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“源流きらり”の生産者に会う

2008-08-26 17:39:33

8月15日付けのブログでお伝えしました私的オススメの環境浄化剤“源流きらり”。今日、生産者の吉沢正広さんにお会いして話を聞きました。一年程前に山梨県上野原でお会いしたときの様子と違い忙しそう。“源流きらり”の普及活動が軌道に乗って来たようです。“源流きらり”の工場のある小菅村に出向いて取材しようと思っていましたら、吉沢さんがこの日丁度府中に用事で出てこられるというので、府中でお会いすることにしたのです。

「文芸春秋」の季刊別冊「夏号」に柳澤桂子さんが寄せた文中に“源流きらり”を愛用している旨の文章があり、それを読んだ読者からの問い合わせが多いのだとか・・・。また液肥として認められたので、「現代農業」にも取り上げられ、それを読んだ読者からの問い合わせも続いているとのこと。“源流きらり”ファンの一人として私もうれしくなりました。

柳澤桂子さんといえば最近「般若心経」の解釈をした本を出してベストセラーになりました。その生き方がNHKテレビ番組にも取り上げられ、大きな反響のあった方。若い頃原因不明の難病に罹り、苦しみの余り一時は死を願ったということなど、私も何かで読んで、うろ覚えに知っておりました。
死の瀬戸際まで行き、深い哲学的境地に至った柳澤桂子さんが“源流きらり”を愛用しておられるということに、「さもありなん」と深くうなずく私です。
長いこと身近にしてきたありふれた食べ物を材料にした環境浄化剤というのが安心感をもたらすのではないでしょうか。

吉沢さんのお話では、今“源流きらり”を取り扱っているスポットは関東に20軒ほどになるそうです。インターネットでも販売していますので全国から問い合わせや購入希望があるそうです。

今回の取材場所は、吉沢さんが少年期〜青年期までを過ごした東京都府中市の京王線府中駅付近。府中駅北口から徒歩5分ほどの喫茶室「蔵」でお話を聞きました。この建物は「中久」という酒店の蔵を改装して喫茶店にしたもの。落ち着いた雰囲気でケーキもコーヒーも美味しく、話相手の話の中身も面白く久々に「喫茶店で過ごす時間の醍醐味」を堪能した気がしました。取材の時、私はいつもほとんどしゃべらないのですが(取材者だから当たり前か・・・)、今回は取材終えた後、自分の声がしゃがれていることに気付き、自分も相当しゃべったのだな、とわかりました。“源流きらり”そのものより、お互いの携わってきた生協運動のことが多かったと思いますが・・・。
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喫茶店「蔵」の前で。ここら辺は吉沢さんガ子どもの頃親しんだ場所だそうですが現在あの頃の街の面影はほとんど無くなってしまったといいます。

実は吉沢さんは今から数年前まで東京に住んでいて、某生協で生協職員として15年間活躍されていたのです。今は生協組合員として生協に関わっておられます。私と同じ生協で。共鳴しあう巾が大きかった訳です。

取材を終えて吉沢さんの案内で府中駅近くの「さくら市場」に行きました。“源流きらり”が置いてあるのです。

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「さくら市場」では“源流きらり”を洗剤売り場でなく鮮魚売り場に置いてくださっているということが、意表をつきかつ意義深いところです。小菅村の大切な資源「やまめ養魚場」のイメージと海の魚達の泳ぎ回る海の養魚場とが結びつきます。「山と海は繋がっている」のだから、この陳列は正しいと思いました。「多摩川の水源を守ろう」というメッセージもさりげなく入っているお店のポップを目にして、世の中の良い流れの音を、きれいな川のせせらぎの音を耳にした気持ちがしました。(山本豊美)

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ペットボトルの再使用を考える

2008-07-20 10:46:16

前回の続きでペットボトル再使用のお話。
忍野村の天然水を再使用ペットボトルで供給しようと考えている山梨県の生協「パルシステム コープやまなし」の高橋専務にお話を伺い、また資料をいただいて目を通す中で見えてきたペットボトルの「第二の人生ならぬビン生」いえ、「第三、第四と続くビン生」。そんなお話。

一回使用しただけでリサイクルに回されるペットボトル。現状、ペットボトルのリサイクルというのは、資源ゴミとして回収されたらその先は、粉砕されて溶かされ、衣料品とか洗剤のボトルなどに生まれ変わるということ。「大事に使えば何度でもボトルとして利用できるのにもったいないな・・・」と思う人はたくさんいると思いますがどうなのでしょう。

「地球温暖化防止の側面から『ペットボトルの再使用が良い』と思っている人は53%〜55%であり、約半数。」とのことでした。これはコープやまなしが2007年に行ったペットボトル再使用実験の時の、消費者対象のアンケート結果です。
「リユースもリサイクルもどちらも良い」という答えや、「リサイクルが良い」「わからない」とした回答が合計30%以上を占めていたことから、リユースの環境性能(温暖化側面)に関する情報が十分に行き渡っていないことが示唆されているようです。
生協の組合員さん対象のアンケート結果であり、同時に行った一般市場でのアンケート調査ですと「リユースとリサイクルは同じくらい良い」と回答した消費者が66%でした。
生協の組合員さんは環境に関する適切な情報を一般の消費者より持ち合わせていることがわかります。

私(山本)が一般消費者の側に立って見ると、「ペットボトルの再使用のシステムの具体的イメージがわかない」ということもあると思うのです。
「清潔好き」で世界的に有名な日本人の感性からすると「プラスチックが再び出回るのというのは衛生面でどうかな・・・」という不安があるとも思うのです。

コープやまなしが2007年に行ったペットボトルの洗浄実験の様子を紹介します。
「洗浄液は、2006年岡山県工業技術センターとパルシステム連合会で協同開発した洗浄液を使用した。PETボトルの洗浄工場は日本に存在しないので、壜洗浄技術を持つ(株)トベ商事に洗浄をお願いした。・・・(中略)・・・洗浄機内で通常の洗浄水圧でもボトルが跳ばないようにフォルダーを少し小さめに作って“自動洗浄”が出来るようにした。そのため普通の壜と同じように自動ラインでの投入と自動排出が可能になった」
ああ、ペットボトルの洗浄工場は日本でも可能なのですね。
ちなみにこの時の洗浄時間は22.36分で水温は平均60℃だったそうです。
洗い終えたペットボトルの、ニオイなどの「官能試験」を行った結果、特段問題は認められなかったということです。

市場にペットボトル再使用のシステムを構築するのに向けて、洗浄工場などハード面ではOKなのです。あとはソフト面。消費者がペットボトル再使用を受け入れてくれるかどうかしら・・・ということ。生協コープやまなしが今回「忍野村の天然水」を供給する試みで、いろいろと調査した中に、「あなたはどんな水を飲んでいますか?」という設問がありました。今、飲み水の消費傾向ってどんな風なのでしょう・・・。これについては次回に書きます。(山本豊美)

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リユースペットボトルで美味しい水をin山梨

2008-07-11 13:36:30

いよいよ真夏到来。水が恋しい季節です。今回日本の美味しい水(ミネラルウォーター)とその容器のお話です。
まずお水。富士山麓の忍野村の天然水を紹介します。富士山の雪解け水が長い年月をかけて玄武岩層を通り、地中深くしみ込むことにより、バナジウムが豊富に含まれ磨かれたアルカリ天然水になります。

富士山麓の地下水に含まれる「バナジウム」については、私が聞いた話では「糖尿病の人に利く」という話です。富士山麓の鳴沢村で地下水を汲み、売り出している某ミネラルウォーター会社の経営者に聞いたのです。3年前。私は糖尿病ではないし、聞いた時点ではミネラルウォーターに関心が薄かったので「ほ〜お、そうなんですか・・・。」の反応にとどまりました。
その会社では4ℓ入りを1本1000円で売り出していたのですが、その社長さんは「全国に固定客がいるんです」といってお水の発送の仕事に勤しんでおられました。付加価値の高いバナジウム。

さて鳴沢村と同じ富士山麓の雪解け水の伏流水である、忍野村の天然水。ここで紹介する水は、某会社のに比べ価格も1.5ℓ入り150円と安いのですが、これから紹介するのは容器のことです。

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地域で育ち合いを!in山梨

2008-06-03 09:38:30

以前このブログでも紹介したことのある山梨県北杜市で活動するグループ「共育ちの会あ・そ・ぼ」が5月30日総会を開催しました。
創立5周年にあたる今年の総会には、記念講演として「あ・そ・ぼ」とつながりの深い児童擁護施設「K学園」(仮名)の園長保坂三雄氏による「養護施設の子ども達ー心の叫びを受け止めてー」というお話がありました。

「地域で子どもも大人も共に育ち合おう」という理念の下活動をつづけている「あ・そ・ぼ」の発するメッセージとして、まことに相応しい講演内容でした。ここにご紹介します。

*児童養護施設とはーーー
乳児を除いて、保護者のない児童、虐待されている児童その他環境上養護 を要する児童を入所させて、これを養護し、あわせてその自立を支援する ことを目的とする施設です。

今、全国に554の施設があり約3万人の子ども達が入所しています。ちなみに赤ちゃんは2歳まで乳児院で養護され、それ以降は児童養護施設に入所することになります。

保坂氏のお話・・・・・・・・・・・・・・・・
全国の保護者のない児童数は4万人以上で、児童養護施設の入所率は88.2%(平成17年3月末日現在・全国)です。あとは里親のもとに引き取られたりしています。
児童養護施設への新規入所児童のうち、虐待を受けたことのある児童の割合は62.1%(平成16年度)です。
関係者の間では「施設入所児童に、虐待を受けた事のある児童が60%を越えると、その施設は運営できなくなる」という常識があります。
が、受け入れ必要な児童は増えており、受け入れざるを得ない状況です。K学園も虐待経験のある児童の割合が去年70%を超えてしまいました。
そして、「施設崩壊」スレスレまで行った事件が起こりました。
○事件の経過

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穏やかさの感触〜セラピードッグ

2008-02-08 03:03:56

「のんびる」2月号「はじめる!情報」コーナーにセラピードッグボランティア募集の記事が載っています。この記事リポート、私、山本が担当いたしました。
この記事、私のリポート文章を読むまでも無く、掲載写真がすべてを物語っていると思います。「ドッグセラピーの素晴らしさ!」を。ちなみにその写真はプロのカメラマン氏によるもの。

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「のんびる」2月号掲載写真と似て非なる私の撮影写真。被写体は同じなのですが・・・。

取材に際して、いつでもわくわく感を持ちながら取材先に出向く私ですが、このセラピードッグの取材の日は常に増して期待が高まりました。私は今まで、「アニマルセラピー」とか「ドッグセラピー」という言葉は聞いたことがあり、大体どんなものか想像はつきましたが、実際にセラピーの行われている様を目にするのは初めてなので。

この日、セラピーの行われた場所は山梨県甲府市にある高齢者の入院している病院。ドッグセラピーの実施時刻の1時間ほど前から、セラピードッグとその飼い主さんが集まってきました。皆さん車で到着です。
中には長野県から駆けつけたセラピストもいて、「遠路はるばる・・・すごいなあ・・・使命感に燃えているのだなあ!」と感じ入りながら、犬に見とれました。
そう、この日集まったセラピードッグたちは、私を、その毛並みの輝き、容姿の美しさで圧倒しました。車から降りてきた犬たちは施設の玄関前で飼い主さんと休憩し、ウォーミングアップしています。穏やかな空気の中。

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演歌ゴスペルを体験しました

2008-01-20 23:03:54

演歌とゴスペルの組み合わせって想像したことあります?
「ゴスペルって、あの黒人霊歌でしょう?圧倒的声量の豊かさを誇る黒人が教会で、神への賛美を歌い上げる、あのスピリチュアルな歌声でしょ?・・・で、演歌って、あの演歌ですよね・・・怨歌のことですよね?!どこか貧乏臭い、路地裏の酒場で酔いつぶれた女の、人生の哀しさ、怨み節みたいなの。歌詞がどれも似ているんだけど、ちょっと変えて、あらゆるバリエーションでもって歌われてきた、あれですよね。日本人のじめじめした部分の象徴みたいな歌。その演歌と、ゴスペルを組み合わせるって?!どういう風に?一体どうすれば結びつくんですか?!」とかいった声が聞こえてきそうです。私自身、それを体験するまで想像がつきませんでした。

1月19日、山梨県富士吉田市にある教会で「賛美しよったら賛美しよ!」というコンサートを体験してきました。歌うは「演歌フレンズ」の3人。

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女性ふたりは日本人。男性はアメリカ人。3人が日本語で、演歌のメロディーとこぶしを回して、主イエスを賛美する、「ゴスペル」を聞かせてくれました。

そも、生活協同組合コープやまなしの「わくわくイベント情報」でこのイベント「賛美しよったら賛美しよ!」を見かけた私が、行ってみたくなったのは、そこに「子どもからお年寄りまで年齢に関係なく歌えるゴスペル」という言葉があつたからです。
私は今まで、日本でゴスペルを歌う日本人たちって、自分の声量によほど自信がある人たちなのだ、そして英語がしゃべれる人たちなのだ。だから、ある程度若い人たちなのだ、みたいな思い込みがありました。
ですから、「お年寄りまで」というフレーズに興味がわいたのです。「一体どんなゴスペルなのだろう・・・?」と。ほんとに日本人のお年寄りもゴスペルを歌っているのか・・・と。

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映画「シルク」の公開につけて

2007-12-25 20:25:07

1月19日からシネマトゥデイ他でロードショーの始まる映画「シルク」。試写会で見た人のレビューを見ると、「日本の昔の風景が情緒豊かに映されている」といった感想が印象に残りました。時代は1860年代。日本は江戸から明治に移る時代です。
映画のあらすじを見ると、「ヨーロッパで蚕の疫病が流行り、ヨーロッパの養蚕業が壊滅的な状態に陥ったため、英国の青年が結婚したばかりの妻を母国に残してはるばる日本に、健全な蚕を求めてやってくる。そこでめぐりった絹のような日本女性に魅かれ・・・」というストーリーなのです。

「シルク」(絹糸)と聞くと、耳目が活発になる私、山本です。
その話(ヨーロッパの養蚕業が壊滅的になった時代があったこと)が本当だったのかどうかちょっと調べて見たくなりました。

ちょうど、12月22日土曜日の朝、NHKニュース「おはよう日本」で入田直子さんがリポートするコーナーで群馬県「日本絹の里」をリポートしていました。そこで「日本絹の里」のホームページを覗いて見て、面白い記述にめぐり合いました。
紹介します。

伊勢崎市境島村(旧境町島村)に1869年、イタリアからサリエ・デ・ラ・トゥールという人が養蚕業の視察に訪れています。同じ年、英国からアダムスという人がやはり養蚕業の視察に訪れており、翌1870年にも再訪しています。映画「シルク」の主人公のモデルは、この英国青年アダムスだったのかも知れませんね。それはさておき、私の興味は「蚕の疫病」なのです。「日本絹の里」のホームページ周辺を検索していたら、それは「微粒子病」という蚕の病気だとわかりました。1860年、フランスから発生。ヨーロッパに拡がったのです。それで、危機を感じたヨーロッパ各国はアジアの蚕に目をつけたのです。取引をしようと、あるいは養蚕技術を取り入れようと、競ってアジア(中国や日本)に研究者を派遣したのでした。でも、まもなく、フランスのパスツール(牛乳などの液体を60℃程度で数十秒間加熱しバクテリアやカビなどの微生物を殺菌する方法を発見したことで知られる・・・現在でも『パスチャライズドミルク』=低温殺菌牛乳 の呼び名は通用している)によって病因が解明されます。

病蚕の体内に生じる微粒子が病原体(後に原虫の胞子と判明)で、これが体内で増殖、経卵伝染することを突き止めた、そうであります。そうしたヨーロッパの養蚕界の動きを日本もまた研究していたのです。

ウィキペディアでパスツールの検索をしましたところ、こんな記述が。以下引用。
・・・1865年、パスツールは養蚕業の救済に取り組んだ。その頃、微粒子病と呼ばれる病気により、たくさんのカイコが死んでいた。カイコについての基礎知識を得るためファーブルを訪問したとき、ファーブルはパスツールのあまりの無知ぶりに驚いたという。日本の江戸幕府将軍 徳川家茂よりフランス皇帝ナポレオン3世に対してカイコの卵の贈呈があり、研究用としてその一部を分け与えられたパスツールはそこから多くのヒントを得た・・・・

佐々木忠次郎という人は日本の養蚕学の開祖だと言われていますが、その父の長淳(ちょうじゅん)が明治6年にウィーン万博に明治政府から派遣されて、当時のヨーロッパの養蚕の状況を見聞して帰ったとのこと。
パスツールのお陰で、蚕の疫病の対策が打ち立てられたことも、佐々木長淳は学んで帰り、日本の養蚕業にも生かされたようです。

映画「シルク」は、蚕の疫病とその対策に寄与した人を追っている話ではないのですが、時代背景はそのあたりの歴史を踏まえているのですね。

映画「シルク」は日本・カナダ・イタリアの合作だということです。英国の女優キーラ・ナイトレイや日本の俳優、役所広司といったビッグネームがキャスティングしてます。が、私が注目するのは、日本の昔をよみがえらせる風景描写です。それと、芦名星(アシナ セイ)という日本人キャスト。宣伝フォトで見た限りですが、映画の宣伝文句どおり、まるで絹糸を髣髴させるしっとりとした美しい少女です。彼女を見るだけでも一見の価値のある映画だという気がします。1月19日からのロードショーが待たれます。

群馬県高崎市にある「日本絹の里」は、テレビでも紹介されましたように、お正月イベントも充実して家族で楽しめる処のようです。私は近くの「群馬湯の里」も楽しんだり、泊りがけで行こうと計画中です。ホームページの検索は「日本絹の里」と入れて検索してください。

この一年、自分の掲げる「農業と地場産業の助っ人になろう」テーマから遠い世間の巷を漂っているような、流行の後追い記事ばかりお届けしたのではないかと反省している山本です。でも、この一年いろんな出会いがあって、それをブログで紹介させていただくことで、自分の世界が広がったことも事実だと自負しています。

2007年中、当ブログにお付き合い、励ましをありがとうございました。来年は広がった世界を私なりに系統だててつなげて追求してまいりたいと思っております。どうか更なるご鞭撻をよろしく。さあ、今年もあとわずか。

皆様、どうぞ健康で、良い年2008年をお迎えください。(山本 豊美)

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アロマで年末の大掃除をしよう

2007-12-05 22:48:38

師走に入り、そろそろ家の大掃除に向かっている人も多いのではないでしょうか。今年のお掃除を「環境にやさしい方法で、かつ気持ちよい香りに包まれながら」やってみませんか?
「アロマで年末の大掃除&カーペットデオドライザー」講座でその方法を教わってきました。

12月5日。場所は山梨県甲府市上今井にあるM.I.H.O.0712060.jpg
なんだかクリスマスやアロマの雰囲気にぴったりな建物です。

講師はアロマインストラクター NARD JAPAN ナードアロマテラピー協会 の古屋杏子さんです。
講座では前半が「重層」の性質と活用法についてや、アロマの効能を組み合わせたお話。後半が「重層」と「精油」を使ったカーペットデオドライザー作り。


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受講生の持ってきたクラリセージ(紫蘇科の香草)ガテーブルに置かれて。

生の香草の香りと、精油になった同じ「クラリセージ」の香りを嗅ぎ比べることも出来たり、講座の中身は色濃いものでした。

講座の内容:
古屋先生の提供された資料から引用します。

これまで私たちは、様々な化学物質(合成洗剤)の力を借りて、身の回りをキレイにしてきました。でも残念ながら化学物質は、キッチンや洗濯物をキレイにする反面、環境破壊の原因にもなっています。汚れを中和して分解する力をうまく生活の中に取りいれ、お部屋も、体も、地球もきれいにできたら良いですね。近年、重層など自然素材が注目されています。環境に優しい重層。汎用性があるので様々な分野で活用されています。

という導入から重層のいろんな活用事例が紹介されました。

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古屋先生のいれてくれたハーブティーをいただきながら、楽しい情報交換が行われました。

重曹は弱アルカリ性ですので酸性の汚れを落とすのに適します。受講生の中から「魚を焼くとき、グリルの皿に重曹を入れた水を張っておくと、調理後のグリルの洗浄が楽よ!」といった「実践者の声」もあがりました。情報のやり取りも活発。お掃除用の重曹と食用の重曹とは違うのか?といった疑問や購入方法まで、暮らしの知恵知恵満載。

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写真左が古屋先生。
お話しながらも、古屋先生が次々と精油のビンを開けては、棒状にカットした紙の先に精油を浸して、皆に配り精油の香りを嗅がせてくれます。

ローズマリー、カユプテ、イランイラン、ユーカリ(ユーカリラディアタ)、ペパーミント、ラベンサラ、ティートゥリー、マジョラム・・・。マツやヒノキといった日本人に馴染み深い香りもあります。
グレープフルーツなど柑橘系もあって会場には甘美な香りが流れました。

はじめは、三々五々集まってきた受講生たちが講座開始まで、それぞれ「このところ疲れ気味で・・・」とか「母が認知症になったと思っていたら、うつ病だったの・・・」などの日常の疲れを引きずってここまで出向いてきた表情を見せあっていたのが、この香りとハーブティーに癒されたのか、とても活発に意見交換が続きます。

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さて、カーペットデオドライザー作りです。ガラスの蓋つきビンに半分位重曹を入れます。

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そこに精油を15滴垂らして、よく混ぜあわせます。

香りが飛びやすいので、早めに蓋を閉めて終わり。

古屋先生の持ってきた精油は約30種類。各自好きな精油を2・3種類組み合わせて重曹に混ぜています。

カーペットについた汚れやペットの臭い取りに効果のあるデオドライザーとはどんなものが良いでしょう?との質問に古屋先生は答えました。

「わが家の犬(ゴールデンレトリバー 9歳)の場合、柑橘系のアロマは犬が苦手のように見受けられます。犬は体の中でビタミンCを作ることが出来ますから、普通、果物を食べませんね。ですから、グレープフルーツなどのにおいのデオドライザーを嗅ぐとくしゃみをしたり、苦手な様子を見せました」
「ペパーミントとか、ユーカリのようなすっきりした香りがいいかも知れませんね」ということです。

出来たデオドライザーはカーペットに振りかけて(ほうきで均一に掃き広げてもよし)、後掃除機で吸い取れば、良い香りに包まれながら、重層による汚れおとしガできるし、一石二鳥というわけです。
重曹は生協でも扱っていますし、薬局でも、スーパーの食品売り場でも手に入ります。

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市販の重曹をいくつか比較しても、お掃除用の重曹と、食用の重曹と、そんなに差はないみたいです。粒子の大きさとかが違うくらいで。料理に使ったり胃の薬にもなる重曹は一応「食用」と書かれたものを買った方が無難です。

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アロマ、精油は生協でもたまに扱いますね。

購入したい人は古屋先生のようなアロマインストラクターを通じて購入すれば効能や活用についての助言も受けられ便利です。
気になる値段ですが、これは精油によりまちまちです。手に入りやすいレモンのアロマでしたら一瓶1500円程度で購入できます。
バラの香油、あの昔から「クレオパトラが愛用した」などといわれている高貴な香りの象徴のバラのアロマ。さすがに値段は高くて一瓶(10ミリℓ)25,000円もするみたいです。
生粋のバラの香油は高くて手が出せないけど、パルマローザというアロマでしたら割合手ごろな値段でバラの香りに包まれることが出来ます。してまた、パルマローザはお肌にとてもよい、と聞いたらなんだか身の回りに一つ置いておきたくなりました。

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幾種類ものアロマの交じり合った空気の中で勉強は続きます。

古屋先生は幾種類ものアロマの効能を教えてくださいましたが、ここではそのうちのいくつかを紹介します。
ペパーミント・・・両こめかみに塗って人差し指でしばし押さえていると、血行が良くなります。偏頭痛・低血圧で頭がはっきりしないなどの人に向きます。
イランイラン・・・頭皮に良い。この精油を垂らした重曹を、髪にふりかけ、マッサージしてみましょう。重曹がフケを取り、イランイランの香気が毛根にしみることで毛根を刺激し活性化させます。
ティートゥリー・・・漂白作用があります。この精油を垂らした重曹で歯磨きをつづけますと歯が白くなります。

最後に、おさらい。

重曹の効果
消臭:酸性の悪臭を取り除き、湿気を防ぎます。

研磨:重曹は水溶性の結晶。水と合わさると角がとれて丸くなります。この丸い結晶が集まると凹凸が生まれ、磨くものを傷つけずに磨くことが出来ます。最終的には水に溶けてしまうので理想的な研磨剤です。

発泡:酸と合わさると二酸化炭素が発生し発泡、膨張します。

軟水:水に含まれるカルシウムやマグネシウムを包み込み、水を柔らかくします。お風呂のお湯や食材を柔らかくしてくれます。
汚れ落とし:弱アルカリ性のため、酸を中和し汚れをふき取ります。
*アルミニウムには使わないほうがいいです。

重曹の使い方
粉末のまま使う:汚れや臭いを取りたいものに直接振りかけて使用します。

水に溶かして使う:スプレーやボウルに入れた水に溶かして使います。分量は水500mℓに対して重曹大匙2です。

ペースト状にして使う:重曹に水を少量加えてペースト状にして使用します。お風呂タイルのカビ取りやトイレの汚れにブラシにつけてこすります。まな板の臭い消し荷もペーストを塗って10分置いた後水で流せばすっきり。

いかがです。
手にも優しい扱いの簡単な重曹でお掃除して、アロマで心も頭もすっきり。そんなお掃除法を知って、私も重い腰上げて、「今年はいっちょ、まじめに大掃除すっか!」という気になりました。

この古屋先生によるアロマ講座はシリーズで、次回は12月19日。アロマキャンドル作りです。先生が用意した押し花も入れた美しいアロマキャンドルを作るそうです。問い合わせは生活協同組合コープやまなしまで。(山本豊美)

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日本の遺産。甲斐絹を追って。その二

2007-11-27 10:48:59

前回は「山梨県富士工業技術センター」の五十嵐哲也さんに甲斐絹の名品を見せていただきながらレクチャーを受けたことを報告いたしました。
今回は甲斐絹の真髄「ほぐし織り」の生産現場を見学させていただいた内容を報告します。
山梨県郡内(ぐんない)の甲斐絹産業は、甲斐絹の最盛期から現在に至るまでの歴史で、もともと都留が生産・流通の中心だったのが、しだいに富士吉田へと移っていったそうです。
五十嵐さんの案内で富士吉田市小明見にある「舟久保織物」さんの工場を見学しました。
舟久保勝さんはここの3代目のご主人。昔から織物工場は家族経営が主です。32年前からの機械も現役で活躍しています。

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柄を染め上げた経糸(たていと)に緯糸(よこいと)を織り込んでいく。これは傘の生地を織る過程。

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柔らかな柄の輪郭線は「ほぐし織り」ならではの特徴です。



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舟久保さんの工場で織られた布が骨つけ専門の工場に送られ、出来上がった洋傘。

ここで作られるのは「ほぐし織り」の洋傘とネクタイ。ネクタイの図柄などはアイデアをパソコンのフロッピーに入れ込むと、30分で織りあがってしまうのだとか。


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「ほぐし織り」は「まだまだ工夫の余地があり面白い世界です」と語る舟久保さん。


五十嵐さんらとアイデアを出し合い、世界に売れる日本の洋傘を作り出そうとしています。
世界に売れる傘とは、伝統の絵柄を取り入れることももちろんですが、富士山を斬新にデザインしたものを作ったりしています。私はここに「浮世絵」の「東海道五十三次」の富士山の画を連想してわくわくしました。
でも「浮世絵」の絵柄そのままの富士山ではなかったようでした。企業秘密もあることから、アイデアをここに紹介することは出来ませんが。

工場は、昔と違って今は、特に忙しい時期というものはないのだそうです。政府が音頭を取った「クールビズ」の普及でネクタイの需要が減ったことも関係あるそうです。

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織り糸は傘に使われるポリエステルは国産。


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生糸は中国産が使われています。

甲斐絹にルーツをもつ昔からの製法を受け継ぎ、そこにどんどん新しいアイデアや製法を加えて生産の現場を守る舟久保さん。仲間の郡内の織物生産者たち。

最近起こっている動きとして、日本製の生糸(それも甲斐の国の)を使用した甲斐絹の製品を作ろうという動きがあることを、五十嵐さんのレクチャーから伺っていました。
舟久保さんたちの頭の中にあるいろんなアイデアがヒット商品を生み出し、それによって、それに喚起されて、日本の生糸の生産が復興する日がいつか必ずやってくる気がしました。

世界中に日本の遺産「甲斐絹」の素晴らしさを広めたい!まずは私たちから甲斐絹にルーツをもつ甲斐の国の織物を暮らしに取り入れていく贅沢をちょっとやることでその後押しになると思います。
パルシステムでも時々取り扱かう「モンブランヤマグチ」さんの「ほぐし織り洋傘」。以前このブログでもお伝えしましたね。
9月21日付けのブログ
。あのときは「モンブランヤマグチ」さんのブログに載っている傘があまりにきれいだったので、「素敵なマイ傘欲しいな!」ってただ夢中でした。でも今回自分で生産現場を取材してみて、複雑で丁寧な幾つもの行程を経て作られている事に驚嘆し、さらには、日本の誇る「浮世絵」の美を受け継いだものであること、日本人の美意識に感じ入りました。
美しいもの手にし、美しい伝統を守る。そんな暮らし方、していきたいですね。(山本豊美)

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日本の遺産。甲斐絹を追って。その一 手織りの浮世絵?

2007-11-14 06:08:45

以前このブログでも話題にしました「甲斐絹」。時々思い出したように「甲斐絹」の周囲を彷徨する私。今回思い立って富士吉田市に出かけ、「絵甲斐絹」の実物など見てきました。
「富士工業技術センター」の職員五十嵐哲也さんにお会いしてお話を伺いました。五十嵐さんは「富士工業技術センター」のホームページ中の「甲斐絹ミュージアム」作りを担当されました。

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資料室に保管されている甲斐絹を見せて説明してくださる五十嵐さん

五十嵐さんのお話から
「富士工業技術センター」の前身は「山梨県工業試験場」。明治38年に創設されました。現状、甲斐絹を約460点保存。古いものでは100年近く昔のものもあります。絹100パーセントの布ですから劣化を避けるため一般展示はしていません。ホームページで「甲斐絹ミュージアム」を作る以前はここに来て実物を見るしかありませんでした。

■「甲斐絹ミュージアム」を作った目的
甲斐絹のルーツを知って欲しい!
甲斐絹の産地で生まれ育った人でも、昔の甲斐絹の絵柄や風合いを知る人は少なくなりました。素晴らしい甲斐絹のルーツを忘れないで、多くの人に知ってもらいたい!そう思い「甲斐絹ミュージアム」を作りました。「古きを尋ねて新しきを知る」ことから、生産者も新しい技術・デザインを生み出して欲しいと思います。

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雑穀づくりでふるさと再生

2007-10-23 01:55:34

10月14日、「第16回西原(さいはら)ふるさと祭り」で賑わっている上野原市西原(さいはら)に行って来ました。
ここに設けられた「体験広場」や「味の広場」「展示の広場」などでひときわ存在感を示している「森のココペリ」。帝京科学大学(上野原市)の学生さんたちを中心とした「森のココペリ」の活動を取材させていただくのが目的でした。「森のココペリ」は現在設立3年目。30名程が在籍し環境教育や森作り活動をしています。

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森のココペリの仲間が「おやき」を販売していました。元気な呼び込みの声もあって、好評。お昼12時頃には完売していました。

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クラフト作りのテントも親子連れで賑わっていました。
西原の森で拾ったどんぐりなどの木の実を使って自由に工作が出来ます。森のココペリのお姉さんやお兄さんがアドバイザーになってくれてます。

「西原ふるさと祭り」は地域おこし(都市と農村の交流)の拠点「羽置の里びりゅう館」を中心に今年は10月13日、14日と行われました。
13日は「前夜祭」で14日が「本祭」。
西原地区の人々だけでなく上野原市内外から大勢詰め掛けるのはなんといっても美味しい「山の幸」を味わえるから。

私がお祭会場入りした11時半ごろには、「ふるさと味の広場」の目玉のひとつ「山菜めし(五目めし)」が早くも完売になっていて、これを目当てに来たらしい、私とほぼ同時に会場に入った女性2人連れが「ああ〜っ、売り切れだってさぁ〜」とがっかりした声をあげていました。
14日一日のお祭りで3000人ぐらいの人が西原に詰めかけ、そろそろ紅葉の始まった山あいの里は年に一度の賑わいを見せたのでした。

さて、私は「展示の広場」に行き、そこで「森のココペリ」の活動のひとつである「西原地区の川の水質検査」の展示や、「地域との交流」の様子などの紹介ビデオ上映コーナーに立って説明をしていた井上雅人君にお会いして、井上君の案内で森のココペリの畑や活動フィールドを見せていただくことになりました。

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「ココペリ畑」西原(さいはら)地区の、原(はら)という部落に「森のココペリ」が借りている畑があります。
地元の農家から遊休農地を借りて、昔ながらの農法で農薬を使わずに野菜を育てています。西原(さいはら)地区一帯で昔から作られてきた雑穀を、地元農家に指導を受けながら作っています。

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秋蕎麦の花が満開でした。他に小豆と枝豆も実っていました。

「雑穀栽培」といっても、ヒエやアワ・トウモロコシなどのいわゆる「五穀」だけでなく、私たちが普段親しんでいる野菜も栽培されていました。かぼちゃなども作り、収穫された野菜は西原の「野菜直売所」で売ったり、仲間で分け合ったりしているのだそうです。
井上君もたまに直売所の売り場で村の農家の人たちと一緒に立って売り子をしている、という話。学生さんたちがボランティアで耕している畑で「売れる野菜が出来ている」という事実に感動。遊び半分でなく本格的に取り組んでいるのですね。

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豊かな実りに欠かせないのが堆肥。「ココペリ畑」の中には堆肥作りのコーナーもちゃんと作られていました。

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堆肥コーナーの柔らかい土を踏む井上君。堆肥は落ち葉とか栽培した野菜クズを土と混ぜ合わせたもの。ここら辺の土は太古に山が崩れて出来た傾斜地ですから耕すと握りこぶし大の石がごろごろ出てくるそうです。
傾斜地の耕し方にもまずは下から耕すなどの作法があるとの話。傾斜地ですので雨や風で土はどんどん下に流れてしまうので、畝を作るときに下から上に向かって畝を作ると土が下へ行かなくなる。との事。

この畑の1キロ上方にイノシシ防御の柵が設けられていますが、あまり効果はないみたいです。ココペリ畑にもイノシシの足跡が畑に残され、掘り返された跡も・・・。村人と交流する中で、イノシシ対策も協議されますが今のところ「村の人たちは半分諦めていますね」ですと。そういう、村人と共通の痛みを分かち合うところも「森のココペリ」の活動が地についていることの現われでしょう。

「夏場、農作業の合間に畑脇の草地に寝転んで空を見上げていると山鳥の声や風の音など普段耳に入れない音が聞こえて心が澄んでいく感じがします」という井上君の言葉に、「ココペリ畑」に対する思い入れの深さを感じました。

畑から下って民家の並ぶ細道をたどりました。

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方屋川の川べりにある水車小屋。村の人々はこの水車を使って雑穀を粉に加工します。ここで挽いたそば粉で蕎麦を打って提供するお店もあります。また方屋川は、森のココペリが毎月「水質検査」をしている川でもあります。

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西原(さいはら)の方屋川沿い(原の部落)には現在稼動出来る水車が2つ。昔は5機ありましたが今は需要が減って2機になりました。昔は、集落単位で各戸の粉引きの順番を決めて使っていたそうです。

「自給自足で家族数も多かった昔のことですから、粉引きの時期には家族を養う分の粉を挽くには夜っぴて水車を回したらしいです」などというお話が次から次と、若い都会育ちの学生さんの口から出てくるのに驚きをもって聞き入りました。井上君はよほど、村の古老の話をじっくり聞く機会を持ったのでしょう。

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「森のココペリ」代表の夏目暁子(あきこ)さん。帝京科学大学「アニマルサイエンス科」を去年卒業。故郷の埼玉に戻らず、ここ西原に住み着いてしまいました。北都留森林組合に職を得、自身の暮らしが「森をフィールドにした活動」そのまんまな人。

「ココペリ」とはインディアンの神話に出てくる精霊。“幸せを呼ぶ使者”。「私たちもみんなを笑顔にするような存在になりたい」から「森のココペリ」というネーミングにしたのだそうです。

「地域活性」「環境保全」「環境教育」を活動の3本柱に、「農山村と都市」「人と自然」をつなぐ架け橋となっていきたい「森のココペリ」。

夏目さんは、「来年は獣害について重点的に取り組もうと思います。他の活動も継続しながら・・・。」と豊富を語りました。「今、学生たちが主体的に活動を継続していく組織形体を模索中です」と、課題の多いところも率直に話してくださいました。

今回のふるさと祭リの準備・運営の一翼を担ったように、普段から村の活性化の大きな役割を担い、期待されている「森のココペリ」。
どうぞこれから「ココペリ畑」の雑穀が豊かに実り、収入アップにつながり、この努力が結実しますことを。(山本豊美)

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続・ワイルドシルクフェスタ

2007-09-17 22:16:33

9月12日にお伝えしました「ワイルドシルクフェスタ」のリポート続編です。今回は文章ばかりになりますが。

9月9日の会場で農学博士長島孝行さんと出会いました。言葉を交わすチャンスもあったのですが、会場内の展示物の面白さに頭がいっぱいになっていた私は、博士にワイルドシルクについての学術的なお話を伺うなどの余裕はなく、傍らに置かれていた博士の著書を買って帰りました。その本を読んでの感想です。

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まず長島先生の本から引用させていただきます。

ーーー「シルクのふるさとが世界遺産になる!?」
2007年の1月、文化庁は世界遺産として「富岡製糸場と絹産業遺産群」を追加申請しました。富岡製糸場(1872年〜1987年)は、明治のはじめに政府が近代化のために設置した最初の工場で、日本の養蚕・絹織物の発展に欠かせない存在でした。そして最盛期には1000人もの女工を抱える大工場であり、「殖産工業」を謳った近代日本の産業遺産であったのです。
常々、私は「日本の養蚕をなくしてしまったら、世界に誇れるものがまたひとつなくなってしまう。群馬ならでは、富岡ならではのものを押し出すべき」と訴えてきたのですが、今こそがまさにそのタイミングだと思っています。では「富岡ならではのもの」とは何か?やはりそれはシルクをおいて他にはない。第5章の「食」のページにてもお話しますが、シルクは食品としても非常に優秀です。富岡産の繭を絹たんぱく液にし、飲むこんにゃくゼリーやまんじゅう、うどん、せんべい、パンなどに混ぜたものを「富岡ブランド」として発信し、どんどんアピールしていけたら、と考えています。−−−

長島孝行博士は2007年6月の「富岡のシルク産業を考えるシンポジウム」にパネリストとして参加し、そのとき富岡市長さんにも提言を出していらっしゃいます。

この文章を読んで私が考えたのは、まず「富岡製糸場が世界遺産になるなら、長野県岡谷市だって世界遺産だろう!?」ということです。
長島先生の文章の主旨とズレますが・・・。

大竹しのぶの名演が涙を誘った映画「ああ野麦峠」の原作本「女工哀史」に出てくるうら若い糸取りの女工たちは、岡谷の製糸工場で働いていたのですから・・・。私が長野県岡谷市と近い諏訪市の生まれ育ちということもあり、地元びいきでしょうが、私は「製糸といえば岡谷だ!」とこの数十年信じて生きてきたのです。

「富岡製糸場」は確かに政府が最初に作ったものだし、私の小さい頃の社会科の教科書にも写真が載っていた記憶があります。ですから、日本の国の位置づけとしては、「製糸で栄えた近代日本の基礎は、富岡にあり」で正しいでしょう。そこで富岡を文化庁が世界遺産にしたいと思ったのは無理からぬことでしょう。

でも私が言いたいのは「製糸工場が明治政府の繁栄を支えた、ひいては日本のその後の運命を決めた」というわけで重要というのなら、製糸工場及び製糸関連のもの、場所すべてを日本の遺産、宝物として位置づければよい!ということです。

まずは富岡で、長島博士の提言したことを取り入れていろんなブランドを発信してくだされば素敵です。
日本の宝物、シルクを(昔のような製糸一辺倒でなく、食品とか医療品とマルチな分野で)見直し、活用していこうよ!と。

次にそれを、日本中の養蚕の盛んだった地域が参考にして取り入れていけばいいのに、と思うのです。地域ブランド開発もいいけれど、日本の国の規模でシルクの復興を図る!というのはどうでしょう。

群馬県富岡で、長野県で、そうそう、山梨県でも、天蚕の盛んだった市川三郷町、郡内織物の栄えた富士吉田市、都留市といった郡内地域!まだまだありますよね!日本中にシルクの遺産の地域と言える場所は。

9月15日だったかしら、NHKの朝のニュースで福島県の川俣町が登場しました。福島県もかつて養蚕が盛んな地域だったそうです。
今でも160軒が養蚕を続けているという話。(もしかしたら日本で一番養蚕が残っている地域ではないでしょうか?)
昔と違いほとんど機械化されているそうです。
その一軒、佐藤さん宅では30万匹の蚕を飼い、したがって30万個の繭を作る!
その数字を聞いて、びっくりしました!昔の家内生産現場と違い30万という数字は、工場の規模ではないでしょうか!?やはり機械化の強みですね。

でもそんなことより何より、今でも養蚕農家が健在であるというニュースが素直に嬉しかった。

テレビ画面に映った蚕の繭作りの様子やその音は、「手作業」から「機械作業」へという人間の側の事情の移り変わりにに関係なく、太古からの人と昆虫の共生の営みが思われて、感動をがわきました。
養蚕農家の佐藤さんの奥さん、洋子さんの、蚕を見るまなざしも昔の養蚕農家の主婦が「お蚕様(おかいこさま)」に注いだまなざしと同じだと感じました。日本の誇る世界遺産を守る人がここにもいる!と思いつつテレビ画面に釘付けになってしまいました。

従来の人と蚕の共同作業から出来上がるシルク(家蚕)と、育つフィールドが山となる山繭のシルク(天蚕)。そして、今回「ワイルドシルクフェスタ」で紹介された蚕の吐く絹糸にとどまらない多種の昆虫の吐く糸、シルク(野蚕)。こんなにシルクのフィールドは広いのです。

長島孝行博士の本を読むと、「日本は資源のない国」なんかじゃあない!と希望がわきましたし、多くの人がこれからシルク産業の復興に加わっても決して持て余しにならない需要が望めると思います。

再び長島博士の著書から引用を。

ーーー本書はシルクについて大きく取り上げています。それは私が10年以上かけて観察して来たことですが、天然繊維の時代が再びやってくることを想定してのことでもあります。
日本では「食」の自給率が40%と低く、大きな問題になっていますが、衣食住の「衣」の部分に関しても、そういった問題がこれから出てくるでしょう。
実際、日本では綿や毛などもほとんど作られていません。世界に誇ってきた絹産業をここまで衰退させてしまった問題は非常に大きいのです。日本の科学技術の中で、シルク生産に関した桑の研究実績、蚕の研究実績、そして絹糸の研究実績は紛れもなくトップです。
だから今からでも間に合う。養蚕業を復活させたいという思いがあります。ーーー
長島孝行著「蚊が脳梗塞を治す!昆虫能力の驚異」というご著書で、世界中のいろんな昆虫のパワーについていろいろ書かれていますが、蚕について多くのページを使われています。
この本は「ワイルドシルクフェスタ」会場でも売っていますのでお出かけの折には是非手にとって見てください。定価800円。

長島孝行博士のプロフィール・・・0955年、埼玉県に生まれる。東京農業大学を卒業後、同大学院農学研究課博士後期過程終了。農学博士。専門は昆虫発生学・解剖学で昆虫機能を研究し、社会に役立てようとする「陰線とテクノロジー」を提唱。2005年の名古屋万博、愛地球博では中部千年共生村の生物力を監修。

今まで一般には「衣食住」の「衣」の部分だけで着目されてきたシルク。「食」の分野でも「住」の分野でも研究が進み、研究結果も活用されていて、「天然繊維野時代が再びやってくる!」と断言する研究者もいるのですね。わくわくしてきました。しばらくシルクから目を離せそうにありません。(山本豊美)

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ワイルドシルクフェスタに行ってきました

2007-09-12 03:07:30

9月4日(火)から東京都世田谷区にある東京農業大学「食と農の博物館」で開催されている「ワイルドシルクフェスタ」に行ってきました。
「ワイルドシルク」とは野生のシルクのこと。野生のシルクとして以前このブログでも取り上げました「天蚕(てんさん)」は知っていましたが、この展覧会場に来て見て「ワイルドシルク」野蚕の奥の深さを知り、まさに目からウロコの心境になりました。
世界中に多種多様な「繭を作る」昆虫がいてそれらを一まとめに「ワイルドシルク」と呼ぶのですね。
また、天蚕の取材時、日本の絹糸の産業の衰退、後継者不足の一端を見たことから抱いていた心細さがここで払拭されました。「絹糸=高級着物」という単一な思い込みに縛られていたのです。蚕のつくり出すシルクには、見た目の美しさのほかに、紫外線をカットする力、抗菌性などがあり、吸脂性もあることなどから、美容品、介護用品、医薬品に至るまで様々な分野に用途が考えられ研究されているのです。会場にはそれらの製品もたくさん展示されていました。これからの日本の絹糸産業の新たな地平を見せていただいた気持ちでいっぱいになりました。

今回の「ワイルドシルクフェスタ」を紹介してくださったのは、「野蚕広報センター」の中塚さんです。会場でお会いすることが出来、展示の解説をしていただきました。このブログを借りて御礼申し上げます。

今回の「食と農」の博物館を会場にしたフェスタは私にとって、スケールも手ごろと言いますか、じっくり見て楽しむには適当な規模でした。
9日は特別講演「ワイルドシルク繭からの糸紡ぎ」が開催され、加藤幸子さんによる講演と糸紡ぎの実演、そして参加者による糸紡ぎ体験がありました。
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糸紡ぎの機械は長野県の農村の女性たちが使っていたものを加藤さんが譲り受けたものだそうです。
60年ぐらい前まで、日本の養蚕の盛んな農村では、田んぼの作業が休みとなる農閑期に、女性たちがこの機械を使って夜なべ仕事で糸を紡いでいたという事です。

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長野県生まれの私ですが、はじめてみる機械でした。

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加藤さんの作品。野蚕の繭を貼り付けて作られたバッグ。繭そのままを使うというアイデアが新鮮ですね。

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多孔性の茶色の繭も暖簾のフリンジにぶら下げるとこんなに面白いインテリアに。

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奥にあるのは野蚕の繭。その繭の糸を紡いで作られた織物の数々。

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ざっくりした風合いが素敵なバッグ。いわゆる「クズ繭」からこんなに美しい製品が生まれるのです。

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タサール蚕(インド産)の繭。これで作ったベッド用シーツは抗菌性が高く、肌に優しいため、床づれなどしにくいため介護用にも良いそうです。

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ムガ蚕(インド産)の繭から紡いだ糸。繭を先ほどのような糸紡ぎ機械で手で紡いだものです。

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ウスタビ蛾の作る緑色の繭。この繭は硬くて手で紡いで糸にすることは出来ません。でも濃い緑色の繭は魅力ありますね。ただ今用途を研究中だということです。

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会場の一角で、シルクのコースター作りの実演をしていました。誰でも参加でき、簡単です。シルクの土台に草花を置きその上に薄くシルクを被せて、水を吹きかけます。そして当て布(手ぬぐい)をし、アイロンで押し付け乾かすだけ。

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子どもたちもこうした体験参加が出来るのでこの展覧会は家族で楽しめますね。私も一枚作って見ました。家に帰り使ってみますとわりあい水をはじくコースターで紙で作られたコースターとの違いを感じました。改めて絹の特性のあれこれに思いを馳せました。

「ワイルドシルクフェスタ」は、シルク製品の美しさや感触のよさに魅入られている女性には必見。
そして昆虫に懐かしさを覚える(子どもの頃、蝶や他の昆虫の標本を作ったなあ・・・などという記憶のある)男性にも、昆虫と人間の親しい関わりを再発見出来る格好の展覧会です。

「食と農の博物館」にあるレストランで、期間中にメニューに載せているシルク入りのシフォンケーキも是非お試しあれ。
「ワイルドシルクフェスタ」期間は9月30日(日)まで。月曜休館。(山本豊美)

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続・廃校リニューアル情報

2007-07-24 23:57:41

7月6日と7月8日付けブログ記事で「廃止された小学校再利用2態」の情報をお届けしました。その記事が「今週の注目記事」で取り上げられました。その「今週の注目記事」文中、文部科学省「廃校リニューアル50選」が紹介されていました。
今回、その「廃校リニューアル50選」の中で山梨県須玉町にある「三代校舎ふれあいの里」に着目したいと思います。
といっても、私、まだ実踏していないのです。ホームページを覗いただけなのです。まずはそこでタイムリーなお知らせ。
来る8月5日(日)21時30分〜テレビ朝日系で放映される「にっぽん菜発見 そうだ自然に帰ろう」という番組に「三代校舎ふれあいの里」の中の「おいしい学校」が登場するそうです。「元祖でぶや」でもおなじみの石塚君が「三代校舎ふれあいの里」でどんな美味しい顔(『まいう〜』と言ってくれるのでしょうか・・・)を見せてくれるか乞うご期待!
7月17日収録のものだそうです。そんなことはさておき、「須玉町『三世代校舎ふれあいの里』」のことを。運営主体は須玉町と第三セクターである株式会社「おいしい学校」です。「おいしい学校」とはいいネーミングですね。須玉町のセンスの良さが出ているようにも思いました。8月5日のテレビで見てから取材に行こうと考えてます。高原にある須玉町の空気の美味しさまでお伝えできればなあと思っています。乞うご期待。(山本豊美)

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廃食油で車を走らせよう!

2007-07-16 21:33:59

7月4日(水)山梨県上野原市で講座が開かれました。この5月下旬から上野原市の商店街空き店舗を使って地域おこし・子育て支援などの事業を始めた地元主婦グループspace“もやい”」が主催した講演会です。
space“もやい”は上野原在住の主婦らが作る市民団体。子育て支援、カルチャー教室、レンタルボックスやレンタルスペースの事業を行い、目指すは上野原地域の活性化!
日々「どうしたら上野原を活性化できるかねえ」と頭をひねっている人たちの集まりです。

今回の講座は、山梨県下で事業展開している生活協同組合コープやまなしに依頼しました。コープやまなしが行っている「出前講座」を招きました。テーマは「廃食油で車を走らせよう!」。
space“もやい”は、「バイオディーゼル」の現場はどうなっているのだろう?という関心がありました。ですから、数年前からバイオディーゼル「BDF」事業を推進しているコープやまなしに話を聞くことにしたのです。

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コープやまなしの出前講座は10名以上集まれば山梨県下どこででも無料で行ってくれるとのことです。今回子どもも含む13名が集まって講座を聞きました。

新聞報道やNHkの番組「クローズアップ現代」の報道などで、地球温暖化の危機を救うためには、エネルギーを石油に頼らず、農作物を原料とした「バイオディーゼル」が望ましい。という意識が高まってきました。ところが最近、世界のあちこちで農作物の栽培面積が食料に回されずに、バイオディーゼルに回されてしまい、食料不足が心配される、というような問題が起こっています。
「それならば、家庭で使う天ぷら油の再利用に着目しようよ!」というのは素晴らしい発想だと思います。
コープやまなしの出前講座「天ぷら油で・・・」を招いたのはspace“もやい”の会員のそんな思いからだそうです。
夜7時からという時間帯でしたが、主婦ら13名が集まりました。コープやまなし環境対策室事務局長、田中さんの講演はOHPを駆使した丁寧でわかりやすいお話でした。9時に講演が終わった後も熱心な質疑応答が交わされていました。

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参加主婦らに聞くと、「自宅では天ぷら油は天ぷらに使ったあと、いろいろな調理に使いまわして、ほぼ使いきってしまう」という人がほとんど。
でも「自分の働いている施設や知り合いの食品メーカー・お店で大量の廃食油が貯まっていくのを見ているから、そういうところに、何とか廃食油を再利用する道を教えたい。」という人も多い。
「上野原商店街の食堂にも、こうした廃食油の用途があることを伝えて、町ぐるみで循環型の取り組みが始まればいいなあ」と夢見る声も聞かれました。。
ただ、講座の中では「飲食店で使う大量の天ぷら油には純粋の菜種油が使われていないことも多く、回収してバイオディールに生まれ変わらせるのは難しい」とのお話があり、「今のところ、廃食油の回収対象は家庭で使われている菜種油など天ぷら油のみ」とのお話でした。
ちょっと意気をそがれた感じの参加者。でもそのあと、「最近の主婦たちの中には、天ぷら油を使いまわししないで、天ぷら1回揚げたら、まだ何度か使える油を捨ててしまう人もいる」などの実情を聞き、奮い立った参加メンバー。「もったいない!」「再利用出来ること、やっぱ、意識啓発しようよ」という意見続出。

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この夜講師の田中さんは、「BDF」燃料車で甲府から上野原に駆けつけてくれました。
子どもたちも含んだ講座の参加者は、「BDF」車の排気筒から出る天ぷら油の臭いをかいで、実際に大気中に有害物質を出さない車であることを実感。

今回の講座で、「もったいない!」の心に火がつき、「廃食油の再利用」を広める気運高まったspace“もやい”。
1週間後、space“もやい”が廃食油の回収ステーションになることを決めたとの報を受けました。
上野原市で唯一の家庭廃食油回収ステーションの誕生!
今後、循環型社会のために広がって欲しい場所です。
(山本豊美)

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廃止された小学校の再利用2態

2007-07-06 03:49:30

6月30日、神奈川県藤野町名倉にある「学校法人シュタイナー学園」と、同じく藤野町篠原(しのばら)にある「NPO法人篠原の里」に出かけてきました。「学校法人シュタイナー学園」は旧名倉(なぐら)小学校を再生し、「NPO法人篠原の里」は旧篠原小学校を再生しています。近年、少子化や過疎化による学校の統合が進みました。全国で廃校になった校舎はそのまま放置されているのでしょうか・・・。空いた学校をどうしていくのかは、各自治体や地域住民の知恵と意欲の見せどころだと思います。今回藤野町で見た2例は、空いた学校の再利用方法として多くの示唆を含むものと感じました。
ではまず「学校法人シュタイナー学園」から紹介します。6月30日に行われた「オープンデイ」の模様です。校内での写真撮影は禁止でしたので、校舎外の様子を少し紹介します。まずは建物。
山里の風景の中ひときわ目を引く建物が「NPO法人藤野シュタイナー高等学園」の校舎です。

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この日はこの建物の中で展示とお茶会が行われていました。旧名倉小学校を使った「学校法人シュタイナー学園」は小・中学生が通い、こちらの「NPO法人藤野シュタイナー高等学園」には高校生が通います。
旧名倉小学校の本校舎から体育館へと続く通路の屋根の梁には、生徒らが収穫した麦が吊るされていました

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この光景をみていましたら、私も自分が小学校に通っていた頃の小学生活が思い出されて、胸が熱くなりました。

オープンデイの学校見学参加者たちに人気があったのが「手作り品販売」。シュタイナー学園に子どもを通わせている親御さんたちが作った手作り品の数々が販売されています。私も12:40から体育館で始まる販売店のオープンを待つ行列に並んで待ちました。
お店には、フェルトやレース編みなどで作られた人形など、思わず手に乗せたくなる可愛いやさしい品々ばかりです。シュタイナー学園で使われているクレヨンや絵の具などの教材も販売していました。ここで私の買ったものを紹介しますね。

まず、エコバッグ。
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始めポケットティッシュ入れかと思いましたら、ファスナーを開けて引き出すと・・・
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あら、買い物袋に変身。

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並の布バッグと違い、底が厚めのキャンパス地なので袋としての安定感もあり、素敵だと感じました。
次に小さな花の精のフェルト人形。
家にあるアジサイの葉の上に載せてみました。

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売っていたとき、人形の顔は描かれていませんでした。そこで私はちょこっと描きいれて見ました。

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写真ではよくわからないかも知れませんが、お人形のドレス部分のフェルトはアジサイの花びらの形をしているのです。

そして、ライアーの演奏CD。
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仲正雄さんの演奏によるもの。シュタイナー教育ではライアーという楽器がよく登場します。とてもやさしい音色で、生活の中、癒し系のバッググランドミュージックになりそう。

シュタイナー学園の販売品はどれもこれも暮らしにやさしさと潤いを与えるものばかりで、私はまだまだ買いたかったのですが今回はこれぐらいで我慢しておきました。また来年のオープンデイが待ち遠しいです。

シュタイナー学園で見た空き校舎再利用の事例報告。次は「篠原の里」での「ほたるの夕べ」参加報告をしたいのですが。続きはまた。
(山本豊美)

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農は面白いin山梨

2007-06-20 06:27:22

日本の本州が梅雨入り宣言した中、晴天に恵まれた6月17日、山梨県長坂町に「農のいろは塾」取材に出かけてきました。「緑のネットワーク21」の主催する、農の初心者対象に野菜育てのノウハウを始めの一歩から教える「農のいろは塾」。今回は「夏野菜の手入れ」講座です。
場所は長坂町小荒間にある畑。

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ぐるりを見回すと、東に富士山、南に南アルプス、北に八ヶ岳と名だたる名峰が連なる景勝地。耕作放棄地であった畑を「緑のネットワーク21」が借りて耕作しています。200坪の広さの中にいろいろな野菜が植えられています。
当日の講習の手入れや育て方で見て触れた順に挙げると、ジャガイモ・ねぎ・ブロッコリー・カリフラワー・レタス・サニーレタス・ビーツ・ルッコラ・トウモロコシ・トマト・ピーマン・春菊・スイカ・スナックえんどうなど等。まさに百果園です。

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おなじみのサラダ菜。

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珍しい野菜「コールラビ」。コールラビはキャベツの仲間。食べ方は外側を大胆に切り落としてから、ぬか漬けや、スープの具に入れて煮込むと美味しいそうです。

男性17名女性13名合わせて30名の参加者が集まりました。
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今回の参加者は皆さん、長坂町やその近隣の住人ですが、受講生の中には東京・横浜在住の、また同じ山梨県でも車で2時間はかかる富士吉田に住んでいる人もいるということです。

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講師は地元の農家、早川とし子さん。黒いエプロンがけの女性。栽培方法や、害虫の話をしつつ、農作業に手を動かし、矢継ぎ早に飛んでくる質問にも率直に要点抑えた答えを返していました。

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今回の授業は盛りだくさん。ジャガイモの芽カキから始まり、ブロッコリーにかけてある寒冷紗の用い方の説明、トマトの芽カキ、支柱立て、ねぎの土寄せ、サツマイモの苗植え付け。白いんげん豆・とら豆の種まきと続きます。途中休憩があり、ティータームで、ハーブティーや収穫した野菜のサラダ・漬物・煮物などスタッフ手作りの野菜料理を味わうことが出来ます。美味しかった!

ここで学ぶ醍醐味は園芸の手引き本に書かれていないような細かな情報が手に入ること。たとえばトマトの支柱を立てるとき、支柱使う竹の扱い方。

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竹は地面に生えていたとき同様に、根元を下にして立てること。土に差し込む先は斜めに切っておくと刺し易い。
支柱を上で交差させたとき縛る、縛り方等等。アブラムシの駆除方法もスタッフが試みたり、聞いてきたりした方法いくつかを紹介されました。
ほんとに、畑で野菜を目の当たりにして、そこについている虫や病気の状態を見て学べるのが一番です。
「農のいろは塾」は月一回ぐらいのペースで開かれています。どなたもいつでも参加歓迎しています。詳しくは「緑のネットワーク21」のホームページで。畑に興味のある方、是非足を運んでみてはいかがでしょう。(山本豊美)

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子どもたちとあ・そ・ぼin山梨

2007-06-15 05:58:35

「今、日本には4万人の要保護児童がいます」と聞いて、思わず胸に戦慄が走りました。4万人?!・・・。「そのうち3000人の児童が里親のもとで育っています。あとは・・・養護施設に入っていたり・・・」。
5月25日、共育ちの会「あ・そ・ぼ」の総会の中で聞いた言葉です。
共育ちの会「あ・そ・ぼ」はこのブログでも以前ご紹介しました(1月28日のブログ)。
「子どもたちが『あんしん』して『すこやか』に『みらい』を『ゆめみる』町づくり」今回の第4回総会に掲げた総合テーマのように、共育ちの会「あ・そ・ぼ」は子どもたちが元気にすくすく育つ環境を願って活動している、山梨県長坂町を拠点としたグループです。
25日私が取材した総会のテーマ別交流会は4つに別れて開催されました。

「あんしん」・・・子どもたちの事件/児童養護施設の子ども達との交流
「すこやか」・・・食育、健康、体力実態
「みらい」・・・自然破壊・地球温暖化
「ゆめみる」・・・新しい町づくり・地域の男女共同参画
以上のように。

ブログ冒頭の言葉は交流会参加者の一人、佐藤さんのお話のなかで出てきた言葉です。佐藤さんは「山梨きずな会」のメンバーです。里親の会です。現在里親72名、賛助会員150名程で組織去れています。佐藤さんは、その言葉に続いて、「今の日本には、養護施設は満員状態で施設に収容しきれない程多くの要保護児童がいます。是非皆さんも彼らの里親になることを考えてください」と訴えます。「里親になることを考えて下さったら、県の児童相談所に問い合わせてください」と結びました。会場の参加者誰もがしばし沈黙する「要保護児童40000人」の数値。「里親になる」のは簡単ではないので・・・ちょっと私には・・・と心中思いながら、でも、佐藤さんの投げかけた訴えの行方を追いたくて交流会を見守りました。
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「あんしん」テーマの交流会の様子。写真奥の人が佐藤さん。

共育ちの会「あ・そ・ぼ」は児童養護施設の子どもたちとの交流もしています。席上その様子の報告などもありました。また、児童養護施設で働いている職員の方のお話も聞くことが出来ました。
子どもたちの境遇は親からの虐待などで入ってくるお子さんがほとんどだということです。「子どもたちの境遇を可愛そうとだけで、目を瞑ってしまわないで!」「里親になれない人でも、子どもたちを支援できる方法はある。養護施設にボランティア訪問して触れ合うこともその一つ。外部からどんどん入って施設の閉鎖的状況打破することも大切です」といった声が聞かれました。
会議中も、地域の「高齢者の生活支援と子育て支援」を推進している会のメンバーが、今かかわっているある家庭の問題を報告し、それに対して皆が深刻に受け止め、火急を要する問題だとして、その場で児童相談所に電話したりするなど、この会議は本当にフレキシブルに生きていました。
他のテーマの交流会もそれぞれ深刻な問題ではありますが、この日の交流会では「あんしん」というキーワードの元に討議された「要保護の子どもたちの今」がずっしりと胸に残りました。
(山本豊美)

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続・虹の谷ダンス教室in山梨

2007-06-11 00:14:25

5月22日に取材見学させていただいた「NPO法人虹の谷」の「ダンス教室」の続きです。
安田洋次君(仮名)は中学一年生。自閉症です。虹の谷のダンス教室に通ってくるようになったのは1年前。自分で踊ることは出来ないけれど「雰囲気だけでも味わわせてあげたい」とお母さんが連れてきました。
虹の谷スタッフの田中さんらが洋次君の背後に立って介助しながらダンスの輪に。
始めた頃は全く動かず、洋次君の手を上に上げたりする動作を介助したスタッフは洋次君の手の重さに、「ダンス教室のあとはぐったり疲れた」そうです。でもお母さんと洋次君は毎月第4火曜日、1時間のこのダンス教室に通い続けました。そして1年が経過し・・・。
最近、洋次君のお母さんが言いました。「洋次、すごく楽しいらしいです!」と。
知らない私などから見れば、表情の変化に乏しい洋次君の顔。でも毎日洋次君を見ているお母さんには、ダンス教室をすごく楽しんでいる洋次君の表情が見えるのです。

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洋次君(仮名)も踊りの輪の中に

田中さんも最近洋次君の手の重さがあまり感じられなくなってきたことに気づきました。洋次君の中に、自分で手を上げ下げしようという意思が出てきたのです。
お母さんが洋次君の変化に気づいたことの中でも一番大きな発見は「私の目を見て笑うようになった」ということです。それは「人とコンタクトが取れるようになった」ことを意味します。

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ペアで踊るダンスでは人と人の関係性が体得される。

22日に「虹の谷」の早川代表から伺った「ダンス教室」の目的、「自分をコントロールできる」「人と人との関係性を作る」のうち、洋次君の上に現れた変化は間違いなく「人との関係性を作る」ことだったのです。
一年で、12回、12時間で、こうした変化が現れるなんて!

田中さんは更に、「このダンス教室は、洋次君にとって『受け入れられている』と感じられる雰囲気があったことも、影響したのでしょう」と考察します。確かにダンスの最中、洋次君が突然奇声を上げても、誰もいやな顔をしません。子供たちは皆、踊ることに夢中だし、見守るお母さんたちもゆったりとした表情で座っています。

ダンスの指導をする野村慶子先生は、ご自身が片方の耳に聴覚障害がある、ということを明るい目をくりくりさせてごく当たり前のようにおっしゃいました。
先生の中に健常者に対するときと障がい者に対するときとの構えの違いはないのが感じられました。

6月3日、この日は虹の谷の「ファーム教室」を取材する予定でした。が、私の方に急用が出来、取材できませんでした。でも、その夜、ダンス教室で子供たちの介助をされていた田中さんからお話を伺うことが出来ました。

「ファーム教室」でも、障害を持った子供たちが周囲の人との関係性の中で成長していっていることがわかりました。そのお話は「のんびる8月号」に書きますので、ここでは割愛させていただきます。

田中さんは甲府市で活動している「若葉教室」の主催者でもあります。「若葉教室」にも障がいのある子供たちが通ってきて自己表現力や創造性を身につける訓練を受けます。またお母さんからの相談や心のケアもしています。「虹の谷」の組織体の中に含まれているのではありませんが、「若葉教室」に通っていた子が大きくなって「虹の谷」に通うようになったり、深いつながりを持っています。

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音楽療法で子供たちの自己コントロールを試みる田中さん。使う楽器は「ライヤー」。「子供たちにはピアノの音は強すぎるのです。ライヤーの響きが子供たちに浸透していきやすいと思います」と田中さん。

「虹の谷」を「ダンス教室」を皮切りに取材し始めて、「若葉教室」に出会ったり、障害のある子供たちの自立支援のネットが張られているのを知ったことはうれしい発見でした。「虹の谷」が今後更に活躍の場を広げていくことを期待しつつ、今回の報告といたします。(山本豊美)

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虹の谷のダンス教室in山梨

2007-05-30 04:39:28

以前新聞の社説で読んだのですが、現代日本では国中で、踊りが大流行だとか・・。多分社説を書いた人の周囲の女性たちが多く踊りに夢中なのを見て一言書いてみようかな・・・という気になったのでしょう。よさこいソーラン、ハワイアンダンス、ヒップポップダンス、社交ダンス、フォークダンス、日本舞踊等等、その社説には「踊り」の中に十派一からげにしてしまっていました。何かしらの踊りを習っている人の人口がこんなに多いのだということで。「日本人はこんなに踊り好きな国民だったのか!?」と今更ながら驚いている口調でした。
この社説の筆者は今、踊り(ダンス)をしていないのかな?・・・それは残念。実はかくいう私も、踊りを習っていないのです。でも、最近取材で見たダンス教室で、心底思ったのです。「ああ、ダンスっていいなあ。人は皆体のどこかに踊りたい要求をもっているんだなあ」と。

5月22日に山梨県甲府市にあるダンス教室の取材に行ってきました。NPO法人「虹の谷」が開催しているダンス教室です。集まってきたのは障がいのある子供たちとその保護者の方々。午後5時、ダンス教室に子供たちの元気な挨拶の声が響き渡っています。
甲府市内の閑静な住宅地の一角にあるダンス教室「遊舞苑」

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外観は普通のお家です。
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午後5時からのクラス小学生・中学生。この日は女子4名男子1名の参加がありました。

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まずは20分間体のストレッチから。十分体がほぐれたところで、テープの音楽に合わせてダンスが始まりました。

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テレビアニメのテーマソング、SMAPの「世界に一つだけの花」、「松ケンサンバ」、ワルツ、マンボの順で45分。

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子供たちの顔はすっかり上気しています。

NPO法人「虹の谷」代表の早川さんのお話・・・・・・
障がいを持った子供たちにダンスを教える狙いは、子供たちがここでフォービート、エイトビートなどいろいろなリズムを学び、スローテンポ、アップテンポなどの曲に合わせて踊れるようになることです。リズムに合わせて踊ることで、子供たちは自己コントロールを身につけることが出来ます。先生の振りを真似すること、踊りの輪の中の自分の立ち位置を学ぶことで、集団性とか協調性を学ぶことが出来ます。
ワルツではペアーを作って踊りますね。そこで相手との関係性を築くのです。子供たちとワルツを踊るのは、今のところお母さんが大半ですが本当はお年寄り世代が孫の世代と組んで踊る、なんて光景がいいですねえ・・・。

小学生のクラスの子供たちと入れ替わりに入ってきたの若者たち。午後6時から高校生・社会人のクラスが始まりました。
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ディスコのような激しい音楽に合わせて踊ります。ラテン名曲「カミニート」も最新の早いリズムでうたわれる歌で、先生の選曲センスが光ってます。「松ケンサンバ」「世界で一つだけの花」はここでも。みなこの歌が好きなんですね。

子供たちのダンスを指導するのは野村慶子先生。
野村先生は、12歳の時からダンスを習い始め、社交ダンス、タップダンスなどさまざまなジャンルのダンスを学んだダンサー。ボールルームダンサーとして競技大会に出場した経験も豊富。子供たちのミュージカルなどの振り付けも手がけるマルチなダンサーだ。6年前に山梨県富士吉田市にダンス教室を開き、そこに障がいを持った子供たちが通ってくるようになったのが始まりでここの教室を持つことになった。「来年私のダンス生活20周年なので、ここの教室の生徒さんたちも含めた生徒さん皆で楽しいダンスパーティーを開くことを計画中なんです」とにこやかに話されました。

2つの教室を通じて子供たちの表現力の多様さに驚きました。「虹の谷」では他に「絵画教室」「造形教室」「音楽教室」「ファーム教室」「クッキング教室」などを開催しています。障がいのある子供たちの創造性を支援し、自立を助ける活動をしばらく追って見たいと思います。次回の「ファーム教室」リポートをお楽しみに。(山本豊美)

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天蚕に魅せられて・山梨その2

2007-05-24 23:32:12

5月16日に山梨県市川三郷町で小林貞雄さん(82歳)にお会いして「天蚕(てんさん)」の産業の現状について伺ったお話の続きです。「天蚕」の周辺についてのお話。

四尾連湖(しびれこ)の向こうの山。「蛾ヶ岳」という。

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そこに「蛾(が)」がいる。
「そう、天蚕の蛾だよ。蛾は標高800メートルになるといない。標高500メートルから600メートルの間が生息域だね。山保村は標高560メートルだよ」「自分の子供の頃は、あの山へ燃し木(薪)を取りにいくと、簡単に、枝についた葉の間に緑色の繭を引っ付けた小枝を取ってきたものだよ」「その緑色の繭が天蚕だよ。普通の蚕の繭より大きいよ。8月以降に繭をかけるんだ」。

小林さんは「5月10日に網張りをしてきた」とおっしゃる。先ほど「意欲もなくなったよ」と言いながらも、ちゃんとやっていたのですね。

「網張り」とは天蚕の種を入れること。5月に入れると、メスの産みつけた卵が孵る。木々が芽吹くとき、幼虫になる。幼虫はクヌギ・コナラの葉を食べて大きくなる。幼虫の何割かは小鳥のえさ。生き残るのは1割だろう。

20年前、灯りに寄ってくる蛾を捕獲。調べたがほとんど、ちがう蛾だった。次の年、蛾の王様のような蛾を捕獲した。それが「天蚕」の蛾だった。小林さんが家に保管しておいた「天蚕」の卵と、夜、灯りに集まってきた蛾とを交配させる。

「種は増やした」という小林さん。「でも飼う人がいない」と続ける。
「買う人がいない」の聞き間違えだったかも・・・。
昔は天蚕の繭は1個100円で買いに来た。やがて、「繭では買わない」となった。じゃあ、と糸にした。そうしたらまた買いに来た。が、そのうち糸にしても買いにきてはくれなくなった。

「『民俗産業』なんて言葉が言われたのさ、天蚕に!昭和30年ごろからだねえ・・・。もうあの頃から言われてたのさ。『民俗産業』だから絶やさないようにしよう!なんてね・・・」となんだか寂しい目をする小林さんだった。

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小林さんの家の庭で。

ここら辺で、家で繭を作る「養蚕」業の話から。

・・・・昔(1955年ごろ)の山保村・・・・・
どこの家も現金収入といったら、お蚕(オカイコ)様。競って養蚕業に精出した。したがって、あたり一面桑畑の風景だった。

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こんな桑畑が延々と続いていたのだろう。当時は。

東京から大手の「カネボウ」とか「グンゼ」といった会社が、山保村に直接繭を買いに来た。1貫目1000円〜1万円で売れた。どこの家も300〜400貫目収穫した。

つまり、1955年当時、養蚕業に従事していた農家は、多いところで年400万円も稼いだことになるんですね。当時のお金で!今だったらその10倍と見て4000万円ぐらい収入があつたことになるのでは?!

・・・山保村の現状・・・・・
過疎高齢化の進んでいる山梨県内の村々でも、山保地区はその数値が高い。山梨県内の高齢者の率が45%だとするなら、ここ山保は50%。
村の半数は空き家。あとは一人暮らしか年寄り夫婦が多い。
もとはここらあたりの8つの部落をまとめて山保村と呼んでいた。その頃、小林さんの家の近くにある小学校には400人の子どもたちが通っていたそうだが、今は18人ぐらいか・・・。

桑畑の他には畑で芋・大麦・小麦などを栽培した。現金収入は養蚕業でしか得られなかった。だから桑畑はお金を生み出す畑。
今は桑畑が残っている農家も、高齢で、畑に手を入れる力も残っていないし、また手を入れてみたところで、雀の涙ほどの現金収入にも結びつかない。

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「こんなもの、作るつもりはなかったんだが・・・」と言いながら小林さんが出してきて見せてくれた「天蚕のブローチ」「天蚕のイヤリング」。天蚕の繭を利用した商品。ヒットしなかったみたいだ。

小林さん、「村に若者がいない。出会うのはイノシシばかり」とおっしゃる。「猿は?」と聞くと、「サルの姿は見ない。ここは水が流れていないからね」とおっしゃる。猿は水の(川の)ある近くに集団で棲むのだそうな。やはり人間の祖先らしい生態ですね。

山保地区が昔から米を作ることが出来なかったのも水がなかったからでしょう。今は市川三郷町の町の水道を引いてきているから、生活用水に困ることはありません。

「昨日、山で見つけたよ」と子供のように目を輝かして指差してくれた先は、鳥かごに入れられた小動物。

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なんだかわからなかった。思いつきで、「山ウサギですか?」とつぶやく私に、「そうだよ。山ウサギ」といたずらっぽい目をぱちくりさせて応える小林さん。

山にはまだまだ「未知との遭遇」があるなあ。なんかわくわくしてきました。

「お盆過ぎに山に入って繭を見るから、またそのときおいで」と言われ、思わず強くうなづいていた私でした。

・・・小林さんの話で印象に残ったこと・・・・・
日本全体の養蚕業の衰退の理由は、前回に書いたようないくつかの理由があります。
中国からの安い絹が出回ったこと、後継者が育たなかったこと、などなどです。が、「山梨の養蚕業の衰退」理由には他所にない理由が一つあります。それは、「山梨の養蚕業者(農家)は皆、大手の会社と直につながっていたから、滅びた」という事。
小林さんは「群馬とか、他の県は養蚕生産者は組合を作っていた。『組合製糸』は残っているんだよ。組合はつぶすわけにはいかないからねえ」とおっしゃったのです。

「天蚕」のリポートをするつもりが、帰り道、小林さんの言ったその言葉だけ頭の中で残響を残していたのでした。

「養蚕業」の例から、農業の分野でいろいろな産業が生き残っていくためには、組合を作ったり、何か別の形でも、とにかく生産者が連帯して行くことが大切である。と言うことを示唆されたような気がしました。
最後に小林さんのお話にも出てきた安曇野市に天蚕関係の建物があるので、ホームページを紹介します。
穂高町のホームページも。
三重県いなべ市西藤原小学校では「カイコヤママユだより」を発信していました。
調べてみると結構「天蚕」につながっている人々はいたのです。うれしい限り。
私もこれから絹糸みたいに細いけれど長く途切れず天蚕のこれからをリポートしたいと思います。皆さん、天蚕を応援してくださいね。
(山本豊美)

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天蚕に魅せられて・山梨

2007-05-17 03:44:23

5月16日(水)晴れ。ドライブ日和。山梨県市川三郷町の「山保地区」に向かう。「天蚕(てんさん)に魅せられた人」小林さんに会うために。家を出発し国道20号をひた走ること2時間。甲府市内で市川大門線に入ります。「四尾連湖(しびれこ)」の道標を目標に30分。山保地区に到着しました。「耕して天に至る」という言葉がふっと浮かぶ風景。

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写真真ん中にある建物が小林貞雄さんの家の養蚕場。右の樹の陰に(見えませんが)生糸工場があります。

標高560メートル。山あいの斜面に張り付くようにして集落があります。めざす小林貞雄さんのお宅は山保地区の公民館のすぐ隣にありました。
家の玄関で挨拶すると、すぐに小林さんが出てきて、敷地の一角にある生糸工場に案内してくれました。

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小林さんが山梨県に頼みこみ、県からの助成金で建てたものだとか。現在は稼動していません。工場内を見学させていただきました。

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織機や糸繰り機が並んで置かれています。
奥の倉庫には繭を入れた袋や「てくず」の糸が入った袋がありました。
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一目見てみたいと願っていた「天蚕の糸」も保管の缶から出して見せてくださいました。

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小林さんと天蚕の糸。

緑色の糸。
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光沢が素晴らしい。天蚕の糸で織った布はなかなか染まらないそうです。糸が強いのです。そしてこの糸で刺繍すると他の刺繍糸の中では際立って目立ってしまうそうなのです。つまり輝きが違うということ。相場ではこの糸束一つで4万5千円ぐらいでしょうか・・・。

小林さんの話から〜天蚕の織り物の現状〜

○バイヤー側は「本物の天蚕である」というお墨付きを欲しがる。つまり消費者のブランド志向。(この糸の光沢を見たら一目りょうぜんなのに・・・と私なんかは思うが・・・)一反100万円以上する最高級の絹布なので宝石と同じで鑑定書がなくては・・・ということらしい。
○天蚕は山の中で生育する蛾の繭から作る出すもの。自然条件に左右され、一定した量産は不可能。
○天蚕の織ものは手織り。機械織りは出来ない。
○後継者がいない。昔小林さんのように天蚕の生産に携わっていた村人も高齢で次々にやめていきました。後継者は今のところ無し。小林さんも戦後からずっと60数年、農業を多角的に経営(鶏を飼ってブロイラーを売り、牛を飼って牛乳を売るなど)しながら、傍らで天蚕に携わって来ました。小林さん(82歳)は今でも意気盛んですが、如何せん、独力では・・・。

以上のような諸事情から、ここ山梨の山保地区のみならず今の日本では天蚕業が成り立っていません。ほんのわずかに天蚕を地域の記念物扱いにして学校で理科の学習で飼ったり、資料館で見せているといった形で残されているのです。
大変残念なことではないでしょうか。次回に続きます。(山本豊美)

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風林火山展に行ってきました

2007-04-17 02:45:04

今年山梨で「風林火山」が熱い!NHK大河ドラマ「風林火山」の信玄公のご当地甲斐の国。ドラマの終わるのは12月。でもお正月に信玄公ゆかりの神社詣でのお客さんもいるのだからという理由か来年(平成20年)1月20日まで続く「甲斐の国 風林火山博」。
毎年恒例の信玄公祭りも4月7日・8日はいつもの倍ぐらいの観光客で賑わったとか・・・。と言うわけで、祭り好きな山本。今年一年中「風林火山」のお祭りをしている観のある山梨県甲府市に行ってまいりました。

会場はJR甲府駅から徒歩5分の山梨県民情報プラザ。

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商店街アーケードは「風林火山通り」と命名され、風林火山の旗が林立していました。「旗の賑やかなること林の如し」・・・。
「風林火山博」入り口です。

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大河ドラマ「風林火山」ゾーンに直行しました。おおっ!山本勘助の着用したよろい兜が目に飛び込んできました。

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兜を飾る「山本」の文字。私も山本だけに感慨ひとしおであります。山本勘助の声も再現されています。

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現代のこうした科学(?)技術は素晴らしく、勘助の肖像画から、骨格や肉付きを割り出して、そこから声の質量を予測するんですと。勘助を演じる俳優さんにとってはやりにくい時代なんではないでしょうか・・・。

「由布姫か湖衣姫か・・・どっち?」なんてコーナーもありました。

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井上靖著の「風林火山」では由布姫。他の作家からは湖衣姫と命名されたヒロイン。本当は名前不肖だそうな。姫の出身地諏訪では代々「諏訪御寮人」と呼ばれてきました。戦国の世では、(近代にいたるまでかな・・・封建時代とひっくるめることにいたしましょう)封建時代では、女性は家系図に名を残さないからなあ。

NHKの底力を感じさせる展覧会。ついつい引き込まれます。由布姫の着物、「うちかけ」の展示もありました。

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女性客の興味も引くようになってますねえ。私が一番夢中になったのは、信玄公の刀。

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握りのところにある飾りが可愛い!写真では焦点が後ろの手袋に合ってしまい、刀飾りがボケてます。残念!
この小さな飾りは犬が太鼓だか鞠だかに戯れているところを彫金で表したもの。戦に明け暮れた殿様が常時携えていた刀にこんな可愛い彫刻が施されていたとは!戦国時代の男性のおしゃれ心と言うか、遊び心と言うか・・・教養の深さに感動。
写真がボケているせいで「犬だかなんだかわからんじゃないかっ!」とイライラした人、是非ご自身を会場にお運びになって肉眼でお確かめを!

山本勘助は4月15日放映の回でも左目の眼帯を「あわびの貝殻」で通してます。でも武田家に仕官して録(財産)も豊かになったことから、眼帯を良いものに変えます。これは紋の入った眼帯。

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鉄で出来ているのでしょうか・・・まさか!木でしょう・・・いや、鋳物と書いてありますね。なんだか重そうです。
今のメガネの軽さを思えば、昔の人は、日常的に重荷を負うていたのですね。姫の打ちかけだって重そうだし・・・。

山梨県出身の切り絵作家百鬼丸さんの作品、武田24将の肖像画もありました。

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百鬼丸さんの切り絵の切り口の鋭さは、戦国武将の姿を現すのにふさわしいと感じました。

この大河ドラマの出演俳優さんたちサイン色紙もあって、サービス精神行き届いていました。

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加藤武さんの色紙の言葉は人間的な奥深さと言うか、滋味がありますねえ。

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信玄役の市川亀治郎さん、達筆なのです。

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ガクトさんの色紙も高いセンスを感じさせます。

会場では他にもクイズに挑戦コーナーがあったりしてとことん楽しみました。
会場を出て1階に上がると風林火山にちなんだ山梨の物産展を行っています。私はそこで清里名物のソフトクリームをいただきました。

面白くて、休憩場所もあって、美味しいものもあった。う〜ん・・・これはオススメ。旅の行き先選択にまよっている方、是非来てもらいたいです。
これから山梨は山々の緑萌える季節。緑に映える色とりどりの風林火山の「のぼり旗」。すごくたくさん作ったのでしょうね。旗のデザインもいろいろあるから見比べるのも面白いですよ。

聞くところによると、夏の「お母さんコーラス全国大会」の今年の開催地は山梨県甲府市だとか。全国から3000人の声自慢のお母さんたちがお集まりになるようで。お母さん方、風林火山の旗めく山梨でゆっくり楽しんで良い思い出を持ち帰ってくださいな。(山本豊美)

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山梨でキューバの都市農業を学ぶ

2007-04-03 20:46:26

3月25日、山梨県北杜市高根町にある古民家「輿水邸」で開催された「シネマ&トーク2007」を取材してきました。

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道の駅南清里に近い住宅地にある輿水邸。豪壮な農家です。

この催しは北杜市で環境にやさしい農的ライフスタイルを追求しているボランティア団体「緑のネットワーク21」が毎年行っているもの。
今年は「ほくと未来ネットワーク」との共催で行われました。「キューバ有機農業の現場から」と題して第1部に映画「Salud!ハバナ」上映。第2部にお話と意見交換の時間ということで、知見邦彦さんの講演と参加者の意見交換が行われました。
映画「Salud!ハバナ」はキューバ都市農業レポートで、井坂泰成さんの監督・撮影・編集によるものです。

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参加者25名ほど。風通しの良い古民家の座敷は寒いのですが、皆じっと座って熱心に学んでいます。

映画は、小林卓也さん、原田寛子さんという日本人の若者がキューバに出かけ、ハバナとその近郊の農業の様子を見聞し、農業を体験している様子を現地の人のインタビューも交えながら記録したものです。
日本にはあまり社会主義国キューバのことは知られていません。でも、10年ほど前から日本で農業に携わっている人々の中に「有機農業大国キューバ」に熱い視線を注ぐ人たちが増えてきました。

不肖私、リポーター山本も10年前、1999年に生協の仕事でキューバに出かけ、首都ハバナを中心に国内あちこち見聞し、特にコーヒー農園を訪問し農業者たちと交流してきました。
そのツァーの途上、首都ハバナの町の一角で、たまたま日本の農業者たちのグループとばったり出会ったことがありました。彼らは、私たちの生協で取引させていただいている、日本でも有数のパワーのある農業者たちだったので、私たちは異国の土地で、見知った顔に出会った喜びもあり、彼らにしばし合流し、日本人同士で盛り上がった時間を過ごしたのでした。

話が横道にそれましたが、そんなことで、日本の農業者がなぜキューバに熱い視線を注ぎ、何を学ぼうとしているのか、10年前のおぼろげな自分の記憶をつなぎ合わせながら、その問いの答えを今回の映画の中に、また続く講演のお話の中に見出そうと思いました。

なぜ日本人が(農業者だけでない)キューバに熱い視線を送るのか?
答え=いくつかありますが、まず、キューバは世界で1、2位を争う食料自給国であるということがあげられます。
亜熱帯で土地が痩せている。砂糖きびやタバコ栽培が主な産業で、長いことスペインやアメリカの植民地で、自国の農業で自国の人が食いつなぐなどの歴史が無かったのに、いまや世界に冠たる食料自給国になったことはスゴイ!と思われるのです。
また、50年近く大国アメリカの経済封鎖などの制裁に耐え続け、世界で独自の路線を貫いている国の強さに感動をおぼえる人もいます。

日本の農業者はキューバ農業の何を学びたいのか?

答え=いくつかあるようですが、まず、キューバでは農業者が他の職業と比較して、豊かな収入が得られるからです。
社会主義国キューバですから、どの職業についても、それほど収入に隔たりはないようですが・・・。
日本ではまず「専業農家で食っていくのは大変」というのが常識ですから。日本の農業者から見れば安定した暮らしの保証されるキューバ農業、キューバの国策に関心が行くのは当然ですね。

それと、キューバは自然農薬の研究開発の先進国であること。自然農法に関心のある人には逃せませんね。

10年前にキューバを訪問したときに現地で出会った日本のりんご生産者の方も「“ニーム”という防虫自然農薬に関心が沸いた」と言っていました。有機堆肥もキューバではミミズの糞を主に、いろいろ開発されているようです。

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熱い国キューバの学習会なのに、私の寒い体は、横の部屋に燃えている囲炉裏の火を恋しがっていました。


知見邦彦さん(農林業環境問題研究会理事)のお話は、前段に上映された映画の補足説明にとどまらず「キューバとネパールで持続的農業を考える」という地球的規模のテーマでのお話でした。

お話の中で何回も出てきた言葉は「オルガノポ二コ」。
キューバの都市農業では、土が雨などで流れてしまわないように、板やスレートなどで囲った畑を作ります。日本でも自宅ベランダや庭に魚屋さんからもらってきた発泡スチロールの四角い箱を置いてそこに土を入れて野菜や花を栽培している光景を良く見かけますね。それをもっと大きな規模にしたものと考えればいいでしょう。
「オルガノポニコ」はこれから、日本でも定年後、趣味で農業をしたいとお考えの方に参考になるキーワードかもしれません。

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輿水邸の土間から上がりはなにある浴室。レトロな外装に私はうっとり。「何でこんな上がりはなに浴室を作ったのか不思議でねえ・・・」とは、現当主輿水順彦(こしみず よしひこ)さんの話。

参加者の意見交換の時間には、高根町で農業を営んでいる生産者何人かが発言しました。
日本の「有機認証制度」の問題点・・・日本農業の実態との乖離・・・など、厳しい現場からの声が聞こえてきます。
自分と同じ時期に、農業への志をもってはじめた農業者仲間が、「農では食べていけない」と次々離農していく姿を見てきたという農業者の発言もありました。

でも、最後に司会の角野さん(高根町の農業者)が〆た言葉が印象的でした。「農業で食っていくのはギリギリだ。だけど、自分の体、家族の体を守るために、『日本の土に変なもの(化学農薬など)は入れられない!』という思いで作っている」「日本の土で作る事に意味があるんだ!」という言葉!
素晴らしい農業者です!熱い感動に満たされて高根町をあとにしました。(山本豊美)

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山梨の魅力発見!

2007-03-24 04:56:52

山梨の魅力発見!今回は人形芝居です。山梨県指定無形文化財の「笹子追分人形」を見て来ました。3月21日、山梨県生涯学習推進センター(甲府市丸の内1−6−1)が、「やまなし再発見講座」の一巻として行った講座「笹子追分人形 三番叟(さんばそう)の実演と講話」を聴講してきました。

追分人形芝居は、山梨県大月市の笹子追分新田地区に伝わる郷土芸能です。淡路島に伝わる諸派の人形芝居や、国立劇場で定期的に上演される文楽などと同じ、3人遣い様式の人形芝居です。

この追分人形については資料が少なくいつごろ発祥したのか明確ではありません。江戸時代には地域の若者によって維持・管理・演技とも受け継がれていました。でも明治維新の文明開化の風潮から急速に廃れ、その上、地域に起こった水害で人形衣装や小道具など大部分を流出し、廃絶の危機に陥ります。
これを惜しんだ、笹子追分に住む天野忠甫(あまの ちゅうすけ)氏が私財を投じて、日本各地から衣装や人形を買い求めました。また、天野氏は自ずから東京の西川伊三郎に入門。芸を磨き、西川伊久造の芸名をもらい、村に帰って、座を興しました。それが今に伝わる西川一座です。
それでは実演と人形の顔をゆっくり拝見。

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三番叟はひょうきんな踊りです。

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娘人形の顔。悲しい運命をたどることの多い文楽(追分人形)の娘人形。やさしくいたわってあげたい気持ちになります。。

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三番叟を踊った人形は、なんだか西欧の方のサーカスのピエロに共通するおかしみが漂います。

鳴り物(三味線)や語り(義太夫節)がないのがちょっとさみしかったですが。

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人形の操作方法も仔細に見せてくれました。

今回の講座には70名の参加者がつめかけ、熱心に保存会の人にお話を聴き、人形に触れて、人形の操作をして見るなどして、会場は熱気にあふれていました。

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人形の頭(かしら)の製作者、石黒一夫さん(右から2人目のメガネの男性)が、人形の目や口を動かすカラクリを説明。バネには鯨の歯を使っていることや、糸は三味線に使われている絹糸。それも合成の糸ではなく本当の絹糸、三味線で使い、ある程度古い糸でないとダメ、とか面白い話をいっぱい聞かせてくれました。


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人に操作され動き出すと、顔に生気が漂ってくる不思議な人形の魅力にすっかりはまりそう。

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人形を動かす黒子の皆さん。現在座員は15名(30〜60代)。毎週金曜日の夜7時半からと日曜日の午後1時から、追分にある人形会館で稽古を積んでおられます。

なぜこの「追分人形」が山梨県の指定無形文化財になっているのかというと、座の演目に文楽の世界でポピュラーな「菅原伝授手習鑑」「絵本太功記」「本朝二十四考」等の他、地方色豊かな「吉久保美人鑑(よしくぼびじんかがみ)」があるからです。

もうひとつ、この座には数多くのかしら(60体ほど)と衣装が残され、その中には、淡路の国の名匠「由良亀」や淡路徳島の「天狗久」作のものなど数点があり、県下のほかに類例を見ないからだそうです。


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4月1日(日)午後1時半より、大月市民会館で「奥州安達が原」の演目の公演が行われます。興味のわいた方、是非お出かけください。

お問い合わせは「笹子追分人形保存会」の斉藤さんまで。
電話0554−25−2339。

なお保存会では人形の修復や公演のお金を捻出するため、賛助会員(年額一口3000円)を募ったり、公演先で人形のポストカードや手ぬぐいなどのグッズを販売して資金を集めています。
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人形のポストカードには、今日お目にかかれなかった人形たちの顔があって、この次も公演に出かけて、今回会えなかった人形に会いたくなりました。(山本豊美)

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伝統業の人のこぼれ話

2007-03-20 05:01:42

今回は「暮らしの知恵」です。取材時の「こぼればなし」をいくつか。前回の「山梨のイチゴ」の記事に登場の荒川さんのお話から。
漆(ウルシ)にかぶれた時どうする?

先人から教わった対処法としては
1、海の塩を風呂に入れ、その湯に2回〜3回(2日〜3日ということ)浸る。
2、沢蟹を捕まえてつぶし、その汁をカブレタ患部に塗る。
というものだそうです。

「海の塩」と聞いて思いだしたのは次の話。

知人で皮膚に痒みの出るアレルギー症状に悩まされている人が言っていました。「夏は必ず1回は海水浴に行くことにしている。そうしないと冬、皮膚の痒さがひどくなるから」と。これもウルシのかぶれに利く「海の塩」の効能と共通するものがあるのかもしれませんね。

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写真は山本所有の海水を原料にした塩です。

「沢蟹をつぶして、その汁を塗る」については、簡単に沢蟹を捕まえられる環境にいないと出来ませんね。が、ウルシにかぶれるということは、山に入ってたまたまウルシの木に触ってしまったりした時の場合が多いから、そんな時には近くの渓流に行ってみて、沢蟹を見つけたら試して見る、という風に覚えておきましょう。

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写真は、山本所有の沢蟹の剥製。3ヶ月ほど前の宴会料理に出された沢蟹の姿焼きを持ち帰って飾っておいたもの。スケッチしようかな・・・と思って。なんか捨てがたくてね・・・。

漆は何代にもわたって伝わる。
ちなみに、荒川さんは、コープやまなしの組合員さんたちと、イチゴの生産者としての顔だけでなく、漆工芸の作家としての顔でも交流したいと思っているのです。組合員さんの親子向けに、漆ぬりのお箸作り教室でもひらきたいなあ・・・とか。「漆の器って代々続いていくモノなのですよ」と荒川さん。「お母さんが使っていたお椀を、お母さんが亡くなって、思い出に飾っておきたい、あるいは、自分が受け継いで使いたい、といった気持ちの時、漆職人さんの所に持って行ってください。塗りなおしてくれます。そうするとその器がまた美しくよみがえるのです」と目を輝かせておっしゃいました。

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写真は漆塗りの菓子鉢(これは荒川さんの作ではありません。山本所有のものです)

荒川さんの漆工房にも今度お邪魔してみようと思います。そのときをお楽しみに。(山本豊美)

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山梨のいちご

2007-03-12 00:01:42

3月8日山梨県韮崎市でイチゴ生産者の荒川さんと交流する集まりを取材してきました。生活協同組合コープやまなし組合員で、荒川さんのイチゴのファンが集まって、生産者のお話を聞き、質疑応答をしてイチゴについての知識を深めました。

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その後イチゴのロールケーキを作って試食しました。イチゴの香り漂う中、荒川さんととてもスウィートな時間を持つことができ、参加者みんなしあわせムード。

荒川さんは東京出身。

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山梨県に転居してきて漆職人として働く傍ら、ある日、わが子がイチゴを食べるときの幸せそうな顔を見て「安心安全で美味しいイチゴを作ってやろう」と決心!試行錯誤で、イチゴ栽培に取り組み6年経ちました。

コープやまなし組合員の粕川さんとの出会いが、コープやまなしを通してイチゴを産直販売するようになったきっかけでした。たまたま荒川さんのイチゴを食べた粕川さんはその美味しさに感動して、仲間に教えました。そうして荒川さんのイチゴファンは増えて行き、生協コープやまなしで取り扱いを求める声につながったのです。

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写真右が粕川さん。

「最近山梨のイチゴ狩りに大勢来るけど何で山梨なの?」という質問に、
「生産者がうまく輪になったから」と荒川さん。生産者有志が連携して、大勢のイチゴ狩り客に対応出来る体制を作ったからだといいます。

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ちなみに荒川さんの農園ではイチゴ狩りをしていません。イチゴ狩り客に対応するためには「アキヒメ」という品種が広さにして1反歩以上栽培されていないとダメ。荒川さんの所では、今900坪で、半分は「トチオトメ」という品種を栽培しているからだそうです。

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さて、イチゴの試食。
<イチゴの美味しい食べ方>
その一、買ってきたら平温で保管。食べる1時間前に冷蔵庫で冷やす。

その二、イチゴについているヘタ(葉っぱ)を取ったら、そちらから口に入れる。イチゴは先端に甘味が凝縮しているので、甘くないヘタから食べると最後に甘味を味わえてグー!

イチゴの品種。一見しただけでわかる人は少ないでしょう。

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写真のイチゴたち。ヘタを上に向けている3個とも「アキヒメ」です。
ヘタを下にしている3個のうち、右2個が「トヨヒメ」で、左のが「トチオトメ」です。味は・・・どれも美味しいとしか・・・私には・・・。

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イチゴ苗もプランターに入れて持ってきて展示してくれました。最近、水耕栽培とか、イチゴ狩りをしやすくするため高い場所にイチゴ苗を並べて育てているなどの農法があります。が、「なるべく土に近く、地べたで育ててやるのがイチゴにとってはうれしいのではないかなあ・・・」と荒川さんは言います。

質疑応答の後、イチゴのロールケーキ作りに挑戦。

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スポンジも上手に焼けています。
後は生クリームにイチゴを入れてスポンジで巻くだけ!出来上がりました。

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思わず笑顔こぼれる試食タイム。

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荒川さんは学習会の終わりに、「この地球温暖化が一番身に応えているのは農業者です」と真剣な顔で訴えました。
果物や野菜の生育に異変が生じている。生産者は収穫した野菜等を売って生計を立てている。その野菜等が、気候の変動によって作れなくなってしまう。
地球温暖化をすぐには食い止められなくても、皆で力を合わせれば、足踏み状態にとどめ置くことは出来るかも知れない。
「どうか、そんなことも念頭において、私たち生産者を見守ってください」とお願いしました。

組合員の皆さん、しっかりうなづいてましたよ。生産者の思いは届くでしょう。

イチゴ狩りはやっていない荒川さんですが、サクランボ農園の方ではサクランボ狩りok とのこと。サクランボの時期(5月後半)には、是非山梨へ。

ちなみに荒川さんの農園に問い合わせるには、まず、コープやまなしへ電話してからにしてね。お問い合わせ先:055−243−6340コープやまなし組合員活動事務局まで。
(山本豊美)

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名画に見る人の匂い

2007-02-25 17:38:07

 2月25日は山梨県都留市にあるうぐいすホールで「うぐいすキネマ館」の映画鑑賞を楽しみました。主催は文化庁/東京国立近代美術館フィルムセンターと(財)都留楽友協会です。文化庁/東京国立近代美術館フィルムセンターの「平成18年度 優秀映画鑑賞推進事業」の一巻らしいです。

東京に出ずとも地域で日本の優秀映画が見られるのは幸せだと思い、「悪名」での勝新の男ぶりを見たさに出かけて行きました。
 「悪名」は1961年封切りの大映映画です。今から46年前ですね。この映画は当時大ヒットし、続編が作られ、シリーズ化しました。さすがに主演の勝新太郎、若いです。肌の輝き、目の輝き・・・海から上がったばかりの魚のようにピチピチしてます。それにとてもチャーミングです。
 はじめは河内弁が聞き取りづらく字幕が欲しい気分でしたが、次第に聞き取れるようになりました。中村玉緒も初々しく、私生活でもこの頃、勝新と中村玉緒が結婚したのかな・・・などとほほえましく想像しながら映画を楽しみました。

 映画の時代設定は、やくざ稼業の男たちがほとんど丹前のような着物を着流しでぞうりをはいており、芸者や飲み食い処の女給は日本髪で着物だから戦前だと思います。背景は芸者置屋とか、肉を食べさせる食堂(すき焼き屋?)や、小規模やくざの親分の家などが出てくることが多いので、戦前の日本人の暮らしの影の部分が見えます。つまり貧乏と隣り合わせの暮らしぶりがわかるのです。それで、映画から人の体臭がにおってくるような気がします。特に朝吉と貞の出会う場面。

 初対面の2人は遊郭で衝突し、殴り合いをするのですが、見ている私には、まるで犬同士の喧嘩や、テレビの動物ものでよくお目にかかる、オスの縄張り争いの喧嘩に重なって見えました。つまり自然界につきものの、自然の掟に従った争いに・・・。ですから安心してみていられました。

 肉弾戦も健康な男児同士のぶつかり合いというか、お互いを知り合うための通過儀礼だな・・・という感じで。そのとおり、殴り合いに負けた田宮二郎扮する貞(サダ)は、勝新扮する朝吉(アサキチ)に降参して、子分となってついていくようになるのです。度量の広い朝吉は「兄弟でいいじゃないか」といって、貞の目を潤ませることになるのですが・・・。

 こういう場面を見ていると、つくづく今の日本が、肌寒いというか人間臭さのない社会になったと感じます。50年ほど昔に比べて。
 昔は、男同士ならこういう取っ組み合いの喧嘩は日常茶飯事だったのでしょう。
 確か、最近「いきいき」という雑誌に、作家の佐藤愛子も書いていました。「兄たちはしょっちゅう取っ組み合いの喧嘩をしていた」と。
 でも、この映画に描かれる人間の戦いでは、倒れた相手を死に至るまではいじめません。荒っぽいやくざの世界のことなのに、です。
それが今の日本ではどうでしょう。取っ組み合いはしなくても、陰湿なやり方で、相手を死に至るまで追い詰めるケースがいくつも見られるではありませんか・・・。「動物の生態から遠ざかると、人間ろくなことはない」と、この映画「悪名」が教えてくれている気がします。

 先ほど、「人の匂いが感じられる」と書きましたが、どういう場面でか、というと、男同士の殴り合いの場面とか、朝吉が近所の人妻お千代に誘惑されて深い仲になるのですが、二人が旅館の布団に横になって駆け落ちを相談する場面とか、因島で、苦界に沈む琴糸という女郎を足抜けさせるために船を出してくれるよう頼みに行った島の漁師の家で見る漁師夫婦のみすぼらしい姿などに・・・私の記憶の中にある、人の匂いが漂ってくるのです。

 それと、もう一つ。特筆すべきなのは、この映画の主役はもちろん朝吉と貞の2人の男なのですけれども、その2人を動かすのは女たちなのです。そもそも朝吉が動くというか、宿命に従って行動するきっかけは女が作るのですから。朝吉はただの正義感の強い、人の良い、喧嘩に強い男という設定で、そのままではこれといったストーリーは生じません。女が関わってくることで、ストーリーが始まるのです。

 お千代に駆け落ちを迫られて、人の良い朝吉は駆け落ちしてしまうことから、いろいろな歯車が回り始めます。

 ところで、私はこの「悪名」に登場した女たちの中で一番きれいだなと思ったのはお千代です。中村玉緒さんには悪いけど・・・。中田康子という女優さんが演じています。中田康子さんは今で言ったら、藤原紀香さんといった感じの美人です。そしてお千代という女性の人物設定も良いです。好きな男にもべたべたしないで、自分の男好きの、不貞者のレッテルにも開き直ってわが道を行くタイプ。お千代のお陰で朝吉は、琴糸という女郎を助けるための資金を捻出できたり、ピストルを手に入れることが出来たりするわけですから、たいした陰の女です。
 「悪名」は、このお千代を筆頭に、朝吉に「この人を妻とします」という誓詞を書かせるお絹(中村玉緒)や、因島の半分を取り仕切る「麻生組」の女親分(浪花千栄子)など、強い女たちに可愛がられ、慕われるチャーミングな一人の男の物語と読みとくことも出来ます

 ちなみに当時大映の看板女優だった中田康子さんは今も健在でいらして、ジャズダンススタジオを主宰しておられます。NHK文化センター松本教室で「より美しく生きるためのエクササイズ」の講師もされています。なんだか、「悪名」という映画で演じたたくましいキャラクターが重なるような自立した強い女性の生き方をされていますね。
 
 今回の映画上映は、うぐいすホールの大ホールで行われましたが、観客は20名ほどと少なかったのが残念でした。ほとんど中高年。昔見た記憶をよみがえらせたでしょうか・・・。私は50年程前の日本人と、その暮らしに染みついていた匂いを懐かしみながら会場を後にしたのでした。(山本豊美)

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山梨県明野町

2007-02-20 01:27:38

日本で一番日照時間が長い明野町(あけのちょう)。山梨県北杜市(ほくとし)に在ります。2月17日(土)小さな旅をしてきました。
今回の旅では明野町で活動している「茅ヶ岳歴史文化研究所」の主催する「お神楽(かぐら)チャレンジ教室」にお邪魔しました。
「北杜市埋蔵文化財センター」を会場に「チャレンジ教室」が開かれていました

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写真は北杜市埋蔵文化財センター

「茅ヶ岳歴史文化研究所」が子供達に向けて「お神楽チャレンジ教室」を開くようになって、今年で4年目です。
毎年、明野町内の各地区の神社例大祭が4月中にありますが、そこで子供たちがお神楽を奉納するのです。練習は去年9月から始まり、10回以上の練習を積んで本番に臨みます。17日は通算7回目の練習日。10時から12時まで。練習に参加している子供たちは、地元明野町に住んでいる子供達ばかりでなく、隣あう武川町や大泉町からも参加しています。年齢も8歳から14歳までと幅広いです。初級1グループと上級2グループに別れて練習していました。上級者は剣を持った舞を練習したり内容が違うので、先生とほぼ1対1の指導を受けないとマスターできないのです。私は初級のクラスを見学しました。

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練習は2時間の間に3回繰り返して行われました。指導者は明野町に住む古老たちです。その中でも長老格の上野周茂(うえの ちかしげ)さん(89歳)は、自身がお神楽の舞・笛・太鼓の技能を体得した「お神楽の伝道者」でおられます。

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写真右が上野さん

上野さんにお話を伺いました。日本全国の神社にお神楽はあり、その舞や演奏の様式はわずかずつですが違っています。ここ明野に伝わるお神楽は「倭神楽(やまとかぐら)」と呼ばれ、このあたり一帯にしかない独特の様式を持っているそうです。上野さんは60年前に兵役を終えてふるさとに戻り、そこで、地元のお神楽の継承者がいなくなることに気がつき、自分で継承しようと思いました。「お神楽チャレンジ教室」は4年目ですが、その前から上野さんはお神楽を伝え残すため、本にあらわしたり、ビデオに残したりと活動して来ました。去年はお神楽保存の全国連絡会の関東ブロックの大会に参加して、「倭神楽」健在なりをアピールしてこられました。この地域では昔は神楽を舞うのは男児に限られたそうですが、今は、伝承の間口を広くするため女児も受け入れています。そうした、上野さんたちの前向きな努力に応えるように、年々参加する子供達が増えてきています。指導者の笛の音に合わせて足並みそろえて舞う子供たちの引き締まった表情が印象的でした。

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上野周茂さんの住む地域の三島神社の例大祭は4月8日(日)。装束をつけた子供達の晴れ姿、奉納の舞を見に行くのが今から楽しみな私です。(山本豊美)

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共育ちの会「あ・そ・ぼ」

2007-01-28 21:10:46

「農業・地場産業の助っ人になろう!」テーマからちょっとずれた感がありますが、今回お届けするのは「共育ちの会あ・そ・ぼ」の活動です。
1月27日に行われた会の新年会を覗いてきました。
山梨県長坂町にある「あそぼ館」は、会の代表今紀子(こん のりこ)さんの家の敷地に建てられた会の拠り所。
「あ・そ・ぼ」には会員・賛助会員含めて130名の会員がいますが、この日は30名ほどの会員が集まって、朗読や紙芝居やゲームを楽しむひと時を過ごしていました。

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写真は「魚釣りゲーム」に夢中のみなさん。
会員はほとんどが長坂町や隣の大泉町に住んでいる人々です。
日頃から地域の小学校や公的施設で朗読や紙芝居を行っている人たちが参加していますから、この日も数名の会員による熟達した語りで「節分」についてのお話や「鶴の恩返し」などの昔話が紙芝居や本の読み聞かせで披露されました。

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写真は「死んだ兵士の物語」という本の読み聞かせ。
その合間にも「あそぼ館」の室内に設置された本棚から本を取り出してきて読んでいる子供もいて、自由で気楽な雰囲気の集まりだと思いました。子供たちに文化を伝えることももちろんですが、大人がお互いに研鑽しあう文字通り「共育ち」の集まりだとも感じました。

長坂町、大泉町とも、都会から移り住んできた人の多い町と聞いていますが、この会のメンバーもそうした家族が多いというお話でした。
代表の今さん自身、18年前に大泉に住むようになって、子供の通う学校で知り合ったお母さんたちと人形劇サークルを作り、ボランティアで公演活動を始めたという経歴があります。
数年後、ここ長坂町に移り住んでからも大泉のサークル仲間の結びつきは途切れず活動は広がり、4年前「共育ちの会あ・そ・ぼ」を立ち上げたのです。13年前、自宅と一緒に倉庫も建てた時、その2階を仲間の集まる、会のイベントも行える場所にしようと考えていたそうです。それが現在の「あそぼ館」になっています。
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写真は今さんの家の敷地の一部。左が住居。右が「あそぼ館」のある倉庫。周りは田畑。(今さんご夫婦も、ここに来た当初は手広く田畑を作っていました)
定年退職され、セカンドライフをこの八ヶ岳北麓で暮らそうと移り住んで来られた人たちは、それぞれ特技を持っているようです。ピアノを弾く、琴をかなでる、絵を描く、菜園で野菜作りをする等々。そうした人々が参加してくる会なので、イベントをすると多彩です。
農産物を持ち寄ってバザーを開いたり、ピアノコンサートを開いたり。去年5月に行われた「あ・そ・ぼ」の総会の