12月26日の朝日新聞朝刊で作家 早乙女貢さんの死去を知りました。23日に82歳で死去されたと。新聞記事で早乙女さんの功績を読むと、歴史小説「会津士魂」を約30年にわたって書き継がれた人だとか・・・。
ここに新聞記事からの生前の功績の部分引用させていただきますと、
ーーー月刊誌にライフワーク「会津士魂」の執筆を開始したのは70年。幕末維新の激動期、会津藩主と藩士の苦難を通じて、小藩に逆賊の汚名を着せた官製の正史に対する疑念を提示。敗者の視点に立って日本の近代化の歴史の再検証を試みた。ーーー
また、作家 阿刀田高さんの追悼の言葉も部分引用させていただくと、
ーーーライフワークとなった「会津士魂」は、会津の侍たちへの深い情熱が支えた仕事です。会津の武士の子孫でもあり、寡黙で、人間として筋の通った生き方をし、着物姿とともに、作品世界にもつながる侍の雰囲気をもっていました。ーーー
私は今まで早乙女貢さんの小説を一つも読んだことがありません。でも新聞のおくやみ欄を読んで、すぐにでも図書館に行き早乙女さんの本を片っ端から読みたくなりました。「会津士魂」に出会いたい!どうしてもそれを知らなくてはならない!
小生、今年も多くの素晴らしい方々と出会いました。
その人たちから印象に残る言葉を聞きました。
中でも「日本熊森協会」の代表森山まり子さんのお話の中で、「『クマを救うために何か自分にできることをしたい!』と思い立ち、動き始めた生徒達(子ども達)の目のなんと活き活きと輝きだしたことか!それまでの同じ子とは思えません。彼ら(彼女ら)はまるで、そう・・
幕末の維新の時の若者たちのようです!・・・」との言葉がありました。
森山まり子さんがマザーテレサの言葉を引用されて、「愛の反対は憎しみではありません。愛の反対は無関心なのです」とおっしゃった。
クマに対する愛に目覚めた子ども達は、「世の中への無関心」の皮を脱皮したのでありましょう。
幕末維新の頃の日本の若者達とは、「建国の志」に燃えた、広い世界への関心に目を輝かせていた若者達ということでしょう。
森山まり子さんは幕末維新の頃の若者像をテレビドラマなどでイメージしていられたのでしょうか・・・。
似たようなエピソードをあげますと、作家内館牧子さんが、2007年に放映されたテレビドラマ「白虎隊」を見て大変感動して、週刊誌に感想を書いていました。「
あの時代の日本の16歳ぐらいの若者の気高さをよく伝えたドラマだった」という風なことで・・・。
テレビドラマ「白虎隊」に登場した若者たちは歴史に翻弄され、クライマックスで悲壮な死を迎えます。切腹して、あるいはお互いに刺しあって・・・。テレビだからそこは綺麗に悲しく見せます。
でも実際は、「酷いことこの上なし」みたいな光景が、死に際で展開したはず。
「白虎隊」の人たちの最期は、「何人かが、切腹したものの、すぐには死に至らず、痛さにのた打ち回って叫びながら死んでいった」というような話もあります。聞くところによれば官軍は「白虎隊は逆賊だから」と、彼らの死体を埋葬するのを禁じ、何日もそのままに放置させたとか・・・。
そんな悲惨な話を聞くと、わかります。早乙女貢さんに「会津士魂」を書かずにいられない思いにさせた悲しみ、憤りが・・・。
さて一方、私は今年「国際有機農業映画祭」で出会った映画「赤貧洗うがごとき」のことも忘れられません。田中正造の伝記映画でしたが、私はここでも日本の幕末から明治・大正とかけて生きたスゴイ日本人を知りました。
その上、田中正造は「
自分は武家の出ではない。下総の百姓なり」として、若者達の大きな維新運動の流れとはちょっと違った立ち位置にいつづけました。その独自性もスゴイです。
建国の志に燃え、世界に貪欲に知識吸収のまなざしを向け、そして明治政府を作った人たちは下級武士が多勢でした。やがて彼らは、「西欧列強に引けをとるまじ」の一心から、富国強兵の道を唱え、そのとどのつまりが昭和の世界中の戦争での日本国の敗戦となりました。
「勝てば官軍」という言葉。幕末から出来た言葉でしょうか。勝った側の奢りが感じられるいやな言葉です。官軍も、「会津藩」の人びとを「逆賊」として葬らず、「白虎隊の若者達は気高さを持った武士であった」と、同じ武士として評価して、きちんと事件をを検証していれば、日本はもっと違った道を歩んでいたのかもしれません。
また、田中正造のような百姓の側に立つ人がもっといたなら・・・。
歴史を振り返り・・・もし、あの時、あれが違っていたなら・・・と思うことほどむなしいことはないでしょう。・・・が、つい考えてしまいます。
小生の軽薄な頭でも、巨匠、早乙女貢さんの「会津士魂」を読むことにより、「正史」というものを読み直し、そこから未来に示唆を見出せるのでしょうか・・・。
さて、そんなわけで、わたしの今年を振り返ってのキーワードは「
幕末維新の若者達、その気高さ」でした。侍の気高さを受け継ぐ早乙女貢さんの本に刺激を受けつつ迎える来年はどんなキーワードにめぐり合うことやら。わくわくします。
そして、私のバックボーンは田中正造のように揺るぎのない「百姓の側に居るなり」としたいです。ほんとに、軸がブレてばかりの小生ですが・・・。
いろんな出会いで、いろんな言葉で、次に追いたい物、知りたいことが次々出てきます。それで楽しい人生は続く・・・。
今年お世話になった皆様、ありがとうございました。また来年も一緒に続けて参りましょう。楽しい好奇心に満ちた人生を!(山本豊美)