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“郷愁を呼ぶ大正琴の音色”
2007-10-26 23:42:30
障がい者のための大正琴のクラス
先日チャリティー映画会にご一緒した視覚障がいの友人のIさんがこの10年楽しみとして続けているお稽古があります。大正琴です。そのクラスを参観させていただきました。
三田の東京都障害者福祉会館の二階の一室がお稽古場所です。テーブルを長く並べて皆さん楽器を前に向かい合って座っています。先生は20数年も大正琴を教えていらっしゃる長尾美都里(みどり)さんです。とてもはつらつとした素敵な方です。普段は13人ほどのメンバーがいらっしゃるそうですが、きょうは二人お休みでした。全盲だったり、弱視だったりの視覚障がいの方々、内臓の障がいがある方々、そして先生の補佐をしながら会計等の役割を担っていらっしゃる健常者がメンバーです。
先日チャリティー映画会にご一緒した視覚障がいの友人のIさんがこの10年楽しみとして続けているお稽古があります。大正琴です。そのクラスを参観させていただきました。
三田の東京都障害者福祉会館の二階の一室がお稽古場所です。テーブルを長く並べて皆さん楽器を前に向かい合って座っています。先生は20数年も大正琴を教えていらっしゃる長尾美都里(みどり)さんです。とてもはつらつとした素敵な方です。普段は13人ほどのメンバーがいらっしゃるそうですが、きょうは二人お休みでした。全盲だったり、弱視だったりの視覚障がいの方々、内臓の障がいがある方々、そして先生の補佐をしながら会計等の役割を担っていらっしゃる健常者がメンバーです。
音声ガイド付きチャリティー映画会
2007-10-18 03:53:10
『ミュージック・オブ・ハート』
ロゴス点字図書館(旧カトリック点字図書館)主催のチャリティー映画会へ行きました。
今年も音声ガイド付きなので去年と同じく、友人の視覚障がい者のIさんと一緒です。
音声ガイドについては『のんびる』8月号、ブログで7月25日に取り上げた「シティライツ」の活動でご紹介いたしました。音声ガイドとは、テレビドラマの副音声に似た映画の視覚的な情報を補うナレーションです。目の不自由な人たちは、映画の音や台詞を聴き、映像を想像しながら楽しみます。その想像をより鮮明にするのが、この音声ガイドの役割なのです。
今年はIさんと一緒に音声ガイドを聞きながら映画を見てみようと思い、前もって電話で予約を入れておりましたので二人ともそれぞれ音声ガイド用のFMラジオを入り口の受付で借りることができました。手のひらに入るほどの大きさの薄型のポータブルラジオです。

既に、チャンネルを合わせてくれてあるので席についたらスイッチオンにすればそのまま聞けます。
、
会場も去年と同じ中野のZEROホールです。生憎の小雨模様でしたが、会場は九分通りの人の入りでなかなかの盛況です。白杖を持った視覚障がいの方々もかなりいらっしゃってます。音声ガイドつきの映画会もロゴスだけでなく日本点字図書館が主催したり、前述の「シティライツ」が独自の音声ガイド発表会や調布市での映画会を行っていたりで、映画好きの視覚障がい者の間では娯楽としての音声ガイド付き映画の存在が知られ始めているようです。
予定通りに、7時にはロゴス点字図書館の理事長さんと館長さんのご挨拶の後、映画が始まりました。今日の映画は『ミュージック・オブ・ハート』(1999年制作アメリカ映画)です。

メリル・ストリーブ主演で、彼女はこの映画でアカデミー賞・主演女優賞にノミネートされました。ニューヨークのイーストハーレムが舞台です。およそヴァイオリンとは縁のない生活を送っている子供たちに“音楽”を教え続けるひとりの女性。50挺のヴァイオリンを持ち込んで“きらきら星”から始まった音楽教育は、こどもたちの無限の可能性を信じて「あなたたちは何でもできる」という言葉とともに、こどもたちに「夢はかならず叶うもの」という希望を灯してやるのです。これが定着してきた10年後に市の教育委員会の予算削減の矛先となって、このクラスが閉鎖されようとした時、主人公の女性音楽教師ロベルタは折角灯されかけた明かりを消すまいと大奮闘して、ついにカーネギーホールでの演奏会開催にこぎつけて、市の予算を確保してクラスを存続することになるのです。
クライマックスはカーネギーホールでの卒業生も加えての大演奏会です。しかもアイザック・スターン、イツァーク・パールマン、アーノルド・スタインハートなど当代きっての演奏家たちが子供たちと協演するのです。これがすべて実話だったそうで本当に感動的でした。
初めはヴァイオリンをちゃんばらごっこの道具にしかしようとしなかった子、のこぎりの目立てのような音しか出せなかったこどもたち、音楽に理解のない親たち、日用の糧すら満足にない家庭など、希望や夢を抱くことなどはあり得ない境遇のこどもたちに自信、希望、夢を与える音楽教育に身をささげる主人公と次第に目を輝かせて人生に自信を持って歩み始めるこどもたちの姿に、思わず何度も目が潤みました。
音声ガイドのレシーバーを左耳にし、映画そのものの音や声を右の耳で聞いて、画面が見えなくてもラジオドラマを聞いているように、その感動はすばらしく伝わると知りました。
友人のIさんも去年より映画を“観る”ことに慣れたのか、終るや否や「ああ、面白かった、いい映画だったわね!」と喜んでくれました。そして「また連れてきてね。」といってくれました。私も嬉しくなって「ええ、もちろんまたお誘いするわ!」と約束いたしました。映画の感激の余韻が冷めないまま、電車に乗って、Iさんを家まで送っていきましたが、Iさんの喜ぶ姿に、障がい者も楽しめる機会が沢山ありますようにと心から願いました。
(徳重 富士子)
<ご参考>
社会福祉法人ぶどうの木 ロゴス点字図書館
http://www.logos-lib.or.jp/ 館長 高橋秀治
日本点字図書館 電話 03-3209-0241 (代表)
バリアフリー映画鑑賞推進団体 シティライツ
E-mail mail@citylights01.org
URL http://www.citylights01.org/
代表 平塚千穂子(ひらつか ちほこ)
ロゴス点字図書館(旧カトリック点字図書館)主催のチャリティー映画会へ行きました。
今年も音声ガイド付きなので去年と同じく、友人の視覚障がい者のIさんと一緒です。
音声ガイドについては『のんびる』8月号、ブログで7月25日に取り上げた「シティライツ」の活動でご紹介いたしました。音声ガイドとは、テレビドラマの副音声に似た映画の視覚的な情報を補うナレーションです。目の不自由な人たちは、映画の音や台詞を聴き、映像を想像しながら楽しみます。その想像をより鮮明にするのが、この音声ガイドの役割なのです。
今年はIさんと一緒に音声ガイドを聞きながら映画を見てみようと思い、前もって電話で予約を入れておりましたので二人ともそれぞれ音声ガイド用のFMラジオを入り口の受付で借りることができました。手のひらに入るほどの大きさの薄型のポータブルラジオです。

既に、チャンネルを合わせてくれてあるので席についたらスイッチオンにすればそのまま聞けます。
、
会場も去年と同じ中野のZEROホールです。生憎の小雨模様でしたが、会場は九分通りの人の入りでなかなかの盛況です。白杖を持った視覚障がいの方々もかなりいらっしゃってます。音声ガイドつきの映画会もロゴスだけでなく日本点字図書館が主催したり、前述の「シティライツ」が独自の音声ガイド発表会や調布市での映画会を行っていたりで、映画好きの視覚障がい者の間では娯楽としての音声ガイド付き映画の存在が知られ始めているようです。
予定通りに、7時にはロゴス点字図書館の理事長さんと館長さんのご挨拶の後、映画が始まりました。今日の映画は『ミュージック・オブ・ハート』(1999年制作アメリカ映画)です。

メリル・ストリーブ主演で、彼女はこの映画でアカデミー賞・主演女優賞にノミネートされました。ニューヨークのイーストハーレムが舞台です。およそヴァイオリンとは縁のない生活を送っている子供たちに“音楽”を教え続けるひとりの女性。50挺のヴァイオリンを持ち込んで“きらきら星”から始まった音楽教育は、こどもたちの無限の可能性を信じて「あなたたちは何でもできる」という言葉とともに、こどもたちに「夢はかならず叶うもの」という希望を灯してやるのです。これが定着してきた10年後に市の教育委員会の予算削減の矛先となって、このクラスが閉鎖されようとした時、主人公の女性音楽教師ロベルタは折角灯されかけた明かりを消すまいと大奮闘して、ついにカーネギーホールでの演奏会開催にこぎつけて、市の予算を確保してクラスを存続することになるのです。
クライマックスはカーネギーホールでの卒業生も加えての大演奏会です。しかもアイザック・スターン、イツァーク・パールマン、アーノルド・スタインハートなど当代きっての演奏家たちが子供たちと協演するのです。これがすべて実話だったそうで本当に感動的でした。
初めはヴァイオリンをちゃんばらごっこの道具にしかしようとしなかった子、のこぎりの目立てのような音しか出せなかったこどもたち、音楽に理解のない親たち、日用の糧すら満足にない家庭など、希望や夢を抱くことなどはあり得ない境遇のこどもたちに自信、希望、夢を与える音楽教育に身をささげる主人公と次第に目を輝かせて人生に自信を持って歩み始めるこどもたちの姿に、思わず何度も目が潤みました。
音声ガイドのレシーバーを左耳にし、映画そのものの音や声を右の耳で聞いて、画面が見えなくてもラジオドラマを聞いているように、その感動はすばらしく伝わると知りました。
友人のIさんも去年より映画を“観る”ことに慣れたのか、終るや否や「ああ、面白かった、いい映画だったわね!」と喜んでくれました。そして「また連れてきてね。」といってくれました。私も嬉しくなって「ええ、もちろんまたお誘いするわ!」と約束いたしました。映画の感激の余韻が冷めないまま、電車に乗って、Iさんを家まで送っていきましたが、Iさんの喜ぶ姿に、障がい者も楽しめる機会が沢山ありますようにと心から願いました。
(徳重 富士子)
<ご参考>
社会福祉法人ぶどうの木 ロゴス点字図書館
http://www.logos-lib.or.jp/ 館長 高橋秀治
日本点字図書館 電話 03-3209-0241 (代表)
バリアフリー映画鑑賞推進団体 シティライツ
E-mail mail@citylights01.org
URL http://www.citylights01.org/
代表 平塚千穂子(ひらつか ちほこ)
純粋詩人みらいさんの詩集
2007-10-10 21:48:08
「NPO法人 生活支援ネットワーク こもれび」の活動(3)
「こもれび」の知的障がい者のデイサービス『はっぴー』の利用者Hさん(20代後半)の『バレンタインデー』という詩を前回ご紹介しましたが、他にも素敵な詩が沢山あります。
いただいた詩集は13センチ×17センチのピンクの画用紙で綴じてあって、表紙を入れて14ページ、11篇の詩が入っています。ピンクの表紙の真ん中にはフエルトのハートが貼り付けてあってペンネームの「みらい」というサイン入りです。

最初のページを開くとHさんの直筆で
みんなのこころは ひとつ
と書いてあり、さらに付け加えて
詩はとても楽しいものです。
是非皆さんも、自由にかいてみてください。
みらい
とあります。

ぱらぱらとめくっていると、ひとつ目にとまった詩がありました。

とびらをあけて
今あたらしいとびらを開けて
誰も知らない世界を歩いてみよう
そこには
どんな花がさいているのかな
たのしみだね
それはたぶんみんなの
こころが
きれいになるような
花がさいているよ
あたたかくて
きもちがいいよ
そしたらそののはらをあるいてみよう
あるいたら
つぎのとびらへと
すすもうとするきもちがわいてくるから
私は声を出して朗読してみました。読み終わると、作者のHさんが「人に読んでもらうと自分の詩じゃないみたい!」といって、人懐っこい笑顔で私に微笑みかけてくれました。
Hさん、あなたはすでに新しい扉を開けて、心がきれいになるお花をみつけているのですね!その笑顔がそれを語ってますよ、と心の中で言いながら次の詩を読みました。
がんばったよ
つよくなれなかったよ
ごめんね
自分であるきはじめたのに
ほんのすこししかあるけなかった
つよくなれなかった
でも、これでもがんばったよ
ゆるして
また、にっこりした顔が目の前にありました。「わたしもがんばってもうまくいかないことがあるわ。みんな同じね。でも、がんばろうね。」といったら、こっくりとうなずいてくれました。

横で聞いていたSさんが「わたしがパソコン打ったのよ。」と自慢します。「すごいわね!じょうずにできるのね。」とほめたら、とても嬉しそう。この二人の仲良しぶりはそばにいる人に暖かな思いをくれます。無口のAさんも黙って、でも、ニコニコと見ています。このデイホームには血が通っているなと思いました。
「地域で暮らす人が当たり前の生活を当たり前に送ることが出来るように」との思いでNPO法人生活支援ネットワーク『こもれび』の代表楳田(うめだ)美紀子さんがその活動の一環として設立した知的障がい者のデイホーム『はっぴい』は確かに「当たり前の生活を当たり前に送る」環境づくりに成功していると確信しました。そして各人の持っている特性を無理をせずに自然に引きだしていました。
(徳重 富士子)
「こもれび」の知的障がい者のデイサービス『はっぴー』の利用者Hさん(20代後半)の『バレンタインデー』という詩を前回ご紹介しましたが、他にも素敵な詩が沢山あります。
いただいた詩集は13センチ×17センチのピンクの画用紙で綴じてあって、表紙を入れて14ページ、11篇の詩が入っています。ピンクの表紙の真ん中にはフエルトのハートが貼り付けてあってペンネームの「みらい」というサイン入りです。

最初のページを開くとHさんの直筆で
みんなのこころは ひとつ
と書いてあり、さらに付け加えて
詩はとても楽しいものです。
是非皆さんも、自由にかいてみてください。
みらい
とあります。

ぱらぱらとめくっていると、ひとつ目にとまった詩がありました。

とびらをあけて
今あたらしいとびらを開けて
誰も知らない世界を歩いてみよう
そこには
どんな花がさいているのかな
たのしみだね
それはたぶんみんなの
こころが
きれいになるような
花がさいているよ
あたたかくて
きもちがいいよ
そしたらそののはらをあるいてみよう
あるいたら
つぎのとびらへと
すすもうとするきもちがわいてくるから
私は声を出して朗読してみました。読み終わると、作者のHさんが「人に読んでもらうと自分の詩じゃないみたい!」といって、人懐っこい笑顔で私に微笑みかけてくれました。
Hさん、あなたはすでに新しい扉を開けて、心がきれいになるお花をみつけているのですね!その笑顔がそれを語ってますよ、と心の中で言いながら次の詩を読みました。
がんばったよ
つよくなれなかったよ
ごめんね
自分であるきはじめたのに
ほんのすこししかあるけなかった
つよくなれなかった
でも、これでもがんばったよ
ゆるして
また、にっこりした顔が目の前にありました。「わたしもがんばってもうまくいかないことがあるわ。みんな同じね。でも、がんばろうね。」といったら、こっくりとうなずいてくれました。

横で聞いていたSさんが「わたしがパソコン打ったのよ。」と自慢します。「すごいわね!じょうずにできるのね。」とほめたら、とても嬉しそう。この二人の仲良しぶりはそばにいる人に暖かな思いをくれます。無口のAさんも黙って、でも、ニコニコと見ています。このデイホームには血が通っているなと思いました。
「地域で暮らす人が当たり前の生活を当たり前に送ることが出来るように」との思いでNPO法人生活支援ネットワーク『こもれび』の代表楳田(うめだ)美紀子さんがその活動の一環として設立した知的障がい者のデイホーム『はっぴい』は確かに「当たり前の生活を当たり前に送る」環境づくりに成功していると確信しました。そして各人の持っている特性を無理をせずに自然に引きだしていました。
(徳重 富士子)
知的障がい者デイホーム『はっぴー』のハッピーな家庭的雰囲気!
2007-10-08 01:00:27
「NPO法人 生活支援ネットワーク こもれび」の活動(2)
事務所の奥からヘルパーさんの一人が走って出てきました。「楳田さん、断水です!まったく出ません。」「あらまあ、そりゃ困ったわね、大家さんに言うわ。」これから奥の民家部分にある知的障がい者のデイサービス『はっぴー』を見せていただこうとしている矢先に断水騒ぎ。近所に住む大家さんも駆けつけて、水道局とも話していると午前中の復旧は無理ということになり、急遽、車で15分ほどの知的障がいの学童保育施設『みらくる』へ利用者とヘルパーさんは移動することになりました。『みらくる』の子供たちが養護学校から帰ってくるのは午後3時ごろなのでそれまでは空いているから利用できるのです。

20代の女性利用者3人とヘルパー3人が一緒にワゴン車に乗り込みました。一対一のケアで行き届いていると感心したら、「今日は三人とも調子がいいのですが、よく癲癇(てんかん)を起こしますので人数が必要なのです。」と楳田さん。
利用者のSさん、Hさん、Aさんは三人ともまだ10代にしか見えません。急に遠足みたいになって大はしゃぎ。

「後から追いかけますね。いってらっしゃい!」と送り出してから、無人になった『はっぴー』の施設を見せていただきました。

居間にソファがあって、ダイニングキッチンがあってと民家をそのまま利用しています。家庭にいるのと同じ雰囲気です。定員5名として人数も最小限にとどめています。家庭的な雰囲気を大切にしたいという楳田さんの意向が覗えます。同じ敷地内の別棟に倉庫を改修して作業所が出来ています。小さな織り機が数台設置してありました。ここで、利用者たちは織物をしたり、編み物などの手芸をします。

出来上がったブックカバーや手提げ袋などの作品はすぐにも買いたいような立派なできばえ。バザーでよく売れるとのこと。

楳田さんの車に乗せてもらって大島事業所の『みらくる』へ移動しました。『みらくる』はひたちなか市街地に近い住宅街の中にありました。こちらも民家をそのまま使っています。玄関に入ると小学生たちの楽しそうな写真がたくさんはってあります。“住民”の年代の違いが感じられました。

いた、いた!『はっぴー』のメンバーが楽しそうにお弁当を広げています。体の大きなSさんは、毎食ダイエット日記をつけているとか。今日は急な断水騒ぎで、みんなコンビニでお弁当を買ってきたのですが、Sさんはお弁当選びもカロリーに気をつけているとのことです。Hさんは詩人で素敵な感性の詩を書くと言うので、読みたいな、と言ったらペンネームのサイン入りの詩集をプレゼントとしてくれました。
バレンタインデー
バレンタインは
女のこにとっていちばん
とくべつな日
すてきな男の子のために
手づくりのチョコレートを
つくった
かわいいラッピング
うまくわたせるかな
うけとってくれるかな
うけとってくれなかったら
どうしよう
小さなこいのものがたり
Hさんがお気に入りの詩です。他にも、とてもいい詩がたくさん載っています。Hさんが手書きで書くと、Sさんが最近習ったパソコンできれいに打って印刷し、詩集にするというすごい連携で、この二人は切っても切り離せないほど意気投合しているそうです。もうひとりのAさんは静かでほとんどものを言いませんが、二人の話を聞きながら楽しそうに笑っています。そして三人のヘルパーさんはお母さんやお姉さんのように見守っています。いや正確には一人はお兄さんの満仲(まんなか)さんです。「彼は教員資格を持っているのです。」という楳田さんの言葉通り、指導振りは温かい先生のふう。Sさんにパソコンを教えるのも満仲さんのこと。この六人のかもし出す雰囲気はデイホームというより、普通の家庭で普通に過ごす家族です。一昔前の温かい家庭はこんなだったなと思わせられます。あまり人数を多くしないと言う楳田さんの方針が理解できました。
『はっぴー』のみなさんにさよならを言ったときは、何か別れがたい気持ちでした。Sさんが「メールの打ち方を習ったらだすからね。」と言う言葉を当てにして、楽しみにして待っていることにしましょう。
(写真は『はっぴー』関係者の皆様のご了解をいただいて掲載させていただいております。)
(徳重 富士子)
<デイホームのボランティア募集>
デイホームのボランティアで特に夕方16:00-17:30の利用者の送りにアテンドできる方。
NPO法人 生活支援ネットワーク こもれび 津田事業所
所在地: ひたちなか市津田2031-797(〒312-0032)
Tel/Fax: 029-273-8897
HP: http://www.npo-komorebi.jp/
E-mail : komorebi@support.email.ne.jp
事務所の奥からヘルパーさんの一人が走って出てきました。「楳田さん、断水です!まったく出ません。」「あらまあ、そりゃ困ったわね、大家さんに言うわ。」これから奥の民家部分にある知的障がい者のデイサービス『はっぴー』を見せていただこうとしている矢先に断水騒ぎ。近所に住む大家さんも駆けつけて、水道局とも話していると午前中の復旧は無理ということになり、急遽、車で15分ほどの知的障がいの学童保育施設『みらくる』へ利用者とヘルパーさんは移動することになりました。『みらくる』の子供たちが養護学校から帰ってくるのは午後3時ごろなのでそれまでは空いているから利用できるのです。

20代の女性利用者3人とヘルパー3人が一緒にワゴン車に乗り込みました。一対一のケアで行き届いていると感心したら、「今日は三人とも調子がいいのですが、よく癲癇(てんかん)を起こしますので人数が必要なのです。」と楳田さん。
利用者のSさん、Hさん、Aさんは三人ともまだ10代にしか見えません。急に遠足みたいになって大はしゃぎ。

「後から追いかけますね。いってらっしゃい!」と送り出してから、無人になった『はっぴー』の施設を見せていただきました。

居間にソファがあって、ダイニングキッチンがあってと民家をそのまま利用しています。家庭にいるのと同じ雰囲気です。定員5名として人数も最小限にとどめています。家庭的な雰囲気を大切にしたいという楳田さんの意向が覗えます。同じ敷地内の別棟に倉庫を改修して作業所が出来ています。小さな織り機が数台設置してありました。ここで、利用者たちは織物をしたり、編み物などの手芸をします。

出来上がったブックカバーや手提げ袋などの作品はすぐにも買いたいような立派なできばえ。バザーでよく売れるとのこと。

楳田さんの車に乗せてもらって大島事業所の『みらくる』へ移動しました。『みらくる』はひたちなか市街地に近い住宅街の中にありました。こちらも民家をそのまま使っています。玄関に入ると小学生たちの楽しそうな写真がたくさんはってあります。“住民”の年代の違いが感じられました。

いた、いた!『はっぴー』のメンバーが楽しそうにお弁当を広げています。体の大きなSさんは、毎食ダイエット日記をつけているとか。今日は急な断水騒ぎで、みんなコンビニでお弁当を買ってきたのですが、Sさんはお弁当選びもカロリーに気をつけているとのことです。Hさんは詩人で素敵な感性の詩を書くと言うので、読みたいな、と言ったらペンネームのサイン入りの詩集をプレゼントとしてくれました。
バレンタインデー
バレンタインは
女のこにとっていちばん
とくべつな日
すてきな男の子のために
手づくりのチョコレートを
つくった
かわいいラッピング
うまくわたせるかな
うけとってくれるかな
うけとってくれなかったら
どうしよう
小さなこいのものがたり
Hさんがお気に入りの詩です。他にも、とてもいい詩がたくさん載っています。Hさんが手書きで書くと、Sさんが最近習ったパソコンできれいに打って印刷し、詩集にするというすごい連携で、この二人は切っても切り離せないほど意気投合しているそうです。もうひとりのAさんは静かでほとんどものを言いませんが、二人の話を聞きながら楽しそうに笑っています。そして三人のヘルパーさんはお母さんやお姉さんのように見守っています。いや正確には一人はお兄さんの満仲(まんなか)さんです。「彼は教員資格を持っているのです。」という楳田さんの言葉通り、指導振りは温かい先生のふう。Sさんにパソコンを教えるのも満仲さんのこと。この六人のかもし出す雰囲気はデイホームというより、普通の家庭で普通に過ごす家族です。一昔前の温かい家庭はこんなだったなと思わせられます。あまり人数を多くしないと言う楳田さんの方針が理解できました。
『はっぴー』のみなさんにさよならを言ったときは、何か別れがたい気持ちでした。Sさんが「メールの打ち方を習ったらだすからね。」と言う言葉を当てにして、楽しみにして待っていることにしましょう。
(写真は『はっぴー』関係者の皆様のご了解をいただいて掲載させていただいております。)
(徳重 富士子)
<デイホームのボランティア募集>
デイホームのボランティアで特に夕方16:00-17:30の利用者の送りにアテンドできる方。
NPO法人 生活支援ネットワーク こもれび 津田事業所
所在地: ひたちなか市津田2031-797(〒312-0032)
Tel/Fax: 029-273-8897
HP: http://www.npo-komorebi.jp/
E-mail : komorebi@support.email.ne.jp
“地域の足になります!”
2007-10-08 00:35:04
「NPO法人 生活支援ネットワーク こもれび」の活動(1)
JR常磐線勝田駅で降りて、車で街中を抜けるとまもなく畑と人家の混在する農村地区。その中で車が20台ほど入る駐車場が目にとまりました。その脇の店舗兼住宅の入り口の看板に「生活支援ネットワーク こもれび」とあります。ここがNPO法人生活支援ネットワーク『こもれび』です。
店舗部分を改造して事務所としている部屋でちょうどミーティングが終わるところ。「こもれび」代表の楳田さん(30代)がこれからそれぞれの出勤場所へ向かうヘルパーさんたちに業務内容の確認をしています。てきぱきと指示を終えた楳田さん、「じゃ、ご苦労様です。行ってらっしゃい!」と笑顔でみんなを送り出しました。
楳田さんは、福祉系の大学卒業後、高齢者向けの公的福祉施設の常勤の介護職員として働いていましたが、働いているうちに、「なんかへんだな、ちょっと違う気がする。」という疑問がわいてきたといいます。志を同じくする仲間6人と話し合い、自分たちの考えている福祉活動をしようと、平成13年(2001年)に現在の大島事業所となっている民家を借り上げて知的障がい児の学童保育活動「みらくる」を始めました。その後、学童保育だけでなく、家に引きこもって外に出る機会のない大人の知的障がい者のデイサービスをするデイホーム「はっぴー」を平成16年に現在の津田事業所につくり、そのほかにも高齢者の在宅介護、家事・子育て支援、通院・買い物等の移送サービスと、次々に活動を広げていきました。
「『住み慣れた地域の中で、自分らしく、あたりまえの生き方をしたい。』と願うすべての人が自らの力で生活することへの支援を行いたいのです。単に『物』を提供するだけでなく、相手の『心』に届けることのできるものが何かを念頭におきながら、顔の見える、心が通じ合う、笑顔いっぱいのまちづくりを目指しています。」という楳田さんの言葉が活動への思いすべてを語っています。
もともと、日立製作所の城下町といわれ、人口の85%は何らかの形で日立関連の仕事をしていますが、地方都市にありがちなシャッター街がこのひたちなか市にも出現しています。そのため、市民の中から、自分たちの力で町づくりをしようという機運が生まれてきました。代表の楳田さんも町づくりを自分たちの手でという気持ちで、お年寄り、知的障がい児(者)、子育て支援と地域に暮らす人がみんな笑顔で暮らせるようにとがんばっているのです。
楳田さんたちが活動しているうちに利用者の中からさまざまな声が聞こえてきました。もっとも強い要望の一つがお年寄りが病院へ行ったり、買い物に行くのに足(交通機関)がないから何とかしてもらえないだろうかというものでした。都会と違ってたよれる公共交通機関がないので市民たちはみんな自分の車を使って移動しています。しかし、運転できない高齢者は、非常に不自由な思いをしなければなりません。そこで楳田さんは考えました、高齢者の足になろうと。
最初の三ヶ月間は、一般車を使ってまったくの無償で活動しました。でも、利用者が何か形でお返ししたいという精神的な負担が大きくなっているのを知りました。かつて障害児の親御さんがヘルパーの資格を取って「子供がお世話になっている分を、これで少しはお返しできる。」と晴れ晴れとした笑顔で語っていたことがあったそうです。与えるばかりの立場と与えられる(やってもらう)ばかりの立場では、対等にはなれないと「利用者から教えられて」(楳田さん)有償に切り替えました。「こもれび」には公用車として5台の軽タイプ車がありますが(一台だけは自力で購入、後は日本財団や24時間テレビの寄付)これだけでは要望にこたえるには不十分です。
千葉県流山市の「流山ユー・アイネット」の先例もあったりして、陸運局から「福祉有償運送許可」を取って一般車(白ナンバー)を使っての移送サービスが可能になりました。

楳田さんが、「山本さんをご紹介します。まもなく移送サービスに出かけますけど、その前に。」と言って、60代の男性に引き合わせてくれました。山本さんもご他聞に漏れず“城下町”のお城日立に勤務していましたが、定年前から土・日の講習会で学んでヘルパー二級の資格を取り退職後5年前から「こもれび」で居宅介護、デイサービス等にヘルパーとして従事、今はデイサービスの施設長としての重責を担っています。と同時に移送事業が始まってからはドライバーとしても引っ張りだこ。利用者は顔なじみになった山本さんを指名し、病院に買い物にと忙しい毎日を過ごしています。奥様は山本さんが資格を取る前からヘルパーとして活躍していたので、「今自分が同じ仕事をするようになってから、大変さが理解できるようになりました。」と言います。鳥取出身の山本さんは、土地の人間でないことで初めはお年寄りとの間に距離を感じていましたが、車を運転しながら勝田の昔の話や世間話をしているうちに、次第にここが自分の生まれ育った土地のような愛着を感じ始めたそうです。と同時にお年寄りとの間の垣根も取れて、利用者は顔なじみになった山本さんを指名し始めました。今では女性を含めて7人のドライバーが皆、山本さんのようにお年寄りから、息子や娘、孫のように“可愛がられて”大忙しの毎日です。

そこに電話が入ります。「承知しました。すぐお迎えに行きますよ。」と山本さんは立ち上がります。利用者さんが病院の診察が終わったから迎えに来てほしいとの連絡でした。「いってらっしゃい!」
(徳重 富士子)
(現在、「のんびる」10月号で紹介中)
<お出かけサービスドライバー募集>
移送サービスのドライバー(有償:距離と時間による)。普通運転免許証。病院、買い物などの際に車で送り迎え。運転講習をします。(費用はこもれび負担)
連絡先:NPO法人 生活支援ネットワーク こもれび 津田事業所
所在地: ひたちなか市津田2031-797(〒312-0032)
Tel/Fax: 029-273-8897
HP: http://www.npo-komorebi.jp/
E-mail : komorebi@support.email.ne.jp
JR常磐線勝田駅で降りて、車で街中を抜けるとまもなく畑と人家の混在する農村地区。その中で車が20台ほど入る駐車場が目にとまりました。その脇の店舗兼住宅の入り口の看板に「生活支援ネットワーク こもれび」とあります。ここがNPO法人生活支援ネットワーク『こもれび』です。
店舗部分を改造して事務所としている部屋でちょうどミーティングが終わるところ。「こもれび」代表の楳田さん(30代)がこれからそれぞれの出勤場所へ向かうヘルパーさんたちに業務内容の確認をしています。てきぱきと指示を終えた楳田さん、「じゃ、ご苦労様です。行ってらっしゃい!」と笑顔でみんなを送り出しました。
楳田さんは、福祉系の大学卒業後、高齢者向けの公的福祉施設の常勤の介護職員として働いていましたが、働いているうちに、「なんかへんだな、ちょっと違う気がする。」という疑問がわいてきたといいます。志を同じくする仲間6人と話し合い、自分たちの考えている福祉活動をしようと、平成13年(2001年)に現在の大島事業所となっている民家を借り上げて知的障がい児の学童保育活動「みらくる」を始めました。その後、学童保育だけでなく、家に引きこもって外に出る機会のない大人の知的障がい者のデイサービスをするデイホーム「はっぴー」を平成16年に現在の津田事業所につくり、そのほかにも高齢者の在宅介護、家事・子育て支援、通院・買い物等の移送サービスと、次々に活動を広げていきました。
「『住み慣れた地域の中で、自分らしく、あたりまえの生き方をしたい。』と願うすべての人が自らの力で生活することへの支援を行いたいのです。単に『物』を提供するだけでなく、相手の『心』に届けることのできるものが何かを念頭におきながら、顔の見える、心が通じ合う、笑顔いっぱいのまちづくりを目指しています。」という楳田さんの言葉が活動への思いすべてを語っています。
もともと、日立製作所の城下町といわれ、人口の85%は何らかの形で日立関連の仕事をしていますが、地方都市にありがちなシャッター街がこのひたちなか市にも出現しています。そのため、市民の中から、自分たちの力で町づくりをしようという機運が生まれてきました。代表の楳田さんも町づくりを自分たちの手でという気持ちで、お年寄り、知的障がい児(者)、子育て支援と地域に暮らす人がみんな笑顔で暮らせるようにとがんばっているのです。
楳田さんたちが活動しているうちに利用者の中からさまざまな声が聞こえてきました。もっとも強い要望の一つがお年寄りが病院へ行ったり、買い物に行くのに足(交通機関)がないから何とかしてもらえないだろうかというものでした。都会と違ってたよれる公共交通機関がないので市民たちはみんな自分の車を使って移動しています。しかし、運転できない高齢者は、非常に不自由な思いをしなければなりません。そこで楳田さんは考えました、高齢者の足になろうと。
最初の三ヶ月間は、一般車を使ってまったくの無償で活動しました。でも、利用者が何か形でお返ししたいという精神的な負担が大きくなっているのを知りました。かつて障害児の親御さんがヘルパーの資格を取って「子供がお世話になっている分を、これで少しはお返しできる。」と晴れ晴れとした笑顔で語っていたことがあったそうです。与えるばかりの立場と与えられる(やってもらう)ばかりの立場では、対等にはなれないと「利用者から教えられて」(楳田さん)有償に切り替えました。「こもれび」には公用車として5台の軽タイプ車がありますが(一台だけは自力で購入、後は日本財団や24時間テレビの寄付)これだけでは要望にこたえるには不十分です。
千葉県流山市の「流山ユー・アイネット」の先例もあったりして、陸運局から「福祉有償運送許可」を取って一般車(白ナンバー)を使っての移送サービスが可能になりました。

楳田さんが、「山本さんをご紹介します。まもなく移送サービスに出かけますけど、その前に。」と言って、60代の男性に引き合わせてくれました。山本さんもご他聞に漏れず“城下町”のお城日立に勤務していましたが、定年前から土・日の講習会で学んでヘルパー二級の資格を取り退職後5年前から「こもれび」で居宅介護、デイサービス等にヘルパーとして従事、今はデイサービスの施設長としての重責を担っています。と同時に移送事業が始まってからはドライバーとしても引っ張りだこ。利用者は顔なじみになった山本さんを指名し、病院に買い物にと忙しい毎日を過ごしています。奥様は山本さんが資格を取る前からヘルパーとして活躍していたので、「今自分が同じ仕事をするようになってから、大変さが理解できるようになりました。」と言います。鳥取出身の山本さんは、土地の人間でないことで初めはお年寄りとの間に距離を感じていましたが、車を運転しながら勝田の昔の話や世間話をしているうちに、次第にここが自分の生まれ育った土地のような愛着を感じ始めたそうです。と同時にお年寄りとの間の垣根も取れて、利用者は顔なじみになった山本さんを指名し始めました。今では女性を含めて7人のドライバーが皆、山本さんのようにお年寄りから、息子や娘、孫のように“可愛がられて”大忙しの毎日です。

そこに電話が入ります。「承知しました。すぐお迎えに行きますよ。」と山本さんは立ち上がります。利用者さんが病院の診察が終わったから迎えに来てほしいとの連絡でした。「いってらっしゃい!」
(徳重 富士子)
(現在、「のんびる」10月号で紹介中)
<お出かけサービスドライバー募集>
移送サービスのドライバー(有償:距離と時間による)。普通運転免許証。病院、買い物などの際に車で送り迎え。運転講習をします。(費用はこもれび負担)
連絡先:NPO法人 生活支援ネットワーク こもれび 津田事業所
所在地: ひたちなか市津田2031-797(〒312-0032)
Tel/Fax: 029-273-8897
HP: http://www.npo-komorebi.jp/
E-mail : komorebi@support.email.ne.jp
『世界に一冊しかない本』ができました!
2007-09-16 21:11:27
〜 続日本聞き書きボランティアの実践場面 〜
昨年「のんびる」12月号、そして12月5日のブログで「日本聞き書きボランティア協議会」の活動をご紹介しました。そしてその実践活動を本年4月1日のブログでお伝えいたしました。「日本聞き書きボランティア協議会」は“人は物語を創り、その物語のなかで生きていく。「聴く」ことは分かちあうこと、「書く」ことは自分を知ること。人は必要とされてはじめて、生きることの意味を発見する。”の信念のもと、お年寄りが語る人生を聞き、手作りの冊子 〜『世界に一冊しかない本』〜 を作って贈る「聞き書き」のボランティア活動をしているのです。
そして4月から聞き取りが始まっていたお年寄りの中村博子さんのご本が今月9月に『世界に一冊しかない本』としてでき上がりました。

週に一回一時間ほどの聞き取りを4〜5回ほどして、テープをおこし、原稿をまとめ、本に仕上げるという大変な作業をこなします。そして今回の中村さんの場合は94歳という高齢でもあり、中村さんの腎盂炎だのインフルエンザだの下痢だのでの入院といろいろな体調の悪さに阻まれて聞き取りがなかなか予定通り進まず、聞き手の秋山希美子さん、書き手の内藤千佳子さんはずいぶんとご苦労なさったと思います。中村さんの記憶もあまりよみがえらないようで、二人の娘さんの補足がだいぶ入りました。でも根気よく少しずつ少しずつ書きとめて、完成しました。
ご覧ください。こんな立派な冊子になりました。

A6版の74ページにも及ぶ大作です。中村さんと二人の娘さんの会話形式で話が進められています。中村さんは上海での生活が長く、戦後引き上げてきてからかなり苦労されたようですが、こどもによい教育を身につけさせるのが親の残せる財産と考えました。幸い英語が出来たので米軍基地のチャプレン(軍属牧師)の秘書兼通訳をして夫を助けつつ、こども達をミッションスクールに入れて教育しました。その後夫を亡くしてからも仕事を続け、定年を過ぎても請われるままに73歳まで勤めていたそうです。米軍からはHonorary Chaplain(名誉チャプレン)の称号までもらったので、秋山さんと内藤さんは今回の冊子のタイトルを『名誉チャプレン』としました。その受賞の記事の載っている新聞まで一番最後のページに綴じこんであるのにはびっくりしました。
中村さんの娘さんたちは、秋山さんから送っていただいたその本を持って中村さんのところに飛んでいきました。場所は病院です。そうなんです。

今中村さんはまた入院しています。一週間ほど前に夜中にトイレに行こうと起き上がった時ベッドから落ちて大たい骨骨折をしてしまったのです。手術は成功してリハビリが始まっていますが、痛いからいやとなかなか動こうとしないので、歩けなくなると娘さんたちは心配しています。この半年ほどで認知症的な症状が進んだ中村さんですが、上海の戦前有名だった建物のブロードウェイマンションの絵と『名誉チャプレン』というタイトルのついた表紙の本を見せたら「あら!」と目を輝かせていました。
聞き書きをしてこの本を作ってくれた秋山さんと内藤さんには、二人の娘さんたちはどんなに感謝しても、し足りないくらいの気持ちだといっています。「終戦や引き上げで随分苦労した母の半生をこんな立派な形にしていただけましたのは娘といたしましては、とてもうれしくて一生大切にしていきたいと思います。母がもう少しはっきりとしておりますうちにお願い出来ていたら、という思いもなくはありませんが94歳の今の母を映し出すものとして、最高のプレゼントとなりました。心からお礼を申し上げたいです。」と言っています。本当に家族にとっては何物にも変えがたい贈り物でしょう。
改めて秋山さんたちの「日本聞き書きボランティア協議会」の活動のすばらしさに感激いたしました。秋山さん方のますますのご活躍を心よりお祈りします。
■日本聞き書きボランティア協議会■
代表 秋山 希美子
■ホームページ■
http://homepage2.nifty.com/kikigaki-volunteer/
■問い合わせ先■
〒208-0013 東京都武蔵村山市大南4-21-31 2-206
多摩支部 岩本 紀子
noriko.iwamoto@nifty.com
Tel/Fax:042-562-9802
昨年「のんびる」12月号、そして12月5日のブログで「日本聞き書きボランティア協議会」の活動をご紹介しました。そしてその実践活動を本年4月1日のブログでお伝えいたしました。「日本聞き書きボランティア協議会」は“人は物語を創り、その物語のなかで生きていく。「聴く」ことは分かちあうこと、「書く」ことは自分を知ること。人は必要とされてはじめて、生きることの意味を発見する。”の信念のもと、お年寄りが語る人生を聞き、手作りの冊子 〜『世界に一冊しかない本』〜 を作って贈る「聞き書き」のボランティア活動をしているのです。
そして4月から聞き取りが始まっていたお年寄りの中村博子さんのご本が今月9月に『世界に一冊しかない本』としてでき上がりました。

週に一回一時間ほどの聞き取りを4〜5回ほどして、テープをおこし、原稿をまとめ、本に仕上げるという大変な作業をこなします。そして今回の中村さんの場合は94歳という高齢でもあり、中村さんの腎盂炎だのインフルエンザだの下痢だのでの入院といろいろな体調の悪さに阻まれて聞き取りがなかなか予定通り進まず、聞き手の秋山希美子さん、書き手の内藤千佳子さんはずいぶんとご苦労なさったと思います。中村さんの記憶もあまりよみがえらないようで、二人の娘さんの補足がだいぶ入りました。でも根気よく少しずつ少しずつ書きとめて、完成しました。
ご覧ください。こんな立派な冊子になりました。

A6版の74ページにも及ぶ大作です。中村さんと二人の娘さんの会話形式で話が進められています。中村さんは上海での生活が長く、戦後引き上げてきてからかなり苦労されたようですが、こどもによい教育を身につけさせるのが親の残せる財産と考えました。幸い英語が出来たので米軍基地のチャプレン(軍属牧師)の秘書兼通訳をして夫を助けつつ、こども達をミッションスクールに入れて教育しました。その後夫を亡くしてからも仕事を続け、定年を過ぎても請われるままに73歳まで勤めていたそうです。米軍からはHonorary Chaplain(名誉チャプレン)の称号までもらったので、秋山さんと内藤さんは今回の冊子のタイトルを『名誉チャプレン』としました。その受賞の記事の載っている新聞まで一番最後のページに綴じこんであるのにはびっくりしました。
中村さんの娘さんたちは、秋山さんから送っていただいたその本を持って中村さんのところに飛んでいきました。場所は病院です。そうなんです。

今中村さんはまた入院しています。一週間ほど前に夜中にトイレに行こうと起き上がった時ベッドから落ちて大たい骨骨折をしてしまったのです。手術は成功してリハビリが始まっていますが、痛いからいやとなかなか動こうとしないので、歩けなくなると娘さんたちは心配しています。この半年ほどで認知症的な症状が進んだ中村さんですが、上海の戦前有名だった建物のブロードウェイマンションの絵と『名誉チャプレン』というタイトルのついた表紙の本を見せたら「あら!」と目を輝かせていました。
聞き書きをしてこの本を作ってくれた秋山さんと内藤さんには、二人の娘さんたちはどんなに感謝しても、し足りないくらいの気持ちだといっています。「終戦や引き上げで随分苦労した母の半生をこんな立派な形にしていただけましたのは娘といたしましては、とてもうれしくて一生大切にしていきたいと思います。母がもう少しはっきりとしておりますうちにお願い出来ていたら、という思いもなくはありませんが94歳の今の母を映し出すものとして、最高のプレゼントとなりました。心からお礼を申し上げたいです。」と言っています。本当に家族にとっては何物にも変えがたい贈り物でしょう。
改めて秋山さんたちの「日本聞き書きボランティア協議会」の活動のすばらしさに感激いたしました。秋山さん方のますますのご活躍を心よりお祈りします。
■日本聞き書きボランティア協議会■
代表 秋山 希美子
■ホームページ■
http://homepage2.nifty.com/kikigaki-volunteer/
■問い合わせ先■
〒208-0013 東京都武蔵村山市大南4-21-31 2-206
多摩支部 岩本 紀子
noriko.iwamoto@nifty.com
Tel/Fax:042-562-9802
こどもの笑顔にバリアはない
2007-09-14 03:32:10
われらが「のんびる」編集統括藤井将氏は、知る人ぞ知る玄人はだしの写真家です。特にこの数年来、中東を中心としたこどもたちの写真を撮り続けています。先日藤井氏の写真展にリポーター仲間のSさんとご一緒しました。前回のテーマは「ムスリムのこどもたち」で、子供たちの美しくきらきらと光る瞳に圧倒されましたが、今回もまたあの懐かしい目に会うことが出来ました。

今回の会場は新宿駅ルミネ・エストB1のスタンド式カフェショップ「Berg(ベルク)」です。新宿らしいにぎやかな地下の一角のお店で、藤井さんによると、迫川尚子さんという女性写真家の方がオーナーをしていらっしゃるそうです。(http://www.artatcom.com/gazer/hibakari.htm)

今回もテーマは「チルドレン」。藤井さんは「2004から2007にかけて歩いたスリランカ、イラン、トルコ、シリア、レバノンの子どもたちのレポートです。」といってらっしゃいます。

藤井さんが鏡の中から自己紹介しています。いかにも藤井さんらしいやり方で。

作品20点がコーヒーショップの壁を飾っていました。こぶりな木製の素朴な洗濯ばさみに写真がつるされてます。その何気なさがなんともいい雰囲気です。

カウンターの向こうで忙しく立ち働くスタッフ。
来ているお客さんもコーヒーや職人さんが作ったハムだのパンだのを黙々と飲んだり食べたりしています。ほとんどの人が一人で来ています。そして何気なく藤井さんの写真を見ているのです。私たちのようにぺちゃくちゃおしゃべりをしてわざわざ作品を見に来ましたといわんばかりなのはちょっとばかり場違いの雰囲気です。こんな作品の鑑賞の仕方もあるのだと知りました。

この写真の波と光の美しさに感動しました。是非実物を見ていただきたいです。

母親に手を引かれてモスクに入るこどもの後姿はすでに敬虔なイスラム教徒を見せています。

ティッシュー売りの少年のちょっともの悲しげな微笑みに惹かれました。
写真の中のこどもたちは、変わることなくあの美しい目で私たちを見ています。とても幸せそうな笑顔もあります。ちょっと憂いを含んだ微笑みもあります。日本ではあまり馴染みのない中東の子供たちの表情ですが世界中どこへ行っても出会える純粋で無垢なこどもの笑顔です。このこどもたちの笑顔を絶やさないように、おとなは争いなんかやめなくてはと心底思います。みんなみんな幸せでいてほしいと藤井さんの写真は無言で訴えていました。平和は何物にも変えがたい大切なものと訴えかけていました。
(徳重 富士子)
藤井将氏写真展
■開催期間■
9月1日(土)〜9月30日(日)
■ 開催場所■
ビア&カフェ BERG (ベルク) 7:00〜23:00 東京都新宿区3-38-1 ルミネエスト(旧MYCITY) B1
(JR新宿駅東口から徒歩15秒)

今回の会場は新宿駅ルミネ・エストB1のスタンド式カフェショップ「Berg(ベルク)」です。新宿らしいにぎやかな地下の一角のお店で、藤井さんによると、迫川尚子さんという女性写真家の方がオーナーをしていらっしゃるそうです。(http://www.artatcom.com/gazer/hibakari.htm)

今回もテーマは「チルドレン」。藤井さんは「2004から2007にかけて歩いたスリランカ、イラン、トルコ、シリア、レバノンの子どもたちのレポートです。」といってらっしゃいます。

藤井さんが鏡の中から自己紹介しています。いかにも藤井さんらしいやり方で。

作品20点がコーヒーショップの壁を飾っていました。こぶりな木製の素朴な洗濯ばさみに写真がつるされてます。その何気なさがなんともいい雰囲気です。

カウンターの向こうで忙しく立ち働くスタッフ。
来ているお客さんもコーヒーや職人さんが作ったハムだのパンだのを黙々と飲んだり食べたりしています。ほとんどの人が一人で来ています。そして何気なく藤井さんの写真を見ているのです。私たちのようにぺちゃくちゃおしゃべりをしてわざわざ作品を見に来ましたといわんばかりなのはちょっとばかり場違いの雰囲気です。こんな作品の鑑賞の仕方もあるのだと知りました。

この写真の波と光の美しさに感動しました。是非実物を見ていただきたいです。

母親に手を引かれてモスクに入るこどもの後姿はすでに敬虔なイスラム教徒を見せています。

ティッシュー売りの少年のちょっともの悲しげな微笑みに惹かれました。
写真の中のこどもたちは、変わることなくあの美しい目で私たちを見ています。とても幸せそうな笑顔もあります。ちょっと憂いを含んだ微笑みもあります。日本ではあまり馴染みのない中東の子供たちの表情ですが世界中どこへ行っても出会える純粋で無垢なこどもの笑顔です。このこどもたちの笑顔を絶やさないように、おとなは争いなんかやめなくてはと心底思います。みんなみんな幸せでいてほしいと藤井さんの写真は無言で訴えていました。平和は何物にも変えがたい大切なものと訴えかけていました。
(徳重 富士子)
藤井将氏写真展
■開催期間■
9月1日(土)〜9月30日(日)
■ 開催場所■
ビア&カフェ BERG (ベルク) 7:00〜23:00 東京都新宿区3-38-1 ルミネエスト(旧MYCITY) B1
(JR新宿駅東口から徒歩15秒)
夏の終わりの蓼科の野草
2007-09-06 01:00:18
連日、猛暑が続く東京から蓼科へ逃れて、朝夕は肌寒いほどの野山を散策して野草を見て歩きました。山荘の静かな裏山でひっそりと咲く野の花は「飾り立てもせず」に質素で、なんと心癒されたことでしょう。こんな裏山で、人に見てもらおうとするのでもなくひそやかに生きている野の花は、その謙虚さゆえに尚美しく、生き方を教えてくれる気がします。つかの間ですがこんな時間は心を洗ってくれました。
花の名前をすべて知っていないのが残念ですが、山野草の素朴な美しさをご覧ください。
山荘にいけてあった山野草です。われもこうが自然の美しさをきわだたせてくれます。亡くなった主人の母がとても好きだったのを思い出し、懐かしくなりました。

この百合も山に自生しているものだそうです。

露草や野菊も可憐でした。


あざみは高度が高くなればなるほど色も深くなる気がします。

クローバーや野生のホタルブクロのような花もたくさんありました。野いちごも赤い実をつけてかわいらしく、いくら歩いてもあきません。



水辺のススキも穂が開きかけて秋の気配を感じさせてくれます。もう少しするとあたりのから松林が黄金色に変わって早い晩秋が訪れることでしょう。

(徳重 富士子)
花の名前をすべて知っていないのが残念ですが、山野草の素朴な美しさをご覧ください。
山荘にいけてあった山野草です。われもこうが自然の美しさをきわだたせてくれます。亡くなった主人の母がとても好きだったのを思い出し、懐かしくなりました。

この百合も山に自生しているものだそうです。

露草や野菊も可憐でした。


あざみは高度が高くなればなるほど色も深くなる気がします。

クローバーや野生のホタルブクロのような花もたくさんありました。野いちごも赤い実をつけてかわいらしく、いくら歩いてもあきません。



水辺のススキも穂が開きかけて秋の気配を感じさせてくれます。もう少しするとあたりのから松林が黄金色に変わって早い晩秋が訪れることでしょう。

(徳重 富士子)
福祉の店『レインボー』
2007-08-28 22:59:40
大田区立上池台障害者福祉会館
我が家から徒歩7分のところに、大田区立上池台障害者福祉会館があります。ボランティア登録をしていると、年に一度のお祭りの案内をもらって、時々行っておりますが、お祭りでもなんでもない今日、久しぶりにぶらっと訪ねてみました。『レインボー』という福祉の店があってそこのクッキーがおいしいことを知っているのでそれを買いに行ったのです。
会館の入り口に入るとすぐ左手に、福祉の店『レインボー』という幟が立っていて、三つほどショーケースがあります。
我が家から徒歩7分のところに、大田区立上池台障害者福祉会館があります。ボランティア登録をしていると、年に一度のお祭りの案内をもらって、時々行っておりますが、お祭りでもなんでもない今日、久しぶりにぶらっと訪ねてみました。『レインボー』という福祉の店があってそこのクッキーがおいしいことを知っているのでそれを買いに行ったのです。
会館の入り口に入るとすぐ左手に、福祉の店『レインボー』という幟が立っていて、三つほどショーケースがあります。
ダンスであなたの人生が変わる!
2007-08-21 00:27:15
「健康」と「楽しい仲間」を一緒にゲット!
ジャパンソーシャルダンスクラブ
「クイック・クイック・スロー、クイック・クイック・スロー」と先生の声と音楽に合わせてルンバのリズムを踏む人たち。曲は『べサメ・ムーチョ』。そのいいリズムに乗って床の上を滑らかに流れるように踊っています。背すじをしゃんと伸ばしてしっかりとステップを踏む人たちはJSDC(アメリカン社交ダンスクラブ)のシニアクラスのメンバー。最高齢者は80歳、平均年齢は70歳半ばといわれても、まったく年齢を感じさせない踊りです。
ジャパンソーシャルダンスクラブ
「クイック・クイック・スロー、クイック・クイック・スロー」と先生の声と音楽に合わせてルンバのリズムを踏む人たち。曲は『べサメ・ムーチョ』。そのいいリズムに乗って床の上を滑らかに流れるように踊っています。背すじをしゃんと伸ばしてしっかりとステップを踏む人たちはJSDC(アメリカン社交ダンスクラブ)のシニアクラスのメンバー。最高齢者は80歳、平均年齢は70歳半ばといわれても、まったく年齢を感じさせない踊りです。
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プロフィール
| 名前 | リポーター: 徳重 富士子 |
|---|---|
| 自己紹介 | 社会的、物理的、精神的にさまざまなバリア(障害・障壁)があるために自由な活動ができない人々がたくさんいます。 行政や公共的企業では日常生活のバリアを取り除く取り組みが行われています。(スロープやエレベーターの設置など。) ここでは非日常の世界、つまり普段の日常生活ではなく心を豊かにするレジャーや芸術活動、学習活動、交流活動などでのバリアを除き、多くの人々が障害なく自由に参加できる方法、そしてそれに協力する方法を考えます。 |
