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お葬式考

2008-08-31 23:54:20

発刊したばかりの「のんびる」9月号で特集しています「納得のいくお葬式を考える」は私にとって興味深い記事です。
3年前父を見送り、今年春には母を見送りました。しかし、わたしにとっての葬儀というものの印象や認識は、父や母の葬儀からは学べないことが多いような気がしています。父は跡取りでした。ですから父も母も先祖からの菩提寺の僧侶にて法要が執り行われましたし、家の近くの先祖代々の墓地に眠っています。

私の家族は今のところ菩提寺も墓地も持ちません。これから先必ず待っている事態に対しどう準備するのだ、と自問しても頭が思考停止状態で進めません。
そんな私に「のんびる9月号」は「まず知ることから見てみようよ」と優しく、私の前途に横たわる黒い不安の塊の糸をほぐして見せてくれるようなんです。

記事を読んでまず思ったのは、「家族葬」をこじんまりと行いたいと考える人は多いのだということ。それを知って気持ちが楽になりました。
私の夫は現在66歳ですが常日頃から、「自分が死んだら葬式なんかしないでいい。海にでも散骨してくれ」というばかりで葬儀の話などにまともに向き合おうともしません。
親戚付き合いもほとんど無く近隣や仕事関係の付き合いも挨拶程度。それを見ている私としては「夫が亡くなって葬式をやっても葬儀に来てくれる人は10名くらいかな」と思っています。夫は自身でそれを自覚しているため「葬儀なんてしないでいい」というようなことを言うのでしょう。でも今まで私のみてきた葬儀は皆、葬祭場で、あるいは家で、何十名も集めて執り行われたものでしたので、小さな葬儀というもののイメージが沸かなかったのです。

しかし「のんびる」特集記事では、アンケートのデータから多くの人が「こじんまりした家族葬は良いことだ」と思っていることが示されています。時代の趨勢というか、核家族化の流れで、私の夫のような持論を持つ人が特に変でないことがわかりました。

昭和の通念を引きずっている私としては、「密葬」とかいった内輪だけの葬儀は、なんだか世間に後ろめたいことがあって仕方なく行うのか・・・などというマイナーイメージを持っていたものです。ところが今では「密葬」だけというケースも増えてきたし、「家族葬」と呼ばれるものも人気が高まって来ているとか・・・。私も認識を新たにしました。

私が懸念することで最も大きいのは葬儀にかかる費用です。これは20年ほど昔の叔父の葬儀の時や、最近の父母の葬儀の時、耳に挟んだ周囲の会話からお坊さんへのお布施はすごく高額のものらしいという先入観が自分の中に出来てしまっていました。
叔父の時は、葬儀のあと、お坊さんに渡す謝礼(お布施)を、叔母が幾ら渡したら良いかお坊さんに尋ねたところ、指を3本立てて見せたので「3万円」だと思って差し出したら、「30万円ですよ!しっかりしてくださいよ!」とお坊さんに、常識のないことをなじられたという話でした。

次に、最近の父の葬儀の時耳に挟んだ、その地域の実例の話。
お坊さんは決して謝礼の金額を言わない。(それはその世界のしきたりであるらしい。)「お心で結構です」と言い張るらしい。Aさんの家では、20万円を封筒に入れてお坊さんに差し出した。するとお坊さんは受け取らない。日頃から一万円札の束を見慣れているお坊さんは封筒の厚さで中に幾ら入っているのかわかるらしい。封筒を取らずに黙って正座したままでいたという。仕方なく封筒を引っ込め、奥に行って一万円札を10枚足し入れて改めて差し出したら受け取ってもらえたそうな。

叔父のケースは今から30年くらい昔の話。神奈川県でのこと。Aさんの話は最近長野県でのこと。30年昔も今も葬儀の際お坊さんに渡す謝礼は最低30万円か?などと思ってしまう。地域性もあるのかな。神奈川県での最近の相場はもっと上がっているかも知れない。東京では、それより高いかしら・・・。
こんな世俗の悩みに、「のんびる」の記事は付き合ってくれる。「仏式の料金の目安」を載せてくれています。
「戒名」によっても違うのですね。うちの父母は戒名が信士・信女でしたから値段は最安ランクです。

生前父は「戒名なんて何の意味もない。森鴎外は戒名を拒否し、自分の墓に『森林太郎』という本名を彫らせた。そういうのが良い」と言っていたから戒名が安いランクでも何でも平気であの世で笑っていることでしょう。私はそういう父の影響下で育ちましたから、「戒名」に何の関心も無く来たのです。

でもそういう私でも、最近「戒名」というものにちょっと別な視点を持つようになりました。
私が少し前までホームヘルパーの仕事でよく訪問していた女性。84歳で、それは優しく賢く、私の憧れの女性でした。その女性が、ある日こんなことを言ったのです。
「昨日ね、民生委員の○○さんが久しぶりに家に来てくださいましてね。一緒にお仏壇の周りのお掃除したんです。私もいろいろ整理したく思うものですから・・・。ここの仏壇には、我が家の家系図も置いているんですの。古くて傷んでいるのですけれど・・・。そしたら○○さん、その家系図を見て、『まあ、院号の方が2人いらっしゃる』と驚かれました。そしてね、『院号というのは、菩提寺によほど貢献した方でないともらえない戒名なのですよ。たとえば寺を建て直す際に高額の寄進をしたとか、その他社会に貢献した人でないと。そういう方が先祖におられる家系図は大切にされたほうがいいですよ』といってくださいました。私、誇らしい気持ちでした。それで傷んでいる家系図を、専門の修理に出そうかと思っております。」と。

私は感心した風に相槌を打って聞いておりました。実際、感心したのです。あの時のあの女性の言葉で私の「戒名」考あるいは仏壇考が今までとは違う方向に向き始めました。自分のルーツを誇らしく思うことはいいことだ。家系図だって、次世代に誇りを伝えるものの一手段としては大事なものなのかもしれない。この女性は「院号」がお金さえ積めばもらえるもんだという皮肉な見方をせず、「お寺さんや社会に貢献したから」と素直に信じている。そして自分が亡くなって先のことをあれこれ考えては人生の整理をやることを生きがい、または課題にして今を生きている。

そうした女性の生き方を見て、私も襟を正すような気持ちで考えました。「自分の代で終わるのではない家系」のこと。「この家系の流れの中に生きた幸せ。次世代もさらに自分のように幸せな人生を送ってもらいたいの。よきものをたくさん子や孫たちに受け継いで欲しいと願います。ですから私は毎日こんなにして、家を磨き、家の思い出を磨いているのです」という女性の声が聞こえてくるようです。
人生の整理、葬儀への準備とは、同時に若いものへの教えでもあるのだから、「自分はこうしたい、と貫きとおしたね」「自分の代で終わりだよ。あとのことは知らないよといわんばかりだったね」と周囲の人が感じ取るような葬儀はどうかな・・・と思うようになったのです。

「こじんまりした家族葬」は今の社会の流れに合っている。と、まるで、マンションを選ぶ時の合言葉「家族形態に合った間取り」に似た語感の「家族形態に見合った家族葬」。現実そこへ至るのさえ精一杯のような我が家ですが・・・。
でも今から準備したら形はどうでも、ルーツを受け継いでいく場になるようなことが実現できるかも知れません。

「のんびる」記事で最後の方に碑文谷 創(ひもんや はじめ)さんの言葉があります。「自由な、それぞれに合ったお別れ、送り方ができるようになった反面、何が本当に大切かということも見えにくくなってきたように思います。これまでの根拠のない因習、しがらみからの開放という評価すべきことが多い一方、文化的には根無し草になる危険をはらんでいます」という言葉が私にはずっしりと重く感じられました。
引越しばかりしてきた我が家のことを私は自嘲気味に「根無し草」と表現したことがあるのですが、文化的にまで根無し草になりたくないな、と思います。「のんびる」9月号の記事に触発されて長々とつぶやいてしまいました。(山本豊美)

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野菜の日に

2008-08-31 21:07:26

8月31日は「野菜の日」。今日の朝日新聞朝刊の新聞広告に一面で大きく広告が出ていたので知りました。不肖私、今まで知らなかったのです、8月31日が「野菜の日」だなんて。
セカンドリーグの「シニアにとっての食育〜鎌倉の台所から〜」担当のリポーター、浅越さんは「野菜の日」を認識しておいででした。さすがです。浅越さんのブログ記事の写真の野菜たちの元気そうな姿にも惚れ惚れします。

野菜は写真もいいですが本日の新聞広告の水彩画による野菜とその花の姿には目を奪われました。「野菜は元気を咲かせます。8月31日は、野菜の日。」という語句を囲む野菜とその花たちの絵。水彩画でしょうね。

よく「我が家の小さな菜園でこんな南瓜が取れました」とかいった心温まるひと言を添えて出す絵手紙(絵はがき)というものががあるけれど、この広告の野菜画はそういう素人の下手上手(へたうま)の味を持った、いわゆる俳画ではなく、おしゃれな市販の絵葉書や便箋にありそうなプロの画。かといって綺麗になりすぎていない。
これ以上写実的だと植物図鑑の画になるが、かといってこれ以上抽象的(省略や誇張が加わる)だとファンタジックなイラストの分野に入ってしまいそう。
広告に描かれたどの野菜の画も花の画も見事だが、私が特に感心したのは茄子の果実の画。はじめ「これだけは写真?」と思ってじっと見入ってしまった。「そんなわけないよね。これも画ですよね」とつぶやいて、またさらに「ああ、美味しそう・・・」と見入ってしまいました。

この画とそこに添えられた説明文(親切なことに主たる産地まで書かれている)を一通り読んでからやっと、この広告主が誰なのだろうと関心がわきました。

画の右下に「キューピードレッシング」の文字があったので「ああ、調味料会社ね」と思い、左下には「全農」とあったので「ああ、昔は農協って言ったね、今JA。その全国組織ってわけね」と理解。そして「・・・でどういう広告なのかしら?」と考えました。

全農の記事の左下に小さく「8月31日、『食と農シンポジウム』開催!!」とありました。「これでは行かれないじゃん。8月31日の朝の新聞に、その日開催するものの告知を出しても、それ見てすぐ出かけられる人は少ないよなあ・・・」と、ちょっと残念。つまり私自身が行かれなかったから。

で、この一面広告からすると左下の小さな記載でしかない「シンポジウム」はどうでも良く(失礼!)、一番言いたいことは、「もっと野菜に親しんで!」ということだろうと思いました。そういう狙いだと、野菜の画と野菜の花の画を対にして載せたのは素敵なアピール方法だと思いました。

この広告を見ていてふっと思い出したのは、週刊朝日2008年6月6日号に内館牧子さんが寄せていたエッセー。
「暖簾にひじ鉄」という題の連載なのですが。この回の副題は「野菜の花」といいました。
内館さんの「暖簾に・・・」を私はよく、くすくす笑いながら読むのですが、この6月6日号の文は、読後私はしばし目頭が熱くなり、寒々とした物思いに沈み込みました。

皆さんに内館さんのエッセー全文をここに載せて紹介したいくらいですが、長くなるので省略。部分を引用して紹介します。

〜私がまだ会社勤めをしていた頃、初めて「歳時記」全五巻を丁寧に読んでみたのである。あの時はつくづく驚いた。各野菜の花が、季語としていちいち載っているではないか。(中略)私はあの時、日本人は脇役の「野菜の花」にまで目を配り、季節を感じ、愛情を持って見ているのだと、本当に圧倒された。日本人の細やかさや文化は、世界に誇れるものだと、心底思ったのである。・・・(中略)・・・であればこそ、各地で連続して起きている「チューリップ、パンジー虐殺事件」は、日本人が変質してしまったとさえ思わされる。・・・(中略)・・・弱いものを虐殺したということでは、四月に水戸市の千波湖で黒鳥五羽と白鳥二羽が殴り殺された事件もある。・・・(中略)・・・かつては野菜や果物の花、害虫にまで人格を認め、愛し、共に生きてきた日本人が、なぜこうなったのか。日本人はおかしくなった。
引用終わり。

私が内館さんのエッセーを読んで目頭を熱くしたのは、その正義感と優しさとそして、今更ながら大変な知性の持ち主だと気がついたことから。寒々したのは、内館さんの「日本人はおかしくなった」と結んだエッセーの裏に、内館さんの「今の日本人とその社会」への絶望が感じ取れたから。その絶望に共感したからなのです。

「座右の銘」というものがありますが、私はこの6月6日号の内館さんのこのエッセーを「座右のエッセー」にして暮らそうと思ったのです。

そんな私に「8月31日野菜の日」の広告の野菜の花の画は「日本人の感性の復活」を謳っているもののように思え、なんだか希望がわいてきます。

朝日新聞に載った広告は全農のホームページから見ることが出来ますよ。ホームページに入ってNEWをクリックするとあの広告が見られるようになっています。是非ごらんあれ!

それにしても、あの野菜画を描いた人は誰なのでしょう。全農さん、今度広告出す時は画の作者名も載せてね。(山本豊美)

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“源流きらり”の生産者に会う

2008-08-26 17:39:33

8月15日付けのブログでお伝えしました私的オススメの環境浄化剤“源流きらり”。今日、生産者の吉沢正広さんにお会いして話を聞きました。一年程前に山梨県上野原でお会いしたときの様子と違い忙しそう。“源流きらり”の普及活動が軌道に乗って来たようです。“源流きらり”の工場のある小菅村に出向いて取材しようと思っていましたら、吉沢さんがこの日丁度府中に用事で出てこられるというので、府中でお会いすることにしたのです。

「文芸春秋」の季刊別冊「夏号」に柳澤桂子さんが寄せた文中に“源流きらり”を愛用している旨の文章があり、それを読んだ読者からの問い合わせが多いのだとか・・・。また液肥として認められたので、「現代農業」にも取り上げられ、それを読んだ読者からの問い合わせも続いているとのこと。“源流きらり”ファンの一人として私もうれしくなりました。

柳澤桂子さんといえば最近「般若心経」の解釈をした本を出してベストセラーになりました。その生き方がNHKテレビ番組にも取り上げられ、大きな反響のあった方。若い頃原因不明の難病に罹り、苦しみの余り一時は死を願ったということなど、私も何かで読んで、うろ覚えに知っておりました。
死の瀬戸際まで行き、深い哲学的境地に至った柳澤桂子さんが“源流きらり”を愛用しておられるということに、「さもありなん」と深くうなずく私です。
長いこと身近にしてきたありふれた食べ物を材料にした環境浄化剤というのが安心感をもたらすのではないでしょうか。

吉沢さんのお話では、今“源流きらり”を取り扱っているスポットは関東に20軒ほどになるそうです。インターネットでも販売していますので全国から問い合わせや購入希望があるそうです。

今回の取材場所は、吉沢さんが少年期〜青年期までを過ごした東京都府中市の京王線府中駅付近。府中駅北口から徒歩5分ほどの喫茶室「蔵」でお話を聞きました。この建物は「中久」という酒店の蔵を改装して喫茶店にしたもの。落ち着いた雰囲気でケーキもコーヒーも美味しく、話相手の話の中身も面白く久々に「喫茶店で過ごす時間の醍醐味」を堪能した気がしました。取材の時、私はいつもほとんどしゃべらないのですが(取材者だから当たり前か・・・)、今回は取材終えた後、自分の声がしゃがれていることに気付き、自分も相当しゃべったのだな、とわかりました。“源流きらり”そのものより、お互いの携わってきた生協運動のことが多かったと思いますが・・・。
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喫茶店「蔵」の前で。ここら辺は吉沢さんガ子どもの頃親しんだ場所だそうですが現在あの頃の街の面影はほとんど無くなってしまったといいます。

実は吉沢さんは今から数年前まで東京に住んでいて、某生協で生協職員として15年間活躍されていたのです。今は生協組合員として生協に関わっておられます。私と同じ生協で。共鳴しあう巾が大きかった訳です。

取材を終えて吉沢さんの案内で府中駅近くの「さくら市場」に行きました。“源流きらり”が置いてあるのです。

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「さくら市場」では“源流きらり”を洗剤売り場でなく鮮魚売り場に置いてくださっているということが、意表をつきかつ意義深いところです。小菅村の大切な資源「やまめ養魚場」のイメージと海の魚達の泳ぎ回る海の養魚場とが結びつきます。「山と海は繋がっている」のだから、この陳列は正しいと思いました。「多摩川の水源を守ろう」というメッセージもさりげなく入っているお店のポップを目にして、世の中の良い流れの音を、きれいな川のせせらぎの音を耳にした気持ちがしました。(山本豊美)

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多摩の憩いどころお蕎麦や編

2008-08-20 03:38:57

朝夕風が涼しくまた冷たく感じられるようになりました。秋風に顔をなでられていると、この夏も何とか乗り切ったな・・・という安堵感が生じます。よく眠りよく食べた自己管理の賜物でしょう。あの五輪水泳のフェルプス選手も「よく眠りよく食べることが大切」と言っていたそうで・・・。
さて、我が家の台所には、まだそうめん用の乾麺もあり、冷蔵庫内に冷やし中華用の生麺も残っているので、早く夏らしいメニューのかたづけをしなくてはと焦るこの頃。
今年、充分夏らしい食べ物を楽しんだかしらと振り返ると、そう・・・かなりいい線行ってたと満悦。家庭での食事シーンも良いけれど、外での食事も良い出会いがあったと記憶します。
そこで今回、外食でよい出会いをしたところの中、蕎麦屋さんの紹介をします。
八王子の蕎麦処「坐忘(ざぼう)」
JR西八王子駅から徒歩10分くらいの場所にあります。八王子中央図書館に近く駐車場も5台分あるため我が家では「この夏」というより日頃から行きつけの蕎麦処です。

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店内の落ち着き感ガいいです。卓上の生け花も、細やかなもてなしの心を感じます。

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座ると、女性客には膝にかける絣布を出してくれ、恐縮しつつ布を広げているとお茶が出てきます。そば茶です。中にはソバの粒が入っていて可愛いいな。演出が行き届いたお店です。

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ソバの色は緑がかっています。この写真ではそうは見えませんが。紫がかったソバに慣れていた私は最初驚きました。ガ、口に入れるとソバの風味、コシともに納得。ツユの甘辛加減も最高。

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「坐忘」ではいつも「天せいろ」を注文します。小海老ガ10尾ほど、まるで鳥の巣のように丸く固まって天ぷらになっています。どうやってこの天ぷらを作るのか不思議。そしてまた、この巣を箸の先で慎重に突き崩す楽しみにはまってしまいました。

普通のソバ屋さんでは「天せいろ」というと、大正海老以上の大きさの海老の天ぷらが1〜2尾に野菜の天ぷらが盛り合わせてある。「坐忘」の天せいろは小エビを使っている。それも普通の天ぷらの衣じゃなく、天カスを固めたような衣で小エビを丸く固める。個性的だ。
個性的はどうでもいいが、肝心は食べやすいこと。私は歳をとって、大ぶりの海老を箸で持ち上げ、かぶりつくという行為が次第に億劫になった。行為の見た目を気にしているのでなく、歯が弱くなり、なかなか海老を食いちぎれないのだ。その点、「坐忘」の海老天は食べやすくてうれしい。それが、この店にはまった一番の要因かもしれません。

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この小海老がまた、新鮮でプリプリしていて、小さくても満足感を味わえるのです。
「坐忘」の住所:八王子千人町3−14−11
電話・fax 042−661−2945  水曜定休

吉祥寺の蕎麦処「上杉(うえすぎ)」
杉浦日向子とソ連編著「ソバ屋で憩う」の文庫本を片手に出かけました。JR吉祥寺から徒歩5分。本の文中の「ひなびた風情の入り口を入り、こじんまりした店内で・・・」という表現そのままだと共感しつつ「大人の憩い」をしみじみ味わいました。

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板ワサ・焼き味噌・せいろ蕎麦大盛りと日本酒一合食して2120円也。安い!吉祥寺駅にこんなに近くて、こんなに安いなんて!

「上杉」の住所:武蔵野市御殿山1−3−7
電話:0422−42−0521  火曜定休

思えば東京女子大に在学していた友人を尋ねては二人連れ立って吉祥寺の町を闊歩したのは30数年前。「上杉」のような落ち着いた店がある吉祥寺の一面を知りもせず、スパゲティ屋や喫茶店ばかりに目を泳がせていたっけ・・・などと感慨に浸りつつ冷酒で味わう板ワサ。吉祥寺の町再発見は自分が歳をとってもの事のいろんな側面が見えるようになったことの証。「ああ、歳をとるのもいいもんだ」と思いませんか?(山本豊美)

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「源流きらり」で我が家を浄化

2008-08-15 05:36:25

先日神奈川県相模原市藤野町のスーパーで手に入れた「源流きらり」。以前から欲しかったものですが、山梨県小菅村の物産館で売っていることは知っていても他の場所で手に入れるのは難しいと思っていたものですから、うれしくて早速購入しました(今では、インターネットで購入できることも知リました)。
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スーパーのポップらしくない手書きの商品案内に何となくこの商品の素朴さが感じられて顔がほころびます。

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この「源流きらり」を知ったのはほぼ2年前。小菅村の自然キャンプを取材に行った時です。そのキャンプでは調理したあとの食器洗いに一般の合成洗剤を使いません。川の清流を飲食に用い、食器を洗い流す水もまた清流に返します。近くには小菅村特産の「やまめ」の養魚場がいくつか川の水を引いて営まれています。それで、「やまめ」の健康を害するような洗剤等は川に流さないのです。
フライパンや皿などの油汚れはまず紙でふき取る。それから水洗いする。よっぽど油でベタベタな場合はせっけんで洗いますが、普通の汚れなら水洗いで充分。でも、それを長いこと続けると、流しの排水管に匂いやヌメリが残ってしまいます。さあ、そこで「源流きらり」が登場しました。

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森の中のパン屋「アリコヴェール」in山梨

2008-08-05 22:20:41

今明野の森の朝はどんなだろう。朝霧がたちこめているかしら?小鳥達の朝早くからの交し合うさえずりはどんなに賑やかだろう・・・。
山梨県北杜市明野町の「森のパン屋アリコヴェール」を思い出だすとき、あの木々たちに囲まれた小屋の朝の空気が胸に流れ込んで来るような感覚を覚えます。

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アリコヴェールの外観
5月30日のお昼ごろ取材に行ったのですが、そんな時間でも、朝のさわやかな空気がまだ登りきらないで漂っているようなあの森の中。

パン屋の店主、望月三由季さんが11年前にここに店を作ろうと決めた当時、ここは鬱蒼とした森だったとか。今では周囲がどんどん開発され森が人里に変っていく。「その速さは驚くばかりよ!昨日まで森があったのに!とか思って」と笑う望月さん。11年前、水道も電気も届いていない森の中にパン屋さんを作ろうとした人。

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望月さんの住まいは韮崎市に在る。韮崎といえば山梨県でも、新住民が多く人口密度は高い。商売をするのならそういうところでやったほうが便利だしお客もつきそうなのに・・・何ゆえワザワザこんな山の中にパン屋のお店を開く気になったのだろう。

望月さんの話を聞いているうち、「豊かな自然の中に」というのが望月さんのこだわりに大きなウェイトをしめているのだとわかりました。

パンに入れる様々な材料(豆とか果実とか)を、いずれは自分の畑で作りたいので土地の広いここを買い、畑も付属した「森のパン屋」を作ろうという構想があつたのではないかしら。
他に、実際、ドイツ製の、大人が一人入れるような大きいパン焼き用石焼がまを、自宅の在る密集した住宅地に置くことは難しかったから、ということもある。

しかし、望月さん、やはりというか、ここにパン屋を開店した当初はお客さんが来なくて苦労したようだ。パンを焼いても焼いても、人には売れないで家畜の餌にでもするしかなかった時期が続いたり、森の間を走る別荘客の車の目に付くように路上で販売したりしたとか・・・。そのときの苦労話を始めればきりがないと思われます。なのに望月さんはそんな話はさらっと笑顔で流す人。
11年試行錯誤重ねてきて、今は全国に顧客がいます。その日も産直パンを宅配したりと忙しそうでした。お店に並んだパンも午前中でほとんど売り切れてしまいます。
パン作り教室も定期的に開催。望月さんはまさに女性一人、独力で「森の中のパン屋」を作ってきました。天然酵母や国産小麦を原料にしたパンを並べたパン屋さんを!

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化学的な酵母を使ったパンを作るより、天然酵母を使ったパンはつくるのが難しい。そんなパン作りに忍耐強く挑戦する姿勢が、忍耐強く築いた店の歴史とオーバーラップします。

そもなんで、望月さんはパン屋さんになろうとしたのでしょう?!それは望月さんのお子さん達がアレルギーを持って生まれて来たから。特定の食品を摂取するとアレルギーを起こす子ども達のため、望月さんはいろいろと工夫して食事作りをせざるを得ませんでした。
アレルギー治療のもとをたどれば、食品のいろいろな背景が見えてきました。反自然な栽培や様々な添加物。それらが意識しないうちに体内に蓄積され、自分の子ども達に症状となって現れたのではないか・・・。
アレルギー除去の知識や調理技術を探求するうち、望月さんは国産酵母を使ったパン作りの面白さにのめりこみました。
そしてパン焼き技術を取得して、韮崎の自宅で友人や近所の主婦相手に「パン作り講習会」を開きました。その講習会がとても評判で、「ではパン屋さんを開こう」という次のステップに望月さんは立つことになったのです。

リポーターの私、山本はパンよりはケーキやクッキーが好きな「甘党」ですが、「アリコヴェール」さんの果実やナッツ入りパンをいただいてみますと、おや、不思議。砂糖を全然使っていないというのに、充分甘く感じられるのです。それにしっとりしている。干しブドウが甘味の原因だとわかりましたが、その甘味加減が絶妙なのです。
昔、アレルギー対応の材料を使ったクッキーのようなお菓子をいただいたときがありました。味気なくてパサパサして、まるで「鳥の餌?」と思ったことが思い出されました。

アリコヴェール」のパンはあれと全然違うなあ。きっと、技術の違いが大きいのでしょうね。

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アリコヴェールは山梨県北杜市明野町にあります。
電話番号は0551−20−2030
事前に電話して売り切れを確かめたほうが無難です。(山本豊美)

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