pagetop

リポーターブログトップ > 記事詳細

絹の道をたどる

2008-06-26 11:26:29

先日、八王子教育委員会が「絹の道〜生糸の通った道〜」文化財見て歩きを主催しました。私は八王子市に住むようになり、八王子が好きになりつつあります。かつて「桑都(そうと)」と呼ばれた絹織物業や生糸生産の盛んだった八王子の昔を自分に引き寄せたく、参加しました。

6月7日朝JR片倉駅に集合。参加者のほとんどが団塊から上の世代だと見ました。でも皆さんいかにもウォーキングに慣れた格好。午前中のみの見て歩きですし、道のりは5キロ以内とか伺っていましたので、ウォーキング初心者の私でもついて行けるかな・・・。
幸い天候は曇り。歩くには最適な日ざし。

最初に訪れた文化財は絹の生産関係で財をなした八王子の「鑓水(やりみず)商人」が多く檀家になっている慈眼寺。山門は「鐘楼門」といって梵鐘が設置された珍しい門でした。

0806230.jpg
この門の中にあった鐘は安政3年(1774)に鋳造されたものです。
今は門の中に鐘は置かれていません。
門の横に湧き水が流れていました。「この寺の裏山には一軒も家がないから綺麗な湧き水です」とは、ご住職の言葉。
JR片倉の駅からそんなに遠くないのに、もうそれほど自然が豊かなのだ、と八王子市の奥行きの深さに感心しました。

少し丘を登ったかまぬき公園で八王子市内の南西方面を見渡しました。

0806231.jpg
東京工科大学のタワーが見え、その左方向に絹の道が伸びています。

はてさて、次の大塚山公園までの階段がきつかった。でも頂上について鳥の声が聞こえ静寂の中を歩くのは心身が清浄されていく思い。
しばし歩くと、出会いました。「絹の道」標です。
0806232.jpg
石碑の足元には桑の葉と筬(おさ)と繭が彫られています。

大塚山公園にある「道了堂跡」。
0806233.jpg
絹の道の終点という標ですね。

さて下りの道は、まさしく昭和初期、ここを馬や人力で絹の荷を運んだんだなあと感慨の湧く、昔ながらの道。雨でぬかるんだ後なので滑って歩きにくいのです。昔の人のわらじを履いた健脚を思いながら歩きました。
0806234.jpg

「絹の道資料館」。やはりここでも目を引くのは、井戸のあと。
0806235.jpg
鑓水の生糸商人の大きなお屋敷で、たくさんの人が暮らしていた当時が思い浮かびます。
0806236.jpg

資料館には、日本の生糸産業の隆盛の頃、横浜港を通じて世界とどんな生糸つながりがあったか、様子がわかるパネル展示などがありました。
絹の道資料館から諏訪神社へ向かう道すがらには田んぼがあり、葦の原も広がっていてのどかでした。
道に沿って小川が流れ、小魚も泳いでいたようです。「鑓水とは良い地名だなあ」と思い、改めて豊富な水、桑畑の広がる豊かな自然に恵まれた昔の八王子。そこに隆盛した勤勉な生糸商人が絹の道を作ったのだなあ・・・と感慨に浸ります。
永泉寺には鑓水商人のお墓が多くあるそうです。松尾芭蕉の句碑とその彫像も端座していました。

文化財見て歩きツァーの最終目的地「小泉家屋敷」は茅葺屋根からして貴重だとうなずけるもの。
0806237.jpg
多摩丘陵の典型的な養蚕農家だそうです。

12時半ごろそこで解散となりました。まずは、終わりまで脱落せず歩き徹せた自分にほっとしました。八王子市の歴史と自然の一端を体験しただけでなく、日本と世界との絹の交易の時代も知り、イメージを思い描くことが出来て面白かったです。次は八王子の現在の絹の生産者を訪問したいと思いました。
(山本豊美)

この記事のURLコメント(0)トラックバック(0)

http://secondleague.net/user/006/006/cwtb.cgi/1455

名前
メール
URL
コメント

▲このページの上へ戻る