都会に残されたオアシスに身も心もリフレッシュ!
はるかに広がる田や畑、目にしみる木々のみどり、サイロにポプラ並木、そして高い空。これが東京なの?そうなんです。西武新宿線田無駅から徒歩7分。ここは東大農場!その正門に一歩はいるともうそこは別世界。草と木々の香りがします。前日に雨が降ったおかげで、足元の土もしっとり、歩くとふんわりじゅうたんの感触です。大げさでなく「私は生きている!」という思いをもらえます。
このみどりをどうしても残そうと市民運動が始まったのは、2004年4月のことでした。前年の2003年3月に東大農場検見川移転問題が提示された時、今失えば二度と取り戻せないこのみどりの大地をなんとしても残さねばという市民の願いが「東大のみどりを残す市民の会」を結成して、大きな波を起こしました。勉強会、ワークショップ、講演会、ミニ集会、見学会等を開き、署名活動を展開し、4万6千人分の署名を集めてこの6月に東大側に提出しました。昭和10年に造られ、70年以上営々と築いて今のこの豊かな農場と演習林を生み出したのですから、もし、検見川に移転したとしてここと同じものを造ろうとしたらまた70年かかるわけです。土壌まで移転するわけにはいかないという判断で、この8月8日、東大は移転計画中止を発表しました。学術的な問題があったにせよ、この決定をもたらした原動力は、みどりを守りたいという市民たちの熱意だったのです。このみどりの別天地を「東大農場のみどりを残す市民の会」の事務局長中村賢司さんに案内していただきました。
移転計画中止の発表からわずか3週間、物静かな中村事務局長もさすがに喜びを隠せません。「おめでとうございます!よかったですね。」と声をかけると、「はい、有難うございます。みんなよろこんでおります。」と感無量の面持ちです。
正門から入ってまもなく右側に作物見本園が広がります。普通の農作物の間に「ヒマ」だの「ウコン」だの「オクラ」が植えてあります。ヒマは年が知れますが、昔は下剤として重宝されたものです。ウコン(ターメリック)の花を初めて見ました。蘭の花をもう少し可憐にした雰囲気で白い花びらの先は刷毛で黄色い色をさっと塗ったよう。
「オクラ」の花は花びらが5枚、中心の模様は実と同じ五角形なのにはびっくり。
へちまもひょうたんもなっていました。これだけ見ただけでも感激なのに、まだまだ序の口です。
近所の保育園の子供たちがお散歩に来ました。桜並木の下草は、芝生なんかではありません。草です。その上を走ったり転がったり、誰にも遠慮なんてする必要がありません。「保育中によく来るんですよ。」と中村さん。なんて幸せなんでしょう!こんな空気のいい自然の中で遊べるなんて。いつまでもこの素敵な環境がこの子達に残されますように!そして世界中の子供たちに与えられますように!
日ごろコンクリートの道を歩いているものにとって、このなんともいえないやわらかい土の感触ははるか昔、田んぼのあぜ道を歩いているような郷愁を思い起こさせてくれます。
果樹園にも梨、梅、栗、柿などが植えられ、周りには、はなみづきの並木があります。五月には紅白の花がとても美しいとか。是非見に来ます。
中村さんが連れて行ってくれた先は見渡す限りひまわり畑。「わー、何本ぐらいあるのですか?」「5,000本くらいかな。」と中村さん。
「東大農場のみどりを残す市民の会」の活動の一環として、『東大農場塾』という環境講座を東大と共催して開き、“東大農場と周辺地域における資源循環を考える”というテーマのもと、菜の花とひまわりを栽培し、種を搾油してとれた油は食用にし、廃油は精製して自動車や農耕車の燃料に、搾りかすは堆肥にしてまた畑に利用するという資源循環を講義と実習で構成しているとのこと。そのひまわり畑がここなのです。
ここには小学校低学年の子供たちが来ています。「ひまわりがみんなあっち向いちゃってる!」と口々にいいます。ひまわりは花が咲くとみんな東を向くので、西側に立っている子供たちには「あっち向いて」るように見えるわけです。
中村さんによると、今年は6月に種を蒔いて、芽が出てきたところをはとが食べ、カラスがつまんでしまったので、7月に蒔きなおしたそうです。9月2日に種を取る予定にしていますが、ちょっと難しいかもしれないとの予測です。はとやカラスのわるさはけしからんけど、これも自然の摂理ですね。
桑の木があったので、養蚕もしているのかと思いましたら、「いや、皇居の蚕の桑が足りない時、ここから運ぶんですよ。」とのこと。高貴なるお蚕さまのお食事!
(次回へ続く)
(『のんびる』11月号12〜13ページに掲載中)
(徳重 富士子)