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虹の谷のダンス教室in山梨

2007-05-30 04:39:28

以前新聞の社説で読んだのですが、現代日本では国中で、踊りが大流行だとか・・。多分社説を書いた人の周囲の女性たちが多く踊りに夢中なのを見て一言書いてみようかな・・・という気になったのでしょう。よさこいソーラン、ハワイアンダンス、ヒップポップダンス、社交ダンス、フォークダンス、日本舞踊等等、その社説には「踊り」の中に十派一からげにしてしまっていました。何かしらの踊りを習っている人の人口がこんなに多いのだということで。「日本人はこんなに踊り好きな国民だったのか!?」と今更ながら驚いている口調でした。
この社説の筆者は今、踊り(ダンス)をしていないのかな?・・・それは残念。実はかくいう私も、踊りを習っていないのです。でも、最近取材で見たダンス教室で、心底思ったのです。「ああ、ダンスっていいなあ。人は皆体のどこかに踊りたい要求をもっているんだなあ」と。

5月22日に山梨県甲府市にあるダンス教室の取材に行ってきました。NPO法人「虹の谷」が開催しているダンス教室です。集まってきたのは障がいのある子供たちとその保護者の方々。午後5時、ダンス教室に子供たちの元気な挨拶の声が響き渡っています。
甲府市内の閑静な住宅地の一角にあるダンス教室「遊舞苑」

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外観は普通のお家です。
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午後5時からのクラス小学生・中学生。この日は女子4名男子1名の参加がありました。

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まずは20分間体のストレッチから。十分体がほぐれたところで、テープの音楽に合わせてダンスが始まりました。

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テレビアニメのテーマソング、SMAPの「世界に一つだけの花」、「松ケンサンバ」、ワルツ、マンボの順で45分。

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子供たちの顔はすっかり上気しています。

NPO法人「虹の谷」代表の早川さんのお話・・・・・・
障がいを持った子供たちにダンスを教える狙いは、子供たちがここでフォービート、エイトビートなどいろいろなリズムを学び、スローテンポ、アップテンポなどの曲に合わせて踊れるようになることです。リズムに合わせて踊ることで、子供たちは自己コントロールを身につけることが出来ます。先生の振りを真似すること、踊りの輪の中の自分の立ち位置を学ぶことで、集団性とか協調性を学ぶことが出来ます。
ワルツではペアーを作って踊りますね。そこで相手との関係性を築くのです。子供たちとワルツを踊るのは、今のところお母さんが大半ですが本当はお年寄り世代が孫の世代と組んで踊る、なんて光景がいいですねえ・・・。

小学生のクラスの子供たちと入れ替わりに入ってきたの若者たち。午後6時から高校生・社会人のクラスが始まりました。
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ディスコのような激しい音楽に合わせて踊ります。ラテン名曲「カミニート」も最新の早いリズムでうたわれる歌で、先生の選曲センスが光ってます。「松ケンサンバ」「世界で一つだけの花」はここでも。みなこの歌が好きなんですね。

子供たちのダンスを指導するのは野村慶子先生。
野村先生は、12歳の時からダンスを習い始め、社交ダンス、タップダンスなどさまざまなジャンルのダンスを学んだダンサー。ボールルームダンサーとして競技大会に出場した経験も豊富。子供たちのミュージカルなどの振り付けも手がけるマルチなダンサーだ。6年前に山梨県富士吉田市にダンス教室を開き、そこに障がいを持った子供たちが通ってくるようになったのが始まりでここの教室を持つことになった。「来年私のダンス生活20周年なので、ここの教室の生徒さんたちも含めた生徒さん皆で楽しいダンスパーティーを開くことを計画中なんです」とにこやかに話されました。

2つの教室を通じて子供たちの表現力の多様さに驚きました。「虹の谷」では他に「絵画教室」「造形教室」「音楽教室」「ファーム教室」「クッキング教室」などを開催しています。障がいのある子供たちの創造性を支援し、自立を助ける活動をしばらく追って見たいと思います。次回の「ファーム教室」リポートをお楽しみに。(山本豊美)

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天蚕に魅せられて・山梨その2

2007-05-24 23:32:12

5月16日に山梨県市川三郷町で小林貞雄さん(82歳)にお会いして「天蚕(てんさん)」の産業の現状について伺ったお話の続きです。「天蚕」の周辺についてのお話。

四尾連湖(しびれこ)の向こうの山。「蛾ヶ岳」という。

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そこに「蛾(が)」がいる。
「そう、天蚕の蛾だよ。蛾は標高800メートルになるといない。標高500メートルから600メートルの間が生息域だね。山保村は標高560メートルだよ」「自分の子供の頃は、あの山へ燃し木(薪)を取りにいくと、簡単に、枝についた葉の間に緑色の繭を引っ付けた小枝を取ってきたものだよ」「その緑色の繭が天蚕だよ。普通の蚕の繭より大きいよ。8月以降に繭をかけるんだ」。

小林さんは「5月10日に網張りをしてきた」とおっしゃる。先ほど「意欲もなくなったよ」と言いながらも、ちゃんとやっていたのですね。

「網張り」とは天蚕の種を入れること。5月に入れると、メスの産みつけた卵が孵る。木々が芽吹くとき、幼虫になる。幼虫はクヌギ・コナラの葉を食べて大きくなる。幼虫の何割かは小鳥のえさ。生き残るのは1割だろう。

20年前、灯りに寄ってくる蛾を捕獲。調べたがほとんど、ちがう蛾だった。次の年、蛾の王様のような蛾を捕獲した。それが「天蚕」の蛾だった。小林さんが家に保管しておいた「天蚕」の卵と、夜、灯りに集まってきた蛾とを交配させる。

「種は増やした」という小林さん。「でも飼う人がいない」と続ける。
「買う人がいない」の聞き間違えだったかも・・・。
昔は天蚕の繭は1個100円で買いに来た。やがて、「繭では買わない」となった。じゃあ、と糸にした。そうしたらまた買いに来た。が、そのうち糸にしても買いにきてはくれなくなった。

「『民俗産業』なんて言葉が言われたのさ、天蚕に!昭和30年ごろからだねえ・・・。もうあの頃から言われてたのさ。『民俗産業』だから絶やさないようにしよう!なんてね・・・」となんだか寂しい目をする小林さんだった。

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小林さんの家の庭で。

ここら辺で、家で繭を作る「養蚕」業の話から。

・・・・昔(1955年ごろ)の山保村・・・・・
どこの家も現金収入といったら、お蚕(オカイコ)様。競って養蚕業に精出した。したがって、あたり一面桑畑の風景だった。

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こんな桑畑が延々と続いていたのだろう。当時は。

東京から大手の「カネボウ」とか「グンゼ」といった会社が、山保村に直接繭を買いに来た。1貫目1000円〜1万円で売れた。どこの家も300〜400貫目収穫した。

つまり、1955年当時、養蚕業に従事していた農家は、多いところで年400万円も稼いだことになるんですね。当時のお金で!今だったらその10倍と見て4000万円ぐらい収入があつたことになるのでは?!

・・・山保村の現状・・・・・
過疎高齢化の進んでいる山梨県内の村々でも、山保地区はその数値が高い。山梨県内の高齢者の率が45%だとするなら、ここ山保は50%。
村の半数は空き家。あとは一人暮らしか年寄り夫婦が多い。
もとはここらあたりの8つの部落をまとめて山保村と呼んでいた。その頃、小林さんの家の近くにある小学校には400人の子どもたちが通っていたそうだが、今は18人ぐらいか・・・。

桑畑の他には畑で芋・大麦・小麦などを栽培した。現金収入は養蚕業でしか得られなかった。だから桑畑はお金を生み出す畑。
今は桑畑が残っている農家も、高齢で、畑に手を入れる力も残っていないし、また手を入れてみたところで、雀の涙ほどの現金収入にも結びつかない。

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「こんなもの、作るつもりはなかったんだが・・・」と言いながら小林さんが出してきて見せてくれた「天蚕のブローチ」「天蚕のイヤリング」。天蚕の繭を利用した商品。ヒットしなかったみたいだ。

小林さん、「村に若者がいない。出会うのはイノシシばかり」とおっしゃる。「猿は?」と聞くと、「サルの姿は見ない。ここは水が流れていないからね」とおっしゃる。猿は水の(川の)ある近くに集団で棲むのだそうな。やはり人間の祖先らしい生態ですね。

山保地区が昔から米を作ることが出来なかったのも水がなかったからでしょう。今は市川三郷町の町の水道を引いてきているから、生活用水に困ることはありません。

「昨日、山で見つけたよ」と子供のように目を輝かして指差してくれた先は、鳥かごに入れられた小動物。

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なんだかわからなかった。思いつきで、「山ウサギですか?」とつぶやく私に、「そうだよ。山ウサギ」といたずらっぽい目をぱちくりさせて応える小林さん。

山にはまだまだ「未知との遭遇」があるなあ。なんかわくわくしてきました。

「お盆過ぎに山に入って繭を見るから、またそのときおいで」と言われ、思わず強くうなづいていた私でした。

・・・小林さんの話で印象に残ったこと・・・・・
日本全体の養蚕業の衰退の理由は、前回に書いたようないくつかの理由があります。
中国からの安い絹が出回ったこと、後継者が育たなかったこと、などなどです。が、「山梨の養蚕業の衰退」理由には他所にない理由が一つあります。それは、「山梨の養蚕業者(農家)は皆、大手の会社と直につながっていたから、滅びた」という事。
小林さんは「群馬とか、他の県は養蚕生産者は組合を作っていた。『組合製糸』は残っているんだよ。組合はつぶすわけにはいかないからねえ」とおっしゃったのです。

「天蚕」のリポートをするつもりが、帰り道、小林さんの言ったその言葉だけ頭の中で残響を残していたのでした。

「養蚕業」の例から、農業の分野でいろいろな産業が生き残っていくためには、組合を作ったり、何か別の形でも、とにかく生産者が連帯して行くことが大切である。と言うことを示唆されたような気がしました。
最後に小林さんのお話にも出てきた安曇野市に天蚕関係の建物があるので、ホームページを紹介します。
穂高町のホームページも。
三重県いなべ市西藤原小学校では「カイコヤママユだより」を発信していました。
調べてみると結構「天蚕」につながっている人々はいたのです。うれしい限り。
私もこれから絹糸みたいに細いけれど長く途切れず天蚕のこれからをリポートしたいと思います。皆さん、天蚕を応援してくださいね。
(山本豊美)

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天蚕に魅せられて・山梨

2007-05-17 03:44:23

5月16日(水)晴れ。ドライブ日和。山梨県市川三郷町の「山保地区」に向かう。「天蚕(てんさん)に魅せられた人」小林さんに会うために。家を出発し国道20号をひた走ること2時間。甲府市内で市川大門線に入ります。「四尾連湖(しびれこ)」の道標を目標に30分。山保地区に到着しました。「耕して天に至る」という言葉がふっと浮かぶ風景。

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写真真ん中にある建物が小林貞雄さんの家の養蚕場。右の樹の陰に(見えませんが)生糸工場があります。

標高560メートル。山あいの斜面に張り付くようにして集落があります。めざす小林貞雄さんのお宅は山保地区の公民館のすぐ隣にありました。
家の玄関で挨拶すると、すぐに小林さんが出てきて、敷地の一角にある生糸工場に案内してくれました。

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小林さんが山梨県に頼みこみ、県からの助成金で建てたものだとか。現在は稼動していません。工場内を見学させていただきました。

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織機や糸繰り機が並んで置かれています。
奥の倉庫には繭を入れた袋や「てくず」の糸が入った袋がありました。
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一目見てみたいと願っていた「天蚕の糸」も保管の缶から出して見せてくださいました。

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小林さんと天蚕の糸。

緑色の糸。
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光沢が素晴らしい。天蚕の糸で織った布はなかなか染まらないそうです。糸が強いのです。そしてこの糸で刺繍すると他の刺繍糸の中では際立って目立ってしまうそうなのです。つまり輝きが違うということ。相場ではこの糸束一つで4万5千円ぐらいでしょうか・・・。

小林さんの話から〜天蚕の織り物の現状〜

○バイヤー側は「本物の天蚕である」というお墨付きを欲しがる。つまり消費者のブランド志向。(この糸の光沢を見たら一目りょうぜんなのに・・・と私なんかは思うが・・・)一反100万円以上する最高級の絹布なので宝石と同じで鑑定書がなくては・・・ということらしい。
○天蚕は山の中で生育する蛾の繭から作る出すもの。自然条件に左右され、一定した量産は不可能。
○天蚕の織ものは手織り。機械織りは出来ない。
○後継者がいない。昔小林さんのように天蚕の生産に携わっていた村人も高齢で次々にやめていきました。後継者は今のところ無し。小林さんも戦後からずっと60数年、農業を多角的に経営(鶏を飼ってブロイラーを売り、牛を飼って牛乳を売るなど)しながら、傍らで天蚕に携わって来ました。小林さん(82歳)は今でも意気盛んですが、如何せん、独力では・・・。

以上のような諸事情から、ここ山梨の山保地区のみならず今の日本では天蚕業が成り立っていません。ほんのわずかに天蚕を地域の記念物扱いにして学校で理科の学習で飼ったり、資料館で見せているといった形で残されているのです。
大変残念なことではないでしょうか。次回に続きます。(山本豊美)

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多摩源流でキャンプ

2007-05-07 00:25:03

5月3日〜5日に小菅村で行われた「むらまつりキャンプ」に参加してきました。キャンプの中び、5月4日の小菅村の村をあげての大きな行事「多摩源流まつり」に合流するため、「むらまつりキャンプ」と呼ぶのです。3日間ともお天気に恵まれて、新緑の小菅村をとことん楽しむことが出来ました。

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3日午後2時ごろキャンプ場に到着しました。もうテントの設営が始まっていました。

キャンプは「NPO法人自然文化誌研究会」が毎年行っているものです。参加対象は小中学生ですが、大人も歓迎です。今回参加した子供は20名。スタッフはなんと30名!驚きではありませんか!子供一人につき、1.5人のスタッフがつくのです。でもつくといっても常時付き添うわけではありません。それだけの目が注がれている体制がとられているということです。

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キャンプ開会式。「村長」の挨拶も至極あっさり。左の人がキャンプ村「村長」の鈴木さん、もの静かな人です。

このキャンプは基本的に自由。食事の時間も食べたいときに食べればいいし、朝いつまで寝ていても構わない。一日のプログラムはかっちりと組んではありません。お祭りだって、行きたくなければ行かなくて良いのです。

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参加社の連れてきた愛犬ともたっぷりふれあえます。

私はキャンプは子供の頃一度体験して以来何十年ぶりなので緊張しました。子供たちのほうが、リピーターが多いこともあって自然体でした。
私はリポーターとしてというより、ある部分スタッフ、ある部分お客さん(子供たちと同じ立場)、残る部分は小菅村と同じ山梨県の住人であると言うことから、地元のおばさん的感覚でキャンプ地をウロチョロしていました。カメラだけは常に首からぶら下げて。キャンプの素晴らしさを写真でお伝えするほうが確実ですもの。あまりたくさんの写真は載せられませんが。みてください。

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川辺でドラム缶風呂を沸かしていました。水遊びをして冷えた子供たちが体を温めるためでもあり、露天風呂に入りたい人にも、ね。


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木はたくさんあります。なんでも作りたいものを思うままに作る参加者。普段眠っている創意工夫の力全開!


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釣りを始める子もいました。でも釣り針は?えさは?・・・いいよね。釣りの気分だけでも・・・。

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この青い淵を見ていたらどうしたって飛び込みたくなりますよ。でも冷たい水の予感。体がためらっちゃうね。

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楽しみな食事。食べ終わった食器(コッヘル)は、水を入れて洗ってその水を飲む。そしてトイレットペーパーでふき取ってから片付けます。清流につながるキャンプの流し場なので、汚水は流せないから。キャンプの流儀を皆さん心得てました。

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「NPO法人自然文化誌研究会」事務局長のクロちゃんは明日の行程の説明をしたり、子供たちに花札などの昔あそびを教えたり、大忙し。


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夜、笛の音が聞こえてきました。村の家並みから少し離れたキャンプ地に横笛の練習に来た古老2人。明日のお祭りで披露するのですって。リハーサルをそばで聞くことが出来て幸せ。人々が古老を取り巻いて座って、村の伝統についてのお話など、古老の物語をじっと聞き入ったひと時でした。

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子供たち、大学生のお兄さん・お姉さんスタッフが入り混じり熱いトランプゲームが続きます。こんなにたくさんのメンバーでトランプに興じる光景も懐かしい。

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山村でなければちょっと味わえないイノシシ肉のあぶり焼き。思ったより柔らかでした。味付けもグー。

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ここでなければ味わえないものに「やまめの串焼き(塩焼き)」があります。5月4日の「多摩源流まつり」会場では、なんと、2000匹もの串焼きを売ったのです。キャンプのスタッフたち、ここでも村の人たちと交流しながら、やまめ売りの呼び込みしたりして活躍してました。

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2000匹の中身は正確には山女(ヤマメ)と岩魚(イワナ)です。似た大きさなのでどちらがどちらなんだか・・・。でも美味しかったです。お酒があったら最高!

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小菅村は普段人口1000人にも満たない小さな村。「多摩源流まつり」の日には1万人以上もの観光客で賑わいます。だから、村人あげてサービスに余念がありません。お祭り広場に休憩する人々は、あちこちの出店で美味しいものを食べて満足げでした。

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「多摩源流まつり」の夜には勇壮な火の祭典がありました。「山伏参上と日本一のお松焼き」です。この「お松焼き」をみていたら、体の中に蓄積されていたストレスが消えていく。昇華していくのです。ああ、火ってスゴイ!太鼓を打ち鳴らして、気持ちの高揚を更に乗せる演出、噴水もありました。噴水にはライトを当てて色の違う噴水にしてみせるなど、この祭典にはいろいろな工夫が盛り込まれています。そして最後に、打ち上げ花火!ああ、もう言うことはない!このお祭りのとりこです。「来年もきっと来るからね!」

キャンプは翌5日も続きました。昼過ぎ、小菅の温泉に入ってリフレッシュしてから、銘々帰途に着きました。

さて、どうですか?「小菅村のキャンプ、面白そう・・・」と思ったら、夏に同じ場所で予定されているキャンプに是非出かけて見てください。
2つありますよ。

○こすげ冒険学校7/31〜8/5
参加費¥40000ぐらい。
5泊6日の長期キャンプで心身共に野生にかえる!?
○やまめキャンプ8/11〜8/12
参加費¥20000ぐらい。
上記2つのキャンプ、費用は奥多摩駅からの交通費・宿泊費・食費・教材費・保険などが含まれています。お問い合わせは「NPO法人自然文化誌研究会」まで。
(山本豊美)

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新緑の中、温泉でリフレッシュ

2007-05-02 05:48:17

新緑が目を洗うような季節ですね。手ごろな近間の湯治場でひと休みして見ませんか?「泳げる温泉」として人気だったここですが、2007年からは「岩盤浴の温泉」の顔も加わり、リニューアルオープンしました。5月1日、新緑を洗うような雨の中、でかけてきました。

東京・神奈川方面から山梨県に入り小一時間ほどで目指すスポット「秋山温泉」に到着します。
国道20号線を上野原市に入り、商店街に差し掛かったら、「新町2丁目」の信号左折。JR上野原駅を右に見ながら道を下って、桂川橋を渡るとひたすら道なりに進んでください。右に「メープルポイント・ゴルフ場」をみてすぐ暗くて狭い小さなトンネルに入ります。車のすれ違いに注意。
トンネルを出て狭い道を進むと道は二股に分かれます。「秋山温泉」と書かれた看板どおり右の道を進んでください。道なりに進むと今度はまだ新しい「田野入りトンネル」をくぐります。上野原町と秋山村が一昨年町村合併した折に作られたものです。「田野入りトンネル」を出るとすぐ、T字路。信号、左折してまもなく右折。橋を渡ってください。左方向に上っていくと「秋山温泉」の看板が見えてきました。

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看板を見て左の道に入ります。到着しました。

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駐車場はほぼ満車。入館料、大人800円(お風呂のみ)。子供600円。お風呂+プールだと100円加算されます。水着は持ち込みでも、館内のレンタルでも良し。
館内の写真撮影は自主的に遠慮しました。

でも一つだけ私のお気に入りを激写!2階の休憩処においてあるマッサージチェアです。10分200円。このチェアのマッサージはオススメ!利きます!揉みほぐしもいいのですが、ぐりぐり押してくる機械のこぶしに、思わず「オゥッ!」と声を漏らしてしまいました。スパや温泉に備えてあるマッサージチェアを利用するのは好きで、方々で試してます。体の表層をマッサージするだけの機械が多い中で、この「秋山温泉」のマッサージチェアは体の奥まで力が作用する力強い機械です。

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椅子の中から聞こえる機械音がまた、押す人の力む、うめき声みたいに聞こえ、耳をくっつけて聞いているとなにやら不思議な心地になってきます。江戸川乱歩の「人間椅子」を連想しちゃう。椅子の中に指圧人が入っているみたいで・・・。2回続けて利用し、20分400円なりの出費。でも、その朝感じていた肩や腰の辺りの重い感じから開放されました。人の手による指圧にかかるよりお安いのでは?
私は今回試しませんでしたが、友人のオススメはリニューアルオープンした目玉「岩盤浴」。「秋山温泉」の岩盤浴は「ジェラピー岩盤浴」といってトルマリンなどの宝石の粉を使ってちょっと普通の岩盤浴と違うそうです。40分800円なり。お時間のある方、試してみては?
今回「秋山温泉」を左に見た県道「秋山〜道志村線」を進んで道志村の「道の駅道志」まで行きたかったのですが、思いのほか厳しい林道でした。雨で道路も危ないし車の状態も良くなかったことから、道半ばで断念。新緑の林道沿いの風景だけお届けします。

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せせらぎ。沢蟹を探しに降りて行きたくなります。

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安寺沢というところまでは、このように車で走りやすい道が続くのですが、その先は上りが続き、狭いです。晴れた日に是非。道志村まで、秋山温泉から30分弱の林道ドライブをお楽しみください。
(山本豊美)

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