pagetop

リポーターブログトップ > 月別の記事一覧

都心近くで紅葉を楽しむ

2007-10-30 01:00:54

今年は紅葉が良いそうですね。
先日、訪問介護の仕事で入った家の奥さんから「朝のテレビニュースで栃木県日光の紅葉をやってたけど、すごくきれいだったの」と教えられました。84歳のその方は足が不自由で、遠くへ旅行出来る体力もないので、テレビで紅葉の風景を見て楽しんでいた様子。「少し前まで、朝晩の寒暖の差が激しい数日が続いたので、『今年の紅葉はきれい』と私もニュースか何かで聞きました」と、お話に合い鎚を打ちながら、テレビで放映した紅葉の映像がこんなにも人を喜ばせているのかと、改めて感心しました。
「外に出られない人」に楽しみをもたらし、自由に外出できる人には「お出かけ情報」と役立つテレビ、ありがたいものですね。
テレビの映像には及びませんが、今回のレポートは紅葉狩ウォーキングをしたい人のナビゲートになればなあ、と載せることにしました。都心から日帰りで楽しめる場所です。去年の11月22日撮影した写真ですので、まだこれから紅葉を見たい人に十分間に合います。場所は相模湖を囲む山梨県上野原市と神奈川県相模原市藤野町。特に藤野町では11月中、いろんなイベントが企画されているので、ウォーキングしながら同時にイベントを覗いて楽しめます。

この記事のURLコメント(0)トラックバック(0)

雑穀づくりでふるさと再生

2007-10-23 01:55:34

10月14日、「第16回西原(さいはら)ふるさと祭り」で賑わっている上野原市西原(さいはら)に行って来ました。
ここに設けられた「体験広場」や「味の広場」「展示の広場」などでひときわ存在感を示している「森のココペリ」。帝京科学大学(上野原市)の学生さんたちを中心とした「森のココペリ」の活動を取材させていただくのが目的でした。「森のココペリ」は現在設立3年目。30名程が在籍し環境教育や森作り活動をしています。

0710231.jpg
森のココペリの仲間が「おやき」を販売していました。元気な呼び込みの声もあって、好評。お昼12時頃には完売していました。

0710232.jpg
クラフト作りのテントも親子連れで賑わっていました。
西原の森で拾ったどんぐりなどの木の実を使って自由に工作が出来ます。森のココペリのお姉さんやお兄さんがアドバイザーになってくれてます。

「西原ふるさと祭り」は地域おこし(都市と農村の交流)の拠点「羽置の里びりゅう館」を中心に今年は10月13日、14日と行われました。
13日は「前夜祭」で14日が「本祭」。
西原地区の人々だけでなく上野原市内外から大勢詰め掛けるのはなんといっても美味しい「山の幸」を味わえるから。

私がお祭会場入りした11時半ごろには、「ふるさと味の広場」の目玉のひとつ「山菜めし(五目めし)」が早くも完売になっていて、これを目当てに来たらしい、私とほぼ同時に会場に入った女性2人連れが「ああ〜っ、売り切れだってさぁ〜」とがっかりした声をあげていました。
14日一日のお祭りで3000人ぐらいの人が西原に詰めかけ、そろそろ紅葉の始まった山あいの里は年に一度の賑わいを見せたのでした。

さて、私は「展示の広場」に行き、そこで「森のココペリ」の活動のひとつである「西原地区の川の水質検査」の展示や、「地域との交流」の様子などの紹介ビデオ上映コーナーに立って説明をしていた井上雅人君にお会いして、井上君の案内で森のココペリの畑や活動フィールドを見せていただくことになりました。

0710236.jpg
「ココペリ畑」西原(さいはら)地区の、原(はら)という部落に「森のココペリ」が借りている畑があります。
地元の農家から遊休農地を借りて、昔ながらの農法で農薬を使わずに野菜を育てています。西原(さいはら)地区一帯で昔から作られてきた雑穀を、地元農家に指導を受けながら作っています。

0710239.jpg
秋蕎麦の花が満開でした。他に小豆と枝豆も実っていました。

「雑穀栽培」といっても、ヒエやアワ・トウモロコシなどのいわゆる「五穀」だけでなく、私たちが普段親しんでいる野菜も栽培されていました。かぼちゃなども作り、収穫された野菜は西原の「野菜直売所」で売ったり、仲間で分け合ったりしているのだそうです。
井上君もたまに直売所の売り場で村の農家の人たちと一緒に立って売り子をしている、という話。学生さんたちがボランティアで耕している畑で「売れる野菜が出来ている」という事実に感動。遊び半分でなく本格的に取り組んでいるのですね。

0710235.jpg
豊かな実りに欠かせないのが堆肥。「ココペリ畑」の中には堆肥作りのコーナーもちゃんと作られていました。

0710234.jpg
堆肥コーナーの柔らかい土を踏む井上君。堆肥は落ち葉とか栽培した野菜クズを土と混ぜ合わせたもの。ここら辺の土は太古に山が崩れて出来た傾斜地ですから耕すと握りこぶし大の石がごろごろ出てくるそうです。
傾斜地の耕し方にもまずは下から耕すなどの作法があるとの話。傾斜地ですので雨や風で土はどんどん下に流れてしまうので、畝を作るときに下から上に向かって畝を作ると土が下へ行かなくなる。との事。

この畑の1キロ上方にイノシシ防御の柵が設けられていますが、あまり効果はないみたいです。ココペリ畑にもイノシシの足跡が畑に残され、掘り返された跡も・・・。村人と交流する中で、イノシシ対策も協議されますが今のところ「村の人たちは半分諦めていますね」ですと。そういう、村人と共通の痛みを分かち合うところも「森のココペリ」の活動が地についていることの現われでしょう。

「夏場、農作業の合間に畑脇の草地に寝転んで空を見上げていると山鳥の声や風の音など普段耳に入れない音が聞こえて心が澄んでいく感じがします」という井上君の言葉に、「ココペリ畑」に対する思い入れの深さを感じました。

畑から下って民家の並ぶ細道をたどりました。

0710237.jpg
方屋川の川べりにある水車小屋。村の人々はこの水車を使って雑穀を粉に加工します。ここで挽いたそば粉で蕎麦を打って提供するお店もあります。また方屋川は、森のココペリが毎月「水質検査」をしている川でもあります。

0710238.jpg
西原(さいはら)の方屋川沿い(原の部落)には現在稼動出来る水車が2つ。昔は5機ありましたが今は需要が減って2機になりました。昔は、集落単位で各戸の粉引きの順番を決めて使っていたそうです。

「自給自足で家族数も多かった昔のことですから、粉引きの時期には家族を養う分の粉を挽くには夜っぴて水車を回したらしいです」などというお話が次から次と、若い都会育ちの学生さんの口から出てくるのに驚きをもって聞き入りました。井上君はよほど、村の古老の話をじっくり聞く機会を持ったのでしょう。

0710233.jpg
「森のココペリ」代表の夏目暁子(あきこ)さん。帝京科学大学「アニマルサイエンス科」を去年卒業。故郷の埼玉に戻らず、ここ西原に住み着いてしまいました。北都留森林組合に職を得、自身の暮らしが「森をフィールドにした活動」そのまんまな人。

「ココペリ」とはインディアンの神話に出てくる精霊。“幸せを呼ぶ使者”。「私たちもみんなを笑顔にするような存在になりたい」から「森のココペリ」というネーミングにしたのだそうです。

「地域活性」「環境保全」「環境教育」を活動の3本柱に、「農山村と都市」「人と自然」をつなぐ架け橋となっていきたい「森のココペリ」。

夏目さんは、「来年は獣害について重点的に取り組もうと思います。他の活動も継続しながら・・・。」と豊富を語りました。「今、学生たちが主体的に活動を継続していく組織形体を模索中です」と、課題の多いところも率直に話してくださいました。

今回のふるさと祭リの準備・運営の一翼を担ったように、普段から村の活性化の大きな役割を担い、期待されている「森のココペリ」。
どうぞこれから「ココペリ畑」の雑穀が豊かに実り、収入アップにつながり、この努力が結実しますことを。(山本豊美)

この記事のURLコメント(0)トラックバック(0)

過疎の村で結婚式

2007-10-04 04:15:59

大多摩の紅葉もこれからが本番ですね。JRの「大多摩紅葉まつり」パンフを見ると、小菅村は大多摩のひとつに組み込まれています。JR青梅・五日市線電車で終点「奥多摩駅」まで。そこからバスで「小菅の湯」まで約1時間。小菅村は山梨県にありますが、村の生活圏は東京に親しいといいます。「東京の奥座敷」多摩にあるという意識が強いみたいです。人口1000人に満たない小菅村。

先日、9月29日。小菅村でひとつの結婚式がありました。結婚した二人は小菅村に住みます。
0710041.jpg
ちょうど、村の特産の秋蕎麦の花が満開でした。

日本の農村の抱える問題「高齢化と過疎化」を象徴するような村、小菅村に久しぶりの結婚式と、若者の定着。喜びにわくこの日の小菅村をリポートします。

結婚した二人は小菅村で「NPO自然文化誌研究会」事務局長をしている黒澤友彦さんと、栄養士の森田東江(はるえ)さん。
ふたりを結びつけたのは、自然豊かな小菅村での野外教育活動キャンプでした。

友彦さんの出身地は神奈川県海老名市。実家はサラリーマン家庭。農村とは程遠い環境に育ちました。
一方の東江(はるえ)さんは埼玉県大里郡の生まれ育ち。お父さんは公務員の仕事を持ちながら休日は農業を営み、お母さんは老人ホームで介護の仕事に携わっている家庭環境に育ちました。

仕事で小菅村に定住して6年。野外教育キャンプ活動や、雑穀の栽培などに同じNPO仲間や村人と取り組む友彦君の、生まれ育ちは都会でも、今はすっかり「野人」と化した「たくましさ」に東江さんは魅かれたといいます。

0710042.jpg
パレード用の着物で。

披露宴に先立ち、13時半から軽トラックに乗って村内パレードして村人に挨拶して回る予定だった新郎新婦。あいにくの雨模様でパレードは中止となりましたが、披露宴会場にふたりを励ましに訪れる村人らは引きもきりません。

0710043.jpg
新郎新婦親族顔合わせの会場で、やや緊張の面持ちのふたり。

15時から始まった披露宴。
小菅村の公民館「YLО会館」3階の広間での結婚披露宴が開催されるのは20年ぶりとか。この建物が出来た当事は(約50年前)、幾つもの結婚披露宴が行われていたことでしょうね。村一番の大きな建物として人々が集まった屈指の場所だったそうです。

高齢者から赤ん坊まで、村人120名近くが披露宴に参加してくれました。新郎新婦共通の知人若者らが裏方に回って宴を盛り上げます。
お祝いのご馳走は、前日、新婦の栄養士仲間が中心となって手作りしたものが並んでいました。村の郷土料理もお目見えし、村外からの参加者を喜ばせていました。
乾杯の音頭に引き続き料理紹介。小菅村の郷土料理「かまぼこ」と呼ばれているもの。海のない村ですので、海の魚は使われておりません。麩をベースに山菜が入っているようです。でも食感は確かにかまぼこでした。
0710045.jpg
郷土料理「かまぼこ」を紹介する、井村さん。
新郎の大学の恩師で、小菅村の「植物と人々の博物館」の設立運営にも深く関わっています。

司会者や、仲新郎新婦の介添え役も皆新郎新婦の共通の仲間でした。

0710044.jpg
村の古老の採ってきた山の幸、アケビもテーブルを彩り、山奥の村ならではの宴席ですね。

この結婚披露宴に先立つ8月1日に、ふたりは結婚の届けを役場に出しました。それからふたりの小菅村定着の準備が徐々に進められてきました。小菅村の村営住宅に空き家があり、入居することが決まったそうです。また小菅村には定住する若者を応援する「小菅村若者定住促進の奨励制度」があります。その中には「結婚祝金」や「出産祝金」など、定住する2人にうれしい措置が含まれています。

0710046.jpg
笑顔の2人を村が応援しています。

小菅村村長の広瀬さんが新郎新婦に祝辞を述べ「村の活性化に一役買ってもらいたい」と言い添えたのが印象的でした。

東京都民の飲み水の源流域、小菅村。他所から来た若者が村に定住し、結婚をした。この事例が、これからますます小菅村への若者の流入を招く呼び水となってくれると良いですね。(山本豊美)

この記事のURLコメント(0)トラックバック(0)


▲このページの上へ戻る