血縁に依らない終の棲処
はじめの一歩
今を遡ること2年半、2003年の暮れも押し詰まった日、私と友人は伊豆高原に向かう電車に揺られていた。作品展を終え、生命の洗濯とばかり旧知の友の経営するペンションに一泊の”小さな旅”の始まりである。
同行の友人は一人娘の扶養義務を終え一足早く「終の棲処」を考え始めていた。その頃、著名な女性の大学教授やフェミニズムの先駆者等が発起人となり、グループリビングの先駆けケア付マンションがオープンしたばかりだった。その『ともだち村』を見学したいという友人と修善寺を訪れた。
その頃の私は高校生、大学生を抱え、まだ自分の”終の棲処”を考える時期に至ってはいなかった。けれど漠然とながら娘三人の誰かと暮らす老後もイメージできなかった。その意味では私も同様”グループリビング予備軍”と言えるかもしれないし、見学は望むところであった。
小春日和の朝、ペンションの女主人の車で伊豆山中の『ともだち村』に到着。見学の後、体験宿泊の友人を残して帰路に着く。遅れて帰宅した友人からスタッフの一人に知人がいたことを聴く。