前回のブログ記事で紹介しました京都の「
織道楽 塩野屋」さんから「桑の木オーナーズ倶楽部」についての資料が送られてきましたので、さらに詳しい情報をここにお伝えします。
「絹織物の原点は農業」
桑園を作る→蚕が飼育できる→繭から絹糸をとる。絹がこうした成り立ちである以上、明治以後、昭和の始めまでの日本の主要輸出品であった絹を支えたのは日本の養蚕農家でした。
1kgの糸を作るにはおよそ1000kgの桑の葉が必要です。蚕は4000頭近く飼育しなければなりません。
戦後の日本農業=農薬が普及。
農薬のついた葉を食べると蚕は死にます。よって養蚕は下火になりました。
■養蚕農家の現状(桑の木の現状)
現在、日本全国で養蚕農家は1300軒少し。群馬県や関東以北に固まっています。近畿圏内では兵庫県にわずかに残るのみとなりました。
京都府綾部一帯は明治大正時代、蚕都と呼ばれ、3万軒の養蚕農家を擁していました。しかし今では福知山に3軒の農家が残るのみ。
■現在の絹材料
中国・ブラジルなど外国から95%以上の絹糸が輸入されています(昭和34年から外国生糸が輸入されるようになって以来)。今、中国も国内が工業化を進めているため、毎年一割程度の生産減といいます。
■これからの日本農業と養蚕
農地の保全発展は国の基盤。農薬を使わない農業を!そのとき養蚕は欠くべからざる要素です。今後多様な農業のチャレンジが望まれてきます。大量生産より品質の特化が日本生糸の生き残る道です。
全齢桑・生繭・多様な品種がこれからの日本の養蚕発展のキーワードとなります。
○全齢桑・・・・桑の葉を十分に育成させる。
○生繭・・・・・生繭から糸を引き出すことで材料の品質向上が図れる。
○多様な品種・・蚕種のオリジナル化を図る。
「新規養蚕者育成と支援体制と」
「織道楽 塩野屋」さんは、京都市右京区京北下弓削町に農業モデルの土地を開設。養蚕を学びたい人々に指導を行い、そこで生産された繭とその他の生産物を優先的に買い上げる体制をつくりました。絹文化の前に繭文化を創出して、「一物全体・身土不二」を基本にした農業従事者を増やしていくこと。それが消費者との連携に繋がる道と考えています。賢い消費者に支えられた絹文化を日本で根付かすことを目標に努力しています。
■具体的には・・・・
平成18年(2006年)3月より福知山の農家3軒と5年契約を結んで繭を購入。安心できる品質の高い絹材料の生産に踏み込みました。2007年3月、下弓削町の土地確保。名づけて「塩野村」。桑の苗700本を植え育成中。同時に野菜も育てています。副産物も有効利用しようと考えているのです。
消費者にこの一環に加わっていただき、使い手の希望や夢を直接聞いて、物づくりを実践していく会社となります。
消費者にオーナーになっていただく。→「塩野村」の桑の木にオーナーさまの名をつけて、塩野村の管理者が育てる。→その桑から収穫できる商品をオーナーさまに届ける。
桑の木オーナーになるには・・・
桑の木1本・・・10,000円の年会費を納めていただく。
桑の木管理・蚕の飼育は「塩野村」に任せるが、時々見に行ってあげると喜ばれます。
特典

5,000円相当の生繭タオルのプレゼント。(年間1本の桑の木から飼育した約100頭の蚕の繭で作れる50cmの長さ)尚、2007年収穫のものは「都浅黄色」。

「織道楽 塩野屋」のお店で直接購入の時、お店の全商品を1割引きにします。

「塩野村」で収穫した副産物から開発した新商品をモニターサンプルいたします。(繭水化粧水・桑の葉茶・蚕沙痛み止め丸剤など)
桑の木オーナーズ倶楽部 参加申し込み方法
「塩野屋」さんに申し込み書を送ってもらいます。
「
塩野屋」さんの住所
〒602−8285
京都市上京区千本通一条下ル西側西中筋町十三番地
電話075−461−1995
fax075−461−1997
E-mail ori@shiono-ya.co.jp
「小さな生産・長い消費・意味ある生き方」
ひとりひとりの生き方が集まって社会を形作るのです。まず一人が実行する。そんな姿勢の人が連携して、百人目の生産者と消費者が現れたとき、確かな生産・確かな品質・確かな消費が実現される、と「織道楽 塩野屋」さんは結んでいます。
リポーターの感想
「石炭発掘現場で工夫が、坑道に小鳥を入れた籠をもって入るのは、一酸化炭素中毒の危険をいち早く鳥が知らせてくれるため」と聞いた事があります。
日本農業の農薬漬けが広まるとともに生息できず姿を消した蚕はさながら、坑道の小鳥のようですね。日本の農業の健全な復興・発展は、農薬を使わない葉を食べて絹糸を生み出す健康な蚕の姿が多くみられるかどうかということと重なっているのですね。桑の木のオーナー制度、広げたいです。(山本豊美)