(在米数十年のシニア日系人ツアー)
〜仙台・松島(病院へ・日米健康保険制度の比較)編〜
南陽市赤湯温泉を出て約二時間走って仙台市に入ったときにはかなり大降りの雨となっていました。春うららという気候からは程遠い、いうなれば『なたねつゆ』か?いや、青葉城址(仙台城址)で降り立ったときは強風で吹き飛ばされそうで『なたねつゆ』なんてロマンチックなものではありません。桜は終わっているどころか花びらさえも吹き飛んでしまって皆無です。紅葉を追うツアーより桜を追うツアーは『生もの』で難しいと感じました。
Mさんの具合ははかばかしくないようで、心配です。今夜宿泊予定の松島のホテルに電話して近くの病院を調べてもらったところ、車で5〜6分のところに総合病院があるということで、Mさんにもその旨伝えてもう少しがんばっていただくことにしました。
雨の仙台を早々に出発して一路松島へ。海岸通を走っていくと、湾内に白い岩肌の小さな島々に緑の松が美しく映える松島です。いつ来てもやっぱり日本三景といわれるだけあって美しい。雨もやっとやみました。午後はオプショナルツアーでみなさまご自由に松島観光をしていただくためにインフォメーションを差し上げて解散。
Mさんは背中の痛みと全身の倦怠感に加えて頭痛までしていらしたようで、心配なので予定通り病院へお連れすることにしました。その前に夕べからほとんどお食事を召し上がってないので添乗員のSさんと一緒に近くのコンビニへ行って、サンドイッチを買ったり、Mさんがお好きとおっしゃっていらしたのでおすし屋さんでほんの少し握りを握ってもらって差し入れました。でもやっぱりあまり召し上がれなかったようです
ホテルのフロントマンがホテルの車でご親切に病院まで送ってくれました。アポをとっていたのですが松島の中では大きい病院とはいえ内科には今日はお医者様が一人で、たくさんの患者さんがいて一時間以上も待たされました。しんどそうなMさんでしたが、問わず語りで60歳になられたので、今回の旅行は日本式に還暦のお祝いにご主人様がプレゼントしてくださったものと伺いました。「その旅行でこんなになって主人はなんていうでしょうね。」とちょっと悲しそうなMさん。私まで、胸が痛くなりました。Mさんは今回のメンバーの中で最年少です。
もう一つ、現実的な心配ごと、健康保険のことです。当然日本の健康保険には加入していらっしゃらないので、日本では現金払いをしていただかねばなりませんが、帰国してから保険請求が出来るかどうかを伺いました。幸い、Mさんはアメリカの保険に加入していらっしゃるのでこの病院の領収書を提出すれば還付されると聞いて安心しました。日本人が海外旅行するときもきちんと保険に入っていく人がほとんどですので、自分は大丈夫と思ってもやはり保険には入っていくべきだとつくづく思いました。
ここで、旅行保険はさておいて、日本の国民皆保険といわれる制度とアメリカの健康保険との違いを改めて考えたいと思います。
アメリカには日本のような国民健康保険制度はありません。65歳以上及び低所得者に、それぞれメディケアMedicare、メディケイドMedicaidと呼ばれる政府の医療保険プログラムがあるだけです。ほとんどの人は65歳になるまで、自分でなんとかしなければならないのですが、なんとかできるほど掛け金が安くはないので、2003年には人口の15.6%に当たる4500万人の米国人が無保険状態でいると推計されているそうです。
会社勤めの人は会社が福利厚生の一環として保険の掛け金の大部分を負担していますが、掛け金の値上がり率が急激で会社も負担しきれないで、個人の負担部分が増えているようです。会社によってはこの掛け金を払ってくれないところも多く、ましてや個人事業者や低賃金労働者は、病気になると高い医療費も払えず、かといってMedicaidの対象になるほどの低所得ではないという人たちがアップアップした状態のようです。ちなみに、掛け金がどのくらい高いかというと、日本の国民健康保険の最高限度額の倍は払わなければならないそうです。
日本でも最近は国民健康保険の支払いが滞る傾向にあるといわれています。自分は病気にならないからいらないと払わないでいるといざ病気になったとき、未払い分をさかのぼって払わされると時には大変な額になるとも聞きます。支払額も二割負担、三割負担と年収によっていろいろですが、アメリカのこと考えると日本て福祉国家なんだと改めて思います。文句を言うとばちが当たると思いました。
Mさんは血液検査もしてもらって、お医者様は倦怠感や背中の痛みの原因を調べてくださいましたが、結局分からず、とりあえず生理的食塩水と栄養剤の点滴を一時間かけてしていただきました。支払いは現金払いで9000円弱だったのでMさんはアメリカに比べて安いと喜んでいました。
でも、ホテルへ帰っても症状は改善されなかったので、Mさんはこれ以上長距離をバスで移動するのは無理と考えて、添乗員のSさんと相談して残念ながらツアーを抜けて、日本にいらっしゃる仲良しのお友達やご親戚のところへいらっしゃることになりました。ちょうどこのブログを書いているときに、Mさんからメールが届いて、ツアーを途中でやめたのは残念だったけど懐かしいお友達や親戚に久しぶりに会えて楽しかった、何十年住み慣れたロスに帰ったらなんとなく体調も上向いてきたようだといっていらっしゃいましたのでほっとしました。どうぞ早くすっかり良くなっていただきたいとお祈りしております。
(続く)
(徳重 富士子)