寒気がやわらいできた今の時期、味噌の仕込みの時期到来です。
3月3〜4日、山梨県小菅村で行われた味噌作りを体験してきました。小菅村で活動展開する「
NPO法人自然文化誌研究会」主催事業で「小菅村郷土食連続講座4」と銘うってます。
味噌作り講座の講師は、小菅村で養魚場を営む木下さんの奥さん、純子さん。教室も木下さんの家の庭。
13:30 大豆を煮始めました。大豆10キロ。一晩水に漬けてあります。
今年の小菅村では大豆が不作だったため、大豆は北海道産の豆。
小菅村の多くの家庭では、味噌作りをするのに使う大豆は12キロ以上が普通とのことですが、木下さんの家は夫婦2人暮らしなので、10キロもあれば1年分足りるとの話。今回仕込んだ味噌は1年後、参加会員さんに分量渡されます。
天気に恵まれたこの日、屋外での火炊きには好条件でした。
薪割りも体験したりして。
カマドに火をおこすのがなかなか大変。煙が目にしみる。
2月末から3月にかけて味噌を仕込む理由は、「冷たい引き締まった水を使うと味が良いということや、暖かくなると蚊やハエのような昆虫類が活動し始めるから寒いうちにするのだと思う」(純子さんの談)ということです。
今回、味噌作りと並行して、こんにゃく作りにも挑戦しました。
大豆が煮える間にもう一つのカマドで、こんにゃく芋を煮ました。
こんにゃく作りは、生芋をすりおろしてから水を加え火にかける方法と、芋を煮てからすりつぶして水を加える方法と2つあるようですが、今回は、後者のやり方で。
1時間ほどして柔らかくなった芋を取り出し、皮をむきます。指先が熱いです!
臼に芋を入れて杵でつぶします。差し水しながら。次にアルカリ性の液(炭酸ソーダ)を入れ混ぜます。
こんにゃくらしく、灰色で透き通った感じになります。
次に手でおむすび大に固めて、炭酸ソーダを塗った手の中で転がすと表面がつるつるになります。それを沸騰させたお湯の中にいれ20分ほど煮ます。そして、掬い上げて冷水の中に入れ、冷まします。
こんにゃくが出来上がりました。ねぎや鰹節、一味唐辛子などの薬味をかけ、お醤油で「いただきま〜す」。
一方の大豆のお釜では、表面に泡が浮かんできました。丁寧に泡をすくって取り除きます。カマドに火をつけて3時間。
この日は、豆の煮汁に浮いてくる泡をすくいとる段階で夕方に・・・。
近所のお母さんたちが通りがかりに声をかけてくれます。「いつから煮はじめた?ああ、じゃあまだだね。明日も煮なきゃアね」と。
翌4日も晴れ・木下さん家の庭に集まり、朝からまた火をおこして煮ました。味噌作りの豆の柔らかさは、煮た豆を親指と小指ではさんでつぶれるようになればОkです。昨日から通算6時間煮て、やっと良い柔らかさになりました。
臼に煮豆を入れてつぶします。
10キロの大豆でしたから、臼に入れてつぶして、つぶれた豆を容器に入れて、臼を空にしてから、また煮豆を入れて杵でつぶして・・・という繰り返しを10回ぐらい行いました。
杵も重くて、豆のつぶし残しも・・・ああ。暖かい陽射しに汗が・・・。つくづく「手作り味噌」の工程が手のかかるものだということを痛感した瞬間でした。
豆を煮た液(アメと呼んでいました)は捨てないでとって置きます。
純子さんはその液をバケツに移し、バケツごと冷水に漬けて冷やしていました。
豆が全部つぶれました。そこに麹(コオジ)を入れます。
麹には米麹と麦麹の2種類がありますが、米麹を使うと、甘い味噌が出来るということです。
今回は麦麹を使います。小菅村で麹を手に入れることは難しいそうで、木下さんは青梅まで行き手に入れて来ました。
つぶし大豆と麦麹をよく混ぜてから、豆の煮汁(アメ)を少づつ加えます。適当なゆるさになったら(各家庭で好きな硬さがある)よく空気を抜いて平にならし、、容器の壁面は雑菌がつかないようによく拭いておきます。表面に塩を敷いて。
ビニールでピッチリ覆い、空気に触れさせないようにします。中ブタをして、重石を載せ、上に蓋をして、冷暗所に保管。
これで1年保管すればお味噌が出来ます(この秋には十分食べられる味噌になっているとのことですが1年待っても平気な私たち)。
途中、開けて、上下かき混ぜる「天地返し」をしなくてはなりません。木下さんは「年に1回やれば十分」だそうです。
さあ、1年後の味見が楽しみになりました。
小菅村に1泊2日しましたが、せせらぎの音が常時聞こえていて、山々で切り取られた空が近いです。夜空の満月を写真に残せなくて残念でした。リスも目撃したけど、映像に残せなかった。5月4日は「多摩源流まつり」があります。山菜おこわが安くて美味しいとの評判を耳にして、今から予定している山本でした。(山本豊美)