pagetop

リポーターブログトップ > 記事詳細

火を再び人の手に

2006-11-01 06:15:54

0426.jpg

10月26日の「えがお・つなげて」取材で得たたくさんの提言の言葉のうち今一番印象に残っている言葉があります。「火を使わないと人はダメになるそうです」という言葉。藤木照冶さんが、「森には伐採した木がたくさんあります。それを里まで引き出そうとするとコストがかかる。だから、建材などに使われずほったらかしの現状があります。『えがお・つなげて』はバイオマス構想の中の一つに木をチップにして燃料に使おうと考えています」と話す中に出てきた言葉です。
「現代人は火から遠のいているでしょ?生活すべてに電気が拡がって。でも火を使わないと人はダメになるっていいますよ」と続けたのです。ハッとしました。
9月末に取材した北都留森林組合の中田無双さんの言っていた言葉を思い出したから。「団塊世代の人たちからも山に来たいって声はたくさん届いています。中には、単に『焚き火がしたいから』って言う人も・・・」と言うのに「えっ!焚き火だけのために山に来たいって言うのですか?」と聞き返しますと、「ええ。そういう人は結構いますよ」とさらりと中田さん。曰く「だって都会では焚き火ができないでしょ?」。
・・・思うに、これは、現代人が火を求めているってことではないでしょうか。その昔、ヒトだけが火を使うことを覚えた。人類の文明は火を使うことから始まったといってもいい。今、あちこちで「火を炊きたい」の声が上がるということは、原初の人の血が私たち現代人にも脈々と伝わっていたことの表れではないかしら・・・。
今の日本全体に時代の閉塞感漂うと言われている中、その鬱屈を打破する鍵は、もしかしたら、木を燃やす焰?! 焚き火の焰を見つめることから始まる、心の先祖がえり、これなのではないかしら。
ここに至って、以前私に、飯田市にある「大平宿」の取材を薦めてくれた人の意図がわかりました。「大平宿」は囲炉裏を囲んだ人の暮らし、火を使う人の暮らしの体験ができる宿なのです。「えがお・つなげて」の提唱する素晴らしいキャッチコピー「日本に帰ろう」は「火の近くに帰ろう」でもあるのではないか、という気がしてきました。
写真は須玉町の古民家の庭にある立派な松の木。本文の倒木チップ化計画とは関係ありません。ただ、山梨県内であちこち松枯れを目にする中、こんなにも元気な松の木にお目にかかれたのでうれしくて記念写真を撮りました。(山本豊美)

この記事のURLコメント(2)トラックバック(0)

http://secondleague.net/user/006/006/cwtb.cgi/252

Posted by 山本 at 2006-11-02 20:45:22

fujiさんコメントありがとう。ヨーロッパの教会のキャンドル・・・いいですね。私も数年前生協の役員をしていたとき、生協の仕事でイタリア・スペインに行きました。向こうは石の文化です。カメラを落としたら硬い石畳の上にあたって壊れてしまいました。日本では地面に落として壊れるなんてこと珍しいのに・・・改めてヨーロッパの風土の厳しさを感じたものでした。それに冬だったし。だからこそ、夜のともし火の美しさ、暖かさが印象に残っています。教会はそんな人間の希求をよく研究してますよね。

Posted by fuji at 2006-11-01 22:29:02

いつもエネルギッシュな山本さんのブログに力づけられています。そして今日はとく、現代人にとっての「火」の大切さを考えさせていただくよいお話で
した。東京で焚き火が許されなくなってどのくらい経つでしょう。子供たちが小さいころは秋には庭で落ち葉で焼き芋を焼いて楽しんだものです。キャンプファイヤーの火を見つめてしんみり人生を考えることもありました。焚き火ではないけれど、ヨーロッパの教会でキャンドルをともしたりクリスマスのキャンドルサービスで大感激もしました。本当に炎というのは何か人に深くものを考えさせるすごい力がありますね。このブログでもう一度考える機会を与えていただきました。ありがとうございます。

名前
メール
URL
コメント

▲このページの上へ戻る