?夢のある言葉だと思いませんか。
この棚橋さんのコラムが私の胸に深く落ちたのは、私がここに書かれたのと似た経験をしたからです。
私が2年前までパートで勤めていた高齢者福祉施設は、社員食堂の食事が粗末なものでした。私は正社員ではありませんでした(その会社の経営する一事業所の登録ホームヘルパーでした)から、その社員食堂で食事を取るということがなかったので、私自身がその食事を口にしていたわけではありません。
正社員でホームヘルパーをしている人が言っていたのです。「お昼は社員食堂の方で作ったお弁当を持たせてくれるのだけど、不味くてとても食べられたものではないから、それは食べないで(捨てて)、コンビニでお弁当やおむすびを買って食べる。会社に払う食費とコンビニ弁当代と、二重に食費がかかって苦しい」と。
実は、その事業所は以前は別の場所にあって、正社員にだけお弁当を取っていたのです。その頃は事業所が私の家の近くにあったため、訪問介護の仕事の合間に、つまり昼時、よく立ち寄りました。すると丁度、正社員の食事時と重なりました。私もよく一緒のテーブルで、持参したコンビニ弁当を食べたことがあります。
すると、社員の一人が、(前出の人ではなく、他の社員でしたが)私に「私は今、食欲がないから」と言って、自分のお弁当を「食べてくれ」というのです。私は正社員に対しては、また先輩に対しては、何でも素直に対応するようにしていたので、すすめてくれるものを無下に断ることもできずに、自分の持参したお弁当は持ち帰ることにして、そのお弁当を喜んでいるふりをしていただきました。しかし、お世辞にも美味しい物ではありません。「このお弁当が安価なのは、スーパーなどの輸入食材の売れ残り野菜を使って、化学調味料で適当に味付けして作ったんだろうな・・・」などと、自然と想像してしまう程のものなのです。
その正社員が何故こう度々私に、そのお弁当を押し付けるのか、理由がわかるような気がしました。
その後、その介護事業所は経営不振に陥ったため、その土地から撤退し、母体の会社の建物の中に移転しました。それで、正社員のヘルパーさんたちはお弁当業者からお弁当を取るのをやめ、その会社の社員食堂のお弁当を持ち歩くようになったのです。しかるに、前述のように、「とても食えた物ではないから捨てて、コンビニ弁当を買っている」というような声が聞こえるようになったのです。
いろいろあって今、私は別の老人介護施設で働いています。ここは、食事内容が素晴らしい。私のようなパートも社員食堂で正社員と一緒に食事することができます。今の私は以前勤めていた事業所にいたときと打って変わって仕事に誇りを持ってやる気をもっています。
ほんとに、棚橋さんのコラムの通り。「社員は会社の宝」という心は食に反映されるのです。
「食が、人生の、職場の、地域の、そして国の真ん中にあるように・・・」についてこれから折に触れて私も考えていきたいと思います。(山本豊美)
たまには伊豆でリフレッシュ
2009-06-02 06:52:43
「たまには行きたいな」って思うところ、それは伊豆。先月末、女3人で出かけました。一人が伊豆稲取に何度か滞在したことがあるので、ナビになってくれました。お陰で私は伊豆のいろんな魅力を再発見!「こんなこと知っていました?」って世間の皆様に宣伝したくなり、勝手に今回、伊豆稲取温泉周辺の応援団になることにしました。さあ、伊豆の魅力を知ってください!
伊豆発見
1、伊豆熱川温泉はとても湯量豊富です!

噴湯の櫓が温泉街あちこちに見られます。これは「伊豆熱川駅」前にある噴湯の櫓。

駅前に設けられた足湯の設備。温泉好きな連れは早速足を漬けていました。
2、稲取港の朝市の「あら汁」は美味しいです!

「金目鯛」の頭やヒレを煮込んだ粗汁(あらじる)。無料で食べさせてくれます。コクのある味噌汁で、「さすが漁師町の人はグルメだなぁ・・・こんな美味しいものを毎日のように食べているなんて!」と思ってしまいます。

お魚を焼いて試食させてくれます。香ばしい匂いに抗することはできません。特に稲取名物「金目鯛の味噌漬け」は垂涎もの。
3、稲取港の朝市には山の幸も豊富に出ます!

私の大好きな筍が出ていました「マタケ」の筍は孟宗竹の筍より美味しいという人もいますが、その「マタケ」が。

果実も豊富なのです。甘夏やサマーオレンジは甘味ものって美味しかったなあ。

伊豆といえばワサビ。わさび漬け。ああ、これをのっけて熱々ご飯が食べたい!
4、どんつく通りのお魚屋さんの周りはのんびりムードいっぱい!

稲取港から徒歩20分ばかりの「どんつく通り」にあるお魚屋さん。
連れがここの「金目鯛の味噌漬け」ファン。連れが魚を買っている間に見かけたお店のイラスト。この魚屋さんのある道端にのんびりと近所の人たちが座って話したり立ち止まったリしている様子が、イラストそのままで笑える。
5、伊豆急「リゾート21黒船電車」は展望シートがあって海を眺められます!

伊豆の旅を締めくくる展望電車。幕末、下田に黒船が立ち寄ったことや、当時の日本人の様子なども車内の展示物で勉強できます。「次は黒船電車で是非下田まで行きたい!」という思いを湧きおこさせる演出です。

伊豆急「リゾート21黒船電車」の展望シートに座ると目の前に伊豆の海が・・・。
どうです?みな、すでにご存知のことばかりだったでしょうか?それでしたら私ばかりが初体験でウキウキしていたのですね。でも伊豆はまだまだ奥が深いです。住めたらどんなに良いだろう・・・なんて夢想してしまいます。伊豆よこのまま、いや更に美しく豊かであれ。(山本豊美)
伊豆発見
1、伊豆熱川温泉はとても湯量豊富です!

噴湯の櫓が温泉街あちこちに見られます。これは「伊豆熱川駅」前にある噴湯の櫓。

駅前に設けられた足湯の設備。温泉好きな連れは早速足を漬けていました。
2、稲取港の朝市の「あら汁」は美味しいです!

「金目鯛」の頭やヒレを煮込んだ粗汁(あらじる)。無料で食べさせてくれます。コクのある味噌汁で、「さすが漁師町の人はグルメだなぁ・・・こんな美味しいものを毎日のように食べているなんて!」と思ってしまいます。

お魚を焼いて試食させてくれます。香ばしい匂いに抗することはできません。特に稲取名物「金目鯛の味噌漬け」は垂涎もの。
3、稲取港の朝市には山の幸も豊富に出ます!

私の大好きな筍が出ていました「マタケ」の筍は孟宗竹の筍より美味しいという人もいますが、その「マタケ」が。

果実も豊富なのです。甘夏やサマーオレンジは甘味ものって美味しかったなあ。

伊豆といえばワサビ。わさび漬け。ああ、これをのっけて熱々ご飯が食べたい!
4、どんつく通りのお魚屋さんの周りはのんびりムードいっぱい!

稲取港から徒歩20分ばかりの「どんつく通り」にあるお魚屋さん。
連れがここの「金目鯛の味噌漬け」ファン。連れが魚を買っている間に見かけたお店のイラスト。この魚屋さんのある道端にのんびりと近所の人たちが座って話したり立ち止まったリしている様子が、イラストそのままで笑える。
5、伊豆急「リゾート21黒船電車」は展望シートがあって海を眺められます!

伊豆の旅を締めくくる展望電車。幕末、下田に黒船が立ち寄ったことや、当時の日本人の様子なども車内の展示物で勉強できます。「次は黒船電車で是非下田まで行きたい!」という思いを湧きおこさせる演出です。

伊豆急「リゾート21黒船電車」の展望シートに座ると目の前に伊豆の海が・・・。
どうです?みな、すでにご存知のことばかりだったでしょうか?それでしたら私ばかりが初体験でウキウキしていたのですね。でも伊豆はまだまだ奥が深いです。住めたらどんなに良いだろう・・・なんて夢想してしまいます。伊豆よこのまま、いや更に美しく豊かであれ。(山本豊美)
竹林でキャンドルナイト
2009-05-24 05:42:31
のんびる6月号に掲載されています「NPO法人つるがしま里山サポートクラブ」の6月の活動「キャンドルナイト」をブログでも紹介させてください。
山本が「NPO法人つるがしま里山サポートクラブ」を取材するため鶴ヶ島市の「五味ヶ谷市民の森」を訪問したのは3月15日日曜日。快晴で暑いくらい。
「キャンドルナイト」開催場所に予定された竹林は小さな「市民の森」の中の真ん中にありました。住宅地の中で、鶴ヶ島市東公民館に隣接した場所。気軽に足を運ぶことの出来る場所ということが最初の魅力ポイントです。
竹林の中を歩くと足裏に土のやわらかさが感じられ、吹き抜ける風は涼しく、気持ちはもう6月の夜の竹林で過ごす「キャンドルナイト」に飛んで行きました。

この竹林に、ろうそくの灯りがそこかしこに置かれて夢幻的な夜が生まれるのです。
「NPO法人つるがしま里山サポートクラブ」の事務局 吉井優(よしい すぐる)さんが案内してくださいました。
吉井さんのお話によると「キャンドルナイト」は「つるがしま里山サポートクラブ」がここ数年、恒例にしているイベントで、以前はもっと大きな「市民の森」を開催地にして、ホタルを放したりして好評。リピーターが増えているとのこと。ちなみに鶴ヶ島市には「市民の森」が7箇所あります。ただ、大きな森となると住宅地から離れてしまうので、気軽に足を運ぶというわけには行かなかったようです。
鶴ヶ島市に委託されて「市民の森」の保存・育成に携わっている「つるがしま里山サポートクラブ」。メンバーはリタイアした中高年の男性中心で、普段は地味な森の整備作業などをボランティアでされています。
会員の願いは、「子ども達が森で遊び、自然と親しむ姿をずっと残していきたい」ということ。ですから、会を応援する人たちも学童保育の集まりなど広い世代にわたります。子ども達ヶ森の中で活き活きした表情をするのを見るのが吉井さんたち「里山サポートクラブ」の会員のやる気の源泉みたいです。
6月21日(日)19:00〜「キャンドルナイト」が開催されます。竹の灯篭作りから体験したい方は13:00〜。
場所:埼玉県鶴ヶ島市五味ヶ谷市民の森
参加費:500円
雨天の場合、東公民館の館内で行います。
申し込み・問い合わせ
電話049−287−6037(小澤)
追記
取材に伺ったこの日、東公民館で、鶴ヶ島市のいろんなコミュニティーサークルが一同に会して、お祭りをやっていました。模擬店もいっぱい出ていましたし、舞台では各団体の紹介やら交流やらあって賑やかでした。

吉井さんが「鶴ヶ島市は学童保育などの子育て支援のボランティアグループが元気なのです」と言っていた言葉どおり、このお祭りに大勢参加していた子ども達と、その周囲の大人たちが、私には、ちょっと近頃他所では見たことがない活発な様子であったことに感動しました。

紙芝居のおじさんも懐かしい光景。おじさんの風体や語りのうまさもさることながら、その前で座り込んで目を見開いてじっと聞き入っていた子ども達の様子にも驚きました。今でも、子ども達は紙芝居の面白さをちゃんと受け止めるのです。
鶴ヶ島市って子育てにうってつけな町だなあ〜。(山本豊美)
山本が「NPO法人つるがしま里山サポートクラブ」を取材するため鶴ヶ島市の「五味ヶ谷市民の森」を訪問したのは3月15日日曜日。快晴で暑いくらい。
「キャンドルナイト」開催場所に予定された竹林は小さな「市民の森」の中の真ん中にありました。住宅地の中で、鶴ヶ島市東公民館に隣接した場所。気軽に足を運ぶことの出来る場所ということが最初の魅力ポイントです。
竹林の中を歩くと足裏に土のやわらかさが感じられ、吹き抜ける風は涼しく、気持ちはもう6月の夜の竹林で過ごす「キャンドルナイト」に飛んで行きました。

この竹林に、ろうそくの灯りがそこかしこに置かれて夢幻的な夜が生まれるのです。
「NPO法人つるがしま里山サポートクラブ」の事務局 吉井優(よしい すぐる)さんが案内してくださいました。
吉井さんのお話によると「キャンドルナイト」は「つるがしま里山サポートクラブ」がここ数年、恒例にしているイベントで、以前はもっと大きな「市民の森」を開催地にして、ホタルを放したりして好評。リピーターが増えているとのこと。ちなみに鶴ヶ島市には「市民の森」が7箇所あります。ただ、大きな森となると住宅地から離れてしまうので、気軽に足を運ぶというわけには行かなかったようです。
鶴ヶ島市に委託されて「市民の森」の保存・育成に携わっている「つるがしま里山サポートクラブ」。メンバーはリタイアした中高年の男性中心で、普段は地味な森の整備作業などをボランティアでされています。
会員の願いは、「子ども達が森で遊び、自然と親しむ姿をずっと残していきたい」ということ。ですから、会を応援する人たちも学童保育の集まりなど広い世代にわたります。子ども達ヶ森の中で活き活きした表情をするのを見るのが吉井さんたち「里山サポートクラブ」の会員のやる気の源泉みたいです。
6月21日(日)19:00〜「キャンドルナイト」が開催されます。竹の灯篭作りから体験したい方は13:00〜。
場所:埼玉県鶴ヶ島市五味ヶ谷市民の森
参加費:500円
雨天の場合、東公民館の館内で行います。
申し込み・問い合わせ
電話049−287−6037(小澤)
追記
取材に伺ったこの日、東公民館で、鶴ヶ島市のいろんなコミュニティーサークルが一同に会して、お祭りをやっていました。模擬店もいっぱい出ていましたし、舞台では各団体の紹介やら交流やらあって賑やかでした。

吉井さんが「鶴ヶ島市は学童保育などの子育て支援のボランティアグループが元気なのです」と言っていた言葉どおり、このお祭りに大勢参加していた子ども達と、その周囲の大人たちが、私には、ちょっと近頃他所では見たことがない活発な様子であったことに感動しました。

紙芝居のおじさんも懐かしい光景。おじさんの風体や語りのうまさもさることながら、その前で座り込んで目を見開いてじっと聞き入っていた子ども達の様子にも驚きました。今でも、子ども達は紙芝居の面白さをちゃんと受け止めるのです。
鶴ヶ島市って子育てにうってつけな町だなあ〜。(山本豊美)
ホタル鑑賞会に行きませんか?
2009-05-22 13:01:47
最近日本で、ホタルを見られる地域が復活した話をたくさん聞きます。子どもの頃、自宅近くの川で蛍狩りをした思い出を愛しんでいる私には、嬉しい限り。
一昨年このブログで神奈川県相模原市藤野町にある「篠原の里」で開催された「ホタル観賞の夕べ」に参加しての様子をお伝えしました。そこは毎年恒例で開催していますが、今回紹介するのは山梨県内での「ホタル観賞の夕べ」。
6月9日〜21日にかけて山梨市にある根津記念館で開催されます。
根津記念館は昨年(2008年)10月にオープンしたばかり。広大な庭園もさりながら、記念館の収蔵品やイベントにも興味が湧きます。ホタル観賞会の開催される期間、記念館の開館時間を夜9時まで延長するとのお知らせを目にして、今からわくわくです。夕方に近い時間に行って、記念館内をゆっくり見学して、そのまま庭園でのホタル観賞に持ち込めるし、館見学という珍しい体験もできるのですから。
根津記念館については山梨市の観光課のホームから。
一昨年このブログで神奈川県相模原市藤野町にある「篠原の里」で開催された「ホタル観賞の夕べ」に参加しての様子をお伝えしました。そこは毎年恒例で開催していますが、今回紹介するのは山梨県内での「ホタル観賞の夕べ」。
6月9日〜21日にかけて山梨市にある根津記念館で開催されます。
根津記念館は昨年(2008年)10月にオープンしたばかり。広大な庭園もさりながら、記念館の収蔵品やイベントにも興味が湧きます。ホタル観賞会の開催される期間、記念館の開館時間を夜9時まで延長するとのお知らせを目にして、今からわくわくです。夕方に近い時間に行って、記念館内をゆっくり見学して、そのまま庭園でのホタル観賞に持ち込めるし、館見学という珍しい体験もできるのですから。
根津記念館については山梨市の観光課のホームから。
少女の友復刊に思う
2009-05-20 03:50:22
最近本の復刻が目につきますが、「少女の友」の復刻はそのブームの白眉でありましょう。創刊100周年記念号を一冊だけ復活させました。大好評でたちまち5刷に至ったということです。
私も先日、近くの書店に平積みされているのを手にとって見ました。たちまち懐かしい、少女期にタイムスリップしたような気分になりました。
「少女の友」は明治41年に創刊され、昭和30年に終刊という歴史を持ちます。私が生まれた年に終刊したものですから、私は購読した世代ではありません。ですが今回手にとって見ずにいられなかったのは、「もしや・・・出会えるのでは?」というある人の名前を求めてのことでした。そして、出会えました。「辰巳まさえ」という名前に。
ああ、現代はなんて便利な世の中なのでしょう。「少女の友」復刊がなければ、「辰巳まさえ」という名前は、私の記憶の扉の向こうでしまいこまれたまま、死ぬまで思い出すことはなかったに違いないからです。
私は少女の頃より本を読むのが好きでしたが、綺麗な少女の出てくる挿絵がある本が特に好きでした。本を選ぶとき、まず本の題名に興味を持って手に取るのですが、購入する動機は断然「挿絵が気に入ったかどうか」でした。辰巳まさえの挿絵に出合ったのもそんな頃。「制服の処女」という本の表題に興味を持ち、本をパラパラめくってみているうちに、素敵な少女の挿絵が幾つもあつたのですっかり気に入って、その本を買ったのでした。
今でも私が100年くらい昔の西洋の少女の姿の画や映画をコレクションしたいと思うのは、多分、「制服の処女」の辰巳まさえの画が原点にあるからではないかしら、と思っています。(この本は、もしかしたら私の実家の物置に今でも眠っているのかも知れません・・・)
復刊した「少女の友」に辰巳まさえの名前が載っていて、私の少女期に立ち戻らせてくれたことは本当に嬉しかったけれど、彼女の画は載っていませんでした。
辰巳まさえという人が、「制服の処女」の挿絵の他にどんな画を描き、どういう生涯を送った人なのか、せっかく名前に再会したこの機に、詳しく知りたいものだという思いが強く湧き上がりました。
インターネットで検索しましたところ、日本で「辰巳まさえ」を知っている、「少女期、その画が好きでした」という女性が2名いるということがわかりました。
いやあ、インターネットも便利なものですねえ。
情報としては今のところそれだけを得ました。
個人的なお願いで恐縮ですが、もしこのブログを読まれた方で、画家辰巳まさえについて何かご存知の方がおられましたらお知らせください。(山本豊美)
私も先日、近くの書店に平積みされているのを手にとって見ました。たちまち懐かしい、少女期にタイムスリップしたような気分になりました。
「少女の友」は明治41年に創刊され、昭和30年に終刊という歴史を持ちます。私が生まれた年に終刊したものですから、私は購読した世代ではありません。ですが今回手にとって見ずにいられなかったのは、「もしや・・・出会えるのでは?」というある人の名前を求めてのことでした。そして、出会えました。「辰巳まさえ」という名前に。
ああ、現代はなんて便利な世の中なのでしょう。「少女の友」復刊がなければ、「辰巳まさえ」という名前は、私の記憶の扉の向こうでしまいこまれたまま、死ぬまで思い出すことはなかったに違いないからです。
私は少女の頃より本を読むのが好きでしたが、綺麗な少女の出てくる挿絵がある本が特に好きでした。本を選ぶとき、まず本の題名に興味を持って手に取るのですが、購入する動機は断然「挿絵が気に入ったかどうか」でした。辰巳まさえの挿絵に出合ったのもそんな頃。「制服の処女」という本の表題に興味を持ち、本をパラパラめくってみているうちに、素敵な少女の挿絵が幾つもあつたのですっかり気に入って、その本を買ったのでした。
今でも私が100年くらい昔の西洋の少女の姿の画や映画をコレクションしたいと思うのは、多分、「制服の処女」の辰巳まさえの画が原点にあるからではないかしら、と思っています。(この本は、もしかしたら私の実家の物置に今でも眠っているのかも知れません・・・)
復刊した「少女の友」に辰巳まさえの名前が載っていて、私の少女期に立ち戻らせてくれたことは本当に嬉しかったけれど、彼女の画は載っていませんでした。
辰巳まさえという人が、「制服の処女」の挿絵の他にどんな画を描き、どういう生涯を送った人なのか、せっかく名前に再会したこの機に、詳しく知りたいものだという思いが強く湧き上がりました。
インターネットで検索しましたところ、日本で「辰巳まさえ」を知っている、「少女期、その画が好きでした」という女性が2名いるということがわかりました。
いやあ、インターネットも便利なものですねえ。
情報としては今のところそれだけを得ました。
個人的なお願いで恐縮ですが、もしこのブログを読まれた方で、画家辰巳まさえについて何かご存知の方がおられましたらお知らせください。(山本豊美)
小菅村から
2009-05-17 14:55:41
前回お伝えした山梨県小菅村に活動拠点を持つ「NPO法人自然文化誌研究会」関連の情報を再び。
大型連休の中日、5月4日に「第23回多摩源流まつり」に出かけてきました。東京都民の飲料水の源、多摩川。多摩川の源流域小菅村で毎年、5月初めの若葉の時期に開催されるお祭りです。「水と火と味の祭典」と銘打つとおり、多摩川のせせらぎ耳にしながらのお祭り会場には、昼間は美味しい小菅村の特産物が店を連ね、まつり客の舌を思う存分満足させますし、夜は大松明の炎と花火とが目を奪わせるのです。一口で言って、人口9000人の村でするには無理無体な、豪華なお祭りなのです。これも「東京都民の命を支える水がめの村だから」という矜持が、この豪華なまつりを存続させているのでしょうか・・・。
それはさておき、そのまつりに出かけて、朝、小菅村のお土産店に立ち寄りました。小菅の湯と隣り合わせた広い駐車場を持つ特産品取り扱い所です。そこで目新しい建物を発見!
「モデルハウス」です。

「モデルハウス」といっても人が生活できる場所ではありません。もっぱら駐車する車の日よけに使われているような、いわば屋根です。ま新しく、木の香りがしてくるような建物なので、近寄って見ました。
すると、横に建て看板がおいてあり、いろいろと書かれていました。

この写真で判読するのは大変なので、説明文を以下にに紹介しますね。
{多摩源流域の小菅村。この地に植栽されたスギ・ヒノキなどは成熟期を迎えつつあるが、その大半が利用されることなく深い眠りについている。総務省が進める「源流元気再生」において「源流の木で家を造る活動」や「木づかい保健室プロジェクト」に取り組んで、多摩川流域で源流材の活用を進めてきたこの建物は源流材のモデルハウスを地元に展示することによって源流材の良さをピーアールし、源流材の普及を測ることを目的としている。}と書かれていました。
なるほど、「多摩川の源流材を使おうよ!」と広告塔なのですね。「無垢の木を使った豪華な駐車場やねか?」と思った私はなんと浅はかな。
それにしても、「スギ・ヒノキが成熟期を迎えつつあるが、その大半が利用されることなく深い眠りについている・・・」という字句には胸が痛みます。
「国産材を使おう!」という運動が日本全国あちこちに起きていることは知っていましたが、なかなか普及は難しいのでしょうか。
そのうちに木たちは成熟し、老いて朽ち果ててしまうのでしょうか・・・。ああ、何とか活用して欲しい、と思わずにはいられません。
さて、一方、小菅村で、こうした課題に明るい光りをあてるプロジェクトが進んでいます。「NPO法人自然文化誌研究会」が、活動拠点の一つにしているキャンプ場にログハウスを建築中なのです。こちらは「NPO法人自然文化誌・・・」のホームページでご覧下さい。
私も、4日の「多摩源流まつり」を楽しむ合間に、そのログハウスを見てきました。もう90パーセント完成に近い状態でした。このログハウスの材料は小菅村の木をたくさん活用した(秩父の山の木も使っているとのことですが)のは無論のこと。建築に携わった人も小菅在住の人達や、近隣の多摩地域から駆けつけたボランティアの人たちによって建てられています。
一昨年、このNPOの主催する「真夏のキャンプ」の模様を当ブログでもお伝えしました。あの時はテントをいくつか張って行ったキャンプ。今年の真夏のキャンプはテントもあるけど、木の香りも新しい、このログハウスがキャンプ客を迎えてくれることでしょう。
小菅村の真夏のキャンプに行ってみませんか?
「やまめキャンプ」は8月8日〜9日。
「イワナキャンプ」は8月9日〜10日。
お問い合わせは「NPO法人自然文化誌研究会」事務局へ。ホームページ参照の程。(山本豊美)
大型連休の中日、5月4日に「第23回多摩源流まつり」に出かけてきました。東京都民の飲料水の源、多摩川。多摩川の源流域小菅村で毎年、5月初めの若葉の時期に開催されるお祭りです。「水と火と味の祭典」と銘打つとおり、多摩川のせせらぎ耳にしながらのお祭り会場には、昼間は美味しい小菅村の特産物が店を連ね、まつり客の舌を思う存分満足させますし、夜は大松明の炎と花火とが目を奪わせるのです。一口で言って、人口9000人の村でするには無理無体な、豪華なお祭りなのです。これも「東京都民の命を支える水がめの村だから」という矜持が、この豪華なまつりを存続させているのでしょうか・・・。
それはさておき、そのまつりに出かけて、朝、小菅村のお土産店に立ち寄りました。小菅の湯と隣り合わせた広い駐車場を持つ特産品取り扱い所です。そこで目新しい建物を発見!
「モデルハウス」です。

「モデルハウス」といっても人が生活できる場所ではありません。もっぱら駐車する車の日よけに使われているような、いわば屋根です。ま新しく、木の香りがしてくるような建物なので、近寄って見ました。
すると、横に建て看板がおいてあり、いろいろと書かれていました。

この写真で判読するのは大変なので、説明文を以下にに紹介しますね。
{多摩源流域の小菅村。この地に植栽されたスギ・ヒノキなどは成熟期を迎えつつあるが、その大半が利用されることなく深い眠りについている。総務省が進める「源流元気再生」において「源流の木で家を造る活動」や「木づかい保健室プロジェクト」に取り組んで、多摩川流域で源流材の活用を進めてきたこの建物は源流材のモデルハウスを地元に展示することによって源流材の良さをピーアールし、源流材の普及を測ることを目的としている。}と書かれていました。
なるほど、「多摩川の源流材を使おうよ!」と広告塔なのですね。「無垢の木を使った豪華な駐車場やねか?」と思った私はなんと浅はかな。
それにしても、「スギ・ヒノキが成熟期を迎えつつあるが、その大半が利用されることなく深い眠りについている・・・」という字句には胸が痛みます。
「国産材を使おう!」という運動が日本全国あちこちに起きていることは知っていましたが、なかなか普及は難しいのでしょうか。
そのうちに木たちは成熟し、老いて朽ち果ててしまうのでしょうか・・・。ああ、何とか活用して欲しい、と思わずにはいられません。
さて、一方、小菅村で、こうした課題に明るい光りをあてるプロジェクトが進んでいます。「NPO法人自然文化誌研究会」が、活動拠点の一つにしているキャンプ場にログハウスを建築中なのです。こちらは「NPO法人自然文化誌・・・」のホームページでご覧下さい。
私も、4日の「多摩源流まつり」を楽しむ合間に、そのログハウスを見てきました。もう90パーセント完成に近い状態でした。このログハウスの材料は小菅村の木をたくさん活用した(秩父の山の木も使っているとのことですが)のは無論のこと。建築に携わった人も小菅在住の人達や、近隣の多摩地域から駆けつけたボランティアの人たちによって建てられています。
一昨年、このNPOの主催する「真夏のキャンプ」の模様を当ブログでもお伝えしました。あの時はテントをいくつか張って行ったキャンプ。今年の真夏のキャンプはテントもあるけど、木の香りも新しい、このログハウスがキャンプ客を迎えてくれることでしょう。
小菅村の真夏のキャンプに行ってみませんか?
「やまめキャンプ」は8月8日〜9日。
「イワナキャンプ」は8月9日〜10日。
お問い合わせは「NPO法人自然文化誌研究会」事務局へ。ホームページ参照の程。(山本豊美)
野人にチャレンジin小菅村
2009-05-09 14:48:53
山梨県小菅村に活動拠点を持つ「NPO法人自然文化誌研究会」が連休中開催したイベント、野人(のびと)講座「野草の天ぷらとお茶つみ」を体験してきました。
大型連休初日の4月29日。場所は東京都小金井市にある東京学芸大学環境教育実践施設。
よく晴れ渡った空の下、施設に付随した畑で、まずはお茶摘みから。野人(のびと)講座というからには参加者はワイルドなキッズが多いのかな・・・と思って来ましたら、意外や参加者はおしとやかな若い女性が多かったです。

お茶摘み娘達。

柔らかなみずみずしいお茶の葉。さわつているだけで心が優しくなるような・・・。

皆でビクに二つ分摘み取りました。

摘んだお茶の葉は、すぐに蒸し器で蒸します。次に乾燥させます。

和紙を張られた木箱の下からヒーターで熱を送り箱を熱します。その箱に蒸した茶葉をいれ、手で揉みます。次第に茶葉が乾燥し、丸まってきました。夏を思わせる炎天下、茶葉を手でこねて乾燥させる人たちは次第に汗だく・・・。

茶葉こね班が汗を流している間に、野草摘み班は学芸大の構内の敷地を散策して食べられる野草を摘み歩きました。
春のみ出てくる「編み笠ダケ」というキノコを一番ねらいの野草摘みでしたが、キノコにはめぐり合えませんでした。キノコに詳しいメンバーの話では「今年は春先、雨が少なかったので出てこなかったのですね」ということでした。それでも野草の収穫はこんなに。

野草も花も、食べられるものが多いことに驚きました。タンポポ・桜の花・ユキノシタなどなど。収穫した野草を天ぷらにしていただきました。
その間にも「茶葉こね班」は交代しながら延々とこね作業を続けています。3時間経過。乾燥してお茶ッパらしくなってきました。辺りに茶の香りも漂います。

こね始めて3時間30分ほどで、乾燥しきったお茶が出来上がりました。
この日の参加者は50名程。学生さんが多く、お茶作りの行程をこの野人(のびと)講座で初めて知ったという人たちばかりでした。
「NPO法人自然文化誌研究会」の「野草の天ぷらとお茶つみ」は毎年この時期に行われています。JR「国分寺」下車徒歩20分の場所でこんな体験ができるのですから、余裕の日帰り。お茶のお土産片手に帰れます。
「自然文化誌研究会」の「野人(のびと)講座」は4月、このイベントに先立ち、山梨県小菅村で「味噌作り」や「山菜と新緑を楽しむ会」などがもたれています。毎年恒例ですので、心に留めておいて来年の春に参加されてはいかがでしょうか。(山本豊美)
大型連休初日の4月29日。場所は東京都小金井市にある東京学芸大学環境教育実践施設。
よく晴れ渡った空の下、施設に付随した畑で、まずはお茶摘みから。野人(のびと)講座というからには参加者はワイルドなキッズが多いのかな・・・と思って来ましたら、意外や参加者はおしとやかな若い女性が多かったです。

お茶摘み娘達。

柔らかなみずみずしいお茶の葉。さわつているだけで心が優しくなるような・・・。

皆でビクに二つ分摘み取りました。

摘んだお茶の葉は、すぐに蒸し器で蒸します。次に乾燥させます。

和紙を張られた木箱の下からヒーターで熱を送り箱を熱します。その箱に蒸した茶葉をいれ、手で揉みます。次第に茶葉が乾燥し、丸まってきました。夏を思わせる炎天下、茶葉を手でこねて乾燥させる人たちは次第に汗だく・・・。

茶葉こね班が汗を流している間に、野草摘み班は学芸大の構内の敷地を散策して食べられる野草を摘み歩きました。
春のみ出てくる「編み笠ダケ」というキノコを一番ねらいの野草摘みでしたが、キノコにはめぐり合えませんでした。キノコに詳しいメンバーの話では「今年は春先、雨が少なかったので出てこなかったのですね」ということでした。それでも野草の収穫はこんなに。

野草も花も、食べられるものが多いことに驚きました。タンポポ・桜の花・ユキノシタなどなど。収穫した野草を天ぷらにしていただきました。
その間にも「茶葉こね班」は交代しながら延々とこね作業を続けています。3時間経過。乾燥してお茶ッパらしくなってきました。辺りに茶の香りも漂います。

こね始めて3時間30分ほどで、乾燥しきったお茶が出来上がりました。
この日の参加者は50名程。学生さんが多く、お茶作りの行程をこの野人(のびと)講座で初めて知ったという人たちばかりでした。
「NPO法人自然文化誌研究会」の「野草の天ぷらとお茶つみ」は毎年この時期に行われています。JR「国分寺」下車徒歩20分の場所でこんな体験ができるのですから、余裕の日帰り。お茶のお土産片手に帰れます。
「自然文化誌研究会」の「野人(のびと)講座」は4月、このイベントに先立ち、山梨県小菅村で「味噌作り」や「山菜と新緑を楽しむ会」などがもたれています。毎年恒例ですので、心に留めておいて来年の春に参加されてはいかがでしょうか。(山本豊美)
続・山梨に行こう
2009-04-18 13:28:19
近づく大型連休のプランを考案中の方に。山菜採りに出かけませんか?
2007年4月8日付け当ブログで紹介しました「山中湖交流プラザきらら」が山菜採りツァーを企画しています。参加費など詳細はここ。山菜は素人には食べて安全なものか、見分けが付きにくいですよね。このツァーは山中湖在住のベテランインストラクターが案内して食べられる山菜を教えてくれるので安心です。内容も「キノコ(なめこ)の菌の植え付け体験」もあって、夜は採取した山菜を天ぷらなどに料理したものをいただく「山菜パーティー」があり、まさに山菜三昧。ツァーの実施日は4月18日から5月半ばまで。予約が必要です。
山菜取りに行かずして、里山の自然を楽しみながら山菜を食べたい方、山梨市で行われる「菜の花と山菜祭り」(4月26日日曜日)はいかがですか。咲き乱れる菜の花畑の中で旬の山菜が食べられます。こちらは予約不要です。こちらの問い合わせ→山梨市観光協会。電話0553−20−1400
ついでに、連休より向こうのイベントになりますが、同じ山梨市で「ホタル鑑賞会」があります。6月9日〜21日。根津記念館の庭園を散策しながら観賞するホタルは、雅な雰囲気があることでしょう。根津記念館の開館時間を夜9時まで延長するのでゆったりと観賞できます。
こちらの問い合わせ→山梨市役所観光課。電話0553−20−1400
最後に山梨市の「ふるさと市民」制度をご紹介します。山梨市を「心のふるさと」として愛着と興味を抱き、応援していただくための制度だそうです。四季折々の自然の魅力、イベントなどの情報をお届けするとともに、訪れていただいた際のお得な特典を用意しているとのこと。無料で登録できるそうです。詳細はここをクリックして。
こちらのお問い合わせ→山梨市役所 総合政策課制作推進担当
電話0553−22−1111
さあこれから風薫る五月、東京近郊の里山があなたを待っていますよ!(山本豊美)
2007年4月8日付け当ブログで紹介しました「山中湖交流プラザきらら」が山菜採りツァーを企画しています。参加費など詳細はここ。山菜は素人には食べて安全なものか、見分けが付きにくいですよね。このツァーは山中湖在住のベテランインストラクターが案内して食べられる山菜を教えてくれるので安心です。内容も「キノコ(なめこ)の菌の植え付け体験」もあって、夜は採取した山菜を天ぷらなどに料理したものをいただく「山菜パーティー」があり、まさに山菜三昧。ツァーの実施日は4月18日から5月半ばまで。予約が必要です。
山菜取りに行かずして、里山の自然を楽しみながら山菜を食べたい方、山梨市で行われる「菜の花と山菜祭り」(4月26日日曜日)はいかがですか。咲き乱れる菜の花畑の中で旬の山菜が食べられます。こちらは予約不要です。こちらの問い合わせ→山梨市観光協会。電話0553−20−1400
ついでに、連休より向こうのイベントになりますが、同じ山梨市で「ホタル鑑賞会」があります。6月9日〜21日。根津記念館の庭園を散策しながら観賞するホタルは、雅な雰囲気があることでしょう。根津記念館の開館時間を夜9時まで延長するのでゆったりと観賞できます。
こちらの問い合わせ→山梨市役所観光課。電話0553−20−1400
最後に山梨市の「ふるさと市民」制度をご紹介します。山梨市を「心のふるさと」として愛着と興味を抱き、応援していただくための制度だそうです。四季折々の自然の魅力、イベントなどの情報をお届けするとともに、訪れていただいた際のお得な特典を用意しているとのこと。無料で登録できるそうです。詳細はここをクリックして。
こちらのお問い合わせ→山梨市役所 総合政策課制作推進担当
電話0553−22−1111
さあこれから風薫る五月、東京近郊の里山があなたを待っていますよ!(山本豊美)
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プロフィール
| 名前 | リポーター: 山本 豊美 |
|---|---|
| 自己紹介 | 農業の後継者不足、過疎化、地場産業の活性化という課題は、セカンドステージ世代の参加や活力の利用で解決できるはず。地元山梨から様々な事例を紹介して、会員の取り組み参加を促します。 |
